というイベントが開かれるとの情報が舞い込みました。
 題して、「白雲ぬ如に・・・」。おとうが好んでうたった「白雲節」の一節から名付けたものです。
 知名定男プロデュース。
 コザのミュージックタウン音市場で、11月20日(金)18:00開場、19:00開演です。

 現代の沖縄民謡界、沖縄音楽界に計り知れない影響を与えた「島唄の神様」嘉手苅林昌の没後10年にあたり、おとうゆかりの人々がおとうゆかりの曲を披露しながら、おとうの偉大な足跡、多大な影響、裏話などを楽しく語りあうコンサート、という趣向のようです。


 そう。おとうが亡くなったのは1999年の10月9日でした。
 次の日の沖縄タイムスには次のような記事が掲載されていました。

[訃報] 嘉手苅林昌氏が死去/沖縄民謡界、草分けの人物
    沖縄を代表する民謡歌手の嘉手苅林昌(かでかる・りんしょう)さんが9日午前5時4分、肺炎
   のため沖縄市内の病院で死去。79歳。嘉手納町出身。自宅は沖縄市室川○○○。告別式は
   10日午後3時から、具志川市具志川の具志川葬斎場で。喪主は妻の秋子(あきこ)さん。
    沖縄民謡界の草分け的存在。独特な節回し、即興の歌、各地を歌い歩く自由奔放な行動で
   知られ、県内外に幅広いファンを持つ。民謡好きの母親の影響を受け、幼いころから三線を弾き
   始め、十代で村芝居やエイサーの地謡を務める。本土やサイパンでの生活から終戦後帰郷。
   沖縄芝居の地謡を皮切りに、舞台公演やラジオ、テレビ出演で、長年にわたり人気を博した。
    独創的な歌い方は評価が高く、“風狂の唄者”、“島うたの神”といわれたことも。海外ミュージ
   シャンとの共演も多い。代表作品に「時代の流れ」「白雲節」など多数。シングルレコードは百枚
   以上、アルバムも30枚を超える。
    地域文化の発展に尽くした功績が認められ、1994年に県文化功労賞、95年沖縄タイムス賞
   文化賞、97年に国から地域文化功労表彰を受けた。

 同日社会面には次のような記事も。

 嘉手苅林昌さん死去/唐の世から大和の世、大和の世からアメリカ世/庶民の思い歌に紡ぐ
    風狂の唄者と呼ばれ、独特の節回しで幅広い人気を得た沖縄民謡界の大御所、嘉手苅林昌
   さんが9日、亡くなった。79歳だった。即興の歌詞、そして自由奔放な生き方は数多くの「伝説」
   を残してきた。「唐の世(ゆー)から大和の世/大和の世からアメリカ世/みじらさ変わたるこの
   ウチナー」(『時代の流れ』)。庶民の思い、激しく揺れた沖縄の戦後を、ひょうひょうと歌って駆け
   抜けた嘉手苅さん。沖縄民謡の一つの時代が終わりを告げた。
    1920年に旧越来村に生まれ、民謡好きの母親の歌に合わせて幼いころから三線を弾き始め
   た。十代で村芝居やエイサーの地謡を務め、夜は当時の唯一の娯楽であった毛(もー)あしびに
   参加した。その中で歌い込み、三線の技を磨き、多くの歌を覚えた。
    レコーディングに携わったキャンパスレコードの備瀬善勝社長は、嘉手苅さんの記憶力や臨機
   応変な即興の歌に驚いた。「どんな歌でもよく覚えていたし、即興で延々と歌い続けた。毛あしび
   で鳴らした、島唄本来の自由さを体現した歌い手だった」と死を惜しんだ。
    若い時から旅好きで、出稼ぎ地の大阪や、第二次大戦中はサイパンなどの南太平洋諸島で生
   活。三線を持っての旅だった。
    琉球民謡協会の登川誠仁名誉会長は「歌い方や節回しを教えてもらった。独特の発声法で決
   してきれいとは言えなかったが、味があった。あんな唄者は後にも先にもこの人だけ」。
    民謡歌手として頭角を現したのは戦後。県内外でのステージ活動も頻繁に行い、テレビ、ラジ
   オの出演も数多くこなした。シングルレコードは百枚、アルバムも30枚以上に上る。今年もインド
   の民族楽器奏者とセッション、映画にも出演するなど活躍していた。
    有名になっても気負わず、どこへでも出掛け歌った。父親のように慕っていたというラジオパー
   ソナリティーの上原直彦さんは「理屈も言わない、執着もない、自由奔放、まるで風のような人だ
   った。逸話も多いだけに、みんなで、うわさ供養をしてあげたい」としのんだ。

 自由奔放に生きた人・家族
    沖縄市の室川市営住宅の嘉手苅林昌さんの自宅には、9日朝から訃報を知った民謡関係者
   など弔問客が次々と駆け付けた。妻の秋子さんは林昌さんのひつぎに寄り添うように座り、弔問
   に訪れた人たちに気丈に対応していた。
    家族の話によると林昌さんは先月7日に再入院してからは、病室にカセットを持ち込み若いころ
   の自分の曲を聴くこともあった。意識はずっとしっかりしていて「家に帰りたい」と話していた。2日
   間、こん睡状態が続き「眠るようなやさしい表情で亡くなった」(三女の知花末美さん)。家族に見
   守られての最期だった。
    二男の林次さんは「気難しそうに見えたかもしれないが子や孫にはやさしい人だった」。芸につ
   いても「普段は言わず、行き詰まるといつも一言、適切なアドバイスをくれた。音楽と人が好きで
   自由に人生を生きた人だった」と語った。


