地元の方々の評価が高いようなので、以前から行ってみたいと思っていた店。
 何回か車で近くの街なかを通ってみたものの、なかなか発見することができずに今日に至る。しかし、今回は執念深く路地を虱潰しに当たって(というのは大げさだが)、ようやっと見つけた。
 なぁに、小さくて目立たないなんていうわけではなく、持っていた地図の示していた場所がビミョーに違っていたのでした。

 夕刻の、他に客のいない店に入って、中華そば大盛り550+100円を。
 ご覧のとおり、レンゲのつかない店のよう。だがしかし、どんぶりの縁がヌルヌルなので、躊躇なく店主にレンゲを所望してゲット。

 そのレンゲでスープを一口啜るや、うへぇ、こりゃあ美味! 米沢ラーメンにしては珍しく、というか、こんなの他にないだろうと思うくらいに深いコクがある。これはいいなぁ。
 白胡椒をふりかけてまた一口。う~ん、ウマイ・・・。うっとり。
 けっこう動物系の油が浮いているが、これが旨みの元とあれば苦にならない。むしろ、それがウマイ。

 麺は見事に米沢でホロホロ。
 チャーシューは3枚で2種類。渦巻き風のものが特に厚みがあってうまかった。

 これで650円ならリーズナブル。納得です。
 気に入った。いずれまた行くことになるだろうな。

 ひとつ難があるとすれば、店内の雰囲気。観葉植物から端を発したであろうと思われる蜘蛛軍団が跳梁跋扈。麺の上から蜘蛛が降ってきやしないかと思わず天井を見上げてしまいました。(笑)
 テレビの前のテーブルになにか広げて黙々と作業をしているおばさん、ときどき掃除しましょうね。
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 『沖縄社会は闇鍋みたいなものである。どんな具が入っているか、すくい上げるまでわからない。それはグリーン横の墓だったり、70歳のホステスだったり、サロンパスのコーラ漬けだったり、お金の灰だったりする。
 もちろん、そこにニッポンの常識は通用しない。だから驚き、あきれ、笑い、感動し、卒倒する。
 では、それらの具はいったいいくらなのか。それを知れば、正体がもっとはっきりするはずだ。』

 ――という具合に、闇鍋の具を値段で斬って、沖縄社会の面白さを知ろうという趣向の愉快本です。
 ここに掲げられている4つの「具」の喩えは何のことを言っているかわかりますか?(笑)

 値段で斬るという趣向もなかなか斬新ですが、立派なのは、この「具」の項目数がなんと200にも及んでいること。200ですよ!
 おもしろいところを例示すると、老人ホーム、黒蝶真珠、結び指輪、クバ笠、ダンパチ屋、結婚相談所入会金、離婚の慰謝料、屋根タンク、ユタ料、死亡広告、トートーメー、レンタアップ車、バスレーン反則金、コールセンタースタッフ時給、琉球温熱療法、琉球舞踊道場の月謝、年金スナック・・・などなど。

 また、読んでいてすごいなーと思ったのは、それらの項目のコメントすべてに何らかの“オチ”をつけていること。
 ようやるよって感じで、途中からは、さて、この項目はどんなまとめかたをするのかな、というところ1点に興味がいってしまいました。(笑)

 表現の仕方もユニークで、沖縄雑学系では久々に楽しめた1冊でした。


 沖縄料理は身体にいい、と言われて久しいですが、「食はクスイムン(薬物)である」という琉球の思想をはぐくんだのは、「御膳本草」という王朝時代の食医学書が端緒のひとつでしょう。

 王府の侍医頭だった渡嘉敷親雲上通観(とかしきぺーちんつうかん)が、中国・北京に渡って食医学を学び、帰国後の1832年に著した書物です。
 穀類から野菜、海藻、肉、魚介、果物まで、およそ300品種の素材について、効能や食べ合わせの禁忌、調理法などを記したという貴重な書です。

 当書は、この「御膳本草」の記述を基に、60の食材、70の料理を再現し、美味しそうな写真とともに紹介するというつくりの秀逸なビジュアル本です。
 それぞれの食材の特色はもちろん、沖縄ならではの食し方、さらには本土の人でも挑戦できるつくり方などで構成されています。

