「火山ラーメン」というものを食べに、仙台の繁華街、国分町に行ってきました。ええ、わざわざです。
 この3月に一度行ったところ、夕方5時からの開店ということで目的達成ならず。いったん門前払いをくってしまうとますます闘志が湧いて・・・ということで。(笑)



 ブツはというと、ご覧のようなシロモノ。これは石焼しょうゆらーめん(700円)です。
 出される少し前に「火山が噴火します!! 避難してください!!」と大書きされた紙が渡されますから、それでもって噴火が撥ねるのを回避します。
 その紙には「急がねで30秒待ってみ、麺の塩梅さよぐなって、野菜の甘みも出っからようまぐなるでぇ!」とも書いてありますが、この画像、1分ほど経ってからのものなのにこの状態。30秒待ったってとても食えません。

 で、噴火が収まるのを十分に待って、ようやく添えられた小皿に少しずつ取り分けていただきます。
 正直言うとパフォーマンスやアトラクティブなところのみを期待していたのですが、食べてみるとこれが大いに評価できる内容でした。

 まず麺は、長時間沸騰態勢にも十分に耐えうる固めのキコキコ麺。これの一部には石鍋がつけたうっすらとした焦げ目も。ソソルなぁ。
 キクラゲ、白菜、キャベツ、ニンジン、ニラ、もやし、豚肉などがたっぷり入っていて、スープはラードの旨みとほのかなニンニク風味が漂う絶品!
 フィニッシュは、残ったスープに添えられたライス(サービス)を投入してハフハフとかっ込む。これまた楽し。

 う~、美味い!
 美味いものの6大要素のうち、「美味い」、「楽しい」、「熱い」は文句ナシ。「多い」はほぼ納得、残りの「安い」、「早い」は並といったところでしょうか。

 これは経験してみて損はないです。
 機会があったらまた行こうっと。

 火山国分町店
 仙台市青葉区国分町2-5-10 石井ビル1F
 営業時間 17:00~29:00 年中無休
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 「徒歩以上クルマ未満の速度で日本を視る」と副題のついた、沖縄自転車旅の紀行文。表紙は首里の金城石畳道ですね。
 2002年4月に、時代に逆行した人力の旅こそ21世紀の主流になる! という気概で、沖縄本島を時計回りに9日間で一周した際の旅の記録です。

 自分としては、見たいところをクルマで巡るのも好きだし、島を自転車で回ってみるのも好き。さらには、レンタバイクで風を切ってウロウロするのも大好き。
 徒歩や自転車は、あちこちをじっくり見ることのできるいわば“余計な時間”があるので、旅の印象は深くなります。なので、急ぐ必要がない時や、五感で感じてみたいナニゴトかがあったりしたときは、距離を厭わず歩いたり、レンタカーは借りずに路線バスで旅を組み立てたりしています。
 まぁ、どの手段をチョイスするかは、行ってみたい対象地の散らばり具合と行動半径の多少、そしてその時の気分次第。そんなことに節操など持つ必要はないと思っています。

 そんなことで、自転車で悠々と沖縄本島を巡るのもいいなぁと思いながら読み始めました。

 全体としての第一印象は、「どこを見ました」、「何を食べました」・・・という、よくホームページの旅行記などで見かける事実の陳列調の記述ではなく、旅の最中に何を考えたか、どう思ったかが一応表現できているので、その意味ではグッド。
 しかし、旅全体を貫く思想というか、哲学というか、そういうものがやや希薄。もっと深く、大きなものを持ってペダルを漕いでほしかった――というのが正直なところです。

 ドライバーのマナーの悪さ、道路行政の行き届かなさ、国民の環境保護に対する意識の低さ、沖縄における米軍――などについて何度も非難がましい記述が登場するのを読んでいると、ウンザリしてくるのです。
 それらはいずれももっともなことですが、いつまでもクレームをつけるようなことばかりせずに、もっと自分の来し方行く末への思索とか、身近に感じたことへの提案とかはないものかと思うのですよ。

