週刊現代で6年間連載された「海を見にいく」シリーズ、全5巻の最終巻。
 なぜ“南シナ海ドラゴン編”なのかというと、日本の海をだいたい眺め終わったシーナが最後に外国へと目を向け、メコンデルタをはじめとしたベトナムの海べりを歩いているから。

 今回はそのほか、しまなみ海道、山口県の北海岸、青森・山形・新潟県の日本海、西伊豆などに混じって、沖縄関係では「沖縄本島泡盛熱風一週間旅」と「沖縄県ふんばり島瞥見記」の2編が掲載されています。

 「沖縄本島泡盛熱風一週間旅」は、沖縄本島を一周するという趣向で、糸満の魚市場や喜屋武岬を経由してコザのデイゴホテルに泊まり、金武周辺、宜野座漁港、辺野古を見てカヌチャベイに泊まり、やんばるへと足を伸ばして本部半島を一周して伊江島に渡り・・・という駆け巡りよう。

 「沖縄県ふんばり島瞥見記」は、渡名喜島。民宿「あがり浜」に泊まって、浜の堤防に寄りかかりながら島の人たちと夕涼みのゆんたくをしています。渡名喜島には昨年行ったばかりなので、静かな島の様子や位置関係がよくわかり、懐かしく感じながら読みました。

 相変わらず軽妙な文章ときれいな写真。写真にはたくさんの島人たちたちが登場します。
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 戦争と米国支配と基地負担の三重苦への賠償で「振興漬け」になった沖縄は今、多くの副作用に見舞われています。値上がりを続ける軍用地の借地料、様々な補助金や公共工事の高率補助、税金の優遇……。特別の配慮が日常化した沖縄には、愚直にがんばることがバカらしくなるような状況がたくさん生まれました。
 ――このようなモチーフで書き綴られる問題作。

 著者は日本経済新聞社の記者で、2005年から08年までその那覇支局長をした、まだ40代の気鋭です。

 沖縄に対する鋭い洞察力と記者らしい分析が随所に感じられて、またその表現も、「です」「ます」調の短文で平易なものながら、舌鋒鋭いとでも表現できそうなストレートさがインプレッシヴです。

 たとえば沖縄振興策については、本土側の人間の心に沖縄に対する2種類のマイナス感情をもたらす、としています。
 一つは、沖縄の戦中・戦後の被害に対してあまりにもたくさんの税金が支払われ、それが全く役に立っていない現実を見て、それまで沖縄に対して抱いていた同情心や後ろめたさが消えていき、むしろ嫌悪の気持ちが芽生えること。
 もう一つは、もともとおっとりした気質の沖縄が、振興策によってますますおっとりし、自助努力の機運を奪い去られ、そのことが怠惰な印象を醸し出すために、一種の軽蔑の感情につながること。

 これらは、著者が好意と期待を持って沖縄に赴任してそこで生活するうちにじわじわと肌身で感じたことのようであり、非常に説得力があります。

 結論としては、結局は沖縄が本土に抱く不満というのは「基地を沖縄に押し付けるな」ということであり、基地が多くあることが元凶で、基地さえ大幅に削減されれば目下の沖縄の副作用は一気に解消されるのではないか、ということのようでした。

 しかし著者は、単に沖縄の現状を嘆くだけではなく、全8章の最終章「自立へ」で、それまで述べてきた状況に対する著者なりの打開策を提示しています。
 それらは具体的で、いくつかの有益な試みや成功例などが示されており、沖縄の持つポテンシャルをうまく活用すればきっと新たな道筋が見えてくるのではないかと感じさせます。
 このあたりが言いたい放題のゴーマンをかましている輩などとは峻別できるところであり、著者には沖縄に注ぐ視線に温かさがあるし、そこに暮らしてじっくり観察していた人間だけあるなと納得できました。


 「〈しまうた〉(民謡)の採集と解明は推理ドラマにも似ている。なぜなら、あるテーマを追いかけ、関連ある情報、資料、証言を集め、一つひとつ積み上げながら謎を解いていくからである。琉球弧のしまうたは多彩である。くらしの中で展開する歓びと悲しみの歌たちは、まさしく庶民の生活真意を反映している。」 ――本文より

 沖縄の出版社ボーダーインクのホームページに連載されていた「しまうた余聞」という秀逸コラムを本にしたもの。
 自分は、2006年頃にこの「しまうた余聞」をウェブ上で読み、その後そのテキストを大切に保存して再度読んでいます。なので、今回が3回目。