 出演者は、登川誠仁、大城美佐子、饒辺愛子、知名定男、松田弘一、嘉手苅林次、よなは徹 他――という垂涎の布陣。

 白雲節にうたわれる白雲のように、それこそ沖縄島に飛び渡っておれもぜひ参加したいのですが、しがない月給取りの身分ではたいしたことのない社命のほうが優先で、残念ながらそうもいきません。

 ご覧になった方、ステージの状況や語られた逸話などについて、教えていただければ幸いです。
スポンサーサイト
○いなむぬ3(スリー)



 次は、いなむぬ3(スリー)。いなむぬは“異な者”のことかな。
 パンフレットによれば、8days Functionというグループのリーダーだった石垣島出身の慶田盛大介と元DA PUMPの小浜島出身の宮良忍、元ノーズウォーターのドラマー田代浩一の3人で昨年8月に結成したユニットで、ギター、三線、パーカッションの編成で、心地よいアコースティックなサウンドが特徴なのだそう。

 初めて聴くことになりますが、司会のゴリも初めて聴くのだそう。ゴリたちは忍と再会して嬉しそう。忍もまた会えるなんてとヨロコぶ。彼らはNHKの朝ドラ「ちゅらさん」で共演した間柄なのです。
 フロントの二人は黄色基調の“LOVE ONLY ISLAND”と書かれたTシャツのラフな出で立ち、田代は白っぽいアロハです。

 1曲目は、「地球」と書いて“まんまる”という、3拍子のうた。忍がリード。
 う~む・・・。あまり音楽的に聴かないほうがいいようです。(笑)
 ♪ 世界のどこかで戦争が起きても見てみぬふりをしている
       昔日本でも戦争をしていた 歴史を学ばなければ
          ララララ~、みんなで・・・
みたいなうたでした。

 終わって、「飲みたいねー!」と慶田盛。すると、そうかとばかりにすぐに客からビールが差し入れられます。このあたりのノリが琉フェスですね。(笑)
 でも、次の曲が終わってからね、ということで、次は「キャッチボール」という曲。

 後天的に目がみえなくなっしまった75歳のオジィがリハビリしている様子をうたにしたという、きれいなアコギのメロディに三線の爪弾きが乗っていくようなやさしいもの。
 ♪ あなたの声 ボクの声 それが二人のキャッチボールなのさ ・・・

 スローな曲でいいのですが、おれとしてはちょっと中だるみ感あり。歌詞が説明口調過ぎるのではないかな。

 このあたりで売店で準備したビールと泡盛を飲み終わりました。
 これ以上飲むとトイレが近くなってしまうのでやめておくことにしますが、ステージのほうは差し入れのビールで“カリー!”で乾杯。「大阪バンザイ!」と言いながら飲む、いなむぬ3人。

 3曲目は、最後は踊って終わろう!ということで、にぎやかに。
 ♪ 輪を描いて 悩める心を歌にして
      かわいいあの子に恋をした 実らぬ恋ほど熱くなる
        舞(モー)イヤサー アイヤイヤササ モーイヤサー アイヤイヤササ ・・・
 だんだんと曲のスピードが上がって、立ち上がって踊りだす者多し。こういう曲が盛り上がるのですねぇ。
○成底ゆう子



 幕間に登場したガレッジの前にはビールが山ほど積まれ、たじろぐ二人。そんなことがある間にステージの準備が整い、次は成底ゆう子です。
 よっ、待ってました! 今回は彼女にちょっと期待しているのです。生で聴くのは初めてなので。

 あれは2年半ほど前の寒い冬のこと、こんなおれにもツライ出来事があって、身も心もしみじみ落ち込んでいた日々がありました。そんなときに励ましてくれたくれたのが、彼女のうたう「真っ赤なデイゴの咲く小径」だったのです。

 小柄な成底は、Rolandのキーボードの前に座って「みなさん、コンニチハー!」と甲高い声であいさつ。黒い上着に脛までの黒いタイトなスパッツ、黒いヒールに長い髪。キレのあるエキゾチックな顔つきだなぁ、沖縄の顔ですね。

 1曲目は「この地球(HOSHI)に生まれて」。
 声の強弱のつけ方が彼女の真骨頂のよう。ピアノの弾き語り風なのですが、節回しには民謡風に聴こえるところもあっていとおかし。
 ♪ このほしに生まれて あなただけを・・・のところなんて、民謡ですな、八重山民謡。(笑)
 あ、いや、それがいいのですよ、あーた。

 うたい終えて、観客に向かって手を振る成底がかわいい。
 ずっと琉フェスに出ることを夢みていたと語り、一昨年、とてもかわいがってもらったオジィが亡くなったが、きっとオジィがここに来ていると思うということを話して、2曲目は「心の花」。

 ♪ ふるさとから 届いた包み
     箱の下には 折りたたまれた 母の手紙がありました ・・・
 ♪ さよなら愛してくれた人 抱きしめた人よ
     あふれる涙の彼方に あなたが映る
       涙の数だけ散って また咲く 心の花 ・・・
 きれいな詞だなあ。

