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2008.05.11
沖縄独立を夢見た伝説の女傑 照屋敏子 〜高木凛

「沖縄の島はあんた、あくまで琉球人のものですよ。かつては琉球王国だったんだ。それを日本が母国のようにいう。いまさらなんだ。」
「将来はこの遠浅の海に本格的な養殖施設を作り、年間50万ドル以上の収入を上げるのがわたしの夢ですよ」
こう叫ぶ、戦後沖縄の女傑が、また一人。
女ながらに、大宅壮一をして「沖縄に男あり」と言わしめた照屋敏子(1915−84)の波乱の生涯を描いた本格評伝です。
漁師町糸満で生まれ育った敏子は、幼くして孤児になり、9歳から大人に交じって魚の行商に歩き、16歳でセレベス島(現スラウェシ島)に駆け落ちした後、19歳での結婚を機に沖縄に戻ります。
そして戦後の混乱期、疎開先の福岡で結成した漁業団の女頭領として名をあげ、後に米軍占領下の沖縄に帰り、無謀とも思える新規事業を次々と立ち上げていきます。
国際通りでの皮革・宝石店、メロンの栽培、養魚場の造成・・・。
さて、ワンマンで、侠気と統率力があり・・・というようなリーダーは、事業が順調なうちはいいですが、右肩が下がり始めると静かに表舞台から去っていくケースが多いのではないでしょうか。
彼女もそのようなリーダーの一人だったようで、混乱期には滅法力を発揮するけれども、平時には煙たがられたのではないか。
事業が落ち着くにしたがって、安定を求める側近は一人、また一人と去っていき、求心力を維持するためにリーダーはさらに事業を拡張していく――といった悪循環。彼女もそのような循環の中で栄枯盛衰を味わっていきます。
つくづく、「時代」というものは人を生かしもし、殺しもするのだなと痛感します。
それは今の時代であっても同じで、ついこの前まで一流企業のエリートだった人がリストラされたり、卑近な例では上司との折り合いがうまくいかないだけで優秀な人材が干されてやる気をなくしてしまったり、ということがそこここで起こったりします。
そんなことを考えながら読んだためか、最後まで判然としなかったのが、著者は照屋敏子の生涯を通してそもそも何を訴えたかったのか?ということ。
敏子の偉大な業績でもないし、時代の背景でもない。戦後の沖縄でもない。そして最大の「?」は、表題にある「沖縄独立」について洞察する記述がほとんどないこと。
「敏子」という波乱の人生があったことはよくわかったけれども、かつて「ナツコ 沖縄密貿易の女王」を読んで感じたような、そこからぐいぐいと広がっていく何かを感じ取ることができなかったのは、少々残念です。
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