 著者は、沖縄懐石料理店「赤坂潭亭」の経営者。自らも沖縄料理の「心」を探求しているようで、含蓄の深い解説は魅力たっぷりです。
 それに輪をかけるように美しいのが、見事としか言いようのない沖縄料理の写真の数々。おいしそうというよりも、まさに美しすぎて、箸などでくずしたりしてはいけないのではないか、という思いが先にくるほどの秀逸さです。きれいですよ~♪

 とりわけ、表紙にも用いられている「東道盆(とぅんだーぼん)」は見事で、見つめるほどにその素晴しさの実感が増してきます。
 一度はこういう本格的な沖縄料理を食べてみたいものですが、はたして、いくら出せばそれが可能になるのか・・・。

 なんか、この本一冊で、沖縄料理を極めてしまったような気になってしまいました。
 あくまでも「目」で、ということなのですがね・・・。
 これは保存版といて「買い」です。


 今日は午後から本庁で会議。このチャンスを逃さじとばかりに、米沢市内のはずれにあるかわにし食堂に寄り道して中華そば550+150円を食べてきた。

 なにせ市内随一の人気店。土日や平日の昼過ぎなんかに行ったら満員覚悟だし、やや遠いのでふつうでも昼休みの1時間で往復するのはちょっとツライ。
 でも、読みどおり、1時前ぐらい前に行ったらコミコミでなくゆったりと食べられた。

 おおっ、デカいどんぶりに大量のスープ! その中を泳ぐようにして横たわっている麺はウワサどおり典型的米沢ラーメン。だってそうだよな、「ひらま」の麺なんだもん。
 米沢ラーメンの王道を行く黄金のスープも澄んでいてすばらしい。してまた、素っ気ないメンマ、チャーシュー、海苔、ナルトもまことにそれらしい。(笑)

 しかし、である。オーソドックススタイルなところは十分評価に値するが、米沢市内の各店の中華そばのレベルの高さを知ってしまった今となっては、なんか当たり前のもののようにも感じてしまったことをここに告白しなければならない。

 わざわざ並んでまで食べるほどのものではない、ということ。
 もちろん、すごくうまい。だけど、それはある意味、無個性といもの。
 先に訪問した喜久家のような、ウチはこれなんだかんなっ、ガツン!という、店のオリジナリティが味付けとしてほしいのだ。
 そして、大盛り150円増しというのも気に食わない。(って、またそれかよ・・・)

 情報によると、味噌ラーメンは黄色い太麺なのだという。
 次回訪問時は(また行くワケね)辛味噌ラーメンに挑戦してみようと考えている。


 日曜だが、午前中米沢で開かれるシンポジウムに参加。終了は12時前。
 では昼食を、と考えるが、今日は細麺はパスしたい気分。
 それではと、山形に戻る途中で南陽市宮内に向かう。宮内は赤湯風太麺の宝庫ですからね。

 「沖ふじ中華店」。店の名前がいいではないか。宮内の老舗。
 午後1時前に入店も、客はなく、テレビののど自慢を見ながら一人ゆったりと。
 中華そば大盛り550+100円を。漬物付き、レンゲなし。でも、オヤジさんにレンゲをもらえないかと所望したら持ってきてくれた。ラーメンはまずスープを啜ってからでないとね。

 そのスープは、まぁ、ふつう。やや濁りがあり、なぜか少しではあるが唐辛子が浮いている。それと、札幌ラーメンのような炒め物の香りが。
 どうやらチャーシューに“焼き”が入れてあるようで、その焼き汁がスープに加えられているようだ。そして唐辛子は、焼きの際に加えられたものだろうか。
 醤油ラーメンに唐辛子というのは、違和感がないといったらウソになるよな。

