人事異動で米沢勤務になりました。
 4月1日には本庁(山形)で辞令をもらい、ただちに1時間かけて移動。あれやこれやあって夕刻には幹部会議?の初会合を経て、夜にはさっそく懇親会。初日から現地宿泊です。(笑)

 で、本日は各係から業務内容のレクを受け、あいさつ回りに。その合間にも仕事に関係するいろいろな方の来訪を受けました。
 慣れないことばかりでしたが、なんとかこなしてようやく先ほど帰宅。明日からは早起きしての通勤の日々へと突入します。

 それから、4日の土曜日が待ち遠しいなと思っていたら、この日も勤務地で開かれるセレモニーにヘッドの代理出席なのだそう。
 こういうことがしょっちゅうでなければいいのだがと思いながらも、ま、なんとかなるのでせう。

 いろいろ難儀なことはあるにせよ、これまでの1年間のような休日の緊急呼び出しに備えた態勢をとる必要があまりなく、オンオフの区切りというか、公私の区別がぐっと明確になったことは、喜ばしい。
 また幸いなのは、5月の連休中には今のところ行事がないようで、異動前から企画していた沖縄への旅が実現できそうなこと。くふふ、いいぞいいぞ。
 さぁさ、早く寝ましょうね~。



 あぁ、3月29日をもって、比嘉綾乃はネーネーズを卒業したのだったなぁ・・・。
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 沖縄の芸能に関するさまざまな文献に触れていて、「辻遊郭」の存在が沖縄の諸芸の発展に与えた影響がとても大きかったことがわかってきました。

 那覇市の東側、波乃上宮に隣接するこの地帯は、今では多少哀愁すら感じさせるディープな歓楽街となっているのですが、かつては女性たちが町のすべてを仕切っていた一大遊郭街となっていたそうなのですね。

 遊郭というと、私たちヤマトの現代人は春をひさぐ淫猥な女性たちや、非合法な雰囲気、男尊女卑的な男女間の力関係などを連想してしまいますが、どうも沖縄の辻の場合、実態はそうばかりでもなかったようです。

 辻に売られていく農村の女たち、という経済的背景こそあったものの、辻でジュリ(尾類)となって芸を磨き、美貌を身につけ、働き、生活する女性たちは、ある種の誇りを感じていたとも言われています。

 そんな辻の様子をもっと知りたくなって、古書店(アマゾン)から「辻の華・戦後篇」(上原栄子著、時事通信社刊)を入手しました。1989年の発刊。まだ買えて、よかった!

 旧正月のジュリ馬行列が復活されるなど、辻文化が見直されつつある一面もあるようですが、むかしの沖縄や、現在までうたい継がれている沖縄民謡などの真髄を理解するためには、かつて独特の文化で栄華を極めていた辻遊郭の実態をもっと深く知る必要がありそうです。

 この本の読後感は、また後ほど、ということで。
 土曜の今日も米沢へ。米沢地区春の交通安全県民運動出発式。
 単なる出発式かと思ったらこれが大違い。置賜農業高校演劇部の創作劇や米沢東高校吹奏楽部の演奏などが繰り広げられ、これらがいずれもなかなかのハイレベル。高校生たちは、何人かが集まって目的に向かって団結すると、信じられないくらいにきらきらと輝く。その一途さや純真さに感動でした。はるばる山形から参加した甲斐がありました。

 さて、式が終わって昼食に寄ったのは、米沢郊外の「熊八珍」というラーメン屋。
 ここではおいしい沖縄そばが食べられるのですよ。それって山形県内では非常に貴重。山形にいながらにしてふらりと沖縄そばを食べに行けるなんて、これまた感動モノではないか。

 で、その沖縄そばを食べようと思って店に入ったのですが、ここのウリが「ダールラーメン」というものであるようなので、急遽コレに変更。(笑)



 要は、ラーメンに唐辛子を利かせた中華風五目あんをかけたもののことのよう。
 白菜、もやし、きくらげ、筍、ニンジン、ピーマン、豚肉などを高熱でジュワジュワやったものに水溶き片栗粉でとろみをつけて、これを麺の上にたっぷりかけて、蒸し海老をトッピングといった趣向で、750円。

