著者の父は、沖縄戦末期、地下壕から海軍次官に対して「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」という異例の電文を発して自決した大田実海軍中将(沖縄方面根拠地隊司令官)。当時沖縄県知事だった島田叡とともに、沖縄県民から信頼されている数少ない戦時中のヤマトンチュです。
 その当時11歳だった長男が、父に思いを馳せながら後に高校教師となり、平和教育に打ち込み、やがて沖縄の地で「父」と再会する――といった内容のものです。

 表紙は、沖縄戦開始の2ヶ月前、沖縄赴任が決まった数日後に、10人の子と懐妊中の夫人とともに正装して撮った、家族最後の記念写真です。

 著者は、軍国少年として育ち、父の影響から防衛大学校進学を目指します。しかし1952年に父の遺骨と対面した際、ピストルの穴の空いた頭蓋骨を見て軍人になることに空しさを感じ、教師を志すようになります。
 広島大学教育学部高校教育社会学科へ進学し、卒業後は社会科教師として広島県内各地の高校に赴任。反戦活動にも熱心に取り組み、原水爆禁止呉協議会事務局長、高教組呉地区支部平和教育推進部長、呉地区高校生「平和の集い」顧問、歴史教育者協議会会員などとして平和教育に携わることとなります。
 父が戦死した地・沖縄をたびたび訪問しており、1989年に本書を出版。沖縄戦研究家の安仁屋政昭とは大学の同窓生で、友人です。

 父とは異なる道を歩むことになり、本書では大田実の息子としてではなく、むしろ自分が高校で生徒とともに歩んだ様子などを中心に記述しています。したがって、大田実の実像に迫ることを期待すると少し拍子抜けするかもしれません。偉人を父に持つ、それとは別の人間の物語として読むほうがいいかもしれません。

 大田実をめぐる親子関係についてはもう1冊、「沖縄の絆・父中将から息子へのバトン」(三根明日香 著、かや書房、2013)があります。大田実の三男に落合畯(たおさ)という海上自衛隊員があり、畯は1993年にペルシャ湾の掃海派遣部隊の指揮官として派遣されています。
 こちらの書は、二人の男の半生を、父と子という縦軸と、沖縄とペルシャ湾という横軸で織りなしながら描く物語となっており、読み応えがありましたので、付記しておきます。

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