2000年3月に「新潮」に掲載され、同年6月に単行化された、又吉単行本としては第8作目となる作品。約200ページ、表題作1本の長編の収録です。

 沖縄本島北部のひなびた漁村に、ある時“火葬場建設”という名目で海岸埋め立て計画が持ち込まれました。
 小さな集落は賛成・反対に分かれてさまざまな軋轢が発生し、その解決のためついには住民投票で計画の是非が問われることになります。
 主人公は30歳の独身男性の「自治会長」。本人は、集落にとって経済効果があるとの立場で賛成派。しかし彼の父親は強い反対派で、家屋を反対派の選挙事務所として貸す構えを見せるなど、かなり入れ上げています。
 “基地の島”沖縄のリアリティを、痛みと哀しみ、そして独特のユーモア感覚に包み込んで描いている人間喜劇。
 ――とのふれこみです。

 沖縄のあれやこれやが端々から感じられて楽しく読むことができました。しかし、又吉栄喜の作品は、会話の部分が多いにもかかわらず、それらが平易な標準語での会話になっていて、ウチナーグチが出てきません。
 日本人にとって理解するのが難しい真正のウチナーグチは無理だとしても、せめてウチナーヤマトグチにするか、もしくは間投詞などのとっさに発せられる言葉ぐらいはウチナーグチでいくかしてもらえれば、もっと沖縄らしさが不自然なく出せるのになと思いながら読みました。

 ここまでで、2000年までの又吉単行本はあらかた読み終えた形。それ以降の作品はすべて買いそろえてあり、それらのうち「巡査の首」、「夏休みの狩り」、「呼び寄せる島」、そして2015年刊の「時空超えた沖縄」が未読となっています。
 もうしばらくの間は又吉作品で楽しむことができそうです。
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 徳川政権の巨大な圧力を背景にして殺到してくる薩摩軍。その薩摩に吸収されながらも、琉球は中国・明に対しては独立王国としての体面を見せなければなりません。苦悩する琉球。しかし、老いも若きも、男も女も、心に秘めた琉球の誇りをしっかりと握りしめていました。国の再興へ、南海王国の建設へ、人々の胎動が始まります。

 やっとこさ、大ロマンの完結編、第3巻を読み終えました。
 表現が物静かというか、盛り上がりに欠ける淡々としたものなので、読む側も最後まで盛り上がらずに終わってしまった感じです。

 自分には歴史小説はあまり合わないのかもしれません。北方謙三のハードボイルド小説が好きで、文庫化されたものはすべて読んできていますが、彼が歴史小説を書き始めてからはとんと読まなくなりました。おそらく彼らしい迫力のある筆致は変わらないのでしょうが、中国の三国時代や日本のちょんまげ時代が舞台となると、まったく読もうという気にならなかったのです。

 つまりは、自分の気持ちを現実離れした世界に遊離させることができない、それだけの想像力を持ち合わせていない、ということなのでしょう。個人の能力の問題。
 とは言っても、藤沢周平の時代小説のような、人間の内面をベースに描かれた作品はぐいぐいと読めるのだけどな。

 あ、そうだ。そういう意味では、もう一人のハードボイルド小説の旗手だと認識していた志水辰夫も時代物に走りましたが、彼の時代ものはすごく興味を持って読める。彼の作品も内面的なものが深くモチーフに関わっている。
 ということは、この「琉球の風」は、小説が成立するための重要なファクターとなる登場人物の心理や人としての感情的な部分がやや足りなかった――ということになるのかもしれません。文字間に潜む内面感情の機微を読み取れなかったことも、こちら側の能力の問題ではあるのですけれど。


 毎週土曜夜6時というものすごくいい時間帯に、沖縄テレビで絶賛放送されている「ひーぷー☆ホップ」というローカル番組があるそうで(自分はまだ見たことがない)、その看板コーナーである「オキナワ☆爆笑伝説」に寄せられたネタの中から選りすぐられた作品を書籍化したものです。
 「オキナワ☆爆笑伝説」の本はこれが2冊目の発行。でーじ笑える、でーじローカルなネタが、でーじボリュームアップして登場です! ――とのこと。

 ちなみに、ひーぷーとはメインMCの真栄平仁のことで、彼は1969年うるま市生まれ、沖縄県立前原高校、琉球大学短期大学部を経て沖縄国際大学卒。劇団O.Z.E代表、沖縄の芸能事務所オリジン所属、沖縄現代演劇協会事務局長を務めるお笑いタレントです。