 ほほ~。そういうものをダールラーメンと呼ぶのなら、県庁裏の「材木亭」の材木亭めんなんかもこの範疇に入るのだろうな。
 でも、「熊八珍」の場合はベースのスープが少なく、つゆの大部分がこのあんで、箸で麺を持ち上げるとあんがたっぷりとからんでとても美味。
 さらに無料で薬味の乗ったごはんがつく。これを残った汁に入れてかっこめば、これまた絶妙でした。

 ギョーザの無料券をもらって出店。
 近いうちにまた、この券を持って、今度は沖縄そばを食べに行こうっと。
 すっかり春めいて毎日ぽかぽか、いい天気だ。
 今日は5時半に起きて出勤。春の交通安全運動の立哨を。自信なげな表情をして登校する新入生の制服やシューズが真新しい。
「はい、おはよう!」
「・・・おはようございます」



 で、昼は、陽気に誘われて職場周辺を散歩。その際に食したのがコレ、「三男坊」の味噌定食800円です。

 三男坊は昨日に次いで2回目。(笑)
 昨日は中華定食750円を食べたのですが、隣りの人が食べている味噌ラーメンが美味しそうだったので、今日は味噌定食を注文。でも味噌定食の「味噌中華」と単品の「味噌ラーメン」はベツモノらしく、ラーメン自体はご覧のようなシンプルなものでした。
 でもまあ、プラス200円程度で鶏の唐揚の甘酢あんかけと御新香、ライス、ソフトドリンクがついてくる。昨日の天津飯風よりも充実していて納得です。

 職場の同僚に訊くと、「アソコなら味噌ラーメンですよ」とのこと。やっぱり、そう?
 おーし、こうなりゃ来週もう一度行って、今度こそ具だくさんの味噌ラーメンを食べてやろうではないか。

 ちなみに、麺は細縮れの米沢ラーメンですが、そう特筆するほどのものではないかも。でも、日替わりのおかず&ライスがミステリアスでわくわく感あり。大盛りは2玉使用で100円増しとのことです。
 12時過ぎの来店では若干待ち時間があるかもしれません。
 米沢市金池にある北山原(ほくさんばら)殉教遺跡を見てきました。「にしやんばる」とは読みませんので、念のため。(笑)

 ここはもともと米沢藩の処刑場があったところで、NHK大河ドラマ「天地人」に登場する武将たちが活躍した頃とほぼ同じ時代の1629年、上級武士甘糟右衛門一族など57名のキリシタンが処刑されたところなのだそうです。

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 《画像》 キリスト・マリア・ヨハネの像。昭和4年に殉教300年を記念してドイツで造られたものなんだって。

 江戸時代初期に全国で殉教したキリシタンは188人。うち米沢市での殉教者は全国で最も多い人数です。なぜ米沢でこのように大規模なキリシタン殉教があったのか。

 米沢藩内には、一説では1万人ものキリシタンがいたと言われています。なぜ米沢にこれほど多くの信者がいたかというと、初代藩主上杉景勝が、キリスト信仰に対して寛容だったから。そのため、厳しい弾圧を逃れて流れ込む信徒が激増したのだそうです。
 景勝は、禁教令を迫る幕府に対して「当領内には切支丹(きりしたん)は一人もござなく候」と答えたと伝えられています。

 しかし、二代藩主定勝の頃になると、幕府の弾圧はいっそう厳しく、上杉家を安泰にしていくためには幕府に従わざるをえない状況となり、藩はついに、キリシタンの弾圧に踏み切ったのだと。

 殉教を伝える記事は、米沢藩の正史「上杉家御年譜」に書かれたわずか数行の記載のみ。
 ところが、北山原での殉教の様子を詳細に記載された報告書がみつかります。当時会津若松に身を隠していたポーロ神父がバチカンに送った報告書です。
 32枚にわたる報告書には、殉教者の布教活動や信仰生活、米沢藩の政情までもが詳細に記されていました。

 そんなエピソードをもつ北山原殉教遺跡は、米沢市役所にほど近い住宅地の中にあります。
 マリアの像の後ろには、いくつかのキリスト教墓がひっそりと存在していました。

  

 所在地は、山形県米沢市金池6-3です。


 休みの日はゆっくり起きて、昼前に充実のブランチをとることにしている。
 本日は山形市鳥居が丘の「国味(くにあじ)」の鶏の唐揚定食にしてみた。

 ココは、山形では至上の極楽食堂だと、自分は密かに思っている。
 このボリュームで、880円・・・なんてことはなく、ナントたったの680円!

