2010.04.03 春の椿事!


 また新年度がめぐってきて、職場ではなにかとあわただしい。
 終業後も、やれ送別会だ、離散会だ、歓迎会だ、顔合わせ会だと酒席が開かれて、あちこちに泊まったり深夜に帰宅したり・・・。
 それらは体力的には疲れるけれど、呑むことに関してはけっして厭うことはないし、さまざまな出会いと別れもそれぞれに感慨深いものがあるし、また日常と違った行動パターンをとることによって新しい発見があったりもして、気持ちの上では悪いものではない。
 いい1年になるといいなぁ。

 ということで、ブログの更新も滞り気味ですが、昨晩米沢に泊まって家に戻り、ページを開いてみると・・・。
 おぉ、このカウンター、異常値! 1日のアクセス数が500件を超えたことなんてなかったのに、いったいどうしたというのだ!?

 何があったのかな?
 どこかのページで紹介されたとか。
 ブログに頻繁に登場する沖縄民謡界の巨匠が逝ったとか。
 サイバー攻撃とか。

 少し調べてみたところ、「オソロシドコロ」なんていうのがキーワードのよう。
 う~む・・・何なのだろう。
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 週刊現代で6年間連載された「海を見にいく」シリーズ、全5巻の最終巻。
 なぜ“南シナ海ドラゴン編”なのかというと、日本の海をだいたい眺め終わったシーナが最後に外国へと目を向け、メコンデルタをはじめとしたベトナムの海べりを歩いているから。

 今回はそのほか、しまなみ海道、山口県の北海岸、青森・山形・新潟県の日本海、西伊豆などに混じって、沖縄関係では「沖縄本島泡盛熱風一週間旅」と「沖縄県ふんばり島瞥見記」の2編が掲載されています。

 「沖縄本島泡盛熱風一週間旅」は、沖縄本島を一周するという趣向で、糸満の魚市場や喜屋武岬を経由してコザのデイゴホテルに泊まり、金武周辺、宜野座漁港、辺野古を見てカヌチャベイに泊まり、やんばるへと足を伸ばして本部半島を一周して伊江島に渡り・・・という駆け巡りよう。

 「沖縄県ふんばり島瞥見記」は、渡名喜島。民宿「あがり浜」に泊まって、浜の堤防に寄りかかりながら島の人たちと夕涼みのゆんたくをしています。渡名喜島には昨年行ったばかりなので、静かな島の様子や位置関係がよくわかり、懐かしく感じながら読みました。

 相変わらず軽妙な文章ときれいな写真。写真にはたくさんの島人たちたちが登場します。


 戦争と米国支配と基地負担の三重苦への賠償で「振興漬け」になった沖縄は今、多くの副作用に見舞われています。値上がりを続ける軍用地の借地料、様々な補助金や公共工事の高率補助、税金の優遇……。特別の配慮が日常化した沖縄には、愚直にがんばることがバカらしくなるような状況がたくさん生まれました。
 ――このようなモチーフで書き綴られる問題作。

 著者は日本経済新聞社の記者で、2005年から08年までその那覇支局長をした、まだ40代の気鋭です。

 沖縄に対する鋭い洞察力と記者らしい分析が随所に感じられて、またその表現も、「です」「ます」調の短文で平易なものながら、舌鋒鋭いとでも表現できそうなストレートさがインプレッシヴです。

 たとえば沖縄振興策については、本土側の人間の心に沖縄に対する2種類のマイナス感情をもたらす、としています。
 一つは、沖縄の戦中・戦後の被害に対してあまりにもたくさんの税金が支払われ、それが全く役に立っていない現実を見て、それまで沖縄に対して抱いていた同情心や後ろめたさが消えていき、むしろ嫌悪の気持ちが芽生えること。
 もう一つは、もともとおっとりした気質の沖縄が、振興策によってますますおっとりし、自助努力の機運を奪い去られ、そのことが怠惰な印象を醸し出すために、一種の軽蔑の感情につながること。

 これらは、著者が好意と期待を持って沖縄に赴任してそこで生活するうちにじわじわと肌身で感じたことのようであり、非常に説得力があります。

 結論としては、結局は沖縄が本土に抱く不満というのは「基地を沖縄に押し付けるな」ということであり、基地が多くあることが元凶で、基地さえ大幅に削減されれば目下の沖縄の副作用は一気に解消されるのではないか、ということのようでした。

