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 少しずつ買い進め、このたびドバッと6冊買って、8月初旬までに入手した沖縄本は、買った順に次の10冊です。

1 まんぷく沖縄           てらいまき・松永多佳倫   メディアファクトリー   1188
2 トカラへ―。                松下典夫ほか編   渕上印刷      1238 (456)
3 日本百名島の旅             加藤庸二        実業之日本社      1944
4 ガマ 遺品たちが物語る沖縄戦    豊田正義       講談社           1404
5 大塚寧々の沖縄案内 幸せ島時間  大塚寧々       宝島社           1566
6 唄者武下和平のシマ唄語り      武下和平        海風社           2160
7 琉球独立論                松島泰勝        バジリコ          1944
8 グソーからの伝言            比嘉淳子        双葉社           1512
9 われ、沖縄の架け橋たらん       國場幸之助      K&Kプレス       1404
10 沖縄の怖い話 琉球怪談物語集   小原猛         TOブックス        1296

 1、5は沖縄ガイド的なもの。2は沖縄でも奄美でもなくトカラで中古本。守備範囲は「琉球弧」だからね。
 3は島旅関連、4は沖縄戦関連、6は奄美の不世出のウタシャからの聞き書きでなんとCD付き!
 7、9は政治関連ですが、7はロマン派、9は現実主義の政治というところか。
 8、10はいま流行のスピリチュアルなもの。

 なかなかいいラインナップデアルと自負。今回は文学系が入っていませんナ。
 特に興味のある3冊について、画像を張り付けておきました。


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 明日から、沖縄に行ってきます。
 昨年の夏以来、46回目の訪沖です。

 今回の目玉は、まずは阿嘉・慶留間・外地島に渡ること。未踏の有人島をつぶしていくという意味では、一気に3つの島に渡る意義は大きい。渡嘉敷、座間味にはかつて行っているので、これで慶良間諸島は概ね渡島完了かな。

 2つめは、近時興味を持ってかなり前向きに現地確認をしている、歌碑めぐり。これもだいたい見尽くしたかというとそうでもなく、沖縄にはまだまだたくさんのモニュメントがあるのです。
 そして、歌碑めぐりを理由にして時には地元の人にも馴染みのないところまで入っていくので、ただ歩いていては体験できない奥深さが味わえたりするのです。
 今回は、砂辺の浜歌碑、「艦砲ぬ喰ぇー残さー」歌碑、さとうきび畑歌碑、特牛節の碑、渡波屋讃歌碑・建堂記念碑、伊野波節の碑、今帰仁城琉歌碑、豊年口説の碑、運天琉歌碑、我部平松之址碑、サミット記念碑、泡瀬ビジュル、子宝岩の碑、手水の縁の碑、ジョン万次郎記念碑、手水の縁歌碑、泊港口の碑、泊高橋琉歌碑、高離節の碑、屋慶名クハデサの碑、平敷屋タキノー、赤木名節の歌碑、越来節の碑、瑞慶覧の琉歌碑、仲順流りの碑、和仁屋間門の琉歌碑 などなどをチョイスしてみました。
 さて、どのくらい回れるかはお楽しみ。

 3つめは、何年ぶりかでコザのエイサーまつりとオリオンビアフェストを見ること。
 エイサーまつりは、最終日(日曜日)の本選ではなく、敢えてゲート通り界隈で行われる「道じゅねー」(金曜日)と、コザの各青年会が演舞を繰り広げる「沖縄市青年まつり」(土曜日)をじっくりと見ることにします。

 ということで、5泊6日の沖縄の夏を楽しんできます。
 では、行ってまいります。






 2006年に発行されたものを中古市場でゲット。
 著者は、2010年2月に満62歳で没。早稲田大学時代、那覇のナイトクラブでアルバイトをした経験をもとに処女作「途方にくれて」を執筆。集英社の内定を得ていたが就職せず、土木作業員、運転手、魚市場の荷役、病院の看護助手など職を転々とし、一時経済的理由から帰郷し、宇都宮市役所に就職して栃木を題材にした小説を書き続ける。その後、文筆活動に専念し、「閉じる家」「村雨」で2度、芥川賞候補となる。1980年、『遠雷』で野間文芸新人賞を受賞。

 長年にわたり書き継いできた紀行エッセイの集大成といったつくりの本で、すべて沖縄、与那国、奄美のことについて書いた150編ほどが、320ページにわたってずらりと二段組みで掲載されています。
 それらは、1980年代に雑誌等に単発で掲載されたものや、「砂糖キビ畑のまれびと」(1984)、「与那国」(1992)、「立松和平のふるさと紀行 島へ 奄美」(2002)などに載ったものなど。
 「砂糖キビの甘い香り」、「すんかに節」、「ケイキ時代」、「それでも白保のサンゴは滅びる」、「那覇の桜坂」、「波之上無頼」、「読谷山花織」、「本部町伊豆味の泥藍」、「久高島参詣」、「ヨナクニウマ」、「与那国島のカーライフ」、「島建て伝説を解読する」、「奄美の豊年祭」、「けんむんの森」、「田中一村の家」、「糸繰り節」、「須子茂小学校」、「油井豊年踊り」、「日本一のガジュマル」などなど。

