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 しばらく更新が滞っていましたが、心を入れ替えて書いていきます。(笑)
 だいぶ前のことになりますが、2016年の沖縄本50冊目として、年の最後に読んだ1冊です。

 「カクテル・パーティー」(1967)で沖縄発の芥川賞作家となった大城立裕が、1993年に発表したエッセー集です。それを古書市場から手に入れて読んだもの。沖縄の最大の論客と言っていい大城センセイですから、読まなければなりません。

 「復帰後20余年、いま独自の文化と歴史を見直し、新しい時代を切り開く沖縄からのメッセージ」(コシマキ)というキャッチが付いており、著者曰く、
 「いつのまにか、沖縄が同情の対象どころか、日本の中のゲンキ印として、羨望の対象にもなりかねない風潮が生じてきました。沖縄のなかでも、近代史で予想できなかったほどの自信が芽生えています。
 この季節に、沖縄から日本の文化に寄与することを、考えております。そして、沖縄で普遍的な問題を考えるようになりました。すくなくとも、問題意識だけはしっかり持ちたい、という願いから書いた文章……。
 そういう文章を前面に出して、この本を編んでみました。」(「あとがき」から)――とのこと。

 確かにかつてはマイノリティと見られていたウチナーンチュの置かれている日本における位置取りというか相対的な地位(?)は、客観的に見て本土復帰が達成された(1972年)頃とは大きく様変わりし、実に堂々としたものになっていると思います。
 推察するにそれは、ウチナーンチュの持つ「文化力」が牽引したものではないでしょうか。
 ウチナーポップがワールドミュージック界の旗頭となり、その後それを凌駕する形でアクターズスクール出身の歌手やMONGOL800などの気鋭が日本のミュージックシーンの中央に躍り出たことはその代表例と言えるのではないでしょうか。

 身辺雑記、新聞コラム、文化論などを1冊にまとめたもので、早いものでは1968年のものから最後は92年までと、著作年代的にも幅広いものとなっています。
 「「だからよ」文化の明暗」、「ヤポネシア論の宿題」、「沖縄復帰10年の文化状況」、「アルゼンチン・タンゴ」、「南米移民のいま」、「祖父母のこと」、「学童疎開のこと」、「沖縄方言の落とし穴」、「地名のあて字」、「姓と屋号」など、取り扱われる事象もまた幅広く、興味深いものが並んでいます。
 さすがにやや古さを感じるのは否めないところですが、失われつつある沖縄の地域性に思いを馳せながら、感慨深く読むことができました。

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 沖縄の離島を舞台にした「カフーを待ちわびて」で第1回日本ラブストーリー大賞(2005年)を獲得した原田マハ。
 その後、南大東島のサトウキビを材料にしたラム酒をつくる話の「風のマジム」(2010)も読んで、この作品は自分にとって3冊目の原田マハ作品となります。2014年の作で、16年に文庫化されたものです。
 彼女の作品はこれまで何度か直木賞の候補になっているようです。

 太平洋戦争で地上戦が行われ、荒土と化した沖縄。終戦後、米軍の若き軍医・エドワードはある日、沖縄の画家たちが暮らす首里城北の「ニシムイ美術村」に行きつきます。
 そこでは、後に沖縄画壇を代表することになる画家たちが、肖像画や風景画などを売って生計を立てながら、同時に独自の創作活動をしていました。
 エドワードは言葉、文化、立場の壁を越えてその若手画家たちと、交流を深めていきます。
 芸術と友情の日々が、若き米軍軍医の目を通して描かれていきますが、そんな美しい日々にも影が忍び寄り……。

 これは史実をもとに描かれたものです。
 ニシムイ美術村とは、米軍文化部の廃止(1948年)に伴い、新たな拠点を探していた画家たちが、儀保にあるニシムイ(北の森の意。首里城の北に当たる)に、「オキナワン・アート・ソサエティ」と称しアトリエ付住居を作って移り住んだもの。
 そこでは、後に沖縄画壇を代表することになる玉那覇正吉、安次嶺金正、安谷屋正義、具志堅以徳といった画家たちが、アトリエ兼自宅の小屋を作り、肖像画や風景画などを売って生計を立てながら、同時に独自の創作活動をしていました。

