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2008.05.05
琉球古典音楽の思想 〜勝連繁雄

主として舞台芸としての歌三線と座歌としての歌三線からなる「琉楽」の世界について、一石を投じたとも言える秀逸な論考書。
著者は、沖縄では詩人としても著名であるかたわら、琉球古典音楽野村流の師範の免状を有し、琉楽に対して並々ならぬ想いを抱いています。
三線は、弾き歌って楽しむだけでは満足できるものではなく、琉楽に宿っている先人達の思想を思い起こし、それを考えながら歌うことこそが重要であると説いています。
音楽面のみが強調されて、その背景にある思想がなおざりにされている現代においては、琉楽はすっかり貧しいものになってしまっていると嘆いてみせ、琉楽の理論や構造、様式や歌唱法などのいわば琉楽におる表層の研究のみに力を入れるのではなく、琉楽のもつ精神性の核にある「曲想の比喩」に深い意味が隠されていることを理解すべきだ――というのです。
琉楽は、遠い時代からの大切な記憶の音であり、その音に込められた沖縄の心にこそ「耳」を傾けるべきであると――。
第1章「「琉球古典音楽論〜思想としての琉楽論〜」の諸相」は、圧巻。
まず琉楽における流派の問題について論じ、次に、県立芸術大学教授の金城厚(かねしろあつみ)氏と野村流師範の照屋勝義氏との間で交わされた「声楽譜附工工四」の功罪をめぐる論争について、自身の観点からの考えを述べてみせます。
そしてまた、今では音源として残っていないかつての名人たちの歌々を想像し、さらに、昭和初期の代表的歌者・金武良仁(きんりょうじん)の復刻音源を聴いて、それ以前の本当の琉楽とはこうであったのではないか、ということを、おぼろげながらも推理してみせます。
琉楽に対する深い愛情と理解が随所に垣間見える力作だと思います。
このほか、著者の心の遍歴を対論風に自作した第2章「回想風・私と文学と歌三線の世界〜私が「琉楽思想」を想うようになるまで〜」、これまでに新聞のコラムなどに掲載されてきた小品をまとめた第3章「「琉楽」の周辺〜コラム・エッセーなど」、そして最後には、1〜3章にかかわる34ページに及ぶ語句解説が付いています。
現代の歌三線について深く考えてみる契機としてみたい良書です。
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