沖縄のありんくりんについて語らせたら今や右に出るものがいないのではないかと思えるほどに沖縄出版界で快刀乱麻の活躍をしている仲村清司と、日本本土と東南アジアを往復するうちにその中間にある沖縄の心地よいまったり感の陥穽にハマってしまった下川裕治の二人が編者となってまとめあげられたもの。

 多くの人を魅了してやまない沖縄を、歴史、人物などの面からはもちろんのこと、食べものや飲みもの、文化や宗教などの観点からも幅広く紹介する、といった趣向で、文庫本ながらなかなかマニアックな内容になっています。
 沖縄の謎が深く、またその謎を構成する要素が重層的であるにもかかわらず、これらを大きめの字とカラー写真で解説しているため非常に読みやすく仕上がっており、沖縄学の入門書としてもとっつきやすいかもしれません。

 「東南アジアに似ている沖縄のライフスタイル」、「琉球はなぜ沖縄と呼ばれたか」、「源為朝来琉伝説の真偽のほど」、「本土だけではなく琉球にも元寇があった!?」、「琉球にあったチャイナタウン――閩(びん)人三十六姓の歴史と意義」、「沖縄人はたくましかった――海外移民の歴史散策」、「沖縄の霊能者・ユタとは、どんな存在なのか」、「バナナでつくった織物がある!?」、「似て非なる中華そばと沖縄そば」、「ミルク酒ってどんな酒?」、「スクの歴史と沖縄の旨み」、「首里城はなぜ西を向いているのか」、「「うりずん」ってどんな季節?」、「沖縄の人の苗字が変わっているのはなぜ?」、「共同売店・スーパー・市場の味わい」などなどを、6つの章立てにより概論を展開していきます。

 こういう類の本って、かつて沖縄ブームと呼ばれた時期には盛んに出版されていましたが、最近は思いのほか貴重感があります。
 この本で沖縄の“なぜ”を自分なりに整理し、ここから各論について理解を深めていくのもよいのではないでしょうか。
 それにしても、文庫300ページ弱で1,000円というのはチトお高いですな。
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 タルケンこと垂水健吾が、カメラマンとしての本分を唐突に逸脱し、とうとうシマーの旅案内本を出版してしまいました。
 お得意のきれいな写真に、日ごろからの街歩きや島人たちとの付き合いなどですっかり沖縄に溶け込んだ様子のレポートが添えられています。

 女好きがする部分と、さぁさぁ言う似非ウチナーグチが少々鼻につきますが、多少齢を重ね、その分自身の持つナチュラルな愛嬌のほうが前に出てくるようになったので、あまりクセを感じず楽しく読むことができます。
 手作り感のあるページづくりもなかなかいいです。

 章立ては8つ。「首里城から、はいさい!」、「那覇のまちぐわぁ散歩」、「水族館へ行こう」、「アメリカぁドライブ」、「手仕事のおみやげを買いに」、「祈りと想いの場所へ」、「呑んで唄って、指笛ふいて」、「海あしび~、森あっちゃ~」。
 定番スポットも、ちょっとツウな店も、おじぃにまかせなさいねぇ~といったノリで、明るく、楽しく、きれいに、ポップに。

 料理人の姿勢や、食べ続けても飽きない点に着目してジョートー店を紹介する「タルミシュラン」のコラムでは、自身が頻繁に通っている、沖縄でいう“テイキアウト”や、すばじょーぐー愛用の店、ハレの日のぬちぐすいディナーを供する店、ホテルのごちそうなどを紹介。
 興味ある記事を見つけたなら、この1冊を持ってふらりと島を訪れてみる、なんていうのもよさそうです。
 しかし、タルケンもすっかりおじぃらしくなってきたな・・・。


 なかなかユニークなつくりの本。沖縄・米軍基地の観光ガイドといった体裁のものです。こんなのこれまで、ありそうでなかったよなぁ。

 普天間、辺野古、嘉手納、ホワイトビーチなど全28基地について、最も近づける位置から撮影し、それら膨大な量の写真はココで撮ったんだよ~という箇所が、添えられた地図に記載されています。なので、これを持って実際に基地周辺を歩けるようになっています。
 さらには、基地の一つ一つについて入念な背景説明が付されています。