 不ぞろいに切られたネギや細めに裂かれたメンマには好感。
 そして、麺はというと、本日の望みどおり立派な中太の縮れ麺。にゅるにゅるとしていて、ウマイなぁ・・・。

 いくつか難点はあるものの、不思議な魅力がある逸品でした。

 ココは焼きそばがウリのよう。と言ってもフツーのソース焼きそばなのだろうけど。
 この麺でつくった焼きそばなら、さぞかし美味いだろうな。次回は焼きそばだな。

okifuji2.jpg


 昨日、今日と、人間ドック1泊2日。胃の内視鏡検査のため喉が痛いし、大腸X線のため肛門が痛い、ううぅ・・・。

 ドックは昼過ぎに終わったため、午後は少し家で休んで、夜に「群青 愛が沈んだ海の色」のナイトショーを観に行く。
 山形でも全国と同時に6月27日からロードショーをやっていたのだが、なかなか行くチャンスに恵まれないでいたところ、ナント、7月10日(金)で終了というではないか。
 ということは、9、10日はおそらく無理だろうから、よぅし、ならばドック明けの今日観るしかあるめい、ということで。

 この映画、八重山諸島のある離島という設定ですが、島の風景はほとんど渡名喜島で撮影されています。
 渡名喜島にはついこの前のGWに訪れたばかりなので、出てくる風景や島の集落などの佇まいがよ~くわかる。
 何度も登場する浜辺の居酒屋。そのロケ地はちょっとした観光スポットになっています。

 監督:中川陽介、出演:長澤まさみ/佐々木蔵之介/福士誠治/良知真次。沖縄関係では玉城満、桑江良美など。

 沖縄の離島で育った凉子は、幼なじみの一也と結婚を約束するが、父・龍二に反対されてしまう。結婚を認めてもらうため、凉子に贈る宝石サンゴをとりにひとり海へ向かう一也。しかし、彼は海で命を落とします。
 もう一人の幼馴染みの大介もまた、一也を失い笑わなくなってしまった涼子のために海へと向かい、命を落としそうになります。そのとき、涼子の前には死んだ母が、そして大介の意識には一也が現れて・・・。
 おとぎ話の世界のような美しい島の風景は必見です。

 さて明日は、仕事の後、近年長井線の企画モノとして盛り上がっている「ビール列車」に乗ります。
 節制してきた分、明日は盛大に飲ませていただきますかね。(笑)


 人間ドック明けなので、なにかうまいものが喰いたい。
 なのだが、今日は飲み会があるのでクルマなし。外は雨。まぁ、昼は我慢して、職員食堂ででも喰おうか。
 ・・・って、今日職員食堂休みぃ~?? そんなの聞いていないぞ。わずか2日来ない間に突然決めるなよ。

 仕方がないので、傘をさして雨の中、最寄りの中華料理屋「椿楼」へと赴く。
 別に、ココに行きたいわけではない。近いから行く。

 ココは4月、米沢に赴任して第1日目に昼食をとった店。そのときはランチタイムの酢豚セットをオーダーしたのだった。酸味の効いた熱々のなかなかウマイものだったが、量やコスパなどに特筆点はなく、その後は行っていなかった。

 今回はラーメンを食べて写真を撮ろうと、メンマラーメン650円を。
 運ばれてきたものはこのとおり。ナルホド、中華料理だなぁ・・・。
 スープは極めて一般的だし、わざわざ130円も余計に奮発してメンマ投入を所望したのに、それもたいした量ではない。量も少ない。チャーシューもぴらぴら。
 でも、麺は確かに多少“米ラー”していましたですかね。

 今後たとえ庁内食堂が急に休みになって、外が大雨になって、マイカーがなかったとしても、もうここでラーメンを食べることはないのだろうな。
 店の名誉のために付け加えると、五目あんのたっぷりかかった焼きそばはうまいらしいです。


 今日は市の南部に出張。
 昼過ぎに用件を終え、昼メシはどうするかと同行者に問えば、「弁当持ってきていますけど、食べていっても大丈夫ですよ」とのこと。そうかい?じゃあ食べていこうか。どこかいいトコあるかな?

