「壱岐・対馬旅行記」を一時中断して、10月8日に開催された琉球フェスティバル2012大阪のインプレッションを数回にわたって緊急掲載します。



○はじめに
 毎年連続の18回目となる琉フェス大阪に、今年は3年ぶりに参加しました。
 参加は数えて7回目。2004~09年は続けて参加していたのですが、一昨年、昨年と一身上の都合で参加できずに悔しい思いをしました。

 「歌い継がれるもの~Special Tribute 知名定男」とサブテーマが付いた今回の琉フェス、会場は、尼崎市のあましんアルカイックホールです。
 尼崎といえば昔からウチナーンチュが多く住む土地柄であり、かの知名定繁や定男も住んでいたことがあり、また、あの登川誠仁が生を受けた場所でもあります。琉フェスを開催するにある意味ふさわしい場所といえるのではないでしょうか。

 また今年は、大阪城野外音楽堂から一転してホール形式での開催です。飲んで騒いでがお目当ての方々はさぞがっかりしたことでしょうが、自分のように1年に数回、じっくりと沖縄や奄美の民謡を聴きたいと考える者にとっては、久々に落ち着いた雰囲気で鑑賞できることもちょっとうれしくもあり、そう違和感はありません。

 せっかく関西に来たので、この機会にとばかりに三宮や長田、最後は明石まで足を伸ばし、尼崎に戻って会場入りしたのは開演20分前の16時10分ごろ。気候はまだ温かく、歩いているうちは風が当たっていいのですが、ホール内の席に着くと大汗が出て困りました。

 ホールは2階席まであり、全部で2千席ぐらいはあるでしょうか(後に調べたところ、1,820席)。器としてはでかいほうですが、やはり野外と比較すると手狭という感じはどうしても残ります。
 しかし、2階席には空席も。これが満員にならないとは、沖縄音楽のブームも随分遠くになりにけりといった感じですね。

 ともあれ、今年の大阪はどんな展開になるのだろうかと、すでに興味津々です。
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○オープニング

 開演となり、まずは幕開けは、玉城琉玉扇会の前田雅子琉舞道場による「四ツ竹」の演舞から。
 山吹色の紅型の琉装の女性8人が、大きな花笠をかぶって、「踊りこはでさ節」に合わせて四ツ竹を打ち鳴らし鳴らしながら舞います。
 ♪ 打ち鳴らし鳴らし 四ツ竹ゆ鳴らち 今日や御座出じて 遊ぶ嬉しゃ ・・・
 唄三線は残念ながらオケだけど、本島の一流どころと比較してもそう遜色のない舞いで優雅そのもの。会場は一気に沖縄モードになりました。

 終わって、スポットライトを浴びて袖に登場したのは、ガレッジセール、ではなく、津波信一や藤木勇人、でもなく、FM大阪の谷口キヨコ、でもなく、珠久美穂子(しゅく みほこ)というFM大阪のアナウンサー。初出場です。
 小柄でキュートな女性で、スリムパンツが良く似合うカワイイ人。やさしく静かなしゃべり方で、今回のホール開催にはこういうのも合っていたかも。



○よなは徹

 さて、いよいよ始まります。
 皮切りは、よなは徹。赤いシャツに黒のパンツ、短髪にサングラスといった出で立ちで、いつものようにロック調のバックミュージックに乗って登場です。

 しばしチンダミをした後、1曲目はお得意の「北谷ナークニー」から散らしに「山原汀間当」を添えて。
 ホールにはよなはの奏でる三線がピンピンと響き、なかなかいい感じです。残響の残るこの音響って、野外ではむずかしいかも。してみると、彼のような三線一本に島太鼓といったステージスタイルならば、やはりホールで聴くのがいいのかもなあ。
 島うたは、基本的にはモーアシビや花街の余興などでうたわれるのが正しいあり方だと思っており、芸としての唄というのはホントではないかもしれないけど、皆に聴かせるということであれば、ホールのほうがずっとよく聴こえます。

 2曲目は「北谷舞方(メーカタ)」。だんだん三線のペースが速く、激しくなっていきます。チラシに「アッチャメー小」を持ってきてさらに激しく。
 島太鼓を叩いているのは、いつものサンデーではなく、しゃかりのかんなりこと上地一成です。

