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 著者は石垣島の離島桟橋で考えていた。
『僕は、生ぬるく甘い缶コーヒーをただすする。
 目的地だけはある。それは九州の鹿児島港で、それまでの距離を船でできるかぎり多くの島に寄りながら北上するということだ。かつて、作家・島尾敏雄が琉球弧と名付けた島々を黒潮の流れに従い、海の道を北上することだ。
 弓なりに点在する島々を北上することは、東南アジアからのグラデーションの中にあるはずだ。そのグラデーションを僕はゆっくりと北上したい――』

 アジアを中心に旅を続けてきた著者が、「何か」を求めるのでも、「夢」を追うでもない、「帰る場所」を探す旅に向かいます。
 その行く先は、「パスポートもビザもいらないアジアの国がある」と旅の途中で誰かが呟いた言葉にひかれて向かった沖縄。そして、故郷の諏訪。

 旅の「構え」は、だらだらと流れる時間をだらだらとぼんやりと旅すること。
 そのような旅をして著者は、日常を生きることと旅の中に身を置いて生きることが、島では同時に存在するのだということに気がつきます。

『生きることに目的があること、その逆に目的がないことなどは切実な問題ではないのではないか――』
 東京という街が目的を持たないと多くのことを許さない残酷さを秘めているのと対照的に、島は、場というものが本来持っているはずの「力」を有しているのではないか。つまり、
『場の力が人間の力を上回っているとき、人は何もせずにその場にいることをただ許されるのだと思う。』
 ・・・というふうに、著者の思考はめぐっていきます。

 記述の中に登場する南の島々での様々な出会いや発見とともに、著者の“心の漂泊”のようなものを共同体験することができる秀逸な紀行本です。

 著者は、1968年生まれ。新聞社のカメラマンを退き、でアジアをめぐる旅の途上で出会った日本の若者たちの姿を鮮烈な写真と文章でとらえた「ASIAN JAPANESE」でデビュー。

 登場する琉球弧の島々は、石垣島、竹富島、西表島、宮古島、沖縄本島、座間味島、与論島、沖永良部島、奄美大島。トカラが含まれていないのはちょっと残念。
 それぞれの地で出会った、そこで生活している“旅の途中にいる”人たちと話をし、考えを聞いて、それをもとに著者自身が考えを深めていく――という表現形態。
 それがインタビューや紹介にとどまらない深みを伴って伝わってくるのは、その出会いを通して著者自身が「旅」をしているからなのだろうな。

 おれ自身南大東島を旅する中でこの本を読んだので、感慨ひとしおだったのかもしれません。
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