 ということで、用務先の近くの「かまた食堂」に連れて行ってもらいました。
 この界隈ではちょっとは名の知れたラーメン店なのだそう。

 中華そば大盛り550+100円。
 素朴でいい表情をしたラーメンである。
 麺も、具も、スープも、すべてが主張するということを知らないでそこにある、という感じ。
 なのに、とても口や胃にやさしく、心を安らかにして食べることができる。

 言わば、普段はでしゃばるようなことなんか絶対にないようなひたすら地味な存在なのに、なぜかとても気になるあの子――という感じかな。
 そうだったなぁ。小学校のときなど、同じクラスにもそういう子が一人二人いたよな。

 麺がやや茹で過ぎだったのが残念。
 鄙には稀な・・・と言うと怒られるかもしれないが、とても繁盛しているいい店でした。ゴチソウサマ。


 朝日新聞奄美支局長として3年間勤務した経験を持つ40代の著者が綴る、奄美の島々の今を描くルポルタージュです。

 この本の立ち位置は、奄美での生活や取材活動の中で得たさまざまな体験や発見を紹介し、奄美を通して日本という国を再考する――という2つの視点。
 一人でも多くの人が奄美に興味を持つようにその案内役が果たせれば、という思いを込め、自分の書いた新聞記事やこの本のために書かれた個人的な感想や意見などでまとめあげています。

 内容は4つ。
 それらは、ほとんどの人が家で最期を迎える与論島を歩いた記録をまとめた「在宅死、長寿、スピリチュアリティー」、子育てをしやすいと多くの人が認める沖永良部島で子育ての現場を歩いた「子宝の島、日本へのヒント」、奄美と琉球、ヤマト(日本本土)の関係を奄美の視点から分析・紹介した「奄美史のダイナミズム」、世界的ともいわれる奄美の自然の内実を、森やマングローブを実際に歩いてまとめた「自然、外来種、公共事業」――です。

 それぞれの章が、単なる著者の感想だけでないしっかりしたテーマ性を有しているために、読んでいてなかなか小気味よく、また、島に住んでいる人々の様子がそこかしこに登場するので、理念ばかりが浮き上がってしまうということもありません。
 さらには、日本というある意味病んでしまった国の人々に対する数多くの問いかけのようなものが底流にあるため、よく考えながら読むことができたような気がします。


 「癒しの島、沖縄の真実」に続く、野里洋著のソフトバンク新書。
 このヒト、凄いんです。1942年石川県生まれで、沖縄が日本に復帰する5年も前(1967年)に琉球新報社に就職。当時ナイチャーが渡航許可をもらって占領下沖縄の記者になるなんてことは、おそらくかなり異例のことなのではなかったか。
 で、現在は沖縄国際大学の非常勤講師。「汚名 第26代沖縄県知事泉守紀」(1993)という興味深い著作があると知り、たった今、アマゾンからワンクリックで購入~♪

 沖縄は、巨大な米軍基地をはじめとして様々な問題を内在しています。しかし一方で、沖縄には、本土にはない社会、人々、芸能、文化、自然などが持つ大きな魅力やパワーがあります。
 今、国全体を覆う閉塞感の中で混迷しきっているニッポンを救うのは、沖縄ではないか。
 経済的に豊かではなくても、スローテンポで進む沖縄の社会や、地域社会の中で人々が繋がり助け合って暮らす沖縄的な生き方は、大きな示唆を与えているのではないか。
 それは「沖縄力」といっていいひとつの「力」ではないか。――というのがこの本のテーゼです。
 Ummm・・・そう、そのとおり!

 「ウチナーンチュとヤマトゥンチュ」、「アメリカ世からヤマトゥぬ世」、「怒りのマグマと経済のジレンマ」、「リゾート開発で狙われる夢の島」、「南に輝く不思議島」。
 沖縄暮らし40年の著者のことですから、ニクソンショック、琉大事件、甲子園初出場の首里高校の話・・・と、扱うネタはどちらかというと古いです。(笑) でも、そういうのが沖縄マニアにはたまらんのですよ。

 著者は、これまで本土側には、沖縄戦や施政権分断などがあったために、沖縄に申し訳ないという気持ちが長い間あったが、最近になって、沖縄だけが苦労してきたのではない、本土を批判する沖縄側の主張は叩いておく必要があるなどという論調が出てきたと述べ、そのことに憂えています。

 また、昨今の社会の混乱や閉塞感は、他人を思いやるやさしさやおおらかさといった「心」の面が軽視されてきたことと深く関係しており、だからこそ南国・沖縄に根付く「やさしい、ゆったりとした心」に注目が集まっているのではないかとまとめています。