 人間エラくなると、世の中のさまざまな事象に対して「こうあるべきである」というのは得意ですが、「ではそのために“アナタ”は何をするのですか?」という問いに対してはまったく第三者的、傍観者的発想しか持たなくなってしまいがち。

 私も、生活の中で生じる不平不満については、その「ソリューション」を持たないうちは、言葉や文字にして文句を言ったりしないよう、よく注意したいと思いマス。


 沖縄の歴史を垣間見ると、とりわけ戦国時代(概ね12~16世紀)がおもしろい。
 しかし、である。琉球の歴史全般に言えることなのだけど、歴史文献が少ないうえに、文献自体あいまいな記述が多く、あっちとこっちを見比べると異なる事実になっていたりする。そのうえ各地に伝わる口承、伝承、アヤグやユンタに唄われる物語などの有象無象があって、これらを総合すると何がなにやらわからなくなったりということがあったりするのです。

 で、この本。その方面に詳しい人が書いているものだから、読者は「さて、A、B、Cとある説のうちどれが正しいでしょうか?」という質問をされているような錯覚を覚える場面も。

 著者によれば、城(グスク)って、島尻地域だけでも80箇所もあるんだって!! これらのうち主だった城をひとつひとつ紹介し、各城にまつわるエピソードが書かれているのだから、ホントかどうかは別として、読んでいて楽しい。
 城にまつわる「おもろさうし」の唄が随所に引用されているのですが、これ、苦手なのです。(笑) 難解だし、たとえ意味がわかっても表現が抽象的なので・・・。

 琉球の中枢として栄えた「中山(ちゅうざん)」の、舜天、英祖、察度、思紹、尚円と続く王統の盛衰と、尚巴志による三山統一の経過などが特に興味深かったです。

 また、宮古の群雄割拠の状況については、1748年に著された「宮古島旧記」を種本に。物語調の表記がなかなかわかりやすい。

 最後は圧巻の八重山戦国時代。大浜のオヤケ赤蜂、石垣の長田大主、川平の仲間満慶山、平久保の加那按司、竹富島の西塘、西表島の慶来慶田城、与那国島のサンアイイソバや鬼虎などの縦横無尽ぶりが勇ましいです。

 初めて沖縄の歴史を読み解くという人にはちょっと難解。上・中級者向けですかねぇ・・・。

 この連休中はけっこう本を読んだなぁ。
 まめにライブ活動を続けていた沖縄民謡界の若手の期待の星、内里美香ですが、最近あまり情報として引っかかってこないので、どうしているのだろうと思っていました。
 もしかして、結婚でも?! と考えて「内里美香 結婚」で検索してみると・・・。ははぁ、大正解でしたナ。

 2006年11月に入籍し、まもなくママになります――とのこと。
 もう26になるのかな、2002年の琉フェスでお目にかかったときには若いのにしっかりした唄い方だなぁと感心したものだったが、今や中核、最も活動的な唄者の一人だよね。
 「これからは今までどおりの活動は難しくなると思いますが、歌は逃げないと思っています。歌い続けて生きたいです。これからも応援よろしくお願いします。」とのこと。

 さらに、キャンパスレコードのHPを見ると、内里美香は「民謡100曲」の録音をスタートするとのこと。「昔歌を中心とした民謡100曲余りを、「今」の内里美香の歌声でレコーディングを始め」るのだそうです。おぉ~! これは期待できるかも。じっくりと待ちましょ。



 画像は、2006年12月24日に渋谷のクラブクアトロで開催された「よなは徹プレゼンツ『年忘れカチャーシー・ア・ゴーゴーvol.3』」のときの様子です。
 後列左から、内里美香、よなは徹、根岸和寿、松田一利。
 前列は、ンナルーこと金城実(左)と津波恒徳ですね~。う~ん、ス・テ・キ!
 そのときの様子はURUMAXのページでどうぞ。
 