 今で言えばゆいレール私立病院前駅の北側、末吉宮のある山の手前あたりでしょうが、コロニーを物語るものは残念ながらまったくと言っていいぐらいにないそうです。

 沖縄とアメリカをつなぐ、海を越えた二枚の肖像画を巡る感動の物語。
 美術を知悉している原田マハは、こういう作品をものにするのが上手です。

  nihonnoshimade.gif  hotel haibi

 7月からお盆までに買った本は、購入順に次の8冊です。

1 定年後 50歳からの生き方、終わり方  楠木新 中公新書 201704 842
2 沖縄プチ移住のススメ 暮らしてみた3カ月  吉田友和 光文社文庫 201707 756
3 日本の島で驚いた  カベルナリア吉田 交通新聞社 201007 古258
4 1泊2日の小島旅  カベルナリア吉田 CCCメディアハウス 200904 古437
5 ハノイ発夜行バス、南下してホーチミン ベトナム1800キロ縦断旅  吉田友和 幻冬舎文庫 201606 古258
6 花岡ちゃんの夏休み  清原なつの ハヤカワコミック文庫 200603 古515
7 ディープすぎるユーラシア縦断鉄道旅行  下川裕治 KADOKAWA 201606 古554
8 笑う!うちなーぐちFAX小全〈3〉  ラジオ沖縄「前田すえこのいいことありそうウィークエンド沖縄探検隊」編 ボーダーインク 200007 古827

 1、2は楽天ブックスから、3~8はAmazonから。
 このうち沖縄関係は、2、3、8のみ。
 1は、ぼちぼちこういうことを考え始めているので。すでに読み終えましたが、現役世代と同じ価値観で定年後も生きたいと考える人向けかな。自分が求めている定年後とは違うなと思ったところです。
 2は、定年後の生き方の一つとしてこういう方法もあるのではないかと考えて。ハナから移住するのではなく、「プチ」ぐらいが妥当でしょう。
 3と4はカベルナリア氏の島旅モノですが、4には沖縄・琉球弧は登場しません。
 5は、大好きなベトナムの、一度やってみたい縦断旅。7は、ディープな外国鉄道旅の最たるものが読めるのではないかと期待して。
 6は、学生時代、少女マンガ誌「りぼん」で発表された、我がセイシュンの思い出となっている秀逸な作品を含むコミックス。読み返してみて、主人公の表情や登場するセリフなどが今でも鮮明で、これらは我が人生の血肉になっているのだなあと。(笑)
 8は、〈1〉と〈2〉を読んだので、完結となる〈3〉(みーち)も手に入れておこうかということで。

 このほか、DVDも1本。
 2004年に発表された当時にも楽しく観た「ホテルハイビスカス」を改めて観てみようと思って。

 この8月は20日までに沖縄本だけでもすでに7冊読んでおり、ようやく読書ペースに見合った購入量になっています。
 でも未読のストックはまだまだあるので、少しずつ読んでいきたいと思っています。

 そうそう、定年後は読書三昧というのも悪くないかもなあ。



 2015年6月に新星出版から発刊された、438ページの厚手のもの。1,500円+税の本だけど、今(17年8月)アマゾンでは古書の扱いしかなく、それが3,239円+送料だといいます。需要と供給の量によって価格が決まるのでしょうが、それにしても高いよナ。
 新星出版は、那覇にある地方出版社。したがって本土への安定供給はあまりうまくいっていないのかもしれず、この本に関する情報も多くありません。

 「「沖縄記者物語」3 1945~1953 世変わりの狭間で」との副題がついています。
 ということは1と2があるわけですが、コザ暴動を題材にした1の「1970」は既読、キセンバル闘争を扱った2の「キセンバル」は未読です。
 「キセンバル」に関しては、大手ネット通販者は取扱いすらしていないようです。

 コシマキのキャッチコピーを以下に引用。
 「9人惨殺―海中投棄! 糸満沖の惨劇が暴き出す沖縄“闇の時代”。米軍占領初期の混沌下、“絶海の孤島”与那国島を舞台に繰り広げられた、台湾・香港―沖縄―日本」を結ぶ大密貿易時代を、新聞報道を追ったスリリングな臨場感で、重層的に描き出す、著者会心のノンフィクション・ノベルズ!」
 「すべてがゼロに帰した沖縄戦。再生のドラマはこうして始まった! 「射殺御免」の米兵の銃口の前で展開される「斬り込み」「戦果上げ」。密貿易の女王、沖縄・台湾人密貿易人が南海を駆け抜け、関西闇の世界を牛耳るフィクサーの蜜貿易船も繰り出す。戦争で打ちのめされた沖縄の再生に向け、帰属論争も熱を帯び、米軍政下の弾圧に、新聞も混迷を深めていく――。」

