さて、旅の記録のフィニッシュは、沖縄における大衆食堂メニューの切り札、大盛りの「ランチ」について記そう。

 この日は、ひたすら歩いたにもかかわらず、朝起きてから昼まで何も食べていなかった。本当ならば、首里でモノレールを降りたあと、「あやぐ食堂」で朝食をとろうと思っていたのだが、店の前を通ったのは開店時刻の9時半の直前。店のオバサンたちは開店に向けて仕込みなどに大わらわの様子だったのが見てとれたので、まあ、頼めば入れてくれたのだろうけど、このたびは遠慮したのだった。それに実はもう1件行きたい店があったので。

 で、さんざ歩いた後、正午前後に寄ったのは、浦添市宮城の「ふくや食堂」だ。
 ここの名物は、揚げ物たっぷりの「ふくやランチ」。かつての700円から50円値上げされているのは残念だが、これだけの内容ならば文句はまったくない。



 ご覧のとおり、四角めの大きな皿に、トンカツはもちろん、白身魚のフライ、目玉焼き、ポーク、ウインナー、フライドポテト、キャベツのサラダ、そしてライスといった充実ぶり。
 ランチと名のつくメニューは沖縄のいたるところで食べることができるが、ココの特徴は、まずはそれらの中にあっても特に量が多いこと。
 そして、ハンバーグがなく、代わりにたっぷりのタルタルソースが添えられた白身魚のフライがつく。普通の魚フライではあるが、もろに肉ばかりのおかず類の中で案外これがワンポイントになる。
 また、この写真からははっきりとわからないかもしれないが、フライドポテトの量がかなりある。最後に残ったこれを全部食べるのが少ししんどかったり。(笑)
 さらに、ライスは適度な湿り気と粘りがあって美味。これについては高く評価できる。炊き方がいいのだろうなあ。
 それから、サザンアイランドのドレッシングで覆われた千切りキャベツもたっぷりめ。
 全体として感じるのは、これだけ油ものが並んでいるのに、それほどしつこい油っぽさがないこと。

 空腹の極みだったからかもしれないが、質感にもボリュームにも、今回最後の沖縄メシとして大満足でした。
 昼どきとあって、労務者風の人、すぐ近くにある税務署の職員と思われるホワイトカラーなど、多くの人で賑わっていました。

 あ、今回はとうとう沖縄そばを一度も食べないで終わってしまったナ。定食によく付いてくるそばスープも、今回は食べられなかった。まさかもう1食というわけにもいかないので、そばは次回の楽しみとしようか。

 いろいろと書き連ねてきたが、2008年2月8~11日、3泊4日にわたって見なり聞きなりしてきた沖縄旅もこれにて終了。
 あいにくの天候や旅に対する慢心などのために予定変更がいくつかあったが、それがよいほうに転んだことなどもあって、全体としてはとても納得のいく旅となりました。

 趣味を同じくする人たちと交流したり、唄者たちと実際に話してみたりすることが、やってみればそれもまた楽しいことがよくわかり、今回の旅ではある意味「沖縄」への理解を深めるための新たなかたちを見出したような気がします。
 そして、仕事やら何やらで忙しかったり、このところ沖縄民謡界が衰退基調だったりで、自分の沖縄熱が少し下火になっていたような状況だったのですが、これを契機に今後急激なV字回復が期待できそうです。(笑)

(了)
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 沖縄音楽に興味を持つ者にとっては非常に興味深いテーマを扱った1冊。

 琉球弧の各地に広がる歌々は、歌詞や曲調、うたの名前などが違っていても、そのルーツを同じくするものが少なくなく、このようなうたの変遷がどういう経緯によって生じたのかを読み解いていくことも、島唄を聴くうえでの楽しみのひとつになっています。

 当書は、沖縄でうたわれる「十九の春」について、そのルーツを考察し、うたに刻まれた戦後史を追いかけていくというつくりのもので、それが単にうたを追うだけではない、著者の壮大な「心の旅」になっている――というところが読む者の感動を誘います。

 奄美の唄者朝崎郁恵がうたう「嘉義丸のうた」を出発点として、昭和初期に本土でうたわれた添田唖蝉坊の「ラッパ節」を知り、それが与論島の「与論小唄」と関連があることを与論島民から聴き取り、これが八重山の悲恋歌やコザの「ジュリグヮー小唄」へとつながっていった――というストーリーで綴られています。