 また、各基地の説明の後ろに結構なボリュームで記載されているテキストが、いわゆる「本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること」で、これらでは基地を考えるうえできわめて示唆に富む事実なり考察が展開されており、読み手を深い思索の渦に巻き込んでいきます。
 それらはたとえば、「ペリーはなぜ、最初に那覇にきたのか」、「普天間は「法律の飛行場」ではない」、「嘉手納と辺野古の弾薬庫に核はあるのか」、「日米合同委員会とは何か」、「アメリカの2つの顔」などなど。
 著者の感じたままの素朴な疑問からスタートして、それを文献に当たるなどして丹念に解を求めていく姿勢には感心します。

 ふだん何も気にすることなく目にしていたゲートの奥には、ここは日本かと思わせるような広々とした一面の芝生があったり、複数のゴルフ場が完備されていたり。
 また、やんばるあたりは見たところ手つかずの亜熱帯の自然が放置されたままになっているのかと思いきや、その一帯すべてが米軍の演習場だったり。
 そして、単に「米軍」とひとくくりにして見ていたものが海兵隊、米軍、海軍、陸軍とタテ割りの構図で編成されているのがよくわかったり。

 という具合に、この1冊で米軍基地に対する見方は大きく変わります。
 何度も沖縄に足を運び、多分一般のヤマトンチュより多くの関連文献に触れてきただろうと自負する自分にとっても、知らないことは数多くありました。
 まぎれもなくこの本、「本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること」を、本土の人間に対して明らかにしている、看板に偽りのない名著だと言えるのでないでしょうか。

 撮りたてのカラー写真満載の352ページ。これで1,365円はかなりの値打ちあり!です。


 ネット上の古書市場を巡っていて、これはおもしろそう!というのですぐさま購入した、2009年4月発行のムック。3年前なら、まだ古い部類には入らないだろうということで。

 沖縄にたびたび行くにあたって、夜の使い方というのは結構大事なこと。時として困るのは、夜に飲む場所をどうするかであり、たとえば那覇において、星の数ほどある飲食店や居酒屋などの中から自分にふさわしい店をどうチョイスするかが悩みのタネだったりするのです。
 でまあ、まったく知らないのでは選択する端緒すらないので、多少の基礎知識としてこういう本がほしかったのですよ。
 こういう類のもので、これまで大衆食堂や沖縄そばを扱ったものは手にしたことがあったけど、それらがとても重宝したので、今度はこれかな、と。

 その考えはうまく当たったようで、沖縄本島に存する手ごろな店がなんと140数軒!
 カテゴリーとしては、創作料理、日本・郷土料理、家庭料理、海鮮料理・鮨、串焼き・串かつ、ステーキ・焼肉・しゃぶしゃぶ、フレンチ・洋食、各国料理、フーズバー&ダイニング、バー。
 おおっ、どこもそれぞれ特徴があって、またまた選択の悩みは増えてしまいますね。

 沖縄訪問時はどちらかというとライブハウスでちょいと一、二杯、あとは部屋飲みでへべれけ・・・というパターンが多かったけど、この一冊をしっかり吸収し、今後は街飲みの機会を増やしてみようと考えています。
 1995年以来17回にわたって毎年大阪で開催されてきた「琉球フェスティバル大阪」ですが、今年はどうなるのだろうかと危惧していたところ・・・。
 ようやくにして情報をキャッチ! 今年は10月8日、尼崎市の「あましんアルカイックホール」での開催のようです。

 「歌い継がれるもの ~ Special Tribute 知名定男」という副題が謳われています。
 出演者は、
  上間綾乃
  大島保克
  知名定人
  ネーネーズ
  よなは徹
  知名定男
  武下和平
  琉鼓会  ほか。

 うひぃ。出演者から察するに、今回はワタシの愛する民謡バージョンですね。
 嘉手苅林昌、照屋林助、登川誠仁、大城美佐子、山里勇吉、国吉源次、大工哲弘などといった往年の名選手こそ出場しないものの、民謡だけで繰り広げられる琉フェスというものは待望久しかった。これはぜひとも観に行かねばなるまいなぁ。

 関西におけるウチナーンチュの聖地尼崎で開催されることも意義深く、また、奄美シマ唄界において100年に一人の逸材と言われたあの武下和平が、おそらく琉フェスに初めて出場するというのも、尼崎開催ならではだろう。(武下は尼崎在住)

