2013.04.09 復活 上原 渚
nagisa 201304

 新年度が始まって、余暇時間が思うようにとれず、いつものような沖縄に偏向した生活ができなくなっている。困ったものだ。
 そんな中で意表を衝く出来事が一つ。これは記しておかねばなるまい。

 ネーネーズのメンバーからマーキーこと仲本真紀がこの3月いっぱいで結婚のため離脱し、4月から新メンバーが加わるとのことだったので、はて、どんなムスメが加入するのかと待っていたところ、ナント、上原渚が復活するというではないか!

 ナーギーは、2005年5月から2012年5月までの7年余の間ネーネーズの一員として活躍。
 そして1年弱の充電期間があって、このたび復活と相成った。
 旧メンバーが復活するなんて、1990年以来続く長いネーネーズの歴史上、前代未聞のこと。
 でもそれって、昔からのネーネーズファンの自分としては大いに歓迎するところ。第3期ネーネーズで彼女が中心的な存在だった期間は長く、「国頭捌理」のソロパートなどは、古謝美佐子のそれともまたちがって絶品だったしね。

 初代ネーネーズの吉田康子とは縁戚関係があり、知名定男が主宰する「二代目定絃会」の一員。
 彼女は今24歳のはずだから、16歳のときからネーネーズでやっていたんだな。
 ステージでの並びは、ナーギーがかつての定位置の左から2番目に入り、そこにいた本村理恵がマーキーのいた右端に移るのかな。

 以下に、2013年4月6日付けの「ネーネーズだより」に掲載された「復帰のご挨拶」を引用しておきます。


 新メンバーの「上原渚」です。
 やっぱりネーネーズが好きで、歌いたい!という気持ちを押さえられず、復帰することを決意いたしました。
 1年前、夢を追いかけるために卒業しましたが、ネーネーズ愛の気持ちがくすぶったままで、やり残した事もいっぱいでした。
 卒業の時に盛大に送り出してくれたお客様、ファンの皆様には申し訳ない気持ちでいっぱいです。
 1日も早く皆様に温かく受け入れて頂けるよう、応援してもらえるよう、そしてまた「ネーネーズ」として歌える喜びを噛みしめながら、全力で頑張って行きたいと思います。
 宜しくお願いします!
                                  上原 渚
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 著者の基本的なスタンスがかなり右に寄っている――というのが、これを読んだ人の一般的な反応でしょう。述べていることが過激です。
 たとえば。日本には中国の脅威が迫っており、沖縄が焦点となっているが、中国が進出を図る石垣、与那国方面でさえ右翼団体が跋扈し、寄港する米海軍艦船に「帰れ!」のシュプレッヒコールを繰り返していると。
 また、仲井真沖縄県知事は普天間基地の県外移設を頑なに主張しているが、その言動には行政官としての自覚が全く見えず、それは知事が中国帰化人の子孫であり北京に平身低頭しているからではないかと。
 さらには、沖縄に存在する基地容認派はマスコミによって封印され、あたかも反対意見のみが県民の総意であるかのように喧伝されていると。

 いずれもそのような一面がないとは言えませんが、まったくそうだと言わんばかりに断定する論調が非常に鼻につきます。
 主張するのはいいけれど、その主張と対立する考えをそれこそ封印してしまうかのような物言いは好きになれません。

 そもそも政治、あるいは行政というものはさまざまな意見や考えの最大公約数的なところで動くもので、時には多数決の原理によって力学的に進んでしまったりするもの。所詮政治や行政は人間のすることであり、必ずしもものの道理に沿って動くというものではないと自分は思っています。
 少なくとも知事は、帰化人であることを中心に据えて行政を行っているとは思えず、多数の県民の意向を斟酌することによって揺れ動いているのではないでしょうか。

