今年2度目の沖縄行きが現実味を帯びてきました!
 来るゴールデンウィーク、4月29日から5月6日の7泊8日と、おれにとっては超ゴージャスな久々のロングトラベルで、すでに仙台発のスーパー旅割を往復でゲット♪

 今回の主要行事は、徳之島で闘牛の全島一大会を観ること。
 うれしさのあまり、♪ワイッドワイドォ、ワイドォ、ワキャ牛ワイドォ・・・と、思わず坪山豊の「ワイド節」が口をついて出てしまうのだな。(笑)
 トイレでしゃがんでいても、シャワートイレの「ワイド洗浄」ボタンを見ただけで、♪ワイッドワイドォ・・・。(笑々)

 徳之島で2~3泊するとして、それ以外はどうしようか。
 当初の考えでは、喜界島と、できれば加計呂麻島のその先の請島と与路島にも行けないかな~などと考えていたのですが、請・与路は1日1便のフネしかなくちょっと無理。喜界島は、かなり真剣に検討したものの、週5便しかないフネの喜界島への到着・出発が深夜と早朝になるうえ、運休日が邪魔をしてどうしてもうまくいかない。
 で、現在は北大東島に1泊で行けないか、それがダメなら伊平屋島あたりかな、ということで検討中です。

 そうなると、沖縄本島については、今回は縦横無尽というわけにはいかないので、せめて夜にはどこかで民謡を聴いたり泡盛を飲んだりして楽しむこととしようかと考えています。

 気分はワクワクで期待度は高まる一方ですが、一抹の不安もないではありません。それは6日。
 5月6日には連休が明けるわけですが、職務上どうしても欠席できない行事が6日または7日に開催される公算が高いのです。
 そのために全部がパーになっては大変。そこで、その行事の担当者に、なんとか6日ははずすよう必死に懇願。
 しかしそれも、会合に集う地位の高い多く人の都合があってのこと。懇願された彼とて自分の一存でワカッタとは言えないわけで。

 さて、どうなることやら。
 これは賭けですな。
 日頃の行いの真価が問われるなぁ。


(画像:与路島)
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 宮古方面の書籍等で見かける「池間民族」という言葉が、その人たちの独特の民俗と容貌、言葉自体が醸し出す誇らしさや深い愛郷心などがあいまっていて、その民族とはいったいどのような人々なのだろうと思っていました。
 その興味に応えてくれそうな本を見つけたのでゲット。「ある沖縄の島びとたちが描く文化の自画像をめぐって」との副題がついています。

 池間島の住民と、島の出身者が多く住む伊良部島佐良浜、宮古島西原の人々は、しばしば自分たちのことを「池間民族」と呼ぶのだそうです。
 そしてこれはただの言葉遊びではなく、ここ20年ほどにわたって、池間、佐良浜、西原の住民有志が集って毎年欠かさず「池間民族の集い」という催しを開くほど徹底しているのだそう。
 う~む、なんだかすごい・・・。

 その3地区に共通するものは、
 (1)ナナムイ(ウパルズ御嶽)を中心とした同系統の聖地に対する信仰
 (2)「海洋民族」、「漁撈民族」であるという自己認識
 (3)ミャークヅツと呼ばれる独特な行事の存在
なのだそうで、著者はこれらについて、古老などの話を聞きながら、文化人類学の元教授らしい筆致で記述しています。

 池間島では大正年間頃からカツオ漁が隆盛を極め、それが池間島を宮古諸島内でも特異な存在にしていったようです。
 当時は経済的にも豊かで、宮古島でコレラが大流行したときには池間の漁業組合が緊急会議を開き、何と1年近くも島を外界から閉鎖したのだそうです。
 そうできるだけの十分な経済力と自立性の高い社会基盤が当時の池間島には備わっていたということなのでしょう。

