次は、西原町へ。「サワフジの碑」があるという西原町立図書館を目指します。
 図書館に着いてまず目に入ったのは別の碑でした。ん?
 それは「比嘉春潮顕彰碑」でした。おお、比嘉春潮。

 比嘉春潮(1883~1977)は、沖縄郷土史家であり歴史学者。沖縄県庁職員を経て、1923年に上京、改造社の編集部に勤めながら、沖縄学の第一人者だった伊波普猷の影響を受けて沖縄研究を始め、また、柳田國男らをメンバーとする南島談話会に加わって民俗研究に取り組んだ人です。
 比嘉についてはかつて「比嘉春潮 ~沖縄の歳月 自伝的回想から」(比嘉春潮著、日本図書センター、1997)を読んでいるので、ある程度は知っているつもりです。
 また、伊波普猷関連の書物を読むと、この人が頻繁に登場します。東京大空襲後、自宅を焼け出された伊波が、比嘉の自宅に身を寄せて生活していた時期があったからです。

 その彼の顕彰碑がここにあるとは知りませんでした。
 きれいに刈り込まれた植栽が配された中に、半円形の形をした白っぽい色の石に「ふるさとを愛した篤学・反骨の研究者 比嘉春潮顕彰碑」と彫り込まれ、その下部に黒石の説明板が嵌め込まれ、日本語と英語の文章が刻まれていました。
 まず、管理がとてもよさそうです。
 そして、これまでいろいろな碑を見てきましたが、柔らかめの石に直接彫り込むのならば、風化によって字が読めなくならないよう大きな字を刻するべきだし、また、多くの文字を記したいのであれば、堅い石を埋め込んでそれに記したほうがいいと思ってきたところで、そういう意味では、この碑のつくりはとてもいいと思います。

 下部の説明文(日本語部分)は、次のとおり。

比嘉春潮顕彰碑
 比嘉春潮は、沖縄の歴史や民俗の研究に大きな足跡をのこした偉大な研究者です。
 1883年、西原間切(現西原町)翁長で生まれました。沖縄県師範学校を出て小学校長、県庁の役人、新聞記者をしたあと41歳のとき、上京。その間、伊波普猷と出会って沖縄歴史への関心を深め、東京では柳田国男のもとで民俗研究に励んで「翁長旧事談」をはじめ郷里西原関係の研究も数多く発表しました。
 敗戦後は、在京の伊波普猷、仲原善忠らと共に沖縄人連盟の設立、沖縄文化協会の創設にかかわり、郷土沖縄の復興支援と沖縄研究の基礎づくりに尽力するとともに、自らも農村経済史や文献研究で優れた業績をのこしました。
 温厚篤実な人柄と謙虚な研究姿勢は多くの人から深く敬愛される一方で、権力におもねることのない硬骨の研究者としても知られ、主著「沖縄の歴史」は、庶民の側から書かれた初めての歴史書として高く評価されています。1977年逝去、享年94歳。
 ここにふるさとを愛した篤学・反骨の研究者・比嘉春潮の遺徳を称え、功績を後世に伝えるためにこの碑を建立します。
  2006年3月31日  比嘉春潮顕彰碑建立期成会

 碑の裏面の記載により、期成会が起工し町に寄贈されたこと、2014年2月10日に改造・移設されたことがわかります。移設とは、どこから移設したのだろうな。
 なお、揮毫者の豊平峰雲は、1942年石垣市新川生まれ、93年沖縄タイムス芸術選賞の大賞受賞、2007年には沖縄県文化功労賞を受賞した人。
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