 しかし著者は、単に沖縄の現状を嘆くだけではなく、全8章の最終章「自立へ」で、それまで述べてきた状況に対する著者なりの打開策を提示しています。
 それらは具体的で、いくつかの有益な試みや成功例などが示されており、沖縄の持つポテンシャルをうまく活用すればきっと新たな道筋が見えてくるのではないかと感じさせます。
 このあたりが言いたい放題のゴーマンをかましている輩などとは峻別できるところであり、著者には沖縄に注ぐ視線に温かさがあるし、そこに暮らしてじっくり観察していた人間だけあるなと納得できました。


 昨年の夏以来、2度目の訪問。
 過去のブログを見ると、前回は普通盛りを軽く啜ったという印象でしたが、今回は大盛り550+100円でガッツリと。

 ココの麺は、細麺ではなくやや中太で、米沢ラーメンというよりもこのあたりのノーマル麺に近い感じ。食感もノーマル。
 チャーシューはパサパサ系。特にぅんまいっ!というほどのものではないけれど、店舗の風情によくマッチした老舗系の味です。

 今回、この店の特徴はこれだ!と思ったのは、スープ。醤油の味が甘めでまろやか。それが妙に引き立っていて、何回啜ってみてもなかなかに旨いのですな。
 この味はどのようにして醸し出されるものなのだろうかと思いつつ店を出て、ふと振り返ってみると、「愛染」と大きく書かれた店の看板の下のほうに、たしか「マルカワ醤油」と書いてあった、と思う。
 聞きなれない醸造元なので、職場に戻ってネットで調べてみると、地元の今野醸造店というところがつくっている醤油のよう。
 今野醸造店のホームページには、「独特の旨みを持った醤油で、地元の寿司店や米沢ラーメン店だけでなく関東各県でも好評いただいています」との記載がありました。

 愛染食堂の中華そば、けっこういいセンいっていると思いますよ。


 「〈しまうた〉(民謡)の採集と解明は推理ドラマにも似ている。なぜなら、あるテーマを追いかけ、関連ある情報、資料、証言を集め、一つひとつ積み上げながら謎を解いていくからである。琉球弧のしまうたは多彩である。くらしの中で展開する歓びと悲しみの歌たちは、まさしく庶民の生活真意を反映している。」 ――本文より

 沖縄の出版社ボーダーインクのホームページに連載されていた「しまうた余聞」という秀逸コラムを本にしたもの。
 自分は、2006年頃にこの「しまうた余聞」をウェブ上で読み、その後そのテキストを大切に保存して再度読んでいます。なので、今回が3回目。

 だったらなにも本を買わなくてもいいではないかと思われるでしょうが、いやいや、本で読むとまた違った味があるのですな。
 第一、本は簡単にパラパラできるではないか。すでに読み進めた箇所を容易に振り返ることができるので、情報として入ってくるものをややたりない頭でもなんとか整理できる。理解できる。身につく。やっぱり本はいいですよ。

 うたは旅をする、旅の中でうたはその姿を変え、成長し、新たなうたを生む――というのが著者の探求するところ。
 探求者も、黒潮の流れに沿って現地に赴き、実体験や古老からの聞き取りなどによって真実により近づくことになります。いわば、探求者もまた、しまうたに誘われて旅を続けることになるのです。

 内容は、次の11項目です。
沖縄編 「旅する〈国頭サバクイ〉(山原)」、「恋する〈ヨーテー節〉(羽地内海)」、「緊張感漂う〈むんじゅる節〉(粟国島)」、「壮大な〈シマノーシ〉(渡名喜島)」、「ラスト・チョンダラーの行方(さすらいの芸能・京太郎)」
奄美編 「恨みの断崖〈山と与路節〉(与路島)」、「世にも哀しい〈かんつめ節〉物語(奄美大島)」、「怪談〈いまじょう小〉(奄美大島)」、「悲歌〈うらとみ〉、あるいは〈むちゃ加那〉物語(奄美大島、加計呂麻島、喜界島)」、「漂泊感溢れる島じまへの旅(与論島、沖永良部島、徳之島)」、「〈昔いきんとう〉と糸満売りの真実(与論島)」

 いずれも興味深い内容であり、仲宗根幸市研究のイイトコどりをしたかのような1冊。
 読んでますますその意を強くしたのは、やはりうたのイメージは、その地に赴いて体で感じてみることによって、さらに広がりを見せるものなのだなということでした。

