ホテルに戻ると、MITSU氏はふくらはぎに濡れタオルを当ててやや憤慨気味。
 彼もまたバイクタクシーに乗ったそうなのだが、降りるときに足がバイクの熱いマフラーに触れ、火傷をしてしまったとのこと。それ以外にもベトナムでなければ体験できないいくつかの事情があって――ということらしい。
 まぁ、そう怒りなさんな。時間が経てばそれらもきっといい思い出になると思うよ。

 おれはというと、ホテルのレストルームを拝借し、足を洗い、全身を拭き、身につけていたものすべてを着替えて気分さっぱり。

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 で、夕食を早めにとっておこうということで、2日前に朝食をとったカフェに行ってサンドイッチを食す。
 疲れていることもあり軽く食べようと思って選んだのに、この量。十分すぎますナ。

 このカフェ、市民広場に面した角にあるため、店内からは、夕刻に準備をしていた記念式典が手に取るように眺められました。
 食事を終えて店を一歩出ると、いつもに増してパワーアップした人、人、人・・・。

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 デジカメを両手で高く掲げて遠方だけを撮ったので写真には写っていませんが、この手前からむこうまでは全部、人。メシも多かったし、なんか気持ちわる…。(笑)
 ってことで、サイゴンはサイゴンまで(笑ってね)、一人ひとりの集合体としての巨大なカタマリのスゴさとパワーを見せつけてくれたのでした。

 この後は予定どおり8時に小さなバスがお迎え。そして、いくつかのホテルを回って十数名の日本人が集められ、車内に日本語が広がったときに、おれは「あぁ、ベトナムの旅はこれで終わったのだな」と思ってしまったのだった。

 まぁ、あまり言いたくはないけど、彼女ら(若い女性がほとんどだったので…)のしゃべることを聞くともなく聞いていると、ガクゼンとするようなことばかりなのだな、これが。
 ○○を買ったとか、○○はイケメンだったとか・・・。結局のところコイツら(失礼)はベトナムに来てまで日本の(というより自分の独善的な)価値観を振りかざし、そのおメガネにかなわなかったものには興味を抱くことすらせず、すべての物事は帰った日本においてどう使うか、どう評価されるか――という視点で捉えている、ように見えるんだな。

 ごめんね。おじさんはね、旅は“サプライズ”なんだと思うよ。旅先にいるときぐらい日本のことは、つまり、地位や肩書きや経済的な環境などは忘れて、一人の人間として真っ白なところで戦ってみてはどうかと思うよ。ついでに言うと、そのまとわりつくようなしゃべり方は人間的に自立できない不具的な成人を思わせ、たいへんに気持ち悪いですよ。スンマセンねぇ、グチが長くなって。

 う〜〜む、最後はグチグチおじさんに逆戻りしてしまい、なんの結論もなくこの旅行記は終わっていくのですねぇ…。

 でも、最後に忘れずに言いたいのは、今回の旅は相棒があってこそ満喫できたということ。
 いつもは一人旅が多いおれだけど、それは自分なりの目的があって旅をする場合のこと。今回のように初めての地、しかも外国に旅する場合、一応「観光」はしたい。ここで言う観光とは、Sightseeing の観光。で、これって、一人でやっても絶対に無味乾燥だと思うのね。たとえばクチのトンネルを一人で通ったり、ディナークルーズを一人でやってみたところでなにも面白くないではないか。
 そういう意味で、MITSU氏には深く感謝。単独行動のわがままも何も言わずに聞いてもらい、ありがたかったです。


 えー、読んでいただいた皆さん、たいへん長らくの間お読みいただいた「ベトナム旅行記」も、これにて終了です。
 旅を終えてからの1ヶ月間というもの、このドキュメント作業を楽しみながら行うことができましたのも、皆様のおかげです。
 どうもありがとうございました。
 ホテル集合は夜8時。あと3時間ほどの余裕があるので、コンチネンタルホテルのカフェで休憩を。
 さすが高級ホテルだけあって、椅子、テーブルは籐製。高い天井。その下には大きな液晶モニターが架けられ、世界のサッカーのダイジェストが放映されていました。う〜む、なんか、ヨーロッパのどこかにでもいるような感じだ。
 でも、時折ふわりと姿を見せては消えていくウエイトレスはアオザイ姿。その立ち居振る舞いはホテルウーマンとして見事に洗練されていて、美しい。

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 客の少ないそんな雰囲気の中で、これまでに体験してきたベトナムの旅の余韻を味わうのも悪くない。
 この斜めから差し込む夕刻の陽差しこそが、旅の終焉を象徴しているのではないか。
 通りの側の明るさと混沌がベトナムそのもので、おれのいる側、陰影深く、ものが豊富で世界の情報が降り注ぐこの室内が、これから戻らなければならない日本なのではないか――。
 そんなことを考えながら、ゆっくりとメンソールのタバコをくゆらしつつ、セブンナップで喉を潤し、耳でサッカーの歓声を聴きながら、通りを動く人たちの様子を観察する。

