渋谷署強行犯係の刑事・辰巳は、渋谷で整体院を営む竜門のもとを訪れた。
 琉球空手の使い手である竜門に、宮下公園で複数の若者たちが襲撃された事件について話を聞くためである。
 被害者たちは一瞬で関節を外されており、空手の使い手の仕業ではないかと睨んでいたのだ。
 初めは興味のなかった竜門だったが、師匠の大城が沖縄から突然上京してきた。彼もまた、この事件に興味を持っているらしい……。
 ――といった、辰巳と竜門の異色タッグの人気シリーズです。

 人気シリーズとは言っても、関口苑生による解説を読むと、このコンビは今野敏の作品中では21年ぶりのコンビ復活なのだそう。
 竜門、辰巳の二人は以前よりも10歳ほど年齢が上がった設定になっているものの、なぜか整体院のアシスタントとして登場する蘆沢真理だけは当時のままと思える年恰好で登場しているというのが微笑ましいではありませんか。

 自分の場合、この作品が沖縄の空手を題材にして書かれていることに着眼して読みました。
 竜門の空手の師匠で、事件を機に沖縄から上京してきた大城盛達が、沖縄オジィののんびりした雰囲気とゆるゆるのウチナーグチで、なかなかいい味を出しています。
 そして、著者は空手道場を主宰する人物でもあるため、文章のいたるところに琉球空手の歴史や系譜、技や特徴、鍛錬方法などに関する記載があり、そちら方面に興味のある方には特に楽しめるものになっています。
 著者は、沖縄で生まれた空手と、本土に入ってきてから発達したルールのある競技(試合)を前提としたスポーツとしての空手はまったくの別物だと考えており、琉球空手に熱い想いが読んで取れます。

 というわけで、舞台は東京渋谷ですが、最後は主人公が那覇市松川の大城師匠宅を訪ねる場面もあり、それなりに「沖縄」が楽しめるものになっています。



 1945年、米軍占領下、島民20万人は祖国復帰に立ち上がった!
 わずか8年間で祖国復帰。「エジプト独立の教科書」とまで言われ、世界から注目された、知られざる無血の闘争とは? ――とのキャッチがついている、戦後70年を記念した企画出版です。

 奄美群島は敗戦後、日本から分離され、沖縄と共に米軍に占領されました。その占領下の8年間にわたり、20万人の島民と奄美出身の本土在住者18万人が、空前の祖国復帰闘争を繰り広げます。そして1953年、感動の祖国復帰。若者たちが運動の主体となり、島民一丸となって抵抗し、一滴の血も流さずに無血革命を達成した“奄美の奇跡”を描いたノンフィクションです。

 本書は、そんな戦後秘史を、1年かけて行った関係者への丁寧な取材と、膨大な資料を紐解くことによって、市民主体で行動し、結果を出すという「あるべき民主主義の姿」を、重厚な筆致で描いています。
 繰り返される断食闘争と、なんと99.9%にのぼった署名、命を懸けた本土への密航・・・。今から60年余り前、奄美の若者たちは、本土復帰を求めて、非暴力の運動を続け、ついに実現させます。
 この奄美の奇跡は、言葉の運動でした。若者たちは詩人でもあり「奄美のガンジー」といわれた泉芳郎(いずみほうろう)をはじめ、中村安太郎、昇曙夢、村山家国らのもとに結集し、あふれるほどの胸に迫る詩を以って人々を突き動かしていった様子が描かれています。
 たくさんの人たちの知られざる逸話が満載。今の辺野古の新基地建設問題を考える上でも大いに参考になるのではないでしょうか。

 著者は、永田浩三。1954年大阪生れで、東北大学卒業後NHKに入局。ドキュメンタリー、教養番組作りに携わり、その間「芸術作品賞」「ギャラクシー賞」「菊池寛賞」などを受賞。「クローズアップ現代」「NHKスペシャル」などのプロデューサーとしてNHKの看板番組を支え続け、退局後、映像・言論・社会活動を精力的に続けており、現在、武蔵大学社会学部教授であるとのこと。
 興味深いのは、本文の最後にあるとおり、著者の実家が、1941年から57年まで奄美と本土を結ぶ航路を疎開船などとして活躍してきた「金十丸(かなとまる)」を製造した「藤永田造船所」であったこと。取材に力が入るわけです。

