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 この2ヶ月間に手に入れた沖縄関連本は次の10冊。

 北木山夜話               宮城信博       潭亭         1500
 沖縄病末期病棟の朝―不安神経症者の散歩 田中秋陽子  東洋出版   1500
 ちゃあすがくぬ沖縄           いれいたかし     出版社 Mugen  1800
 琉大物語                 山里勝己       琉球新報社    1714
 記憶の中の風景            豊島貞夫        琉球新報社    1800
 沖縄学入門       勝方=稲福恵子 前嵩西一馬   昭和堂       2415
 ほんとうは怖い沖縄          仲村清司        新潮社       1260
 沖縄うまいもん図鑑          仲村清司        双葉文庫       600
 明治維新のカギは奄美の砂糖にあり 大江修造      アスキー新書    760
 沖縄ロハス               天空企画        山と渓谷社     1575

 雑学あり、写真集ありとバラエティに富んでいます。
 このうち「琉大物語」は、ずっとマークしていたもののネットショップでは売り切れ状態が続いていたため、このたびの沖縄旅の際に沖映通りのダイナハで買い、すでに旅の途中で読み始めています。

 「沖縄病末期病棟の朝」って、なんと魅惑的な表題なのでしょう!
 また、「ほんとうは怖い沖縄」も、なんか楽しみ。仲村清司だし。
 「北木山(ほくぼくさん)」って、八重山のことらしいですよ。
 「記憶の中の風景」は、1965年から75年までの沖縄を扱った写真集。
 失敗は、文庫版の「沖縄うまいもん図鑑」が、すでに単行本で読んだ「沖縄の人だけが食べている」を改題したものだったこと。この手口で同じ内容のものを買ってしまったのは2度目だ。ちぇっ。

 ふたたび「買う」ペースが「読む」ペースを上回り始めたなぁ・・・。
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 著者は、フランス、インドなどを放浪後小説家としての道を歩み、1980年代には3回連続して芥川賞候補となった人。
 若い頃から南の島が好きで、インドの本質的な神秘性が琉球弧列島にもあると感じたそう。それで20数年前、宮古・八重山諸島をひとり歩きし、それをもとに書いたという「ひかりの海」が冒頭に置かれています。

 その後、7年ほど前から毎年、年末年始の冬休みにこれらの島々のどこかで過ごすようになり、印象深い島を素材に短編小説を書いては、雑誌「季刊文科」に連作掲載したそう。それをまとめたのが、この本です。
 表題から察して、宗教性、精神性の強い沖縄文化に関する解説書であろうと思って購入したのですが、小説であり、フィクション性もあるので想像していたより肩の凝らないいい内容となっています。

 「ひかりの海」のほか、「化外の地」(喜界島)、「新狩猟経済」(沖永良部島)、「コミューン主義者と墓」(与論島)、「電波が来る」(渡嘉敷島・久高島)、「エーゴーさんのトラクター」(沖縄本島・旧満州)、「海亀の目」(沖縄本島)、「ヤンバルクイナ、自殺す」(沖縄本島やんばる地方)、「大神の声」(宮古島・大神島)、「旅路の果て」(与那国島)。

 旅をしながらの創作なので、読んでいて、あぁ、あそこのことを言っているのだなとわかるところがあり、別人の感覚というフィルターを通すとそう見えるのかと感じることも。
 また、これって明らかにフィクションが加わっているよなと思わせるところもあり、いくらなんでもそううまくはいくまいと苦笑せざるを得ないところも。

 でも、旅をデフォルメして出来事やそのときの気持ちを増幅させていくことは、エンターテインメント性を高めるという面ではけっして悪いことではないと思う。おかげで楽しく読むことができたからね。


「美しくて優しい沖縄山原で、さまざまな発見と感動をしながら自分探しの生活を体験してきた。そして、そこで自身の心の変遷と心身とも元気になっていく暮らしぶりを随想してきた。セカンドライフを迎える読者の、これからの生き方探しに少しでもお役に立ち励ましになれたら幸いである。」
 ――というようなコンセプトで書かれた、セカンドライフを考える人たちへの贈り物。

 著者は1946年生まれで発行時は63歳。新潟生まれで医学部に学び、岡山県の私立医大で25年勤務したあと、人生の着地点を求めて沖縄に来たという人。
 やんばるで仕事半分、家事半分の日々を送っている様子を書いていますが、家事についてはよくわかる反面、仕事のほうは何をしているのか、文章から読み取ることができず、判然としません。
 疑ってしまえば、医大勤務時代にがっちり蓄えたからこそ、そのような生活ができるのだろうとも思えてしまいます。
 結局のところ、ふつうのサラリーマンがそういうことをやろうとしても、なかなか実現に至るには難しいのではないか、なんて思ってしまうのです。
 そうではない、ということであれば、「仕事半分」についてもしっかり記述すべきだったのではないかと考えます。