 道売りのおばぁの声掛けによっておよそ何パーセントの人が物を買うのかがわかり、通りを歩く人たちに占める観光客のおよその比率がつかめ、通りを何度も往復している人間が数人いることがわかったあたりで、ホテルへと戻ることにしたのだった。
 さて、日も傾きかけてきたし、ドンコイ通りへと戻ろうか。
 おれはその際、出口にバイクタクシーがいたならそれで帰ろうと思っていた。そして、これまで会ってきた何人かの兄ィたちの話を総合すれば、ここから中心部までなら1ドルもあれば十分だろうと踏んでいた。
 で、記念館を出ると・・・。いたいた、1人。で、さっそく手を挙げて合図を送ってくるではないか。
 おれは彼のほうに歩み寄って行き、交渉を始める。

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「ドンコイ通りに行きたい。いくらだ?」
「4ドルだ」
「1ドルなら乗りたい」
「そりゃあ無理だ。しょうがない、3ドルなら」
「そうか。じゃあこの2本の足で歩くとしよう。ありがとうな」 と、歩きかけると・・・。
「待ってくれ、わかった、1ドルで行こう」 となった。
 このあたりはあまりにも読みどおりなので可笑しくなってしまう。と同時に、なにもそこまでケチケチすることもなかったかという温情も。だが、ボラれたくはないという気持ちのほうが勝る。
「いいな、1ドルだ。それ以上は何があっても払わないからな」 と念を押す。
「あぁ、オーケーオーケー、さあ乗って、レッツゴー!」
 ――彼はこんなノリ。おれが後席にまたがるとゆるゆると発進したのだった。

 ノーヘルでバイクに乗るのは実に爽快。もわりとした風が体全体に押し寄せてくる。金額云々では語れないステキな解放感。おれはやっぱりバイクが好きだったのだなぁと改めて認識する。と同時に、日本法規におけるヘルメット義務付けや原付二人乗り禁止のナンセンスを糾弾したいような気分になっていた。

 バイクの洪水をバイク側から見ると、それはまた違って見える。川を遡上する魚の群れの1尾になったような感じ、といえばわかってもらえないだろうか。同じ方向に進むバイクたちはひとつの群れなのであって、その中での激しい接触などはありえないし、この群れに別の群れが大挙して突っ込んでくるようなこともない、というようなことなのですナ。
 また、スピードは緩やかで、急ブレーキ、急発進などはまったくなし。日本でありがちな“自分が正しければぶつかってきたほうが悪い”というような手前勝手な発想はないようだ。

「Marriage?」 またいつもの質問がなされた。
「Yes,I’m married.」 おれはいつものようにそう答えて、ふと今の、身体に羽根の生えたような心境を前を向いて運転している彼に伝えてみたくなり、「But,in Vietnam,I’m not married.」 と付け足してみた。
 この雰囲気の中で彼はこの冗談を勘違いすることなく見事に理解できたらしく、「Ah,In Vietnam?」と言いながら笑ってくれたのだった。
 合わせて、今夜ベトナムを去るが、十分に楽しませてもらったと言うと、それはよかったというようなことも言ってくれた。言葉というものは、感慨をこめて話せば案外伝わるものなのだなぁ。

 一方通行の多い中心部を時には逆行したりしながら、ドンコイ通りの市民劇場前で下車。
 彼はその際、「2ドルだ」と言う。
 乗せてもらっていたわずかの時間にしてはずいぶんと親しくなれたつもりだったのに、それでもやはりオマエはそう言うのかとちょっとがっかりし、「だ〜め、オンリーワンダラー」と告げる。
 すると彼は、少し恥ずかしそうに“やっぱりそうだよナ”という顔をして、最後は写真の通りピースサインをして去って行ったのだった。
 おれにしてみれば軽く10ドル以上の価値は十分にあっただろうに。物価というものは合理的なようでいてけっこうな不合理を内在しているのだね。

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 あれ? 市民劇場の前では軍隊が出動して何か催し物の準備が…。
 そうだった。この9月2日はベトナム独立61周年の記念日なのだ。
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 例によってあちこちと眺め、立ち止まり、迷い、休みつつ「ホーおじさん記念館」へ。この派手な建物ですから、遠くからでも目的地はあれかな?と推測できてしまいます。
 しかし、市街と、記念館のある対岸との間にある橋が工事中のため、仮設道路の位置が手持ちの地図とは大きく違うので、近くなってからウロウロ状態に。

 すると遠くから、日本語で言えば「お〜い!」というような掛け声が2回。
 まさかおれを呼んでいるのではないだろうと思いつつも一応振り返ってみると、道路脇に座り込んでいた工事の日雇い風のおっちゃんがおれに向かって“あっちあっち”というジェスチャーを。
 彼は、このあたりで道に迷っている観光客風情はほぼ間違いなくホーおじさん記念館を目指しているはずであると確信し、
「チッ、また迷ってやがるゼ。あぁあぁ、そっちじゃ方向が違うよ。見ちゃいられないよ。しょうがあるめい、面倒だが教えてやるか」
とでも一人ごち、声をかけてくれたのだろう。
 うふふ・・・おじさん、ありがとうね。

 ということで、閉館時間が迫る館内へと突入。
 基本的にベトナム語での説明なので、それぞれの展示物の価値などはよく理解できなかったものの、ホーチミンの写真がとにかく豊富。当時彼は人民の絶大なる人気と信頼に支えられていたのだなということがよ〜くわかりました。

