『沖縄が、ただならぬ言葉を発し始めている。「沖縄差別」、「沖縄の屈辱」―。発した沖縄にとっても、向けられた沖縄県民以外の日本人にとっても、辛く、切なく、そして厳しい言葉だ。』
 そんな言葉がコシマキに書かれているので、なにか政治的でイデオロギー色の強い内容かなのかと思うと、さにあらず。
 抑制の効いた文章で、押し付けがましい思想が感じられず、沖縄に想いを向けて思索をしながら読むものとして、とてもよくできている本だと思います。
 政治を扱ったルポルタージュというよりも、むしろエッセーのようなソフトな印象を受けます。

 自分としては、辺戸岬の先端にある「祖国復帰闘争碑」に関する記述と、労働歌「沖縄を返せ」の大工哲弘による歌の意味の転換、元沖縄県知事大田昌秀へのインタビュー、著者自身の考えをまとめた「沖縄医療特区」構想などについて、特に興味深く思いながら読みました。
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 古波蔵保好著の「料理沖縄物語」を、沖縄料理に関するエッセーの最高峰と認識していますが、その古波蔵保好は与那原恵の大伯父に当たるのだそう。
 著者が副タイトルを「わたしの「料理沖縄物語」」としたのは、そんな係累を踏まえて大伯父へのアンサーソングを綴る、という思いを込めたためなのだそうです。

 料理本というよりは、沖縄料理を仲立ちにして、著者とその親族や関係者との間にある血縁的逸話や心的親交の様子を、きわめて内面的な観点から書き綴る、という性質のものになっています。
 このような表現形態をとるエッセーは著者独特のもので、人間の人生っていうのも悪くないなあ、人生は一期一会なのだなあ、袖触れ合うのも他生の縁なのだなあ、などと、読んでいていつも思ってしまいます。

 かつての著書「美麗島まで」で紹介された、母親里々(りり)やその父・南風原朝保の生き方や人生、相関関係などに基づく、いわば“著者のルーツ探し”が通奏低音になっています。
 そして、現代に生きている著者がふとした偶然や因果から、そんな自分のルーツを手繰り寄せる糸口に行き当たってしまうシーンが何回か登場します。
 そんなとき、いつもそれらの媒介となり、著者の記憶の底に印象深く刻まれたのが、沖縄料理であり、その忘れがたい味だったようです。

 今はもうこの世に存在しない人だけれど、今を生きている人々の記憶の中で生き生きとして生き続けている人というのは、実はたくさんいるのだなあという思いを抱き、ある種のカタルシスを感じながら静かに読了です。

 取り上げられている料理は、ソーミンプットゥルー、ぽうぽう、ビーフン、うからいりちー、みぬだる、すば、じーまみ豆腐、らふてぇ、上海蟹、刺身、アーサ汁、ぐるくん、ひーじゃー汁、マンゴー、いかすみ汁、鶏飯、くうぶいりちー、ごぼう巻。

 料理のレシピなどにはあまり言及せず、あの時、誰がつくったものを、どんなシチュエーションで、何を思いながら食べたのか、ということに力点が置かれています。


 祖父の遺灰を抱いて沖縄を訪れた大学生の秀二。その沖縄で、戦争時代の祖父の知り合いの養女から「8月15日 夜」と書かれた3本の120分テープが渡されます。
 離島・伊是名島の「あの夏」を語るために流れ出す、男の生々しい肉声。息を呑む証言。真夏の夜の敗残兵たちの影。島民のスパイ疑惑、そして無意味な死。一発の砲弾も撃ち込まれなかった「平穏な」伊是名島で、何が起きたのか。
 「最後まで聴き終わったとき、僕は長い旅から戻ったような気がしていた…。」
 これは、さとうきび畑で地獄を見た祖父たちから平成世代へと、静かな島の、醜い戦争を語り継ぐ物語であり、「秘められた戦争」に迫りながら人間の真実と生への励ましを伝える力作です。

 著者は、1959年、秋田市生まれ。立教大学卒業後、新聞社、出版社を経て作家に。デビュー作の「水曜の朝、午前三時」は大阪万博をテーマにした小説で、叙情的な語り口と物語性が圧倒的な支持を得てベストセラーになったそうです。・・・知らなかったけど。

 著者は、どうして戦時中の伊是名島を書こうと思ったのだろう?
 そして、この物語はよくできているけれど、史実としてはどこまでが本当のことだったのだろう?

