壱岐・対馬・福江島・種子島・奄美大島・沖永良部・沖縄・・・東シナ海の島々に惹かれて訪ね歩いた紀行ノンフィクションです。

 著者は、種子島生まれで、外国航路船舶の航海士として働いたあと、ルポライターに。
 生きることに罪悪を感じてでもいるようなウェットな文章や表現は独特で、読者を意識しているというよりも、自分の心に対して独白しているよう。そういう表現自体がとても秀逸で、するすると軽快に読んでいくことができました。

 なんたって、扱っているのが南の島々ですから、興味深いことこの上なし。
 まえがきとあとがきに挟まれた7つの章は、「逡巡の島 伊平屋島」、「故郷は何処にありや 朝鮮半島・美山」、「倭寇と「若狭」伝説 種子島」、「王直・鉄炮伝来・信長 福江島」、「南洲幻視行 奄美大島・沖永良部島」、「壱岐・対馬紀行 壱岐・対馬」、「カミーチャと大尉の恋 伊是名島」。

 テーマとして登場するのは、生まれ島の種子島に伝来した鉄砲のその後、秀吉の朝鮮出兵の際に半島に住み着いた日本人の末裔、五島列島あたりを根城に跳梁跋扈した倭寇、あちこちの島に幽囚された西郷隆盛など。これらが著者の心の中でさまざまに輻輳して語られていきます。

 沖縄関係では、終戦時の伊是名島での、島民になりすまして生きていた日本軍の逃亡兵と、島の女カミーチャとの恋についての記述があります。

 「あとがき」より。
 海辺の集落を一人歩きながら、私は沖の彼方のどこともしれない場所で朽ち果てた無数の者たちのことを思った。彼らの幾人かは、「国」を棄てた漂泊者たちだ。狭い島国では生きていけない異端者たちでもある。そうした者たちを恐れ、憐れみ、そして慰撫する話が、島々の記憶のなかに刻まれ残されていた。潮風の囁きのように・・・。

 現世なんて、悠久の時間からみれば、ほんのうたかたでしかないのかもしれないなぁ。
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 “沖縄・本土復帰への祈りと52年目の全国制覇”との副題がついた、高校野球モノ。
 暑い夏の真っ盛りに高校野球ものを読むというのもまたオツなものです。

 2010年は沖縄興南高校が春夏連覇を成し遂げましたが、それまでの沖縄高校野球界には苦難の道のりがありました。
 首里高校が1958年の夏の第40回記念大会に出場してから52年目の夏でした。

 この間、沖縄野球の興隆のために尽力したのが、沖縄野球の父といわれる国場幸輝。
 戦後の焼け野原の中でキャッチボールを始め、占領軍に働きかけて交流試合をセットし、日本の高校野球界の重鎮に野球の指導を仰いだりしながら、ついに首里高校が記念大会に出場するチャンスをつくりました。
 大会出場は、沖縄の本土復帰に先立つこと14年。いわば、政治よりも早く野球が「本土復帰」したわけで、これも国場の尽力によるものだったというわけです。

 この本は、そんな国場を中心に、かつて首里高校から甲子園出場を果たした当時の選手やその後の高校で監督を務めた人たちなどを取材してまとめられたものです。
 こういうルポルタージュというのはこれまでなかっただけに、興味深く読むことができました。

 ちなみに、今年2011年の夏の大会に出場した糸満高校は初出場ですが、首里高校が初出場を果たした当時も、糸満高校がじつは優勝候補の一角だったことなどの記述もあって、糸満も苦節何十年でつかんだ甲子園なのだということがわかります。


 「沖縄県民斯ク戦ヘリ~大田實海軍中将一家の昭和史」、「特攻に殉ず 地方気象台の沖縄戦」、「沖縄の島守 内務官僚かく戦えり」、「ざわわざわわの沖縄戦 サトウキビ畑の慟哭」など、主に人にスポットライトを当てて沖縄戦の真実をドキュメントしてきた田村洋三が、こんどは鉄血勤皇隊の指導者である篠原保司を中心に沖縄一中の学徒たちの戦争をものしました。

 篠原保司は、戦死率73%となった悲劇の中学生隊を指揮し、凄惨な地上戦のただ中で最後まで人として歩むべき道を示し続けた陸軍将校。
 普通ならば居丈高で、よくないイメージが付きまとう軍隊派遣の指導者ですが、当時指導を仰いだ学生たちは今でも篠原を慕い、立派な隊長だったと声をそろえます。

 これまでに多くの関係者から話を聞いてきた著者でなければまとめきれないような膨大な量の証言が中心。
 ほかにも関係者が書いた地図や、提供写真などを用いて、10・10空襲以後から南部島尻への撤退までを詳述しています。さすが、田村洋三!って感じです。

