『沖縄社会は闇鍋みたいなものである。どんな具が入っているか、すくい上げるまでわからない。それはグリーン横の墓だったり、70歳のホステスだったり、サロンパスのコーラ漬けだったり、お金の灰だったりする。
 もちろん、そこにニッポンの常識は通用しない。だから驚き、あきれ、笑い、感動し、卒倒する。
 では、それらの具はいったいいくらなのか。それを知れば、正体がもっとはっきりするはずだ。』

 ――という具合に、闇鍋の具を値段で斬って、沖縄社会の面白さを知ろうという趣向の愉快本です。
 ここに掲げられている4つの「具」の喩えは何のことを言っているかわかりますか?(笑)

 値段で斬るという趣向もなかなか斬新ですが、立派なのは、この「具」の項目数がなんと200にも及んでいること。200ですよ!
 おもしろいところを例示すると、老人ホーム、黒蝶真珠、結び指輪、クバ笠、ダンパチ屋、結婚相談所入会金、離婚の慰謝料、屋根タンク、ユタ料、死亡広告、トートーメー、レンタアップ車、バスレーン反則金、コールセンタースタッフ時給、琉球温熱療法、琉球舞踊道場の月謝、年金スナック・・・などなど。

 また、読んでいてすごいなーと思ったのは、それらの項目のコメントすべてに何らかの“オチ”をつけていること。
 ようやるよって感じで、途中からは、さて、この項目はどんなまとめかたをするのかな、というところ1点に興味がいってしまいました。(笑)

 表現の仕方もユニークで、沖縄雑学系では久々に楽しめた1冊でした。
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 沖縄料理は身体にいい、と言われて久しいですが、「食はクスイムン(薬物)である」という琉球の思想をはぐくんだのは、「御膳本草」という王朝時代の食医学書が端緒のひとつでしょう。

 王府の侍医頭だった渡嘉敷親雲上通観(とかしきぺーちんつうかん)が、中国・北京に渡って食医学を学び、帰国後の1832年に著した書物です。
 穀類から野菜、海藻、肉、魚介、果物まで、およそ300品種の素材について、効能や食べ合わせの禁忌、調理法などを記したという貴重な書です。

 当書は、この「御膳本草」の記述を基に、60の食材、70の料理を再現し、美味しそうな写真とともに紹介するというつくりの秀逸なビジュアル本です。
 それぞれの食材の特色はもちろん、沖縄ならではの食し方、さらには本土の人でも挑戦できるつくり方などで構成されています。

 著者は、沖縄懐石料理店「赤坂潭亭」の経営者。自らも沖縄料理の「心」を探求しているようで、含蓄の深い解説は魅力たっぷりです。
 それに輪をかけるように美しいのが、見事としか言いようのない沖縄料理の写真の数々。おいしそうというよりも、まさに美しすぎて、箸などでくずしたりしてはいけないのではないか、という思いが先にくるほどの秀逸さです。きれいですよ~♪

 とりわけ、表紙にも用いられている「東道盆(とぅんだーぼん)」は見事で、見つめるほどにその素晴しさの実感が増してきます。
 一度はこういう本格的な沖縄料理を食べてみたいものですが、はたして、いくら出せばそれが可能になるのか・・・。

 なんか、この本一冊で、沖縄料理を極めてしまったような気になってしまいました。
 あくまでも「目」で、ということなのですがね・・・。
 これは保存版といて「買い」です。


 昨日、今日と、人間ドック1泊2日。胃の内視鏡検査のため喉が痛いし、大腸X線のため肛門が痛い、ううぅ・・・。

 ドックは昼過ぎに終わったため、午後は少し家で休んで、夜に「群青 愛が沈んだ海の色」のナイトショーを観に行く。
 山形でも全国と同時に6月27日からロードショーをやっていたのだが、なかなか行くチャンスに恵まれないでいたところ、ナント、7月10日(金)で終了というではないか。
 ということは、9、10日はおそらく無理だろうから、よぅし、ならばドック明けの今日観るしかあるめい、ということで。

 この映画、八重山諸島のある離島という設定ですが、島の風景はほとんど渡名喜島で撮影されています。
 渡名喜島にはついこの前のGWに訪れたばかりなので、出てくる風景や島の集落などの佇まいがよ~くわかる。
 何度も登場する浜辺の居酒屋。そのロケ地はちょっとした観光スポットになっています。

