浦添ようどれ周辺がまだ今のように整備されていなかった頃、浦添城址公園内にある伊波普猷の顕彰碑を見に行ったことがあります。
 うらさびしい山裾に楚々としてたたずむ黄土色の碑を見て、ここに沖縄学の父が眠っているのかと静かに感動したことを思い出します。

 この本を読んでわかったのですが、この碑は1986年8月に建立されたもので、その後この地では13年間にわたって伊波普猷忌が行われたのだそうです。
 そしてその際には、いつも伊波の妻である冬子氏と、その従妹にあたる著者も参加していたということです。

 著者は、18歳のときに沖縄から単身上京し、伊波宅で世話になり、伊波を身近に見、彼の影響を受けながら多感な時期を過ごしました。
 東京駅で冬子夫人の出迎えを受け、小石川区戸崎町の伊波家の玄関で、何年ぶりかで会った伊波から「ヤー、マギーナティ」(やあ、大きくなったねぇ)とにこやかに出迎えられたことは、それから何十年経っても著者には忘れられなかったようです。

 戦時中の東京での比嘉春潮との深い交流や、夫人が着物を質に入れなければならないほど生活に窮していても大好物のサーターアンダーギーと紅茶のティータイムをとったりして心豊かな生活を送っていたことなど、共に生活した者でなければわからない、伊波をめぐるたくさんのエピソードが掲載されています。

 また、沖縄時代の伊波には正妻がいて、冬子夫人は沖縄県立図書館に勤務していた頃に「伊波普猷を廻る5人の女」と言われた女性たちの一人だったということなども書かれていて、伊波の人となりを知る上で重要な文献になっているようです。

 伊波にまつわる写真も豊富。
 「僕がねえ、もしお金があったら、20畳位の大広間の家をつくってね、そこへ青年男女を自由に出入りさせて、討論会をやらせたいね、ハハハ・・・」と言った晩年の伊波が思い出していたのは、かつて若かりし頃、沖縄の自宅を開放して開いた子どもの会のこと。その子どもの会のときの写真も掲載されており、伊波の静かで熱い想いが伝わってきます。

 伊波普猷の素顔を知るには、必読でしょう。
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