 また、シニア世代の方々の考え方については、まだ現役の自分ではあるけれど多少は理解できるだろうと思っていましたが、朝の目覚めが楽しい、毎日の献立を考えるのが楽しい、週に3回の25キロの早足散歩が楽しい、そのためか健康診断では心肺機能が向上した・・・と言われても、正直言ってピンときませんでした。
 そういうことってやはり、世のため人のためにやるべきことがなくなって自由な時間がたっぷりある人が、日々を無為に過ごさないために自分に課する毎日の宿題みたいなものなのだろうとしか、今の自分には思えませんでした。

 セカンドライフなんて、まだまだ先だものなぁ・・・。
 セカンドライフをどうするかということについては、リタイアがもう少し現実的なものになってきたあたりで、よく考えてみることにしましょう。


 あの秀逸作品「ナツコ 沖縄密貿易の女王」をものした奥野修司が放つ沖縄論。
 移住ブームと土地バブルの崩壊、無秩序な乱開発による自然破壊、癒しの島・長寿社会への幻想、カジノ誘致構想の愚、基幹産業の不在、莫大な補助金の非効率な使途――。沖縄はこのまま東京を小さくしたような何の変哲もない島になってしまうのだろうか?――と、著者は沖縄への愛情を込めて憂えています。

 実際自分も沖縄に通っていて思うのは、沖縄の社会がこの7~8年でずいぶん変わった、と言うか、グローバリズムという化け物のせいかどうか、沖縄らしさが急速に崩壊し始めたような印象を受けています。そしてその波は、沖縄の精神構造まで変えつつあるようです。
 著者はそのようなことを目の当たりにして、私たちが知っている沖縄は、今まさに、幻想の海に沈もうとしているのではないかと訴えています。

 こういうことは、そこにどっぷりと浸って生活しているウチナーンチュよりも、深い愛情をもってそこを冷徹に観察する旅人のほうがよくわかるはず。
 それは旅人の勝手な思い込みだとして、ウチナーンチュからはまたしてもヤマトンチュはと蔑まれるかもしれませんが、著者はエライ! 熱い愛情! 「笑わば、笑え、である。私は言わずにはいられないのだ。」と力強く訴えています。

 自分も思う。人間を介して表現・発現されるさまざまな事象は、その主体である人間が変わってしまえば、瞬く間に変わってしまう。言葉、音楽、芸能、食、政治、経済活動、開発行為・・・。人間なんて生きてもたかだか100年程度。100年も経てばそこに住む人間はほぼすべて入れ替わってしまうのだ。
 だとすれば、沖縄のオジイ、オバアはまだ健在だが、あと十数年もすれば戦前、戦中を生きてきた彼らはいなくなる。そうなったときの沖縄は到底同じような姿ではいないだろう。

 いろいろ考えさせられた1冊でしたが、とりわけ、沖縄振興のためにこぞって整備されているハコモノを、「ハコモノなんて所詮50年たてばただのゴミだ」と論破している部分については、ある種の戦慄を覚えつつ深く同意するものです。
 2009年のGWに敢行した本島・渡名喜・南大東の旅。ここからは、旅から1年以上もたってしまった2010年の5月に書き始めたもの。
 記憶もだいぶ薄れてしまったけれど、いちおう最後までまとめる、という姿勢だけは買ってほしい。(笑)

 ウチヌマテーシに戻って荷物をまとめ、しばしまったり。1年以上たった今になって思うのだけど、この屋号、「内の又吉」なのだろうな、きっと。又吉さんちだったわけだ。なかなかいいところだったな。



 すっかり歩きなれた村道1号線を通って港へ。
 いい天気の中をほぼ定刻どおりに、久米島からフェリーなはがやってきた。その入港はなかなか勇壮でたのもしい。

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 船上から渡名喜港の待合所を撮影。
 1日に往復便が寄港する2回だけ、賑わいをみせる待合所。その時以外は静かなものだった。
 本島の泊港に着いて昼過ぎの時間帯。都会に戻ってきたなという印象か強く、ここは都会風の昼メシをということで、港近くの沖縄船員会館内にある食事&喫茶ポトスでリブロースステーキを食べることにしよう。



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 サラダとスープ、それにアツアツのステーキとライスで、999円。ジョートーではないか。
 ステーキには沖縄の味、ちょっと酸っぱめのNo.1ソースをかけて食べる。

 今回は昼どきの利用だが、この店、夕方5時からはオリオンビールの中ジョッキが1杯200円で飲むことができる。お得ですからご利用ください。
 同日、午後からはバスで美浜へと赴きます。
 ねらいはカラハーイでの「りんけんバンド&カラハーイオールスターズ」のライブ。

 ミハマのジャスコでかりゆしウエアを買い、カラハーイへと向かうと、その先にある浜辺のほうがにぎやか。エイサー太鼓の音がする。
 ナンダナンダとばかりに行ってみると、やっていました、エイサー演舞! しかも近年非常に勢いのある謝苅青年会でした。