 11月には石垣島まつりに出るので、「みなさんも、いっしょに石垣島に行きましょーねー」とウチナーグチのアクセントで話した後の3曲目は「ふるさとからの声」。

 ♪ 泣いて 泣いて くやしいほどに 自分の弱さと 向き合えず
     私の夢を いっしょになって 追いかけてる 愛に気づいて
       見慣れた文字に 涙がにじむ ・・・
というふるさとを想ううた。

 モチーフはあの「真っ赤なデイゴの…」と似ていて、こういう想いが彼女の創作活動の原点にあるのだなぁと一人感心したのでした。
 これらはいずれも、昨年3月に発売されたアルバム「この地球(HOSHI)に生まれて」に収録されているもの。買う価値アリかも、これ。
○下地 勇



 続いては、下地勇です。
 今回はバックバンドなし、一人、アコギ1本での勝負です。
 白い開襟シャツの胸元をボタンをはずして大きく開き、その上に黒いベスト。下も黒のフィットパンツという出で立ち。立派なガタイとスマートさがサマになっています。

 いつものように何の説明もなく、ギターを掻き鳴らしながら、我々にとっては意味不明のミャークフツの歌詞を早口でうたい始めました。

 下地勇のステージについて書こうとするときにいつも悩むのが、曲名。歌詞が皆目わからないので、なんとか曲調で何をうたっているのか聴き取ろうとするのですが、しばらくたつと忘れてしまう。(笑)
 本人も曲名の紹介なんてしないのが常だから、あとで下地勇のHPのディスコグラフィにあるメロディを聴いて、あ、この曲!なんていうふうに判別することになります。
 しかし、今回はそうしてもワカラナイ。(悔)

 ということで、2曲目の曲名も不明。スローな8分の6、多少メランコリックな印象を受けるものでした。

 2曲終わってようやくMC。
 まずは「今日は晴れてよかったです!」とあいさつ。
 雨が降ると、出演者、スタッフのみんなが下地を恨めしそうに見るそうで、野外のステージはトラウマになっていたと、下地は話します。

 立って踊らせたいのですが・・・今回はないんだよねー、ということで、3曲目は「狭道小からぴらす舟」。これはよくうたうので、ワカル。
 一人でくり舟を、腕が折れても漕いでいく・・・といううただとの前ふりで。

 この9月に「民衆の躍動」というアルバムをリリースしたらしい。下地はどんどん音楽的なウイングを広げていっている印象で、ますます多国籍化というか、無国籍化というか、そんな状況になっているよう。
 それが彼がやりたい音楽なのだからそれでいいのでしょうが、ちょっと琉フェスの範疇からは離れていっているようにも思えるのですが、どうでしょう。

 ところで、彼は今年40歳って、知ってた?(笑)
○中村瑞希 & 吉原まりか

  marika.gif

 続いては、中村瑞希&吉原まりか。
 今年の琉フェス東京ではとうとう奄美からの参加者が消えてしまいましたが、琉フェスに奄美の唄者は欠かせませんよね。

 おれは実力、容姿ともにすぐれている中村瑞希のファン。なので、このステージには期待していました。
 「実力」に関しては、繊細な裏声があると思えばストレートの伸びも豊かで、プロ野球で言えばダルビッシュみたいなヒト。
 でもね、「容姿」に関しては、うたっているときの立ち姿や表情がいいということであって、平常時の彼女についてはどうなのだろうか??というのが本音。だって、ふだんのミズキって知らないんだもの。

 そのミズキは、画像と同じワンピース。黒に大島紬の模様があしらわれているソリッドなもの。マリカも黒で合わせています。

 「ウガミショーラ!」とあいさつをして、1曲目は「ヨイスラ節」。
 ミズキの三線1本でじっくりと聴かせますね~。細竹でつま弾く奄美の三線の音色はまた格別です。
 髪をアップにしたミズキはやっぱり美人だなぁ。ステージ映えのする顔なのだろうな、きっと。もっちりした唇をはっきりと開いてうたう姿が実に凛々しい。

 ここまでに登場した唄者の中では最上と感じました。
 03年に「嘉徳なべ加那」で奄美民謡大賞、05年に日本民謡民舞大会で内閣総理大臣賞、06年には「やちゃ坊」で日本民謡フェスティバルでクランプリという受賞歴。
 彼女には最上と感じさせる何かがあると思う。

 2曲目は、マリカがいつものペタペタしたしゃべり方で振り付け指導をし、だんだん速くなるからね~ということで、マリカ&ミズキのコンビでよくやる「うんにゃだる~ほこらしゃ」をにぎやかに。

 ここでマリカが下がって、ハシケンがキーボードで登場。このところ二人はつるんで活動しているようで、「TSUMUGI」という曲を披露。
 島唄とは別の、南の海にたゆたうようなスローバラード。嫁ぐ娘が、家族に感謝を込めてうたううたのよう。ミズキのうた声はジャズボーカリストのようで、見事! 声に不思議な力が宿っているよう、と言ったら褒め過ぎか。これは秀逸でした。

 RIKKIや元ちとせなどのように、ミズキもこういううたを世に問うようになりましたが、しかし、ミズキの持ち味、ベースはやはりシマウタ。一時の爆発的人気なんかいらないから、あくまでも本業はシマウタでやってほしいものです。

 ステージは期待どおり。彼女は今や奄美でもっとも旬の唄者なのではないかな。
 マリカは、06琉フェスのときの坪山豊と同様に、ミズキの引き立て役になってしまったような感じでした。
○琉ゆう会

 ここで一服、京都の琉ゆう会です。
 誰が何回参加した、ということが毎年琉フェスの話題になりますが、なんてったって出場回数が多いのは琉ゆう会など在阪のエイサー3団体でしょう。
 確認してみると、かりゆし会、琉鼓会が15回のフル出場、琉ゆう会はそれに次ぐ14回なのだそう。やっぱりね~。

 ステージに、水色の浴衣に鮮やかな花笠をかぶった3人の地方が登場し、「ハイサイ、臣下ヌチャー、琉ゆう会、チバリヨー!!」との掛け声で演舞開始。
 太鼓軍団は大太鼓、締太鼓合わせて8人と少ないですが、女性の手踊り隊が14、5人います。紺絣に黄色い帯。黄色いサージを頭に巻いて、ヒラヒラと踊ります。いいですね~!