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 そしてこんなブースも。はい。ホーおじさんです。
 ホーおじさんは、1911年、記念館のあるこの地から船に乗ってフランスへと渡ったのだそうです。いわばベトナム近代史の始まりの場所がココなのだそう。へぇ〜。
 サイゴン川に面した庭園も美しいし、園路沿いには市内各地の今昔を写真で比較する看板が設置されていて、全体としてなかなか見応えがありました。
 この後は歴史博物館へと戻り、わりとたっぷりと時間をかけてベトナムの先史時代から現代まで、さらにはベトナムの50以上に及ぶ民族の衣装や暮らしなどを垣間見る。

 次に、すぐ近くの「ホーチミン作戦博物館」に行ってみたが、ここもまたなぜか休館。見に来る人もそう多くないのかもしれないが、なんとかナランか。
 今日はどうも運勢的についていない日のようだね。

 午後3時。いよいよベトナム滞在時間も残り少なくなってきて、ここからは各自最後の自由行動にしようということに。
 で、おれは作戦博物館から今度はトンドクタン通りを徒歩制覇して、その足で小さな運河を挟んだ対岸にある「ホーおじさん記念館」に行ってみることにした。

 トンドクタン通りはサイゴン川沿いを走る市街環状線のようになっているので、比較的自動車の交通量が多い感じ。でも川を見ながら歩くには悪くないコースだと思う。ジョギングをする西洋人や散歩する老夫婦、暇に任せて油を売っているホテルマン仲間などを眺めながら歩く。
 「ヘイ、どこまで。バイクはどうだ」 また兄ィから声がかかる。
 「メリン・スクエアだ」 間もなく到着するであろう広場の名前を告げる。
 兄ィは、じゃあ必要ないなという顔をしてのろのろと走り去っていく。
 それを目で見送っておいて、左側に広がるこのような景色を見ながら歩く。
 いい天気だ。今日はにわか雨はないのだろう。

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 メリン広場には、前日に苦労して踏破したあの通りの名前となった“チャンフンダオ”の像があるのだった。これを見ずにはおれは日本には帰れまいと思い、ここにわざわざやって来たというワケなのね。
 どれ、写真写真。

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 逆光をものともせずに撮ってしまい、顔の部分が暗く写っていたため、画像ソフトを使ってガンマを強く当ててみた。なのですこし白っぽくなってしまったけど、そうか、チャン君よ、オマエはこんな顔をしていたのであったのか。(詠嘆&笑)

 それからは、観光船乗り場周辺の公園で休憩。
 川の臭いがきつく、物売りが多く、あちこちきたない公園だったが、そんなところでもベトナムの若い者は川面に目をやりながら二人だけのロマンチックな語らいをしていたのだった。
 こーゆー人たちに沖縄の真っ青な海なんかを見せてあげたら、そこできっと3年間ぐらい語らい続けるのだろうナ。
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 で、ようやく落ち着いたのは、フォーエバーレストランと英語の別名ももっている、このあたりとしては滅法ソフィスティケイトされた店。
 そこでフライドライス with ソルティッドフィッシュ(3万5千ドン)とサイゴンビール(9千ドン)を食した。

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 ご覧のとおりのシロモノで、塩魚はライスとともに炒めてあります、ということらしい。
 う〜む、これがまたウマイ! 塩味が心持ち強めで、歩いて発散した身体にはちょうどいい塩梅だ。
 けっこうボリュームがあり、日本のチャーハンにすれば1.5人前はあったと思う。3万5千ドンとは1人前にしては高いものね。ま、全部食べたけど。

 食後にはこの店でちょっとしたいざこざがあった。
 全部で12万ドン(900円)近くになったのだけど、おれたちはドンをほとんど持っていない。
 入店したときにドル払いでよいかと尋ねたときはOK、OK、ノープロブレムと言っていたのでホントにノープロブレムだろうと安心していたところ、精算の段になって「あれま、ドルかよ」みたいな顔をするのである。はぁー、ここでゆるゆるベトナム体験かよ。
 で、ウエイトレスにドル札を出して見せ、これで払いたいのだと言うと、さっさとその中から10ドル札を抜いて、これでいいと言う。
 「おめー、いくらなんでも10ドルはチト高いんじゃないの?」 と、10ドル札を取り返すおれ。
 そんな様子を見て、フロアチーフとおぼしきウエイターが「少々お待ちを」といった風情で奥へ。
 で、しばらくして出てきたウエイターは、紙に$1=100,000DONなどと書き、12ドル払ってくれと言うではないか! こちらは唖然である。さらに高くなってしまったということだ。

 MITSU氏は暴れだしたそうな素振りを見せるし、店員たちは英語がようしゃべれず要領を得ないし、おれはしばしの間どうすべきか迷ってしまったが、なにも旅の最終盤で声を荒げることもなかろうと判断し、苦笑いしつつ12ドルを出して店を出ることにしたのだった。
 すっかり現地モードになっているのでまったくもってボラれてしまった心境なのだが、ビールまで飲みまくって二人で1500円程度なら、これが日本なら笑いが止まらないほど得したナというレベルではないか。
 少し前までのおれなら真っ先に“ナンダコノヤロウ状態”に突入しただろうが、今のおれはこんな程度では怒らない。人間、齢を重ねると、多少のことでは腹も立たなくなるものなのかもしれない。
 いぇい! 大人〜、おれって。
 ・・・と、自分を慰めようっと。
 ベトナム最終日の箱モノ攻撃ツアー、はじめに市街の北部にある「歴史博物館」へと向かう。
 最終日に箱モノ狙いをするのにはワケがある。箱モノならば、もし午後のにわか雨があってもそう厳しく濡れそぼってしまうことはなく、夜の飛行機はさっぱりした形で搭乗できるのではないか、という読みなのダ。
 我ながらいい計画だなと思うが、なんだかこの日はやたら天気がいい。雨は降らないかもしれないな。その代わり、大汗をかくぞ、こりゃ。

