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 沖縄在住の芥川賞作家・又吉栄喜の初のエッセイ集。

 「昭和50年頃、少年時代、一心不乱に遊んだ「原風景」が現在にもつうじる普遍性を帯びている、人間の問題にも通底すると考えるようになり、エッセイを基に小説を書き始めました。
 小説を書いている途中、登場人物も原風景の中の人物をモデルにしている、と気づきました。」(「前書き」から)
 その原風景とは、家の半径2キロ内にあった、琉球王国発祥のグスク、戦時中の防空壕、沖縄有数の闘牛場、広大な珊瑚礁の海、東洋一の米軍補給基地、Aサインバー街、戦争の痕跡をカムフラージュするために米軍機が種をまいたというギンネムの林、地元の人がカーミジ(亀岩)と呼ぶ海岸に突き出た大きな岩、戦死者の白骨や遺品など。
 「沖縄という固有の精神風土と人々の営みを見つめ、すべてエッセイに込めてきました。いつのまにか膨大な量になり、私の人生の軌跡にもなっています。」(コシマキから)

 琉球新報(2015年4月12日)に掲載されていた詩人・高良勉の書評が的確だったので、以下に引用します。

 作家の又吉栄喜が、40年間も注文を受け書きためてきたエッセーを、初めて単行本に編集して出版した。膨大な作品群から選抜し、「第一章 原風景1」「第二章 原風景2」「第三章 自然1」「第四章 自然2」「第五章 戦争」「第六章 米軍基地」「第七章 祈り1」「第八章 祈り2」と構成してある。
 その一篇一篇が独立した作品であると同時に、全体を通して「作家にとってエッセーとは何か」という問い掛けが貫かれている。数多くの作品が読みやすいが、その中でも「木登りサール」「放射能雨」「想像の浦添」「闘牛賛歌」「沖縄の楽天性」などが特に印象に残っている。
 それにしても、「原風景」の章のエッセー群は又吉文学・芸術の源泉を描き出している。「少年時代の「原風景」が現在にもつうじる普遍性を帯び、人間の問題にも通底すると考えるようになり、エッセーを基に小説を書き始めました」と述べている通りである。
 私は、又吉とほぼ同世代なので少年時代に「放射能雨」などの似たような体験をしている。従って、それらの体験の中から何が「現在にもつうじる普遍性」として選ばれ「小説化」されたかもよく分かる。又吉の体験は、単に「自叙伝的記録」に止まらず、文学・芸術として描き込まれているのである。
 又吉は「田宮虎彦の「足摺岬」とか、太宰治の「津軽」とかのように浦添を想像で形象して、後世に残したいという見果てぬ夢を見ている」(「想像の浦添」59ページ)とも述べている。
 ぜひ挑戦し実現してほしいものだ。浦添の原風景から書き込んでいって「時空超えた沖縄」のかなたに「津軽」のような言語空間の名作が生まれてほしい。
 すでに、作品「沖縄の楽天性」で時空超えた沖縄について書いた又吉には、決して不可能な要望ではないと思う。本エッセイ集はその文学・芸術の豊かな源泉を指し示している。

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