 だったらなにも本を買わなくてもいいではないかと思われるでしょうが、いやいや、本で読むとまた違った味があるのですな。
 第一、本は簡単にパラパラできるではないか。すでに読み進めた箇所を容易に振り返ることができるので、情報として入ってくるものをややたりない頭でもなんとか整理できる。理解できる。身につく。やっぱり本はいいですよ。

 うたは旅をする、旅の中でうたはその姿を変え、成長し、新たなうたを生む――というのが著者の探求するところ。
 探求者も、黒潮の流れに沿って現地に赴き、実体験や古老からの聞き取りなどによって真実により近づくことになります。いわば、探求者もまた、しまうたに誘われて旅を続けることになるのです。

 内容は、次の11項目です。
沖縄編 「旅する〈国頭サバクイ〉(山原)」、「恋する〈ヨーテー節〉(羽地内海)」、「緊張感漂う〈むんじゅる節〉(粟国島)」、「壮大な〈シマノーシ〉(渡名喜島)」、「ラスト・チョンダラーの行方(さすらいの芸能・京太郎)」
奄美編 「恨みの断崖〈山と与路節〉(与路島)」、「世にも哀しい〈かんつめ節〉物語(奄美大島)」、「怪談〈いまじょう小〉(奄美大島)」、「悲歌〈うらとみ〉、あるいは〈むちゃ加那〉物語(奄美大島、加計呂麻島、喜界島)」、「漂泊感溢れる島じまへの旅(与論島、沖永良部島、徳之島)」、「〈昔いきんとう〉と糸満売りの真実(与論島)」

 いずれも興味深い内容であり、仲宗根幸市研究のイイトコどりをしたかのような1冊。
 読んでますますその意を強くしたのは、やはりうたのイメージは、その地に赴いて体で感じてみることによって、さらに広がりを見せるものなのだなということでした。

 ウェブ上の件のページはすでに閉鎖されているようですので、しまうたファンはもうコレを買うしかありませんね。
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 2月から3月にかけて買い集めた沖縄関連書籍は、次のとおり。

 原郷の奄美            田代俊一郎   書肆侃侃房         1890
 島で空を見ていた        斎藤 潤      Ameba Books        1365
 沖縄の宝もの           中田桃子     TOKIMEKIパブリッシング 1365
 元祖 沖縄のそばと食堂               メディアパル        1260
 わたぶんぶん           与那原恵     西田書店          1260
 〈近代沖縄〉の知識人      屋嘉比 収    吉川弘文館         1785
 カデナ               池澤夏樹      新潮社           1995

 前回ブログに大量買いしました~と書いて以降、12冊を読んで7冊を購入しているので、わが“積ん読”の在庫は少し減ったことになります。
 それでも本棚には、未読本の8~9冊程度の平積みになったものが4つの山になって残っています。これに今回の7冊が加わるわけで、在庫調整が進んだとは到底言える状態にありません。

 自分の場合、読みたい本から読んでしまうと、結局何冊かが永遠に読まれないままになってしまうので、できるだけ買った順に読むことにしています。
 したがって、今回の7冊は、読まれる順番は40番目前後ぐらいになってしまいます。ということは、自分の読書ペースから考えれば、10ヵ月後ぐらいになるということ。・・・おいおい、マジかよ。

 日本経済も閉塞状況を脱して上向きつつあると言いますから、おれもそろそろ沖縄本の在庫調整に真剣に取り組まなければナラヌであろうな。


 「地元の総合病院を飛び出し、外科医から島医者に転身して7年。島には、離島医療のマイナスイメージを超える「やりがい」と、想定外の面白さいっぱいの生活があった。悪戦苦闘しながらも、“ハッ見”の多いリアルな島医者生活を、ボクの軌跡をたどりながら紹介する。」――という趣向のもの。
 “総合病院を飛び出し、ボクは島医者になった”との副題がついています。

 表紙は、いかにも西表島の西部地区らしい風景を背景に佇む著者。柔道で鍛えたごっつい身体つき。まぁるい島は、民謡にもうたわれる「まるま盆山」ですね~♪

 けっこう面白かったです、コレ。
 台風のさなか、停電の闇の中で触診を頼りに診察し、悪天候が早く回復してくれと祈るような気持ちでヘリが飛んでくるのを待つ様子がシリアス。
 島の元気なオジイ、オバアたちの様子や、鳩間島での巡回診療の様子、祖納のハレの日、節祭の様子なども登場しますが、毎日をその地で真剣に生活してきた人でなければ、こういう文章は書けませんね。ほんの1、2年だけ僻地診療所で我慢すればいいなどと考えている医者には絶対に無理だと思います。