 これを見てわかるように、糸満沖の惨劇、密貿易、斬り込みや戦果上げ、関西闇事情、帰属問題という具合に多くのものを盛り込みすぎた印象。そしてその語り口が、新聞の引用が多く、読んでいて気分的に散漫になってしまうようなところがありました。

 著者の与並岳生は1940年宮古島生まれ。琉球新報の記者、沖縄マスコミ労協の一員として活躍した人物で、2015年現在琉球新報新聞博物館の館長をなさっている模様。本名は岡田輝雄。
 本名で「世界遺産 グスク紀行」(琉球新報社刊、2000)というグスク巡りに必読の書も著しています。
 「琉球吟遊詩人アカインコが行く」、「琉球王女百十踏揚」など、沖縄の歴史上の人物を扱った作品は、ボリュームがあるものの平易で読みやすいですので、読んでみてはいかがでしょうか。



 2015年、文藝春秋社からの発行ですが、「企画出版部」なので、これは自費出版なのでしょうか。
 著者は、東京都出身で、セメントメーカーの管理職を定年退職したというからおそらく60代。退職後に技術コンサルタントをしながら放送大学教養学部を卒業し、発行時は同大学大学院に在籍中だという方です。
 創作活動に目覚めて文芸サークルを主宰し、機関紙発行や新聞への小説連載などを手掛けているそうです。

 戦争前後の人々のモラルを問う短編3編で構成されています。
 「沖縄の心」は、ここが……あの人が撃たれた場所です。
 ゼミの課題研究で沖縄を訪れた大学生2人を案内していた老人が摩文仁で突然泣き始め……。
 「復讐」は、昭和20年4月、東京から山口に疎開した三郎が、同級生たちと打ち解けられずにリンチを受け……。
 「決別」は、中学2年の園田真一が、疎開先の学校で軍国教育に熱心な教師や、予科練から戻って蛮行を繰り返す上級生たち、そして威張り散らす配属将校らに反感を抱くが……。
 ――といった内容。

 「悲劇を繰り返さないために、非才を顧みずあえて本書を上梓した」とのこと。(まえがきから)
 また、「当時の児童や生徒たちが何を考え行動したか、それを知ってもらうことは、今後の日本のあり方の参考になると思います」とも。(あとがきから)

 文章自体に大きな破綻はなかったと記憶していますが、読み終えて7ヶ月ほど経ってからこのインプレを書いていると(それは自分の怠慢以外のナニモノでもなく、それを棚に上げてのことなのだが)、内容をよく思い出せなくなってしまっています。つまりは文脈にインパクトに欠ける面がなかったとは言えない、ということかもしれません。
 物忘れがひどくなってきているのだから、読後のインプレはもっと早く書かなければナラヌなと反省。



 沖縄文学を渉猟するうえで、大城貞俊という作家にも注目しているところ。
 1949年、大宜味村生まれで、琉球大学法文学部国語国文学科を卒業。県立高校教諭、県教育庁指導主事等を経て、琉球大学教育学部教授。作家であるほかに、定年後は沖縄国際大学・沖縄女子短期大学非常勤講師。
 詩誌「EKE」同人、個人詩誌「詩と試論・貘」主宰、現代文学・思想を読む会「グループZO」同人です。
 1993年、小説「椎の川」で具志川市文学賞受賞。この「アトムたちの空」は、2005年、東京都文京区が主催する第2回文の京文芸賞を受賞しています。(同賞は第4回で休止。)

 大城貞俊の作品を読むのは「椎の川」、「ウマーク日記」に次いで、「アトムたちの空」が3冊目。古書市場で1円+送料で入手しました。
 ほかにも「G米軍野戦病院跡辺り」、「島影 慶良間や見いゆしが―大城貞俊作品集〈上〉」、「奪われた物語 大兼久の戦争犠牲者たち」を手元にスタンバイさせています。

 昭和30年代への郷愁も豊かに、沖縄の少年たちの成長をみずみずしく描いています。
 「みんながアトムになった。一平たちも、アトムを真似た。好んでゴム長靴を履いた。両手を頭上にあげ、拝むような仕草で地を蹴り空を飛ぶ。そんな仕草が学校中で流行った。風呂敷のマントを首にかけて走り回る生徒たちもいた。」(本文より)

 沖縄の少年、一平とその仲間たちの、小学4年から中学2年までの物語。一平の家族がS村に引っ越してくるプロローグに続き、その後に「カミースー」「愛犬メリ」「鉄腕アトム」「アー・ユー・レディ?」の4つの章が展開されます。
 その舞台となるS村は、国頭村の楚洲でしょうか。

