二段組みで全633ページ、原稿用紙にして1,400枚の重厚長大な作品。
 時代は18世紀前半、主人公は、那覇の街で生活する貧しい少年、蘇了泉。了泉は王府の踊奉行に才能を見出され、生きるために、絢爛たる琉球舞踊の世界に飛び込みます。その先に待っていた運命とは――といった、主人公の一生を追っていく一代記的な内容。
 一人の天才舞踊家が、協力者であると敵対者であるとを問わず、それらすべての運命をも呑み込みながら、琉球に嵐を巻き起こします。
 
 「風車祭(カジマヤー)」も「テンペスト」も圧巻だったけど、これもすごかったです。
 琉球舞踊の代表的な演目を取り上げて、それぞれの演目が持つ踊りの神髄や踊りの特徴となる所作などを丁寧に解説しているので、琉球舞踊を理解するうえでもとても役に立ちます。
 「琉球の舞踊家に求められる究極の素養が魂の救済だ。人が神に縋るとき御嶽で家族にも言えない本心を吐露する。王府のノロたちが神と人の仲介をするとき、歌や踊りに変えて心情を伝える。舞踊家がその役割を果たさなければ、神と繋がることはできない。」
 そんな心意気を込めて踊られる舞踊の数々は、読んでいるだけで鳥肌が立つ思いがします。

 池上永一の描く琉球王国はその時代の状況に忠実ではないとかなんとか批判されることが多いですが、そんなことにはあまりこだわらなくてもいいのではないのかな。どのみちフィクションなのだから。
 むしろ、琉球王国を題材に、これほど大胆に、スケールのでっかい物語として構成してみせたということをこそ、称賛すべきだと思います。
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 「沖縄バカ一代」が発売されたのが2011年4月。で、これがその②で、2013年9月に発売されました。
 この間の2年ちょっとで見つけに見つけた珍写真&珍物件が、一挙に400連発で紹介されています。すごいですね~。
 相棒のトベ・セイウチ氏と会話しながら様々なものを紹介していくというスタイルはそのまま継承されていて、制作コンセプトも大きな変更はなし。ある意味安定、しかしある意味新鮮さに欠けます。

 生ごみのポリバケツをひっくりかえしてしまったようなすさまじい混沌ぶりも健在。
 「不倫安心サポート50%引き 大浜生命」、「さけよいうんてん さけをさければ よいうんてん」などの変な看板写真の紹介などでスタートし、「白昼年金劇場」、「カラオケ喫茶 牛小屋」、しゅうかいじょうと読ませたい「酒会場」、キビナゴと読ませたい「きびな鼓゛」などの変な店名が陸続として並び・・・。

 まあ、何と言おうか、沖縄のいい加減さが見事に表現されていて、沖縄好きにはたまらなく面白いのですが、沖縄を知らない生真面目なヒトなんかにとっては「くっだらねぇ!」的な本なのかもしれません。

 で、カベ氏の最後の感想は、「なんか沖縄もさー、再開発ばっかでさー、おバカな看板とかドンドン減ってんだよね。なるべく2年後くらいにパート3出したいんだけど、そんな感じだから少し遅れても待っててくれよな云々」ということでした。
 そうなんだよねえ、沖縄。
 今日の「ネーネーズ便り」に載っていたのだが、比嘉真優子と保良光美がネーネーズを卒業することになったらしい。
 突然の報に虚を衝かれた感があり、どうまとめていいか困っている状態なのだが、真優子は5年半、光美は5年と、二人とも長い間ネーネーズとしてがんばってきたと思う。

 “どんと来い”的なパフォーマンスを見せてくれた真優子と、天真爛漫な感じの笑顔が素敵だった光美が抜けた後の穴は、かなり大きいのではないか。
 ネーネーズが今後もこれまでどおり存続していく上では一種の切迫した危機と言ってもよいくらいだと思っている。
 20年以上続いたネーネーズの血脈が途切れないようにするため、知名定男が次の一手をどう打ってくるか、しっかり見届けようと思う。

 二人の卒業は9月27日。
 真優子はソロ活動に入るようだが、光美は「ウチナーカラジをほどき新たな道を歩いて行く」と意味深なことを書いていて、どうなるのかは不明。
 こりゃあ、8月の沖縄旅では「島唄」に顔を出さなければならないだろうな。

mayuko 201407    terumi 201407

 以下、「ネーネーズ便り」から、二人の卒業の弁を引用させていただく。

《比嘉真優子 卒業のご挨拶》
 私、比嘉真優子は、9月27日をもちまして“ネーネーズ”を卒業し、“ソロ活動”へ転向することとなりました。
 5年半、ネーネーズというとっても素晴らしいグループで歌わせていただきました。
 今でもネーネーズの曲を歌うことが大好きで、本当に楽しくて、続けていきたい気持ちが大きいです。
 しかし、私の夢はソロで歌うこと。
 もっともっと歌が上手くなりたい、もっともっとたくさん勉強したい、という気持ちが大きく、ネーネーズを離れることにしました。
 約三ヶ月、ネーネーズとしての私を応援してくれた皆様へ、感謝の気持ちを込めて、日々全力で歌わせていただきます。
 これからも、比嘉真優子、そしてネーネーズを、応援よろしくお願いいたします。

