2011.01.01 今年の年賀状
 明けましておめでとうございます。
 ブログも足かけ6年目に入ります。
 これからも沖縄関係のあれこれや日々の生活で思ったことなどを綴っていきたいと思っています。



 さて、今年の年賀状は、石垣島登野城で12年ぶりに開かれたという結願祭です。
 そのときに登場したミルク行列の画像に弥勒節の歌詞を添えて印刷してみました。

 ということで、今年もどうぞ引き続きお引き立てのほど、よろしくお願いいたします。
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 いれいたかしは、南大東島生まれの伊是名島育ち。琉球大学時代は「琉大文学」で活躍し、労働金庫勤務を経て那覇市役所で若くして秘書課長、その後企画部、建設部などの次長を歴任し、退職後は趣味の釣りに浸り、晩年は離婚後に千葉館山の女性と暮らしていたといいます。2009年1月逝去。
 その遺稿となったのが当書で、「ちゃあすが」とはウチナーグチでどうしたらいいのか、なんとしようか、というような意味です。

 著者は、起筆の動機を次のように語っています。
 『資本主義の自壊現象を目の当たりにし、資本主義やその先導的役割をしてきた戦争に翻弄されてきた琉球・沖縄の島嶼群を生きてきた人間として、今日人類が直面しているこの現象とどう対処すべきかと自問することは、差し迫った重大な問題ではないか。』

 戦後の沖縄思想界の鋭鋒というにふさわしく、その論調は急進的で、日本を“偽装国家”として提示してみせたり、「美しい国」などと言って得意になっている当時の政界リーダーを痛烈に批判したりしています。
 正直言って、アイヌとか生蕃とかいった民族の優劣論や戦争被害者としての思いが必要以上と思われるほどに強かったりするために、読んでいてやや鼻にかかるといった面があるものの、それはそれ、いれいたかしの悩みの深さがなせる表現なのでしょう。苦悩する様子が一文一文から伝わってくるものがあります。

 その一方で、沖縄が古来から育んできた民俗、習俗に向ける目はなかなかにやさしいものがあります。
 かつては貴重な飲水資源であり集落の靱帯となっていた井戸と、そこに現れる幽霊を失ってしまった近代社会を残念がったり、都市が子どもたちから風を奪ってしまい、成長のこやしとなっていたいじめが失われてしまったことを嘆いたりしています。

 いずれもずしりと読み応えのある論稿。
 こういう話を、人生の先輩たるいれい氏から、首里か那覇の居酒屋で泡盛でも酌み交わしながら聴いてみたかった気がします。

 琉大文学時代からの先輩の川満信一、那覇市役所の後輩でエッセイストの宮里千里、長女の伊禮みちか、千葉で晩年を連れ添った小丹綾子、実妹の末吉広子、ジャーナリストで遺稿刊行委員会代表を務めた新川明の各氏による追悼文がついています。


  私が沖縄を初めて訪れたのは3年前です。
  碧い海、白い珊瑚の砂浜、暖かい気候や
  冬でも満開の可愛い花、のんびりお昼寝のねこ、
  そこで暮らす温かく親切な人たちに魅せられて
  すっかり沖縄ファンになりました
 ――と、絵に描いたように沖縄病に罹ってしまった著者の文と、プロのカメラマン、デザイナーによるカラーグラフィック誌。
 うむ、かつてCoralwayから出されていた「沖縄島々・・・」シリーズもそうだったけど、オキナワにはこういう体裁のものがどんぴしゃですなぁ。

 沖縄本島に関しては、糸満にある紅型工房「守紅」、壺屋焼物博物館、牧志の伝統工芸店「羽衣」や沖縄土産のセレクトショップ「琉球の宝物」などをレポート。
 石垣島は、みんさー工芸館や石垣の塩、かみやーき小かまぼこなどを取り上げています。
 そして、なぜか宮古島は・・・ない。(笑)

 とにかく写真がきれい。
 あれこれと読み漁ってきた自分にとっては、文章や取材対象自体からはそれほど新鮮さを得ることはできなくなってしまっているのですが、写真からはいつも心トキメク感動をもらっています。
 いずれの写真からも沖縄の強烈なティダの日差しが感じられてイイのですな。
 おれもそんな写真が撮りたいものデアル。
  oki-kaidan.gif  tanoshii.gif