 テーマ性が高くなかなか興味深い本だったのですが、どうもこのごろは夜になると眠気が襲ってきて、ベッドに横になって読み始めると4、5ページほどで先が続かない体たらく。(笑)
 考えてみれば、長距離通勤もあって、自由時間は夜7時過ぎから11時過ぎぐらいまでの4時間程度しかない。この中で夕食も食べ、風呂にも入り、ニュースやウェブをチェックしながらときどき酒も飲む。
 おのずと読書時間も制約されてしまうのです。
 GWの沖縄行きについて、引き続き画策中。
 その外枠が固まってきた。

 4月29日出発の5月6日戻り。航空券確保済み。
 で、4月30日には北大東島に飛び、翌5月1日に那覇に戻る。
 これについても、昨日RACの航空券を確保。往きは那覇から直行の先特、帰りは南大東島経由となるが北大東島~那覇間の正規料金で、計43,600円也。
 うへぇ、高っ! 今回の仙台~那覇往復よりも遥かに高い。大東島というところはそういうところなのだから、まぁしょうがないと思うしかない。

 5月2日から4日までは、フネで徳之島へ。予定どおり闘牛の全島一大会の観戦をメインに。
 4日の夕刻に那覇へと戻って、6日午後の帰りのフライトまではいつものとおり、誰にも邪魔をされることなく自分の興味の赴くままに本島内をあちこちほっつき歩きまわる、という算段です。

 今回の沖縄行きは都合40回目。未踏の島2つを解消することになります。
 本島周辺の島で未踏なのは、阿嘉島、慶留間島、伊平屋島+野甫島など。
 宮古島周辺では大神島、多良間島+水納島、八重山ではパナリ。
 奄美の島々では喜界島、請島、与路島。
 その北のトカラ列島はまったくの未踏です。

 そして沖縄本島。本島だって、まだまだ知らない、興味深いところがたくさんある。
 掘れば掘るほどおもしろい、探れば探るほど奥行きがある、というのが地域学のいいところなんだよなぁ。



 「おきなわ散策はんじゃ会」とは、沖縄大学・南部広域市町村圏事務組合が主催する「観光コース開発とガイド養成講座」より生まれたグループ。
 波平さん(沖縄では“はんじゃ”さんと読みます)を中心に、週末のたびに軽便鉄道の足跡をたどる巡見を重ね、それを地元出版社のボーダーインクがバックアップして出来上がったという、すばらしい本です。

 軽便鉄道の線路跡をたどるマップを中心に構成されていて、そのほかに軽便鉄道の歴史、各駅の紹介、現在の各路線跡周辺のみどころスポットや、実際に軽便鉄道を利用していた人や識者へのインタビュー、軽便鉄道に関するコラムなども盛り込まれています。

 与那原線、嘉手納線、糸満線のそれぞれについての散策マップは詳細で秀逸ですが、それよりもインパクトがあったのは、沿線の「民俗スポット」のページ。これがまた実に多くのアイテムが紹介されています。
 たとえば与那原線なら、仲島の大石や真玉橋の遺構などは当然として、壺川ガー、松尾のシーサーマーチュー、城岳御嶽、楚辺の大ガジュマルなど全部で31のスポットが紹介されています。
 これが、嘉手納線については72項目、糸満線については45項目。すごいですね~♪

 手づくり感のあるとてもいい本です。
 地図が詳細なので、これ1冊を持って散策したらさぞ重宝することでしょう。
 今となってはほんのわずかのようですが、汽車道跡がいくつか残っているようですので、沖縄に赴いた際はそのあたりも見てみたいものだと思いました。


 表題から察して、奄美におけるシマウタを基調とした民俗学的なアプローチからの小説なのではないかと思い、ネットショップで購入。でもなんか、ちょっと違ったなぁ。(笑)
 ネットを使うとこういうことってたまにあるのです。それがいいほうにはずれるか、悪いほうにはずれるか、それもまた一種の賭けで、ワクワクするのですけどね。ふふ・・・人生なんてギャンブルの連続なのさ。