 ほかにも、去る3月に歌手活動からの引退を表明した琉フェス育ての親・知名定男も元気に姿を見せるというし、上原渚が卒業し、新たに本村理恵を迎え入れたニュー・ネーネーズも見れる。

 今年は沖縄の本土復帰40周年。会場は野外からホール・コンサートスタイルへと変更され、たっぷりと琉球音楽が堪能できることでしょう。

 開場 15:45  開演 16:30
 前売 5,500円  当日 6,000円
 一般発売は7月7日。

 主催は、FM OSAKA、制作協力はページワン、千林ミュージックとのことです。

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画像は、琉フェス2011大阪。(2011年11月)


 「古琉球の歴史は記録が豊富というわけではなく、その実態は謎が多い。しかし史料がまったく存在しないわけではない。残されたわずかな史料を丹念に調べ、空白地帯にパズルのピースを埋めていく作業が求められている。
 古琉球の実態を明らかにする作業は、史料が存在しないことを理由に最初から「結論」を用意し、恣意的な史料解釈によって荒唐無稽な仮説を唱えるものでもなく、また史料に書いてあること以外のことはいわない、いわせないという「実証原理主義」に陥るのでもなく、実証と仮説のバランスのとれた分析がもっとも必要とされているのではないだろうか。
 古琉球の全体的な状況をまず把握し、それらを残された史料と突き合わせ、蓋然性が高いかどうかという面から突破していく試みが、古琉球を解明する一つの有効な方法であるように思う。」 ――「あとがき」より。
 この基本姿勢にはまったくもって同感であり、その姿勢が貫かれている良書です。

 琉球の歴史を語る際にはこれまで、「日本」か「中国」かという原理的オリジナリティを抽出し、起源や出自でもってその「本質」を見出そうという考え方が多く用いられてきたように思いますが、そういった考え方はもうやめにしたほうがいいのではないでしょうか。
 むしろその「本質」とは、どのような文化が流入し、どのような人々が入って来ようとも、南西諸島に住む人々が数百年の歴史の過程でそれらを選択的に受容し、自己流に改造し、「琉球」と呼ぶしかない主体を自らの手で作り上げてきた、ということにあるのではないでしょうか。

 日本社会の中に「琉球・沖縄」という独自の歴史的経験を持つ地域があった事実を知ることは、画一的ではない、多彩でバリエーションのある豊かな日本社会の創造に大きく寄与するのではないかと考えます。

 「海域史」という新しい視点を提示したうえで、全6章。「境界の喜界島・異界の琉球」、「港湾都市・那覇の誕生」、「琉球の大交易時代」、「海の王国・古琉球―この国のかたちについて」、「交易国家・古琉球のたそがれ」、「古琉球とは何か」。

 新書版でありながら、読者に訴えるものは大きなものがありました。
 壱岐と対馬に、行ってみようと思う。

 来る夏休みには、実は八重山か奄美を狙っていました。
 その一つめの八重山は、石垣島四箇字の豊年祭の村プールを13年ぶりに観て、与那国島など八重山の離島の一部を巡るという案。
 しかし、それだと若干目新しさに欠けるきらいがあるうえ、ホントは竹富島の種子取祭や多良間島の八月踊りを観たいのにその代わりに・・・という魂胆が見え隠れし、どうも納得がいかなかったのですな。

 二つめの奄美案は、近年歴史的にも脚光を浴びている喜界島への渡島がメイン。それに合わせて奄美まつりのシマ唄大会を観るという目論みでした。
 しかし、喜界島に渡るとなるとフネの関係でやたら面倒な日程になるし、JALの格安チケットが少なくかなりエクスペンシヴになってしまう。

 それではどうしようかな~と考えて、そうだ!(ポンッと膝を叩いて)壱岐・対馬だっ!!と閃いたのでした。

 壱岐・対馬は、司馬遼太郎の「街道を行く 壱岐・対馬のみち」を読んで、前から一度は訪れてみたいと思っていたところ。
 未踏の地であり、両島についてはほとんど無知だけれど、まあ5日間くらいかけてじっくり回ればそれなりに得るものもあるだろうということで。