 私は以前より、唖蝉坊「ラッパ節」が、九州の炭鉱に出稼ぎに出ていた与論島民によって与論島に持ち込まれてうたわれた「与論ラッパ節」となり、それが本島で「十九の春」としてうたわれるようになった――という仲宗根幸市氏の説が妥当であると考えていますが、これと、加計呂麻島で朝崎の父がうたっていたという「嘉義丸のうた」とどうつながっていくのかが、いまひとつ理解できていませんでした。

 この本は、そのことについても明らかにしてくれるのかと期待して読んだのですが、その点については残念ながら明確な答えは出されていませんでした。
 うたはしかし、「AからBへとうたい継がれる」というような一つだけの流れや広がりでは語れません。幾人もの名もなき人々によって、それぞれの思いが込められて、うたい継がれていくものなのでしょうから、数理的に解を求めるようにはいかないのでしょう。
 歌詞などはもう、それこそ千差万別なはずです。むしろ答えなどないほうが、うたにロマンが感じられていいのかもしれませんね。

 行間に、沖縄の民謡に関するエピソードが数多く織り込まれており、沖縄音楽ファンにとっては読みどころ豊富。いずれ再読してみたいと思わせるに十分な1冊です。

 ということで、最後に蛇足になりますが、添田唖蝉坊の「ラッパ節」って、聴いたことがありますか? 私には、この曲が「十九の春」へと変貌していくなんて信じられないような、似ても似つかぬものに聴こえるのですが・・・。

 しかし、♪ ここはお国を何百里 離れて遠き満州の・・・ というあの暗~い曲調の軍歌「戦友」が、嘉手苅林昌の手にかかれば、まったく転調してしまい長調の曲となってうたわれるくらいに劇的に変化するわけですから、ウチナーンチュのもつうたごころというのは、なんちゅうか、奥が深すぎるというか、すごいのだなあと思いマス。


 これから沖縄移住を考えている人に向けられた、沖縄に暮らす先輩移住者たち15組の物語。
 初出は、隔月で発売されるムック「沖縄スタイル」。

 南の島の暮らしを満喫している人たちのインタビューが厳選のうえ収録されており、南の島に宿を持った人、親子2代で完全移住した家族、赤瓦屋根の古い民家で念願の田舎暮らしを送っている人などが、それぞれのライフスタイルをもとに語ってくれます。

 海、空、家などをモチーフにした、移住者の笑顔たっぷり、太陽の光たっぷりのきれいな写真たちが、南島生活に対するあこがれを強烈にそそります。
 一般の沖縄移住のノウハウ本に見られるような、移住することの困難性についての記述をいさぎよく捨て去り、ホントにいいところばかりを強調しているので、沖縄好きの人が読めば、ボーゼン自失状態になること間違いありません。「夢」として眺めている分には、精神衛生上きわめてよろしい。
 実際には、このような極楽浄土のようなことばかりではないのでしょうけどね。

 巻末に、沖縄移住を考えている人向けとして、統計データをもとにしたリアルな沖縄がわかる「沖縄生活図鑑」が掲載されているのもお役立ち。エリア別に家賃を比較したページなどは参考になりました。


『本書は、「断乎としてシマ豆腐なのだ!」と豪語する著者・宮里千里が、沖縄はもとより、南米、アジア、日本と、シマ豆腐を追いかけて幾千里、あっちゃーあっちゃー東奔西走したアイと情熱の紀行です。
 シマ豆腐ジョーグー(トーフ大好き人)はもとより、トーフを通して沖縄の歴史、移民の生活、アジアの文化を見つめるアチコーコーの(出来たてホットな)沖縄文化論として、ウチナーと豆腐を愛する読者の方々に楽しんでいただける内容となっています。
 一丁、どうぞご試食を!』 (コシマキより引用)

 沖縄の豆腐ってご存知ですか? でっかくて、硬くて、沖縄料理には欠かせない、それは美味しいモノなのです。当書は、そんな島豆腐をめぐる充実の考察本です。
 はるばる南米まで赴いて、沖縄から移住した2世、3世たちの間に今も脈々として息づいている島豆腐文化を探るあたりは、島豆腐好きが昂じて病膏肓に入ってしまった宮里サンでなければ書けない執念の探求。ホレボレします。

