財政的に苦しかった薩摩藩を立て直したのが、島津重豪に登用された調所笑左衛門広郷。彼は、奄美諸島に産する黒砂糖を財政改革の柱に据え、三島砂糖惣買入を導入して奄美を徹底的に収奪、藩の500万両の借金を、10年後には逆に数百万両の蓄えへと変えたといいます。薩摩藩のその後の飛翔は、奄美の人々の犠牲の上にこそあったわけです。

 当時の奄美の様子を歴史小説風に描いたのが、この作品。
 文久3年(1863)、薩摩藩の武士西目は、徳之島代官の附役を命ぜられ、奄美へと赴く。近頃、蔵に入るべき黒砂糖が減っているのは、荷を出す側の島役人が荷抜きを働いているからではないか――。彼の使命はそこを明らかにすることだった。

 しかし、現地に赴いてみると、西目には洗濯女があてがわれ、現地の役人は腐敗が常態化していて・・・。
 収奪され続ける中で、島そのものが島民や役人を呑み込み、悲劇を繰り返し生み出す装置と化していく様子が生々しく描かれています。

 著者は、長年鹿児島の県立高校の教師を務め、退職後南島民俗研究に専念し、それを小説に書きまとめている方。
 115ページの小冊子、1000円。「砂糖黍(ウギ)の島異聞」と「西郷星」の2編が所収されています。
 当時の奄美やヤンチュの様子などについて、史書的にではなく実態として知りたい方にお薦めです。
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 ネットで沖縄関連イベントの情報を調べていたら、宮城県の七ヶ浜で、7月21日から8月26日までの間「七ヶ浜アート・ウォリアーズ2007 ~海よ宝 人よ宝~」という催しがあることを知った。

 よしもとばなな×垂見健吾トークショーや椎名誠×垂見健吾トークショーなどのほか、8月5日(日)には「おきなわんミュージックVol.5」というのがあって、古謝美佐子withさんさら、元ちとせ、新良幸人withサンデー、下地勇、志田真木が出演するという。
 よーし、これは観に行かねばなるまい。

 実はこのイベント、去年も行こうとしたのだけど、時すでに遅し、チケットが完売だった。
 去年のメインは夏川りみ。さらに新良幸人withサンデー、志田真木、内田勘太郎&下地勇、そして司会は川満聡という布陣。
 しかし、今年は古謝美佐子、宮里奈美子、比屋根幸乃の旧ネーネーズ3人がそろい踏みだし、元ちとせの奄美の島唄も聴けるだろうし、メンツ的には今年のほうが充実! 行くしかあるめい。

 で、チケットぴあを覗くと、「残席わずか」。おぉ、どうする、ハアハア・・・。

 というワケで、仕事の日程も確認せず、ただちにチケット取りました~。
 自己都合に合わせる――というのもたまにはいいだろ、なっ。

 ようやく夏のスケジュール、ひとつ入りました。


 今日、「石敢當(いしがんとう)」が届いた。
 沖縄県うるま市の相和石材から8,400円+送料にて。
 25×12cm、ご覧のとおり黒御影石の堂々としたものだ。

 「石敢當」とは、Wikipediaを引用すると、
 沖縄では、市中を徘徊する魔物「マジムン」はまっすぐ直進する性質を持つため、T字路や三叉路にぶつかると向かい(突き当たり)の家に入ってきてしまうと信じられている。そのためそれを避けるために、あらかじめ魔物が入ってきてしまいそうなところに、表面に「石敢當」と漢字で書かれた石碑を建てたり、石版を壁面に貼り付けることで、魔よけとする。
――というもの。これも風水の考え方なのでしょう。

 新築する我が家の前には3棟の市営住宅があり、そのうちの2棟の間の通路がほぼまっすぐに我が家の入口へと向かい、突き当たるような形になっている。
 なので、マジムンが我が家に突進して来ぬよう、ここはひとつ、沖縄の家々のように石敢當さんの力を借り、我が家を災難から守ろうという考えなのでアル。