 ここで一服、的に、照屋林助が得意としていた「職業口説」を。
 ♪ 我んどぅ 小児科の先生やいびーしが 朝から晩までぃ ・・・
 合い間に早口の漫談を挿入して、まさにテルリンを髣髴とさせる感があります。しかし、おかしいはずのその話がネイティヴのウチナー口なので、会場の皆さんにはイマイチ伝わらず、思うように笑いが取れなかったようでした。
 ま、彼はカッコイイので、愛嬌たっぷりのテルリンのようにはいくまいな、というところかな。

 続いては、再びモーアシビの頭(かしら)然としたよなはに戻って、これまたお得意の「天川(アマカー)」を。いやはや、弾きが早スゴい。
 場内いよいよ盛り上がって、踊りだす客数名。ただしそれは座席の間にある狭い通路だけでのこと。このあたり、やはり野外のほうがよいかもしれないな。

 そして最後は「唐船ドーイ」。もうすっかり身に染み付いてほぼ自動的に演奏しているように完璧にうたい上げ、着けていたサングラスを客席に高々と放り投げて終了でした。


○ネーネーズ

 次に登場したのは、早くもネーネーズです。司会がネーネーズをコールすると、観客からは歓声が上がりました。よっ、関西でも人気なんだね、ネーネーズ。

 ステージの構成は那覇のライブハウス島唄と全く同じと言っていいようで、おなじみの「トゥネー(唱え)」の前奏が会場に流れ、4人の琉装のシルエットを映し出すところからスタート。く~っ!

 ぱっとライトが灯って、これまたいつもどおり1曲目は「あけもどろ」。なのだけと、いつ何回聴いても劇的だよね、この曲は。
 ♪ 空晴れ 風やみ かりゆしの海は凪ぎ ・・・
 というソロの部分を真優子が無難にこなしたあたりでふと気づいたのですが、今回は、というか今回も、バックバンドはなく、音楽は全てオケを使用しているよう。だからライブハウス島唄でやるのと同じに聴こえるのだな。
 大阪ドームでやっていたときのような観客動員もないので予算も少ないのでしょうが、オケはちょっとなぁ・・・。

 2曲目は、にぎやかに「贈りもの」を。
 ♪ ヘイヨー ハイヨー 太陽 燦々 ・・・
 彼女たちの最新アルバムのタイトル曲で、楽しくていい曲。このうたを琉フェスで敢えてチョイスしたあたり、初代ネーネーズからの脱皮を意識しているようで好感が持てます。
 そうそう、上原渚に代わって新加入した本村理恵は、今回初めて見ました。笑顔もステキだし、なかなかかわいいじゃん。ウチナーカンプーを結った姿はほかの3人よりもよく似合っており、年齢も上に見えたりしますが、実はネーネーズの最年少なんですよ~。

 3曲目は、名曲「面影(ウムカジ)」。この歌、大好きなんだよなぁ。ネーネーズの曲の中ではマイベストスリーには常に入るな。この曲の作詞・作曲者でもある知名定男自身のマイフェイバリットでもあるようです。
 でも、正直言って、初代のうたう「面影」が好き。あのアンバランスな中に潜む摩訶不思議な完成度は、今の若いネーネーズにはそうやすやすとは到達できまい。

 歌声はなんと言っても比嘉真優子のそれがインパクトが強いです。大きな笑顔で自信たっぷりのステージ。MCも彼女が取っていました。今のネーネーズは彼女がしっかりとリードしているんだなぁという印象です。
 さらに仲本真紀の甲高い声がところどころに入ってきますが、同じ高音でも比屋根幸乃のそれは出色だったなぁと、古い人間は思ったり。
 保良光美は一見地味ですが、カンプーをほどくといちばん美人なのはきっと彼女だろうと、密かに思っています。

 最後は、この曲がネーネーズをメジャーにしたといって過言ではない「黄金の花」をゆっくりと、しみじみとうたってステージをあとにしました。
 ここまでホームグラウンドでうたい慣れた曲ばかりを選べば、新人の本村理恵ちゃんだって安心して臨むことができたでしょう。
○知名定人

 次は、あの知名定繁・定男の血を引くサラブレッドとの紹介で登場した、知名定人。敢えて付け加えるなら、前ネーネーズの比嘉綾乃のパートナーです。
 知名定男の次男で、10年ほど前、知名定男芸能生活45周年記念リサイタルではモギリをやっていた彼を見たことはありますが、ステージで堂々と、しかもソロでうたうところは初めて見ます。