 自宅では購読していない地元の新聞をナナメ読みし、冷たい氷水をすすりながらテキパキ働く奥さんの様子を窺っているうちに、ドドーンと登場。
 揚げたてをできるだけ速くお客さんの手元に、というのが店のモットーのようで、何を注文してもとにかく熱い。これを口内火傷覚悟でかぶりつくシアワセよ。

 おれの場合、スバヤク唐揚にとんかつソースを多めにかけて一口目のむせかえるようなアツアツソースの感覚を楽しみ、キャベツはそのままドレッシングでいただく。
 漬物は口の中の熱さを減退させたいときにパリパリと。そして添え物のレモンは、カリカリの食感が失われぬよう唐揚にはかけず、冷水に絞りいれて食後の爽やか感を演出する。

 あぁ、満腹。充分に満足して代金を払えば、店主と奥さんからは「ありがとござい~んす」というゆるゆる感たっぷりのごあいさつを頂戴できる。

 このように、速い、美味い、安い、熱い、多い、楽しい――のすべてがそろう名店です!

 なおこの店、揚げ物が中心であるため、混雑時は店内に油分が蔓延して服に匂いがつくという唯一の欠点があります。夕食時などに背広を着て入店すると、一発でクリーニング行き。(笑)
 なので、おれの場合、午前11時の開店直後に行くことにしています。


 今日は午後から本庁の会議へ。3時からなので、クルマで米沢市徳町の「味噌屋三男坊」に寄ってから向かうことに。職場近くの「三男坊」とは関係があるのだろうな。

 辛味噌ラーメン750円。
 近年流行りの赤湯系ラーメンで、「龍上海」をソフィスティケイトしたようなイメージ。
 麺は米沢ラーメンにあらず、太麺でしっかりしていて○。茎ワカメが入っているのが独特。そして、ナルトが赤いのが米沢らしい。

 ランチタイムは半ライスがサービスで、ラーメンを食べつくして残ったスープにこのライスをボトリ。辛~いスープとともに口に運べば、至福の旨みの広がりとともに大量の汗がほとばしった。(笑)

 このところ味噌味ばかり攻めていて、こういう濃厚モノはちょっと・・・という感じもないではないが、まぁ、おいしくいただけた。
 赤湯系は実は醤油味がウマイので、今度来ることがあったら醤油味を食べてみたい。

 これと、金池の「三男坊」の味噌ラーメンとを比較してみて、いったん“味噌攻め”は終了とし、今後は純正・米沢ラーメン攻略へと移行しようか。

 このところ食べ物の記事ばっかでスンマセンね。まずは「食」を知ってその土地を知る、ということなのですがね。
2009.04.15 豚の三枚肉?


 おもしろい画像を見つけた。
 それは、<豚肉石>。(笑)

 湖北省武漢市で開催された「中華奇石展」で、豚の三枚肉そっくりの玉石が多数登場し、話題となっている――とのこと。
 これはまたヒジョーにリアル。「ママー、今晩のおかずはラフテーだね」。(笑)

 これをうまそうとみるか、それとも、う~ん胸焼けがしそうとみるかで、見た人の年齢がわかろうというもの。
 ちなみに私は、後者です。


 午後3時半。米沢市役所での会議を終えるや、ただちに伝国の杜で開催されている「天地人博」へと赴き、5時の閉館までじっくりと鑑賞。直江兼続を知らずしてはこの地で仕事ができない状況なものですから。

 で、その後、少し早いけれど夕食をとろうと「山大前やまとや分店」に行って中華そば600円を。
 ここは味のわりにコストパフォーマンスが高い。少し前まではたしか500円だったのだが・・・。
 値上げをしたとはいうものの、味はいい。今どき珍しいシンプルなつくりだけど、醤油の味わいがダシに負けていず、それがかえって新鮮だったりするのですね。
 チャーシュー、メンマ、ネギの3種のみの具もそれぞれがボリュームたっぷりで、フツーの店のチャーシューメン、メンマ増量並み。チャーシューなんか6枚だもんな。
 麺も米沢らしい細縮れ。矢来製麺所製のよう。