 奄美のシマウタを聴いていると、奉公に出ていた気立てのいい娘が主家の旦那に思いを寄せられ、それに嫉妬した夫人がその娘をテッテー的にいじめ抜き、娘は非業の死を遂げる・・・といった哀しい内容のものがときどきある。コレはいったいナニなのかと。
 そんな娘の置かれていた境遇は、かつて奄美に存在した「ヤンチュ(家人)」という債務奴隷だったというのです。
 この本は、そんなヤンチュについて徹底解剖したものです。

 幕末期の奄美では、ヤンチュは人口の2~3割、集落によっては5割を占めていたというのですからオドロキです。
 奄美の負の歴史には誰も触れたがらないし、ヤンチュ制度の研究者も見当たらない。それならば、素人ではあるけれどもワタクシが、現段階でわかっていることだけでも書き残してやろうじゃないのということで立ち上がったのが、宇検村生勝(うけんそんいけがち)生まれで、南日本新聞社の記者をリタイアしたばかりの著者。いや~、立派! その気概に拍手を送りたい。

 ヤンチュのルーツや日常、豊かな衆達(しゅうた)層の状況、島民の抵抗の状況、ヤンチュにまつわるさまざまなエピソード、そして苦難の解放運動などについて、きちんと章立てして懇切丁寧に記述しています。

 結論として言えることは、藩政時代に薩摩藩が奄美で実施した植民地政策がヤンチュ大量発生の根本原因ということ。薩摩藩の台所は奄美の黒糖収奪で赤字財政から見事に立ち直り、余禄の一部は西南戦争の軍資金などに充てられ、明治維新へとつながっていく。

 いつも呻吟するのだが、薩摩はこうやって奄美や琉球を食い物にして歴史の表舞台へと雄飛していったにもかかわらず、その後の鹿児島県の離島政策をみても、いつも根底に「島差別」があるように思える。
 2009年は薩摩藩の奄美侵攻400年にあたる。奄美をはじめとした離島振興政策を本気になって考えてもらいたいものだ。
 今日は2007年5月15日。
 5月15日といえば1932年の5.15事件(海軍将校の一団が首相官邸に乗りつけ、当時の犬養毅射殺したというテロ事件。第二次護憲運動以来8年にして政党内閣の伝統が潰え、日本が全体主義へと向かうきっかけとなった事件)を思い出す方は多いと思います。
 しかし私は、1972年のこの日を思い出します。
 沖縄が、祖国日本に復帰した日です。
 あ、そういえば、この前友人MITSU氏と行った沖縄風居酒屋「ぶーさー」でも、祖国復帰35周年にあやかって、ドリンクサービス券を配っていたな。
 あれから35年。沖縄はどうなったのか。

 沖縄県の仲井真弘多知事は、インタビューに応えて、「本土との格差是正解消が復帰時点の大きな取組みの課題、目標だったが、格差は相当縮まった」と述べ、復帰からの35年間で本土との経済格差が是正されつつあるとの認識を示したという。
 その具体例として、県の財政依存度が全国47都道府県の一番下ではなくなったことを挙げたというのだが、これってどうなのかと素朴に疑問を感じた。
 その程度でいいのか?!――ということですよ。
 ヤマトの人間(おれですね)だって、これまでの沖縄の歴史を知っていれば、到底そんなことでは喜べないのだけどなぁ・・・。

 30周年の頃はNHKの朝ドラ「ちゅらさん」が大ブレークしたけど、あれからもう5年が経過しているのですね。
 5年も経っているのに、普天間基地は一向に縮小されないし、失業率は相変わらず高いし、国の振興計画に盛られた政策は遅々として進んでいないし。