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 歴史博物館に向かう途中、中央郵便局の前を通ったので、中の様子をチェック。
 駅のホールのような広々としたスペースの両側に窓口が並び、奥にはホーチミンの肖像画がドド〜ン。これ、公共の建物のお約束。19世紀末、フランス統治時代の建築物なのだそう。
 建物の周辺にはベトナム切手や絵はがきを売る道売りの人々が大勢いてなにかにと寄ってくるが、ノーサンキュー。

 レユアン通りをずずいと進み、子供連れでにぎわう動・植物公園の前をすり抜け、歴史博物館に着くと…。あれ、閉まってる? おかしいな、休みということはないはずなのに。
 入口に立っていた守衛に「休みか?」と訊くと、1時半までは昼休みなのだと言うではないか。
 なにぃ〜!? ・・・あれ、ガイドブックにそう書いてあるじゃん。

 しょうがないので、じゃあその前に昼メシを喰っちゃおうかということで、トンドクタン通りを食堂を求めて歩くことに。
 そう多くない食堂を見つけては、ここは不潔そうだとか、客層がそぐわないとか、なにかにと難癖をつけて歩く。おれはどこでもいいのだけれど、MITSU氏、慎重〜♪(笑)

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 たとえばそのひとつはこのあたりの店。
 何人かが路上で椅子に腰掛けてなにやら食しているようですが、これにはさすがにおれも“ここで食べるのはちょっと、どうなんだろうなぁ”と逡巡してしまった。

 それにしても、この奥へと続いている路地はとっても魅力的。足を踏み入れてみたいという好奇心と、そうしたことでその中でゼッタイに浮き上がってしまう自分を発見するだろうというブレーキングの2つが作用して、わが心はヒール&トウ・ドライビング状態。
 大通りを挟んだ反対側は急激に再開発が進んでいるようなので、古いサイゴンの雰囲気を残すこの路地も間もなくすれば開発の荒波に飲み込まれてしまうのだろうなぁ。
 9月2日。ベトナム滞在は今夜までとなる。
 この日は、ゆっくり起きて、チェックアウトの12時までホテルを有効に使い、午後からはまだ見ていない博物館などの箱モノを二人で攻めて、その後は夕刻まで各自見残したところを見よう――という計画。

 9時を大きく回った頃に1階のレストランへと向かう。目標だった“ゆるゆるなベトナム”は、滞在最終日にしてようやく実現したようだ。

 レストランではオリエンタルの朝食をチョイス。
 運ばれてきたのは白粥で、これに中国風の漬物や味付玉子などをブチ込んで、空心菜のニンニク炒めをオカズにおいしくいただく。
 フレンドリーなボーイと語るのもこれが最後かと思うといささかさみしいものがあったりして。

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 12時前、荷物をまとめ、フロントに預けて街へと出発。来るときは1つだった荷物は、二人とも2つずつに増えている。
 MITSU氏はパッキングがとても上手。画廊で絵を買ったそうだが、それが痛まないよういろいろと工夫をしているらしい。
 夕食は、統一会堂(旧大統領官邸)からひとつ北西側のボーバンタン通り沿いにある“トゥオンハイ”という大衆食堂にて。
 コム・ガーがうまい店だというので、あちこち迷いつつ行ってみたところ。



 コム・ガーとは、鶏ガラスープで炊き上げたご飯と鶏肉のローストをセットにした中国風のメニューで、この店の場合これに漬物2種とつけダレ2種がついていた。
 日本人のおれたちにとってはこのごはんがやたらと口に合い、いやはや美味いのなんの。ビールでも飲みつつゆっくり食べようねと言っていたのに、箸の進みはえらく速かったナ。

 注文したビールがなかなか来なかったり、そのビールに氷が入っていたり温かったりしてやや不満は残ったもの、おれたちを受け持ってくれた中国系のオネーサンはにこやかかつフレンドリー。ビールの件についてはそれでプラスマイナスゼロでしょう。
 二人で寛いで12ドルぐらいだったかな。ホントはドンで支払うべきところだけど、ここにきてドンはおおかた使い果たしてきたので、ドルで支払ったのね。

 その帰りはまたまたふらりとレロイ通りへと向かい、サイゴンセンタービルの2階にあるスーパーでベトナムのお菓子やインスタントラーメン、ガム、キャンディなどを購入。こういうのってけっこういい土産になるので。ポリポリの即席ラーメンを日本まで持って帰るのにはけっこう神経を使ったけどね。(日本に帰ってから食べてみると、なかなかイケました。)