 黒紋付に縞の袴という、デビューCD「島唄半学」のジャケットと同じ出で立ちで登場し、1曲目はそのCDにも収録されている「仲座兄」を。
 ♪ 音にうっちゃる長浜小 ゆう持ちゅる カンダやるはじど ・・・
 曲調は、ジュリグヮー調というか、嘉手苅林昌や登川誠仁、松田弘一あたりにうたわせたらぴったりとハマるような、とぼけた感じのファンキーなもの。それをこの3世は淡々とうたいこなします。血は争えないといったところでしょうか。

 うたい終え、サラブレッドなどとたいそうな紹介をされてと笑いを取り、サラブレッドというより熊だと自嘲してみせます。
 また、定繁の離婚した旧妻で、尼崎で琉球舞踊の道場を主宰していた松島澄子のことに触れ、さらに定繁の思い出をひとくさり語ってくれました。MCはなかなかいけるではないの。(笑)

 定繁のうたを録画で見る機会があり、そのときにうたっていたものを、ということで、次はその曲「下千鳥」を披露。スローな曲。
 実はこの曲、90年代の初期の琉フェス東京の日比谷野音で嘉手苅林昌がやり、あまり受けなかったことをうっすらと記憶しています。

 その後は、うたえなくなった父だがここに来ているので伴奏させてやろうか、と語ってまた笑いを取り、知名定男が観客に敬礼しながら登場。白地に黒い模様をあしらったアロハにスラックス、足元はビーサンという、まったくフツーの格好です。
 すると会場から定男に花束の差し入れがあり、受け取った定男は、倅の伴奏のために出てきたが復活せんといかんかな?と発言し、まんざらではない様子。一方の定人は、おれのステージなんだけどなぁとぼやく。親子していい雰囲気です。

 そして二人で、3曲目は「ヤッチャー小」を。定人の三線はボツボツ・・・というような印象がありましたが、定男の三線はキレがあり、曲全体がピリリとした感じ。さすが、定男の三線はスバラシイ。

 聴いていて、高音時に発する定人の声は定男によく似ているなと思いました。
 また、定男もちょっぴりうたいましたが、喉の調子の悪さは感じませんでした。しゃべっているときはまったく違和感がないし、まだまだいけるのではないかと正直思ったところです。
 散らしに「シューラ節」を添えて、定人のステージは終了。親子並んでの退場も味わいがあってよかったです。
○上間綾乃

 いったん退いた知名定男が司会に呼ばれて再び登場。尼崎は自分のふるさとで、小学校の5年生までこの地で暮らし、今でも当時の住所を言えると、実際に「長洲大門43番地」と語ります。その表情はより横幅を増してきたようで、なんだか写真で見る父定繁に似てきたような気がしました。
 司会者が言うには、この会場のホールでは泡盛やオリオンビール、沖縄の食べ物なども販売されているのは、琉フェスに深い理解のあるこの会場ならではだとのこと。また、この日の会場には現、前の尼崎市長も来ているとのこと。もう琉フェスは市を挙げてのイベントになっているのですね。

 さて、次に登場したのは上間綾乃。
 定男は沖縄音楽シーンの次代を担っていくであろう上間にエールを送ります。
 このことについて上間は自己のブログで、『民謡界の大御所珍獣・・・間違った、重鎮、知名定男さんのMCで上間を紹介してもらい、「綾乃、頼んだぞ! 頑張れよ!」という言葉に胸がいっぱいになった。技術だけじゃなく、ちゃんと魂も受け継いで行くんだと、改めて強く思った。歴史を繋いできた先輩方を誇りに思う。』と書いていました。
 魂こそがデージということを、若いのによくわかっているじゃないですか。いいぞ、綾乃。

 スレンダーな髪にエキゾチックな表情、さらに八頭身といってもいいような小顔に痩身の抜群なスタイルで、このたびメジャーデビューを果たしたとのこと。
 メジャーデビューは喜ばしいことなのですが、元ちとせや中孝介、遡ればむちゃ加那の名手中野律紀などに見られるような、いわば一時的スターになって使い捨てられていく状況もあり、一概に喜べないこともある。上間綾乃はどうなるのかが少し心配ではあります。



