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○わが沖縄(抄) ~谷川健一
   (「谷川健一全集 第6巻 沖縄二」(冨山房インターナショナル刊)から)

 私は沖縄を旅行したとき、鋭い角を持った石が眼のまえを横ぎってとぶように、自分の存在を、明確化した意識をもって、とらえた体験を持っている。それは一体何であったろうか。沖縄が「私」の中に存在する普遍性、もしくは全体性への欲望を顕在化させたからであるのか。
 私たちが沖縄にとくべつの関心を抱くのは、私たちが沖縄と関わりあうことで、自分の全体性の回復に目ざめることが可能だからではないか。それにしても、それはヨーロッパの知識人がアフリカの原始的な大地で、ある種の回心に似た体験をするのと同一ではない。なぜなら沖縄は洗練された文化を独自にそだててきた社会であり、停滞した状態のままの社会とはまるでちがう。また、日本人旅行者がヨーロッパ社会に触れて、異質な文化の中に人類共通の普遍性を発見するのともちがっている。沖縄はなによりも日本の一部である。すなわち沖縄における全体性の発見には、沖縄の社会が本土よりもいっそう日本の原型を保ち得ているという事実がある。沖縄では日本人は自分が日本人であることを、換言すれば自己との同一化体験を意識する。それと同時に、本土と異質のものを沖縄に発見し、折り合いの悪さを持つことも否定できない。けれども沖縄で私たちが感じる折り合いの悪さ、すなわち異質感は、ヨーロッパ文化にたいするようなものではけっしてない。
 沖縄の社会が本土日本人の眼にいかに異質に映ろうとも、それは個人的な「私」が民族的な「私」へとはるかに回帰していく過程としての異質性である。多くの人が沖縄に旅行するたびにその印象が変化するというのも、それは触目したものの意味が変わり、それが無限の彼方の民族的「私」とゆるやかに合体する道程をたどっているからにちがいない。私たちの個人的な沖縄体験には、蓄積された日本人の総体験が、「私」を媒介として噴出したというようなものがある。私たちが沖縄の碧緑の海の色をはじめて見て、それをかつてどこかでみたことがあると考えたとしたならば、私たちはそれを体験するまえに、すでに知っていたのである。沖縄の異質性は、折口信夫が言うように、エキゾチシズム(異国趣味)ではなくアクイズム(間歓遺伝)の面が非常につよい。折口は、私たちが沖縄でめぐりあう異質性は、南方からはるかな昔、海坂をこえてやってきた日本人の祖先が、かつて体験したものの意識の痕跡であるとする。彼は「古代日本文学に於ける南方要素」で、フカをワニとよぶのは古代日本人がワニに執着したからだということを、以上の論理にもとづいて解明しようとしている。折口によれば、ワニに関する物語は、日本人の祖先の一部の人びとが南方からたずさえてきたというのであるが、これに類することは多かったにちがいあるまい。沖縄では、一つの単語が歴史空間の全領域を想起させることもけっしてめずらしくない。
 しかし、本土の日本人が沖縄の異質性に引かれるのは、間歓遺伝とか民族的心性の無意識の領域の再発見だけではないと私は思う。沖縄の社会は、もともと本土と始原の体験を共有する民族が、歴史的に隔離され、空間的に遮断されたばあい、どのような経過をたどったかということの、稀有な実験例である。歴史においては「もし」という語を使用することは禁じられているけれども、沖縄の社会は、「もし」という語を発することなしに、それを実際上にみ得るのである。沖縄は直接法現在であると同時に、日本民族にとって仮定法過去形の社会である。私たちが沖縄のなかで、ある自由を感じるのは、過去の可能性を追求するときのよろこびに似たものがある。たとえ沖縄の置かれている現実がどのように痛苦にみちたものであろうとも、ある種の自由さを沖縄社会が所有する、と本土日本人の目にみえるものは、その実、日本民族がちがった道をえらぶことができるという推論の投影であるばあいがすくなくない。
(1970年初出)

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