 で、最後にXXLのTシャツを仕入れるべく、「にーまんどん」の美人オネーサンのいる店に再度寄ってみる。
 残念ながら別のオネーサンが店番をしていて“にーまんどん”さんには会えずじまいだったけど、胸に大きな星が入った赤のベトナム国旗風、それに左胸にシクロがデザインされた紺色のものの2着を3ドルで手に入れ(ドンがないんだってば)、ご満悦でホテルへと戻りました。
 ホテルに戻り、MITSU氏と合流して、午後5時半ごろから夕食がてら市内散歩に。
 聖母マリア教会や中央郵便局を眺めながら歩く。
 時は夕刻。強かった日差しが弱まり、驟雨を呼んだ黒雲は去って、サイゴンは穏やかな時間を迎えつつあるなぁという感じ。相変わらず人々はにぎやかに動いているけれど。

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 聖母マリア教会(サイゴン大教会)。

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 中央郵便局の外観。

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 道売りの帰りだろうか、それとも買い物帰りなのか。
 いずれにせよオカーサンたちは、こうして荷物を手に家族の待つ家路へと急ぎ、夕食の準備に取りかかるのだろう。
 庶民たちの日常は、国境など関係なく、いずこも同じだ。
 昼メシがまだだったので、引き続き中華風ラーメンを目指して目抜き通りの“海鮮酒家”と漢字で書かれた店に入ってみたものの、ウチは海鮮火鍋の店なのでヌードルはないと丁重に断られてしまった。
 なかなかラーメンを出す店は見つからない。日本料理店に行けばあるのだろうが、それでは目的を達したことにはならないし…。
 なので、ラーメンはあきらめ、レロイ通りのホテルの1階にあるカフェに入り、フォーを食べたのだった。

 そう、カフェではフォーも出すのですよ。午後のティータイムをとっている欧米人風に混じってフォーを食べる――というのも、なんだかなぁって感じですけどね。これまでに食べた2回よりもずっとしっかりした量で、味もよく大満足でしたが。

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 そうそう、食後にコーヒーを飲もうと注文したのですが、これがベトナム式のコーヒーだった。
 室内が薄暗くて写真が取れなかったため拝借した画像を使ってみましたが、ガラスのカップの上にドリッパーを載せたまんまで登場するビターなもの。液体が完全に落ちきるまでにけっこうな時間がかかるので、おれのような初心者は待ちきれず、たいていはドリッパーをいじり始めて熱い思いをすることになるのね。
 して、これにシロップをたっぷりと入れて甘〜くして飲む――らしい。
 おれとしては、アメリカンコーヒーをごくりとやりたかったのだが、そのイメージとはまったく別のものが登場したので、苦笑いでした。

 そのカフェのBGMはなぜか1970年代のポピュラーソングのオンパレード。なぜベトナムでアメリカの、しかも70年代のヒットソングなのかよくわからないが、おれとしてはかつて愛聴した名曲の数々がなつかしく聴けてたいへんにヨカッタ。
 特に、ニューシーカーズの「愛するハーモニー」にはしみじみ。これ、ベトナム戦争当時の平和希求ソング。ホンワカした女性コーラスの響きは不滅ですな。これからは、この曲を聴けばベトナムを思い出すことになるのだろうナ。

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(正式な曲名は「I'd Like To Teach The World To Sing」。調べてみたところ、元々はコカ・コーラのCMとして作られたもので、1971年に全英1位、全米7位。日本では72年に大ヒットしました。)
 そんなことがあって無事にバスへと乗り込み、市の中心部へと戻ります。

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 バスの中はこんな感じで快適。
 客層は、やっぱり地元の人が多いよう。でも、大量の荷物を持って乗ったり、野良着のままで乗ったりする人はいない。むしろおしゃれで理知的な階層の人が多いようで、途中からおれの前の席に座った若い女性などはきっかりとしたメークをほどこしパリッとしたスーツを着て、ケータイでメールを打っていたっけ。ヒューヒュー。(…って、何?)

 バスには若くて小柄な女性車掌が乗車しており、しばらくすると一人ひとりから料金を徴収して回り、乗車券の半券を渡していく。
 なんかこれって、おれのチャイルドフッドのバス乗車の風景を思い出すなぁ。
 当時車掌さんは花形であった。踏切を通過するときにバスを降りて車両を誘導する車掌さんのパフォーマンスを、おれはいつも楽しみにしていたのだった。遠い過去だけど。

 料金がわからないので、掌に2万ドン札やと数枚の硬貨を乗せて料金分だけ取ってもらうことに。
 すると車掌さん、うしろのチャイニーズ風の4人家族に、5人あわせてみんなの分の料金を取っていいのかというようなことを尋ねていた。「いやいや、別だよ」みたいな反応があって、車掌はおれの掌から5千ドン硬貨を一枚取り、代わりに千ドン硬貨3枚と半券を渡してくれた。
 バス代は“にーせんどん”。15円ぐらいですかね。

 運転手さんは、まとわりついてくるバイクの群れを追いやろうとクラクションを鳴らしっぱなしの運転。毎日これじゃあさぞかし神経が磨り減ることだろう。

 てことで、ベンタイン市場まで30分ほどで到着。歩きとはまったく異なるスピードですな。
 長くてハードなチョロン遠征にもこれにて終止符が打たれたのでした。
 いやはや、ついカフェに長居をしてしまったら、なんだかこれからさらにあくせく歩いてみて回ることが少々面倒くさくなってきた。
 そう、たしか日本を離れる前はベトナムでゆるゆるの日々を送ろうとも考えていたのであったよナ。でもおれの場合、そう思っていたにもかかわらず旅先では結局こうやって目いっぱい遊んで疲れ果ててしまうのがいつものパターンのようだ。
 好奇心が湧く――といえばカッコイイが、つまりは欲深で、あくせく動いていなければ充実感を得ることができず、心からリラックスをすることを知らない典型的な日本人気質である、ということなのだろう。 ・・・くそ!