 園田青年会を模範としているようで、衣装まで園田青年会風。獅子舞まで登場! 演舞内容は不動。
 南嶽節のイントロから、仲順流り~クーダーカー~トゥータンカーニー~海ヤカラー~テンヨー節~いちゅび小~固み節~花の風車~唐船ドーイという、これまた不動のラインナップ。
 場内、踊りだす観客多し。


○大城クラウディア



 次は大城クラウディア。
 プログラムを見ると、出演者がどこから参加したかを“石垣島”とか“久米島”とか書かれているのですが、彼女は“アルゼンチン”と書いてある。(笑)

 去年の大阪ではアルベルト城間や宮沢和史、知名定男らとの共演だった大城でしたが、今年は堂々ソロでの出演。肩を大きく露出した紺と水色のツートーンのワンピースはくるぶしまでの丈。足元は黒いハイヒールでの登場です。

 1曲目は「片想い」。
 金城恵子あたりが好んでうたうような、沖縄女性の心情を吐露するような情け唄(大城美佐子の「片想い」とは別のうた)を、アルゼンチン出身の沖縄2世の大城クラウディアがうたうの図・・・というのは、なんか摩訶不思議。
 三線を弾きながら、ウチナーグチで、沖縄民謡の節回しで。うたう者のエキゾチックな表情さえ見なければ、これは立派な沖縄民謡です。(笑) さすが、コザの民謡スナック「姫」で我如古より子に師事しただけのことはあります。

 今年7月に、ポップス系のCD「月下美人」を発売してメジャーデビューしたことを告げ、2曲目は、三線を置いて、ノーズウォーターズの3人が入って、そのCDから「美しい島(くに)」を。
 これ、去年の琉フェスでもやっていた曲。日本の唱歌のような律音階の楽風。大城の持つ意外性が強調されます。
 ♪ 少し離れて歩く道 月に照らされ輝いた 静かな海が 遠くに見える ・・・
 アコギ、ベース、パーカッション。大城はハーモニカも披露しました。

 3曲目は、再び三線を構えて、BEGINの島袋優が作詞作曲したという「66億分の1の奇蹟」という曲を。
 ♪ 風が吹いているから 寄り添って歩こうか
     一人きりで来た道も 二人なら寒くない ・・・
という、軽快な曲調のハッピーソングでした。


 著者は、十代に政治家を志し、学生運動-青年運動-労働運動-政治運動とひたすら走り続け、1960年に25歳で沖縄立法院議員に立候補して落選、30歳に那覇市議会議員に当選して、40歳には沖縄県議会に当選。
 しかしその後は参議院議員選挙、衆議院議員選挙にも出馬したもののそれぞれ次点で落選し、4勝5敗の負け越しとなり、61歳で政界を引退した人物。沖縄戦後政治の真っ只中で永年活躍してきた、いわばその生き字引のような人です。

 登場する政治家たちはというと、理論と雄弁の安里積千代、勤勉と柔軟の大山朝常、実直と反骨の松岡政保、誠実と情熱の屋良朝苗、慎重と土着の平良幸市、理論と実行の西銘順治、理想と不屈の瀬長亀次郎、庶民と人情の平良良松、豪快とラッパの下里恵良、清楚と孤高の知念朝功、発想とホラの高良一、雄弁と行動の島清――の12人。

 ニックネームがつく政治家というのがスバラシイ。プロレスが人気絶大で、キラ星のようなメインイベンターが百花繚乱したあの時代とイメージがかぶります。古くは鉄の爪、生傷男、狂犬、人間発電所…なんていうのから、後には黒い呪術師、南海の黒豹、千の顔を持つ男などなど。(笑)

 読んでみて感じるのは、戦後から施政権返還までの沖縄の政治はとても庶民に身近なもので、政治家にはさまざまな個性や魅力があったのだなということ。演説会には人々が群れをなし、県会では熱い議論が戦わされていたものな。
 復帰前の政治家たちには大きな志があり、与野党を問わず、みな沖縄を思う情熱と使命感で満ち溢れていたのでしょう。

 バブルがはじけて十数年間、なんの改善策も出さずに既得権益に汲々としてしがみついていた某政党や、派閥間の調整でその場しのぎで1年ももたずにすげ替えられる政権トップの状況、そして、口先だけで国や大義を語ろうとする凡庸な職業政治家の大量発生などは、当時の沖縄と比較すると、ただただ嘆かわしく、憐れにみえるのですね。

 かわいそうになぁ・・・。あ、かわいそうなのはオレたち国民なのか。
○ノーズウォーターズ



 大城が退いて、ステージはそのままノーズウォーターズに引き継がれます。
 「いってみよう!!」との掛け声で、1曲目は「三線の花」。
 ♪ いつしか忘れられた オジイの形見の三線・・・咲いたのは三線の花~ といううた。BEGINのナンバーらしい。