 センセーショナルな物言いが時には大衆受けするという構図はいつの世にもあって、その操作方法を知悉した人間がもてはやされたりすることがあります。しかし、そういう人々が時代のメインストリームを歩き始めると、それはその時代がファッショなどの危険水域が迫って来ていることを暗示するものであったりします。

 そういうもの言いを多くの論評のひとつとして捉えられる幅が、その時代の人々にあるかどうか。そここそが重要なのだと考えます。
 ある意味一方的かつ断定的なこの評論も、そういうもののひとつとして捉えたいと思っています。


 著者の目取真俊は、37歳だった1997年、「水滴」で芥川賞を受賞。その後「魂込め(まぶいぐみ)」(1999年)、「群蝶の木」(2001年)、「平和通りと名付けられた街を歩いて―目取真俊初期短編集」(2003年)が発表され、「風音 The Crying Wind」は2004年の作品で、同年7月に東陽一によって映画化され、モントリオール世界映画祭のワールドコンペティション部門でイノベーション賞を受賞しています。
 さらに「虹の鳥」(2006年)、「眼の奥の森」(2009年)と作品群は続き、今や目取真俊は沖縄文学界の重鎮となりつつあります。

 今回もまた沖縄戦をモチーフとした作品。
 舞台は夏の沖縄。強い海風が吹くと不思議な音が聴こえる「風音」の島。浜辺の切り立った崖の中腹にある風葬場にこめかみを銃弾が貫通した頭骸骨が置かれており、その穴を風が通り抜けるときに音が鳴るといわれています。それは人々から「泣き御頭(なきうんかみ)」と呼ばれ、島の守り神として鎮座していました。
 ある夏の日、少年たちが「泣き御頭」に小さないたずらをしたその日から「風音」が止み、島の穏やかな日常にさざ波が立ち……。

 文章表現は美麗で、ウチナーグチも散りばめられて深い趣きがあります。ほんの一例を挙げると、
『集落の細い道は福木の実の匂いが漂っていた。木になった実を食べていたオオコウモリがアキラの足音に驚き、濡れた布を振るような羽音を立てて頭上を旋回する。かすかに流れる風の感触が、夜明けの気配を伝えている。アキラは全力で走った。集落を抜け、川沿いの道を走り、海岸沿いに伸びるアダンの茂みを突き抜けた。
 水平線の近くに白い抜け殻のような月が浮かんでいる。息が上がって砂に足を取られそうになったが、崖の下にたどり着くまでアキラは走ることをやめなかった。濡れた海藻に滑らないように注意しながら、巨大なキノコのような岩のそばを通って風葬場の下に着いた。――』
 といった具合。

 このほかにも、魂を運ぶと言い伝えられる蝶の群れ、頭蓋骨を守る大きなカニ、浜辺で蠢くヤドカリ、テラピア、ハブなどが沖縄の青々とした海や空、米軍ヘリなどとともに登場して、沖縄独特の情緒を醸し出しています。

 沖縄の文学と呼ぶにふさわしい作品。今帰仁に生まれ育った作家ならではの味があります。
kumesen 201304

 「琉球泡盛 久米仙 秘蔵七年古酒」というのが手に入った。
 限定品。泡盛の古酒とは3年以上寝かせたものを言うが、七年だかんな。美味いわけだよ。

 7年間の歳月をかけじっくりと醸成された100%古酒は、芳醇な香り、奥深いコク、気品高い味わいと三拍子そろった通好みの銘柄です。
 原料のうま味を限りなく凝縮したキレのある舌ざわりは長期熟成の泡盛ならでは。2009年には度数が43度から40度へ変更され、ラベルも一新。古酒の魅力をじっくり堪能できる限定出荷商品です。――とのこと。

 3,150円。こういうものを本土の片田舎にいながらにして飲めるのは幸せなことだ。
 ふだんはロックで飲むが、今夜はソーダで濃いめに割って飲む。馥郁とした泡盛独特の香りは、気持ちのほうから先に酔わせてくれる。

 たまりませんな・・・。