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2008.02.22
小浜司と行く歌碑めぐりツアー 3
次に向かったのは、西原町小那覇にある「梅の香り」の碑。ご存知ですか?「梅の香り」。
ビールを飲み始めたのに加えてつい話のほうが熱心になっていたので、どこをどう通ってきたのかよくワカラナイが、小那覇公民館前の公園内にその碑はあった。
この曲の作詞・作曲をした新川嘉徳氏を顕彰した碑はなかなか立派なもので、本人の顔写真まで入っている。さらに碑の脇には、ボタンを押すと何人かの唄者によってうたわれるこの曲が流れ出てくる装置まである。これらから察するに、地元ではなかなかの名士らしい。

碑によれば氏は、1899年の2月10日生まれ。我々が訪れたこの日は奇しくも彼の生誕109年目となるその日だった。
14歳でハワイに渡り、蓄音機関連の発明で合衆国政府から特許を得たほか、ルーズベルト大統領の歓迎演奏などで天才音楽家としての名声を馳せたのち、1936年に大阪に渡り、「梅の香り」などの新作をレコード化したという。
碑を前にして、さゆりぃたちの唄三線で、参加者一同が「梅の香り」をうたう。
♪ 春や花盛い 野ん山ん咲ちゅい
いろいろぬ花ぬ 咲ちゅる美らさ
咲ちゅる美らさ いろいろぬ花ぬ ・・・
梅が密やかに咲き誇っているさまを表しているようなウタムチが、実に印象的だ。
碑の後ろに植えられた何本かの梅の木は、つぼみがわずかながら赤く膨らんでいるような気がする。

作者のことはこのときまで知らなかったが、このうたは晩年の嘉手苅林昌も好んでうたっていたので、よく知っている。
おれも、うつむき加減でうたっていた嘉手苅林昌の表情を思い浮かべながら、うたう。
ツアー参加者のほぼ全員がしみじみとうたっている様子には、深く感動。
いっしょにうたい、感じることができるこういう環境の中に身を置けたこと自体が、おれにとっては貴重なことなのだ。
琉球フェスティバルで「てぃんさぐぬ花」や「バイバイ沖縄」をみんなでうたったときも感動したが、このときの感動はそれよりもずっと大きかった気がした。
ビールを飲み始めたのに加えてつい話のほうが熱心になっていたので、どこをどう通ってきたのかよくワカラナイが、小那覇公民館前の公園内にその碑はあった。
この曲の作詞・作曲をした新川嘉徳氏を顕彰した碑はなかなか立派なもので、本人の顔写真まで入っている。さらに碑の脇には、ボタンを押すと何人かの唄者によってうたわれるこの曲が流れ出てくる装置まである。これらから察するに、地元ではなかなかの名士らしい。

碑によれば氏は、1899年の2月10日生まれ。我々が訪れたこの日は奇しくも彼の生誕109年目となるその日だった。
14歳でハワイに渡り、蓄音機関連の発明で合衆国政府から特許を得たほか、ルーズベルト大統領の歓迎演奏などで天才音楽家としての名声を馳せたのち、1936年に大阪に渡り、「梅の香り」などの新作をレコード化したという。
碑を前にして、さゆりぃたちの唄三線で、参加者一同が「梅の香り」をうたう。
♪ 春や花盛い 野ん山ん咲ちゅい
いろいろぬ花ぬ 咲ちゅる美らさ
咲ちゅる美らさ いろいろぬ花ぬ ・・・
梅が密やかに咲き誇っているさまを表しているようなウタムチが、実に印象的だ。
碑の後ろに植えられた何本かの梅の木は、つぼみがわずかながら赤く膨らんでいるような気がする。

作者のことはこのときまで知らなかったが、このうたは晩年の嘉手苅林昌も好んでうたっていたので、よく知っている。
おれも、うつむき加減でうたっていた嘉手苅林昌の表情を思い浮かべながら、うたう。
ツアー参加者のほぼ全員がしみじみとうたっている様子には、深く感動。
いっしょにうたい、感じることができるこういう環境の中に身を置けたこと自体が、おれにとっては貴重なことなのだ。
琉球フェスティバルで「てぃんさぐぬ花」や「バイバイ沖縄」をみんなでうたったときも感動したが、このときの感動はそれよりもずっと大きかった気がした。
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