 そんなことで、時計も午後2時半を回ったし、もうひとつの市場であるアンドン市場や漢方薬街、天后宮、仏具・祭祀用具店街などのチョロン地区のさまざまな観光スポットを見ることをやめて引き揚げることに。

 では、帰りはバイクタクシーを利用してみようかと思いながら歩き出す。
 だが、こういう時に限って兄ィたちが見当たらないし、お声もかからないんだよなぁ。(笑)



 しょうがないので、まぁ、バスターミナルの方向に行けばその途中で呼び止められるだろうとそちら方向に歩を進めたら、たちまちターミナルに着いてしまった。じゃあまぁ、バスに乗るというのも悪くはないよナ。――ってことで、バス帰り決定!

 そう決めてしまい、ベンタイン・バスターミナル行きの乗り場を探すが、このターミナル、いささか広く、長距離、近距離、市内行きというように場所が分かれているようだ。
 乗り場はどこかな〜ときょろきょろしていると・・・。今頃遅いってぇの、兄ィが「ヘイ」と声を掛けてきた。(笑)

 バス帰りを決めてしまっていたおれは、その彼がいろいろ言い始めると面倒なので、その前にいきなり「(ベンタイン行きの)1番の乗り場を教えよ!」と言ってみた。
 一般的に言って、同業者に対して競合者の利用情報を便宜供与せよと言ってもそれはいささか無理な注文なのだろう。おれも聞いてしまってから少し反省はした。だが、その兄ィときたら、親切の上に“ばか”がつくと言ったら怒られるだろうが、まさにその表現がぴったり! 「あぁ、それならあっち。ほれほれ、そこそこ」と言いながらおれを乗り場の近くまで案内してくれたのであった。

 自分が稼ぐことよりもおれの困惑を解消することを優先するオマエって、どこまでいいヤツなんだ!!
 おれはこの時、先のホテルのドアマンのことも思い出し、心から「ベトナムって、ホント、すばらしいデスネ!」――と、かつて名を馳せた某映画評論家(みんなは知らないかな…)のような感動を得たのでありました。そして、ベトナムという国や人々のすべてを受け入れてもいい、手放しで愛してしまってもいい――そう思ったのでした。

 事前情報として、バイクタクシーには気をつけろとか、ボラれたとか、いろいろ聞いていたけれど、おれが接した彼らはけっしてそんなことはなかったです!! ちょっとカネにこすっからいだけで、みんないいヤツばかりだったですよ。

 おれが出会った兄ィたちよ、本当に、どうもありがとう!!
 どーれ、腰を上げるのは億劫だけど、そろそろ行きますか。
 ――というところで、通りのむこうから歩いてきたアオザイの二人組を発見! よーし、撮っちゃえ撮っちゃえ。
 あ! あ〜あ、間に合わなかったよ〜、チッ。

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 ということで、パクリ画像をひとつ。
 ちょうどおれがカフェで見た時と同じようなシチュエーションの画像です。
 ありゃりゃ、目線の色は少し白いですかね。(笑) もしおれも撮ったならこーゆーシロシロ光線を浴びてしまっていたのだろうか?!

 贅肉のない細身の身体にぴったりフィットしていたりするともう、お見事!と手をパチパチしたくなりますねぇ。そしてまた、黒髪を後ろにポニーテール風にきりりとまとめて垂らす、というのがこの衣裳にはいちばんお似合いだと思いますねぇ。で、顔のつくりが平板で、おでこが広かったりするのがいいですねぇ…。
 あ、ゴメン。アオザイネーネーを前に、車寅次郎の多くを望まぬ願望語りのようになってしまうおれなのでした。

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 どうですか、このスタイル、この着こなし、この裾のそよぎ、このコンパクトな全体印象、そしてこの手つき。
 「至上の美」と言っては言い過ぎになりましょうか。

 アオザイ姿の女性はけっこう見かけました。ツアーガイド、ホテルのフロント、女子高生、空港職員、ベトナム航空のキャビンアテンダント、などなど。着ている人の状況から察するに、やはり女性の正装として根強く定着しているのでしょうね。
 アオザイ姿でバイクに乗って裾をひらめかせながらかっ飛んでいく女性なんて、実にカッコよく見えたものですが、彼女たちはそれを着てどこに行っているのであろーか。

