福祉施設にある碑をもうひとつ。それは、沖縄市胡屋の沖縄長寿センター「緑樹苑」の敷地内にあるという「山内盛彬生誕120年記念「ひやみかち節」歌碑」です。
 先に今帰仁村謝名で「平良新助翁の像」と「ヒヤミカチ節歌碑」を見てきましたが、沖縄県民にとってこの歌は大切なものなのだろうなと、改めて思ったところ。
 事前情報によれば、「緑樹苑」は山内盛彬が1979年に入所した老人ホームで、碑は山内氏の生誕120年を記念して、2011年3月27日に除幕されたものだとのこと。

 沖縄市胡屋7丁目にあるという「緑樹苑」にたどり着くまではちょっぴり苦労。ナビがなければおそらく到達できなかったと思います。狭い道を行きつ戻りつして、ああここかと。苑の手前にあった来客駐車場にクルマを停めて歩いて行きます。
 苑内は広く、様々な福祉施設が並んでいます。おそらくこれらすべては緑樹苑の経営でしょう。
 緑樹苑? あれ、ここ、さっきの比屋根のケアハウスと同系列ってことか。ナルホドなあ。

 歌碑は、広い敷地の真ん中、樹木や植栽、いくつかの鉢植え、果ては石敢當まで配備されて、手入れが行き届いた形で建っていました。
 表面には「ひやみかち節」の歌詞のほか、その五線譜、山内盛彬の詠んだ琉歌で構成。
 五線譜の楽譜付きというのがユニークで、テンポ60のAnimato(元気よく、生き生きと)でうたうことまで付記されています。
 そして歌詞。

ひやみかち節
   作詞  1番 平良新助  2番3番 山内盛彬
   作曲  山内盛彬
 1 七轉び轉で ひやみかち起きて わしたこの沖縄 世界に知らさ
 2 花や咲き美さ 音楽や鳴り美さ 聴かさなや世界に 音楽の手並
 3 我身や虎だいもの 羽つけて給ぶれ 波路パシフィック 渡て見やべら

 さらに氏の琉歌。
  「滅びいく文化 忍で忍ばれめ もちと命かきて 譜文に遺くさ」
   (山内盛彬翁80才詠・自筆)
 歌意は、「滅んで無くなる文化は忍ぶだけでは忍ぎきれない。自分の持てるものすべてと命を賭けて譜面として残したい」というところでしょうか。

 碑の裏面には、次のような説明が記されており、建立に至った経緯や山内盛彬の人となりについて理解をしたところです。

 コザ市名誉市民の山内盛彬翁は齢90にして妻ツルとともに昭和54年に開設した緑樹苑に1番目に入居された。1年8カ月間の苑生活を過ごされるなかで、行事の折々には王府おもろ等の古謡を謡い、利用者和睦につとめられた。
 また、過酷な歴史に翻弄された郷土を琉球禮楽によって復興するという崇高な使命感に駆られ、その旺盛な琉球音楽研究伝承活動は多くの人々に希望と勇気を与えた。
 時あたかも本年は、翁の生誕120年の寅年にあたり、奇しくも翁の作りし「ひやみかち節」響む甲子園で春夏連覇が成し遂げられた。まさに紫紺と深紅の優勝旗が波路パシフィックを渡ったのである。
 よって翁の遺徳を偲ぶ歌碑を建立する。
  山内盛彬歌碑建立実行委員会  委員長 安仁屋眞昭
  社会福祉法人緑樹会  理事長 金城和昌


 甲子園の春夏連覇とひやみかち節を関係づけたあたりがこの碑の真骨頂でしょう。

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