今年の琉フェス大阪は、10月21日(日)と決まったようです。
 6月9日チケット発売で、現在プレリザーブ受付中らしい。
 いいねぇ、やってくれますねぇ、H.I.P大阪

 出演者は、金城実、知名定男、山里ゆき、饒辺勝子、金城恵子、加治工勇らの民謡勢、そして、新良幸人withサンデー、ネーネーズ、下地勇、よなは徹、貴島康男、池田卓、鳩間可奈子らの若手メジャー。
 さらには、今回が大阪初出場となる、やなわらばー、かりゆし58、宮里政則、伊礼哲&サンクルバーナーなど。
 これにいつもの沖縄かりゆし会、琉鼓会、琉ゆう会の地元エイサー3団体が花を添える。司会は、いつものように玉城満と谷口キヨコだ。

 一時と比べると顔ぶれも様変わりした感じだけど、やっぱり琉フェス大阪といったら本土では最高の琉球弧のお祭りなので、おれは行くぞ。これから日程の確認と確保をしてみよう。そして早いとこプレリザーブしちゃおうっと。

 2000~2006年に開催された琉フェスの状況については、こちらをご覧くださいね。
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2007.06.03 地鎮祭


 昨日のことになってしまったけど、家の新築に伴う地鎮祭を行った。
 幸いにして天候は快晴。両親や工事関係者とともに、土地の神を鎮め、工事の無事を祈る。
 このところ何かと災いが多かっただけに、神に対する祈りは神妙。神様たちよ、どうか荒ぶることなく土地を鎮め、関係者が安全に作業ができ、近隣の方々に迷惑を及ぼさぬよう、そして我々に静かで平和な日々を与え給うようにと願う。

 その後、ご近所へのあいさつ。「よかったですねぇ」、「みんなお元気で何よりでした」などの言葉を頂戴し、恐縮。

 今月8日から基礎工事を始め、9月中旬ごろには完成、転居の運びとなる予定です。
 いろんな人からの支えがあって、なんとかここまで来ることができました。この場を借りて深く御礼申し上げます。

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 久々に沖縄民謡のCDを買った。新CDは、この1月の大城美佐子の「唄ウムイ」以来。

 そのひとつは、大島保克の「島めぐり」。
 沖縄が好きで、「琉球弧探訪」というホームページを開設し、そこに「唯我独尊的島唄解説」というコーナーを設けて、聴きこんだCDについての拙いインプレを載せているのですが、ある読者から「大島保克のCDが1枚も載っていないのはケシカラン」というご意見をいただき、ナルホドそうだよなと。大島は好きなのだけど、ホント、なぜかCDは持っていなかった。
 2年前の作品。今年になって「大島保克withジェフリー・キーザー」をリリースしたらしいけど、民謡を聴くならこちらかなと思って。

 2枚目は、「黄金時代の沖縄島唄4」。
 ビクターが設立した(財)日本伝統文化振興財団が所有する沖縄音楽に関する膨大なアーカイブの中から、マルテルレコードの音源をピックアップしたシリーズ物。「4」は、ウチナーポップの祖、照屋林助の作品集です。
 てるりんのつくった唄をいろんな人がうたっている――というのに興味を覚えたのと、この機会を逃すともう二度と入手できないのだろうなと思ったので。

 そして、調子に乗って、ネットの個人売買で與那覇徹のファーストアルバム「よざれ節」もゲット。
 ふと見渡すと、沖縄民謡で大向こうを唸らせることができる若手唄者は彼ぐらいしかいなくなってしまったのではないか・・・。そんなことを思えば、これもまた、手に入れられるうちに入手しておこうと。

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 ・・・こうして書いてみると、いずれもあまり前向きな購入理由になっていないことがよくわかりますね。(苦) 沖縄民謡、ガンバレ! というところですかな。(この口調も年寄くさいよな。ある人を真似ているだけです。) 
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 今日もいい天気。晴れて暑くなってくると、我が心も体も嬉しくなってくる。
 そんな中、白鷹町に出張♪ 昼メシはしだ食堂のしだラーメン650円だ。店の名を冠するだけあって、この店の定番と思しきラーメン。
 しつこさのない味噌味で、辛味噌もほどよく刺激的でグー。野菜もたっぷりだし、自家製と思われる麺も細めの縮れでとてもいい食感。また来たいと思わせるに足る、なかなかの美味でした。
 ご馳走様と声を掛け代金を支払うと、店のおばさん、「どうもありがとうございました~!」そして「またいらっしゃってくだいね~」と。さらに店を出るにあたっては「どうもね~、またどうぞ~」と、都合3回も礼を述べて送ってクレタ。住宅の少ないこの辺りの店はリピーター勝負なのだろうな、きっと。