 監督:中川陽介、出演:長澤まさみ/佐々木蔵之介/福士誠治/良知真次。沖縄関係では玉城満、桑江良美など。

 沖縄の離島で育った凉子は、幼なじみの一也と結婚を約束するが、父・龍二に反対されてしまう。結婚を認めてもらうため、凉子に贈る宝石サンゴをとりにひとり海へ向かう一也。しかし、彼は海で命を落とします。
 もう一人の幼馴染みの大介もまた、一也を失い笑わなくなってしまった涼子のために海へと向かい、命を落としそうになります。そのとき、涼子の前には死んだ母が、そして大介の意識には一也が現れて・・・。
 おとぎ話の世界のような美しい島の風景は必見です。

 さて明日は、仕事の後、近年長井線の企画モノとして盛り上がっている「ビール列車」に乗ります。
 節制してきた分、明日は盛大に飲ませていただきますかね。(笑)


 朝日新聞奄美支局長として3年間勤務した経験を持つ40代の著者が綴る、奄美の島々の今を描くルポルタージュです。

 この本の立ち位置は、奄美での生活や取材活動の中で得たさまざまな体験や発見を紹介し、奄美を通して日本という国を再考する――という2つの視点。
 一人でも多くの人が奄美に興味を持つようにその案内役が果たせれば、という思いを込め、自分の書いた新聞記事やこの本のために書かれた個人的な感想や意見などでまとめあげています。

 内容は4つ。
 それらは、ほとんどの人が家で最期を迎える与論島を歩いた記録をまとめた「在宅死、長寿、スピリチュアリティー」、子育てをしやすいと多くの人が認める沖永良部島で子育ての現場を歩いた「子宝の島、日本へのヒント」、奄美と琉球、ヤマト(日本本土)の関係を奄美の視点から分析・紹介した「奄美史のダイナミズム」、世界的ともいわれる奄美の自然の内実を、森やマングローブを実際に歩いてまとめた「自然、外来種、公共事業」――です。

 それぞれの章が、単なる著者の感想だけでないしっかりしたテーマ性を有しているために、読んでいてなかなか小気味よく、また、島に住んでいる人々の様子がそこかしこに登場するので、理念ばかりが浮き上がってしまうということもありません。
 さらには、日本というある意味病んでしまった国の人々に対する数多くの問いかけのようなものが底流にあるため、よく考えながら読むことができたような気がします。


 「癒しの島、沖縄の真実」に続く、野里洋著のソフトバンク新書。
 このヒト、凄いんです。1942年石川県生まれで、沖縄が日本に復帰する5年も前(1967年)に琉球新報社に就職。当時ナイチャーが渡航許可をもらって占領下沖縄の記者になるなんてことは、おそらくかなり異例のことなのではなかったか。
 で、現在は沖縄国際大学の非常勤講師。「汚名 第26代沖縄県知事泉守紀」(1993)という興味深い著作があると知り、たった今、アマゾンからワンクリックで購入~♪

 沖縄は、巨大な米軍基地をはじめとして様々な問題を内在しています。しかし一方で、沖縄には、本土にはない社会、人々、芸能、文化、自然などが持つ大きな魅力やパワーがあります。
 今、国全体を覆う閉塞感の中で混迷しきっているニッポンを救うのは、沖縄ではないか。
 経済的に豊かではなくても、スローテンポで進む沖縄の社会や、地域社会の中で人々が繋がり助け合って暮らす沖縄的な生き方は、大きな示唆を与えているのではないか。
 それは「沖縄力」といっていいひとつの「力」ではないか。――というのがこの本のテーゼです。
 Ummm・・・そう、そのとおり!

 「ウチナーンチュとヤマトゥンチュ」、「アメリカ世からヤマトゥぬ世」、「怒りのマグマと経済のジレンマ」、「リゾート開発で狙われる夢の島」、「南に輝く不思議島」。
 沖縄暮らし40年の著者のことですから、ニクソンショック、琉大事件、甲子園初出場の首里高校の話・・・と、扱うネタはどちらかというと古いです。(笑) でも、そういうのが沖縄マニアにはたまらんのですよ。

 著者は、これまで本土側には、沖縄戦や施政権分断などがあったために、沖縄に申し訳ないという気持ちが長い間あったが、最近になって、沖縄だけが苦労してきたのではない、本土を批判する沖縄側の主張は叩いておく必要があるなどという論調が出てきたと述べ、そのことに憂えています。