 小作品が150ともなると、どうしても題材やモチーフの重複が出てくるもののようで、同じ内容の話を3回も4回も読まされることになり、少々辟易。
 というわけで、扱う題材は自分にぴったり合っているし、表現方法も格別違和感はないのだけど、読み進めるのにちょっぴり苦労しました。


 沖縄戦関連で、慶良間諸島の阿嘉島を取り上げたものとしては、「海上挺身隊」に組み込まれて阿嘉島に駐屯した元兵士が記した「沖縄戦と海上特攻」(深沢敬次郎著、光人社NF文庫)があり、それを先に読んだばかりですが、こちらのほうは、阿嘉島生まれの著者が記したズバリ「阿嘉島の戦闘」です。

 「軍人、民間人たちは飢餓の中で米軍とどう対峙したのか。また「集団自決」の危機をいかに回避しえたのか。少年義勇隊員として戦い続けた自らの体験を礎に証言・資料を駆使して書き上げた渾身の労作」(コシマキより)。
 そう、渡嘉敷島や座間味島では集団自決がありましたが、この島ではそれがなかったのです。

 戦時中の阿嘉島で起きた出来事について、日米軍の記録、著作物、手記、日米の新聞・雑誌、聞き取り、それに少年義勇隊員の一人として直接阿嘉島の戦闘に参加した著者自身の体験などによりまとめています。

 自然科学系でもない本としてはめずらしく左開きの横書きの体裁で、当時の阿嘉島の様子がいくつかの写真や図とともにかなり詳しく記されています。
 その中で特に優れているのは、著者の実体験に基づく記述と、戦後になって著者が直接関係者のもとを訪れて確認した証言の部分。やはりこのあたりは、郷里を愛する者が行っているところが素晴しいと思う。記者やルポライターでは出せない味ではないか。

 そんな阿嘉島本を続けて読んだため、その現場にぜひとも実際に立ってみたくなり、当書を読んだ2ヶ月後の夏に阿嘉島行きを敢行してしまいました。
 現地の地理や地形などはやはりその場に立たなければわからないもの。
 で、行った後に検証のためもう一度本に戻って改めて読んでみればなお理解が進むのでしょうが、まだそこまではやっていません。
 そうすべきなのだろうなあ。でもなあ、新しい別の本も読みたいしなあ・・・。


 クッキングパパは、コミック・モーニングで1985年からずっと連載が続いている長寿マンガ。自分もモーニング派だったので、始まった当時は読んでいましたが、しばらくの御無沙汰で、沖縄が縁で30年近くの時を経て荒岩主任にまた会うことができました。
 主任も、奥さんの虹子さんや部下の田中君も、全くと言っていいほど齢をとっていないのは羨ましい限り。(笑)

 長男の「まこと」が沖縄の琉国大学に進学したという設定。
 全11作で、黒糖まんじゅう、ゴーヤーチャンプルー、ラフティ、沖縄の味噌汁、豚足、創作のスクスパチャンプルー、ドゥルワカシー、サーターアンダーギー、ミミガー、ミヌダル、ちんすこうなどが登場。有名店「琉球料理の山本彩香」も出ていました。

 しかし、コミックスって安いんですね、税込みでたったの350円。まあ、読み終えるのも早いんだけどさ。


 「両親を、兄弟を、目の前で失った。戦後を、ひとりで生き抜いた。だが、沖縄はあの頃と何も変わっていない。オスプレイ、米軍基地、集団レイプ・・・。60余年の沈黙を破って、あの夏の童たちが、だれにも語りたくなかった“戦争”を語り始めた。」――コシマキから。

 前作「沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史」が好評ですが、著者はいつかその続編を書こうと思っていたところ、同書が「戦後史」をテーマにしたと標榜しながら、沖縄の戦後史の原点になる「沖縄戦」についてほとんど触れてこなかったことに気づきます。
 そして、沖縄戦から戦後史をもう一度検証し直すことによって、そこからこれまで見えてこなかった沖縄の姿を浮かび上がらせようとしたのが、この本の位置付けのようです。

 太平洋戦争末期の沖縄戦を体験した多くの人へのインタビューを中心に構成されており、それらを読むにつけ、いまだに戦争の傷を背負って生きている人たちがたくさんいる、戦争は終わっていない、ということを改めて思い知ることになります。

 全5章。それらは「「援護法」という欺瞞」、「孤児たちの沖縄戦」、「幽歴は私の友だち」、「那覇市長の怒り」、「「集団自決」の真実」。
 いつもながらの佐野眞一の筆致ですが、語りたいことが山ほどあるためか、話題があちこちに飛び、挿入されるエピソードが多重構造をなしているところがあって、本線となるべき主題がボケてしまっているなと感じることがありました。まあそれも著者の持ち味なのでしょうけれどね。

 なお、カバーの写真は、東松照明「沖縄1969」です。