 おいしいスープも全部いただいて完食。また食べたいと思わせるに充分な逸品でした。


 早朝から暗くなるまで米沢にいるため、山形市の桜を見ていない。今日は山形で会議が(3つも!)あるので、米沢には行かない。で、今が見ごろかなということで、昼の時間に山形市内の桜の名所、馬見ヶ崎川に行ってみた。ここは実家のすぐそばなのですな。

 川の土手沿いの道はこのように桜がこんもり。

 この道を行った先には、すずきともこちゃんの家があったっけ。いっしょに鼓笛隊の練習をしていたものだ。笑うとほっぺにえくぼができるかわいい子だったが、今はどうしているのだろうか。

 桜を見ながら思う。いいところなのだなぁ、おれが生まれ育った山形というところは。
 人と自然とがうまい具合にミックスされていて、人が多いために胸が悪くなるようなことはないし、自然の力の侵食に手を焼くほどでもない。荒稼ぎはできないが、生活に困るほど苦しくはない。
 長い冬に耐えたあとにこうして春を迎えると、気持ちがほんわかとしてくる。

 小さい頃から見慣れていた埋立通りのほうの桜はすでに葉桜。木々は道路交通の支障になるためにあちこち枝を切り刻まれて、すっかり樹勢がない。
 反面、こちらの河川沿いの木々は健康そのもので、逞しささえ感じる。こちらの木々は、おれがまだ小さかった頃にようやく植樹されたもの。
 何十年前と同じような風景なのだが、実は少しずつ変貌を遂げているというわけだ。

 自分にとって、「いい人生」とは何か。春の風景を愛でながら、ふと、そんなことを考えてしまったおれなのでアッタ。


 すでにこの世にいないひと、遠い土地に暮らし、もう会うこともないであろうひとたち。彼らが生きた時間、場所、語った言葉、表情、しぐさ、そのひとつひとつがあざやかによみがえる。かけがえのない旅とひとの記憶を綴る、珠玉のエッセイ集です。

 とりわけ「壺屋のおばちゃん」は秀逸。
 新宿の鳴子坂下で小さな沖縄料理店を「壺屋」をつづけていた大嶺ヨシ子おばちゃん。著者がすでに他界している母の名を告げると、おばちゃんはその母を知っていて、なつかしさのあまり泣き崩れます。そして、その母の叔父とおばちゃんの兄はともに画家で、長い親交を結んでいたことがわかり・・・。
 話は女学校時代の古きよき那覇に及びますが、そんな夢のような日々は沖縄戦によって失われ・・・。
 人々の、そういう小さな出会いや、かすかに残っている若い頃の日々の記憶というものが、生きていくうえでどれだけ力になっているか、ということがしみじみと伝わってきます。

 ほかに、「さざ波のウチナーグチ」、「うつくしき奄美」、「竹富島(テードゥン)物語」、「桜坂今昔物語」、「調布飛行場の掩体壕を見に行く」など。
 題材はトカラ列島から八重山まで幅広く、琉球弧に関心を持つ者にとっては垂涎のエッセイとなっています。

 さらには、「時の旅人」として、藤田嗣治、火野葦平、岡本太郎、鯨岡由美子(古波蔵保好の妻)、岩崎卓爾(八重山気象台長)、柳田國男など、沖縄に縁の深い人物の紹介などもあり、興味深いことこの上なしです。

 個人的にほほ~と思ったのは、沖縄でシーカヤックをやっている知名進という人の紹介のところで、この人の兄がオーディオ界で著名な「知名オーディオ」の社長で、さらにアコースティックMの知名勝がその弟にあたる、ということ。みんな兄弟なのですね。沖縄も世間が狭いです。(笑)
 人というのは、いろんなところで、いろんな形でつながっているのですね。