 構成は、「はじめに」に続いて「鹿児島~沖縄までの全体地図」と「奄美大島全体図」が配され、本論として「敗戦から軍政へ」、「奄美のルネッサンス」、「復帰運動始まる」、「弾圧のなかで」、「立ち上がる奄美のひとびと」、「運動は全国に広がっていく」、「奄美と沖縄の連帯」、「悲願達成「奄美の奇跡」」の全8章と「エピローグ」。その後に「あとがき」、「奄美大島年表」、「参考文献」がついています。

 27年に及んだ沖縄の占領期があまりに劇的であるだけに、奄美群島の占領史や祖国復帰運動の影が薄いようですが、その時代の奄美を知る上で極めて有用な1冊だと言えるでしょう。
 当時先頭に立って活躍した人物たちはすでに大部分がこの世を去りましたが、彼らの下に集い、共に闘った若かった闘士たちは、今では80~90歳代となっています。当時を知る者たちを取材し記録するまとまった機会は、もうこれが最後なのかもしれません。



 Amazonから買ったほぼ新品の文庫の古書。今年3月発売の630円本を、送料込み478円での入手です。初めて読む作家の作品ですが、この価格なら、失敗しても悔しくないかなと考えて、買ってみました。

 主人公は、東京の大学病院で働いていた比嘉篤。父親の診療所を継ぐために、不本意ながら8年ぶりに、東京から沖縄県南城市に帰りました。
 患者は元気なおばぁたちだけ。そんな毎日に辟易する篤でしたが、ある日、診療所に朱色の髪の裸足の子供がやってきます。子供は篤のことを知っているようですが、篤に記憶はありません。
 診療所に入り浸っている謎の青年・宮城獅道は、その子は庭の枯れかけたカジュマルの木に棲む精霊キジムナーだと言うのですが――。
 という、南の島の「神様」たちとの交流を描いた、心温まる物語になっています。

 沖縄の精霊キジムナーをはじめ、火の神(ヒヌカン)・井の神(カーヌカミ)などの屋敷神(ヤシチガミ)、沖縄家屋の屋根を飾るシーサー、災害から民を守るキミテズリなどが登場する、これはファンタジー小説と言っていいのかな。
 神の存在など信じなかった主人公が、さまざまな神たちに遭遇しながら、徐々に沖縄特有ののんびり、ほっこりとした日々の生活になじんでいく過程が、読んでいてほほえましく、楽しいです。

 神たちは、それを信じる人間がいることによってはじめて存在することができるという思想が底流にあるようです。逆に言えば、信じる者がいなくなれば、そこにはキジムナーもヒヌカンも存在することができず、消えていくしかないということ。
 そうだよねえ。
 ふと、沖縄の古謡・民謡の行く末を思いやってみます。歌う人、聴く人がいなくなれば、自然とその歌はこの世から静かに消えていくしかないのでしょう。神様たちだって同じですよね。

 「エブリスタ」という、小説・コミック読み放題の投稿サイトがあるのだそうで、本書はそこから書籍化された作品のようです。ということは、478円でも高いということ?!
 でもね、自分の場合、本はまだ紙媒体で、手で持ってめくりながら読みたいタイプの人間なのですね。そーゆーいにしえビトにとっては、そうするための数百円ならまったく惜しくない! そう強がってみましょうか。(数千円なら惜しいケド)

 著者に関しては、詳しいことはわからないのですが、アパレルショップに勤めながら、エブリスタに作品「俺様店員」を投稿。その後に書いた「シミ。」が爆発的人気となり、現在に至る、という方のようです。
 これまでに当作のほか「シミ。~純愛、浮気、未練、傷跡~」(2011)、「リキッド。」(2012)、「不良坊主と見習い女子高生の霊感メソッド 祀町 オカルト事件簿」(2015)、「神戸栄町アンティーク堂の修理屋さん」(2017)、「神様たちのお伊勢参り」(2017)、「丸の内で就職したら、幽霊物件担当でした。」(2017)などがあり、近頃猛烈な勢いで新作を出しているようです。



