又吉栄喜が「豚の報い」で芥川賞を受賞したのが1996年。受賞直後に「文藝春秋」を買ってそれを読んだときには、沖縄の街場にあるスナックに豚が闖入するなんて、これまた妙な場面設定だなあと思ったものです。
 その芥川賞作品が書かれる前、すでにその著者が豚をモチーフにした「木登り豚」を書いていたと知り、どうしても読んでみたくなったので、古書店から購入してみました。

 正子は父と二人で豚を飼い、豚料理の食堂をやって生計をたてています。そこに絡んでくるのが、80歳を過ぎて一人暮らしをしているカマドおばあ。彼らの間に様々な事件が起き、ガジュマル信仰や御嶽信仰など沖縄独特の文化の中で、物語は進行していきます。
 その中の記述を一部抜粋すると、たとえばこんな感じ。
 「ガジュマルを抱きかかえるようにひれふしている十数頭の豚がいる。ガジュマルの上に栗鼠のように巧みに登っていく豚がいる。姿は豚なのだが、人間のように立っている豚が増えだした。」
 「体はまちがいなく豚なのだが、蝉の羽根のような半透明な服を着ている。背広を着た区長がいる。ワンピースを着た雑貨店のおばさんもいる。ステテコを着た素潜り漁のおじいもいる。豚の顔が笑う。大きな、つぶれた鼻の下に、小奇麗に並んだ小さい白い歯がうきでる。何十もの豚が笑っている。だが、目は正子を睨んでいる。」

 さて、「木登り豚」を読み終えてから半年ほどたってしまうと、読後感というほどのものはすっかり頭の中から欠落しており、覚えているのはこの本のつくりが変わっていたことぐらいです。
 文学としての単行本ではなく、出版界の「沖縄発全国行き」を目指す「カルチュア」という季刊誌の別冊としてつくられたものです。内容としては、作品「木登り豚」のほか、又吉栄喜インタビュー、又吉栄喜秘蔵アルバムのほかに、作品とはおよそ関連のない「沖縄霊験万物コピー曼荼羅」とか、「豚さんを探して」というフォトエッセイなどが掲載されています。

 そのうちのインタビューで又吉は、「木登り豚」について次のように述べています。
 『「木登り豚」には、何かが成長していく芽生えみたいな、種子のような、爆発寸前の塊があります。塊がはじけて、あの作品を書き上げました。自然描写や人物のやりとり、会話、発想の原点のすべてがこの作品に込められている。種子のほうが花や木よりも栄養価値が高いとも言えますね。
 つまり「木登り豚」の「豚の報い」を触発した作品、根底になっている重要な作品なんです。』
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