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 いやぁ、いいDVDを手に入れたゾ!
 amazonでりんけんバンドの「ンジファ」(1992年)をゲット。ンジファとは「出羽(いでは)」で、琉舞が構成する出羽、中踊り、入羽(いりは)という3構成のうち、袖から舞台に静々と登場するハナの部分のこと。りんけんバンドが日本中で認識され始めた頃の発売であり、これはほんの序の舞なんだぞとでもいう意気込みなのかも。
 絶好調かつ黄金時代のりんけんバンドのステージングに十数年ぶりで触れられたことは大きな僥倖だった。

 女盛りの上原知子。当時の流行らしい、濃い眉と瞼に施した紫系のアイシャドウが懐かしい。うたはしかし、現在と大きく変わらない十分な力量。下地が違うからなぁ。見事な三板のパフォーマンスを披露していました。
 フロント三人衆は、我喜屋良光、藤木勇人、桑江良美。当時はこの3人でショートコントなんかもやっていたのですね。エイサー踊りだけなら現在のメンバーのほうが上だろうが、タレント性では当時の3人にはかなわないだろうな。
 お、今をときめくパーシャクラブのギタリスト上地正昭がベースを担当している! キーボードは、懐かしいではありませんか、米盛つぐみだ。

 東京渋谷のON AIRでのライブを中心に、同年のオリオンビアフェストやてだこまつりでのステージを交えて。
 収録曲は、御祝さびら、七月エイサー待ちかんてぃ、乾杯さびら、肝にかかてぃ、肝美らさ雨上がいぬ花ぬ如、ちゃーびらさい、ふなやれ、サバニ、年中口説、嘉手久~唐船どーい、黄金三星――と、初期のスタンダードがずらり。
 15年前の作品なのだけれど、古臭さなど微塵もなく、感動しながら見させていただきました。


 山折哲雄や、2004年に亡くなった網野善彦などと並んで好きな民俗学者谷川健一の、しかも南島を題材とした新刊が出る!というので勇んで手に入れた1冊。
 谷川による日本の地名研究については、先人の柳田国男のそれとともに誠に興味深いものがあるので、ぜひご一読をお勧めします。

 さて、本書。
 谷川は、言葉によるたたかいや問答のやりとりは、呪言から呪謡へ、呪歌へと発展をとげ、長い試行錯誤を経て「万葉集」に見る歌の形式にまでたどりついた――とし、この長い紆余曲折の実体を具体的にたどることは、古代日本の文献だけではきわめて不十分であるとしています。
 そして、奄美や沖縄など南の島々に残された神謡や呪謡などの助けを借りることで、日本古代の歌謡の変遷が明らかになる部分がある――と述べています。

 そのようなアプローチで、まず柿本人麻呂を中心に「挽歌」(生者から死者への問いかけ)論を展開し、日本各地における「うたげ」の世界を紐解いて見せ、さらに和歌の序詞などに見られる歌枕や地名を日本古来の地霊と関係付けて論じてみせます。

 かつての共同体のありようがイメージできたり、一つひとつの言葉の持つ深い意味や他語との関連性などについて、感心させられたり驚かされたりということの多い内容でした。
 しかしその一方で、和歌や俳諧のたしなみかたについてほとんど無知同然の私にとっては、その風流を十分に理解できないところもまた多いものとなりました。
 2つの歌を並べて示し、ご覧のとおりAは素晴らしいが、Bは味気ないものとなっている――と言われても、ソコが理解できない。(苦笑)

 また、期待していたほど南島歌謡論は多くなかったといううらみも。
 まぁ、それはよく理解できなかったことについての単なる言い訳なのですがね・・・。

 いい本であることに間違いはないので、そのうち再度読んでみることにしましょう。


 一昨日りんけんバンドの「ンジファ」を観たあと、こっちのほうも観たくなって、本日鑑賞。

 2002年の作品。上原知子の5月のバースデイ・ライブの模様が中心で、その合間に知子と林賢の会話やスタジオでの収録の様子、ステージ前に化粧によって舞姫へと変身を遂げる知子の様子などが入ります。

 知子の表情を追っていくステージ収録も見ものですが、圧巻どころはそのほかにも数々あって、たとえば、知子がほぼすっぴんのお顔で自分で三線を弾いて「仲島節」をうたったり、自分のおばぁがうたった「だんじゅかりゆし」のことを熱く語ったり、林賢が知子の生真面目な父長幸やそのもとで結成された糸満ヤカラーズの秘話を語ったり・・・。