 これらにはいずれも同感の極みですな。

 1泊2日の人間ドックの際に持ち込み、論旨に深く同意しつつ、初日のうちに瞬く間に読み終えてしまいました。


 ナイチャーのB級グルマンが、地元民しか知らないはずのスージグヮーのそば屋にカーナビ付きのレンタカーで乗りつける。
 本土の女性誌は、米軍の対ゲリラ訓練用のキャンプのジャングルをとっておきの「隠れ家リゾート」として持ち上げる。
 国際通りで移住ナイチャーが「これすげくね!」と言いながら、産地不明のみやげ物をこれまたナイチャーの観光客に売り付ける。
 そして、地元のお笑い芸人は、政治的に不可触領域だったはずの米軍基地をネタに飯を食う。
 ――というように、「癒しの島」と持ち上げられている沖縄も、ひとつひとつの現実を見れば矛盾だらけの泣き笑いなのだ!という、おもしろおかしく、そしてほとんどためにならない1冊。(笑)

 新書といえばかつては学問的なものばかりだったと記憶しているのですが、こういう内容のものも新書の体裁で売られる世の中なのですね~。

 おもしろいのは、内容がず~っとウチナーヤマトゥグチで書かれていること。はじめのうちは気になったりもしましたが、読み進めていくうちにウチナーンチュの心情や思考形態などがストレートに伝わってきて、すんごくおもしろおかしく、とてもためになった。・・・前言撤回。
 人間ドックの個室ベッドでどんどん読み進めてあっさり読了。1泊2日のドック中に3冊読んだゾ。

 「ヤンバル芸人と行く沖縄リゾートの旅」、「Aサインと伝説のロックンローラー」、「灼熱の日米ビーチ決戦」、「お笑い米軍基地ヒストリー」、「不動産屋の話~移住計画者に捧ぐ」など。

 著者は、漫才コンビ「ぽってかすー」を経て、2005年から舞台「お笑い米軍基地」で一世風靡。今ノリノリの沖縄芸人です。


 今年の春、この映画を観に行かないかと次男に誘われていたのですが、結局行かずじまいに。
 で、GWに沖縄の書店でこの本を見つけたので、買って読んでみました。ラブストーリーなんて苦手なのだけれど。

 ロケーションは、沖縄本島周辺の離島、与那喜島。
 主人公の明青(あきお)は家族がなく、島の雑貨屋を犬のカフーとともに営んでいます。うりずんの季節、そこに1通の手紙が届きます。
 もし絵馬の言葉が本当なら、私をあなたのお嫁さんにしてください――。
 そのきっかけは、明青が本土を旅行した際に絵馬に書いた「嫁に来ないか。」という願い事でした。

 そんなことって現実には考えられないことだよな・・・と思いながらも、構成力、文章力がすばらしく、次の展開に期待してどんどん引き込まれて読んでしまいました。
 そして結末は。
 手紙の差出人の幸(さち)が明青のもとに嫁に来ようとした必然性が劇的な形で明らかとなります。

 ラブストーリーに特化した文学賞「第1回 日本ラブストーリー大賞」が2005年に創設され、その大賞受賞作がコレ。
 作者は、小説家でエッセイストの原田宗典の実妹なのだそうです。

 映画のロケ地は今帰仁村。でも、実在する島に照らすと、イメージは伊是名島か、または伊江島に近いような気がします。
 ひっそりと佇む家々の様子や、裏に住むユタのあばぁの表情や言動(映画ではあの瀬名波孝子が演じたらしい)、いつもカフーと散歩に出かける夕暮れの南浜の情景、小学校のグランド脇にある大きなデイゴの木のがっしりとした枝ぶりなどなど、沖縄の離島のことを思い出し、想像しながら、眠ることを忘れて耽読しました。

 この本、なかなかのグッドジョブです。
 どうやら映画も原作に忠実なよう。ロードショーは終わってしまいましたが、そのうちぜひ観てみたいものです。


 職場の女性職員が「いちばんの味噌ラーメンなんて、おいしいですよ~」と話していたので、どんなもんかなぁと思って行ってみました。

 味噌ラーメン大盛り700+150円。
 すり鉢のような器で登場。すげっ。

 ラードの香り高いなかなか上等な味噌ラーメン。キャベツ、もやし、にんじんなどを炒めたものの上に美味い味のついた挽肉が乗っています。チャーシュー、メンマ、なると、ネギなどは入りません。
 その下には、味噌定番の太麺ではなく、細縮れの米沢ラーメンが。こういう組み合わせって斬新だと思う。