 建設のほうも基礎工事が終わり、いよいよ躯体工事へと移行する予定。
 新宅の入口にはこの石敢當と、先にしつらえておいた琉球ガラスの表札が並ぶことになります。
 な~んかこれって、マニアックすぎますかね。(笑)


 Umm・・・いい味出していますねぇ。
 2001年に「沖縄のナ・ン・ダ!?」という本が双葉文庫から発売されましたが、あれから5年余を経過して、その離島版が発売されました。書き下ろしの文庫オリジナル版。

 沖縄ナンデモ調査隊著。これって、沖縄で生まれ育ったライターや内地から沖縄に足しげく通うライターによって結成(?)されたもの。「離島」の今回も、いやまぁたいしたものと言うか、90近くの項目立てをして沖縄フリークを喜ばせてくれます。

 こういう類いの沖縄雑学本を何十冊も読んでしまうとそうそう目からウロコが・・・ということは起きないものなのですが、この本、けっこうありますよ、レアな話題が。

 私がホホウ!と思いながら読んだ内容を掲げてみますれば・・・。
1 宮古島の若者の間では今も、背中の刺繍などでばっちりアピールできるボウリングシャツの人気が根強いらしいこと
2 与那国島では「沖縄そば」よりも「うどん」が結構な定番となっていること
3 八重山では「海に行く」を「海にが行く」というけれど、それは場所や方向を表す八重山方言の格助詞「んが」が転化したのではないかということ
4 石垣島の宮良集落は小浜島民が移住した土地であり、そのために宮良には小浜と同じアカマタ・クロマタの風習があること
5 多良間島の八月踊りの時期における島の機能は、ハンパじゃなく停止すること
6 竹富島の種子取祭の翌日は、世乞いの際に家々で振舞われた「タコとにんにくの甘酢漬け」のため、石垣島発の飛行機の中はニンニク臭が漂っていること
7 沖縄本島北部にある伊是名島と伊平屋島は、なぜか行政上は本島南部の島尻郡に位置づけられていること

――などなど。
 沖縄には瞠目すべきことがまだまだたーくさんありますよ。(田中角栄風)
 琉球弧、アナドレませんな。


 沖縄芝居も好きで、沖縄訪問時に時々観ているのですが、世の中いい時代になったもので、インターネットでも一芝居全幕を観る、なんてことができたりするのですね。
 仕事が休みの今日は、午前中、沖縄BBTVのホームページ「トートーメー万歳」を堪能しました。

 トートーメーとは沖縄の言葉で、お位牌とその中のご先祖様の霊のこと。トートーメーは男系の血縁しか継げないこととされており、先祖崇拝の沖縄にとってトートーメーは家族の中心であり、財産なのです。

 「トートーメー万歳」は、そのトートーメー(位牌)を題材に扱った社会風刺的喜劇です。
 戦前、ハワイへ行ったきり音信不通になってしまった夫のトートーメーと財産をかたくなに守り続ける母ハル。長男は戦死し、娘が一人いるが、妾の藤子は男の子を産んでいることからひと騒動が起こります。
 さらに、死んだと思われていた父が突然帰省。ハワイにも男の子が5人いて、事業資金が欲しいと言ったことから事態は急展開していきます。

 「トートーメー万歳」の内容については、沖縄演劇の魅力を詳細に解説してくれる与那覇晶子さんのナイスなホームページ「Okinawan Theatre 」「トートーメー万歳」のページをご覧いただくとして、スゴイのは複雑に絡み合う人間模様が、沖縄芝居を代表するオールスターキャストで繰り広げられていること。
 北島角子に普久原明、北村三郎に吉田妙子だもんナ。とりわけ吉田はさすが! 名演です。

