2017年1月7日から3泊4日で那覇に行ってきました。
 琉球弧への旅はこれが通算49回目。このところ1年に1回しか行けない状況が続いていて、沖縄は2015年5月に伊平屋島などを巡って以来(2016年は奄美大島・加計呂麻島に赴いた)と、少し間が空きました。したがって、変貌していく那覇の街を確かめることも、今回の楽しみのひとつとなりました。

 事前日程としては、宿泊は3泊とも那覇。中の2日はレンタカーで本島を巡り、主として碑や像を見て回ります。
 初日は、夕方は那覇のおもろまち~安里~牧志~桜坂~壺屋~農連市場~開南本通り~浮島通りあたりを歩いてみようかと。

 2日目は、高速で許田まで進み、ヒヤミカチ節歌碑(今帰仁村謝名)、豊年口説歌碑(今帰仁村今泊)、具志堅小唄歌碑(本部町具志堅)、我部平松之址の碑(名護市我部)、奥間東鍛冶屋跡・国頭間切番所跡(国頭村奥間)、大兼久節歌碑(名護市大中)、赤犬子宮(読谷村楚辺)、道の駅喜名番所(読谷村喜名)、天川の池の碑・野國總管像・喜屋武朝徳(チャンミーグヮー)顕彰碑(嘉手納町嘉手納)、野國總管の像(米軍施設カデナマリーナ入口と道の駅嘉手納の2所)、インディアン・オーク号漂着記念モニュメント(ハンビー公園)を見て回り、夜は美栄橋あたりの居酒屋で南国の酒に浸る考えです。


(今帰仁村謝名)

 3日目は、天皇皇后両陛下の歌碑(那覇市沖縄県護国神社)、瀬長島ウミカジテラス(豊見城市)、「サワフジの詩」歌碑(西原町与那城)、てぃんさぐぬ花歌碑(沖縄市比屋根)、山内盛彬生誕120年記念「ひやみかち節」歌碑(沖縄市胡屋)、銀天街と照屋黒人街(沖縄市コザ)、真栄原新町(宜野湾市)などをレンタカーで駆け抜け、体力が続けば夜は再び沖縄のうまいもので酒を。

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(沖縄市照屋)

 4日目は、いにしえの那覇に思いを馳せながら「旧那覇散策」をしてみようか。それらは、那覇四町といわれたあたりの薩摩藩在番奉行所跡、親見世跡、天使館跡、伊波普猷生家跡、東恩納寛惇生家跡、那覇市跡、円山号跡、仲毛芝居跡、松田橋跡など。
 最後に、久々に波ノ上宮に詣でて、その後ろの公園にある各種の石碑をまとめ見するのもいいかもしれない。

 食事も楽しむぞ。昼食で狙っているのは、本部きしもと食堂の沖縄そば、豊見城市海洋食堂の豆腐ンブサー、首里あやぐ食堂のたくさんのメニューからのチョイス。
 夜の飲みも、いくつかリストアップしていて、その日の気分によって決めようかと考えています。

 どうです、かなりマニアックでしょ。これだけ何度も行っていると、巨視的だった観光目線がだんだんと地を這う蟻の日常目線に変わってくるものなのですよ。
 さて、日程はカンペキだ。

 1月7日(土)、冬の天気と、突発的な仕事が心配だったけど、それぞれ問題はなく、庄内から仙台空港まで2時間半のロングドライブをし、予定どおり那覇行きの直行便に乗り込んだのでした。
 それでは、旅の顛末についてドキュメントしていきます。
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