 ウェブ上の件のページはすでに閉鎖されているようですので、しまうたファンはもうコレを買うしかありませんね。


 3月に初訪店したときに、次はコレだなと考えていたげそ天もりそば。
 700円+大盛り100円-100円引き券で。
 この店の割引券は2ヶ月後ぐらいまで使えるのでなかなか重宝です。

 そのげそ天もりそば、画像のようにとても充実。
 もり天というとどうしても「まるごそば」との比較になってしまいますが、その観点から言うと、そばは、山芋と思われる気がつかないほどのぬめりがあって喉越しはやさしめ。しっかりした太さがあって、いいデキだと思う。
 本格そば屋で味わうような鼻に抜ける蕎麦独特の風味こそ少なめだけど、この値段で味わうものとしては合格の範疇ではないか。

 そばつゆはノーマル。まるごのような濃く、甘みのある特徴といったものはない。
 ちょこも、本格そば屋のような小さいものなので、そばをちょこにどっぷりつけこんで豪快にズズーッと啜るような下品な食べ方はできません。おれはこの下品な食べ方も好きなのだけどな・・・。
 ましてや、タレに生卵を落とし込むということも、このちょこでは無理なのではないか。

 ゲソ天に関して言えば、圧倒的にまるごの勝ち。かぼちゃやししとうなども添えられ、揚げたてである点については評価できますが、いかんせん、量が少ない。
 まるごのほうは、硬めでカリカリの衣がめんつゆを吸ってほどよくこなれたものを大口を開けてかぶりつく、というのが醍醐味ですが、そのようなことはつる福では体験できません。

 大盛りについては、自分にとっては適量。
 6月末までの割引券をもらったので、そのうちまた行ってみよう。今度は鳥中華かな。
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 2月から3月にかけて買い集めた沖縄関連書籍は、次のとおり。

 原郷の奄美            田代俊一郎   書肆侃侃房         1890
 島で空を見ていた        斎藤 潤      Ameba Books        1365
 沖縄の宝もの           中田桃子     TOKIMEKIパブリッシング 1365
 元祖 沖縄のそばと食堂               メディアパル        1260
 わたぶんぶん           与那原恵     西田書店          1260
 〈近代沖縄〉の知識人      屋嘉比 収    吉川弘文館         1785
 カデナ               池澤夏樹      新潮社           1995

 前回ブログに大量買いしました~と書いて以降、12冊を読んで7冊を購入しているので、わが“積ん読”の在庫は少し減ったことになります。
 それでも本棚には、未読本の8~9冊程度の平積みになったものが4つの山になって残っています。これに今回の7冊が加わるわけで、在庫調整が進んだとは到底言える状態にありません。

 自分の場合、読みたい本から読んでしまうと、結局何冊かが永遠に読まれないままになってしまうので、できるだけ買った順に読むことにしています。
 したがって、今回の7冊は、読まれる順番は40番目前後ぐらいになってしまいます。ということは、自分の読書ペースから考えれば、10ヵ月後ぐらいになるということ。・・・おいおい、マジかよ。

 日本経済も閉塞状況を脱して上向きつつあると言いますから、おれもそろそろ沖縄本の在庫調整に真剣に取り組まなければナラヌであろうな。


 「地元の総合病院を飛び出し、外科医から島医者に転身して7年。島には、離島医療のマイナスイメージを超える「やりがい」と、想定外の面白さいっぱいの生活があった。悪戦苦闘しながらも、“ハッ見”の多いリアルな島医者生活を、ボクの軌跡をたどりながら紹介する。」――という趣向のもの。
 “総合病院を飛び出し、ボクは島医者になった”との副題がついています。

 表紙は、いかにも西表島の西部地区らしい風景を背景に佇む著者。柔道で鍛えたごっつい身体つき。まぁるい島は、民謡にもうたわれる「まるま盆山」ですね~♪

 けっこう面白かったです、コレ。
 台風のさなか、停電の闇の中で触診を頼りに診察し、悪天候が早く回復してくれと祈るような気持ちでヘリが飛んでくるのを待つ様子がシリアス。
 島の元気なオジイ、オバアたちの様子や、鳩間島での巡回診療の様子、祖納のハレの日、節祭の様子なども登場しますが、毎日をその地で真剣に生活してきた人でなければ、こういう文章は書けませんね。ほんの1、2年だけ僻地診療所で我慢すればいいなどと考えている医者には絶対に無理だと思います。