 興味深い題材なのですが、当時の伊是名島では現代と違って、一人の人間が複数の人間と婚姻し、または子を設けることが多かったそうで、そのことが登場人物の相関関係を複雑なものにしています。
 そのため、ちょっと間をおいて途中から読んだりすると、正直言って誰と誰がどう関係していたのかわからなくなって混乱してしまいました。
 しかも時代が、60年以上の時空を超えて往ったり来たりするので・・・。

 結局のところ、おれの読解力がイマイチ足りないということなのだろうけれど、でもな、なんでエンターテインメントを目的とするはずの「小説」がこんなに複雑なんだよ、という考え方もあると思うぞ。
 なにかの学術書や解説書とかではないのだし、おれのような程度の人間は、いまひとつ内容がわからないのでこの小説をもう一度はじめから読んでみようなんていう気には、なかなかなれないですからね。


 第二次世界大戦後間もない1949年から、沖縄の日本復帰を目前に控えた1970年までの21年間に、米国陸軍省の奨学資金でアメリカの大学に派遣された沖縄留学生たちの足跡です。

 総計約900人がこの制度によって留学したそうで、この本はそのうち55人が、当時の思い出や、留学後の歩み、そしてこの米国留学制度そのものに対する評価や個人的・社会的インパクトなどを綴ったエッセー集になっています。

 読んでいて印象深いのは、とりわけ初期の留学生たちのアメリカに対する第一印象。彼らはいずれも米軍の軍艦での長い船旅によってサンフランシスコに入港しますが、そのときに見たゴールデンゲートブリッジ(金門橋)がとても印象深かったようで、80歳前後の年齢になった今でも多くの人がそのことを記していました。

 沖縄でガリオア留学制度が果たした役割にはいろいろな見かたがあって、当然ながら沖縄の現代化に大きな役割を果たしたというものがあるほか、留学生たちはいわばアメリカの言いなりになって戦後の沖縄を牛耳ってきたという批判的な見かたもあるようです。
 しかし、彼らはそんなことはむしろ考えず、沖縄の将来にとって自分はどのような貢献が出来るかを考え、青雲の志を持って未踏の地に踏み出していったのです。
 当書はそのような、若者のフロンティア精神や、時として言葉も通じず不安でいっぱいの焦燥、また、少しアメリカの生活になじんで意気揚々として日々を過ごした様子などが手に取るようによくわかり、このじいさんの若いときはこうだったのだなぁと、今となっては微笑ましくさえあります。

 留学生たちの書らしく全編横書きで、それがびっちりと315ページ。なかなか読み応えがありました。
 登場する著名人は、元沖縄県知事・大田昌秀、元沖縄県副知事・比嘉幹郎、尚弘子、牧野浩隆、琉球大学長・砂川惠伸、ジョンカビラと川平慈英の父・川平朝清など。後に大学関係に進んだ者が非常に多いことがわかります。

 こういう歴史的事実って、しっかり語り継いでいかないと忘れ去られるので、その意味からもいずれ貴重な書籍となっていくはず。
 中には自己満足的な記述もないわけではありませんが、全体としていいドキュメントがなされています。自分としては、いい本にめぐり会えたと素直に思えます。
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 りんけんバンドのDVD「ンジファ」「ティンク・ティンク」「なんくるムービー あじまぁのウタ 上原知子―天上の歌声」を立て続けに観ました。
 いやぁ、いいですなあ、りんけんバンド。
 いいですなあ、上原知子。

 これらは順に、1992、1994、2002年の発売。

 「ンジファ」では、若々しい上原知子のギラギラしたような色気が感じられます。当時はまだ34歳だったわけですからねぇ・・・。
 フロント3人衆は、我喜屋良光、藤木勇人、桑江良美。なんと、みーちゅうがいちばん若かったんだぞ!(笑)
 当時はうたの合い間にコントも取り入れていたようで、我喜屋と藤木のバナナの叩き売りコントが楽しめます。
 バックに関してもスゴイ! 今はパーシャのリーダー上地正昭がベース、しゃかりのかんなりがドラムなどの鳴り物を担当し、キーボードは米盛つぐみ。NEWS23で活躍していた池田キャスターの奥様なんですか? その後TINGARAのメンバーになり今も活躍しているようですね。

 林賢が映画監督として初めて撮った「ティンク・ティンク」は不思議な映画。僥倖は、てるりんのウチナーグチによるナレーションが随所で聴けること。今聴くと、これは貴重だと思う。
 フロントでは、藤木が抜けた後を初々しいかーつーこと稲福克典がカバーしていますねぇ。
 知子による、迫力満点の鎖鎌の演武もありますよ。これは勝連城で撮ったのかな?