 はじめの2案と比較しての優位点は・・・
 まずは何よりも、初めての島であり、沖縄と異なってドキドキ感があること。
 空路を選んだ3路線がいずれもANA系で株主優待の半額割引が使えること。
 実は、博多は初訪問であること。(!) そして、博多の夜に一人飲むのも魅惑的であること。
 九州郵船のジェットフォイルに乗船できること。
 ・・・などでしょうかね。(笑)

 そんなことで、旅の詳細はこれからじっくり考えることにして、いろいろと日程組みを楽しんじゃおうと思っています。

 壱岐の猿岩


 ネットショップで奄美関連の本を検索すると、いつも比較的上位にランクインしてくるのがこの本。
 1997年7月初版で、2004年2月第3刷のこの本、ちょっと古いですが、なんだかこれを読まないと奄美のモグリのような気がしてしまい、すぐさま購入。
 とまあ、入手のきっかけはこんな感じでしたが、けっこう底力のあるナイスな本でした。買ってヨカッタ!!

 著者は、1961年生まれの朝日新聞社の記者。1994年4月から丸3年間、名瀬通信局長として赴任し、すっかり奄美惚れ込み、このような本をものしてしまった、ということのようです。

 著者は、従来の奄美関連書籍について、歴史や民俗などを扱った高度に専門的なものか、もしくは観光ガイド的な皮相的なもののどちらかが多かったことを嘆いており、それならば、専門的すぎず、かつ通り一遍ではない、しかもあくまでヤマトンチュの目から見た奄美のガイドを、著者自ら書いてやろうと思ったのだそうです。

 さすが文筆をもって生業としておられる方。わずか3年の経験だけで、思ってできてしまうあたりがすごいと思います。
 でも、読んでいて、シマッチュたちとの付き合いは濃厚であることがよくわかり、ナルホドそういうことなのかと思わせるところが多くありました。
 奄美の入門書的な色合いがありますが、その一方で、島の人や、島出身の本土の人が読んでも新たな発見がありそうなつくりです。

 全10章は、実に興味深い章立て。
 「ノロとユタ」、「薩摩と琉球」、「島唄と新民謡」、「島尾敏雄と田中一村」、「自然と開発」、「ヤスとトク」、「紬とサトウキビ」、「浜降れと八月踊り」、「鶏飯と山羊汁」、「釣りと飲み方」。

 記者のオフの楽しみは「釣りと飲み方」によく表れており、また、徳之島の政争「保徳戦争」を扱った「ヤスとトク」や、奄美のシマウタの特徴や忘れることのできない唄者たちのことなどを記した「島唄と新民謡」、また、諸鈍シバヤ、ショチョガマ、平瀬マンカイなどの伝統行事の数々について触れられている「浜降れと八月踊り」などは、特に印象に残りました。


 沖縄を自転車や徒歩で旅してきたカベルナリア吉田が、今度は沖縄のマヨナカをレポートするという斬新な企画に挑戦しました。夜の街を呑みながら歩く、というステキなアイデアです。青い海や空がウリの沖縄をこんな形でレポートしたものって、これまであっただろうか。

 歩いたのは17箇所。那覇の国際通り、首里、松山、栄町、開南~与儀、桜坂、おもろまち・・・あたりはまあ理解できるとして、糸満、名護の飲み屋街、さらには基地の街北谷、金武、コザ、嘉手納まで、そして、かつて赤線地帯として栄えた与那原、宜野湾の真栄原、離島では宮古島の平良市街、石垣島の730通り~美崎町――を歩いています。

 とりわけ印象的だったのは真栄原社交街の現在の様子。2009年に大浄化作戦が展開され、約100件あったと言われた風俗店はわずか1年間で5件以下に減少したのだそう。
 昼間でも店先に女性が立ち「客引き」が堂々と行われていたものでしたが、宅地化の波が売春街のすぐ近くまで押し寄せ、県外まで知れわたっていた「真栄原」の名もいまや風前の灯となっている、とのことでした。時代は変わっていくものなのですね。