 「ここの味噌のスープは甘い」という意見をよく聞きましたが、確かに甘い。食べている間よりも、食後しばらくしてからそれを実感することになりました。
 本場の札幌味噌ラーメンにもこういうのがあるよね。「味の時計台チェーン」の味噌ラーメンなんかもこれに近いかも。ま、ここまで甘くはないにしろ、ラードの効き具合なんかそっくり。

 スープの最期に残る挽肉を掬って食べるのがフィニッシュ時の楽しみです。
 つまるところ、このスープが理解できるかどうかでこの店の評価は分かれるのかもしれないな。
 おれはまぁ、たまにならばこういうのも悪くないかなと思います。

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 暑い!
 昼は米沢ラーメンが食べたいと思ったが、こうも暑いと気も萎える。
 でも、そうか、冷やしラーメンという手があったかと思い直し、おもむろに車を駆って出発。
 ラーメンは熱くなければならないという基本姿勢すら、この場合あっさり放棄です。

 市役所近くの庶民的な老舗を狙ってみたが、どうも今日は休みらしい。ならばココはこの次ということにして、ちょっと遠めの「東部食堂」へ。

 ココでは冷たい中華というらしい。中華そばより100円高い650円。冷やす手間と金糸卵代か?!
 スープは、ワカメが入っているからなのか、一口目はやや違和感あり。でも2口目からは美味い印象に変わります。冷やしとあってやや甘め。黒胡椒をささっと振って全部いただき~♪
 認識を新たにしたのは、冷やして食べる米沢の細麺。かちっとした硬さがとてもよいのですな。極細なのにもかかわらず非常に弾力性が高く、平城冷麺を細くしたような口当たりがスバラシイ。米らーって、冷やしもグーなんですね。
 ネギは緑色の細ネギ、おいしいメンマ数本にチャーシュー2枚、ナルトもしっかり入ってとても満足です。

 こぢんまりとしているけれど、わりと新しくて、清潔感のある店でした。
 ココでは近いうちにぜひノーマルあつあつの中華そばを味わってみたい。(強い意志)

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 赤湯から宮内に抜ける道沿いにあるこの店、バラック風の佇まいが前から気になっていたので、仕事の帰りにちょこっと寄ってみました。

 ネットで見て美味しそうだったので、醤油ラーメン+チャーシュー550+200円をチョイス。
 う~む、写真がよくないな、ピンボケだ。

 濃厚なスープ。というよりも豚骨からだしたと思われる油分が多いこってりしたスープ。それにブシ粉をたっぷり投入している模様で、ややくどい感じがしました。
 こういう味のつくりかたもあるのですね。旨いかと訊かれれば、まちがいなく旨い。特に、ラーメンにこってりした濃厚さを求めている人や若者たちなどにとってはさぞかし旨いことでしょう。

 自分はどうかといえば、こういうのもアリだけど、もっとシンプルな、昔ながらのラーメンに想いを致しているので、少し方向が違うかもね。

 麺は、宮内・赤湯方面にしてはやや細め。ちぢれ具合はなかなかいい。ツヤやコシは合格ラインではあるものの、特に優れていると言うわけではないと思う。

 漬物つき。青海苔の瓶つき。自由にかけてね、ということらしい。

 何がウリなのかを一人で店を切り盛りしていたオヤジに尋ねると、「暑い今どきはつけめんだな」とのこと。「でもな、もっと暑くなっど味噌が結構でんのよな」とも言っていました。
 味噌なぁ。味噌だったらどんなスープなのだろう。味噌にはブシ粉はぶち込まないだろうと思うのだが・・・。

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 市役所の近く、こんなところにこんな店があったのかというような地味なたたずまいの愛染(アイセン)食堂に行き、中華そば550円を食べてきました。

