首里金城町の石畳道をくだると欄干にシーサーをのせた金城橋が見えてきます。この橋からの急なのぼり坂が識名坂で、方言では「シチナンダビラ」とよばれています。
 かつての識名坂は、首里からの古風な石畳道がつづき、夏には松並木が心地よい風を運んでいました。
 むかし、坂の上の識名村に仲のよい夫婦が住んでいました。嫁は村いちばんの美人ではたらきもの。夫の畑しごとを手伝いながらも豆腐をつくり、首里の市場で売り歩いていました。
 さて、金城橋の近くには、この美しい嫁に横恋慕する男が住んでいました。男はどうしようもない放蕩息子で、酒びたりの毎日を送っていました。
 ある日、豆腐が売れのこり、帰りがおそくなった夕暮れどきのことでした。識名坂で嫁のぞうりの鼻緒がぷっつり切れてしまいました。
「ああ、どうしよう」
 嫁がぞうりを手にしてこまっていると、そこへ放蕩息子がやってきました。
「さぞおこまりでしょう」
 男は酒のにおいをプンプンさせながら、ぞうりの鼻緒を直してあげました。
「ご親切にありがとうございます」
 嫁は腰をかがめて礼をいい、家路を急ぎました。
 ところが、すぐに男が追いかけてきて嫁をよびとめました。
 男は、今日こそは声をかけようと待ちぶせしていたのです。
「実は、前からあなたとお話しができればと思い……」
 嫁は男のことばにおどろき、
「わたしには夫がおります」
 といって、男の話をさえぎりました。



 あたりは暗くなり、いつのまにか人影が消えていました。嫁は急にこわくなり、豆腐の入ったタライを小脇にかかえて小走りにかけ出しました。
 そのようすにカッとなった男は、すぐに嫁に追いつくと、松の木の後ろに引きずりこんで手込めにしたのでした。ことを終えると、男はなにもいわずにその場を立ち去りました。
 売れのこった豆腐がくだけ散っていました。嫁は泣きながら乱れた着物を直し、しばらくはぼんやりとたたずんでいました。が、そのうち坂下へと歩き出し、涙にぬれた顔で金城橋から身を投げたのでした。
 なにも知らない夫は、いつまでたっても嫁が帰ってこないので、松明を灯して識名坂までむかえに行きました。金城橋までやってきた夫は、そろえて置いてある嫁のぞうりを見つけ不安な気持ちにおそわれました。
「ああ、どうしてこんなことに」
 夫は、川に浮かぶ嫁のすがたに落胆し、自分も松の木で首をつって死んでしまいました。
 それからというもの、夜になると、識名坂と金城橋の両方から青白い遺念火が出るようになりました。二つの通念火は、ゆらゆらと近づきひとつになったり離れたりしながら、坂の途中でいっしょになって消えていくのでした。
 そんなある晩のこと、酒に酔ったあの男が、夜風に吹かれながら気持ちよさそうに金城橋をわたっていました。
 すると、とつぜん遺念火があらわれ、嫁の幽霊が橋のまん中にぼうっと浮かびあがりました。おどろいた男は欄干によりかかろうとしてよろけ、まっさかさまに川に落ちておぼれ死んでしまいました。
「おなじ場所で三人も命を落とすとは……⊥
 立てつづけに起きた災難に、ふしぎなこともあるものだといって世間の人々は首をかしげたそうです。
 識名坂の遺念火は、戦前までよく見られたといいます。古老の話によると、この青い火の玉は死者の霊魂であり、非業の死をとげた男女が一組の火となって宙をただようのだそうです。

(文・絵とも「おきなわの怪談」(沖縄文化社刊)から引用させていただきました。)
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