 「カミースー」は、一平たちが恐れていた近所に住んでいるおじいさん。少年たちは一平の父から聞いた戦争の話がきっかけとして、彼を少しずつ理解していきます。
 「愛犬メリ」は、友人の克夫が一平に譲った犬。それを機に、一平は勇気を出して克夫と近づいていきます。
 「鉄腕アトム」は、村に一台だけ来たテレビを見て少年たちが夢中になったヒーロー。あの当時の様々な事象が登場し、おじさんたちにはとても懐かしいです。
 「アー・ユー・レディ?」は、憧れの英語教師である初子先生の口ぐせ。一平は、先生に褒めてもらうために必死に英語を勉強し、ちょっぴり性への目覚めとともに、アメリカ世にも溶け込んでいきます。



 1990、91年と沖縄水産高校を甲子園準優勝へと導いた名将・栽弘義監督。
 常識を覆す独自の練習法と、暴力さえ厭わない苛烈な指導で、沖縄野球を全国レベルに押し上げた。
 大酒飲みで女好き、公私ともに豪放磊落な栽には敵も多かった。それでも、沖縄人の誇りとアイデンティティーを失わないために、生涯を野球に捧げた。
 成功の裏に隠された命を削るほどの重圧と孤独に迫る傑作ノンフィクション。(裏表紙から)

 栽弘義の人となりは次のとおり。
 1941~2007年。沖縄県糸満市生まれ、沖縄県立糸満高等学校、中京大学卒。
 4歳時に沖縄戦に遭遇し、3人の姉を失い自らも背中に重傷を負う。高校時代は糸満高校野球部に所属。
 1964年、小禄高校に赴任し、高校野球監督としてのキャリアをスタートさせる。全国に通用することを目指して過酷な練習を課したために度々選手との対立を引き起こしつつも、70年、初めて夏の沖縄大会優勝を果たしたが、都城高校(宮崎県)との代表決定戦に敗れ、甲子園大会出場はならず。
 71年に豊見城高校に転任し、75年春、2年生エース赤嶺賢勇を擁して甲子園初出場。大会では、初日に優勝候補でその年の夏に優勝する習志野を破るなど旋風を巻き起こし、ベスト8に進出するも、準々決勝で原辰徳がいた東海大相模を相手に逆転サヨナラ負けを喫する。この後豊見城では、春夏合わせて6回甲子園に出場し、3回準々決勝に進出(76、77、78の各夏)したものの、ベスト8の壁は破れず。
 80年、全県から選手を集めることができ、学校所有の広大な敷地を自由に使うことを認めた沖縄水産高校に転任。84年夏に初出場、その後88年まで5年連続で夏の甲子園に出場するなど、黄金時代を築く。88年夏に初めてベスト4に進出すると、90・91年の夏に2年連続で決勝進出し、2回の準優勝を果たす。
 しかし、92年に不祥事のため夏の県大会出場を辞退して以降成績が下降線をたどる。
 豊見城、沖縄水産を率いて甲子園大会には春夏合わせて17回出場、27勝17敗、準優勝2回。
 2007年3月に心臓の不調を訴えて入院し、5月に65歳で死去。

 琉球新報2017年3月22日の記事を以下に引用。

・沖縄書店大賞決まる 郷土書部門は「沖縄を変えた男」
 県内の書店員が「今、いちばん読んで欲しい本!」を投票で選出する「第3回沖縄書店大賞」(同実行委員会主催)が21日発表された。郷土書部門は松永多佳倫(たかりん)さんの「沖縄を変えた男」、・・・小説部門は村田沙耶香さんの「コンビニ人間」が選ばれた。県内19書店、88人の書店員が投票した。
 ・・・松永さんの著書「沖縄を変えた男」は1990、91年夏の甲子園で沖縄水産を連続準優勝に導いた名将の故・栽弘義さんを描いたもの。松永さんは「栽監督のやり遂げた、信念を貫くということが一番大事なことだ。必ず誰かに何かを残し、継承されていく」と作品を振り返った。

 また、この著作は映画化され、ガレッジセールのゴリが裁監督役となり、2016年夏に沖縄、東京などで上映されました。



 著者は、津波信一(つはしんいち)。1971年、佐敷町(現南城市)生まれ、沖縄を中心に活動するローカルタレントで、沖縄県内ではしんちゃんの愛称で親しまれています。
 地元のお笑い集団「笑築過激団」の一員として活動した後、独立。RBCテレビで1990年代に放送されていた「お笑いポーポー」に出演し、独立後は沖縄県で俳優や演出家、ラジオDJなどマルチタレントとして活動しています。
 映画にも、パイナップル・ツアーズ(1992)、パイパティローマ(1994)、ナビィの恋(1999)などに出演しています。