 ステージではにこやかな中にも真剣さを漂わせている知子サンですが、普段はけっこうおしゃべりでにぎやかそうな様子が伝わってきます。

 しかし、「織りなす日々」なんかを聴くにつけ、林賢と知子の出会いというのは、こちらの与り知らないこととは言え、いい巡り合いであったと思わざるを得ません。
 二人の邂逅によってこのようなすばらしい音楽のコラボレーションが実現し、それをこのようにして観たり聴いたりできるのですから。

 人生は偶然の出来事の集合体だという捉え方をするならば、彼らが活躍する時代に生きられたということは、もしかしたら自分にとってこの上ないシアワセだったのかもしれないなぁ・・・。
 ディスク・アカバナー 1997 APCD-1003

(1)美童花染小 (2)春や春 (3)御縁花 (4)軽便鉄道 (5)親ぬ御恩 (6)伊佐ヘイヨー (7)無情の月 (8)ケーヒットゥリ~仲島節 (9)平和の願い (10)ゆうなの花 (11)三年三月 (12)天縁

 玉城一美について知っていることといえば、民謡家玉城安定(~2001)の娘で、坂本龍一のワールドツアーに古謝美佐子や我如古より子とともに参加した実力派シンガーで、神谷幸一とともにゴザの民謡クラブ「花ぬ島」に出演している――ということぐらい。
 そういえば彼女のうたそのものをじっくりと聴いたことはなかったナ。ということで、これは聴かずにはいられまいと、おそらく彼女のオリジナルとしては唯一のものであろう1997年発売のこのCDを入手してみました。

 サックス、クラリネット奏者でもある梅津和時によるプロデュース。神谷幸一が唄三線、囃しなどでサポート。饒辺勝子が琴で参加しています。Special Thanksには古謝美佐子や佐原一哉、知名定男やネーネーズの所属するディグ・プロモーションなども見受けられますから、彼らからも何らかの協力があったのでしょう。そして、ディスク・アカバナー主宰の神谷一義がライナーノーツを添えています。

 (1)は、彼女のデビュー曲のニューバージョン。少女の恋への憧れ、恋に恋する感情がはじらいたっぷりに表現される数えうた。ハーモニカやウードが入って独特の仕上がりです。
 (2)は、デュエット曲の相方である神谷幸一の作品「春や春節」をニューアレンジで。パーカッションとベースの響きがユニークです。
 (3)は、沖縄随一のヒットメーカー普久原恒勇による一美への書き下ろし作品。いくら想っても想うだけ、ままにならぬは恋の道・・・とうたう、沖縄らしい情け唄。「今(なま)どぅ うんじゅ(あなた様、の意)とぅ 行逢(いちゃ)やびたんど・・・」の詞は絶品。一美の特徴をいかんなく提示していて、このCDの最秀逸曲だと思います。
 (4)は、昔々沖縄にあった軽便鉄道をうたったもの。かつてフォーシスターズなんかもうたっていましたね。
 (5)は、これまで彼女を陰日向なく見守り、励まし支え続けてきた父母への感謝の念をうたったもの。愛子おばさんの琴がグー。
 (9)は、父・安定の往年のレパートリー。さあ我ら、平和を願おう、この沖縄の――とうたう。心を洗われるような静かな感動が訪れます。

 全体として、梅津氏のプロデュースの妙が聴きどころとなっているようですが、(5)(6)など、曲によってはバイオリンやウードがむしろ余計になってしまっていると感じてしまうものもありました。まぁ、私は民謡側からのアプローチなので・・・。そういう意味では太鼓、三線、琴だけでうたう(7)(8)などは、従来型でいいなぁと。(笑)

 路線としては我如古より子と近い位置にあると思われる玉城一美ですが、このCDを聴く限りにおいては、声の質やうたい方をはじめとして、いい意味で我如古よりも重厚感がない印象。重たくない、くどくない、という感じでしょうか。もしかしたらそれは、聴き手によっては軽い、濃密感が薄いということになるのかもしれません。
 いずれにしても、我々は二人のうた両方を聴けるわけで、こうやって聴き比べることができるシアワセを喜ばなければなりません。


 石垣島のほか、竹富島、小浜島、黒島、波照間島のおいしいものをめぐるとっておきの島旅レシピ。八重山の食材を、料理を、体を動かして心で味わう「八重山食堂のお品書き」的な1冊です。今村サン、とうとう石垣島に移住しちゃったらしい。(笑)

 ヨナラ水道でグルクン釣りをし、アンパルでアサリ掘りをし、石垣市街地近くの岩礁でアーサ摘みをし・・・という具合に、八重山らしい食材を自分で獲得し、自分で調理して、なんでも美味しそうに食べています。Ummm・・・貪欲というか、なんか、読んでいるほうまで痛快な気分になってしまう。
 このほか、島の名人たちに料理作りを教わりに行ったり、地元名物の惣菜やB級グルメ品を買いに行ったり、小浜島でのきび刈りの体験までやってしまいました。