 ボーカルの心持ちねっとりしたうたいかたは、かつての憂歌団やRCサクセションの忌野清志郎などを連想させるもので、20~30年くらい前のロックミュージックシーンを知っている者にとってはなにか懐かしささえ感じられるもの。悪くありません。

 けっこう彼らを観るのが目的で来ている人も多いようで、目の前の20代と思われるカップルなどは彼らの登場とともにスタンディングで盛り上がっています。
 そして、ステージ前にも人が押し寄せています。ここまででは一番盛り上がっている感じかな。

 プログラムを見ると、石垣島での中学時代から一緒にやっているグループで、現在はボーカル&ギターの崎枝将人とベース&コーラスの平安山高宏の二人組。オキナワン・ハードロックでもウチナーポップでもない正統派の“歌ものロックバンド”で、BEGINの弟分として沖縄出身バンドのリーダー的存在なのだそうだ。へぇ~、そうなんだ。

 でも、ステージには3人いるぞ?! もう一人のパーカッションは、2007年に脱退したという田代浩一というヒトだろうか。

 「ボクら3人、酒が大好きで~す!!」、「皆さん、段ボールは好きですか!!」とか言いながら、2曲目は、石垣島から届いた段ボール箱に感謝してつくったという「段ボールブギ」。段ボールブギって…おもしろいネーミングですね。(笑)
 ほおかむりしたピンクTシャツ、サングラス姿の2人が登場し、踊ります。石垣島の盆行事アンガマに登場するファーマーに似せているのかな?

 しかしこれ、ホントにブキ! 少年時代、全盛だった60~70年代前半のブギー(と、当時は伸ばして発音した)を掘り出して聴いていたワタクシとしては、彼らの音にはブギの真髄がしみわたっていることが、音を耳にしてみてよくワカル。
 そんな正統派のブギに、段ボールの中に入っていた島の新聞紙をナナメ読みしている様子なんかがうたい込まれている、というのがまた不思議な感じがして、いいですなぁ。

 「大合唱、行くぞ~!」ということで最後の曲は、「BON BON」。
 これもブギ。♪ BON BON BON・・・ で始まり、“ヘイヨー ヘイヨー”を合図に観客からは“ヨーヘイヨー!”の返しが。おぉ、すげぇすげぇ。みんな知ってるんだな。

 …でも、よ~く見てみると、ギターの音と崎枝の手の動きがシンクロしていないじゃん。あれ?ベースも??
 なんだよ、オケじゃんか…。乗せるだけ乗せておいて、そーゆーのって反則だと思うんだけどなぁ。
 ということで、最後は少し鼻白んでしまいました。
○大島保克
 ノーズが退いた後にガレッジが登場すると、これまでに増して、彼らの前に酒類を持ち込むすごい人だかりが。ノーズの盛り上げでエスカレートしてしまった感じです。ゴリが「皆さん、席に戻りましょう!」と大声で一喝?(笑)

 例年どおりミス沖縄クリーン・グリーン・グレイシャスの新里麻衣子さんの沖縄観光PRがあり、下地勇はカッコイイが実は腕の剛毛を全部剃っているのだというガレッジのおちゃらけ話があって、次は大島保克です。唄者の中では12回の最多出場。



 椅子に腰掛けたかっこうの大島は、濃紺の丸首シャツとグレーのズボンといった普段着風。
 1曲目は、八重山民謡「月ぬまぴろーま」。
 ポツンポツンと弾く三線に乗せて滔々とうたわれるこの曲を、大島は独特の声の強弱とビブラートを効かせてうたいます。彼にぴったし似合っているなあ、こういう曲。とてもシンプルな曲なのに、実に聴かせてくれますねぇ。

 そのまま曲は「とぅばらーま」へ。
 ♪ 月ぬ美しゃや 十日とぅ三日  美童美しゃや 十七、八つ ・・・
 闇が押し迫ってくる逢魔が時の時間帯。見上げれば、空を覆っていた雲はいつの間にかすっかり消えてしまっていました。
 4番まで、ゆっくりと。ここは鳩間可奈子の返しがほしいところなのですがねぇ…。

 落着く気分。まだ登場していない顔ぶれを考えれば、このあたりから一気に民謡路線に旋回することになるのだろうけれど、これまでの流れを変える役目として大島はとてもふさわしいのではないかと思う。

 新生琉フェスがスタートした15年前は、ボクはまだ19歳でトップバッターだった、というエピソードを披露して、その15年前からうたい続けているうたを…と告げて、最後は名曲「イラヨイ月夜浜」。
 八重山らしくここは太鼓と笛がほしいところですが、大島の三線1本だけでも、これはこれで十分に聴きどころがあります。こういう広いところの大勢の観客というシチュエーションで、三線だけで聴かせるのは難しいと思うのですが、大島の場合はそのような不安はありません。充実の拍手が湧きあがることで、それはわかります。

 大島はこれで終わり。これだけでは物足りないですよね。
 場内に照明が入ったので、ふと時計を見ると、17時30分。気温も下がってきたようなので、セーターを着用します。


○かりゆし会
 次は、大東市、沖縄かりゆし会のエイサー演舞です。かりゆし会は創設が1985年で、出演のエイサー3団体の中では最も歴史があるのだそう。

 毎年恒例なのであまり書くこともないのですが、地謡でがんばっているいつものおじさんに相変わらず注目。地謡なのに着物も着ず、ワイシャツ、ネクタイの上にハッピのようなエイサースガイを引っ掛けて登場するのですな。

 安波節の前奏~瀧落し~仲順流り~クーダーカー~トゥータンカーニー~スーリー東~繁盛節~固み節~いちゅび小~安里屋ユンタ~豊年音頭。これも不動。

 かりゆし会の課題。その1、地謡不足。その2、チョンダラーを配置して隊列の統制を取る必要があること。
 それでも、この団体のエイサーは客に訴えるものがあるようで、なぜか客席の踊りは最高潮。けっして上手ではないのに、不思議だなあ…。登場するタイミングがいいのかな?