 ストレスなく読めるうえに、小分けに読んでも前後の脈絡はしっかりとつながるほど印象深い内容。
 しかも血脈、血縁、地縁という深い部分である種不思議な感動を覚えることができる、というように、エンターテイメント性の高い秀作でした。


 昨日、仕事で長井市を移動しているときに寄った店。長井のラーメンを食べるなら、ココの白味噌中華がウマイのだ、というのですな。

 白味噌中華大盛り750円。すり鉢型の逆三角錐、チト深めの器にて登場、ほほぉ。
 くどくないあっさりめの味噌味で、これは味噌「ラーメン」ではなく味噌「中華」なのだなと思いつつフハフハと。

 麺は細めの縮れ麺。米沢ラーメンほど細くはないが、よく手もみがしてあって美味。こういうスープなら細麺でも相性がいい。
 置賜のラーメン屋はいずこもサービス精神が旺盛なのか、スープをどんぶりにたっぷり注いでくれる。そのためこのように写真を撮ると、麺の容貌が見えなくなってしまうのだが、麺の口当たり、味はとてもグーなのだ。
 チャーシューも、しっかりしたものが4枚。納得である。
 全部溶かしても辛すぎない適当な量の辛味噌の下には、茹でたもやしが。このあたりがあっさり感を演出する隠れアイテムなのだろうか。

 やや熱さが足りなかったところが唯一の欠点。
 でも、これならば、つくる時間がややかかることや大盛りが150円増しとちょっと割高なことなどは難点の部類に入らない、ハイレベルなものだと思います。


 今日の昼メシは、またまた「三男坊」。中華定食、味噌定食に次いで3回目のアタックです。

 どうしておれはここまで忠実に「三男坊」に通うのか。
 いや、別に忠実なんかではないのである。この店で隣の人が食べていた味噌ラーメンが美味しそうだったから、おれも食べたい、というだけなのですな。

 3度目の正直、ということで、味噌ラーメン700円を。
 言ってしまえば、自分はここの麺はあまり高く評価していない。米沢ラーメンらしい細縮れなのですが、あのほろほろとした米沢ラーメン特有の口当たりが得られないのだ。なぜなのかはわからないが・・・。

 ココの味噌の味もすでにわかっている。初めて味わうのは野菜の部分だ。
 つくり方を見ていると、白菜、きくらげ、もやし、青菜、ニラ、ニンジンなどを、ラーメンの湯切りをするときに使うあの網々の中に目いっぱいつっ込んで、茹でる。茹で上がったら、そいつを湯切りして、その形のまま麺の上にチョモランマ風にパカッと乗っける――という極めてシンプルかつ明瞭なつくり方であった。
 油で炒めないので、くどくない味噌ラーメンに仕上がっていた。こういうのもいい。

 またまた大汗。
 これにて米沢の「味噌攻め」は終了。今後はシンプル、あっさり、醤油ベースが基本形の「米沢ラーメン」の旅へと移行します。(笑)


 私はまだ読んでいないのですが、著者の前作に「目からウロコの琉球・沖縄史」というのがあって、琉球王国時代の歴史上のエピソード満載で紹介しているそうなのですが、こちらの本はその“最新歴史ビジュアル”版という位置づけのよう。
 およそ400~700年前の沖縄の古琉球の時代が図解・イラストで紹介されています。このイラストも著者の手によるものです。

 表紙をめくるといきなり登場するのが「大図解・これが古琉球のイメージだ」というカラー見開き。
 そこには琉装、カタカシラ姿の男性、亀甲墓、赤瓦の建物、三線や三枚肉、中国風のジャンク船などが、フツーに考えればむかしの沖縄とはこんな感じかというように描かれています。
 ところが、その見開きを裏返すと、「大図解・これがリアル古琉球だ!」と、資料を限りなく忠実に再現・視覚化した絵が描かれています。
 それはというと、今風のものとはまったく似ていない斜めカタカシラに日本刀をさげた男性、仏教式の墓碑、深く浸透していた仏教、盛んだったヤマトの芸能などの様子が描かれていて、アラまぁ不思議、といった趣。
 一般的なイメージとは違っているはずであることは理論的にはわかっていても、このようにビジュアルなものとして比べてみると、あっちゃあ、こんな感じだったのかぁと、ホント、目からウロコです。