 アコギの伊集タツヤとパーカッションの田代浩一を従えて、1曲目は「遠音(とおね)」という曲。
 ♪ あふれる託された想い 三味の音奏でるこの手に
   遠音 聴けよ声を 受け継ぎし守護のうた
   七つの海越え 光のもとへ ・・・
 三線を主旋律ではなくギターの伴奏のようにリズミカルに弾く上間に漂う雰囲気は、なんだか新良幸人のよう。かといって弾く手の指には三線用の爪がしっかりと装着されており、この新進と伝統の混在が摩訶不思議です。

 2曲目は、アコギをフィーチャーして「声なき命」という曲を。
 ♪ 声なき命 あなたにささやく どこにゆけばいいの
   声なき命 切なる願い 聴いて この声を
 壊されていく珊瑚礁や自然は声を発して何かを伝えることはできない。でも自然にも命があり、伝えたいことがある。聴いて欲しい、声には出せない命。――という沖縄の自然を歌うメッセージ・ソングでした。

 うたいかたを見ると、両手を振りながら、心から魂を搾り出すようなもので、これはなにも上間でなければこうはいかないというものではなく、最近の女性ボーカリストの多くがやっているもの。メジャーでやっていくためには全体の中で埋没しないオリジナリティがなによりも必要であり、上間にはぜひそのようなものを見つけてほしいと思います。使い捨てられないように。

 ここまでの彼女のステージは、なぜこれらが琉フェスでうたう曲なのか、疑問に感じていたところ。
 かつて太陽風オーケストラのキーボーディスト松元靖が、「琉球フェスティバルは三線がないと出られないという不文律があるんですよ」と語っていたのを思い出し、それに対して「そんなことよりも沖縄のソウルのようなものが最も大切なのではないか。(だから太陽風も参加すべきでしょう)」と反論した自分を思い出していました。

 しかし、最後となる「ハリクヤマク」に至っては、その疑問が解消。あのカチャーシーソングをロック調にアレンジしてうたって見せたのには少々唖然としてしまいました。
 すっかり沖縄民謡とは異なるものに仕上がっていたとはいえ、それこそソウルは沖縄でしたねぇ。

 これら3曲はいずれも、この5月に発売されたメジャーデビューアルバム「唄者」からのものでした。
 上間にひとつだけお願い。メジャーになっても、沖縄の魂だけは忘れることなく曲をつくってね。知名定男が訴えた「綾乃、頼んだぞ!」を胸に秘めて。


○大島保克

 次は、琉フェス最多出場の大島保克です。
 初出場したのは彼が28歳のとき。それが今回は何度目になるのか、年齢は43歳になるのだそうです。若かった彼もそういう年齢になってしまったかと感慨深いものがあります。
 この4月に、ソロアルバムとしては7年ぶりに6枚目の「島渡る~Across the Islands」をリリースして、上げ潮ムードの大島です。

 いつものように椅子にどっかと腰掛けて、うたうは、なんといううただっけ? よく聴くことがあるような気がしますが、曲名をど忘れ。
 ♪ 月の夜や さやか照る ・・・
 ハイトーンのビブラートボイスは他の追随を許さない、大島のオリジナル。三線を爪弾きながらうたえば、脳内に浮かび上がってくるのは八重山の島々です。
 うたはこうでなければなりませんよね。何の解説もなく、聴いているだけでうたの生まれ故郷がイメージできれば、もう何もいらないではないか。

 2曲目はおなじみ「赤ゆら」。軽快な太鼓でリズムを刻みつつ掛け声を入れるのは、よなは徹。これまた、何も足さない、何も引かない形で、ただちに八重山へと想いがいきます。

 3曲目は、作詞・知名定繁、作曲・照屋林助の「ジントヨーワルツ」。ギターは近藤研二
 どうやら定男が、大島にこのうたをうたうようリクエストした模様です。
 このうたはしみじみ調でうたうとサイコーなのでかなり期待したものの、正直言ってデキはいまひとつ。ちょっとテンポがこの曲にしては早かったのが災いしたかもしれません。

 今回の大島のステージはなんとここまで。お家芸の「イラヨイ月夜浜」や、しまうたとしては珍しい三拍子の(あ、「ジントヨーワルツ」も当然ながら三拍子!)「流星」などはうたわず。
 もう1曲ぐらいあってよかったのになぁ。時間が押しているのか?

