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2008.03.09
神女(シャーマン)誕生 〜松堂玖邇

1930年、徳之島に生を受けたサーダカウマリの女性が、自己の意思に関わらず、祝女(ノロ)だった祖母や仏像の導きなどにより、神女として成巫するまでの過程を綴ったもの。
『いま思うに、人の一生とはままならぬもの、また不可思議なものでございます。
いえ、そう申しますのは何も人様のことではなく、私自身生まれついてより今日までのことでございます。
実は、私は小さい頃から人様には聞こえぬものが聞こえ、見えぬものが見えておりました。
すべてはこのことが始まりでございます。』 ――というふうに、本人の語り口調をそのまま記録したという体裁をとって書かれています。
章立ては、「お七夜」、「琉球の血」、「薩摩侵略」、「カミウマレ」、「一族の死」、「漂流」、「巫病」、「捜神」、「成巫」、「巫業開始」、「三輪山へ」。
筆者は「あとがき」で、天や神などの精神世界に対して、ことに日本人は、わからないとか科学的でないという理由で、怪談めいたものとして包み込んでしまう傾向があることを嘆いています。
そして、こうした捉え方はやめにして、精神世界が崇高で理性的な世界であることをわかってほしいと書いています。
さらに、シャーマニズムとは現在の組織化された宗教が発生する以前の原初的な形であり、すべてを地球規模で考えなければならなくなった現代こそ、原初の力を秘めたシャーマニズムが復活しなければならないと説きます。
ところが一方で、天性のシャーマンがほとんどいなくなってしまい、神仏のエネルギーを伝えることができにくくなり、今後人心の荒廃が進まないかと危惧しています。
ファンドマネーによる原油価格高騰に見られるような拝金主義や、数の論理に偏り、筋道が不明確でご都合主義の国内政治の状況などを見聞きしていると、著者の言うことはまさに真実であると思えてなりません。
現実逃避的な厭世気分が蔓延している今の世の中にふさわしい1冊かもしれませんね。
内容的には、主にヤマト(内地)や首都圏を舞台にした、著者の精神・宗教に関する一代記ですが、出身が徳之島の人に関するものなので、「奄美関連」に分類しておきましょう。
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