いやあ、この参道、碑が多いなあ。
 で、その先にあるもう数十段の石段を登ったところが本殿前の広場になっています。石鳥居に大きな「謹賀新年」の立て看板がくくりつけられていて、多くの人々が初詣に来ています。運動公園内なので、ジョギング途中にここまで駆け上がってきてお参りする人もチラホラ見かけます。

 おおっ、目的物の「天皇皇后両陛下の歌碑」が右手にあるではないか。ではそれをよく見ようではないか。
 これは何の木なのかな、枝ぶりのいい立派な古木の下に両陛下の歌碑があり、なぜかその周りに仮設と思われるおみくじを結び付ける場所が設えられていて、歌碑はおみくじだらけの中で肩身の狭い思いをしているように見えます。



 石碑が2本並んで建っており、向かって左側が天皇陛下の御製の
   弥勒世よ願て 揃りたる人たと 戦場の跡に 松よ植ゑたん
との琉歌、右側が皇后陛下の御歌の
   鹿子じもの ただ一人子を 捧げしと 護国神社に 語る母はも
との和歌。
 天皇陛下の「右出るものはいない」習わしなので、皇后陛下はいつも天皇陛下の左側(向かって右側)になるのだとか。

 それぞれの歌意の説明板が礎石に埋め込まれており、それぞれ次のように書かれていました。

 天皇皇后両陛下が、平成5年当時米須・山城での第44回全国植樹祭に行幸啓の砌、沖縄県に賜った御製です。当神社企画の今上陛下御即位20年奉祝記念事業の一環として、広く大御心をお伝えするため歌碑を建てました。平和な世を願って集まった人々とともに戦場の跡に松をお植えになったことを詠まれた琉歌です。

 昭和49年、皇后陛下は、皇太子妃として3県にわたり護国神社をお参りになっており、そのいずれかの折にお読みになった御歌です。「鹿子(かこ)じもの・・・」は「ただ一人の大切な子」を意味し、護国神社で会われた遺族への深いお気持ちが詠まれています。


 毎年開催される全国植樹祭や海づくり大会では、両陛下が歌を詠まれ、会場など実際にそれを詠まれた場所に歌碑をつくるのが習わしになっているようです。だとすれば、1993年の植樹祭で詠まれたこの御製の碑は当時の会場にもあるのだろうか。また、その際は皇后陛下はどんな歌を詠まれたのでしょうか。
 調べてみると、平和創造の森公園内に記念碑があるようです。

 今回の旅では、もう1か所、天皇陛下の御製が刻まれた碑を見るつもりでした。
 それは、糸満漁港北地区にあるという、「全国豊かな海づくり大会御製碑」。
 2012年、第32回全国豊かな海づくり大会が糸満氏を会場として開催され、その際に詠まれた陛下の御製「ちゅら海よ願て 糸満の海に みーばいとたまん 稚魚放ち」の琉歌を刻んだ碑が、その公園内にあるというのです。
 昨2016年にはこの大会が山形県で開かれたということもあり、これもぜひ見ておこうと資料を準備していたのですが、この日はついそれを失念してしまい、見ずじまいになってしまいました。
 碑のある場所は、沖縄水産高校とか上原長幸民謡研究所(と言ってもわかる人は少ないだろうが)の近くでもあるし、これはリベンジのための再訪確定でしょう。
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