 太平洋戦争の末期、鉄の暴風が吹き荒れる沖縄で、女学生ばかりで結成された姫百合部隊がありました。
 負傷兵の看護などを行いながら軍隊と行動を共にしたその200人余りの女学生たちの大半は、現糸満市の米須の洞窟で玉砕することになります。
 その悲惨な90日間を濃密に描き、映画にもなった文学作品がこれです。

 そこには、乙女たちを中心とした死の行進が描かれており、戦争指導者に対する深い憎しみや怒り、戦場に散った若い生命への愛惜がたっぷりと表現されています。

 それは、次のような具合。
『カナはまた雑踏の中にまぎれこんだ。路傍には半焼けになったトラックや脂肪でぎらぎらした黒い死骸がころがっていた。血痕が路面にシミを残している上を無数の足が踏みつけて通った。十字路の付近は特にひどく、弾痕の中にさらに弾痕の穴があき、二重三重に掘り返された付近には胴体だけの死体が転がっていたり、白骨にぼろぎれがかかっていたり、金ばえや銀ばえがたかって、死臭が鼻をついた。ちぎれた軍装の切れっぱしが、カナの軍靴にひっかかることもあった。――』

 こんな状況の中で、うら若い乙女たちは日本軍を信じ、必死で生きていたのだと思うと、胸が痛みます。

 当書は、敗戦後4年後の1949年に書かれたもの。岡部伊都子の解説によると、著者は執筆当時、戦後の沖縄には渡っていず、現場を見ないままで上に見るような細密な描写をしたのだといいます。ちょっとびっくりですね。

 今、政治の世界では普天間基地の移設先をどこにするかについての議論が再燃していますが、このような悲しい経緯をよく知り、よく踏まえなければ、現在にあっても不当に苦しめられ、虐げられている沖縄の状況はなかなか変わらないのだろうと思いながら、静かに読了しました。
○我如古より子



 次は我如古より子。黒地に色とりどりの模様をあしらった紅型衣装で登場です。
 サポートは、パナマ帽をかぶった三線の男性と、赤いウシンチー姿の女性です。女性は、横須賀出身でより子の弟子の我如古絵美という唄者なのだそうです。

 毎回初ステージのつもりでうたいますとあいさつし、今回は民謡酒場「姫」のノリで、ということで、太鼓のリズムに乗ったミーウタ風の「お祝いさびら」、石垣島崎枝の民謡「繁盛節」、同じく崎枝の ♪ シターリヨーヌユバナウレ、ミルクユーバターボラレー・・・という「とぅまた節」を3曲続けて一気に。
 フロントはモーサー(舞者)がたーくさん。どうやら「とぅまた節」は、あまりにもステージ前に人が集まり踊っているので、予定にないものを我如古が急きょ追加したらしいです。

 うたい終えると、我如古にも観客からのビールの差し入れの洗礼が。(笑)
 でも、「姫」の酔客から鍛えこまれている我如古はゆるぎません。「私もオリオンの似合う女になったかしら」と受けておいて、「でも、そのわりにはCMの依頼が来ない」と笑わせます。
 そして、「こんなにステージ近くまで寄って来られるなら、もう少しきれいにお化粧をしてくればよかったなぁ」とも。さすがです、我如古より子。

 4曲目は、客のリクエストに応える形で「娘ジントヨー」を
 ♪ 南風吹けば 咲く花の美らさよ 島の美童ヨー ジントヨー 想い染めてヨー ・・・
 男性バックの声も渋く、大喝采。

 その後、晴れてよかった、主催者の河野さんの行いがよかったからと言いながら、「カンパ~イ!」とビールを2、3口。
 観客の「イッキ!」の声にも動じることなくその程度でやめておき、今度は私のデビュー曲、静かに聴いてねと、「女工節」。

 絵美さんが二胡を悲しげに奏で、それに合わせて我如古がうたい始めるや、フロントの人波も漣が引くように自席へと。観客も忙しい。(笑)
 客席が暗くなり、ステージのみが明るく照らされるライティングもなかなかいいです。

 最後は、「クラウディア、出ておいで」と大城クラウディアを呼び込み、姫で修行した彼女をずっと応援してねと親心を見せて、一緒に「島唄」を。
 1番をクラウディアがうたい始めると、客席全体が大合唱。み~んな知っています、この歌。
 2番は我如古がウチナーグチバージョンで。

 おわってより子は、もらったビールを多数抱え、「皆さんの幸せにカンパイ!」と可愛く言って下がっていきました。
○ジョニー宜野湾



 川田がとうとう前半控えていた泡盛のイッキ飲みを始めてしまい、次はジョニー宜野湾。
 ジョニー宜野湾については、まだ20世紀だった頃(笑)、アルバム「うりひゃあでぇじなとん」で名を馳せたヒト、ということぐらいしか知識ナシ。

