著者は、元沖縄県知事の大田昌秀が琉球大学文理学部に初めてマスコミ(広報学)コースを開設した際の第一期生。その後琉球新報社で編集局長、東京支社長、代表取締役社長などを歴任した、ぶんや稼業が骨の髄まで沁みついた生粋の新聞人。
 ついこの前の2010年には「沖縄の新聞再生」を上梓したばかりであり、なかなか精力的であるなあとお見受けします。
 引退し、古希を契機に発行したこの本は、自分史であり、読み手のあてのないラブレターまたは遺言集だと、著者は「はじめに」で述べています。

 第一部は「ぶんや稼業奮闘記」。“高良ラッパ”の異名を持つ、当時那覇市議会議長のことを扱った記事が当人の逆鱗に触れ、桜坂のとある店で大騒動となった話などは印象的。この高良一という人物、那覇のモノレール建設構想を最初に提唱した人物として一部では名が知れていますね。
 このほか、自分が卒業生として臨む大学の卒業式の記事をアルバイトとして社会部のデスクに電話送稿したというのどかな時代の話など、全19話。
 いずれも洒脱な語り口で、軽妙なユーモアもたっぷり。文章のキレも抜群。そのため読んでいて肩が凝らず、酒場で一杯やりながら雑然とした古いオモシロ話を聞いているような感じです。
 こういう文章って、自然に著者の人となりが表に出てくるようで、誰にでも書けるというものではないのではないかな。

 このほか、地域の身近な話題を糸口に、戦後の新聞・放送史の一断面を追った「送信所用地に化けたガリオア資金」と、古い資料を整理していたら偶然見つかったという、1966~7年ごろに書いたらしい、沖縄戦で九死に一生を得た母子の半生を綴った「生き残った女」。

 ぶんやさんのこぼれ話って、いいですね。楽しいですね。
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