 まもなく陽が沈もうという時間帯、ほぼ真横からの夕日を浴びて、演舞は神々しくも感じられます。
 エイサー隊の向こう側では大きな風車がゆっくりと回っています。
 あぁ、いいなぁ。オキナワだなぁ・・・。
 夜は、待望のりんけんバンド&カラハーイオールスターズのライブです。
 これまではりんけんグループが勢ぞろいするライブなどそうなかったものだから、これは観ておく必要があろうということで。



 登場したのは、りんけんバンドのほかティンクティンクの2人、churakuの2人、りんけんバンドJrの2人、いさゆみなど。
 スターティングはティンクティンク、churaku、りんけんバンドJr、いさゆみの7人が登場して「ちゃーびらさい」や「感謝さびら」などをあでやかに。

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 ミニ抽選会を挟んで登場したりんけんバンドは、「なんくる節」「浦風」「七月エイサー待ちかんてぃ」「海とぅ島」「ふなやれ」「サバニ」「ンマリ・ジマ」ときて、知子のソロでエイサーソング「海ヤカラー」を挟んで「多幸山」「唐船ドーイ」。

 その後個別に登場した各ユニット。りんけんバンドJrは「行逢いぶさ」、いさゆみは照屋林助の名曲「助けて給れ」を。ティンクティンクは「ポンポンポン」を北京語バージョンで聴かせてくれました。

 最後はオールキャストで「乾杯さびら」「ありがとう」「嘉手久」「唐船ドーイ」。
 アンコールは「ハタスガシー」と「黄金三星」でした。
 印象に残ったのは、ティンクのあずさぁの天然ボケ。彼女、サイコーです!

 帰りは直通バスがもうない時間帯なので、まずタクシーで伊佐バス停まで行き(1,130円)、コザ方面から来る最終バスに乗って(560円)那覇へと帰還しました。


 1609年の薩摩による琉球侵攻以来現在に至るまで、奄美は琉球ではなく、大和でもなかった。そんな「二重の疎外」に苛まれながら、奄美は400年もの間、長く、深く、失語してきたのだ。
――と、与論島生まれの著者は訴えます。
 そしてその構造と克服への道を、各地で出自を隠すようにして生きてきた60万奄美同胞に提起するとともに、国内植民地としての奄美の現実を明らかにしています。

 なかなか重いテーマで、読めば読むほど薩摩が琉球弧に与えてきた影響の大きさとその欺瞞のほどが心にけだるくのしかかってきます。
 270ページにわたってこの一つのテーマについてじっくりと腑分けをしており、極めて重厚。反面、同じテーマが波のように寄せては返しを繰り返すためか、まとまった時間をじっくり費やすことができず、つまりは数ページ読んだところで瞼が塞がり(笑)、読破するのにけっこう時間がかかりました。

 全7章。「二重の疎外 奄美は琉球ではない、大和でもない」、「黒糖収奪とは何か 空っぽなモノの絶対化と食糧自給力の収奪」、「なぜ、薩摩は奄美を直接支配したのか」、「近代化三幕 二重の疎外の顕在化と抵抗」、「日本人になる 二重の疎外からの脱出」、「奄美とは何か 秘する花のように」、「二重の疎外の克服へ」。

 奄美をよく知り、そこに深い愛情をお持ちの方にオススメします。
 自分にとっては、正直言って難しすぎました。


 表紙がとてもあでやかですね。沖縄ではちょっと有名な画家・仲本京子サンのデザインです。著者はこの絵の原画を持っているらしいです。
 表紙だけで判断すると、紅型とか沖縄民謡とかがテーマかと思ったりするのですが、とりたててそういうわけではなく、なんと、20年間にわたって地元の新聞「沖縄タイムス」に投稿し続けたという日々のエッセーを集めて本にまとめたものです。

 その著者は、当間泰子サンという、嘉手納生まれで発刊時58歳の元気な女性。毎年4月になると何か新しいことを習いたがる癖が出て、教習所にナナハンの免許を取りに行ったり、酒・マージャンで帰りが遅くなったダンナサマと、その友人がいる前で激しくやりあったりと、読んでいて思わず吹き出してしまうようなことも。
 まさに、本を読むというよりも、お菓子とコーヒーでお茶しながら当間さんとユンタクしているような感覚を覚えます。

 「ダンパチ、クヮーシ」、「錦鯉を食う」、「ポーク切り」、「もったいないで症」、「クェーブー」など、見開きの2ページで完結するユンタク話が56編。
 全127ページしかなく大きな字なのであっという間に読み終えてしまいますが、読後の幸福感はなかなか大きいものがあります。
 読んで疲れない1冊。なんか、肩の力がフッと抜けていくような、いい本です。