 あとで調べてみると、元ハートビーツのギタリストで、沖縄県で音楽活動をするアコースティック中心の自称「県産品歌手」。アルバムの発売はすべて自主レーベルからのリリースなのですが、活動は沖縄県ではメジャー級なのだそうです。
 そういえば、沖縄でテレビを見ていると、よくCMにも登場していたことを思い出しました。

 白っぽい色の鳥打帽にサングラス、黒に白の模様が入った長袖シャツにジーンズのジョニーは、「エブリバディ! やっと来れました!!」と、琉フェス初参加をアピール。エレキギター奏者を従えて、本人はエレキウクレレです。

 1曲目は、へヴィロックの旗手ディープパープルの名曲「スモークオンザウォーター」を、なんと、ウクレレで。
 オリジナルとはまったく別の、転調がほどこされたブルース調の「スモークオンザウォーター」は、オリジナルを奉じてきた者からすればそりゃ違うだろと思わざるを得ないシロモノ。しかし反面、こういう編曲もアリなのかもなと思わせる不思議なものでした。
 オレンジ色のステージライトの中うたい終えて、「今日はぐっすり眠れるかも」と満足感を表明します。

 いま16歳の息子がまだ小学生だった頃、地元チェーン店の焼肉五苑のCMに出たことを話し、2曲目は、「キミがキミでいるために」。ギターのスライド風の演奏がいい。
 1、2曲とも今年6月に出した5枚目のアルバム「WASERGE(ワサージ)」に収録されているようで、今日はそれを持ってきているから買ってねと、しっかり宣伝。

 最後は、ウクレレを置いて、
 ♪ 神様から いただいたこの一生 好きにして 誰にも文句は言わせない ・・・
という「一本道」で盛り上がります。
 「うりひゃあ…」の収録曲。手拍子を要求し、ステージを右左に歩き回り、観客にマイクを向けて一体感を煽ります。
 ロックンローラー特有の熱いハートが感じられますねぇ。しかし、その歩き方は、肩や足のラインが丸まっていて、なんとなくオヤジっぽかったゾ!(笑) しょうがないか、51歳なんだもんな。
○神谷幸一 & 玉城一美

    kazumi.gif

 またまた民謡路線に戻って、次は神谷幸一と玉城一美の登場。うひゃあ、コザの民謡スナック「花の島」が大阪野外に再現されるワケね。

 まずは一美のやさしい声でスタート。曲は、一美のピカイチソングだと思っている「御縁花」です。
 いくら想っても、ままにならない恋の道。あなたの真心をたのみに流れ流れてきたけれど、今ようやくあなたと、ご縁があって出会えた!――といった歌意。
 慕う男性を「雲上(うんじゅ)」と呼び、
 ♪ 今(なま)どぅ雲上とぅ 行逢(いちゃ)やびたんど
     御縁あてーるくとぅ 行逢やびたんど ・・・
と感嘆する女心の美しさよ。

 佐原一哉がシンセサイザーでサポート。それがうたを、現実からかけ離れた幻想的で精神性の強いものへと高めています。
 一美は、きりりとカラジをまとめ、広い額に大きな目。ピンク色で若干ラメの入ったウシンチー、三線を抱えての立ち姿は極めて美しい。

 いやー、感動。満足。
 2曲目は、父・玉城安定のヒット曲と紹介して「二見情話」を。ちょっと悲しげなメロディ。
 ♪ 二見美童や だんじゅ肝美らさ 海山の眺み 他所に勝てぃよ ・・・
 名護市東海岸の山間の美しい里、二見。沖縄戦のさなか、摩文仁で捕虜になり、米軍に二見の収容所に送られた照屋朝敏という人が、故郷首里への帰還が決まった時、温かく迎え入れてくれた二見の人たちへ贈った曲なのだそう。

 沖縄版デュエットの定番曲です。
 神谷がうたえば、彼にスポットライトが当たり、しみじみ感がいや増します。
 神谷は、明るい紺色の和服の着流し。カラシ色の帯が低い位置に締められて、なかなかカッコイイ。
 2人が三線を弾いていますが、耳に聴こえる音色のほとんどは神谷の弾く音。それぐらい彼の三線は強さとキレがあるということなのでしょう。

 終えて神谷は、このヘスチバル(笑)には自分の故郷の津堅島から50人ぐらい来ている、津堅のうたもつくっているけど今日は時間がない、などということをウチナーグチで話します。
 そうこうするうちに、いつものようにオバサンたちから花束が差し入れられました。これ、ヤラセじゃないよね。かつての杉良太郎の沖縄バージョンといったところでしょうか。

 3曲目は、たくさんあるナークニーの中から、ということで、神谷が「富原(とぅんばる)ナークニー」を。
 一美が太鼓にまわり、神谷が自慢の三線早弾きを披露してくれました。
 すると、出ました、モーサー。おぉ、モーアシビ。これは踊るよね。(笑)

 最後は、3分で何曲歌えるか、という民謡スナックばりのおちゃらけモノ。村吉茜も太鼓で加勢。
 ましゅんく節~サイレン節~県道節~加那ヨー~手間当~海のチンボーラ~白雲節~だんじゅかりゆし~カイサレー。このほかにも何曲かあったはず。