 夜の旅を終えた著者の感想はというと、予想外に静かな夜が待っていて、いささか面喰ったといいます。
 東日本大震災直後の取材だったことや、早朝の酒気帯び運転の取り締まりが強化された時期だったことなどが背景にあったものの、それにしても最大の要因は、若い県民の意識の変化なのではないかと、著者は分析しています。
 沖縄ならではの鉄の先輩後輩関係が希薄になり、青年会などの地域の繋がりも弱くなり、店の人やほかの人と話すのが面倒臭い、などなど。いちゃりば兄弟的な沖縄の地域性が、平板で無機質な「本土化」をたどることで、沖縄の夜文化は衰退したのではないか、と。

 う~む・・・。そういうことだと事態は深刻。人や文化、民俗などの面で沖縄らしさが感じられない沖縄なんて、魅力が大きく減退してしまう。
 夜のたたずまいをも含め、いくつもの日本の一つがここにある、という風情豊かな沖縄をなんとか維持していてもらいたいものでありますね。


 奄美大島で主人公が発見したのは、脳をくり抜かれたカリスマ占術師の死体だった――。
 舞台は奄美大島にほど近い架空の島、喜多住島。喜界島のとなりにある離島、との設定ですが、これは明らかに喜界島をモデルにしているようです。
 大島とこの喜多住島を舞台に繰り広げられる、なんともおどろおどろしいホラーサスペンス。

 単なる推理小説にとどまらない、読者をゾクゾクとさせるものがありますが、その材料として、沖縄本島に由来するノロの系譜とその霊力がベースにあり、さらにはカニバリズム(食人主義)や、かつて狂牛病で話題となったクロイツフェルト・ヤコブ病まで登場するから、すごい。ああ、怖い。
 かといってグロテスクなところばかりかというとそうではなく、奄美の自然や環境、風土、人、酒場などにも言及があり、それとなく奄美フリークの心をくすぐります。

 また、文章全体にはハードボイルド的な味付けも感じられます。
 特に後半になって、次はどうなるのかという好奇心が湧き、非常に楽しめるものではありましたが、反面、格闘場面などの迫力がいま一つだったのが少々残念なところ。
 まあ、日ごろ愛読している北方謙三あたりのレベルと比べてのことではありますが…。

 解説を読むと著者は、続く作品ではコメディタッチの家族小説やライトノベルなどを手がけているということであり、多彩な才能の持ち主のよう。
 しかしながら、一定のジャンルでしっかりとした読者層を形成することも重要であり、器用貧乏ということにならないようにとお祈りします。


 著者は、本土鹿児島出身の小学校の先生で、奄美大島の極小規模の小中併設校に赴任中。
 以前から写真付きのエッセーを書きたいと考えておられたようで、このたび個人自費出版を手掛けている文芸社から1,260円で発売されたものです。

 奄美についてのエッセーなのだろうと考えて購入したのですが、実際の内容はむしろ自分の身近なことを取り扱ったものが多く、その根底にあるのは小学校教諭らしい、人としての生き方とか、生命の尊さとか、何気ない日々への感謝など。う~む・・・選択を誤ったか?(笑)

 文芸社の本には書籍検索をしていてよくぶつかるのですが、これらはそもそも、社会的な要請などにはあまりこだわらず、著者がぜひとも出版したい!という熱意に基づいて発刊されるものが多いので、それを買ってしまった読み手側としては少々辛いなと感じることが時々あるものなのです。
 ということで、以後文芸社の出版物は、購入時に留意が必要だな。

 しかしながらこの本、装丁は素晴らしく、著者自らが撮影した写真を使って南国風情がひしひしと感じられるものになっています。

 「地域に根付く伝統芸能」、「田中一村に思う」、「きょら島哀悼ツアー」、「小さい姪から教えてもらったこと」、「シーカヤック・マラソンin加計呂麻」、「豪雨災害~もう一つのドラマ」、「西郷南洲謫居跡へ」など、2008年11月から2011年1月までに綴られた全38編のエッセー。このほかに7つの創作詩が掲載されています。
2012.07.22 BABA


 馬場さんです。
 貫禄あるなぁ。
 胸ポケットに葉巻、だもんな。
 こうして見ると、頬骨から下が長いのですね。

 今日は琉フェス東京の開催日。
 なのでこれから上京です。

 フェスティバルの終了まで観ると、微妙なタイミングで新幹線の最終に間に合わなくなるので、街のクローリングも兼ねて1泊します。
 宿泊は、G馬場を引き合いに出したからと言っても、高田馬場ではありません。
 それでは行ってきま~す♪
 先に開催された「琉球フェスティバル2012東京」のインプレッションを、今後9回にわたって連載します。

