1980年に刊行された古書を、2012年に入手。
 1963年から76年にかけて書かれたエッセーをまとめたものとして発売されたものです。
 森口豁は1937年生まれですから、彼が20~30代のときに書きしたためたものとなるわけで、今となっては貴重です。

 東京生まれですが、玉川学園時代からウルトラマンを生み出した金城哲夫と親交があり、その縁もあって21歳で琉球新報社に入社。以来、ウチナーンチュよりも沖縄のことを親身になって考え、沖縄の実情をなんとかして本土に知らせたいという熱い想いを持って報道に当たります。
 そうした中では、あまりにも大きい沖縄と本土との温度差や、真実を伝えたくても伝わらないジレンマに悩み、大きな挫折感をも味わっているようです。

 しかし、森口のすごいところは、そういう逆境をも自分の内心できちんと昇華しつつ、70代になった今もなお熱い想いを持ち続け、沖縄とヤマトを往復しながら、沖縄の実情を本土に伝えようと努力し続けていることです。「雨垂れ石を穿つ」――そんな言葉が思い浮かんできます。

 森口の心境がよくわかるので、「あとがき」から一部引用しておきましょう。
 『さて、本書を出版するにあたって、正直のところ大変な迷いを経た。いやいまもそれはつづいている。なぜならばここに収めたものの半分以上が〈復帰〉前後に主として沖縄から本土に向かって書かれたものであり、以後10年近くを経たいまそれを再録しておおやけにすることがどのような意味を持つか疑問であったからである。まして内容的には激動期の沖縄に生きた一人のヤマトんちゅの嘆きや溜息の域を出ず当然、科学的分析に裏打ちされたものではないから、さして説得力も持ち得ない。
 にもかかわらず、かくも粗雑な文章を一冊にまとめ、改めておおやけにする気持ちになったのは、〈復帰〉から8年、あの〈琉球処分〉から百周年を経た今日なお、沖縄と本土をめぐる状況は本質的に何一つ改善されず、そればかりか強力な日米軍事力で固めた〈復帰後の沖縄〉をテコに、日本全体がまた戦争への道を確実に補強しているようにみえるからである。』
 『二十歳そこそこの一人の非沖縄人である自分が〈沖縄〉に照らされつつ、多感な青年期を15年にわたって激動の中で生きつづけ、そして日々いらだちながら書きとめた感性を、そのままさらけだすことが正直であると同時に意味があると考えたからである。』

 沖縄に対する愛情がたっぷりと込められた良書でした。
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 2009年6月に公開された映画「群青 愛が沈んだ海の色」(監督・中川陽介)の脚本を原案に、著者が書き下ろしたもの。これを中古市場から1円で買ってみました。
 舞台は八重山諸島の架空の島・南風原島。その離島に、病に冒された美貌のピアニスト由紀子が失意のうちに東京からやってきます。島と海しか知らないウミンチュの龍二は、その由紀子にグランドピアノを購入し島に運ばせて求愛し、二人は恋に落ちます。二人は凉子という名の娘を授かりますが、由紀子は幼い娘を残して天国へと旅立ってしまいます。
 時は流れ、凉子は、母親譲りのピアノの腕をもつ島一番の美しい娘に成長し、幼なじみの大介、一也と兄妹のように育ちます。
 高校卒業時、大介は島を離れて大学へ進学し、一也は島でウミンチュを目指すことになりますが、凉子は一也に愛を告白され、結婚を約束。しかし、若い二人の結婚を父・龍二は反対します。
 一也は父の許しを得るために、かつて龍二が由紀子にしたように、凉子へ贈るサンゴを取りに一人素潜りで群青の深い海の中へと潜り続け……。
 しかし、凉子を待ち受けていたのは、一也が海で命を落としたという知らせでした。最愛の人を失った凉子は精神に異常を来たし、周囲に対して心を閉ざしてしまいます。
 悲しいストーリーですが、何年ぶりかで島に戻った大介が、凉子の再起のきっかけをつくるところで小説の幕は閉じられます。

 これを読んですぐに映画もDVDで再度観ましたが、小説には映画では表現されていない部分もあります。特に愛欲シーンの描写など多し。なので、両方を比べてみるのも面白いと思います。
 この小説の舞台は明らかに波照間島。波照間の風情を思い出しながら読むと、さまざまなところで符合することがあり、波照間経験者なら内容をさらに深く理解できることでしょう。
 蛇足ですが、映画のほうの撮影は、2008年7月に渡名喜島で行われました。渡名喜島の集落の海に近い一角には、宮城(玉城満)が営業していた居酒屋「南風原」のロケ地があり、09年5月の沖縄旅ではそれも見てきました。