《保良光美 卒業のご挨拶》
 大切な皆様へ、ご報告。
 私、保良光美は、9月をもちましてネーネーズを卒業します。
 ずっとこの世界に憧れて・・・。子供の頃から この舞台に立つことが夢でした。
 ネーネーズのオーディションに応募し、合格した時はとても嬉しく目に映る世界がすべて変わったような気がして最高でした。その気持ちは今でも忘れません。
 歴史あるネーネーズ。歌も踊りも三線も覚えるのが大変でしたが、夢が叶った喜びですべて頑張るパワーに変わりました。
 今の私があるのは、ファンの皆様、ネーネーズのメンバー、知名先生、康子先生、社長、会社の方々、家族、友達、たくさんの皆様に応援して頂いたおかげだと感じています。感謝の気持ちをいっぱい重ねても感謝しきれません。
 これから私は、ウチナーカラジをほどき新たな道を歩いて行きます。
 不安はありますが、皆様に支えられた5年間を思い出し、これからも笑顔で力いっぱい前に進んでいきます。
 もしかしたら、この道は何処かでまた繋がっているかもしれません。
 この世界に入り、皆様に出会えて最高に幸せでした!
 保良光美! 卒業の日まで、皆様に感謝の気持ちを忘れず精一杯歌っていきますので、今まで以上の応援宜しくお願いします!
 そして、ネーネーズの応援もお願いします。
 最後に、本当に・・・本当に・・・ありがとうございました。
 ネーネーズ 保良光美


 外交官になってからも、ふとしたときに沖縄を意識した。モスクワの日本大使館で民族問題を担当したときも、外交官の枠を踏み越えて、リトアニア、ラトビア、エストニアの独立派を支援した。ナチスドイツとソ連の双方によって歴史の嵐にもまれたバルト諸国の運命が沖縄と二重写しになったからだ。北方領土交渉に命がけで取り組んだのも、あの戦争によって切り離された歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島を日本に返還させたいと心の底から思ったからだ。
 そのときに私の心象風景に浮かんだのは、沖縄復帰を心から望んでいた母、伯父、沖縄の親戚の顔だった。―――まえがきから

 2002年5月、著者は鈴木宗男疑惑の嵐に巻き込まれ、512日もの間、黴臭い独房で暮らします。そのときに「おもろさうし」を通読し、これまで見えなかったものが見えてきたといいます。
 それは、地球は球体なので、任意のどの点も中心であり、それならば、沖縄を中心に世界を見ることもできるはずだ!という視座でした。

 その視座から、外務官僚として体得した東京の永田町(政界)、霞ヶ関(官界)の内在的論理を踏まえつつ、沖縄を中心に据えて世界を論じたのが本書、というわけです。

 2011年8月に琉球新報社から発刊された「佐藤優のウチナー評論」の改題・文庫版。
 そのもとは、2008年1月から2010年3月までの間、琉球新報の土曜版に掲載された連載コラムで、それらをまとめて収録したものです。

 内容は、「米軍基地問題について沖縄は対案を出してはならない」、梅雨期に母から聞いた「梯梧部隊」について、「母が初めて参加した慰霊の日」、「沖縄大使をどう活用するか」、「仲原善忠の闘い」、「沖縄とアイヌ」、「大田昌秀氏に学ぶ」、「仲里効氏の論考と沖縄の保守思想」、「ウチナーグチマディン ムル イクサニ サッタルバスイ」、「モスクワで気づかされた沖縄アイデンティティ」、「泉守紀沖縄県知事の教訓」などなど。ドウデスカ、面白そうでしょ。

 「あとがき」で著者は、「沖縄に対する構造化された政治的差別を放置するな。東京の政治エリートに対する過剰同化では、問題を解決することはできない。重要なのは、沖縄が持つ根源的な力を信じることだ。沖縄という名の下に、すべての沖縄人が結集せよ!」と、沖縄の主体が沖縄人であることを強調し、檄を飛ばしています。
 沖縄久米島出身の母を持つ外務省のラスプーチンと言われた男は、タダモノではありません。


 見ているだけでうっとりしてしまうきれいな風景写真が満載。
 太平洋を一望するあやまる岬、幻想的な金作原の原生林、自然と伝統が生きる加計呂麻島、丸石だらけのホノホシ海岸、ハートロックで有名なビラビーチ・・・。これら奄美大島の絶景38ポイントが紹介されています。
 上に挙げたほかにも、高知山・油井岳展望台、笠利崎灯台、長雲峠のドラゴントリデ、マングローブ原生林、マテリヤの滝、徳浜の断崖、安木屋場ソテツ群生地、諸鈍のデイゴ並木、与路島・請島、ヤドリ浜、大浜海浜公園なども紹介されています。
 絶景以外にも、奄美の希少な動植物が17種類載っていて、これも楽しめます。

 このきれいなガイドブックを見て、奄美に引き込まれない人はいないでしょう。パラパラと眺めているだけで心は亜熱帯へと飛び、強烈な陽射しに眩暈を感じ、青々とした海の色に目を瞠り、自然のつくりだす奇観に驚くことでしょう。
 そして始末に負えないのは、眺めているうちにその場に行きたくなって、いてもたってもいられなくなること。

 自分は奄美にはまだ一度しか行ったことがありませんが、一度行ったところに関してより深い情報を得ると、いかに一度目の旅が拙いものであったかに気づかされるのです。なぜ、あそこまで行って、あれを見なかったのか、などと嘆くことになります。
 で、この本を見ながら思ったのは、加計呂麻島の小さい集落を改めてゆっくりとひとつひとつ巡ってみたいということ。それから、未踏の喜界島、請島、与路島に渡り、それらの離島から戻ったなら主島の大都市である古仁屋か名瀬で黒糖焼酎を飲み、鶏飯を食べ、できることならシマ唄に浸りたい・・・。

 そーゆーようにこの本は、真面目に生きようとする人間をいっとき幻惑させ、痺れさせ、自分を見失わせるという、脱法ハーブのような効果を発揮するスバラシイ1冊でした。