 その田村洋三もすでに80歳。また、当時を生きた証言者も鬼籍に入る者が多くなり、これから先これだけのドキュメントが可能なものか、心配になります。


 主人公の水野晴菜は、恋人の死をニュースで知ることになります。副島奈槻が沖縄で何者かに殺されたのです。
 男性に恐怖心があり、夫との離婚願望もあった晴菜でしたが、友人がレズビアンバーを取材するというので同行した際に奈槻という女性と出会い、恋に落ちたのです。
 事件によって明るみに出てしまった二人の関係は夫の知るところとなり、一方では警察に殺人の嫌疑をかけられ、晴菜は家を飛び出すことになります。
 逃げる晴菜は、奈槻が死の間際に見たという久高島のイシキ浜の風景を見ようと、沖縄へと向かいます。
 そして、その地で次々に明らかにされる真実とは?!――

 “ニライカナイ”で検索したところヒットした本。
 著者は、1964年福岡県生まれで、広島大学文学部哲学科卒。編集者等を経てライターに。
 文中、沖縄の街並みが広島に似ている、との記述があり、そうかなぁなんて思いながら読んでいましたが、著者曰く、沖縄の市内のあちこちにしゅろの木が街路樹として植えてあり、それが広島大学のキャンパスを思い出させたのだそうです。

 同性を愛してしまうという主人公のキャラクターが正直なところ理解できず、そのために小説の中身が自分の世界として取り込められないままに読了。でもまぁ、そういうことって世の中にはあるのだろうな。
 真相は、ナルホドと思わせるものの、少年院を出た人間が弁護士になり、何十年と変わらぬ偏愛を貫く、なんてこと自体が自分にとっては夢のようなことで、これまた自分の世界として捉えることがむずかしかったですな。
 あ、これ以上書くとミステリーが台無しになるのでおわります。

 沖縄関係では、久高島のほか、那覇港や知念半島のホテル、国際通り、中城城址などが出てきます。


 ラジオ沖縄の人気番組、「ティーサージ・パラダイス」(月~金 12時~13時50分)と「チャットステーションL」(月~金 14時~16時)を本にしたもの。

 ティサージの「今日のアンケー島」とチャットの「今日のお題」」に対するリスナーメールの中からおもしろいものをピックアップして載せた、という体裁のものです。

 なにがおもしろいって、リスナーの使うウチナーグチが、“しに”オモシロイ。
 いわばこれらが、「今」の沖縄の言葉であるワケで。
 投稿してくる人たちがみんな生き生きとしているように思えますからねぇ。
 ローカルのラジオ局はこういうものを大切にしなければいかんと思いますよ。

 でもまぁ、かつてこういうものをよく読んだけれど、今となってはあのときほどのインパクトは感じられなくなった、というのが正直なところ。
 沖縄もある程度本土化し、われわれも安易に沖縄の文物に触れられるようになった、ということなのかもしれません。

 ちなみに、「笑って 泣いて はんまよー」というサブタイトルにある「はんまよー」とは、何て事だ!と驚いた時に使うもので、アキサミヨーと似たような意味なのだそうです。
 あれ。かえってわからなくなった?!(笑)
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 は、次の8冊です。

 沖縄はみ出し縮刷版           比嘉辰博          新星出版        1200
 宮本常一とあるいた昭和の日本(1)  田村善次郎・宮本千晴 農文協         2940
 本音で語る沖縄史             仲村清司          新潮社         1470
 奄美の風にのせて             湯ノ口真由美       文芸社         1260
 本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること  書籍情報社      1365
 オキナワマヨナカ             カベルナリア吉田     アスペクト       1680
 邂逅                     山城 健          幻冬舎ルネッサンス 1365
 真北風が吹けば 琉球組踊十番    大城立裕          K&Kプレス      2100

 このところの沖縄本の読破状況にはなかなか軽快なものがあり、7月は6冊、8月はなんと現段階で10冊を読了しており、株式市況風にいえば「読み」が「買い」を大幅に上回っています。

 しかしこの夏は猛暑の中にもかかわらず、よくこれだけ読んだものだ。
 なぜかといえば、この夏は父親の入院などがあったために結局どこにも遠出しなかったからだ。沖縄にも行かなかったし。
 その間、クーラーがないうえに風通しが悪く、さらには各種電気製品の排熱がこもってあっづ~くなった自室で、黙々と本を読んでいたというわけなのです。

 しかしなんですな、一昨日(8月19日)から一転して気温が4~5度程度下がったようなのですが、そうなると快適ですね~♪
 じっとして本を読んでいてもあまり汗はかかないし、眠くもならない。なので、集中できて内容に対する理解度も向上するし、サクサクと読み進められるのですな。フムフム、快調快調・・・。

 今年になってからすでに現時点で45冊前後の沖縄本を読了しており、3年連続5回目の年間50冊読破の達成がほぼ確実となってきました。


 沖縄の霊能者ユタを知っていますか? という副題がついていたので、なんとなく、頑張り屋の女性がなんらかの理由で人生につまづき、とあるユタと奇跡的な出会いを果たしてアグレッシヴな人生へと復活していく――というようなストーリーを勝手に想像して購入しました。

 まあ、そんな目論見とは大きくは違わず、自分や知人にはこんな災厄が訪れて、それをこうやって乗り越えて、それは誰との出会いが大きく・・・というところまでは合っているのですが、なんだかこう、すっきりとしない。

 それは、あちこちに拝みに行っているわりには困難なことが次々と起こり、著者はもし拝みをしなければもっとひどくなっていたのかもしれないと、あっさり納得してしまっているところにあるのではと、読んでいて思いました。

 また、扱っている事柄が科学的でない、いわゆる超常的なことだからしかたのないことなのかもしれないけれど、ストーリーの前後に論理性が感じられないという問題がありました。個人的には。
 結局のところ、著者はなにを言いたかったのだろう?