 オマケに石垣島の台所つきの宿まで紹介してくれて、至れり尽くせり。表紙をはじめ、いくつか掲載されているカラー写真もきれいなので、月並みなテーマ(失敬!)のわりには読んでいて飽きがきません。

 今村サンの本を読むのは「島を旅する」に次いで2冊目ですが、彼女の筆致は技巧や装飾に走ることがないまっすぐな文章だなという印象。もっと言うなら、読者に媚びないすがすがしさがあります。
 やりたいことをやっている。それをやりながら感じたことを、自分の言葉でただただ語っている――という感じでしょうか。だから、ツボにはまると、書き手の意図を深読みする必要がない読み手(私ですね)はどんどん引き込まれていくのです。

 彼女はきっと親の躾や愛情をたっぷり受けて、まっすぐに育ったいい子なのだろうなぁ。そういう女の子って、小学校の同じ組に1人か2人いましたよね。

 そのことについては、たまたま彼女とある離島で出会い、祭りを一緒に見たという人が、あるブログで彼女のことを「まったく先入観を持たずに、目の前にあるものを受け容れる、その素直さに感心したものだ」 と書いているのを読みました。やっぱりそうなんだ。

 「蛇口から流れだす水をゴクゴク飲む。それは、島を飲んでいるような感じ。飲めば島と一体化するような感じだな、と思うのです。」――今村サン、石垣島が気に入ったようですね。(笑)
 このところ気温がうなぎのぼりで、暑い。省エネの率先活動とやらで半袖、ノーネクタイで通勤を始めました。
 数年前は、ビジネスマンがノーネクタイなんてダサいじゃん、と思っていたけど、何年かやっていると不思議なもので慣れてくる。

 こう暑くなると、もっと本格的な太陽の光を求めてしまうのだが、そんなおれって異常だろうか?
 そして、沖縄妄想に拍車がかかる。

 先に紹介した「沖縄離島の島あそび島ごはん」を読むと、ここしばらく行っていない八重山も少しずつ様変わりしているのだなぁと。そして、新しい知らない世界がまだまだたーくさんあることに気づく。

 な~んか、八重山に行きたくなったなぁ・・・。伊原間の明石食堂でソーキそばでも食べて、久しぶりにキミ食堂の味噌そばや、あさひ食堂の定食でも食べたいなぁ。ん、食べ物ばかりだな。

 それから、西表。島の西側の白浜から先の舟浮あたりは未踏破なので、レンタバイクでも駆って行ってみたい。

 黒島なんかもいいなぁ。
 竹富島の種子取祭も、いつかきっと観に行くぞ!

 ――なぁんてことを考えながら、毎日を送っています。なにせ去年の夏以降、沖縄詣でが途絶えていますからね。禁断症状なんてモンじゃないですよ、もう。



 あ、琉球フェスティバル2007in大阪京セラドーム、チケット取りました~♪
 ンナルフォン・レコード 2000 30NCD-20

(1)浮世節 (2)南洋小唄 (3)学生節 (4)黒石森城節 (5)白雲節 (6)しんだん木 (7)島尻真壁ぬ首里ぬ主 (8)あねるかねる (9)あこがれの唄 (10)与論小唄 (11)花口説 (12)阿嘉から節 (13)恋ぬ花・じっそう節 (14)ぬんぬくそいそい

 徳原清文って、コマーシャリズムにこそうまく乗り切れていないけど、通好みのするいい唄者なんです。沖縄民謡が大好きで、少し聴き込んでいるという人ならきっとご存知のはず。

 彼を目撃したシーンはさまざま。知名定男がプロデュースしている強面4人組、ザ・フェーレーの一員で、おちゃらけユニットなのに、その中でいちばん大きな声で生真面目にうたっていたのがとても印象的。そうかと思えば、国立劇場おきなわでだったか、琉球歌劇の地謡をやっているのも見たことがある。もちろん、先輩唄者のコンサートなどで一人でもうたう。

 このように、軟硬こきまぜになんでもこなしているところがスゴイ!と思う。現在では師匠の登川誠仁はもちろん、下手すると兄弟子の知名をも凌駕しているのではないかと思いながら聴いているのだが、いかがなものだろうか。そのくらいの評価は十分できる、過去形ではない、現在進行形の実力者です。
 そんな彼の、2000年6月発売のオリジナルアルバムのご紹介です。