 世界遺産になった5つのグスクの当時の様子を絵に描いて見せ、当時の間切の状況を地図にプロットしてみせ、王府の組織を図解し・・・と、多角的に説明してくれますから、読んでいてとても楽しいし、ためになります。
 文字は何にも勝る優れた記憶装置であると強く思っているのですが、こういうのを読むと、なにもそんなに文字一辺倒でなくてもいいんじゃないの、べつに――と思えてきますね。(笑)

 このような図説のほかに、32編の「目からウロコの琉球史」も。
 「クニの頭とシマの尻」、「首里城にある「書」のヒミツ」、「琉球の「親方」の話」、「解いてみよう!王国の試験問題」、「赤瓦カッコワルイ」、「琉球王国の蒸気船」など。これらも固くない表現でなかなかフムフムもの。

 著者の紹介が遅れましたが、1976年生まれの法政大学沖縄文化研究所国内研究員の方です。おぉ、法政大。沖縄学研究の一大拠点ですね。外間守善センセイのお弟子さんでしょうか。

 なお、この本のつづきは、著者の運営するブログ「目からウロコの琉球・沖縄史」で読むことができるようですよ。


 昼食時、米沢ラーメンを食べるのになぜ今日、けっしてメジャーでないこの店を選んだのか。
 それは、米沢に赴任した4月1日、米沢駅から職場まで30分の道のりをとぼとぼと歩いていたときに偶然発見したのがこの店だったからなのです。

 その時は早朝だったので店は開いておらず、わりと新しい店のたたずまいをぼんやり眺めながら、「そのうちおれはこんな店なんかにも立ち寄って、米沢ラーメンをもそもそと食べたりするのだろうな・・・」などと考えていたのだった。
 それを実現するために。う~む、おれって案外執念深いのかも。

 正午を10分以上も過ぎているのに、店に入ればほかに客もなくけだるい雰囲気・・・というのも、なんとなく気に入った。けだるさの原因は、愛想もなく覇気もないばあさまが店を切り盛りしているからだ。そんなことが瞬時に感じ取れてしまう不思議。

 中華そば大盛り、550円+100円を。
 ばあさまが両手でドンブリを持っての登場。お盆に載せないのか? まぁ、こういう登場スタイルも、なにか懐かしくすら感じたりもする。

 スープは極めてシンプル。旨すぎない、素朴ないい味だ。ワカメの若干の生臭さを除けば。
 麺は、やや黒みを帯びたいかにも米沢ラーメンという感じのシロモノだが、欲を言うなら縮れの具合がもう一息か?

 チャーシューもメンマもネギも、それぞれが主張しあうということを忘れてしまったかのように、フツーにドンブリ内に鎮座している。朴訥、そして、素敵。
 箸で麺をつまみあげ、息を吹きかけ黙々と口に運べば、ほろほろとした米ラー特有の極上至福の感覚が。

 ラーメンはいいなあ。安いし、どの店も雰囲気が大衆的だし、食べる側の気負いなんてのはまったく不要だ。
 こういうモノにあたかも命を賭けて取り組んでいますというようなラーメン店主というのはかなりマヌケなのだなぁと、フト思う。
 大衆派は大衆派らしくしていればいいのだ、客も、店も。
 なあ、ばあさまよ。

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 伊佐沢の念仏踊りを見に行きました。
 昨日、土砂降りの中、車を駆って山形から長井まで。

 「伊佐沢念仏踊り」は県の無形民俗文化財で、樹齢1,200年といわれる地元の久保桜が満開となるこの時期、すぐそばの伊佐沢小学校の校庭で行われるのが常ですが、今年は大雨。そのため小学校体育館での披露となりました。
 本来の外での風情は味わえないのは残念ですが、明るいので写真は撮れるという利点もあって、まぁよしとしましょう。

 太鼓・横笛・まとい・相撲・奴振り・枕打ち・花笠・四ツ竹などで構成されていて、うたはなく、笛と太鼓にあわせて体育館内をぐるぐると道行風に踊ります。
 なんの唱えものもないので「念仏」踊りらしくないような気もしますが、多くの踊り手は浴衣風の着流し姿で顔をすっかり覆ってしまう傘をかぶっています。そして手には花笠や四ツ竹。これはまぎれもなく念仏踊りです。