 2005年発行の文庫本。奄美大島が登場するミステリーらしいというので、これを中古市場から1円で入手。さて、どんなかな~。

 奄美大島の海岸に流れ着いた1枚のフロッピー。そこに記されていたのは奇怪な日記だった。
 それは、ある大学のサークル一行が古文書をもとに、人魚や朱雀、仙人が現れるという伝説の島“沙留覇島”に渡った記録だったのだが、日記の最後に記されていたのは「SOS」。
 フロッピーを拾った写真家の猫田はそれを警察に届けたことで大規模な操作が行われたが、それと思しき島には誰一人いなかった。猫田は幻の島探しに乗り出したのだが・・・。
 ――という、絶海の孤島を舞台にした驚天動地の本格+ネイチャーミステリー。

 そんな売り出し文句でしたが、そのプロットがなかなか凝ったものとなっていて、というかあまりにも凝りすぎていて、バカ読者にはにわかに理解できないような高度なものになっています。
 したがって、バカ読者には残念ながら面白いものとして響いてこないのですな。
 ザン(人魚)、カニバリズム、殺人、死体遺棄・焼却、殺された複数の人間の遺骨の入れ替えなど、読んでいて気持ちのいいものではない描写が多いことも難点の一つでしょうか。

 非現実の積み重ねによってしかミステリーは成り立たないのか?という疑問とともに読了。
 人の住んでいる島ではなく、尖閣諸島や鳥島のような無人島が舞台なので、沖縄や奄美らしい風景や人情などはこれっぽっちも登場せず、沖縄マニアの心をくすぐるには至らず。残念。


 著者は、昭和~平成時代の新聞記者で平和運動家。1912年生まれで、40年に沖縄朝日新聞入社。戦後の48年「沖縄タイムス」の創刊に加わり、のち同社専務。83年には「沖縄戦記録フィルム1フィート運動の会」の結成に尽力し、後に代表を務めた人物。2004年、91歳で死去。

 その人物が直接会った評論家、小説家、芸能人、画家、ジャーナリストたちの印象やエピソードをまとめたものがこれ。
 その交流の濃淡はさまざまで、十数年にわたって交流した人もいれば、中には文字どおりすれちがっただけの人もいますが、著者にしか知り得ないことも多くあって、読んでいて飽きのこない面白いものでした。

 この本、以前から沖縄の書店では頻繁に目にしていたのですが、いつも逡巡して買うまでには至らなかったのでした。しかしこのたび、アマゾンで198円で売っていたのを見つけ、ここで買わねば後に悔むことになるだろうと考え、購入。
 結果、買ってよかったなと思える1冊となりました。

 さてその登場人物はというと、浜田庄司、柳宗悦、棟方志功、井上靖、今東光、曽野綾子、大佛次郎、柴田錬三郎、今日出海、小林秀雄、水上勉、平林たい子、円地文子、石原慎太郎、石井好子、瀬戸内晴美、大江健三郎、有吉佐和子、石川達三、伊藤整、安岡章太郎、阿川弘之、平岩弓枝、川端康成、菊池寛、火野葦平、司馬遼太郎、江藤淳、岡本太郎、中野好夫、大宅壮一、島尾敏雄などの沖縄を訪れた偉才たち、また、沖縄の郷土人関係では画家の大嶺政寛、沖縄研究者の金城朝永、喜舎場永珣、比嘉春潮、金城芳子、仲宗根政善、政治家では島田叡、徳田球一、仲吉良光、瀬長亀次郎などなど、実に多彩。いまや歴史上の人物になってしまった人も数多く含まれています。

 これらの大部分は著者が沖縄で会った人々なわけであり、してみると復帰前から日本の多くの著名人が沖縄入りしていたのだなということがわかります。
 このような、「人々」をめぐるエッセーって好きなんだよなあ。
 2004年6月刊行だから、著者が逝去して直後の発行。ぎりぎり間に合わなかったけど、ボーダーインク、いい仕事をしたんだねぇ。


