時代が平成に入った頃、一部で絶大な人気を集めていた遊佐未森が「夢をみた」といううたを歌った。
 1988年、「瞳水晶」でメジャーデビューしており、「夢をみた」は1990年に発売されたアルバム「HOPE」に、「夏草の線路」や「野の花」などとともに収録されていたものだった。
 彼女は森の中から出てきた少女のような衣装をまとい、深い眼差しや鼻にかかったような澄んだ声などと相俟って、ファンタジックで独特な世界観を創りあげていたと思う。
 当時の自分は、連日遅くまでの残業が続いた帰りの車の中で、カーステレオにカセットテープを差し込んで繰り返し聴き、現実からの幽体離脱を図っていたのだった。

 その歌詞を以下に記しておこう。


・夢をみた    作詞:井上妙  作曲:外間隆史

 泳いでゆく 記憶を紡いで  はるか未来のほとりへ
 小さな手でつくりだす夢を  まぶたの裏に描くよ
 甘い孤独 闇を走る自転車  光浴びて 長い影を残して

 通りすぎる風を受けながら  静かに耳をすませた
 幼い頃聞いた歌声が  遠くの空に響くよ
 花の香り 月の雫集めて  瞳深く ありったけの心を いつも映してた

 あの時に見た夢を そのままで連れ出してゆくよ  同じカーブつないで
 野ばらの咲きほこった坂道を 駆け抜けてゆくよ  時の流れ感じて 望みを抱いてる

 胸の鼓動 闇を走る自動車  瞳深く ありったけの心を  いつも映してた

 あの時に見た夢を そのままで連れ出してゆくよ 同じ光見つめて
 ポプラ並木の続く坂道を 駆け抜けてゆくよ 時の流れ感じて 望みを抱いてる


 遊佐未森が独特の境地を樹立して人気を博したのは、制作面での共同作業者であった外間隆史の存在が大きかったと思う。この曲も外間の作曲とアレンジでできている。

 外間という苗字は沖縄風だなとは思っていたが、このたび、外間隆史の父は「おもろさうし」をはじめとした沖縄文化の研究家で2012年11月に逝去した法政大学名誉教授の外間守善だ、ということを初めて知った。

 少し発想が飛躍するかもしれないが、沖縄の濃い血が流れている一人の人間が、その血統をベースに現代音楽のプロデュースという異分野でアーティスティックな表現を展開し、その作品が、沖縄に惹かれ続けている自分という人間に何らかの心理的作用を与えていた――ということになりはしないか。
 そこまで事象を深読みしないまでも、人間の血筋の織りなす綾というものは、この世に味わい深い影響を及ぼしているのだと、感慨深いものがある。
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