 (1)は、いかにも沖縄!といった印象の自作の曲。饒辺勝子の琉琴がバッチリ。いわゆるミー唄の範疇でしょうが、知らずに聴いている限りでは戦後すぐにできたメジャー曲かなと思うぐらいしっとりしたデキです。見事な導入曲。
 (2)のほうは比嘉良順の手によるメジャー曲。おれはこのうた、好きなんだ。夢を持って海外に雄飛していくウチナーンチュのはかない心境がよく出ていて。よなは徹のギターも入っているな。
 (3)は、昭和の初・中期あたりに歌われていたと思われるはやり歌? 松田弘一がバイオリンを弾いています。
 (4)は背後に琉笛が流れるしっとりとした舞踊曲。こういううたを易々とうたえるところが並ではないと感じさせるところ。
 嘉手苅林昌の名曲の(5)。このうたには一方ならぬ思い入れがあるワタシですが、合格点でしょう。
 (6)あたりがこのアルバムの真骨頂でしょう。沖縄芝居の劇中歌。よなは徹との掛け合いが見事。2005年発売のオムニバスCD「キャンパス ウラ!ベスト」にもテイクされていました。
 (7)は、唐船ドーィの曲に創作舞踊家の真境名由康が詞をつけたもの。なかなか味がある。これも2006年の「三線王」にテイクされています。
 (9)は、♪ 行ち欲さや大和 住み欲さや都 あさましや沖縄 変わいはてぃてぃ・・・としみじみと嘆く、普久原朝喜作詞・作曲の名曲。心が洗われます。これ、ついこの前聴いていた玉城一美の「天縁」では「無情の月」という曲名でうたわれていたナ。沖縄はホント、異名同曲が多いです。
 (10)は、「十九の春」の元唄。♪ 木の葉みたいな我が与論 何の楽しみない所 好きなお前がいるゆえに いやな与論も好きとなる・・・ やはり「十九の春」とビミョーに違います。
 (11)は、嘉手苅林昌お得意の「時代の流れ」の元唄。もともと劇中歌なのですかね。島太鼓が入って、花街の様子を渋~く。
 (12)は、きっと得意なうたのひとつなのでしょう、琴、笛に乗って気持ちよさそうにうたっています。心をこめて伸び伸びと――という、(12)や(13)の「恋の花」などが、彼にはよく似合っていると思う。
 (14)は松田弘一との掛け合いでうたう劇中歌。軽快なテンポと絶妙の掛け合いがスバラシイ! あぁ、沖縄芝居が観たくなってきたゾ!

 ただ聴いても十分いいのですが、歌詞カードを見て味わいながら聴くとさらに沖縄歌の奥深さのようなものが感じられます。いいCDを手に入れたなぁ。


 戦没者約22万人、うち県民戦没者70パーセント、15万3千余名。本土決戦の捨て石にされ、悲痛な地上戦を強いられた沖縄戦を、根こそぎ動員をかけられ米軍の砲爆撃の中を生き抜いた生存者の証言をもとに書かれた戦争異聞。

 著者はこれまで、「沖縄県民斯ク戦ヘリ―大田實海軍中将一家の昭和史」、「沖縄の島守―内務官僚かく戦えり」、「特攻に殉ず―地方気象台の沖縄戦」などで、沖縄戦時、県民のために力を尽くし敢然として殉職していった人々たちを描いてきています。

 そして今回は、兵庫県出身の農事試験場長で、サトウキビの品種改良に命を賭けた北村秀一の生と死に照準を定めて書き始めたそうです。ところが、取材を進めるうちに、書きたいことが山ほど飛び出したらしい。(笑)

 北村の先達で、戦前の沖縄農民の生活改善を図った“サトウキビの父”宮城鉄夫のこと、沖縄戦からの生還者たちの、ミリオンセラー「さとうきび畑」に対する冷ややかな感慨について――なども加わって、内容は多彩に。

 いつもながら精力的に、今や高齢となり数も少なくなりつつある“艦砲ヌ喰ェー残サー”(戦争の生き残り)を取材し、1945年のあの5~6月の現場に足を運び、当時の生々しい状況を再現しています。

 彼らの証言はすさまじく、眠くなる深夜に読んでいてもどんどん目が冴えてくることも。
 戦火を免れる逃避行では、満足な食事ができるはずもなく、誰もが、爆撃の着弾で掘り起こされた畑に飛び散った芋のかけらや、なぎ倒されたサトウキビの燃え残りを拾って食べたという。
 「サトウキビがなかったら生きては帰れなかった」――という多数の証言が胸を打ちます。