 沖縄文学界の重鎮が創作した琉球組踊の台本10本。
 先に「花の幻――琉球組踊十番」が刊行され、これの続編という形で2011年6月に発売されたものです。
 奄美、糸満、首里、久米島、やんばるを舞台とした「風土記」ものに加え、「愛のシリーズ」5作の10本により構成。
 それらは、「いとしや、ケンムン(奄美)」、「羅針盤(からはーい)由来記(糸満)」、「龍潭伝(首里)」、「君南風(ちんぺー)の恋(久米島)」、「ハブの祝祭(やんばる)」、「異本 銘苅子」、「愛よ、海を渡れ」、「真北風(まにし)が吹けば」、「対馬丸」、「名護情話――外伝 白い煙と黒い煙」。

 題材を奄美や中国にとってみたり、戦時中の対馬丸に焦点を当てたりと、大胆な題材で組踊を創作しています。
 しかし、登場するセリフは大部分がウチナーグチで、それがサンパチロクのリズムに乗ってやさしく語られていきます。
 もちろんその合い間には地方が謡う沖縄古典民謡が入り、登場する役者による「つらね」が入りますから、気分はすっかり組踊を観ているようなものです。
 ああ、いいなあ、組踊。国立劇場おきなわに行って組踊公演が観たくなったなぁ。

 ウチナーグチがよくわからなくてもご安心。すべてに日本語訳が付いていますから。
 この台本を、ほとんど日本語訳を読まずにある程度理解できるようになったなら、アナタはもう立派な沖縄理解者だと言っていいでしょう。
 まあ、読んでいるうちにだいたいはわかってくるものですし、何よりもウチナーグチのリズムで読んだほうが、身体に、ハートに、心地よいですからね。

 原価3,500円の「花の幻――琉球組踊十番」を中古で1,500円売っているのを見つけてしまった。どうしようかな、買っちゃおうかな。
 ・・・と考えて、大城立裕の「ハーフタイム沖縄」、「恋を売る家」、「日の果てから」、「かがやける荒野」、「水の盛装」、「花の幻―琉球組踊十番」の6作品をアマゾンで買っちゃいました。


○はじめに
 2013年の琉フェス東京は7月14日(日)。久々の夏開催。翌月曜は海の日なので、3連休の中日といういい設定なので、今回は14日から東京1泊の日程で上京です。

 吉祥寺や高円寺などを散策してから会場となる日比谷野音へ。このころまでは曇り空の蒸し暑い日だったのだけど・・・。開演10分前となり入場のために並んでいると、おいおい、雨が降り始めたぞ。
 あわてて持参した使い捨ての合羽を着用して入場です。自分の席を探す余裕もなく本降りに。椅子に座れば下半身が濡れるだろうから、まずは後ろに立って見ようか。

 ステージ上の水たまりを何人かで掻き出し作業をして始まったのは、東京沖縄県人会青年部のエイサー。しかし、自分の気持ちは雨をどう凌ぐかに向いていて、よう見られず。これだけ降ると、いつものように野帳に状況をメモしつつ見るのは不可能。
 思い出すのは2008年の琉フェス東京。この時も雨だった。下地勇が土砂降りの中でミャークフツの歌をうたっていたのだった。
 琉フェスで雨に降られたのはあれ以来、というか、あれはウインドブレーカーと傘である程度対処できた記憶があるので、今回はあれ以上の雨だ。


○きいやま商店
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 そうこうするうちトップバッターのきいやま商店が登場。初めて見るグループです。
 司会のガレッジセールが、きいやま商店はステージの8割がMCデアルと紹介。でも今回はちゃんとうたっていました。
 パワフルな歌を3~4曲。
 このうち「じんがねーらん」は、完璧なロックンロール。
 ♪ じんがねーらんたら じんがねーらん・・・
 その意味は、「金がない」です。

 きいやまの公式サイトによると、石垣島出身の従兄弟・兄弟で結成されたエンタメユニットで、その名称はメンバー3人のおばあちゃんが石垣島で営む店の名前から取ったとのこと。
 2011年7月から3ヵ月にわたって行った沖縄本島合宿が話題となり人気急上昇。沖縄を中心に精力的にライブをこなすかたわら、レコーディングを敢行し、これまでにアルバム3枚を全国リリース。個々が作詞作曲もこなし、生み出される楽曲は、身内ネタ満載の愉快なコミックソングをはじめとしてバラードからアッパーチューンまでバラエティに富み、老若男女を問わず幅広い世代に支持されている――のだそう。
 また、3人のパワーあふれるステージパフォーマンスと爆笑トークは必見で、目指すはドリフターズ、夢は紅白歌合戦出場なのだということでした。
 メンバーは、長男の長男リョーサこと崎枝亮作、次男の長男だいちゃんこと崎枝大樹、長男の次男マストこと崎枝将人。それぞれが別のユニットでもボーカルをやっているようです。

