「傷痍軍人夫婦像」の隣には、「針の碑」なんてものまでありました。もう、なんでもアリって感じですね。それをブログネタにする自分もなんでもアリなのですが。(笑)
 素通りするのが惜しくて写真を撮ってみたので、載せておきます。
 副碑の記載事項を以下に移記。

「針の碑」建立にあたって
 針供養祭は、私達の日常生活を支える針の恩恵に感謝して供養する、日本古来より行われている歳時で、毎年2月8日又は12月8日に行われています。
 当支部は、支部設立30周年を記念して、護国神社の格段の御高配と多くの皆様のご支援により、針供養祭の継承、家内安全、技術の向上・発展等を祈念して、茲に「針の碑」を建立します。
 尚、碑は地位一般の皆様へも開かれていることを申し添えます。
  平成16年2月8日
   社団法人 日本和裁士会 沖縄県支部
   支部長 熊谷フサ子

 うーむ、和裁ですか。自分はまったくの門外漢です。
 調べてみると、平安時代、清和天皇によって針供養の堂がある寺に建立されたとされているので、9世紀後半には日本に針供養の風習があったことは確実なのだと。少なくとも千数百年の歴史はあるということですね。
 また、針供養祭が2月8日又は12月8日に行われるのは、2月8日は一般的に裁縫などの「事始め」の日だから。しかし西日本の一部ではそれが12月8日になっているのだそうです。

 支部長の熊谷フサ子さんは1943年高嶺村(現糸満市)生まれ。熊谷和・琉裁きもの専門学院を主宰し、2014年11月に厚生労働省の「現代の名工」に選ばれたという人のようです。
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