 冷やしラーメン(この店では「特中」と呼んでいるらしい)にしようかとも思ったが、おれのラーメン店めぐりの本旨は何だったのかということについてよく考え、この暑い中ではあるが熱いほうをオーダー。

 広くない店内は、デコラ張りのテーブルが3つ、小上がりにはテーブル2つ。すべての椅子が客で埋まったら間をすり抜けるスペースはゼロでしょう。(笑)

 味のほうはなかなかグー。
 醤油の香りが立つシンプルなスープ。濃い色でやや塩辛いものの、飾るところのない庶民的な味だ。
 麺は、米沢ラーメンにしてはやや太めの縮れ麺。微妙に食感が違うが、普通に美味しい。
 ぼそぼそとしたチャーシュー2枚に細裂きメンマ。メンマは保存料の匂いが気にならないでもないが、まぁ、こんなものか。小さな海苔の上には胡椒が少々。ナルトはなし。

 昔風の小さいどんぶりになみなみと注がれたスープと麺。特別多くはない量だと思うのだが、見た目としてはとてもボリューム感があり、それだけで満腹中枢は刺激されるのだね。普通盛りとしては十分なものだと思う。

 昼メシに一人でふらりと縄暖簾をくぐって食べる――という我が行動形態にふさわしい店構えとラーメン。けっこうこういう店って、好きだな。

 市内門東町、伝国の杜の近くに「愛染」というラーメン店がありますが、これとは別ですので、ご留意を。

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 山形には冷やし肉そばというカテゴリーが定着している。
 冷やしかけそばに鶏肉の切れ端が数枚入っているといった趣向のもので、西村山郡河北町あたりがその震源地となっている。
 で、近年、山形市を中心として、県内のあちこちにコレを賞味することができる店が出現している。一種のブームと言ってもいいくらい。

 市内にあるそのひとつが一休庵。
 そば自体は、製麺所への大量発注のものと思われ、手打ちの打ち立て、切り立てといった崇高なものではなく、むしろ下品の範疇に入ってしまうのかもしれない。
 でもそれは、やや太めの適度な太さ、蕎麦の黒々とした威風を兼ね備えており、個人的な好みとしては、乱立気味の新興勢力に対して大きなアドバンテージがあると思っている。

 冷たい肉そばの大盛り650+150円。
 特筆すべきはつゆ。甘みがあり、鶏肉の脂が濃厚に染み出ていて美味。
 肉は、お約束のとおり硬めでコリコリとした食感。
 これにしっかりと刻んだネギが風味を加えており、七味をパラパラと振りかけてズズーッと啜れば至福のうまみが口内に広がり、最高の喉越しが楽しめます。

 豪快にかっ込むのが流儀ですので、基本的に普通盛りでは足りません。
 大盛りで足りない人には特盛りも用意されています。

 山形の場合、そばなんて、所詮銀シャリにありつけない貧しい農家の食い扶持として食べられていたもの。お江戸のように酒やニシンとともに少量を・・・なんてやってられるかいっての。
 さりげなくたのんで、サッと出されたものをガーッと食べて、はいサヨウナラ、というのが山形流です。

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 7月18~20日は3連休。この休みに読みました。

 戦後の復興間もない1956年4月から翌年1月まで、247回にわたって「沖縄タイムス」夕刊に連載された新聞小説を復刻したもの。

 著者は1918年、那覇市生まれで、沖縄民政府、沖縄タイムス、琉球放送、琉大付属図書館、琉球新報社などに勤務。その間、詩、小説、随筆、評論などを発表し続けた文化人です。2002年死去。
 2003年から08年にわたって、その細君が尽力し、「太田良博著作集」(第1~5巻)を発刊。その際に収録できなかった著作の一つが、この「珊瑚礁に風光る」で、それをボーダーインク社が単行発刊したのがコレです。

 興味は、半世紀以上前の沖縄。
 まだ浮島としての名残が残る那覇の町の様子や、当時の若者の恋愛観、男女の会話の粋のあり方などを垣間見せてくれました。

 2段組350ページ超の大作ですが、全体としてのまとまり感が少し足りない模様。新聞小説にありがちですが、作品を通じて一貫して流れてくる通奏低音のようなものは、あまりありません。なので、間をおいて途中から読み始めるとつながらず、再度前に戻って読まなければならないことがしばしばありました。まぁ、そのあたりは50年前の作品ということで、ご愛嬌。