 「なんくるムービー あじまぁのウタ 上原知子―天上の歌声」では、ここまでさらけ出していいの?と思えるくらいに目いっぱい上原知子をフィーチャーしています。
 化粧をせず普段着でレコーディングに臨んでいる様子や、神々しいイメージが崩れてしまうほどにしゃべりまくっているシーンなどは、ファン垂涎。(笑々)
 素顔からステージ上の知子に変身する一部始終や、仲島節をレコーディング中、最後にトチって「うひゃっ!」とした表情などは、しみじみ可愛いくて印象深いものがあります。

 すっかり時のたつのを忘れて深夜まで見入ってしまいました。結果、翌日はチョー寝不足でコマッタ・・・。


 ネットで「琉球フェスティバル」を検索していたところ、1997年に開催された、いわゆる復活後第3回目の琉フェスについての琉球新報の記事がヒットしました。

 これって貴重!
 たしか、大阪ドームで開催されたこのときの様子は、NHKテレビで2回にわたって放映されたはずで、そのビデオを何回も観たので自分も参加したかのような錯覚を覚えています。
 私が琉球フェスティバルにのめり込んでいったきっかけとなった、印象深い97年琉フェスです。

 琉球新報の琉フェスについての記事はいくつかありましたが、1997年開催を扱ったものの次はなぜか2002年開催のものとなっていて、その間のものは見つかりませんでした。
 以下、その記事を引用します。
 詳しくは、琉球新報のホームページをご覧ください。

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☆琉球フェスティバル、7月、9月に開催
     東京、大阪で25,000人コンサート (1997年2月13日掲載)

 琉球民謡からオキナワン・ラテンまで、沖縄サウンドが一堂に会する「琉球フェスティバル」が3回目の今年、スケールアップして東京の日本武道館(7月5日)と大阪ドーム(9月28日)で開催されることになった。
 沖縄から大挙ミュージシャンが乗り込み、1万人以上収容の会場でコンサートを開くのは初めて。
 知名定男さんのプロデュースで民謡の大御所から中堅、若手、人気バンドが多数出演する。
 スタッフは「豊かな自然とリゾートだけじゃない、これが沖縄だ――という公演にしたい」と意気込んでいる。

今に息づく伝統
 H・I・P大阪の河野賢二さんとfm Osakaの吉田真人さんが「琉球フェスティバル」の仕掛人。たびたび沖縄を訪れ、沖縄市内の民謡酒場はすべて“制覇”。三線も弾く。
 2人は91年から大阪のライブハウスで「多くの人に沖縄音楽の魅力を知ってもらいたい」と、沖縄のアーティストによる「ヤポネシア・シリーズ」を始め、それを「琉球フェスティバル」につないだ。
 「本土では、民謡は伝統芸能。沖縄では今も新たな民謡が生まれ、民謡が形を変えて新しい音楽を生み出している。民謡が伝統に終わっていないのが一番の魅力」。
 伝統が今に息づき、伝統の中に今がある――と口をそろえる。

2年で2万人余動員
 第1回(95年7月)は大阪城野外音楽堂に2,700人、第2回(96年6月)は同音楽堂に3,000人、東京の有明コロシアムには2日間で15,000人、2年で20,700人を動員した。
 東京公演のスタッフ、阿部一樹さんは「客が入るかと、眠れない夜が続いたが、2日間とも見渡す限りの人だった」と振り返る。
 過去2年の成功で、今年は「より大きな会場で」となった。
 東京公演(東京FM、TBS主催)会場の日本武道館は1万人、大阪公演(fm 0saka、毎日放送主催)会場の大阪ドームは15,000人で埋め尽くす――と力が入る。

“新”“旧”が競演
 決定している出演者は嘉手苅林昌、登川誠仁、知名定男、饒辺愛子、りんけんバンド、ネーネーズ、大工哲弘、徳原清文、松田弘一、波田間武男、松田末吉、ディアマンテス、西泊茂昌、大島保克、川門正彦の12人、3グループと多彩な顔触れ。
 プロデューサーの知名さんは「今注目されている沖縄ポップスは、トラッドな民謡からの展開。新しいものと伝統的なものの流れが、聴くだけで分かるステージ構成にしたい」と抱負。
 “新”“旧”の競演で元気な沖縄の音楽シーンを、実感できるステージになりそう。