 あと10年もすれば、当時を生きた人々もすっかり別の世界へと行ってしまい、こういう実体験に基づく証言は得られなくなるのでしょう。
 人間とは奢り高ぶりやすい生き物で、喉元を過ぎれば熱さも忘れがち。彼らの体験した辛苦を忘れず、同じ過ちを繰り返さないためにも、我々は時々、たとえそれが聞くだにつらいものであっても、過去の話に耳を傾ける必要があるのでしょう。
 リスペクトレコード 2006  RES-106~107

DISC-1 (1)御元祖 (2)栄口節 (3)エイサー節 (4)クーダーカ (5)花ぬ風車 (6)スンサーミ (7)七月 (8)スーリ東 (9)サフエン節 (10)越来よー (11)九年母木節 (12)唐船ドーイ (13)ヒヤルガヘイ
DISC-2 (1)御元祖 (2)北谷村 (3)仲順流り (4)久高節 (5)花ぬカジマヤー (6)ダイサナジャー (7)丘の一本松(謝苅エイサー紹介) (8)エイサー頭 (9)今帰仁ぬ城 (10)テンヨー節 (11)イマサンニン (12)唐船ドーイ (13)ヒヤルガヘイ

 若き沖縄民謡の旗手よなは徹が全力投球でプロデュースしたというエイサーアルバム。
 沖縄中部、北谷(ちゃたん)町の栄口(えぐち)と謝苅(じゃーがる)の2つの青年会の熱気あふれるエイサーを聴き比べるものになっていて、気分はすっかりエイサーガーエー(エイサー合戦)を見ているような感じ。
 栄口青年会のほうは、唄三線はよなはのほか徳里隆、稲嶺盛彦、徳里隆行の4人、一方の謝苅は、よなはとともに若手ホープの一人松田一利と、あの松田弘一の2人。
 本番さながらの息をもつかせぬ連続演奏は迫力満点! それぞれが30分を超える時間をぶっ通し聴かせてくれるのだから、タマリマセヌ。さらに仲宗根幸市のライナーノーツと対訳がついて、2枚組2940円(税込み)というのは、超お買い得だと思うなぁ。

 DISC1、2ともに同じ曲またはそれぞれのお得意曲が並べられているので、番号毎に共通に整理していくと・・・。
 (2)は、ともに各青年会のテーマソング。のっけからグルービーなうた声が響きだします。もう、一瞬にしてエイサーの世界へ。エイサー唄にはそれにふさわしいうたい方というものがあるのだなぁと、つくづく感じ入ります。謝苅のほうは松田弘一の作。松田弘一の声は、エイサーの、というよりも民謡の唄者のそれだよね、やっぱり。
 (3)は、「仲順流り」としてエイサーのスタートに使われる継母(ままうや)念仏唄。これが流れ出すと、さぁ、エイサーガ始まるぞ!と、血湧き肉踊りますね。(笑) 栄口では ♪ ハイ、ドッコイドッコイ・・・、謝苅では ♪ ハイハイハイ・・・の合いの手が入る。で、流れるように(4)へ。「久高マンジュー主」。この自然の流れがいいのですナ。
 (5)は、沖縄で広く愛唱されているわらべうた。園田青年会でもこの曲を用いていますね。
 (6)は、栄口は稲の豊作を喜ぶ稲作儀礼の感謝のうた。稲が見事に実り、畦道まで穂が垂れているよとうたう。謝苅は、中部方面でよくうたわれている世相歌を。「ダイサナジャー」がエイサーうたとして使われるのは珍しいかも。
 (7)は、DISC1ではよなは徹の作詞・作曲によるミー唄。道めぐりをしていて鉢合わせた青年会同士が互いに負けじとエイサーを演舞を繰り広げる様子をうたったもので、エイサーシンカの熱い心意気が伝わってきます。DISC2では、チョンダラーが謝苅エイサーを紹介する、といった趣向。
 その後、DISC1のほうは、(8)(9)と再びメジャーに戻って。(10)(11)はモーアシビの三線早弾き唄。これらもエイサーに使ってしまいました~という感じでしょうか。
 DISC2では、(8)は松田一利の作で、謝苅エイサーリーダーのあふれんばかりの心意気をにぎにぎしくアピール。(9)は、かつて「ヒヤルガヘイ」という曲名で聴いたことがあります。で、(10)でメジャーに戻って。(11)は、「いちゅび小」や「花風」の歌詞を用いて。速い曲なので、踊るのが大変そう。
 エイサーの盛り上がりのピークに奏でられる(12)。おなじみですね。栄口では ♪ 栄口ぬシンカ あんしマクやてぇる 見聞きする人ぬ 肝に残てぃ・・・、謝苅では ♪ 北谷からやしが 遊ばすみ二才達 遊ばさんありば 戻てぃ行ちゅみ・・・というオリジナルの歌詞も。いやぁ、盛り上がるなぁ。

 Ummm・・・スバラシイ。「聴いてスカッ!とする」――と言ったら、わかってもらえるでしょうか?


