| Home |
2008.02.23
小浜司と行く歌碑めぐりツアー 4
その後も歌碑めぐりは続く。
次は与那原町の新興埋立地、東浜(あがりはま)マリンタウンにある「兄弟小(ちょーでーぐゎー)節」の碑。
「兄弟小節」は、出会えば兄弟、分け隔てなどあるものか、という沖縄方言をテーマに、前川朝昭が作詞してうたい1960年代に沖縄で大ヒットした曲。
その前川朝昭は、1912年与那原生まれ。本土や南洋を転々としたあと戦後になってから活躍し、琉球民謡協会の会長を3期務めた人物で、1990年没。
こちらの曲は「梅の香り」とは違ってとてもポップな曲。ここでもさゆりぃが唄三線を披露する。

冷たい風が吹くマリンタウン内の公園で、沖縄特有のドカ盛り、揚げ物満載の超豪華弁当をビールとともに食す。
これらもすべて3500円の参加費のうち。いやぁもう、満腹だし、ビールの酔いは回るし、シアワセである。呑み過ぎだなあ。さて、トイレに寄って、と。
それからは、佐敷城址の月代宮を見て、八重瀬町は具志頭の交差点付近、JA具志頭の裏手の山沿いにある「汗水節」の碑へ。
「汗水節」は、沖縄歌謡における昭和の始まりを告げた1曲という位置づけのもの。1928年、昭和天皇の即位記念事業の一環として、沖縄県が貯蓄奨励民謡の歌詞を公募したところ、具志頭村仲屋で青年団長をしていた仲本稔のつくった詞が選ばれ、これに宮良長包が曲をつけてできあがったのがこの曲だったのです。
困窮を極めた当時のウチナーンチュ社会にあってこの歌は、汗水を流して働く喜びを訴え、財を成そうではないかと力強く訴える教訓歌となっている。

ここでも参加者一同声を合わせて大合唱。
♪ 汗水ゆ流ち 働ちゅる人ぬ
心嬉しさや 他所ぬ知ゆみ 他所ぬ知ゆみ
ユイヤサーサー 他所ぬ知ゆみ
シュラヨーシュラ 働かな
・・・いやあ、すごいなあ。これはもう、ファンクの領域に入っているなあ。カラオケでうたうよりノリは格段にいいぞ!
次は与那原町の新興埋立地、東浜(あがりはま)マリンタウンにある「兄弟小(ちょーでーぐゎー)節」の碑。
「兄弟小節」は、出会えば兄弟、分け隔てなどあるものか、という沖縄方言をテーマに、前川朝昭が作詞してうたい1960年代に沖縄で大ヒットした曲。
その前川朝昭は、1912年与那原生まれ。本土や南洋を転々としたあと戦後になってから活躍し、琉球民謡協会の会長を3期務めた人物で、1990年没。
こちらの曲は「梅の香り」とは違ってとてもポップな曲。ここでもさゆりぃが唄三線を披露する。

冷たい風が吹くマリンタウン内の公園で、沖縄特有のドカ盛り、揚げ物満載の超豪華弁当をビールとともに食す。
これらもすべて3500円の参加費のうち。いやぁもう、満腹だし、ビールの酔いは回るし、シアワセである。呑み過ぎだなあ。さて、トイレに寄って、と。
それからは、佐敷城址の月代宮を見て、八重瀬町は具志頭の交差点付近、JA具志頭の裏手の山沿いにある「汗水節」の碑へ。
「汗水節」は、沖縄歌謡における昭和の始まりを告げた1曲という位置づけのもの。1928年、昭和天皇の即位記念事業の一環として、沖縄県が貯蓄奨励民謡の歌詞を公募したところ、具志頭村仲屋で青年団長をしていた仲本稔のつくった詞が選ばれ、これに宮良長包が曲をつけてできあがったのがこの曲だったのです。
困窮を極めた当時のウチナーンチュ社会にあってこの歌は、汗水を流して働く喜びを訴え、財を成そうではないかと力強く訴える教訓歌となっている。

ここでも参加者一同声を合わせて大合唱。
♪ 汗水ゆ流ち 働ちゅる人ぬ
心嬉しさや 他所ぬ知ゆみ 他所ぬ知ゆみ
ユイヤサーサー 他所ぬ知ゆみ
シュラヨーシュラ 働かな
・・・いやあ、すごいなあ。これはもう、ファンクの領域に入っているなあ。カラオケでうたうよりノリは格段にいいぞ!
| Home |