 離島の診療所のよさ、らしさは、「病気を診るのではなく、人を診る」という医者の原点に立ち返り、穏やかに過ぎていく日常を見守りながら、住民に安心感を与えることなのだなと見つけたり。
 診療所では本格的な手術はできないし、医療機器もマンパワーも足りません。そんな限られたなかでよりよい医療を施すには、何よりも関係機関との連携が必要であり、その一方で、診療所を住民が盛り立て支えていく意識を育むことがとても大事なのだなということがわかりました。
 テレビドラマに出てくるようなスーパードクターは、島には必要ないのですね。

 全6章。
 「島医者への道」、「そして離島医療の最前線へ」、「絶海の孤島で最善を尽くす」、「ボクの“記憶のカルテ”から」、「“ハッ見”多い島医者生活」、「理想と現実のはざまで」。


 ふだん当たり前にサツマイモ(薩摩芋)、すなわち鹿児島のイモと呼ばれている甘藷(カンショ)ですが、このイモが今日の日本に広く普及するに至った源をたどれば、薩摩ではなく琉球の人々の多数の苦労の歴史があることがわかってきます。
 そんな知られざるカンショ導入のいきさつとその顛末をまとめたのが本書。

 著者は、元沖縄県の職員で農業改良普及にたずさわってきた方。甘藷を専門に研究してきたものとみえて、甘藷導入の歴史はもちろんのこと、導入ルート、普及と拡大の経過、導入されたものの品種、当時の栽培技術、カンショの方言名の成立と変遷など、実に幅広い観点から論述しています。
 その熱意と探究心にはほとほと感服するばかり。自分の専門分野からのアプローチだけでは納得せず、古文書を徹底的に読み漁っています。

 栽培技術に関する部分などには門外漢にはなかなか理解できないような専門的な記述もありましたが、大胆な推論を織り交ぜて導入ルートや伝播経路を分析していくところなどは興味津々。学者が書くものにはない自由度の高い論理展開がスバラシイ!

 また、琉球に甘藷をもたらしそれを救荒作物として広めた立役者である野國総官と儀間真常は立派な人だったのですね。自然現象がその年の収穫を大きく左右するような時代にあって、人民個々の自給食料を確保しなければ国を守ることはできないと考え、行動したお役人だったのでしょう。
 島に赴任して現地の女性や賄賂を要求したり、那覇に運ぶ荷物を抜いたりする悪い役人ばかりが琉球関係書では目立っていたので、なんかほっとしたりして。


 沖縄の離島勢として初めて、2006年春夏連続で甲子園に出場した日本最南端の高校・八重山商工。好投手・大嶺祐太をはじめとした選手たちは全員八重山で生まれ育った島の子で、小学生の頃から伊志嶺吉盛監督の厳しい指導を受けてきました。
 「八重山から甲子園へ」という島民の夢と、良くも悪くも一般の家族ででもあるかのような八重山商工野球部の物語を綴ったノンフィクションです。

 これまでタイの安宿事情や、沖縄病に罹患して“通い婚”をする様子などを綴ってきた著者ですが、こんどはその精神的対極にあるような高校野球を扱うというので、実はこの本を買うのを躊躇していた時期がありました。
 しかし、読んでみてナルホドと納得。そこに流れている空気感はカンペキにゆる~い沖縄でした。

 叱ってもなかなかその気になれない島の高校生の様子。
 ミスをする部員に「死ね!」と怒鳴りつける監督と、「お前が先に死ね」とやり返すその部員との間に流れる「死ね」の意味と家族的親密性。
 会社を辞めてでも甲子園に応援に行ってしまう島人。
 家業を投げ打ち、妻と離婚をしてでも月額8万円で監督を引き受けてしまう金銭感覚。
 アルプススタンドが「ハイサイおじさん」をやり始めると、不思議と勢いが出てしまう選手たち。

 ・・・これまで、このようなアプローチからスポーツを扱ったノンフィクションなんて、なかったのではないでしょうか。
 そして、このような書き方は、下川裕治にしかできなかったのではないでしょうか。
 むしろ、高校野球をとおして八重山の現状を鋭く腑分けして見せた、と言ったほうが適切かもしれません。

 ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞作品。
 楽しめた1冊。双葉社から文庫で出ていますので、気軽に読んでみてはいかが?