 は、下記の8冊です。

 1 生きてさえいれば     瀬長 瞳         沖縄タイムス社   1429
 2 おきなわの怪談      徳元英隆        沖縄文化社      951
 3 ウシがゆく          知念ウシ         沖縄タイムス社  1800
 4 小説てぃだかんかん   百瀬しのぶ       小学館文庫     476
 5 楽しいウチナーグチ    沖縄文化社編      沖縄文化社     951
 6 沖縄一中鉄血勤皇隊   田村洋三        光人社        2300
 7 沖縄口さびら        船津好明        琉球新報社    1429
 8 もっと食べたい私の好きなすばやー物語
                   すばドゥシの会’99編 ボーダーインク  1400

 このところ読書ライフは比較的順調に進んでおり、読破する冊数が増えています。2010年は沖縄本を60冊読むことができました。パチパチパチ・・・。一人拍手。
 ということは、仕事のこと、家庭のことなど沖縄本以外のコトがインパクトに乏しい、ということなのだろうか?!
 いやいや、そんなことはあるまい。そんなことはないと信じたい。

 で、相変わらず机の脇の書棚は未読本が何十冊か平積みになってはいるものの、かつての圧倒的というか、圧迫感すら覚えるほどのボリュームが少しずつではありますが解消に向かっています。
 ・・・いや、解消に、なんてのはおこがましいな。半減すらしていないのだから。

 でも眺めてみると、比較的薄めの本が多く残っている。あくまで比較的、ということだけれど。
 ということはまぁ、1年50冊という読書目標は、このまま行けば今年もなんとかクリアできるのではないだろうか。このままのペースでいけば、ということだけれど。

 って、なんだか条件付の文章ばかりだな。解除条件付の物言いはキライなのだが・・・。

1は、瀬長亀次郎の娘が家族と命への想いを綴るというもの。
2は、最近のパワースポットやオソロシドコロのブームにあやかって読んでみようかと。
3は、舌鋒鋭いウチナーイナグの10年にわたる思索と行動の軌跡をたどったエッセー。
4は、サンゴ礁の再生に向かって夢を追いかけたふたりの、映画にもなった感動秘話。
5と7は、なんだか勢いで買ってしまったウチナーグチ関係本。
6は、沖縄の戦時期モノを書かせたら右に出るものはいない(と思っている)田村洋三が、今度は鉄血勤皇隊を描いた、という待望の書。
8は、昔からあるそばやーを改めてレビューしたくなって、古書店から購入しました。



 移住者の目から見たディープで不思議な沖縄のあれこれをユニークな論調で語ってくれる仲村清司が、今度は心霊列島としての沖縄を書きました。

 南国の太陽が燦々と輝く沖縄の観光地。その真裏には眩いばかりの見た目の風景とは相反する戦慄の恐怖が同居しているのだ。
 ――ということなのですが、書かれている内容はそんなに恐ろしい話ばかりではありません。沖縄伝統の風習や神様に対する考え方、御嶽における作法などを紹介し、戦跡などをはじめとした最近流行りの心霊スポットを紹介しています。

 第1章の「私のデージ怖~い体験」で自分の引越し体験や自宅での幽霊体験を告白し、続く「沖縄にいると、なにか見えてくる」でユタやヒヌカン、トイレの神様などを概説。そして「ウートゥートゥー異次元空間」では風水学的な側面から家相を紹介するなどし、「激戦地・沖縄の怖~い戦跡スポット」で豊見城海軍司令部壕や新都心など「出る!」と言われるところを紹介、最後には「よく出る心霊スポット」として瀬長島、斎場御嶽、七つ墓、識名坂などを紹介しています。

 全体としては、まぁ、そういうもんかといった感じのデキだと思いますが、どうも著者は長年連れ添った鬼嫁さんと別れたようなのです。かつては凸凹夫婦を題材にいくつかの著書もあるほどのおもしろ夫婦だったのですが・・・。
 そういうこともどうやら沖縄のセジ高い人には「見えて」しまうようで、そういう人たちからは二人で住むための新築の分譲マンションを購入した際に「また引っ越すことになりますね」と言われたり、「奥さんにはヤナ、オバァが憑いています」とか言われたりしたそうな。

 心労などで痩せ細り、目の下に隈をつくっている著者の様子を、2007年発行の「沖縄うまいもん図鑑」に載った写真で見ることがありましたが、とても痛々しい感じがしました。はやく元の仲村サンに戻ってこれまでどおりの活躍をしてほしいと願っています。