 おばぁの話すウチナーグチと、その下の世代が話すウチナーヤマトグチが耳に心地いい。そしてその中間に吉田が扮する母・ハルがいて、両方を使い分けていますねー。

 最後には女である孫娘の夏子がトートーメーを背負っていくことを暗示する場面があって、ウグヮンス(ご先祖様)をめぐる世変わりを表現しています。

 全部観るのに1時間以上かかりますが、とても面白かったですよ。
 定期購読している雑誌Urmaの8月号で、那覇市辻のステーキハウス「ステーツサイズ」がこの6月をもって閉店したことを知った。
 1961年の開店以来半世紀になんなんという歴史にピリオドが打たれる。またひとつ、アメリカ世を伝える名店が消えていくわけだ。

 沖縄といえば、かつてはステーキが安く食べられるのがひとつの楽しみだった。で、おれの場合、フェイバリットは、店内に「Aサイン」が誇らしく掲げられるステーツサイズ。Aサインとは、復帰前、米兵を入店させるために必須となる軍衛生局の検査をパスした証明となるもの。

 この店にはいくつかの思い出がある。
 ジョートー・ステーキと名の付くテンダーロインステーキがあって、これが確か1500円程度で、やたらとお得感があって美味しかったこと。これが一番高いメニューだったと思う。
 そこでは酸味の効いたA1ソースを使っていて、その味を覚えてからというもの、ステーキにはコレとばかりに、スーパーで何度かA1ソースをお土産に買って帰ったものだ。
 また、店内には古いジュークボックスがあって、それには昭和40年代の名曲が洋楽、邦楽を問わずラインナップされていたものだった。
 ホームページでステーツサイズのことを書いたら、店主の息子さんからお礼のメールを頂戴したこともあった。

 なんでも先代が昨年他界し、その奥さんが今年に入って入院。それを機に店をたたむことにしたのだという。

 辻の名物、ステーツサイズに感謝! そして、ありがとう、さようなら。



 相武紗季(あいぶ さき)というタレントが妙に気になっていた。
 少し前、いや、かなり前になるか、テレビ「チューボーですよ」に出演したのを見たときだったろうか。

 いやね、タレントそのものよりも、名前が気になったのですね。変わった名前だな~と。

 そして、気になったわけが、今晩、酒を飲んで帰ってきて、フロに入っていて、なんとなくワカッタ。

 「あいぶさき」の語感が、沖縄語の「あいぶさぬ」と似ているのダ。
 そうか、そうだったのか!! ・・・と一人ヨロコんだのだが、でもでも、こんなことでガッツポーズをするのはワタシぐらいでしょうね。(自嘲)

 因みに、「あいぶさぬ」は「逢い欲さぬ」。「逢いたいなぁ」という意味にいささか詠嘆をこめたぐらいの感じでしょうか。

 夏川りみの「涙そうそう」に
 ♪ 会いたくて 会いたくて 君への想い 涙そうそう
という歌詞がありますが、これをウチナーグチで言うと
 ♪ 会い欲さや 会い欲さぬ 想いやまさてぃ 涙そうそう
となります。

 うむ。おれにだって、詠嘆をこめて「逢いたいなぁ!」と思う人はいるのダ。





 “南島地名研究センター”というものがあるのですね。このこと自体がまずオドロキ。だから沖縄はすごい。
 研究者や地名を愛する人々たちによって1982年に設立。機関誌や会報を発行し続け、琉球弧の地名をテーマに研究発表会や例会、巡検などの活動を行っているそうです。

 で、この本は、1990年、1年間にわたって琉球新報に連載された「地名を歩く」に補筆、新たに数項目を追加して、昨今の市町村合併による地名変更や地理上の変更などを加味して改訂したもの。

 いや~、なかなかいいですよ。コシマキに書いてあるとおり、地名の意味や由来を知るといろいろなことが見えてきます。難解だったウチナー言葉の用語も、はぁ~、そーゆー意味の言葉が変遷を遂げて今ここにあるのだねぇと感嘆することしきり。