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 2012年7月22日、東京日比谷の野外音楽堂に琉球フェスティバル2012東京を観に行きました。
 琉フェス参加は、昨年、一昨年と仕事の関係上涙をのみ、なんと3年ぶりの参加となります。いやぁ、ご無沙汰でした、ごめんごめん。
 このところ秋に開催されることが多かったでしたが、今年は久々に7月の開催。さぞかし暑いのだろうか、はたまた梅雨の名残りの雨が降るのではなかろうかと心配でしたが、幸いにも気温は低くて汗も出ず。
 後半は若干霧雨模様となりましたが、天候にはまあ、恵まれたと言っていいのではないでしょうか。

 今回の出演者数は、18回を数える琉フェス東京史上では最少だったということですが、全6組。
 それらは、登川誠仁with仲宗根創、大城美佐子with堀内加奈子、ディアマンテス、パーシャクラブ、大島保克、よなは徹で、沖縄民謡界の重鎮と中堅の新旗手、そしてにぎやかさを演出するならコレといったグループが相集ったという形。
 あまり新しすぎず、馴染みのアーティストもきちんといる、というあたりはいいと思うのですが、老境の域に足を踏み入れた登川、大城あたりをもってきてメインイベンターとすることについては、個人的にはいささか疑問もあるところ。
 また、出演組数が最少ということは、個々の出演者がいつもよりも多くの時間を得てパフォーマンスを行うことができるということでもあり、そういう意味では歓迎することもできようというもの。
 まあ、どうなるか。

 会場のほうは、予想に反して、と言うと失礼ですが、満員。出演者が少ないこともあるので今回は多少空席があるのだろうから、うしろのほうが空いていたらそっちに移って、ゆったりとした気持ちで会場全体を俯瞰してやろう・・・などと考えていましたが、とてもそんな余裕はない模様。
 そして、自席の横も前も後ろも、いい歳をした夫婦連れとか家族連れとかがけっこう多い、というのも琉フェスらしいところ。来場者の平均年齢はけっこう高いようです。

 さて、開演時刻の午後4時まであと20分という時間になって、会場がにぎやかに。
 東京沖縄県人会青年部のエイサー演舞が始まりました!
 三角錐のクバ笠を被った灰色の着流しの地方が4人、渋い声でエイサー唄をうたえば、舞台の上ではウシンチー姿の美童が9人、腰に手を当てて軽い足踏みをしたり、その手を上に掲げてひらひらとこねてみせたりして踊ります。舞台の下では10人ほどのニーセーターによるパーランクーと、チョンダラー姿の旗持ちが1人、勇壮に舞います。
 お~♪ エイサーだなぁ。久々だなぁ。
 立て続けにうたわれるエイサー唄を一緒になって口ずさみます。これだよねぇ、オキナワだよねぇ。

 エイサー演舞は15分ほど。まだ4時にならないのに司会者のガレッジセールの二人が元気に飛び出してきていよいよ開幕です。
 のっけから琉フェス恒例、会場からプラコップ(大)に入った泡盛の差し入れがあり、二人は、仕事で飲むのが許されるのは琉フェスだけで、こんなことがあっていいのかなどと言いながら、一気飲みを始めます。あ~あ、9:1の泡盛なんか飲んで・・・。これでつぶれなかったらたいしたものだよ。
 スターティングユニットは、ディアマンテス!
 一時は少人数で活動していた時期もあったようですが、今回は7人で登場。ギターを抱えたアルベルト城間のほか、キーボード、ベース、パーカッション2、そしてホーンセクションとしてトランペットとトロンボーン。ラテンならこうこなくっちゃね。
 7人とも鮮やかな赤のシャツに下は白のパンツ。
 まずは、2011年10月に開催された世界エイサー大会2011の課題曲で、第5回世界のウチナーンチュ大会の応援ソングにも採用された「シンカヌチャー」を。
 日出克が得意とするような口説(くどぅち)調の歌詞が入って、スターティングにふさわしい。
 君が踊ればそこはウチナー! 君が歌えばそこはウチナー!! ですねぇ。 
 続いては、読谷村出身のギター奏者・長嶺良明をステージに招き入れて、沖縄で不動の大人気キャラとなっている「琉神マブヤー」のテーマソングを。いやぁ、ブラスが入ると音は厚い。いいですなぁ。でも、まだ明るいのでちょっとノリノリまではいかないかな。
 3曲目は、この7月14日に沖縄限定発売された「Cebada,Amigo」から「Cebada」を。
 ♪ セバダセバダセーバダセバダセバ・・・。
 CEBADAとはスペイン語で「大麦」という意味だそうで、オリオンビールの新麦職人の発売にあわせて城間が書き下ろしCMに使われた曲なのだそうです。
 4曲目は、「VIDA」。ラテンミュージックの真骨頂という感じの軽快なリズムに明るいメロディー。Vidaはスペイン語で「命」なんだって。
 5曲目は、名曲「片手に三線を」。沖縄を離れたウチナーンチュの琴線に触れるようで、前に座る熟年夫婦も大喜び、感動~♪
 最後はラテンの名曲、みんな知っている「La Bamba」で締め。
 城間の声ってやっぱりスゴイ! あのハリには圧倒されます。
 いやぁ、のっけから盛り上がったなぁ。でも、まだ明るいなぁ・・・。