 また、昨今の社会の混乱や閉塞感は、他人を思いやるやさしさやおおらかさといった「心」の面が軽視されてきたことと深く関係しており、だからこそ南国・沖縄に根付く「やさしい、ゆったりとした心」に注目が集まっているのではないかとまとめています。

 これらにはいずれも同感の極みですな。

 1泊2日の人間ドックの際に持ち込み、論旨に深く同意しつつ、初日のうちに瞬く間に読み終えてしまいました。


 ナイチャーのB級グルマンが、地元民しか知らないはずのスージグヮーのそば屋にカーナビ付きのレンタカーで乗りつける。
 本土の女性誌は、米軍の対ゲリラ訓練用のキャンプのジャングルをとっておきの「隠れ家リゾート」として持ち上げる。
 国際通りで移住ナイチャーが「これすげくね!」と言いながら、産地不明のみやげ物をこれまたナイチャーの観光客に売り付ける。
 そして、地元のお笑い芸人は、政治的に不可触領域だったはずの米軍基地をネタに飯を食う。
 ――というように、「癒しの島」と持ち上げられている沖縄も、ひとつひとつの現実を見れば矛盾だらけの泣き笑いなのだ!という、おもしろおかしく、そしてほとんどためにならない1冊。(笑)

 新書といえばかつては学問的なものばかりだったと記憶しているのですが、こういう内容のものも新書の体裁で売られる世の中なのですね~。

 おもしろいのは、内容がず~っとウチナーヤマトゥグチで書かれていること。はじめのうちは気になったりもしましたが、読み進めていくうちにウチナーンチュの心情や思考形態などがストレートに伝わってきて、すんごくおもしろおかしく、とてもためになった。・・・前言撤回。
 人間ドックの個室ベッドでどんどん読み進めてあっさり読了。1泊2日のドック中に3冊読んだゾ。

 「ヤンバル芸人と行く沖縄リゾートの旅」、「Aサインと伝説のロックンローラー」、「灼熱の日米ビーチ決戦」、「お笑い米軍基地ヒストリー」、「不動産屋の話~移住計画者に捧ぐ」など。

 著者は、漫才コンビ「ぽってかすー」を経て、2005年から舞台「お笑い米軍基地」で一世風靡。今ノリノリの沖縄芸人です。


 今年の春、この映画を観に行かないかと次男に誘われていたのですが、結局行かずじまいに。
 で、GWに沖縄の書店でこの本を見つけたので、買って読んでみました。ラブストーリーなんて苦手なのだけれど。

 ロケーションは、沖縄本島周辺の離島、与那喜島。
 主人公の明青(あきお)は家族がなく、島の雑貨屋を犬のカフーとともに営んでいます。うりずんの季節、そこに1通の手紙が届きます。
 もし絵馬の言葉が本当なら、私をあなたのお嫁さんにしてください――。
 そのきっかけは、明青が本土を旅行した際に絵馬に書いた「嫁に来ないか。」という願い事でした。

 そんなことって現実には考えられないことだよな・・・と思いながらも、構成力、文章力がすばらしく、次の展開に期待してどんどん引き込まれて読んでしまいました。
 そして結末は。
 手紙の差出人の幸(さち)が明青のもとに嫁に来ようとした必然性が劇的な形で明らかとなります。

 ラブストーリーに特化した文学賞「第1回 日本ラブストーリー大賞」が2005年に創設され、その大賞受賞作がコレ。
 作者は、小説家でエッセイストの原田宗典の実妹なのだそうです。

 映画のロケ地は今帰仁村。でも、実在する島に照らすと、イメージは伊是名島か、または伊江島に近いような気がします。
 ひっそりと佇む家々の様子や、裏に住むユタのあばぁの表情や言動(映画ではあの瀬名波孝子が演じたらしい)、いつもカフーと散歩に出かける夕暮れの南浜の情景、小学校のグランド脇にある大きなデイゴの木のがっしりとした枝ぶりなどなど、沖縄の離島のことを思い出し、想像しながら、眠ることを忘れて耽読しました。