 女性を装う着流しも、男性。実は踊りの全てのパートを男性が担っており、なおかつ高齢化も進んでいるようで・・・。
 また、踊りの所作も熟練の度合いは高くなく、奴振りなどは徒手体操をしているような感じ。
 若々しくて華やかな沖縄のエイサーと比べると、残念ながらちょっとなぁという感じもしないではありません。
 午後7時半から始まって、8時半前には終了。短いぞ。踊りのバリエーションが多くないのだろうな。

 調べてみると、置賜地方には念仏踊りが6つ伝承されているようで、それらは東置賜郡高畠町の亀岡念仏踊り、南陽市の鍋田念仏踊り、長井市の伊佐沢念仏踊り、西置賜郡飯豊町の高峰念仏踊り、椿念仏踊り、小白川念仏踊り――だそうです。
 素朴であまり風流化していない東置賜に対し、西置賜では配役も形態も豪華・風流化しているとのことで、「どうしん坊」なる鉦打ちの坊さんがいたりして、この地方の念仏踊りは「新発意型」なのではないか、とのことです。
 ナルホド、伊佐沢のものもすっとぼけたような鉦打ちが3人いたな。

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 一昨日、伊佐沢念仏踊りを観に行く途中の腹ごしらえに。
 うまいんだなぁ、これが。この美味が、わずか500円ですよ!

 金ちゃんラーメンはチェーン店。どの店も麺がウリで、それがうんまいスープとからんでとてもグーなのだ。
 山形に住んでいるので、城西店と南原店にはよく行くのですが、長井店の麺は両店の中間ぐらいの太さ。

 城西店の麺は個人的には絶妙至高なのだが、細いために大盛りを頼むと後半ダレるというウィークポイントがある。長井店の麺はこれをうまく補った感じで、城西店よりやや太め。だからと言って、唇や喉を通過するときのしゅるしゅるとしたあの感覚は損なわれていない。
 これはレベルが高い。福島白河のとら食堂の麺にも勝るとも劣らないスグレモノです。

 スープの風味は城西店とほぼ共通。チャーシューについては質、量ともに城西店の勝ち。
 長井店のラーメンをすすりながら、鄙には稀な味わいに大感動しつつ、一方で、ひょっとしたら城西店の中華そばは麺、スープ、チャーシューのバランスとコストパフォーマンスの面から山形随一なのかもしれないなと思ったのだった。
 ・・・あくまでも自分にとって、ということだけれど。


 昼休みに職場を抜け出し一人でGO。米沢のうまいもの探検へと赴きます。
 この頃の昼食摂取時のパターンでありますな。

 ここはシティホテルのレストランなのですが、ランチタイムにラーメンを出すのです。なんか、珍しい。
 醤油、味噌、塩などが揃っていますが、初来店なので醤油の大盛600+100円を。
 いやはや、昼時はラーメンしかやっていないのに、頼んでからできるまでけっこう時間がかかるのですね、15分ほど待ったゾ。火力が弱いのか?
 まぁ、ウエイトレスが若くてやや儚げな風情がいいので許せるけど。(笑)

 さて、お味は?
 これがなかなかグーなんですよ。ちょっとびっくり。
 スープは節系。ブシ粉がギンギンに効いていて、旨みたっぷり。醤油の味は、ストレートに伝わってくることなく、うまい具合にまろやかに封じ込められています。
 なにがそうさせるのかと思ってレンゲでスープを掬ってみると、ナント、柚子と思われる柑橘類の皮が微量! これか、絶妙な味の原因は。
 さすがホテルのレストラン、やることが洒落ていますね。

 チャーシューもまたホテル系。じっくり煮込んだぐいっと厚めのホロホロチャーシューが2枚。これもたいへんに旨い!