 「太平洋戦争末期、沖縄航空戦で戦死した平野利男の短い人生の記録。水戸陸軍航空通信学校時代の日誌を全文、原文のまま掲載。さらに、生い立ちや卒業から沖縄上空での戦死までを記述し、日誌を読むための知識も解説する。」
 「18歳5カ月で沖縄の空に散った少年通信兵が残した“生の声”がよみがえる。
 一人の少年兵が陸軍航空通信学校時代に書き残した日誌全文を原文のまま掲載。
 少年兵の甥にあたる著者が、専門家の協力を得てその貴重な歴史資料を読み解いた。
 儚くも雄々しく散った少年兵が死地に赴くまでの心情がつぶさに描かれた、魂を揺さぶる一冊。」

 ――という本。「沖縄戦で散った…」という副題を見て、これは読まなければなるまいと思い購入しましたが、沖縄上空で戦死したという事実があるのみで、沖縄のことはまったく書かれていなかったのは残念。したがって、「沖縄本」とはいえないかもしれません。
 まず、第1章で日記を書いた人物の生い立ちから水戸陸軍航空通信学校までを概括し、第2章でこの日記を読むための基礎知識を説明しています。そして、第3章から5章まで、180ページにわたって、1943年4月の学校入学時から卒業1カ月前の44年6月まで、ある少年通信兵の綴った日記が延々と記されています。
 加工なく記されているためある意味退屈ですが、当時はこのような無名の若き志士の多くが「戦時教育」を受けて落とさなくてもいい命を落としていったと思うと、胸が詰まりそうになります。

 編著者である平野治和は、1952年福井県生まれの病院長。日記を書いた通信兵は、編著者の叔父に当たるようです。福井新聞の記事がウェブ上にあったので、以下に引用しておきます。

18歳で戦死、国と家族への思い 陸軍少年飛行兵の日誌が本に
2016年8月15日
 1945年4月、沖縄上空で戦死した福井県旧下穴馬村(現大野市)出身の陸軍少年飛行兵(少飛)が、航空通信学校時代に残した日誌を収めた「花もひらかぬ一八のまま」(合同フォレスト)が刊行された。10代で戦争に身を投じた少年の、お国のためにという覚悟と家族を思う葛藤が率直につづられ、当時の状況を如実に映し出している。
 平野利男さん(享年18)は15歳で少飛に志願し、航空学校や航空通信学校で学んだ後、通信兵として九州の基地などに所属した。45年4月に鹿児島県の鹿屋海軍航空基地から重爆撃機「飛龍」で出撃、沖縄付近で米軍艦船群を攻撃中に戦死した。
 収録した日誌は、43年4月から在学した水戸陸軍航空通信学校時代の約1年3カ月にわたり、大学ノート3冊に書かれていた。利男さんのおいで福井市の医師平野治和さん(64)が昨年5月、大野市の実家で見つけた。
 「1次資料としての価値を損なわないため」(治和さん)に、日誌の仮名遣いを現代に直しただけでほぼ原文のまま掲載した。利男さんの生い立ちとともに、少飛の生活や当時の無線・暗号技術といった日誌を読む上で参考になる情報を専門家の協力を得て丹念に調べ、1年余りかけて1冊にまとめた。
 日誌の前半は日々の学んだ内容や訓練の様子、利男さんの決意が淡々と書かれている。戦況が悪化するにつれ、「陛下の為に死せる人になるを得んや」「死する為に生まれて来たるより外になし」といった死の覚悟と国への献身の思いを吐露している。一方で「家の事も考ふれば、雑念も又浮びて、実に心苦く感ずるなり」など、家族や故郷を思う心情が端々ににじむ。
 「我等陛下の股肱(手足)なり」「班長と共に死んで呉れ」など、教官の檄が所々に書かれており、少年を戦地に駆り立てた当時の空気感が伝わってくる。
 タイトルは、利男さんの母が戦後、息子を思って詠んだ短歌から採った。治和さんは「敗戦を境に、個人を大切にする価値観が広がった。1人の少年の人生を通して、平和や今の憲法の意味を多くの人に考えてほしい」と話している。



 「沖縄戦に斃れた婚約者の足跡を追って訪れた沖縄の島々。その旅を通じて知った沖縄の苦難に満ちた歴史と現実、人々のまごころ。時の風化のなかで忘れがちな沖縄の心を切々と語り継ぐ、感動の記録」――という本。

 古書店から1円+送料で手に入れたのは、1992年発行の新書。この原著は1972年の「沖縄からの出発――わがこころをみつめて」ですから、書かれてから45年後に読んだことになります。
 収録は「「ヤマト世」二十年」、「二十七度線」、「土着のこころ」、「沖縄に照らされて」、「消えゆく戦の傷跡」、「沖縄人(うちなんちゅ)と共に」6篇です。

