ぶ厚~い上下巻2冊に分かれた、琉球王国を題材にした超大作歴史絵巻。
 2段に組まれたびっちり文字が、上巻だけで426ページ。う~~む・・・。全部読めるか不安になりながら恐る恐る読み始めましたが・・・。おや、これ、けっこうオモシロイ!

 主人公は、19世紀の中ごろ、第一尚氏王統の末裔として生まれた女性真鶴。
 その父は、第一尚氏王統をクーデターによって転覆させその後永く続いている第二尚氏の世を、自分の息子を王朝の中枢へ送り込むことによって再び第一尚氏のものにしようと企むものの、生まれたのが女と知って失望。外戚から養子を取り、その男子(嗣勇)を難関の登用試験である科試(こうし)に挑戦させますが、能力が足りずにいつも落第しています。
 一方聡明な真鶴は、女ながらに朝廷で働くことを夢み、試験が男子しか受けられないことから、自らを宦官と偽って勉強し、孫寧温という名で史上最年少で王国のエリート官吏として登用されます。

 採用後、直ちに評定所筆者主取という要職につき、同期の喜捨場朝薫とともに、王朝内に蔓延する官僚主義や、朝廷の奥に控える女たちの世界と戦い、さらには中国清朝と薩摩の二重支配に陥っている外交にも、怯むことなくいかんなく力を発揮して、数々の功績を積んでいきます。

 そんな山あり谷ありのストーリーに加え、寧温を取り巻くさまざまな人間たちがとてもユニークで、それらがとても生き生きと描かれています。
 たとえば、薩摩の青年士族浅倉雅博は示現流を使うカッコいい男。寧温はついつい真鶴に戻って彼に惚れこみます。
 清国の宦官徐丁垓は、優秀な役人ですが、素行が悪く清国の厄介者。彼の魔の手が寧温にも襲いかかります。
 なので、次はどういう事件が起こるのか、どう展開するのかとついつい読み進めてしまいます。

 とても楽しい本ですが、心配なのは、琉球王国の歴史を知らない人が読むとどうなのかということ。
 地名や用語などはまったく沖縄。それに加えて、所々に見事な琉歌が登場します。
 この琉歌、池上永一が詠んだものなのか、それとも「おもろさうし」などからの引用なのかどうかはわかりませんが、とても味わいのあるものばかり。これとても、沖縄語に一定の理解がないと鑑賞するのは難しいと思います。

 また、物語の舞台となる首里城についても、そのつくりを知っているのといないのとでは大違い。
 守礼の門は知っていても、本殿と「京の内」「御内原(ううちばる)」との関係や、城と龍譚池との距離感、当時の那覇と首里の関係などの概要がつかめていないと、ピンと来ないところがあるかもしれません。歴史的な場所や地名の「重さ」が感じられるかどうか、ということなのですが。

 でも、そこは池上永一。難しいことは現代風に、しかも若々しい感覚で書いていますので、その心配はかなり軽減されています。まぁ、なんとかなるでしょう。

 おもしろいので、すぐに下巻に突入しま~す。
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2008.12.09 嘉手苅林昌


 沖縄民謡界の重鎮で、風狂の歌人、風狂の唄者などといわれた嘉手苅林昌、通称「おとう」の画像です。
 1999年10月、逝去。
 この画像はおそらく、1996年プラスマイナス2年ぐらいの時期のものだと思います。

 彼のうたう「白雲節」に恋をして、それ以来CDを買い漁ること10数種。中には8枚組などというのもあって、アレを買うときはかなり逡巡したのを覚えています。

 亡くなってからかなり経ってしまったけれど、彼のうたう島唄はまったく色褪せていないし、彼の血脈は今も多くの沖縄の唄者たちの心の中に宿っているように思えます。

 嘉手苅林昌の唄うたについての詳細は、「唯我独尊的島唄解説・嘉手苅林昌」をご覧ください。


 さてさて、続く下巻は・・・。
 孫寧温を蹂躙したうえ宮廷でやりたい放題の徐丁垓を許すことができず、寧温は万座毛で丁垓を抹殺。その咎を受け、寧温は身分を剥奪されたうえ八重山に流刑処分され、一女性の真鶴に戻って日々を送ります。

 作り話でなければ真鶴(寧温)は一生を石垣島で暮らすことになるはずですが、そうはならず、彼女の美貌は国王の側室にふさわしいと踏んだ島の在番によって王宮に送られ、本人の意に反して王の側室となり、御内原で暮らすことになります。

 そして時代は1853年、ペリー提督の乗ったアメリカの蒸気船が那覇に姿を現します。
 国家の存在を危うくする一大事に至り、この危機を打開できるのは孫寧温をおいてほかにないと判断した国王は、寧温を赦免して八重山から呼び寄せることにします。

 真鶴としてすでに王宮に戻っていた寧温は、日中は政治の中枢で宦官として働き、夕刻からは女性の真鶴となって王に仕える二重生活を送ります。
 そうこうするうちに王の子を宿し・・・。

 ありえないけれど、もしこれが本当だったら、それはおもしろいこと。さぁ、次はどうなる??――と、“NEXT”を期待してわくわくできるストーリーでした。
 で、最後はどうなるのって? それを書いてしまうのは野暮ってものでしょう。それは読んでのお楽しみ~♪

 おもしろいのだが、やっぱり長い。全850ページ。早くこれを読み終えて、次の本に移りたくなったというのも、まぁ、事実です。


 27日の土曜日から年末年始休暇に入ったものの、27日は新年度予算の財政課長調整のため出勤。午後は山形新幹線が架線トラブルのためあちこちと連絡調整。
 28日は法事。
 で、やっと今日、年賀状に取り掛かることができた。

 今回はこんな具合。
 一足早く、皆さんにごあいさつです。
 今年もお世話になりありがとうございました。


 またまた双葉社!
 普通のガイドには紹介されることのない、いわば「本当の沖縄」に出会うことができる、「読むガイドブック」――というつくりのようです。

 旅行ガイドブックではないし、単なる沖縄雑学本というわけでもなく、その中間的な位置づけ。
 たとえば沖縄のおばぁスナック。ママと呼ぶにはあまりにも年季が入ったオネーサンは、ビールを勧めておいて自分がまず酔っ払ってしまうというお話。「母子家庭」とか「年金族」という店の名前も秀逸です。

 たとえば路傍の看板。那覇の路地裏を歩いていて見かける看板に妙な脱力感を覚えてしまうオキナワの不思議。
 たとえば那覇のボウリング場。レーンの脇ではビールが売られ、レーンの後ろの棚がビールやつまみ置き場となり、ボウリングをしながらの飲み会が開かれているという。

 これらのほかにも不可解なオキナワがぎっしりで、「アジア系から本土系への沖縄そば脱アジア論」、「無口になって味わう“てびち”の作法!?」、「一家に1台シリシリー器は沖縄県民の基本」などなど。

 観光だけではわからないこのような沖縄の本質に初めて触れた方は、きっと驚きとともに、これまで培ってきた自分なりの常識というものが一気に崩れ去っていく感覚を覚えることでしょう。

 こんな本を誰がつくったかというと、おなじみ下川裕治や、オキナワのありんくりんを体験・紹介し続けている仲村清司、長嶺哲成、春山ひろぶみ、嘉手川学、平良竜次といったいつもの面々。

 これは面白いし、参考になります。「島田紳助のすべらない沖縄旅行ガイドブック」なんかまったく問題にならないくらいハイレベルで、通好みの一冊でした。