 章立ては4つ。「南米おきなわ豆腐紀行」、「100%おきなわ豆腐びけーん」、「大豆腐圏としてのアジア」、「わたしはトーファーになりたい」。どうです、楽しそうでしょ。
 ウチナーグチをあまくまに配しての軽快な文章は、好感度高し。ボーダーインクの新城和博氏の書く文章と相通じる部分がありますが、この本にもあるとおり、この二人、時々つるんで旅行をしたり、飲んだりしているようです。

 宮里サンは、今は那覇市のナント総務部長だというのですからスゴイ。仕事して、飲んで、エッセーまで書いて、趣味の民俗祭祀録音もやってと、縦横無尽の大活躍。我が同業者として尊敬してしまいます。

 豆腐をめぐる紀行といっても、内容は豆腐ばかりではなく、氏の交遊関係や周辺事情、そしてまた、沖縄の人々が歩んできた生活史や文化などについてもさまざま記載されていますから、島豆腐に興味がなくても沖縄が大好きな人なら十二分に楽しめます。

 宮里サンの趣味は一貫して、平敷屋エイサー鑑賞、島豆腐を食べること、アジアを歩くこと・・・なのだそうですが、これ、私の興味の赴く方向とかなりかぶっています。なので、もしお会いできる機会があれば、ぜひその豊富な知識や薀蓄をお聞かせいただきたいと思います。
 できれば場所は、氏のホームグラウンドの栄町界隈で、そして語り口はウチナーヤマトグチで。
 いつかそんな機会に恵まれないかなあ。あるといいなあ。


 3K、つまり「公共事業」、「観光関連産業」、「基地経済」に依存して成り立っている沖縄の経済は、今後どうなっていくのか、そして、どうしていくべきなのか――という興味深いテーマを扱った本。
 このような他力本願的な経済を払拭して、自らモノづくりをして本土や海外へ移輸出することによって自立しなければならない、というのが結論のようですが、正直言って、おれにはちんぷんかんぷんな内容で、やっと読み終えたって感じでした。

 著者は、予備校の英語教師を経て琉球大学の大学院に進み、恩師が代表取締役を務める㈱沖縄県物産公社に入社。その後、その恩師と共に㈱沖縄県物産企業連合を立ち上げ、海外事業部で沖縄県産品の海外輸出や、沖縄県産品の原料を海外から輸入する業務に携わっています。
 そして、その経験をベースに、「沖縄自由貿易地域」の制度をフル活用すべきであることを訴えるため、この本を著したようです。

 しかし、まずその制度解説自体が難解! ああしてこうして、こうFTZ(フリートレードゾーン)を活用すれば、沖縄の未来は明るい、ということのようですが、そこのところがおれにはよくわからない・・・。(悲)
 でもな、申し訳ないが、書き方や表現のしかたはどうかと思うぞ。全体のストーリーも読み取れないし、この本を読んで得るものが大きい人とはどういうヒトなのかも判然としない。
 学術書ではないのだから、難しいことは皆によくわかるよう平易に解き明かさなければならないのではないかと思うよ。でないとこういう本は、発行する側の単なる自己満足になってしまうゾ。

 1,200円という安さだから多少は許せるが、これがもっと高くて冗長だったりしたら、金返せモノかも。(と、文句ばかり言う)
 たのむから、こういう装丁の本を買う人の身になって、フツーの人が読んでもわかるようなものにしてくだされ、ヨロシク。

 ・・・え? おまえがフツーのレベルに達していない? ウ~~ム、厳しい指摘だが、そのとおりかも・・・。


 1930年、徳之島に生を受けたサーダカウマリの女性が、自己の意思に関わらず、祝女(ノロ)だった祖母や仏像の導きなどにより、神女として成巫するまでの過程を綴ったもの。
『いま思うに、人の一生とはままならぬもの、また不可思議なものでございます。
 いえ、そう申しますのは何も人様のことではなく、私自身生まれついてより今日までのことでございます。
 実は、私は小さい頃から人様には聞こえぬものが聞こえ、見えぬものが見えておりました。
 すべてはこのことが始まりでございます。』 ――というふうに、本人の語り口調をそのまま記録したという体裁をとって書かれています。