 ナルホドねぇ。たしかにこれはCDなどで聴くよりも生がよさそうだ。観客も、雨の中きいやま商店のタオルをぐるぐる回して大声援。人気あるんだねぇ。
○池田卓
 次の池田卓が出てきたころには雨は一時的に弱まりました。
 真っ黒に日焼けして、その上黒いシャツを着ているので誰なのかよくわからないとは、ガレッジセールのMC。本人も、スタッフに間違えられて・・・などと話す。
 「島の人よ」、「まるま盆山」、「おばあちゃんの歌」などをうたう。本来しっとりと聴かせる歌で、初めて聴いたときは震えるほど感動したものですが、いかんせんこの雨ではなあ。
 今回は頭髪の多い順に出番となるようで、僕は2番目だからよかったなどと話して笑いをとっていた。

 池田卓を改めて紹介すると、西表島船浮出身のシンガーソングライター。1979年生まれなので、若いと思っていた池田も今年で34歳になったわけだ。
 中学・高校は野球に没頭し、沖縄水産高校の投手として活躍。2000年10月に「島の人よ」でCDデビュー。
 一昨年からは活動拠点を沖縄本島から船浮に移し、生まれ故郷から「島への思い」を発信しているのだそうです。
 今回は、直前に八重山地方を台風7号が襲ったので、陸の孤島舟浮からどのようにして上京したのだろうと訝しんだところですが、池田はそんなこともあろうと、すでに10日に東京入りしていたそうです。立派!




○サンサナー
 3番手はサンサナー。ガレッジセールの解説によると、サンサナーとはウチナーグチで蝉の意で、おしゃべりでにぎやかな女性のこともそういうのだそう。
 パーシャのリーダー上地正昭としゃかりのカンナリ(上地一成)のプロデュースによる、若い女性の3人組。パンフレットによると、2010年の琉フェスでライブデビューとのことで、翌2011年は東京、大阪の両方に出場しているので、東京はもう今回で3回目のエントリーになるのですね。
 山吹色の紅型模様の衣装を着て、声は若く、アクションというか踊りが派手。これは琉舞ではない。曲調もアップテンポ。これでは古典音楽はやらないのだろうな。ということで、ネーネーズのようなしっとり感とは別の路線を行っているのかもしれません。
 琉球音階を用いた「MOLE MOLE」。唐船ドーイ、かりゆしぬ遊び、いちゃりばチョーデーなどの言葉が入った歌詞でにぎやかに。
 そして“ちびらーさん”を繰り返す「ちびらーさん」というポップな曲などを披露。うたの途中何度も稲妻と雷鳴。すげぇなぁ、この天候。

 この3人組は、金城優里英(ユリエ)、西山朝子(アーサ)、森山亜衣(アイ)。それぞれ琉球民謡や舞踊の世界で受賞歴があり、アーサは大阪出身の県立芸大卒業生で、三線、胡弓、太鼓、舞踊などなんでもござれらしい。(凄)
 しかし、今回のステージングはいただけません。歌以外はすべてオケというのはどうなのだろうなぁ。

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○よなは徹
 次はよなは徹。
 この時の雨がいちばんへヴィだった。滝に身を委ねる修行僧状態。身体を固くしてじっと耐える。夜のニュースでは、東京銀座で1時間に27ミリの降雨だったとの報道がありましたが、それはおそらくこの時だったのでしょう。
 懸命に古典のような曲をやっていましたが、こちらは自分の身をしのぐのに精いっぱい。
 よなはは、この3月に逝去した誠グヮーの名を出して、この雨は誠グヮーシンシーもいっしょにうたいたがっているからなのではないかと発言し、盛り上がる。そうだな、誠グヮーも死んだのだったな。
 大雨の中、ヤケクソ気味に長々と「唐船ドーイ」を奏で、ずぶ濡れになって踊る観客を出現させたのはさすがと言えましょう。
 最後は恒例の、よなはグッズの会場投げ入れでしたが、雨と観客と、傘をさす馬鹿とメガネの曇りによってよく見えず。
 よなはの髪はだいぶ薄くなってきているようで、ゴリが言うには幸人とよなはが互いの身なりを取り換えると両者の区別がつかなくなるとか。若い時分はロングヘアーだったよなはもそうなってしまうのだろうか。まあ、幸人だって若い頃は髪がたっぷりあってハンサムだったのだけどね。