 例を挙げると。
 慶良間諸島の「ケラマ」は、方言では「キラマ」と呼ばれ、これは「キラ(華麗)」と「マ(間)」の複合語からなる地名で、“キラキラ輝くところ”の意なのだそう。慶良間の風景を実によく表していますねぇ。
 戦前には首里・那覇の町方で重宝されたものとして、キラマダムン(慶良間薪木)とキラマガチュー(慶良間鰹)があった、などということも付随的に書かれています。

 このほか、地形・水に由来する地名として「鼻」や「クビリ」、「バリ」、「ヒラと坂」、「幸地」、「ヒージャー」などについて論考。
 また、海岸や海の地名として「カニク」、「ユナバル」、「イーフ」、「板干瀬(イタビシ)」なども。

 さらに、「基地で消えた地名」の項の地図資料には、「焼廻」という地名が見えました。おぉ!
 旧越来(グイク)村内のヤキマージと読むこの地域、実は近代エイサーのルーツとなる焼廻エイサーの発祥の地。ははぁ、ここにあったのか。――なぁんてことも、わかったり。

 ということで、マニアックな表題のわりには予想を大幅に超えて楽しませていただきました。
 新聞に掲載されたものなのでとても平易。どなたでも楽しめると思います。
 うほほいのホイ、ムフフのフである。
 このところ、沖縄本を大量買いをしていまして、たっぷりストックがたまりました。
 こうしておけばとても安心。心の空腹感や飢餓状態に十分に対処することができますから。
 世の中台風がめいっぱい大暴れしていて、わが山形も雨とともに強風が吹き荒れてますが、窓を隔てた内側ではシアワセ感いっぱい! どーもスミマセンねぇ。

 それでは、6月以降に買い進めた琉球弧関係本をご紹介しましょうねー。

 酔った食った!沖縄裏道now! 犬養ヒロほか   双葉社
 水平線を超えろ         杉健志郎     東洋出版
 美童物語            比嘉 慂     講談社
 与那国島サトウキビ刈り援農隊  藤野雅之     ニライ社
 アマバルの自然誌        池澤夏樹     光文社文庫
 琉歌・恋歌の情景        船越義彰     ニライ社
 与論島移住史          南日本新聞社編  南方新社
 南の島で暮らそうか!      バンガードめぐみ 角川書店
 沖縄へこみ旅          カベルナリア吉田 交通新聞社
 ハイサイおばあ!        松井優史     竹書房
 徳之島物語           上田哲美     文芸社
 鬼虎伝説            伊良波盛男    文芸社
 なんくるないサー!       肥後克広     晋遊社
 沖縄風習とキリスト教      知念金徳     那覇出版社
 風のまつり           椎名誠      講談社文庫

 今回は、与那国、石垣、与論、徳之島と、島々を彩る伝説や歴史などに関するものがけっこうありますねー。「風のまつり」は沖縄関係といえるのかどうか。

 いったい何冊ストックしているんだ??
 このほかにもシーナ関係、ハードボイルド関係、民俗学関係・・・と、未読本は山ほど。ウレシイ悲鳴だ。本は買えるときに買っておかないと、在庫がなくなってしまったりするから注意しないとね。

 さて、この連休から予定のあまりない夏休みにかけて、読書三昧としゃれ込みましょうかね。(喜)


 「根底には縄文時代以来の「海上の道」があった。この海の道は、日本列島と琉球弧のあいだの往来の道であった。その道を「物への欲望」を担い、「心の渇望」を抱いた人々が南北にとだえることなく往き来した。そこにはまぎれもなく相互の親和力があった。ここにして思うのは、幾千年このかたの「海上の道」をかけ橋としてつづいてきた日本本土と琉球の縁のふかさ、血の濃さである――。」