 ここで小休止。
 再び玉城琉玉扇会前田雅子琉舞道場のお二人が舞台に登場して、雑踊りの「谷茶前」を披露。
 これを司会者は「ちゃんためー」と誤って紹介して失笑を買います。もしかして、この司会者は麻雀好きなのか? あとで丁重に謝罪しておりましたが。
 あとで知名定男が登場し、谷茶という地名は恩納村と本部町にあり双方で「谷茶前」の本家争いをしているが、自分は恩納に行けば恩納、本部に行けば本部だろうと無責任なことを言っているとかいう話をしてフォローしていました。

 さらに、尼崎の琉鼓会には舞踊部というのがあるそうで、そこに所属する美童たちによる創作舞踊「永良部百合の花」が、同名の民謡に乗せて踊られました。手に手に大きなテッポウユリを持ち、お揃いのクリーム色の着物をまとっての踊りでした。


○武下和平&武下かおり

 次は、奄美のウタシャ武下和平(たけしたかずひら)です。
 ずっと待ちわびていて、ようやく初出場。奄美百年に一人と言われたウタシャで、一度は生で聴いてみたいと思っていましたが、尼崎在住のためなかなか聴く機会がなく、ようやく実現です。

 しかし今では79歳。衰えは隠しきれないのだろうなと恐れていました。
 ところが! この人、凄い!! まったくと言っていいほどに衰えは感じませんでした。
 三線などは無我の境地で、両手の動くままにしていれば自在、というような風情だし、歌声には張りがあり、ヒギャウタ独特の抑揚や高音の裏返りかたもともに申し分ありません。
 ホントに79歳なのか? 登川誠仁とは大ちが・・・もとい、とにかく絶品でした。はるばる遠くから参加した甲斐があったなぁと、この日いちばんの満足感をいただきました。

 1曲目は、幕開けにふさわしく「一切朝花節」から。
 ♪ ヨイサヨイヨイ ヨーイサヨイヨイ ・・・
   イチヤヌカラン ナマヌカランヨー ・・・
 まぁ、敢えて言うなら、声量がやや落ち着いたのと、抑揚や節回しにややくどさが出てきた、と言っていいでしょうか。
 でも、うたう表情はにこやかだし、あれだけ声を出してケロッとしているかと思うとすぐに次の曲に臨むあたりはオドロキです。

 娘のかおりさんがそれぞれの曲について短いコメントをつける形で、2曲目は「むちゃ加那節」、3曲目は「嘉徳なべ加那節」、さらに「徳之島節」とうたい続けました。
 先ほどの大島保克と同様、彼のうたを聴けば、あの田中一村が描いたような豊饒の奄美の風景が心に浮かびます。うむ、これぞシマウタ。

 そして最後に、「今日は琉球弧のおまつりなので」みたいなことをかおりさんが話し、琉球との関係が深い「諸鈍長浜節」をうたって終了。

 いやはや、そのかくしゃくとした姿とうたに、ただただ敬服しましたです。


○琉鼓会

 ここでまた休憩ということで、ステージ上には琉鼓会の大太鼓メンバー8人がずらりと並び、エイサー演舞が始まりました。
 地方(じかた)はよなは徹が一人で歌い続けます。これが毎年の琉フェス大阪における彼の一番の仕事なのだろうとお察しします。

 まずは「ヒヤルガヘイ」からスタートし、曲に合わせて大太鼓の後ろに、チョンダラー一人を先頭にパーランクー隊がパーランクーを叩きながら入場。さすがに長尺の旗頭は持ってきていないようです。
 その後は続けざまに「仲順流り」「久高マンジュー主」「トゥータンカーニー」「テンヨー節」「スーリー東」「固み節」「いちゅび小」「唐船ドーイ」を演舞。
 最後はよなはが「唐船ドーイ」を長々と引っ張り、女性を含む演舞隊もスタミナが切れてきてヘロヘロに。

 琉鼓会は本土から初めて、本島の全島エイサーまつりに招待されて舞ったという輝かしい経歴を持っており、その実力も本土ではピカ一なのではないでしょうか。
 そんな演舞の大音響で、ホール内の雰囲気はさらにエスカレートした感がありました。