 章立ては、「お七夜」、「琉球の血」、「薩摩侵略」、「カミウマレ」、「一族の死」、「漂流」、「巫病」、「捜神」、「成巫」、「巫業開始」、「三輪山へ」。

 筆者は「あとがき」で、天や神などの精神世界に対して、ことに日本人は、わからないとか科学的でないという理由で、怪談めいたものとして包み込んでしまう傾向があることを嘆いています。
 そして、こうした捉え方はやめにして、精神世界が崇高で理性的な世界であることをわかってほしいと書いています。

 さらに、シャーマニズムとは現在の組織化された宗教が発生する以前の原初的な形であり、すべてを地球規模で考えなければならなくなった現代こそ、原初の力を秘めたシャーマニズムが復活しなければならないと説きます。
 ところが一方で、天性のシャーマンがほとんどいなくなってしまい、神仏のエネルギーを伝えることができにくくなり、今後人心の荒廃が進まないかと危惧しています。

 ファンドマネーによる原油価格高騰に見られるような拝金主義や、数の論理に偏り、筋道が不明確でご都合主義の国内政治の状況などを見聞きしていると、著者の言うことはまさに真実であると思えてなりません。
 現実逃避的な厭世気分が蔓延している今の世の中にふさわしい1冊かもしれませんね。

 内容的には、主にヤマト(内地)や首都圏を舞台にした、著者の精神・宗教に関する一代記ですが、出身が徳之島の人に関するものなので、「奄美関連」に分類しておきましょう。


 りんけんバンドの上原知子サンです。
 生りんけんバンドもしばらく聴いてないなあ・・・。

 GWには沖縄に行って――なんて考えて、チケットは確保済み。そして、ちょうどそのときにミハマのカラハーイでりんけんバンドのライブがあるので、コレ、観ようっと! ・・・と思っているのですが、どうも4月から仕事が忙しくなるようで、行けなくなるかも。

 なんだかなあ。このところ、沖縄にニゲる手はずは実にスバヤイのだが、結局行けなくなることが多い。もし今回ダメになるとすると、この1年ほどの間のチケットキャンセルは、ナント3回目となる。うまくいかないねぇ・・・。
 格安チケットなので、キャンセルも手痛い出費だ。

 知子サンの神々しい声が聴きたいなあ。「黄金三星」や「ふなやれ」、「浦風」なんか、特に。

 もう少し様子を見て、ぎりぎりまで可能性を追求することにしよう。


 最近は牧志の公設市場にはあまり行かなくなったけど、沖縄に通い始めた観光客などにとっては、やはりココはアジアンなオキナワを実感として感じ取れるところとしてぜひ行ってみたいところ。
 ズラリと並んだ熱帯系の色とりどりの魚や、大量の肉類、そして2階の混沌とした食堂街の様子などには圧倒されます。
 しかし、このごろの市場本通りや平和通り界隈は、すっかり観光客に席巻されてしまったようで、国際通り同様観光みやげの店ばかりが目立つようになってしまったのは少々残念。
 沖縄でも車で行ける郊外のスーパーなどが幅を利かせてきており、公設市場よ、オマエもか!といった様相ですね。

 そんな牧志の公設市場をめぐってフィールドワークを行ったのが、著者の小松かおり氏。
 「第一公設市場には独特の匂いがある」と語る氏は、1989年に初めてこの市場内の「丸昌ミート」で40日間にわたって押しかけ助手をして以来市場の観察を始め、2002年に改めて調査を行うとともに、1981~82年に沖縄大学の沖縄学生文化協会が行った市場内商品の詳細調査などを手がかりに、公設市場の過去と現在を分析し、その行く末について考察しています。
 その記述は、第1部「第一牧志公設市場とシシマチの世界」で展開されています。

 第2部は「市場の向こうに見える生産の現場」。沖縄県産豚肉のアグー、モズクと海ぶどう、島バナナに着目して、生産者の考えや品々のつくり方、流通上の問題点などについて詳細に記述しています。

 「シシマチ(肉市場)の技法と新商品から見る沖縄の現在」という副題のとおり、2つのテーマをとりあえず1冊にしたような印象。なので、第1部と第2部の連関性に疑問がなくもないですが、市場には豚肉店ばかり何十件も並んでいるのにどうしてそれぞれの商売が成り立つのか、とか、島中どこにでも生えている島バナナがフツーのバナナに比べて高価なのは何故なのか、など、さまざまな疑問を解消することができたので、よしとしましょう。