 著者は、1923年生まれの随筆家。大阪市出身で、婚約者が沖縄戦で戦死。戦後すぐに結婚するも7年後に離婚。2008年に85歳で逝去しています。

 文章としてはやや難解なほうかもしれません。しょうがないことですが、読んでいて文章表現や内容に古さを感じざるを得ないところがあります。
 「敗戦後、半年たって彼(婚約者)の母にもたらされた公報には、「陸軍少尉木村邦夫様には20年5月31日沖縄本島島尻郡津嘉山に於て戦死。」と記されていた。」
 著者は、25歳で散った婚約者がどういう土地で、どのようにして死んでいったのかを知るために、死後23年を過ぎた1968年になってから、初めて沖縄に渡ります。「二十七度線」ではそのときのことが克明に語られています。
 そしてその際に見聞きした沖縄に惹かれ、著者は何度か沖縄を訪れるようになります。

 ところで、自分が初めて八重山の竹富島を訪れたのは1998年のこと。その際に、新田観光の水牛車に揺られながら、あれが日本の女流作家のナントカという人が島に建てた家だ、という説明を受け、その建物を見た記憶があります。平屋で赤瓦屋根の小さな家でした。そのときは、なんとまあ、またずいぶん遠くに別荘を建てたものだ、酔狂な金持ちのすることは理解できんな・・・ぐらいにしか受け止めていませんでした。
 しかし、今思えばそれが、岡部伊都子が島の子どもたちにたくさんの本に触れてもらいたいとの思いでつくった「こぼし文庫」だったのかもしれません。
 調べてみると、「こぼし文庫」は今もなお新田観光の近くに存在しているようです。

 蛇足ですがこの本を、2017年10月1日に開かれる「琉球フェスティバル2017東京」を見るべく上京したホテルの部屋にて読了しました。



 人文書館から発売された、大城貞俊の上下2巻の作品集のうちの上巻。収載されるのは各4作品で、上巻はいずれも未発表のものです。
 「島が揺れている。海って、病院なんだね、きっと…。慶びと良きことの間に横たわる島々のこと。沖縄文学を先導する詩人であり、作家・大城貞俊の珠玉の中・短篇作品集」――というのが作品紹介文です。

 表題作の「慶良間や見いゆしが」は、祖父の唐突な自殺という衝撃的な出来事から語り出されます。
 「祖父はなぜ、トーカチ(米寿)を前に自殺したのか?」。国語教師として中学校に勤める孫息子の清志は、その謎を追いながら、祖父清治郎の心を支配していた戦時中の真実の悲しい闇に迫っていきます。
 「彼岸からの声」は、「あの世」と「この世」、そして「古い記憶」と「新しい記憶」という2組の対立項を鍵として、奥間キヨの彼岸からの語りと、此岸で見る夢に彼女の声を聴く主人公敬治の日々とを交錯させる物語。
 「パラオの青い空」は、人生の最末期を迎えつつある老女が、老衰と痴呆による思考の衰えを自覚しながらも、20年前に自分と子供たちを遺して自殺した夫の心の真実を探り当てようと、過去の記憶と格闘する物語。
 「ペットの葬儀屋」は、軍用地主で羽振りのよい叔父洋蔵が出資するペットの葬儀屋に勤める主人公の隆太は、洋蔵の愛人である社長の和代と、和代の片腕で離婚歴のある7歳年上の恋人とともに働いているが、そこに新採用されたカスミが加わることによって、奇妙に安定していた職場の人間関係ば崩れ始め・・・といった内容。

 巻末の萩野敦子(琉球大学教授)による解説がよく、それによれば、この4作では、沖縄戦の記憶を抱えながら、いまだに米国、そして残念ながら日本という「他者」との関係に苦しむ現在の「沖縄」が、比喩的に表現されているのだと説明しています。
 このような解釈には感服するとともに、自分にも同様の読後感があったことを付け加えておきます。

 この上巻については、古書店から格安に入手することができましたが、下巻の「樹響 でいご村から」のほうはむしろ古書市場のほうが高く、まだ入手していません。
 こうなれば、2,862円の定価で買うしかないのかな。早く買わないとそれも売切れてしまうだろうしなぁ。