 含蓄深い名書に出会ったなという印象。稲作は南島を北上して九州から日本各地に広まったと説いてみせた柳田国男の名著「海上の道」に比類すべき価値があるのではないかと思いつつ読みました。

 8つの章立てにより、九州西海岸と南島との関係について、数々の文献資料と豊かな想像力をもとに展開。その中でもとりわけ圧巻なのは、第5章の「相良氏と名和氏――南朝残党の道」でしょう。
 第一尚氏のはじまりは、肥後八代(やつしろ)の名和氏の一統あるいはその分派と称する連中で、沖縄島の東南部、知念半島の一角に上陸して、佐敷に根拠地を設けた――とする折口信夫の説を、ぐいぐいと信憑性の高いものにしていきます。

 説の中には、自分としては新発見なこともけっこうあって、とても楽しめました。たとえば、
1 今帰仁半島の地名「運天」は、かつて「雲慶那」と称されていたものが、朝鮮の史書「海東諸国記」では「雲見」となっていて、これが「運見」→「運天」と変遷していったこと
2 同じく「今帰仁」は「伊麻奇時利(いまきじり)」と記されていて、これは朝鮮半島からの新来者(いまき)が統治した地との意味で、「知り」は「襲い」と同様、統治の意、とのこと。(浦襲い→浦添、島知り→島尻)
3 市町村合併により南城市となった旧佐敷、知念、玉城、大里は、かつて東(あがり)方四間切とよばれ、昔から深い絆の関係にあったこと
4 西表島の古見はかつて、西表島の豊富な松材を利用して行うサバニ造船の一大ターミナルだったこと
5 「サバニ」は「小舟(さぶね)」に由来すること などなど。

 言葉少なくして、一言一言が意味深いお伽話を聞いたような充実感。
 新書、750円。これは読まねばなりませぬゾ。


 沖縄のディープを知り尽くした作家仲村清司が、絶対に出会ってほしい店主、絶対に食べてほしい一品、絶対に買ってほしい逸品、絶対に教えてほしくない宿まで・・・独断と偏見で選んだ29件を一挙公開! 単なる飲食ガイドブックはもう不要です!! ――との力強いキャッチコピーをコシマキに配した沖縄紹介本。

 人つながりで仲村本人が朝・昼・夜に呑み、食べに行く選りすぐりの場所を紹介しています。
 まぁ、表題にもうたっているとおり、かなり独断、偏見の色合いが強いですが、沖縄に移住して十年余、もっぱらこの方面に情熱を傾けてきた感のある著者だけに(?)、そうとういいセンいっているのではないかと思います。
 地元受け、観光客受けするだけでないナニかかが、それぞれの店から、してまた文章の合間から、伝わってくるものがあります。フツーの沖縄ガイドでは物足りない貴兄にはぴったり!

 さて、仲村氏、このところ心の病を発症してしまったらしく、辛い日々が続いていたようです。
 そして、それを立ち直らせてくれたのは、この本に登場する人たちだったと著者は述べています。
 いろいろな巡り合いを重ね、その人たちから温かく迎えられ、少しずつ漆黒の闇から光源の扉へと導かれたのだといいます。
 著者にとってはゆるやかであったもしれないその歩みは、図らずも、ということなのでしょうが、洒脱な文章の中にもペーソスが滲み出るような形でとてもよく表現されているので、つい引き込まれるように読んでしまいました。

