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 2月の8日から12日にかけて、沖縄本のまとめ買いをしました。
 それらは次の12冊です。

1 多良間島幻視行  波多野直樹 連合出版 201802 1944
2 神様の棲む診療所(2)  竹村優希 双葉文庫 201712 619
3 一九四五年 チムグリサ沖縄  大城貞俊 秋田魁新報社 201712 864
4 Happy islandの本8  FM沖縄、多喜ひろみ ボーダーインク 200808 古301
5 ほんとうの琉球の歴史 神人が聞いた真実の声  渡久地十美子 角川フォレスタ 201110 古1173
6 尚円王妃宇喜也嘉の謎―ほんとうの琉球の歴史2  渡久地十美子 ボーダーインク 201303 古970
7 ツタよ、ツタ  大島真寿美 実業之日本社 201610 古351
8 アンマーとぼくら  有川浩 講談社 201607 古322
9 緑の風景 わたしの挿話たち100  大城立裕 沖縄タイムス社 200706 1680
10 走れ思徳 続「琉球王女百十踏揚」  与並岳生 琉球新報社 201712 1836
11 本日の栄町市場と、旅する小書店  宮里綾羽 ボーダーインク 201711 1728
12 キジムナーkids  上原正三 現代書館 201706 1836

 1、2、11、12の4冊は楽天ブックスから。
 3~8の6冊はAmazonからで、そのうち3だけは新品。
 9と10の2冊は那覇のジュンク堂書店で購入したもの。

 5以降の8冊については、2月9~12日に沖縄に行ったときに那覇のジュンク堂書店で沖縄本をチェックして、欲しいと思ったもの。それらをいったんネットで調べ、ネット上で売っていない2冊は現地で買い、それ以外は古書と新品にてネット通販で買ったものとなります。

 わずか5日の間にずいぶんがっつり買ったなぁという印象。
 当分は読むものがなくなる心配がなくて精神衛生上とてもいいのですが、書棚の一角が未読本の山となっており、とうとうその一角に収まりきれなくなってしまいました。
 未読本は何冊溜まっているのか数えてみると、ざっと75冊ほど。つまり、自分にとっては約1年分のストックがあるということになります。

 それではまず、書棚を整理して収納スペースをつくることにしましょう。
 そして、読まなければ。

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 琉球新報に2005年4月から1年半にわたって連載されたもののよう。
 単行化された著者作品のなかでは13本目のものです。

 沖縄本島で脚本家を目指すものの何度も賞に落選した諒太郎は、心機一転を図ろうと故郷の離島・湧田島で民宿をはじめようとします。宿泊客から奇人を探して脚本のモデルにしようとの企みです。
 又吉作品に登場する他の主人公男性と同様に、いつも優柔不断で、自分の言いたいことを心でぐっと止めるような性格の持ち主です。

 その諒太郎の周りを、幼馴染である修徳や、猛雄、秀敏、安七、徹などの村役場関係者が脇を固めています。しかし彼らはいずれも考えに芯がなく、前言を簡単に翻すような軽い男たちです。
 そこに、本島から島にやってきた周子、周子と入れ替わるようにやってきたその娘のクミ、これも本島から来て役場で短期就労する文学少女の千穂子などの女性が絡んで、つかみどころのないナンクルナイサ的な又吉ワールドへ。(笑)

 そしてさらに、戦争体験者の長老、千穂子の文学パートナーの夢遊病者、霊能者のナベおばあ、魚の眼を好んで食べるキジムナー男、毒のような薬をつくる秘薬老女、島のあちこちに落とし穴を掘る自然保護運動家の与儀、全身皮膚病のミイラ少女、CM制作会社の伊波などが次から次へと登場し、小さな離島を舞台に様々なことが起こります。

 それらはいずれも一般的に見れば奇異なことばかりで、普通の離島でよく起こるようなこととは到底思えません。
 もしかしたらそれらは、作家の脳内をシュールな形で表現しているのかもしれないとは思ってはみるものの、パーツパーツはそれぞれがつくり話の喜劇でしかなく、読者にとって脈絡のない喜劇はダジャレの連発を聞かされているのと同様にあまり楽しいものではありません。

 著者本人はこの作品について、「登場人物に自分が歩んできた軌跡を分け与え、60年の人生すべてを島という器に込めた作品です。今の都会の人は感情を抑え、自分を偽っている。でも、物語の人物はみんな赤裸々で言いたい放題、やりたい放題。自分をさらけ出せば相手だって自分を出す。それが調和した共同体を作るのではないでしょうか」と語っています。

 そうかもしれません。
 しかし、このような島は、現実としてはどこにもないことは確かでしょう。
 心境を包み隠さずに言えば、「結局この小説で何が言いたかったの?」。
 池上永一の描くようなエンターテインメント小説にはなりきれていないし、いちおう純文学なのだろうとの想定で読んでいる身にとっては中途半端であり、あまりぱっとしない読後感が残りました。

 氏の6年ぶりとなる15冊目「時空超えた沖縄」(燦葉出版社、2015)がすでに手元にあるので、近々それも読みたいと思います。

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 2017年の10月末から年末までに買った本は、次の12冊です。