○大工哲弘
 続いては大工哲弘。
 盛り上がってますか、自分は盛り下げますから――みたいな発言をして、演奏開始。その言葉には、目の前の観客にはウケなくてもいいから自分はきっちり民謡で行くぞとの強い意志が現れていると見たが、どうだろう。
 ようやくこのあたりになって、ずっと立っているわけにもいかないだろうと、最後部の空いていた椅子に着席。あぁ、膝から先がたちまちじっとり。
 「ザンザブロー」に始まって、ちっとも売れなかったと自省しつつなつかしい「望郷哀歌」を。これは上原直彦作詞、照屋林賢作曲の、故郷八重山を離れて20余年、テッチーが望郷の念にかられながら島唄一筋に打ち込む心境を唄ったものです。聴いているみんなは知らないだろうな。
 「くいちゃ踊り」では奥様の苗子さんが声を張り上げて合いの手を入れます。與儀とも恵も島太鼓でサポート。そんなに懸命にうたって雨乞いするから雨がひどくなるんだってば。(笑)

 しかし、このころになるとあんなに降っていた雨は多少収まってきました。大工は自分の行いが他の人とは違うからだと誇らしげ。
 また、大工が琉フェスに参加したのは1974年の第一期の1回目からで、気づけば自分がいちばんの古株になったと話します。嘉手苅林昌も、テルリンも、そして誠グヮーも逝ってしまった。八重山の山里勇吉や宮古の国吉源次も老境だし、当時きっての若手といわれた知名定男もうたうことをやめた。もうあの時代から40年が経過したのだものなぁ。

 その後はたしか、きいやまの面々などを呼び入れて「月ぬかいしゃ」と「えんどうの花」をうたったのではなかったか。
 大工は、きいやまのどちらかの父と同級生だったとか。商店の事業拡張をした際の借金は返し終わったかとか、極めて個人的な話をステージ上でやっていました。
 最後に十八番の「とぅばらーま」を朗々と歌い上げて終了。

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○パーシャクラブ&夏川りみ



 次はパーシャクラブ。
 ゴリによると楽屋の幸人はもう呂律が回っていないということでしたが、出てくればそれなりにやるわけで。
 まずは「海の彼方」。いつもよりもスローテンポになっているのは酔いのせい?
 今回のパーシャは夏川りみとのコラボが中心ということなのか、ここからは夏川を呼び入れて「ファムレウタ」、「童神」、「涙そうそう」などを共に歌います。
 2004年以来の登場となる夏川の声はさわやか。でも、余計なおせっかいだけど、高音を出すときはもう少しマイクから離れたほうがいいのでは。
 その後の「東バンタ」、「七月節」はサンサナーなども入って威勢よく。最後は「五穀豊穣」で締め。みなさん総立ち。盛り上がるんだなあ、パーシャは。
 全体として見ると、幸人はステージ上も楽屋内も仕切っていたように思えますが、やっぱり酔っぱらっていたな。相変わらずすごいレベルではあるものの、声の出は往時というか正常時ほどのものではなかったような気がしました。
 また、音響的に不満あり。ベースの音がくぐもっており、この後のチャンプルーズと比べてみてもパッとしなかったと思います。これも雨のせいならいいんだけどさ。

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○喜納昌吉&チャンプルーズ
 トリは喜納昌吉とチャンプルーズ。琉フェス登場は12年ぶりというから、2000年、01年の連続出場からずっと遠ざかっていたということになります。
 はじめは「東崎」から。昌吉がつくったこの曲は大島保克などもカバーしていてある程度定番になりつつありますが、やはり昌吉がうたうと迫力が違う。これは絶品だなと思って聴きました。

 MCに入ると、昌吉節はますます冴えわたります。いきなり原発の話などを持ち込んで、選挙演説のよう。来週、参院選。まあそれも彼の味の一つと割り切って見ていたところ、観客からは「歌え!」とクレーム発言が。人によっては盛り上がっていたテンションがしぼんでしまったと感じた人も多かったでしょうが、これも彼の持ち味なわけよ、聞いてあげましょうよ、OK?(←昌吉の口癖を真似てみました。)

 ♪ 風よ吹け 雨よ降れよ ・・・ と続く、今日の天候にひったりの「火神」をうたったあとのMCは相変わらず小難しくて独りよがりのところがありますが、音楽について「日本では人気だがウチナーでは村八分」と自ら語っていたのが、彼の立場をよく表しているようで気になった次第。
 そして「地球の涙に虹がかかるまで」。昌吉にはめずらしい3拍子の歌。
 ♪ さあ 思い出せ もう一度 とめどなくやさしい愛を ・・・
の部分のパワフルな歌い方は誰にも真似はできないのではないだろうか。おれは彼のこのうたい方が好きなんだ、と思う。