 この本、なかなかのグッドジョブです。
 どうやら映画も原作に忠実なよう。ロードショーは終わってしまいましたが、そのうちぜひ観てみたいものです。


 7月18~20日は3連休。この休みに読みました。

 戦後の復興間もない1956年4月から翌年1月まで、247回にわたって「沖縄タイムス」夕刊に連載された新聞小説を復刻したもの。

 著者は1918年、那覇市生まれで、沖縄民政府、沖縄タイムス、琉球放送、琉大付属図書館、琉球新報社などに勤務。その間、詩、小説、随筆、評論などを発表し続けた文化人です。2002年死去。
 2003年から08年にわたって、その細君が尽力し、「太田良博著作集」(第1~5巻)を発刊。その際に収録できなかった著作の一つが、この「珊瑚礁に風光る」で、それをボーダーインク社が単行発刊したのがコレです。

 興味は、半世紀以上前の沖縄。
 まだ浮島としての名残が残る那覇の町の様子や、当時の若者の恋愛観、男女の会話の粋のあり方などを垣間見せてくれました。

 2段組350ページ超の大作ですが、全体としてのまとまり感が少し足りない模様。新聞小説にありがちですが、作品を通じて一貫して流れてくる通奏低音のようなものは、あまりありません。なので、間をおいて途中から読み始めるとつながらず、再度前に戻って読まなければならないことがしばしばありました。まぁ、そのあたりは50年前の作品ということで、ご愛嬌。

 その特徴的な書き出しの記述部分を掲げると、こんな感じです。
 時代を感じるし、那覇はまだ王国のテイストを色濃く残していたのだなぁと思います。

『土曜の午後である。
 崇元寺の琉米文化会館では、西洋音楽のレコード鑑賞会が開かれていた。単純で重厚な線をもつ、そこの石門は、もと鬱蒼たる亜熱帯樹でおおわれ、門前は、尚清王時代の建立と言われる石造の下馬碑が建っていた。舜天以下時代の霊位を祀った尚氏家廟で、戦前は国宝指定物だった。
 あの戦争で、跡形なく吹飛ばされた、そのあとに、かなり宏壮な構えで、文化センターの建物が建ち、あたりに、モダンな開放的な空気をただよわせている。――』

 そうそう、この文章、やたらと読点が多いです。その反面あちこちで句点が抜けていたりするので、ときどき考えさせられながら読みました。(笑)


 戦後60年以上もすぎて、生活の場から沖縄戦が年々消えて無くなってゆくような気がする。外見上、沖縄は豊かになり、発展していく中で戦争の爪跡が消えていくのは当然のことだが、何故か、寂しいような、空しいような気がする。
 ――そんな想いを持って書かれた詩集。

 著者は昭和33年生まれ。なので、著者の知っている沖縄戦は、大人たちから聞いた話や、テレビで見た話、本や新聞で読んだ追体験でしかありません。
 そうは言っても、彼が子供の頃は、生活の場に沖縄戦の残骸が生々しく溢れていたことでしょう。
 軍靴やガスマスクや医療器具の散乱した防空壕。巨大で不気味なトーチカ。石垣やコンクリート塀に残る生々しい弾痕。家の周りや畑からは不発弾や弾片がごろごろ出てきて、子どもだった彼らはそれをオモチャにして遊び、小遣い稼ぎの材料にしたことでしょう。

 しかし、詩というものはむずかしい。鑑賞力が必要です。
 文章ならば、文章力で説明すればいいし、短歌ならば、心境を言葉の持つ力強さに乗せて絵を描くように表現すればいい。
 だが、詩は、そのどっちつかずのようなところがあって、作者によって表現形態に幅があるような気がします。
 それをどう理解するか。そのあたりが難しいと思う。

 自分にはこれらの詩を解説する能力がないので、掲載されたものの中から一例を示して皆さんの判断に委ねることにしましょう。
 いずれの作品にも、最後に一句、入ります。

    藷(いも)
  悲しき背中のPW
  勝者の令に起されて
  勝者の令に働きて
  掘る藷すべて超え太り
  満々まんと地を充たす
  収穫すくなき痩せた地の
  めずらしき一時の大盤振る舞い

  白骨の うえに肥えたり 太き藷

         注:PW = Prisoner of War。戦争捕虜。


 「キムタク!」ではなく、「キムタカ!」である。
 「キムタカ」とは「肝高」。沖縄でよく使われている言葉で、「志を持った生き方、自分に誇りを持った生き方、気高く生きる心」という意味です。

 著者は、小浜島の民宿「うふだき荘」の倅で、八重山高校ではBEGINのメンバーなどと同期。「南島詩人」の異名を持ち、実家の民宿を拠点に「キビ刈り援農塾」をスタートさせるなど、地域と文化に根ざした幅広い活動をしてきた人物です。