 ここでは以下に、登場する店を掲載するにとどめ、物足りないアナタにはぜひ御一読いただくことにしましょう。

酒場部門:小料理屋「酒処はな」、「おとん」、屋台酒「猫舌」&「Cafe8up」、「BARエロス」、「しぃぐゎー」、「Bar Khouse」(石垣島)
料理屋部門:「くーすBARカラカラ」、「串焼き竹茂」、「東大」、「割烹喜作」、「小桜」、「海響」(与那国島)
昼飯部門:「我楽そば」、「blece」、「あやぐ食堂」、「ポケットマーニー」、「味見屋」、「べんり屋」、「阿里」、「珈琲屋台ひばり屋」、「ペンギン食堂」(石垣島)
惣菜部門:「商六」、「まえじまストア」、「金城かまぼこ店」(石垣島)
お土産部門:謝花きっぱん店の「きっぱん」、ぴにおんの「南の島のくうすみそ」、沖縄農興の「粋カット」、オキナワ宮古島市場の「宮古ぜんまい」
宿泊部門:「壺屋ガーデンハウス」
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 先にご紹介した「吐火羅国」がとてもおもしろかったので、稲垣サンの著書を探して手に入れたのがこの「17年目のトカラ・平島」。

 著者は22歳のとき、生まれてこのかたの日々すべてを没にしたいという衝動に駆られ、南へと放浪。奄美大島で出会った風物や人間にかなしばりにあい、南の島、トカラ列島の平島で生活します。そして、そこでの日々をもとに書かれたのが「吐火羅国」。
 ところが、島のいいことも悪いことも一緒くたに実名とともに記されたこの本が島民に与えた衝撃は大きく、これが“筆禍事件”に発展し、著者は失意のうちに島を抜け出さざるをえないこととなってしまいます。

 そしてその17年後。筆者はあの“事件”の真相が知りたくて、島に戻り、かつて共に暮らし、働き、飲み、語らいあった島民たちと再会します。
 それは1994年の10月から11月までの1ヶ月ほどの期間のことですが、かつてあったことへのわだかまりを抱えながらも、再会を喜ぶ著者や島の人たちの心情、また、たくまざるユーモア、さらには島の人々の暮らしぶりなどがよくうかがえて、興味深いものとなっています。

 さて、その真相は、そして結末はいかに。
 それはここでは述べないことにしましょう。
 でもまぁ、読後の充実感はやはり、「吐火羅国」を読んだ者、内容を知っている者だけが得られるものなのかもしれません。

 「ナオ(著者)はよかテゴ(竹編みの背負いかご)作りしちょんなあ」
 「ゆうべ、鹿児島に上っちょるオフクロから電話が入ったで、ナオは光由がとこへ出かけたど、て言えば、『アヨオ』て笑うとったぞ」
 など、島言葉が味を添え、一層趣のあるものとなっています。
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 車での通勤中、大島保克の「島めぐり~Island Journey~」を聴いている。うむ、いいですね、大島は。そして、沖縄民謡は。

 その中でもとりわけ秀逸なのは「カイサレー」。かつて毛遊び(もーあしび)の場でよくうたわれたというこの曲、あの嘉手苅林昌がスローテンポにしてバラード調でしみじみとうたったものが印象的だったが、大島はそれを踏襲して彼らしく“泣き”を入れてうたっている。多少民謡の本来の趣向から離れてきつつある感がないわけではないものの、それはそれとして、「カイサレー」の新たな一面を出してくれているようにも思えたり。

 離れてきつつ・・・という面では、古謝美佐子もCD「天架ける橋」で「カイサレー」の新たな方向性を打ち出している。軽快なテンポ、三線主体の演奏だが、それにバイオリンをミックスさせて、思いもよらぬ楽曲調のものへと仕立てている。

 かつての沖縄で夜な夜な繰り広げられていたであろう男女の遊び唄が、時代とともに様々な変貌を遂げてこうして我が耳に届いてくる。
 多少の照れくささとともに批判を恐れずに言えば、“うた”とは、人間にとっていったい何なのかという感慨すら湧いてくるうたの変遷ぶり。

 うたは、人間の営みや歩み、歴史とともに変わっていくものである――とはよく言われるが、それはまた、そのときどきの人間が意図的、創作的に変えていくことによって、そのうたの新たな地平を生み出す、とも言えるのだろう。