 ちゅらさんのヒロインのえりぃこと古波蔵恵里の誕生日は1972年5月15日だった――って、知ってました?
 仲井真知事


 赤ちゃんは先ずは何でも口に入れようとする。食べてみる。それは世界を認識することだ。
 沖縄が好きならば、その土地で生まれたものを食べてみて、もっともっと沖縄を知りたくなる。なぜ、この食べ物が生まれたのか。どんな所で、どんな人が、どういう思いでつくっているのか。
 食べて、飲んで、そして、話を聞く。音を聴く。香りをきく。五感を働かせる。そういう旅をしようと思った――。

 そんなコンセプトのこの本、なかなかの良書でした。

 著者は、サントリー宣伝部勤務を経て作家に。そして、泡盛マイスターの第1号となった人。そんな粋な人が牧志の公設市場から始まって、国をあげてのもてなし料理だった宮廷料理を食べ、神様と人が一緒に食事をする沖縄のお盆を体験し、沖縄の心の真ん中に座っている古酒(クース)の世界へと入り込んでいきます。

 本書に登場する主な店舗を挙げますと、第一牧志公設市場2階の「きらく」、1階の「山城こんぶ店」と「ジランバ屋」、宮廷料理の名店、久茂地の「美栄」と首里の「赤田風」、那覇の「ジャッキーステーキハウス」、コザの「チャーリー多幸寿」、名護の「ブラジル食堂」、本部の「アセローラフレッシュ」、那覇安里の居酒屋「うりずん」、首里崎山の泡盛づくりの老舗「瑞泉酒造」、与那国の「入波平酒造」などなど。

 このとおり登場する店も充実していますが、良書だなと感じさせるのは、著者がそれぞれの店でオーナーの思い入れたっぷりのいい話をじっくりと聞き、それを豊かな感性と愛着のある視線でていねいにまとめていること。
 沖縄フードに関する本は数々あれど、変な高揚感や衒いを持たず、こういうレベルまで高められているものはなかなかないのではないか。

 新書版700円、208ページ。これはオススメですよ。
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 直木賞作家の藤原伊織氏が死去したという。59歳。食道がんだったそうだ。

 受賞作「テロリストのパラソル」(1995年)は新鮮だった。
 あれは、かつて全共闘闘争に身を投じた男女を描いたハードボイルド小説だった。ハードボイルドというと、ともするとクールでニヒルな男が主人公で、正義感が強く、喧嘩ともなれば抜群の強さを発揮する――というのがよくあるパターンだが、この主人公ときたらアル中で、力もなく、いわば負け組の代表といった風情の男だったのが印象的だった。男の弱さや繊細さが実にうまく描けていることに驚き、こういうハードボイルドもあるのかと感心したものだ。

 その後、「ひまわりの祝祭」や「雪が降る」、「てのひらの闇」、「蚊トンボ白鬚の冒険」などでずいぶん楽しませてもらった。
 本棚には、文春文庫の「シリウスの道」の上・下巻が未読のまま残っているので、近いうちに読んでみようと思う。

 まだまだ世に問うてみたかったものがあったろうと思うと、痛恨の念にかられる。

 おれの個人的なハードボイルド御三家は北方謙三、志水辰夫、そして藤原伊織だったが、その一角が失われてしまった。この喪失感はけっこう大きい。

 ご冥福をお祈りします。


 昨日のことになるけど、午後から仕事で、山形市のお隣り、山辺町のとある企業に行ってきた。
 せっかくだから昼は現地で食べようと、山辺から通勤している同僚に聞いて、もやしラーメンが評判だとの山辺栄屋支店に行って、そいつを食してみた。

 ご覧のとおりの豪快な盛り。もやしのうま煮がぶっかけられているのだが、こいつがまた片栗粉をたっぷり含んでいるためか、おばさんが持ってくる間も表面は微動だにせず。少し離れたところから見ていたおれは、どんぶりにラップがかかって出てきたのかと思い、しばしアセったものだった。