 いかったいかった。すっかり花の島状態。
 よくぞ盛り上げてくださいました、お二人さん!
 年末は、沖縄に行こうと思い、日程調整をしていました。
 12月の16から20日あたりだとなんとか大丈夫そうと日を絞り、さて、沖縄で何をしようかと。

 この時期を沖縄に充てようと考えるのは、毎年この時期に、RBC琉球放送で放映される新春民謡紅白歌合戦の公開収録があるから。
 なので、その開催場所と日時を教えてもらおうと、RBCにメールしました。
 しかし、待てど暮らせど無しのつぶて。
 クソー、なんだよ~、RBC。これまではそんなことなかったのだけどなぁ…。

 結局、連絡をもらえないうちにANAの旅割予約期間も過ぎてしまい、年末のツアーは断念することとなってしまったのでした。責任重大だゾ、RBC!

 …なんて憤慨しながら悔しがっていたところ、今年の民謡紅白に関する情報発見!
 『沖縄暦「箆柄日記」』というブログの11月19日の記事です。
 それによると、なんと今年は、新春民謡紅白歌合戦の公開収録は行わないことになったのだそうです。
 え??? それって、沖縄に行けなくなったことよりもショック。これは事件です!



 なんでも、琉球放送開局55周年を記念して、歴代民謡紅白の貴重な映像とスタジオ収録の演奏で構成するとのこと。
 何ぃ~? スタジオぉ?? 50周年の時にはいつもより大々的に収録したじゃないか。(上画像)
 それを今回は、スータージーオー?????

 ――落着こう。
 箆柄さんの記事には、「来年以降は未定だが、民謡オンリーの内容は見直すことにもなりそうだ。それはそれで構わないと思うが、番組自体は続けて欲しい」とも。
 OTVの「東西民謡合戦」が、数年前に民謡主体から島唄全体へと軸足を移して「新春!島唄の祭典」に衣替えしたという経過もあるので、箆柄さんのコメントも真実味があります。

 箆柄さんの「番組自体は続けて欲しい」という点には同感であり、また「もっと観光資源として活用する方策も含めて、存続を検討すべきではないだろうか」という意見にも、わざわざそれを見に行く人間としては、大きく首を縦に振るものでアリマス。

 なお、OTVの公開収録は次のとおりですので、ご参考にドウゾ。

  ☆ 沖縄テレビ『第4回 新春!島唄の祭典』公開収録
    2009年12月10日(木) 18:30 うるま市民芸術劇場響ホール
    男性陣:Glean Piece/RYOEI/魅川憲一郎/前川守賢/宮良康正
    女性陣:しおり/砂川恵理歌/神谷千尋/しゃかり/我如古より子

 …これもなんだか、こういう出演者にした番組制作者の意図がよくワカンネェですね、チェッ。
○古謝美佐子



 この時点で19時。終了予定の時刻ですが、まだまだ。古謝美佐子が残っています。
 今回のトリは美佐子。おそらく、琉フェス史上女性のトリは初めてでしょう。

 ♪ 遠き山に 陽は落ちて・・・のドボルザークの「家路」のイントロとともに美佐子が登場すると、会場は盛り上がりのピーク。
 その美佐子、珍しく紅型衣装での登場です。鮮やかな黄色に襟元の赤のアクセントが映えるもので、ネーネーズ時代を髣髴とさせるものがあります。足元は紺絣がのぞき、赤い鼻緒の草履。

 1曲目は、アルバム「廻る命」にも収録されている「アメイジング・グレイス」。
 ♪ 天とぅ地とぅ龍宮 みてぃんみゆう(三天三様)
     拝でぃくぬふし(地球)ぬ 平和うにげ(御願)
 曲そのものが劇的なものなのに加え、この声量とこの高音の伸び。スバラシイなぁ…。

 2曲目は、三線を持って、沖縄民謡の最高峰の「ナークニー」と「カイサレー」を連発で。
 Umm・・・迫力満点。いいデキです。橋ナークニー~夢カイサレーと違い、より正調に近いものでした。
 カイサレーに至り、大勢の観客が踊りながらステージ前へと、笛に踊らされたネズミのように移動していきます。すごいなー!

 うたい終えた美佐子は、押し寄せた観客のやんやの掛け声に、自分のしゃべっている声も聞こえないと驚いて見せて、「自分にもしゃべらせて!」と、わめく連中をどやしつけます。またも、すごいなー!

 3曲目は、アイルランド民謡の「ポメロイの山々」を佐原のアレンジで。
 佐原は、いろんな曲を聴きながら、これをこのようにして彼女にうたわせたならどうなるかと、常々考えているのだろうな。この曲についても、彼女に実にしっくりきています。
 聴いていて思うのだけれど、アイルランドと沖縄の精神性って、なぜか双方に共通するようなものが感じられますね。

 美佐子は、個人としての大阪琉フェス出場は、8年ぶり3回目。前回出場したときは孫をうたった「童神」が出たばかりの頃だったが、今ではもう、孫は6人になった、という話をして、次はその「童神」を。
 琉鼓会女子部の6人が踊りで加勢。彼女たちは、からし色と紫色半々の衣装に、下は白のカカンといった凝った衣装です。そして、膝にも届こうかという長い紫色のサージが頭から下がっています。
 ♪ イラヨーヘイ イラヨーホイ イラヨー かなし産みなしぐゎ ・・・
 いやはやすごい! み~んなうたっているもんナ。