 麺はというと、米沢にありながらなぜか極太。赤湯ラーメン系でしょうか。まぁシコシコして美味しいのですが、残念ながらやや茹で過ぎのキライあり。これが唯一残念な点でした。

 黒胡椒がはじめから散らしてあるのは、味を調える意味で悪くない。
 多めのメンマ、なると、茹で玉子1/2、十分な量のネギ、厚めの海苔・・・というように、脇役もしっかり揃っての絶品でした。
 もう一度行きたいか?と問われれば、その答えは「Yes」ですな。

 いやぁ、太麺の大盛りはけっこう腹にきます。(笑)
 移動15分、待つこと15分、食べること10分、移動10分、職場帰還は12時50分でした。
 今日、米沢市で上杉まつりが開幕しました。
 5月2日には武てい式、3日には上杉武者行列と川中島の合戦が行われます。
 今日は開幕祭ということで、伝国の杜周辺で民踊流しや米沢時代行列が行われました。
 開幕祭にはなんと!園田エイサーが参加!!
 ということなので、観に行きましたよ、山形から。仕事の日でもないのに。(笑)



 ご覧のとおり、勇壮な演舞。地元米沢の上郷エイサーと合同演舞です。
 上郷地区は沖縄市と交流があるようで、上郷エイサーを見るのは何年か前、沖縄市で開かれた全島エイサー大会にゲスト出演したのを見て以来。

 観る前に思っていた園田エイサー鑑賞のポイントは、
1 旗頭は沖縄から持ってくるのかどうか
2 多数いる園田青年会のメンバーから何人ぐらい来るものなのか、またその構成は?
3 本場のエイサーの真髄は米沢市民にきっちりと伝わるかどうか
という点でした。

 その結果を報告しますと・・・
1 旗頭は、なし。あの太くて長尺の竿は、やはり空輸は無理なのでしょう。
2 上郷エイサーと混じっていたので判然としませんが、10人はいなかったでしょう。大太鼓、締太鼓、女性の手踊りがそれぞれ2~3名程度。それから、地謡は1人だけ(でも、生演奏)。チョンダラーはいませんでした。
3 民謡団体のしんがりを務めていました。集客力は抜群です。上郷の子供たちと一緒なので、本来の迫力とまではいきませんが、まぁそれなりに伝わったかな、という感じでしょうか。

 しかしなんだな、おれは上杉まつりに、エイサーを観るために行ったというわけだな、「天地人」で盛り上がっているはずのこの米沢に。
 どうだ、まいったか!!的な巨盛りの店が、米沢にもありました。
 職場の先輩から店の噂を聞いて、本日、訪問を決意。
 見てよコレ。この盛り付け方。
 いやぁ、何を考えているんだか、ココのオヤジは・・・。



 こんなに食えないって、フツー。
 ・・・と思いつつ、あらかた食べてしまう自分が、いつものことながらコワイ。
 結局のところ、味は悪くないからイケてしまうのでしょうね。

 せいろがあまり大きくないのでこういうことになるのかもしれませんが、その盛り付け方は実に稠密。隙間がない。上から押し付けたのではないかと思えるくらいにびっしり。

 ご覧のとおり、そばが表現する山岳の稜線の急角度がなかなかに美しい。
 盛りのよさで名高い山形の「やま七」の1.25倍くらいはあるだろうか。ゲソ天がうまい「まるごそば」比較なら2倍ほどもあったかなぁ。

 おれが店に入ったときはどうやらオヤジ一人だけで切り盛りしていたようで、そばを茹でたりテーブルを拭いたり支払いを受け取ったりと、てんてこ舞い。
 しかし、できるまでに時間がかかりすぎ。12時15分前には入店したのに、できてきたのは12時49分。(NHKテレビがついていたからワカル) 客、そう多くないのに・・・。

 これでは午後1時までに戻れないゾと職場に電話連絡。急いで食べ、気持ちが焦って最後の2~3箸分を残してしまいましたが、驚愕の食堂をここにまたひとつ発見です。
 これでたったの500円。値段を聞いて再度驚けるヨロコビよ。

 しかしこのオヤジというのが大真面目。そばを持って小走りにやって来て「お待ちどうさまでした」と深々と頭を下げ、テーブルに置いて後ずさるようにして厨房に戻っていく姿は、神々しくスバラシイ! これは必見。
 500円の支払い時にも同様の丁重さ。なんか、相済まないような気持ちになってしまいました。

 いや、米沢というところはそーとーに懐が深いぞ!