望まれる後押し
 「沖縄ブームは一歩引いた感がある。そんな中、ドームでやるのは、無謀かもしれないが、必ず成功させる」。河野さんは力強く言い切る。
 日本武道館では飲食物提供の制限があるが、大阪公演では県産品展示・即売や、郷土料理の飲食ブースも出し、ドームを沖縄一色にする考えだ。
 河野さんは「自然やリゾート以外にも、沖縄の魅力はある。それが音楽。その点から言って、琉球フェスティバルは観光PRにもなる。沖縄コンベンションビューローなどの協力もほしい」と、沖縄側の後押しを望んでいる。


 もっとあったゾ、琉球新報の琉フェス1997関連記事!
 以下、引用記事です。
 詳しくは、琉球新報のホームページをご覧ください。

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☆琉球フェスティバルリハーサル (1997年6月20日掲載)

 沖縄を拠点に活動するミュージシャンが東京の日本武道館に大挙乗り込み開催される「琉球フェスティバル年97」のリハーサルが7月5日の本番を前に19日、宜野湾市の「島唄」で開かれた。
 プロデューサーを務める知名定男さんは「沖縄時代を形成するいいチャンス」と話し、公演成功に意欲を見せている。
 民謡の大御所、嘉手苅林昌、登川誠仁や知名定男、大工哲弘、饒辺愛子、嘉手苅林次、伊波貞子、ザ・フェーレー(徳原清文、松田弘一、波田間武雄、松田末吉)、大島保克、りんけんバンド、ディアマンテス、ネーネーズらが出演。玉城満さんが司会を務める。
 三線から最新の沖縄サウンドを駆使したバンドまでと、バラエティーに富んだ顔ぶれが一堂に会してコンサートを開くのが初めてなら、1万人規模の会場で公演を打つのも初。9月には大阪ドームでも開かれる。
 東京公演は2回目、大阪公演は3回目となる。
 本番まで約2週間と迫った19日。出演者とスタッフを前に、知名さんは「武道館と大阪ドーム公演で大きなアドバルーンを上げることが、時代をつくる波紋になる」と強調。
 「これほどでかい会場は経験したことがなく、多くの観客を前にステージを繰り広げることに、緊張感、期待、不安が入り交じっている」と話しながらも、自信に満ちた表情。
 「沖縄時代をつくるという気持ちで一つになり、公演を大成功に終わらせるようにしよう」と呼び掛けた。
 「琉球フェスティバル」の仕掛け人、吉田真人さん(fm Osaka)と河野賢二さん(H・I・P大阪)は口をそろえて「大きな空間を、沖縄のパワーと熱気で埋め尽くし、歴史的なコンサートにしたい」と意気込んでいた。

(写真説明) 7月5日の日本武道館公演を前に、リハーサルを行うネーネーズ=宜野湾市「島唄」
       (注:残念ながら写真はナシでした)
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 は、次の7冊です。

 1 小説琉球処分(上)          大城立裕      講談社文庫       800
 2 小説琉球処分(下)          大城立裕      講談社文庫       800
 3 トロイメライ               池上永一      角川書店        1575
 4 ふるさとばんざい、島うたの周辺  上原直彦      沖縄公論社      1400(初1900)
 5 そぞろある記 語やびら島うた   上原直彦      那覇出版社      1000(初1456)
 6 沖縄発 ―復帰運動から40年   川満信一      情況新書        1365
 7 アメリカ世の記憶            森口 豁      高文研          1680

 1、2は、沖縄文芸人の第一人者が放つ長編琉球歴史小説。最近はこーゆー本がしっくり。管直人も最近読んだらしいですよ。
 3は、おなじみ池上永一が描く、19世紀幕末時代の琉球王朝。今回のハチャメチャ度はいかに?!
 4と5は古書。上原直彦の著述に触れたくて買ってみました。しまうたの周辺を論破する、今ではだれも書くことのできない貴重本。
 6は、沖縄の本土復帰に疑問を持ち、沖縄の自立を模索してきた著者による、復帰運動以降40年の検証。新書なのにこの値段だからな。
 7は、写真が語る沖縄のアメリカ世。沖縄を探求し続けるフリージャーナリスト森口豁の手によるもの、というところがキモですな。

 この2ヶ月に限って言うと、買った本よりも読んだ本のほうが多い。これはなかなかいい傾向。
 沖縄本の年間50冊読破の目標はすでに今年は達成済みだし、年末まではあまり強迫観念なく読めるだろう、フフ・・・。
 例によって、あせらず、少しずつでも着実に読みこなしていこうと思うのだ。