 離島の診療所のよさ、らしさは、「病気を診るのではなく、人を診る」という医者の原点に立ち返り、穏やかに過ぎていく日常を見守りながら、住民に安心感を与えることなのだなと見つけたり。
 診療所では本格的な手術はできないし、医療機器もマンパワーも足りません。そんな限られたなかでよりよい医療を施すには、何よりも関係機関との連携が必要であり、その一方で、診療所を住民が盛り立て支えていく意識を育むことがとても大事なのだなということがわかりました。
 テレビドラマに出てくるようなスーパードクターは、島には必要ないのですね。

 全6章。
 「島医者への道」、「そして離島医療の最前線へ」、「絶海の孤島で最善を尽くす」、「ボクの“記憶のカルテ”から」、「“ハッ見”多い島医者生活」、「理想と現実のはざまで」。


 かつ丼が食べたくなった週末。こういう心境って、わかってもらえるかなぁ?
 どこにしようかとしばし黙考。近くの大明食堂かなぁ。でもココには先月行ったしなぁ。かつ家かなぁ。でもソコではインパクトに欠けるしなぁ。
 ――ということで選んだのは、城西町のとんかつちん豚。

 かつ丼750円。
 もう、何を取りあげても申し分ない逸品。このボリューム、このカツ、この味、この威圧感。
 運ばれてきた瞬間のインパクトは強烈です。思わず「すげぇなぁ・・・」と口走ったのを店のおばちゃんに聞かれ、笑われてしまいました。

 カツに関しては、大明食堂よりは上質で、厚みもそう負けてはいません。脂身もほどよくあってよろし。
 丼つゆは、家庭の味というか、あまり甘辛くない飽きのこないつくり。
 写真を見て、カツだけが大きいと思われたとしたらそれは間違いで、ごはんの量は普通の店の大盛りほどは十分にあります。
 ほかに賞賛すべきは、脇役の味噌汁がしっかり熱くていつまでも冷めないこと。漬物もたっぷりで、単調な丼の味を切り替えてくれる役目をしっかり果たしてくれています。

 ああ、腹いっぱい。
 コストパフォーマンスの高い名作でアリマシタ。

 店の詳細は、こちらのページをどうぞ。


 ふだん当たり前にサツマイモ(薩摩芋)、すなわち鹿児島のイモと呼ばれている甘藷(カンショ)ですが、このイモが今日の日本に広く普及するに至った源をたどれば、薩摩ではなく琉球の人々の多数の苦労の歴史があることがわかってきます。
 そんな知られざるカンショ導入のいきさつとその顛末をまとめたのが本書。

 著者は、元沖縄県の職員で農業改良普及にたずさわってきた方。甘藷を専門に研究してきたものとみえて、甘藷導入の歴史はもちろんのこと、導入ルート、普及と拡大の経過、導入されたものの品種、当時の栽培技術、カンショの方言名の成立と変遷など、実に幅広い観点から論述しています。
 その熱意と探究心にはほとほと感服するばかり。自分の専門分野からのアプローチだけでは納得せず、古文書を徹底的に読み漁っています。

 栽培技術に関する部分などには門外漢にはなかなか理解できないような専門的な記述もありましたが、大胆な推論を織り交ぜて導入ルートや伝播経路を分析していくところなどは興味津々。学者が書くものにはない自由度の高い論理展開がスバラシイ!

 また、琉球に甘藷をもたらしそれを救荒作物として広めた立役者である野國総官と儀間真常は立派な人だったのですね。自然現象がその年の収穫を大きく左右するような時代にあって、人民個々の自給食料を確保しなければ国を守ることはできないと考え、行動したお役人だったのでしょう。
 島に赴任して現地の女性や賄賂を要求したり、那覇に運ぶ荷物を抜いたりする悪い役人ばかりが琉球関係書では目立っていたので、なんかほっとしたりして。


 店名に「琉」の字がつくラーメン屋。沖縄を連想させ、旅情をそそる・・・って、そんなことを考えるのはおれだけかな。
 宮城、山形界隈ではチトは名の知れた天狗山系の店なのだというのですが、郷に入らば郷に従えの格言を地で行くおれとしては、なぜ米沢で、米沢ラーメンではなく天狗山系を食べるのか、という自問に対して的確な答えを出すことができず、米沢生活1年間を経た今まで、入店することができなかったのです。
 しかし、米沢ライフも多少は板についてくると、ようやく日常のワンシーンとしてこういうものを何気なく食することに対してそう抵抗がなくなってきました。