 久しぶりに地元ネタ。
 夕食は、家族全員でラーメン「亀太郎」に。
 おれは醤油ラーメンの細麺大盛り(600円)を所望してみました。

 ココ、子供たちが好きなので、時々行くのです。
 なにせ、大盛りがタダ! サービスなのです。しかもそれ、麺が1.5玉などではなく、2玉となる。
 で、麺が細、太、極太の3種類から選べて、味も赤亀、白亀、黒亀、紅亀・・・と豊富、さらに、背脂の量によってこってりの度合いなども調節してくれるのです。子供たちはそこいらがいいらしい。

 で、おれの感想。
 量ががっぱりというのは悪いことではないが、んー、正直言って、この麺はナンダ! という印象。どこかの製麺所の麺であることは明らかで、しかも茹で方がまったく不均一。
 おれは麺こそラーメンの命と考える人間で、「ラーメンはスープだ!」などとほざいている輩にはそのスープを頭からぶっかけて、脳天に辛味噌でも載せてやりたい!
 違うのだ。「麺」なのだ!(断言)

 さらに言えば、スープはいろんなものが入って凝ったものだが、塩辛い! 食後に舌が痺れるぐらいだもんナ。ま、スープはいつもたっぷり飲むからいけない――という説もあるが・・・。

 出店のコンセプトや、良し。しかし、味には、いや、とりわけ麺には、もうひと工夫必要ではないか。

 しかし、ココのチャーハンは半、M、Lとあって、Lの量はハンパではないらしい。次は、ラーメンではなくこっちに挑戦かな?
 ・・・という具合だから、きっとまた食べに行くことになるのでせう。


 先だって、大島保克のCD「島めぐり」を聴き、これはいいと再認識。前から好きだったのだけど、「イラヨイ月夜浜」と「流星」で満足していたところがあったのですね。
 しかし、CDでじっくり聴いてみると、宮古島の難曲「伊良部トーガニー」なんかも見事にこなしていて、いやはや、聴き甲斐がある。

 で、うれしくなって、2000年の収録になるこの「我が島ぬうた」も買ってしまいました。

 聴くのはこれからになるけど、楽しみ~♪
 こちらのほうは、島を巡ることなく(笑)、珠玉の八重山民謡集といったつくり。ゆったりまったりのあの感覚をうまく表現できているのか、どうなのか?!
 そのあたりについては、じっくり聴きこんでからレポートしましょうね。


 喜納昌吉とC・ダグラス・ラミスの対談集です。
 喜納昌吉は、「ハイサイおじさん」や「花~すべての人の心に花を」などをつくったミュージシャン。今はナント参議院議員になってしまい、特異な人生を歩んでいるおじさん。
 ラミス氏は、元アメリカ海兵隊員の政治学者で、「世界がもし100人の村だったら」の対訳者で、沖縄の論客知念ウシの夫でもある人。

 目次を見ると、「「現実的な戦争」は存在するか?」、「「戦争をしません」から「戦争は禁止されています」まで」、「もう間にあっていない問題の解決策」などという柱立てがしてあるのだけど、これらってどーゆーイミなの?? 本来目次というものは、それを見ただけでおよその内容が概括できるものなのだが、今回はちょっと違うゾ。

 そんなこともあって、日本通とはいえ外国人と、不思議で独特な考えを持つ喜納の対話集ともなれば、きっと禅問答のような難解な内容なのだろうなと思いつつ読み始めました。
 で、案の定、難解。(笑)
 難解というよりは、かなりの空想力が必要だという感じでしょうか。一語一語をよ~く考えながら読まないと、言わんとしていることの真髄がよく理解できなかったりして・・・。

 でもまぁ、言っていることが突飛だったりするだけで、大江健三郎の「沖縄ノート」なんかよりはずっと正常。また大層なことを語っちゃって・・・というところがある程度ですから。

 いつも思うのだけど、対談集って、読み解くのが難しい。勢いでしゃべっていることを平板な文字に置き換えているため、話の力点がどこにあるのかを見失いがちになるのですね。
 対談、鼎談なら、その現場で聴き入るべきなのでしょうね。
 最近の沖縄本を読んでいて感じるのは、本島といわず離島といわず、沖縄に新しい宿泊施設が陸続としてできていること。
 沖縄行をほんの1年近くご無沙汰しているだけなのに、気がつけば聞いたことがない宿がたくさん。移住人口も激増しているらしいが、こういうのって、沖縄ブームが定着しつつあると見るべきなのか、それとも一時のブームや乱開発を懸念すべきなのか。