○大島保克
 2番手として登場したのは、大島保克。
 黒のシャツに濃褐色のスラックスといったいでたちで、例によってどっかと股を開いて椅子に座り、うたい始めました。
 1曲目は、ごめん、不明。この時、何をやっていたんだ、おれは。
 太鼓のサンデーとアコギの近藤研二がサポートに入って、2曲目は、新CD「島渡る ~Across the Islands~」から「旅路」を。ドミファソシドではない、八重山っぽい律音階での軽いテンポのうたでした。
 そしてここから2曲はすっかりおなじみの「イラヨイ月夜浜」と「あかゆら」。「イラヨイ~」なんてもう、名人芸の域。誰も彼もなく聴き惚れるといった状態でしたでしょうか。あのバイプレートする声は誰も真似できませんね。さすが、“ひばり”です。
 そして最後は、大城美佐子を呼び入れて、「国頭大福」をやるのだと。おぉ、大城が嘉手苅林昌とよくやっていたアレを、おとうに代わって大島保克がやるとな。時代は移り変わっていくものなのですなぁ。
 大城は芭蕉色のウシンチーにきりりとカンプーを結って静々と登場し、大島と並んで椅子に。
 ♪ 我んどさり 国頭大福 ・・・ 銭持ち金持ち ・・・ カンカンパチパチ ・・・ 裏敷き足駄ぬ ガッカラゴッコロ ・・・
 大部分は大島がうたいましたが、美佐子の絹糸声は久々に聴きました。またあとでじっくりと聴きましょうね。



 いやはや、自分は終わってからがっちり飲むつもりなのでシラフだけど、周辺はもうすっかり宴会状態。食い散らかすわ飲み散らかすわ・・・。この調子だとチミたち、後半ゼッタイ眠ることになると思うよ。
 してまた、泡盛の香りってけっこうきますね。この独特の香り、いかにも沖縄!って感じで好きだなあ。なんだか飲みたくなってしまうけど、飲むのはいいが、一人だと並んで買って戻るまでの数十分がもったいないのだよ。聴き逃すまい。ここは我慢だな。

○よなは徹

 長めのステージセットの合間にまたまたガレッジの二人が相当に飲んで、次に登場したのは、よなは徹。
 衣装は上下とも黒。三線ケースを持って出てきて、それをステージのいちばん前に置きます。ははぁ、今回も恒例の三線の観客投げ入れがあるのだな。

 重々しいヘビィロック調のBGMが流れる中、よなはががなり始めたのは、なんと「かぎやで風」。 おいおい、「かぎやで風」をヘビィロック調でいくのか?! 古典をロックにアレンジするという発想は買いますが、これってどうかな。
 そしてそこに、舞踊家大田守邦、いや、玉城琉玉扇会の家元を襲った3代目玉城盛義が踊りながら出てきたぞ!
 これまでにない変わった手法のオープニングなので、観客のほうがどう対処したらいいのかよくわからない様子です。よなはがアップテンポの手拍子をあおったことで、ようやく、ああそうか、というような感じで観客が手拍子で応えはじめましたが、その頃には曲の終わりのほうになっていましたね。(笑)

     seigi1.gif

 2曲目に入るときによなはが「ゆっくり行きましょう!」と言ったのは、ノリも徐々にね、という意味で言ったのだなとわかったのは、その2曲目が、曲名はわかりませんが、「センスルー節」のようなひょうきんな一面のある曲だったから。これ、曲自体がゆっくりではないのだ。