 当書は、その彼が旧勝連町(現うるま市)のきむたかホールを拠点として手がけてきた舞台「肝高の阿麻和利」にまつわる奇跡の物語を、彼自身が熱く綴っています。

 この「肝高の阿麻和利」、演じているのはすべて、一般の子どもたち。
 舞台に参加して、不登校だった子が学校に行くようになった、未来への希望や目標をもてなかった子どもたちが変わっていった、そしてその力が大人たちを巻き込み、地域が再生していった、というようなことが次々に起こったということです。
 結果、公演回数120回余、動員総数7万人という驚異的な実績があがりました。

 自分もかつて文化行政にたずさわり、県内の全高校から生徒を集めて過去に例のないイベントを仕掛け、本の中にあるものと同様の体験をした経験があるので、著者の語る感動や考え方がよくわかりました。まちおこしというのは、そこに住む者が一体感をもってひとつの感動体験をすることによって得られるものなのでしょう。

 また、この舞台を観たいと思いつつまだ観ることができないでいましたが、この本を読んで意を新たに。公演にあわせて沖縄に行く、ということも考えたいと思います。

 語り口は平易で、若者の文章にしては極めて冷静かつ論理的。批判めいたところはありませんし、思想の押し付けのようなものもまったくありません。また、自分の考えをしっかり筋道を立てて説明しています。たいしたものだと思います。

 サブタイトルは、「舞台が元気を運んで来る 感動体験夢舞台」。
 さわやかな読後感があり、なかなかよかったです。


 沖縄関連書籍について、読んだあと簡単なインプレッションを書いてホームページに載せているのですが、このたびそれが400冊を突破しました。
 1993年頃から少しずつ読み始めて、とうとうここまで来ました。
 好きでやっていることとはいえ、ここまで続けられるとは思っていなかったので、自分のウェブページを眺めながら、やったなぁと一人感慨に浸りました。

 でも、沖縄に関する興味はまだまだ尽きることはありません。部屋の本棚には未読の沖縄本が30冊程度横たわっていて、「ねえねえ、早く手にとって読んでくださらない?」と甘い誘いを囁きかけてきます。
 うんうん、かわいいヤツよのう、しばし待たれよ、これからゆっくりと、ねんごろにかまってあげるからな、フフ・・・。

 今年の年頭にたてた目標は、1年間に沖縄本を50冊読むことでした。
 現在、31冊。
 まあ順調と言えましょうが、ときどきまったく読まなかったり、読めなかったりするので、油断は禁物。興味の赴くまま、焦らずゆっくり読み進めていくつもりです。

 その「琉球関連書籍総覧」のページはこちらからどうぞ。


 1979年生まれというから、まだ20代の島ナイチャーが著したウチナーグチの本です。

 著者は中学を卒業するまでの15年間を伊平屋島で育ち、高校進学のため沖縄本島で寮生活をして言葉に関する最初のカルチャーショックを受け、数年後に大学進学のため上京し、各他方から出てきた若者や各国からの留学生に出会い、さらに大きなカルチャーショックを受けます。
 その過程ではうつ病に罹ったこともあったそうで、けっこう苦労しているようです。

 でも、持ち前の根性とあっけらかんとした性格で、周りの同僚や友人にウチナーグチとも共通語ともちがう変な言葉を不思議がられながらも明るく乗り越えていく姿が垣間見られ、読んでいてなんだか元気をもらえたような気になりました。
 白い砂浜で、「よーんなー(ゆっくり)」と書かれた島サバ(ビーチサンダル)を持って明るく笑う彼女の写真はなかなか魅力的。これからもがんばってほしいと、オジサンは思うゾ

 従来のウチナーグチの本に見られる昔懐かしい琉歌や沖縄の格言などばかりでなく、「あがっ!」、「うるくなほい」、「すんちゃからから」、「意味くじわからん」など、今風のウチナーヤマトグチまで幅広く扱っているところが新しい。
 そしてそれらの言葉を、自分の祖父や祖母など身近な人たちがどういうシチュエーションで使っていたかを記憶の中から手繰りだし、一人の若いウチナーンチュとして、一般的な規範にとらわれない素朴で自由な感性で、自分の言葉で解説しているところはとても新鮮に感じられます。

 島言葉のおもしろさや美しさ、意味深さなどを楽しく、そしてしみじみと読み解いた、沖縄キーワードの玉手箱のような1冊です。