 知らないということは恐ろしいことで、おれは大盛りをたのんでいたのだが、久々の食後のぐったり感を味わうこととなってしまった。
 この写真、実は相棒がたのんだ普通盛り。大盛りのほうは、これよりどんぶりのふくらみがずっとふくよかで、うま煮の下は麺がこんもり。食べても食べても麺が出てくるといった感じだった。

 普通盛りにすべきだったと思うも、後の祭り。待ち合わせの時間までの残り少ない時間をガツガツ食べたので、その直後の仕事は大汗+口の火傷+午後の眠気3倍増で大変だったゾ。


 名護市の東海岸久志地域に移り住んで9年、ヘリ基地いらない二見以北十区の会に参加して辺野古の海上ヘリポート建設反対運動に取り組んできた浦島悦子さんの文章と、沖縄人の人間ドラマを撮り続けながら闊達に生きる写真家石川真生さんの写真とで綴られる「大人の絵本」。
 絵本と言っても絵はイラストマップぐらいのもので、全編モノクロの写真の合間にそれをわかりやすくするための短い文章が付いている――といった構成。
 政治力や利権によっていとも簡単に破壊されようとしているコミュニティの絆や豊かな自然を目の当たりしての苦悩、そして、基地反対運動を続けていく上でのさまざまな葛藤が伝わってきます。
 そしてまた、その環境下であっても、地域の人たちは笑顔すら見せて元気に明るく生きている様子が感動的です。

 モノクロ写真の訴える力はスゴイ! 文章で長々と記述するよりも、百聞は一見に如かずの迫力があります。特に、写真に表れる人々たちの表情は豊かそのもので、人間の生き様というものは文字などで解説する必要などないのかもなと思えてきます。もう、理屈抜き。
 しかし一方で、1枚1枚の写真によって現実が一目瞭然となるため、読み手としては自分というフィルターを通して読み解く必要がなくなり、想像力を駆使する必要までもがなくなってしまう。
 さらに、セコい人間であるワタシの立場から言うと、写真がメインのものは1冊を読破するのにあまり時間を要しないため、費用対効果を十分に享受できないという一面も。

 読書は現実に体験できないことを想像の中で追体験するものである――との読書観から言えば、この類の本も納得できるのですが、あまりお金をかけずに趣味の時間をじっくり楽しむという面から考えると、正直言ってやや不満。――まぁ、これは贅沢なことなのですけどね。

 やっぱりおれ、間違いでもいいから自分の判断を入れて、地道に文字を拾っていくほうが性に合っているかもしれないなぁ・・・。


 はいはい、双葉社が誇る「好きになっちゃった」シリーズ、沖縄モノの、ナント第6弾です~♪
 沖縄の離島って、沖縄であって沖縄でないものがたくさん。そこいらを上手につっついて、「文化のチャンプルーに目が回る体験記」に仕立て上げられています。
 前作(第5弾)は本島モノで、ちょっと凝り過ぎなのではと思わされる部分があったのだけど、こちらはそこまでハマり込んでいず、なかなかいい塩梅。離島のゆるゆるなあれこれについてフムフムと感心しながら読むことができました。

 編者たちの中心となって書いている下川裕治は冒頭で、離島の空気は変わっていないけれども、本土からの移住者などの激増でそこに暮らす人々の人口構成が大きく変わっていることを指摘しています。世間ではそのことについて批判的に捉えている人もいるようですが、下川氏は「沖縄の人と風とにはまってしまった人は、やはり沖縄の人と自然とのつき合い方が違う」として、沖縄の離島に流れる空気が変わらないのがその証左であると述べています。
 それなら安心。最近はいろいろとあって、大好きな八重山や本島近辺の離島に足を伸ばせないでいるのですが、氏の言うように、あの沖縄の離島特有のゆるゆる感は消えないでいてほしいと、心底思いますねぇ・・・。