 その後は、恒例、ミスOKINAWAによる本島・石垣島への航空券が当たる抽選会があって、次のステージの準備が完了です。


○ディアマンテス

 次はディアマンテス。
 ディアマンテスは今年の7月、琉フェス東京で観て以来。結成してから20年になるそうです。
 今回ものっけからの大声援のなか、「ガンバッテヤンド」からのスタートです。
 ♪ ガーンバーッテヤンド  ガーンバーッテヤンド ・・・
 いいなぁ、ラテンの曲は明るくて。だけどその中にふと覗く心の屈折のようなものが感じられて。

 アルベルト城間は短躯ではあるものの、あの声量はどこから来るのでしょうか。誰にも真似のできないうたがここにも。
 白いパンツに、赤と白の混じった長袖シャツ。踊りながらうたうさまはただただカッコいい。
 メンバーは、今年7月の東京開催と同様7人編成で、ボーカルの城間のほか、ブラスセッション2、ベース1、ドラム1、パーカッション1、キーボード1。
 東京開催では酔いつぶれたゴリに代わって司会に出てきたパーカッションのchicoさんも元気にコンガを叩いたりタンバリンを鳴らしたりとアクティブ感豊かでした。
 ですがどうも、ベーシストはホントに弾いているのか? キミのパートもまたオケではないだろうね。せめてノリノリのふりぐらいやってよ。

 2曲目は、「悲しみをコンドルに乗せて」。今回はずいぶんと“回帰”に振れたステージじゃないの?
 トランペッターが、アンデスを思わせるかのようにフルートを吹き、またトランペットに持ち替えてと大活躍。前も書いたけど、音楽にはブラスが入るとこうも音が厚くなるものなのですね。
 まぁ、三線は使っていないし、これのどこが琉フェスなんだという先ほどの疑問に戻ったりしますが、いいのだ、ディアマンテスは・・・と言いたい。

 3曲目は、東京でも聴いた「セバダ」。はい、大麦のことですね、前回書きましたね。
 4曲目は「琉神マブヤー」。はい、これも東京インプレで書きましたね。

 最後は「勝利のうた」。
 ♪ 勝利の歌をうたおうよ 生きてる喜び感じようよ ・・・
 やはり“回帰”?
 でも、ディアマンテスのいちばんよかった時代はあの頃だったということについては、大方の人が認めるところではないでしょうか。90年代の琉フェスではディアマンテスの旗が打ち振られ、会場全体がディアマンテス一色になって鳥肌が立ったものだったよなぁ。
 あの当時、心を熱くしてともにうたったあの歌々が時空を超えてここに蘇った感じがして、嬉しかったねぇ。


○上原知子&照屋林賢

 司会がオープニングの時、上原知子と照屋林賢が今朝の飛行機で駆けつけてくれたと語っていたのを聞いて、たしか彼らは当初の出演者のクレジットには名前がなかったなと思いつつ、今回のサプライズはこれかと合点がいった次第。
 今回はディアマンテスではなく、この二人がトリを務めるという趣向のようです。そうかそうか。

 まずは知子がカラハーイで見るようないつもの歌姫スタイルで登場し、椅子に腰掛けて三線を手にします。そして、よなは徹が島太鼓でサポートして、「汀間当」を。
 この発声は知子ならでは。しかし、アップテンポのこの民謡では、知子のうたを聴き慣れない者にとってはもしかしたらあまり上手に聴こえなかったかも。まあ、三線もそれなりだし。それにこのうたって、わりと掛け合いでうたわれるものなんじゃないのかな。
 でも、彼女がこのような場で、自ら三線を弾きながらうたうということに意義があるのであって、過剰に芸術的に聴いては彼女がかわいそうなのだ。

 うたい終えてチンダミを始めるも、「私、チンダミは自信がないのよねぇ」と半ば冗談を。
 するとよなはがさっと寄って来て、彼女の三線を受け取るや、すばやくチンダミを完了。おぉ~、こっちのほうが感動ものだね。
 知子のMCなんて、カラハーイでもそうめったに聴けるものではなく、ありがたく拝聴しましたです。

 「最近なんだか五十肩になったみたいで・・・」と右肩をぐるぐる回してから唄三線を始めたのは、カチャーシーソングのメドレー。
 「アッチャメー小」「多幸山」「唐船ドーイ」と一気にうたい上げました。これだけのことを簡単にやってしまうとはさすが。小さい頃から糸満ヤカラーズで鍛えてきただけのことはありますねぇ。観客も大喜びでした。