 MITSU氏は、アオザイのいいところは、コレを着た女性が手を上に挙げたりしたときに、上着の両脇の切れ込みとパンツとの間に見える三角形の肌の露出部分デアル――とのたもうた。
 なるほどデアル。
 が、残念なことにおれは結局、その“魅惑の三角地帯”を一度も拝めることなく旅を終えてしまった。極めて残念なことである。
 ここ3、4回の写真をご覧になっていただいて明らかなように、なんだか「ベトナムの混沌、雑然、無節操」におれもややぐったり。少しゆったりしたくなった。
 で、中華街なのだから、ラーメン探求派のおれとしては、体のよい中華料理店でも見つけてベトナムの中華麺というものを食してみようと考えた。
 しかし、中華料理屋はど〜こ〜だぁ〜と右往左往してみるものの、そのような店がまったく見つからないのね。ま、冷静に考えてみれば、このような雰囲気のところにそのような店を構えたところでいったい誰が入るのか――という結論に到達するのだけどね。
 う〜むと唸りつつガイドブックをめくってみれば、「残念ながらチョロンにはバンコクや横浜のチャイナタウンのようなネオンピカピカのレストラン街は存在しない」と書いてあるではないか。
 なんだ、やっぱりそうなのか。

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 それではということで、通りがかったカフェでいったん休憩をすることに。
 ベトナムに来てから店などでよく見かけてきたセブンアップ(1万5千ドン)を注文して、このようなところでゆったりと寛いだのでした。
 道路と店内との間にはちょっとした段差がある程度で仕切るものが何もなく、とても開放的。でも、光と影が内と外を明確に区切っているので、中からは外の様子が映画の巨大スクリーンに映る画像ででもあるかのように見える。
 そんな店内の一番奥に陣取って椅子の背に身を委ねる。あ〜あ、よく歩いたなぁ…。

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 とかなんとか思っているうちに、外は一転にわかに掻き曇り、ハードレインが。
 おぉおぉ、バイクのヒトたち、あっという間にポンチョを着てまた走り出しますね。でも、この雨の降り方ではそれも何の効果もないのでは・・・。
 そうだよね。バイクびとたちはかしこい。あんなにブイブイと走っていたバイク軍団はどこかへと姿を消し、道路はご覧のとおりあっという間にスカスカに。面白いなぁ…。
 2、30分は降っていたのかな、空がぶっ壊れてしまったような雨はそれでもあっさりと上がるのだから、これまた面白い。
 なお、あとで聞いたところによると、MITSU氏はホーチミンの街中でこの大雨の試練をモロに浴びたということでした。

 そうそう、雨が上がった後は道路はまた何事もなかったかのようにバイクの奔流に逆戻り。
 カフェの目の前で老人の運転するバイクが乗用車に追突される事故があった。幸いバイクが壊れる程度でじいさんには怪我がなかったようだが、近くにいた若いライダーが老人を後ろに乗せて病院へと連れて行くあたり、なかなか見事でアッタ。
 滞在中に事故を目の当たりにしたのはこの一度だけ。アクロバティックな交通状況からすればそれも驚異的なようにも思えマス。
 ビンタイ市場、まずは1階部分をウロついてみた。
 生地、雑貨、食料品などの店が所狭しと並ぶ。
 だけど、この市場、客よりも売り子よりも商品自体がめっぽう幅を利かせている感じだなぁ。
 迷路のように伸びる通路は、一人が歩くのにやっとという程度の幅しかないのに、大きな荷物を抱えた人が通るわ、昼時とあってそこでメシをかっこむ人々が足元にうごめいているわで、通り抜けるのに精一杯。品物を見るなどというゆとりは皆無ですな。

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 この市場は庶民のマーケットというよりも、業者が買い付けに来る卸問屋的な性格が強い、ということなのだろうな。
 う〜む、これ、商品のジャングルを掻き分けながら進む探険家のような心境になってしまうなぁ。

 ということで、自分の平衡感覚を蘇らせるためにいったん建物の外へと出てみる。
 すると、そこもまたこんな感じでたーくさんの店とたーくさんの商品の嵐が…。
 建物の外に出ても市場は続いているし、これで“市場の外に出た”と言えるのか、と思わず自問してみたりして。

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 気を取り直して洋服、菓子、化粧品などの店が並ぶ建物の2階にも行ってみたものの、ロの字型の建物の中を回っているうちにまたまた方向感覚が失われてしまい、少々ぐったりしてしまったゾ。

 てなことで、ここでの買い物はナシ。しかし、混沌の中で自分を見失ってしまうような不思議かつステキな感覚を体験することができたので、まぁ、良しとしようではないか。
 さて、いよいよビンタイ市場の中に潜入!
 唐突ですが、おれはこの市場でビーサンを買おうと考えていたのです。
 先に行ったベンタイン市場ではビーサンの価格動向を調査していたのだが、それによれば、言い値で1足2万8千ドンということだった。ということはおそらく2万ドン以下で買えるということであり、おれとしては「フムフム、ならばビンタイ市場でなら確実に1万ドン台で買えるのだナ、フフ…」とひとりほくそ笑んでいたのだ。
 来る途中で話をしたバイク兄ィも「ベンタイン高い。チョロン安い。すごく安い!」みたいなことを言っていたので、期待はさらに増幅していたしね。
 そんなことで真っ先に靴売り場の様子をうかがったところ・・・。