 宮古島の西辺地区では昔からお祝いの席で、泡盛にコンデンスミルクを入れた「ミルク酒」を飲む――という話、
 宮古島におけるおばぁ食堂のベスト4を発表し、宮古の「?」料理や巨食定食御三家に連日挑戦してみる――という話、
 池間島にある遠見跡に登る道を探索し、その途中で池間村番所跡地を発見する話、
 多良間島へと船で旅立ち、多良間島特有の海への昇降通路「トゥブリ」を極める話、
 ・・・などなど、沖縄の離島に興味を感じない人から見れば「アホかいな」と思われるようなことを次々とやってくれています。
 しかしコレ、愛好者のツボを見事によく押さえていますねぇ・・・。感心、感心。

 この「好きになっちゃった」シリーズ、バンコクやソウル、ベトナム、バリ島や香港を扱ったものまであるらし。こっちも面白そ~~!


 本日は、山形は庄内地方、鶴岡へ出張。住宅地図を見ると出張先のすぐそばにケンちゃんラーメン羽黒店があったので、出発前からお昼はココでと決めた。(笑) 山形市周辺で大ブレークしたケンチャンラーメンを本場の庄内でということで。

 ブツはご覧のとおり。山形店と比べると、麺は心持ち細い感じ(これでも!)。スープは、山形店ほど魚系のダシの香りが強くなく、また、あまり脂っこくなくて飲みやすい。久しぶりにレンゲを使わずどんぶりを両手で持ち上げて啜ってみたが、実に美味かった。こーゆー飲み方、いいですね。忘れていた感覚。値段は600円。

 店は、こんな感じ。小さいですね。
 でも、こういう店構えがまた、いい!
 店で働いていたおばさんも、愛想がよくていい感じでした。

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 おかげさまで、気乗りのしない出張も、楽しくて満足のいくものとなりました。


 琉球ガラスで表札をつくってみようと思い立った。
 家を再建する!と考え始めて2ヶ月ほどが経ち、その間ハウスメーカーと週末のたびに念入りな打合せを重ねてきた。そして今週末、6月2日は地鎮祭を行う。ようやくここまできたという感じだなぁ。

 建物を奢るにはおのずと限界があるので、ここはいっちょ表札を奢ってやろうという考え。で、ここだけは施主であるワタクシが、誰にも相談せず、自分の心の赴くままに独断で決めさせてもらったというワケ。

 ブルーの琉球ガラスにこのような字体でいこうと決め、ただいま製作依頼中。値段的にも特別高いというわけでもなく、リーズナブルなものだと思っている。でも、建物の雰囲気からは浮いてしまうかも・・・。
 でもこれ、こだわりだからしょうがないのダ。許せ、家族の者たちよ。
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 今日も仕事で朝から置賜(おいたま)地方の高畠町へ。で、昼食は、南陽市赤湯の「来々軒」の中華そば520円だ。
 ここのラーメン、自家製の太麺がもっちりしていて実に美味いのだ。輝け、マイ・ラーメン・ベストテンには確実に入る逸品。

 赤湯ラーメンというと龍上海ばかりが有名になってしまったけど、あの辛味噌ってのは、王道論から言えばどうなのだろう。自分としては、龍上海の醤油ラーメンこそ評価されていいのではと考える一人なのだけれど。

 でまぁ、ここいらのラーメンは総じてこのもっちり太麺が魅力。食べてみればワカル。この店の場合、具は至ってシンプルですが、チャーシュー、メンマ、ナルトなどいずれをとっても欠点が見出せない高いレベルです。そして最後に青海苔が振りかけられるのが「赤湯ラーメン」のお約束ですかね。

 昼時に行ったのですが、駐車場は満杯なのに、幸い中の混み具合はさほどでもなく、こうやって写真を撮る余裕もありました。
 もっと評価されていい店の一つだと思いますよ。

 あ~あ、大盛りにすればよかったなぁ・・・。

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