 味噌ラーメン780円。
 濃厚で若干とろみのあるスープはしっかり「天狗山」しています。
 麺が極太! 食べ甲斐のある充実感です。この力強さは、米沢ラーメンの麺では表現できないでしょう。
 具は、大量のモヤシに白菜、キャベツ、ニンジン、タマネギ、キクラゲ、フクロダケというキノコ、豚挽肉など。天狗山系の総本山である「渓流ラーメン」には入っている茎ニンニクのようなキワモノ(?!)は入っていないので、一般人(おれのことです)にも食べやすいかも。
 チェーン他店では甘みが強い辛味噌ですが、ココのはやや唐辛子が効いていて少し刺激的なのがなかなかいいです。

 自分的にはけっこう気に入りました。
 なのだけど、平日の正午過ぎ頃の訪店にもかかわらず、比較的広い店内には他の客はいず、どうも自分がその日最初の客だったような雰囲気がありました。
 混み混みでまともに客扱いされないような状況よりはずっといいのですが、近い将来再びココでこの味を味わうことができるのだろうかという不安もあったりして。
 米沢でおそらく唯一、沖縄そばが食べられた「熊八珍」も閉店してしまったしなぁ・・・。
 「麺琉」。がんばって営業を続けてほしい店です。

 なお、米沢にはもうひとつ、「麺宝」という天狗山系の店があります。今度はそちらにも行ってみたいと思います。

 店の詳細は、こちらのページをどうぞ。


 これまたほぼ正味1年ぶりの訪問。
 たいへんに美味しかった印象がありますが、その後なかなか行けず、行っても定休日だったりして、リトライできないでいたのでした。
 なので、今回の長井出張の際、同行者に対してこちらからアソコに行こうと特に所望しての再訪です。

 白味噌中華600円。
 ご覧のように、ソフトなタイプの味噌ラーメン。一般的に味噌系は、油っこい、ニンニクっぽい、味がくどい・・・といったイメージがありますが、ココの場合はその対角にある、といった印象。
 モヤシが「炒め」ではなく茹でたものだし、ナルトだって、スープの色に毒されずに真っ白なままでトッピング。盛り付けのたたずまいはとても清らかな感じがします。

 今回はちょっと茹で過ぎた感がありましたが、麺は秀逸の一語。透明感のある平打ち中細麺をしっかりと手もみしているようで、くねくねとした見た目が美しく、食感もまたよろし。
 この麺、絶対に大盛りで食すべきでしょう。大盛りは150円増しと高めですが、ココなら許せます。

 比較的ラーメン店が少ない長井市にあってはナンバーワンの店だと、ワタクシが太鼓判を押してしまいましょう。

 店の詳細は、こちらのページをどうぞ。


 沖縄の離島勢として初めて、2006年春夏連続で甲子園に出場した日本最南端の高校・八重山商工。好投手・大嶺祐太をはじめとした選手たちは全員八重山で生まれ育った島の子で、小学生の頃から伊志嶺吉盛監督の厳しい指導を受けてきました。
 「八重山から甲子園へ」という島民の夢と、良くも悪くも一般の家族ででもあるかのような八重山商工野球部の物語を綴ったノンフィクションです。

 これまでタイの安宿事情や、沖縄病に罹患して“通い婚”をする様子などを綴ってきた著者ですが、こんどはその精神的対極にあるような高校野球を扱うというので、実はこの本を買うのを躊躇していた時期がありました。
 しかし、読んでみてナルホドと納得。そこに流れている空気感はカンペキにゆる~い沖縄でした。

 叱ってもなかなかその気になれない島の高校生の様子。
 ミスをする部員に「死ね!」と怒鳴りつける監督と、「お前が先に死ね」とやり返すその部員との間に流れる「死ね」の意味と家族的親密性。
 会社を辞めてでも甲子園に応援に行ってしまう島人。
 家業を投げ打ち、妻と離婚をしてでも月額8万円で監督を引き受けてしまう金銭感覚。
 アルプススタンドが「ハイサイおじさん」をやり始めると、不思議と勢いが出てしまう選手たち。

 ・・・これまで、このようなアプローチからスポーツを扱ったノンフィクションなんて、なかったのではないでしょうか。
 そして、このような書き方は、下川裕治にしかできなかったのではないでしょうか。
 むしろ、高校野球をとおして八重山の現状を鋭く腑分けして見せた、と言ったほうが適切かもしれません。

 ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞作品。
 楽しめた1冊。双葉社から文庫で出ていますので、気軽に読んでみてはいかが?