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 これがずら〜りと並んでいた靴売り場ブースのひとつなのですが、写真ではわかりづらいけど、この市場での売りロットの基準というのは、どうやら1足ではなく、1束いくら――の、ようなのです。
 店頭には一応種類の違うものが1足ずつ展示してあるのだけど、これは「見本」といったような位置づけのようで、その下や店内には同じ種類のものがだいたい10足ぐらいをひとくくりにされて、無造作に山積みにされているような状態なのですな。
 「1足だけ売ってくれぃ!」と言えばそうしてくれるのかもしれないけど、わずか100円ほどの買い物をするのにあちこちから引っ張り出してもらうのも大変そうだし、この辺ともなれば英語すらまったく通じないのだろうし、なんだかだんだん鬱陶しくなってきて、見るだけにとどめることにしました。

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 こちらは食堂が並ぶ一角。テーブルが食卓なのか物置なのかワカランようなことになっていますね。(笑)
 ジュースぐらいは飲みたい気持ちはあったのだけど、家庭の調理場のようなところではなかなか食欲もわいてこないなぁ、というのが正直なところですかね。
 ヒーコラいいながらここまで来たのは、実はベトナム最大級の市場であるビンタイ市場を見るためだったのダ。
 なんでも、地区の名前となっている“チョロン”とは、ベトナム語で“大市場”(チョ=市場、ロン=大きい)を意味するというのだから、このビンタイ市場こそがこのエリアの中心ということがご理解いただけようというもの。

 チャータム教会を南に進むと小さな公園があったので、ここでまずは自分の位置取りを再確認しようと親水施設の前に腰を下ろしたところ、来た来た、午後のにわか雨が。
 なので、少々あわてつつ、通りに面した中国系のホテルのロビーへと勝手に入り込み、休息を。
 いや、けっして勝手にというわけではない。入口に立っていたドアボーイに、あそこのソファーで2、3分休ませてくれ――ということを告げたのだった。
 するとボーイは、フロント内に立っているネクタイ組のほうに目をやって、「休ませてやりたいのだが、アイツらがうるさくってな…」という困ったような表情をした。
 結局は図々しくも10分程度はその場を使わせてもらったのだが(その程度で雨はいったん上がったのですね)、出るときにボーイに「サンキュッ!」と合図を送ると、何も言われなくてよかったねという素振りをしてやさしく見送ってくれたのだった。
 君はいいヤツだね。こういうことって、案外いい思い出になるのだろうな。どこの国にも形式ばった輩と実情重視派の人の2とおりの人間がいる、ということなのだろう。

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 で、そこから数ブロック西側にビンタイ市場が見えた。おぉ、威風堂々、時計台つきの2階建て建築だ!

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 でもって、すぐに建物内には入らず、まずは市場周辺を少しだけ歩いてみると…。
 どうですか、このレトロで雑然とした雰囲気。シクロのおっちゃんたちは古き日本の馬車曳きのような風体だし、道路に座り込んでなにやらやっているみすぼらしげな年寄りがいるし、年代モノの荷車を走らせているヤツがいるし、そんな中にはなぜか世界を席巻したKFCもあるし、チョットォ何コレ!状態ですな。
 しかし、さっきまで雨が降っていたのに、写真を見ると道路が濡れていませんね。ナゼダ??
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 あんなに堂々としていたチャンフンダオ通りもこんなに細くなってしまい、いよいよ突き当たりのチャータム教会でおわりとなる。時間は11時45分なので、ここまで3時間弱もかかって歩いてきたことになる。
 バイク兄ィたちとはよく話したし、腰が痛いために何回か休んだり、いつものようにのったりとした速度で歩いてきたりしたのでね。ま、きちんと歩くならばこの半分程度の時間があれば十分なのでしょうね。
 ということで、まずはこの日の目的のひとつを達成〜♪

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 そんな感慨をこめて、チャータム教会の中から、艱難辛苦を乗り越えて(笑)踏破してきたチャンフンダオ通りを振り返って撮影。
 中にあるのは教会なのに、入口はこのような中国風なのね。そう、このあたりは中国華僑が多く移住して住み着いたところらしいのですね。
 「チャンフンダオ」というベトナム史上の英雄のことはよく知らないが、写真をとりながらおれは、この語彙の響きをしばらくの間は忘れられないだろうなと思ったのだった。

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 こちらは、37話で紹介したところにほど近い、何なんだろう、電器屋さんかなぁ。う〜、今となってはよくわからん。アンテナっぽいものや蛍光管などがあるようですが…。同じようなものを売る店がずら〜っと並んでいるので撮ってみたところ。
 なんか、金気のにおいが漂ってきそうなほどに朽ちかけた建物ですが、実際に見ると「おぉ!」と感心してしまうような存在感がアリマシタな。But これで商売成り立っているのだろうかという懸念も…。
 このあたりから徐々に「○○屋街」みたいなものが登場してきますが、これはそのハシリのようなものデス。

 そこからなお10分ほど歩くと、だんだん道幅が狭くなってきました。そしてようやく、チャンフンダオ通りのどんづまりにあるはずのチャータム教会の尖塔が遠くに見えてきました! もう少しだ!

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 すると今度は、ずらっと並ぶ布問屋街が出現! 色とりどりのたくさんの布が帯状になって見える通りのたたずまいは一種独特。布もこれだけの量になると、店内も満杯状態だし、荷捌きは道路でやるしかないのだろうね。(笑)
 おれの買ったTシャツたちの布もここいらあたりから調達されたのかもしれないなぁ。