 その特徴的な書き出しの記述部分を掲げると、こんな感じです。
 時代を感じるし、那覇はまだ王国のテイストを色濃く残していたのだなぁと思います。

『土曜の午後である。
 崇元寺の琉米文化会館では、西洋音楽のレコード鑑賞会が開かれていた。単純で重厚な線をもつ、そこの石門は、もと鬱蒼たる亜熱帯樹でおおわれ、門前は、尚清王時代の建立と言われる石造の下馬碑が建っていた。舜天以下時代の霊位を祀った尚氏家廟で、戦前は国宝指定物だった。
 あの戦争で、跡形なく吹飛ばされた、そのあとに、かなり宏壮な構えで、文化センターの建物が建ち、あたりに、モダンな開放的な空気をただよわせている。――』

 そうそう、この文章、やたらと読点が多いです。その反面あちこちで句点が抜けていたりするので、ときどき考えさせられながら読みました。(笑)


 戦後60年以上もすぎて、生活の場から沖縄戦が年々消えて無くなってゆくような気がする。外見上、沖縄は豊かになり、発展していく中で戦争の爪跡が消えていくのは当然のことだが、何故か、寂しいような、空しいような気がする。
 ――そんな想いを持って書かれた詩集。

 著者は昭和33年生まれ。なので、著者の知っている沖縄戦は、大人たちから聞いた話や、テレビで見た話、本や新聞で読んだ追体験でしかありません。
 そうは言っても、彼が子供の頃は、生活の場に沖縄戦の残骸が生々しく溢れていたことでしょう。
 軍靴やガスマスクや医療器具の散乱した防空壕。巨大で不気味なトーチカ。石垣やコンクリート塀に残る生々しい弾痕。家の周りや畑からは不発弾や弾片がごろごろ出てきて、子どもだった彼らはそれをオモチャにして遊び、小遣い稼ぎの材料にしたことでしょう。

 しかし、詩というものはむずかしい。鑑賞力が必要です。
 文章ならば、文章力で説明すればいいし、短歌ならば、心境を言葉の持つ力強さに乗せて絵を描くように表現すればいい。
 だが、詩は、そのどっちつかずのようなところがあって、作者によって表現形態に幅があるような気がします。
 それをどう理解するか。そのあたりが難しいと思う。

 自分にはこれらの詩を解説する能力がないので、掲載されたものの中から一例を示して皆さんの判断に委ねることにしましょう。
 いずれの作品にも、最後に一句、入ります。

    藷(いも)
  悲しき背中のPW
  勝者の令に起されて
  勝者の令に働きて
  掘る藷すべて超え太り
  満々まんと地を充たす
  収穫すくなき痩せた地の
  めずらしき一時の大盤振る舞い

  白骨の うえに肥えたり 太き藷

         注:PW = Prisoner of War。戦争捕虜。
 今日は午後から本庁で大事な会議。
 午前中は課内ミーティング1、協議のための来客1、主催の打ち合わせ会議の説明2、懸案事項の上司協議とそれを受けた指示出し1・・・という具合にめまぐるしかった。

 で、気がつけば正午が近い。
 やべっ! 時間がねぇっ!!
 どこかで昼メシ喰って、午後1時15分までには本庁に到達したい。ということは、メシはアソコしかないな・・・。

 というので寄ったのは、イオンタウン南陽内の「ととや三代目」。
 ココはランチタイムには先着10食の日替わり定食500円がある。
 もう遅いかな~と思いつつトツゲキすれば、渡された札番号はNo5。ふぅ~、ゲットだぜ。



 これで500円って、お徳だと思いませんか?
 大き目のハンバーグにツナサラダ、まぐろのぶつ切りに御新香、これにたっぷりとしたご飯とアオサのたっぷり入った味噌汁がつきます。

 今どき職場の職員食堂だって、これよりずっと質素なもので500円だからね。
 でもこれ、これまで3回食べた500円ランチの中ではいちばんボリュームが少なかった。
 いつものランチはこれよりスゴイんです。(笑)

 店の詳細はこちらのページをどうぞ。