 日曜出勤で川西町へ。昼すぎにミッションを完了し、山形へ帰る途中、遅い昼メシにと寄ってみました。
 中華そば大盛りと煮卵、550+120+80円。
 内陸地方にたくさんある金ちゃん系列の店ですが、ココは初訪問。はたしてどうかという一抹の不安もありましたが、なかなかどうして、でらウマでした。
 金ちゃん系列店はどこで食べてもスバラシイ。美味い!(一部の店を除く) それでいて店ごとに微妙な個性があったりするものだから、つい寄って食べてみたくなってしまうのです。

 白鷹店のそのビミョーな特徴はというと、スープは脂が少なめですっきりしているものの、やや塩辛いこと。麺の手揉みが足りないとみえてストレートっぽいこと。それから、チャーシューが薄めでどちらかというとパサパサ系であること。
 その他、たとえば麺が中細で茹で加減が絶妙なこと、チャーシューが気前よく4枚も載っていること、メンマが色白で淡白なのに不思議な美味さがあること、ネギが新鮮でそれだけ食べてみるとしっかり辛いこと、ギャバンの黒胡椒が実にしっくりくること――などのいいところは共通です。

 試しに煮卵をトッピングしてみましたが、これについては味が薄くコクもあまりなく、低い評価です。まぁ、金ちゃんラーメンには余計なトッピングはいらないということなのでしょう。

 大盛りの量も多く、満足。このごろは行きつけの山形・城西金ちゃんの麺がどうも以前と違うような気がして遠ざかっていただけに、金ちゃんの美味さが身に沁みました。

 金ちゃんラーメンの総本山は南陽市宮内の金ちゃんそば屋で、そこは未訪問なのですが、その店のファンによれば、「あそこで食べてから、他の金ちゃんはベツモノだと思うようになった」とのこと。
 そんなに違うものなのかな。好みの問題なら別だけど、ラーメンごときにそれほどの差異なんてあるものなのだろうか。
 ま、いずれそのあたりも自分の舌でしっかりと検証してみる必要がありそうですな。

 店の詳細は、こちらのページをどうぞ。
 明日から沖縄~♪

 さて、数日前のこと。
 前日の夕飯はハンバーガー1個をかっ込んだだけだったので、翌日は朝から空腹。米のメシを喰わなければ力が出ないと考えて、昼は和ごはん三平の日替わり定食を狙ったものの、間が悪く定休日。(不定休じゃなかったのか、ココ)

 では、しょうあんめぇとばかりにその近くの「とん八」へ。
 ファストフードのようなトンカツであるという個人的な固定観念があったため、職場の近くにありながらこれまで行こうという気にもならなかったのですがね。

 で、とんかつ膳880円というのが一番手頃な値で一般的のようだったので、メニューも見ずにそれを発注。
 すると店員、「ランチタイムですのでとん八ランチになります~」と言い残して去って行った。値段は777円になるらしい。ほう、そういうことなのか。それならまったく文句ありまへん。



 ご覧のとおりけっこう充実した内容なので、多少おどろき、納得。これなら再訪する客は多いだろう。
 120グラムというカツの肉については、薄いし特筆すべき点はないですが、その揚げ方はなかなかよく、衣がサクサクしていて口当たりもバッチリです。添えられたキャベツなどの水分が衣につかないよう、カツは上げ底にする網の上に載って出てきます。こういう気遣いって、好きだなぁ。

 ごはん、味噌汁、キャベツはおかわり自由。
 ごはん、味噌汁は1膳、1杯ではおそらく一般の人にも少なめ。なので、トーゼンながらそれぞれおかわりを所望。でも、こうしてしまうと自分の消化力の許容量を超えてしまい、午後はしばらくの間ぐったり感が残ってしまいました。残すことができない哀しい性を持っておりますので。

 あとさきを考えずにがっつり食べたい時にはよさそうです。

 店の詳細は、こちらのページをどうぞ。