 そのしんちゃんが長年にわたって撮りためた、沖縄の街角のあちこちで発見した大爆笑のおもしろ看板を一挙大公開!
 沖縄独特の発音の看板や、惜しい書き間違いやら、読めない店名、意味不明のメニュー、子ども達の可愛い立て看板、さらに怪しげな張り紙などを180連発。
 おそばのあとのぜんざいのようにさくっと楽しんでください――とのことです。

 こういう趣向のものはカベルナリア吉田の本にもありましたが、沖縄って本当に面白いんですよ、こういうところが。ネオンや看板、案内板って一度設置するとわりとずっとそのままで使うものじゃないですか。だから本土などではいろいろ吟味して作るものなのでしょうが、沖縄ではあまり深く考えないで立ててしまうようなのですね。
 それらは例えば、「いらっさいませ」とか「テェイクアゥト」とか「デッカー移動」とか、意味が伝わればいいさぁ、みたいなものや、「居酒屋ほったらかし」、「おでん・やぎ汁シャイ」、「スナック母子家庭」、「年金族」(これらは有名!)、「カラオケパブ音はずれ」などの一風変わった店名など。
 「らんぱちやー」(断髪屋の沖縄ハチオン)という床屋や「アガンニャ!なんで止まらんか」の交通標語、そば屋の「名護名物ヒートゥそば」(ヒートゥはイルカのこと)などの地元密着系もユニークです。

 これだけの数の笑っちゃう看板を、よく集めたものだと思います。
 2009年モノで、これも古書市場から格安価格で購入しました。



 これも古い本。1997年発行のもので、その当時ラジオ沖縄の「前田すえこのいいことありそうウィークエンド」という番組に寄せられたFAX投稿を「今週のうちなーぐちのテーマ」として紹介したものの中から秀逸なものを厳選して本にしたもの。
 沖縄で大ブレークしたもので、出版元のボーダーインクはこのシリーズで今の経営的基礎を築くことができたのではないかとワタクシは推測しているのですが、どうでしょう。

 内容については、当書の前書きに端的に記載されているので、それを以下に引用して説明に代えます。

 「土曜の朝、沖縄県民はラジオの前で、名コラムニストになる」と銘打ち、「笑う!うちなーぐちFAX小全」が出版されて、あっという間がたちました。
 ラジオ沖縄の人気番組「前田すえこのいいことありそうウィークエンド」の中の名物コーナー「沖縄探検隊」は、その後も快調に、朝っぱらからうちなーぐちをテーマに、時にはするどく、時には涙もろく、時にはチラアファサン、しかしながら全体的にちゃー笑いしながら、リスナーから送られた作品を紹介してきました。
 よくもまぁ、いろんなことがあるよなぁと、あらためてうちなーぐちのニュアンスのおもしろさ、沖縄の奥深さを感じつつ、毎週土曜日の午前中は、大騒ぎでした。
 そして、ふたたびその作品の中から厳選した名作の数々を集めてパート2を出版する事になりました。題して「かなりいけてる 笑う!うちな-ぐちFAX小全2」。(「2」は、「たぁーち」と読む)
 今回は、前回に増して「濃い」世界が繰り広げられています。番組では、常連になったリスナーには、「出席番号」なるものを差し上げています。その方々を中心に、自身の人生の中で起こった様々なうちなーぐち体験のコラムは、思わず「でぃかちゃん」「すっさー」「どぅーかって」「ちむがかい」「ぅわーばぐとぅ」「ちむどんどん」「はじちらー」「あきさみよー」「いちでーじ」「ちびらーさん」「まちかんてぃ」「ぱーくー」「てーふぁー」「ちゅーばー」「いちゅなさん」「ならんさー」「うかーさん」などなど、「ちゃーすがやー」の連続です。
 「むとぅびれー」という一言に、ふと心揺れてしまうことってあるでしょう。そんなあなた、さっそくページをめくって下さい。……えっ? 「むとぅびれー」って何ですかって。よくぞ聞いてくれました。それはですねえー……。

 1冊目(てぃーち)を1999年に読んで、それ以来18年を経てから「2」を読みました。素人による、おそらくは急いで書いたであろうFAXの文章なので、すらすらとというわけにはいかないところもありますが、時は経てもそのおかしさは十分に伝わってきます。
 このシリーズは「3(みーち)」まであります。今アマゾンで調べてみたらその「3」の古書が400円で出ていたので、それも買ってしまいましょう。

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