 最後は、今日この場でしかできないことをやりたいと発言して、知名定男を呼び入れます。同時に照屋林賢も登場。
 定男に自分が弾いていた三線を渡し、知子は立ち上がり、林賢はアコギでスタンバイ。
 定男は「知子はね、若い頃に密かに狙っていたのだけど、横取りされて・・・」と。もちろん横取りしたのは林賢。林賢はいかにも彼らしくそのことについてはノーコメントを貫く。(笑)

 そしてうたうは「黄金三星(くがにみちぶし)」。言わずと知れた、数あるりんけんバンドの曲の中でも随一のもの。
 これをいく前に、知子はやさしい口調で「定男さんのうたが聴きたいなぁ」と。
 そうだそうだ、そのとおり! よくぞ言ったぞ、知子。
 これに対して定男は、まんざらでもないような表情、というよりもすごく嬉しそうな顔をして、「声が戻ったら復活することもやぶさかではない」とかなんとか。
 おいおい、おれもそうなれば嬉しいが、いかにも軽いぞ、知名定男。

 定男の復活を祈念してうたわれた「黄金三星」は、最後の曲にふさわしく、伸びやかに、神々しく。カラハーイのみならずこういう場でも、彼女の魅力は遺憾なく発揮されていたと思います。
 そしてあの独特のイントロを三線で爪弾く定男もなかなか絵になっていたと思う。林賢は地味だったけど。

 この場面こそが、18回目の琉フェス大阪のクライマックスとして末永く語り継がれていくことになるのだろうなぁ。
 うたった後はスキップして袖へと消える定男。この人をうたわないままにしておくのは、確かにもったいないことだ。


○フィナーレ

 フィナーレは、参加者全員がステージに戻って、いつものように賑やかに。
 中央に設えた椅子に座った武下和平に、定男が「武下センセイ、ありがとう!」とあいさつしたのを機に、まずは大島保克が八重山の「六調」をうたえば、それを追いかけるように武下和平&かおりが奄美の「六調」を。同じ曲が琉球弧の南と北でこうも変わっていく姿が一挙に体験でき、これも琉フェスの醍醐味か。

 客席前方にはぞくぞくとカチャーシー軍団が詰めかけ騒然としてきました。8列目にいた自分もよく見えず、おずおずと立ち上がって観ることに。
 続いて知名定人がリードを取って「唐船ドーイ」を。上原知子がかぶせて2番をうたい、最後はよなは徹が締めました。

 拍手喝采の中、こんどはアルベルト城間が中央に立ち、「片手に三線を」を。
 ♪ ニセーターよ 三線片手に弾き鳴らし 平和求めてともに この船で旅立とう ・・・
 あぁ、しびれるなぁ。いいうただなぁ。今回はヤマトグチバージョンだ。

 今回もこれで終わってしまうのだなぁという予感。そう思うと、これまでに登場した唄者のことや、日ごろ感じていたさまざまな想い、そして今回の旅の途中に考えていたことなどがないまぜになって、不思議な感動が押し寄せてきました。
 2番をネーネーズが、3番を上間綾乃がリードを取ってうたう中、騒然としているのをいいことに、自分も大声で合唱に加わる。なんだかすごく気持ちがよかったのを覚えています。

 最後は定男が中央に躍り出て、「また会おうね! 必ず帰ってくるから!!」と発言してエンディング。
 「必ず・・・」は、琉フェスのことなのか、それとも定男自身のことなのか。前者だとすれば、琉フェスの毎年開催はなかなか苦しい状況になりつつあるということであり、後者だとすれば、知名の力強い復帰宣言を、自分の立ち位置の一つとなっているこの場を選んで行ったということになるだろうか。

 この際、どちらかと言えば後者にウエイトがあった発言だったと捉えたい。
 定男の喉は、話しているときはまったく問題ないし、息子定人のうたに入れた合いの手などは渋くていい声だった。そしてあのはしゃぎようを見れば、不健康そうには全く見えなかった。
 復活は十分に期待できるのではないか。やれ知子、やれネーネーズの諸君、定男をエンカレッジし、その気にさせてやってください。彼は女性に言われればきっとその気になるだろうから。(笑)

 ということで、アンコールはなく、20時22分にすべて終了。
 約4時間にわたる琉球弧の音楽のお祭りはエンディングを迎えたのでした。

 なお、出演者たちは打上げを、今回はホールの楽屋で行った模様。新良幸人が不在の中でどう盛り上がったのでしょうか。(笑)