 最後は「ハイサイおじさん」。スローからハイへ。奥様の金切声も健在でしたな。
 チャンプルーズはいつものことながら、一糸乱れぬ演奏ぶりとメリハリの利いた音響はよかったと思う。

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○フィナーレ
 いよいよフィナーレ。
 例年よりもステージで酒の飲み方が少なかったガレッジの二人はまだ元気。ゴリが何を歌いましょうかと昌吉にお伺いを立てると、昌吉はきっぱり、「花」で行きたいと。
 そしてみんなでうたう「花 ~すべての人の心に花を」。やっぱりこれは名曲ですよ。
 ゴリが酔いつつも感動して話していたけど、沖縄音楽の持つ力ってすごい! 野音に集う人たちは、社会的地位も出自も、あえて言えば収入も違うのに(ゴリ談)、島のうたで心がひとつになれるのだから。
 1、2番はステージに勢ぞろいした出演者がうたいます。それに合わせて聴衆も大合唱しているではありませんか。あの豪雨にもめげず、ようやく脱げるようになった合羽を椅子に放りだし、全員が立ち上がって目を輝かせて大合唱しているのだから、島唄はつくづくすごい。
 3番は昌吉が。握りこぶしを振り上げながらうたう「花」は、もう唸ってしまうくらいに素晴しいものだったと思う。65歳のこの男もまたすごいと思いました。

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○おわりに
 20時15分ごろに全日程終了。都合4時間超の、夢のようであり、ある意味ストイックな時間を堪能しました。
 後半にある程度雨が収まったというものの、全身びしょびしょ、靴の中じゅわじゅわ、パンツもぐっしょりといった状況。でもそれって、自分一人ではないもんね。ここに集った4千人近くがみんなそうなんだもんね。ああくそ、荷物が重くなるからと、ポンチョではなく使い捨ての合羽を持参した自分を悔やむ。
 でも、ここまでひどいコンディションのコンサート体験をしてしまうと、もう怖いものはない。どんな悪天候でも、雨天決行する琉フェスは見てやろうじゃないの、どんと来い、という気になるものだ。

 丸ノ内線、JRを乗り継いで、大塚にとったホテルにチェックイン。急いで着替え、乾かすものはドライヤーで乾かし、近くの居酒屋へと向かったのは言うまでもありません。
 いい酒といい肴、そしてこの感動が胸にあれば、もう何も言うことはない。最高の気分で一人の打上げを楽しみました。

 なお、今回はメモがとれなかったので、曲名や、曲の順番などの時系列的な部分に不明瞭な点があります。ご容赦ください。
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 6~7月はたくさん本を買った。沖縄関連本のほか、太田和彦、下川裕治、それに戦記物など。
 このうち沖縄本は7月に集中的に10冊をゲット。それらは次のとおり。

 僕の島は戦場だった 封印された沖縄戦の記憶 佐野眞一  集英社      1680
 沖縄ワジワジー通信           金平茂紀         七つ森書館    1890
 ハーフタイム沖縄             大城立裕         ニライ社       400
 恋を売る家                 大城立裕         新潮社      1050
 日の果てから                大城立裕         新潮社       440
 かがやける荒野              大城立裕         新潮社       617
 水の盛装                  大城立裕         朝日新聞社    940
 花の幻―琉球組踊十番          大城立裕         カモミール社   1749
 沖縄・奄美の小さな島々         カベルナリア吉田    中公新書ラクレ  903
 風景は記憶の順にできていく      椎名誠          集英社新書    798

 大城立裕の6冊はいずれも古書で、その際の購入価格を表示しています。「花の幻―琉球組踊十番」を探していて、この際大城作品をまとめて買ってみました。
 他の4冊は新刊。いずれもおもしろそうではないか。

 デスク脇の未読本の山を眺めてみると、古書の占める割合が増えてきている。その意味するところはいくつかあって、ひとつは沖縄に関する新刊の出版自体が減っているために古書を買い漁る傾向が強くなっていること、2つにはやはり新刊に手が伸びがちで古書が溜まっていくこと、などだろうか。
 また、全体として古書に厚いものが多いためになかなか食指が伸びないということもありそうだ。