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 銀天街を抜けた先は、アーケードこそなくなるものの、街路樹が植えられた商店街風の道が蛇行しながらなだらかな上りになって続いています。どうやらここが、かつて「照屋黒人街」といわれたところのよう。

 ベトナム戦争時、米軍の白人たちは胡屋のBCストリートやそこから近い(「コリンザ」から北へ数分)八重島などを根城にしていたのに対し、黒人たちはこの照屋地区で毎夜出征の憂さを晴らしていたのだそうです。
 持参した地図を付しておきますが、太線部分が銀天街で、その先、線で囲った部分あたりが旧黒人街です。そのような地名があるわけでもないので、なかなか場所が特定できなかったものですから、ご参考にどうぞ。



 「沖縄 オトナの社会見学 R18」(前出)によれば、照屋黒人街は、
 「付近の路地を分け入っていくと、以前バーだった建物や、米兵向けに性風俗業をやっていた建物が残っています。当時の照屋について書かれた本を読むと、照屋にまぎれこんできた白人が黒人兵士にリンチされているシーンが必ず出てきます。馳星周氏の小説「弥勒世」(註:角川文庫。これも読んだな)も、照屋の乱闘シーンからはじまります。
 もともとは白人もいたのですが、当時の人種差別が原因で対立が激化して、白人が城前や八重島のほうへ移動していくかっこうになります。これが自然発生的にそうなったのか、問題発生を避けたい軍の「政策」によってのものなのかについてはUSCAR(琉球列島米国政府)の文書資料を調べている研究者の間でも議論があるようです。」――とのこと。

 なお、「城前」とは、R330を挟んで反対側、車を停めた銀行のあるあたりをいうようです。

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 街並みは、一言で言って「古色蒼然」。くたびれたコンクリートが、皺を幾重にもたたえた古老の皮膚のように思えます。それらの一部はご覧のとおり。
 中には「OREGON」などと書かれていた跡も。かつてはこの建物の中でドル札が舞い、黒人の大声とハーニーたちの嬌声が夜な夜な聞こえていたのでしょうか。

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