 そんなことを考えているときに見つけたのが、6月21日に沖縄県商工観光部が発表した「宿泊施設実態調査」の集計結果。
 それによると、宿泊施設が増加した地域は、石垣市(22件)、宮古島市(15件)、竹富町(8件)とのこと。
 施設件数は前年比5.8%増の1022件。ホテル・旅館は前年比6.3%減だが、その一方で、民宿など(ペンション、貸別荘、ドミトリー、ウィークリーマンション)は、なんと13.1%(!)、77件の増となったそうだ。

 ナルホド。激安ドミトリーやウィークリーマンションの増が全体を牽引しているという感じか。
 安い宿泊施設が容易に確保できるようになることは大歓迎だが、我々沖縄病者の旅が現地の人たちから歓迎されず、現地の状況から乖離していくようなことにならないかという不安は残る。
 旅とは、その場の催しや生活などをそっと見せてもらったり、そこに住む人たちと触れ合ったりすることが目的なのであり、独りよがりのものではないはずだからね。



 さて、画像は糸満市摩文仁の丘にある平和の礎(いしじ)。
 今日は6月23日。戦後62年目の沖縄慰霊の日。4500人が、20万人余の犠牲者に祈りを捧げ、平和への願いを新たにしたという。
 今日は日曜日。にもかかわらず、市内某所で勤務。
 仕事自体は苦にならないのだが、持病の腰痛が出てチト難儀。第五腰椎が変形しているのに加えて、脊柱管が歪んでいるために下肢への血液の循環が悪くなるというやっかいなもの。長年生意気な姿勢で生きてきた天罰。

 さて、明日はどうなることやら。というのは、県議会がつまらないことで大空転。22日金曜日は県政史上初の議会の流会と相成った。県議会に関わる者の一人として、先が見えないというのは不安であり、一方で仕事の予定が狂ったりするので困ったり。

 思えばこの4月に今の職場に異動して早3ヶ月が経つのだなぁ・・・。
 1年目というのはどうも、年間スケジュールの先が読めなくて、これまた困る。バカンスの日程すら覚束ないのです。

 あぁ、エイサーが見たいなぁ。
 今年の旧盆は8月25~27日。それは重々わかっているのだが、その頃って仕事のほうは忙しいのかどうか、ソコがよくわからない。
 2ヶ月前なので、行くのなら早く決断して航空券を確保しなければならないが、それができない。――ツライなぁ・・・。



 画像は、昨年夏のエイサーまつりの道じゅねーのワンシーン。男臭~い住吉青年会。
 どこの青年会でもこーゆー仕掛けをして、拡声器から大音響をあげて町々を練り歩くのです。
 にょろ字体で書かれた「心技一体」、「一致団結」の文字がまぶしい!


 これですよ、これ。この表紙写真こそ、ワタシの南島に対する心象風景であり、旅のモチーフ。

 本島・宮古・石垣といったメジャーどころの観光地に加え、神秘体験、戦跡、歓楽街などなかなか紹介されない沖縄・奄美を硬軟取り混ぜて紹介! 東西南北すみずみの島へ!――というコンセプトの当書。
 2001年の春と夏、2004年の秋の長期旅行をベースに書かれた体験やエピソード集といった感じのつくりになっています。

 トカラから与那国まで、琉球弧をずずずいーっと一気通貫で紹介しているところが珍しい。
 全巻カラーで、見る、聞く、食べる、遊ぶ、泊る、乗る、夜・・・という具合にジャンル分けされていて、気軽に読むのにたいへんよい。

 それぞれの島の話題は、たとえば沖縄本島を例に取れば、安宿事情、ゆいレールの完全乗車、ダチョウ料理を食べる、やんばるをバイクでまわる、米軍基地の周囲にある街をまわってみる、民謡酒場に行ってみる、社交街を探索する、廃墟のダンスホール・・・などで、まぁ、いくつかのオキナワ本を読んでいる人にとっては目新しい話はそう多くない。そしてまた、「裏」などとカギカッコつきで気張るほどの裏事情も多くない。

 しかし、この本のエライところは、沖縄、宮古、石垣だけでなく、これに奄美とその周辺の島々、大東諸島、さらにはトカラ列島の各島々まで足を伸ばしている点。
 190ページ中、奄美・トカラで33ページを費やしていますからね。こういうのって、フツーのオキナワ本にはないですよ。

 ということで、断言しましょう。
 この本は、琉球弧全体に興味を向けているという作者の視線こそがイイ!
 これこそ南島放浪の真髄です!

 ま、単にワタシの趣味にバッチリ合った、ということなのですけどね。