 あるいはその一方で、人の心に響く秀逸なうたこそが、さまざまなアレンジが施されて新たな形で人の耳に届けられる、というふうにも言えるのだろう。

 いずれにしても、今の自分がそれらのある程度の部分を手にし、聴き比べて、それぞれの違いを認識することができるのは僥倖である。一度失われてしまったものを取り返すのは至難の業。こうしてあっちのCDこっちのCDとラックから取り出してきて、いいねぇ!と感激できる目下の環境には、自分でもホレボレしている。

 ちなみに、嘉手苅林昌のCDだけをとってみても「カイサレー」と名の付く曲を聴けるのは8枚も! これだけ多いとCDの画像も載せきれない。(笑)
 このほかにも知名定男をはじめとした数々の唄者のCDもあるので、「カイサレー」だけで都合20曲ぐらいは聴き比べることができるのではないかナ。

 いやぁ、シアワセですなぁ。

 各CDのインプレッションの詳細は、「唯我独尊的島唄解説」をご覧ください。


 会社は倒産、妻にも去られ、失意のなか南の島にやってきた“俺”は、やさしい「ぱいかじ」の吹くこの世の楽園のような島で、長期海浜狩猟キャンプ生活に入った。しかしお気楽生活は長くは続かない。迫り来る敵は、盗賊団、警察、琉球イノシシ、蚊、そして関西のオバチャンたち(!)。焚き火、ビール、海、格闘技、キャンプ、料理、冒険、辺境――シーナ・ワールド全開の、あやしいサバイバル小説。

 これ、舞台は西表島の南風見田(はえみだ)海岸ではないか? 道のどんづまりにある海岸のその奥のほうには実際に海浜生活をしている人々がいるといいますから、きっとソコです。

 バッグ2つを手にその場を訪れた“俺”は、以前からそこに住んでいた5人組から毒キノコを盛られ、焚き火の周りで踊り狂っているうちに朝を迎えます。気がつくと、5人と自分の荷物は蒸発したように消えてしまって・・・。“俺”は、一時はあわてるものの、いつものように「まぁいいや、どうだって・・・」と呟いて運命のなすがままに。
 そこに一人の青年と二人の女性が現れ、4人が摩訶不思議な海浜生活を繰り広げることに。

 こういうのって、一種のファンタジー・ノベルですね。実際に体験すればそれは厳しいこともたくさんあるのでしょう。しかし、この本の中で起こるさまざまなエピソードは、いずれも楽しく、夢があり、いくぶん空想的な要素も。
 破天荒ななかにも「おかしみ」がたっぷり織り込まれたこのような文章は、きっとシーナにしか書けないのだろうな。

 最後はハッピーエンドかと思ったら、もう一波乱ありそうな雰囲気。
 最後の一行は、「おれたちの最後の「ぱいかじ南海作戦」がはじまるのだ」である。んー、なんか、波照間島に伝わる「パイパティローマ伝説」の現代版みたいで、カッコイイのだ。

 いまさら解説も不要かと思いますが、「ぱいかじ」は「南(はえ)の風」、「パイパティローマ」は「南波照間」のことです。


 わりと頻繁に行っている山形市のケンチャンラーメン。
 ここは醤油ラーメンオンリーで、極太の手打ち縮れ麺が美味なことで評判の店。
 で、今回はそこに「つけそば」があるというので、一度は食べてみようということで、行ってみました。

 貼紙の「つけそば、どーでしょう」にそそられて、量普通、味普通、油抜きを700円で。
 ラーメンが600円なので、同じものをつけ麺にすると700円というのはちょっと割高なのかなと思いましたが、そうではないのですね。ラーメンではオプションの煮玉子がつけそばでは標準装備。さらに麺の量はラーメンよりやや多めのよう。この量、すごいゾ! 冷やしの手間隙をかけてこの内容ならまったく割高感はありません。

 いやはや、大満足!
 ラーメンが一番なのは確かですが、暑い夏、たまにはつけ麺も悪くないですよ。