 「ひーぷー☆ホップ」は、2008年7月にスタートし、この本が発行された2015年5月段階で7年間、そしてこれを書いている2016年9月現在もなお続いている人気番組。
 「ラジオみたいなテレビ番組」がコンセプトで、本番中に何百通というメールが届くのを紹介し、観ている人が幸せになるようなテレビをみんなで創っていこうと努めています。隣の兄ちゃん、姉ちゃんたちとゆんたくしているような、身近で愛される番組のようです。

 本に登場するエピソードはそれなりに面白いですが、自分の場合、その中に出てくるウチナーヤマトグチの会話や沖縄らしいモノや人の様子にヨロコビを見出しています。
 でもまあ、こういう本って字が大きいし、行間たっぷりだし、あっさり読み終えてしまうので、なかなか値段相応の満足度を得るのはタイヘンかもしれません。
 いずれにしても、テレビ番組を実際に見てみないことにはこの本の神髄をつかめないのでしょう。沖縄に行ったときにチェックすることにしましょう。


 「薩摩の黒船」がもたらしたものとは――。ペリー来航の9年前、フランス艦隊は和好・通商・布教の目的を掲げて琉球に乗り入れた。薩摩支配の露見に怯える琉球、フランスに表だって退去を迫れない薩摩と、三者の思惑が交錯する激動の幕末を追う!(コシマキより)

 著者の生田澄江は、法政大学大学院人文科学研究科日本史専攻修士課程修了で、明治維新史学会、洋学史学会会員デアルとのこと。
 本書は、著者が大学院生だった1992年に書いた修士論文を、平易なドキュメント風に書き換えて20数年ぶりに世に問うたというものです。

 この著作のポイントは3点。
 ひとつは、外国船の来航の事態を単に「外圧」として捉えるのではなく、フランス艦隊の来琉前後のフランス側の背景に即して再検討すること。
 2つめは、フランス艦隊がフランス人宣教師ほか1名を残していったことから、琉球王国が日清両属という国際的位置を隠蔽することに全力を尽くさなければならなくなっていった過程を明らかにすること。
 3点目は、フランス側の通商要求に応じて琉仏貿易を開始した場合、薩摩と琉球の関係が表面化することとなり、琉球王国が実質的に日本の属国であることを明確にすることを模索し始めるが、その過程を明らかにすること。

 はたして140ページの論考で、著者はその目的を達成することができたのでしょうか。
 それは読んでのお楽しみということにしておきましょう。


 武下和平(たけしたかずひら)といえば、奄美では知らぬ人はいないぐらいのヒギャ系シマウタの名手で、100年に一人のウタシャと言われています。プロレス界では棚橋弘至が100年に一人の逸材と言われますが、あれは興行上のことで、それとはちょっと違います。武下の全盛期のシマウタの音源を聴けば、誰もが納得がいきます。

 その武下は、1933年加計呂麻島諸数の生まれで、この本の発行時点で81歳。もうそんなになったのですね。全盛時に発売されたCD「立神」は1995年ですから、当時は62歳。それからすでに20年近く経ってしまっています。

 武下和平の経歴についてこの本から抜すいすると、次のとおり。
 12歳のときに古仁屋の民謡大会に初出場。27歳で名瀬の民謡大会に初出場し、奄美シマ唄研究の第一人者山田米三氏に見出され、翌1961年に文部省主催の「第16回芸術祭全国民謡大会」に奄美チームの一員として出演。62年には名瀬のセントラル楽器から最初のレコードを制作発売。1974年に「武下流民謡同好会」を発足させ、武下流を広げていく。

 その武下が、聞き手である清眞人に答える形でシマ唄の勘所はもちろん、当人の来し方行く末について語るわけですから、シマウタファンならば必読の書でしょう。

 第1部は、「誌上シマ唄入門教室」。シマ唄とは「集落の唄」であり、琉歌形式を用いて、裏声を駆使してうたうこと、そして八月踊り唄や三味線唄との関係や、尺と曲げ、囃子の出だしなどについて論じています。
 この本にはCDが付いていて、それに吹きこまれた武下のシマウタが聴けるのですが、「シマ唄誌上教室」として行きゅんにゃ加那節、ヨイスラ節、糸繰り節、豊年節、黒だんど節などのメジャー曲が収録されています。

 第2部は、「祝い唄・教訓唄・シマの誉め唄」。これもまた、手元のパソコンで武下のうたうシマ唄CDを再生しながら読めば、唄に秘められたいろいろな事柄がわかってきます。
 とりわけ、歌詞が書かれているのを見ながら音源が聴けるので、唄に対する理解度はぐんと深まります。

 第3部は、たくさんのエピソードに満ちた、武下が肉声で語る「唄者への道」回顧録。これも100年に一人のウタシャができるまでの過程が読み取れて、楽しい。

 というわけで、聴いて、読んでと、けっこう楽しむことができました。
 武下師匠、どうぞ長生きしてくださいね。