 沖縄のオバァたちは奥が深い。それだから、沖縄のオバァを題材とした本がたくさん出版されるのでしょう。
 双葉社が発行する「烈伝」シリーズは、「沖縄オバァ烈伝」、「オバァの喝!」、そしてオジィについても「オジィの逆襲」が挿入され、今回の「オバァの人生指南」で4冊目となりますが、おれはよっぽどこういうのが好きなのか、全部読んでいる。(笑)

 今回の「人生指南」は、これまでのメインイメージであった予測不能、荒唐無稽、自由奔放なオバァの振舞いはやや影を潜め、オバァが発する含蓄深い言い伝えや金言にまつわる話が中心となっていて、ぐっと落ち着きが出てきて好感が持てます。

 しかしまぁ、オバァにまつわる話はあるわあるわ・・・。よくこれだけのボリュームを集めたものです。
 内容が名も無きオバァについてのよしなしごとだし、所詮文庫だからな、などと侮って読み始めると、とんでもないことになります。
 人生を生き抜く知恵や、恋愛・結婚・子育てのヒントとなるような、ナルホドと思わされることが多く、その背景にあるオバァの生き様に思いを馳せたりしたらもう、それは深いものがあるのです。
 それらがたっぷり317ページ。ある意味、「沖縄の真髄」を理解するうえで必読の書ですね。

 しかし、なんだかかつてよりは沖縄のオバァ・パワーが減退したような気がするのですが、いかがでしょう。
 第1作が出版されたのは2000年。あれから10年が経ち、当時大活躍していた戦前生まれのオバァは第一線を退き、確実に減っているのでしょう。
 著者も、最近のオバァはストッキングを履いているし、「ザ・オバァ」みたいな人はここ数年でめっきり数が減ってしまったようだと嘆いています。
 10年前から、着実に時が経過しているのでしょうなぁ。
 1月7~11日の5日間の沖縄訪問から戻ってきました。
 いや~、沖縄は寒い! 最高気温15度だって。
 たいしたことないと思うでしょ? ところがこれが大変なのだ。だっておれ、外套持っていかなかったんだもん。いくらムーチー間近の沖縄と言ったって、那覇の街なかあたりでフツーの生活をしていれば、シャツにトレーナーを着ていれば十分だ、というふうに身体が理解していたのだな。
 ところが、今回は甘くはなかった。夜の風は冷たく、また、公演を観た各ホールに暖房施設がないということには思いが至らなかった。
 寒さは、コザのあしびなーで演劇を観る前後が特にきつかった。バスの中が寒い。ヒーターを入れるなんていう発想自体、沖縄にはないのではないか。
 そして、バスを降りてコリンザまでの間、また、胡屋十字路で帰りのバスを待つ間に完全にやられてしまい、発熱してしまったようでした。

 なので、後半は大事をとって夜の放浪は抑え気味に。結果、劇団隆星群の「愛の雨傘」と島唄でのネーネーズのライブを省略。
 また、食欲もあまり湧かなかったために、沖縄フードの摂食・飲酒回数が減り、ホテルの狭い部屋での栄養ドリンクとスポーツドリンクの消費ばかりが増えました。

 ということで、今回は過去に例がないほどに収穫の少なさが感じられる訪問となってしまいました。
 まぁ、何十回も行っていれば、こういうことだってごく稀にはあるのだろうな・・・。

 今回のいちばんは、Music Café Kumojiでのジャズライブだったでしょうか。
 西平和代のボーカルに松元靖、宮良和明、真境名陽一がバックというものでしたが、ステージの合間に彼ら、彼女とたくさん話ができ、沖縄音楽界の裏事情?や師匠の面白話などを聞くことができたのがよかったなぁ。

 旅の充実度が低いので、日常に戻るときに覚える抵抗感はほとんどなく、また、夜は早めに寝て朝もゆっくり起きていたため、旅を終えた後のいつものけだるさもない。
 帰ってみれば元気。フツー。ということはやはり、旅をした意味自体があまりない。

 でも、それなりにおもしろかったけどね。
 その端々を、おいおいこのブログでも紹介していけたらと思います。

 あーもう。すぐに仕事だものなぁ・・・。

matsumoto 201101
上:松元 靖 氏