 出版元の三一書房によればこの本、
『「シングルマザー」を取材中のジャーナリスト茜子は、自身子供を産めない体だが、そのことをパートナーには隠していた。
 母、祖母と、女系には不幸な色合いがにじむ奄美の血。呪われた女(をなぐ)のDNAがあるというのか。
 母方の血縁を探訪する彼女の奄美帰りの旅。そこで知った彼女の祖先「家中(やんちゅ)」のすさまじい生。
 不妊と薩摩の支配というシビアな縦糸と、シャーマニックかつ霊的な習俗を横糸に、繰り広げられる癒しの奄美幻想綺譚。
 南方の霊力による「新しい物語」が降臨する!』
――とのことです。

 たくさんのシマグチ(島言葉)が登場。それを実際に発音しながら読み進めるだけでも、心の中に奄美の風がそよぎ込んでくるような気がします。
 反面、砂糖生産のために苦しい日々を送っていた奄美の農奴ヤンチュをめぐる悲しい伝承話が通奏低音として流れていますので、それに気持ちが塞いでしまうことも。
 そこに、現代を生きる女性茜子をめぐる性愛描写などもからんで、不思議で独特な作品に仕上がっているように思いました。
 こういうのって、奄美の女性にしか描けないのだろうな。

 難点もないわけではありません。現代から江戸期まで何世代にもわたって物語が行ったり来たりするので、それについていくのが大変なのと、多くの登場人物が茜子の何世代前の、どういう関わりの人なのかについて、相関図を何度も確認しなければならないことなどでした。


 歴史関係出版の雄、山川出版社から発売された県史シリーズの沖縄版。四半世紀ぶりに全面書下ろしされました。
 沖縄のことに関してあちこちつまみ食いのようにして書籍を読み漁ってきたので、このあたりでジグソーパズルの各ピースをつなぎ合わせるように、それらを通史的に整理してみることも必要ではないか――と考えて購入しました。

 安里進、高良倉吉、田名真之、豊見山和行、西里喜行、真栄平房安昭と、現代沖縄史学界の主要人物5名が著者として名を連ねており、沖縄史の通説を一通り把握する上で価値ある1冊。
 そのような学術本が、一般の本とかわらない税込み1,995円で買えてしまうのだからすごい。

 全10章。「琉球文化の基層」、「大型グスクの時代」、「古琉球王国の王統」、「海外交易と琉球」、「東アジアの変動と琉球」、「琉球における身分制社会の成立」、「王国末期の社会と異国船の来航」、「琉球国から日本へ-世替わりの諸相」、「近代化・文明化・ヤマト化の諸相」、「繰り返される世替わり-「日本復帰」の前と後」。

 読んでみて思ったのは、まず、1文1文が重いこと。重い、というのは、その文章に込められた質的なボリュームがあるということで、おそらくは編集の段階で、たくさんのテキストを、形容句を省略するなどして一定の行数にぎゅぎゅーっと圧縮する作業があったのではないでしょうか。
 なので、注意深く読み進めないと、肝心なところまで読み流してしまうということがあったりしました。
 また、そのためもあるのか、琉球・沖縄史への格好の入門書ではあるものの、やはり各記述分野についての掘り下げが足りないこと。
 学校で学ぶ歴史がそうであるように、歴史の表層とか時代の前後関係などはよくわかるのですが、その背景や周辺事情などについてはページ数の関係などからどうしてもそうなってしまうのでしょう。
 うむ。好奇心を満足させるための近道というものはそうそうないのだ、ということなのでしょうな、きっと。

 附録としてしっかりとした索引、年表、国や郡・市に関する沿革表、祭礼・行事一覧、参考文献一覧がついており、こちらについても価値があります。

 沖縄を基礎からしっかり知りたい人にはぴったりの本だし、沖縄県人の基本知識の涵養にも重要な1冊でしょう。