 著者は、福岡出身で、ユタを知って20年余り。いろんな体験をした中で、人々の困りごと解決を手伝っている喜瀬優さんと出会い、その彼と一緒にいろんな助け事をしているそうです。

 あとがきは、大変なことが起こるのには必ず意味があって、必ず助けてもらえる方法がある。だからそれを信じてがんばってほしい――ということでしめくくられています。
 うがった見方をすれば、この本にあるようなことを私たちはできますよ、だから連絡してね、ということなのでしょうか。
 つまり、これはきわめて商業主義的な本なのだということが露呈しています。

 人生に行き詰っている人にオススメ。一般人はスルーしてよいのではないかなぁ。


 これも「ニライカナイ」のキーワードでネットショップから購入したもの。推理小説です。

 〈ニライカナイ〉は海の彼方にあるという楽園か、それとも・・・?
 伝説に心惹かれたミステリー作家・六波羅一輝は沖縄に発つ。取材を始めた矢先、東京で女性の変死体が見つかる。背後にはテーマパーク建設をめぐる対立と、住処を荒らされると復讐するというキジムナーの伝承が。
 六波羅一輝の推理が冴える、シリーズ第2弾。

 ――ということですが、こういうたぐいの本は久しぶりに読みましたが、さすがフィクションの推理小説、登場人物が立て続けに死ぬわ死ぬわ・・・。
 で、よくあるように、主人公の思いつきとしか言いようのない根拠の薄い推理が当たるわ当たるわ・・・。
 こんなのって、現実的じゃないよなぁ。
 どちらかというとノンフィクション系に傾倒している自分としては、「ありえない!」と一刀両断に切って落としたくなってしまいます。(笑)

 書くに当たっては柳田国男、伊波普猷、外間守善などの著書を渉猟したようで、民俗学的な観点からそれなりの満足は得られますが、付け焼き刃の印象は拭い去ることはできません。
 また、今の糸満市喜屋武集落が人口300人の二儡(にらい)村として登場しますが、この一帯の守り神的な位置づけのものがキジムナーだというあたりは笑えます。沖縄島ならどこでも同じというわけではないのだがなぁ。

 エンターテインメント小説は、読み終えるのは早いけど、得られる充実感は少ないですね。
 このクソ暑い夏を一時でも忘れて乗り切るための一手段としては、こういうのを読むのもいいかもしれませんが・・・。
ah oki

 沖縄の結婚式がすさまじいという話はよく聞くのですが、それを本にしてしまった!というのがこの本のエポックメイキングなところ。どうです、本になっちゃうんですよ、沖縄の結婚式って。

 著者は、玉城愛というヒトで、この名前は兼ねてから知っていて、たしかりんけんバンドとなんらかの関係があった人だったのではないかな。上原知子の手を菩薩のそれだと称したのは彼女だったと記憶しています。
 そのヒトは今、ケーブルテレビなどのフリーパーソナリティとして、また結婚式の司会者として活躍中で、かれこれ400組ほどの新郎新婦と関わってきたとのこと。
 そういうヒトでなければ書けない、結婚式にまつわる抱腹絶倒のエピソードが目白押しです。

 たとえば、今どきのニービチの余興では「かぎやで風」をラップ調にして踊られるとか、沖縄の披露宴には余興をやるためだけに来てくれる人たちがいること、動きにキレがありムダがないのがよい余興であること、余興には八重山ではおひねりが飛び宮古では必ず飛び入りの余興があること、新郎新婦の登場もユニークで、サザエさんの曲にのせて全身赤タイツで入場した新郎がいたこと、乾杯前から飲み始めるのが一般的で始まるころにはべろんべろんの人がいたりすること・・・などなど、ホントかよ的な逸話が次々に登場します。

 う~む、恐るべし沖縄・・・。
 ある司会者によると、沖縄では子連れの披露宴が17%、現在おめでた中の式が11%なのだそう。
 そして、子連れの披露宴ではタンカーユーエーや子どもの誕生日をいっしょにやったりすることも多いのだそうです。

 また、本土では新郎新婦の両親は末席に位置して懸命に酒をついで回るものなのですが、沖縄では両親も新郎新婦とともに上座に座るというのですな。
 ところ変われば作法もずいぶんと変わるもの。でもまぁ、沖縄なんだから、なんでもアリって感じがするし、なぁんでも許せちゃったりするのでしょうねぇ。スバラシイ!