 しかし、3曲目の「花の風車~シュンサーミー」になると雰囲気は一転、ベースギターを多用してへヴィなアレンジを施した曲に観客は猛烈にノリ始めました。場内総立ち。明るい時間帯のディアマンテスのノリを上回ったのではないでしょうか。
 ドラムはかんなり、ベースは上地正昭、太鼓にサンデーと、バックは名盤「三味連りてぃ」を制作したときのメンバーで固めているというのもステキです。

 そして頂点は、次の「屋慶名クヮーデーサ~唐船ドーイ」でやってきました。カチャーシーソングですんげぇ盛り上がり! みんな踊る踊る~♪
 これだけ盛り上げておいて、最後はお約束、三線ケースに歩み寄り、カラクイやら爪やらを取り出してバラバラと会場に投げ入れ、最後に三線が入ったままケースごと放り投げました。
 ガレッジの語るところによると、三線を同時に受け取った会場の二人は互いにドウゾドウゾと譲り合ったとのことで、ここに集うお客さんはみんな優しい!という結論でした。

 よかったな、よなはのステージ。やっぱ、実力者だものな。
○大城美佐子



 いよいよガレッジはべろべろ。ろれつ、足元ともに危うい。(笑)

 で、次なるは、大城美佐子。いつものように弟子の堀内加奈子がサポートです。
 大城は、さきほど出てきた時とは異なる濃紺の絣姿。これ、よく大舞台のときに見かけるもので、おそらく彼女のお気に入りなのでしょう。加奈子は鮮やかな山吹色の着物です。

 まずは「白雲節」。嘉手苅林昌との名演の数々が思い出されますが、リードはすっかり加奈子のほうの受け持ちのようで、美佐子は地味に映ってしまうのが少々残念です。

 続いては「浦波節」。これは美佐子のほか、先頃唄者生活から退いた知名定男が得意としていたもので、独特のウタムチが印象に残る名曲。
 恐れ入ることに、節回しが難しいこの唄を、会場の多くの観客がうたっており、その声がさざ波のように静かに響きます。
 たしかここは東京だよな。いや、ここが沖縄だとしても、多くの人々がこのうたを一緒になってうたう一群なんて、そうあるものではないのではないか。

 驚いているうちに曲調は変わり、次はこれまた美佐子の持つ雰囲気がよく漂ってくる「ヒンスー尾類小」。チャッカチャッカチャッカ・・・という三板のリズムが醸し出すいいテンポのこのうた、好きなんだよなぁ。
 ♪ 北谷屋良村りんどあっさぎ~ぃ、りんどあっさぎ・・・。

 4曲目は、舞踊曲の「加那ヨー」。お、舞台袖から女性の踊り手が登場。水色の着物に真っ赤な手巾(ティサージ)、頭には紫のサージをあしらってなかなか清楚な感じ。この人、村本マダレナさんっていう方でしょうか。
 しかしこの「加那ヨー」、テンポが遅い。人間国宝・照喜名朝一のちゅら弾き加那ヨーあたりと比べるとスピードは半分ぐらいで、美童の若々しさ、躍動感などからはちょっと離れたところにあるような「加那ヨー」でしたね。(笑)

 最後は、モーアシビならこれでしょと言わんばかりに「ナークニー~山原汀間当」。
 しかしまぁ、なんですね。絹糸声(いーちゅぐい)と称えられた大城美佐子も75、6歳。この年齢でこれだけしっかりうたえるというのはまずもってオドロキものですが、息継ぎが辛そうだったり、円熟味を増してきている弟子の加奈子の声艶と比較したりすると、どうしても、もういいではないか・・・などと思ってしまったり。

 昨年、加奈子とともに新CDをリリースしたようですが、おそらく自分には、美佐子の全盛時のCDを聴いていたほうがふさわしいのかもしれません。買おうかどうか、迷うところですかね。