1 埠頭三角暗闇市場  椎名誠 講談社文庫 201711 820
2 OKINAWA 宮古島の悪魔祓い  和久峻三 光文社文庫 200608 古258
3 私の前に、最後の女  草凪 優 徳間文庫 201405 古258
4 古食堂味巡り  嘉手川学 編集工房東洋企画 201210 古341
5 沖縄県営鉄道殺人事件  辻 真先 講談社ノベルス 199007 古258
6 シャングリ・ラ  池上永一 角川書店 200509 古281
7 太田和彦の居酒屋味酒覧〈決定版〉精選204  太田和彦 新潮社 201612 1080
8 橋ものがたり  藤沢周平 実業之日本社 200702  古358
9 新装版 霧の果て―神谷玄次郎捕物控  藤沢周平 文春文庫 201009 古346
10 新装版 闇の傀儡師(上)  藤沢周平 文春文庫 201101 古258
11 新装版 闇の傀儡師(下)  藤沢周平 文春文庫 201101 古356
12 夜の橋  藤沢周平 文春文庫 201107 古261

 新品で買ったのは1と7のみで、あとは古書。古書は安く買えてとてもいいのです。

 沖縄関係は2~6の5冊。このうち3は沖縄を舞台とした官能小説で、その類の本を買うのは初めてのことです。なかなか好みの沖縄関係本の出版がなく、とうとう官能小説にまで手を出してしまいました。

 8~12の5冊は藤沢周平。概ね発行年代順に読んできていて、今回購入分は初出が1980~81年のものになります。

 ほかはシーナと太田和彦です。



 2017年中に読んだ沖縄関係本の50冊目。
 「風車祭(カジマヤー)」「テンペスト」「トロイメライ」「統ばる島」などに続く前作(「黙示録」2013年)から4年ぶりとなる、632ページの大著。沖縄からボリビアに移民する者たちの物語であり、デビュー23年にして初めて沖縄戦を取りあげた作品。
 過去1年間に最も面白いと評価されたエンターテインメント小説に贈られる山田風太郎賞(主催・角川文化振興財団など)の2017年の受賞作です。
 著者は2015年、ボリビアの沖縄県人移住地「コロニアオキナワ」へ渡って取材し、物語を構想。選考委員の京極夏彦は、「圧倒的なスケール感と情報量をさばく巧みさ、小説としての深みがずばぬけていた」と評価したとのことです。

 筆致はいかにも池上永一。主人公はパワフルで超人性を遺憾なく発揮しているし、場面展開が速くて目が回るようだし、沖縄特有の「マブイ」も大活躍。たしかにエンターテインメントとしては優れていると感じるものの、ストーリーが多元的で、それについていくのに多少の苦労が必要です。それでも、厚さのわりにはどんどん読み進めることができました。

 ウェブ上にあった末國善己(文芸評論家)の書評が適切だったので、以下に引用しておきます。

・沖縄からボリビアへ、魂の奔走
 故郷の沖縄を描き続けている著者の4年ぶりの新作は、第2次大戦後に沖縄県人が南米のボリビアに移民した知られざる歴史を題材にした壮大な物語である。
 沖縄戦を生き抜いた少女・知花煉は、過酷な経験によってマブイを落としてしまう。戦後の闇市で成功した煉だが、表に立てた男が共産主義者だったことからアメリカ陸軍の諜報部に追われる身となる。ボリビアへ逃走した煉を待ち受けていたのは、農地とは名ばかりの原生林だった。
 重労働に加え、大河の氾濫や疫病が移民を苦しめるが、煉は、女子プロレスラーのカルメン、日系3世のイノウエ兄弟の協力もありしたたかに世を渡っていく。転んでもただでは起きないパワフルな煉には、読者も勇気がもらえるだろう。
 だが米軍諜報部は追及を諦めておらず、煉は生活を守るため、親米派と反米派が争い、ナチスの残党が暗躍する南米で政治がらみの危険な仕事を請け負う。その頃、煉から分離したマブイは革命家のゲバラと恋仲になっていて、煉の本体もキューバ危機へと向かう激動の渦に巻き込まれる。
 南米文学のマジックリアリズムの手法を取り入れてきた著者が、冷戦下の南米を舞台に選んだだけに、歴史小説、幻想譚、国際謀略小説などの要素が詰め込まれ、面白さも増している。
 ソ連に備えるため米軍基地が増強された沖縄を離れた煉だが、一種の棄民として沖縄県人が送られた南米は、冷戦の最前線だった。この展開は、日本の戦後復興が、二重三重に沖縄の犠牲の上に成り立っていた事実に気付かせてくれる。
 沖縄戦でマブイを落とした煉は、戦争を嫌い、ゲバラの武力革命にも懐疑的だった。そのため煉は、マブイを戻して自分の中の戦争を終わらせ、平和をもたらすために奔走する。この終盤が感動的なだけに、ハッピーエンドを拒み、沖縄の怨念が決して過去の問題ではないと突き付けるラストには、衝撃を受けるはずだ。



 「〈移動〉による新たな〈オキナワ〉アイデンティティの生成とは…!
 移民など、そのエネルギーはどのような社会変動や文化混交を生みだし、どのような文学表現を生み出したのか。」

 「ディアスポラ」という言葉に強く惹かれて、中古市場から入手しました。
 ディアスポラとは、(植物の種などの)「撒き散らされたもの」という意味のギリシャ語に由来する言葉で、元の国家や民族の居住地を離れて暮らす国民や民族の集団ないしコミュニティ、またはそのように離散すること自体を指すのだそうです。
 この視点を援用して沖縄のアイデンティティや「沖縄文学」について考えてみようというのが本書であり、琉球大学「人の移動と21世紀グローバル社会」プロジェクト叢書の第1巻という位置づけになっています。

 琉球大学に招聘された「ディアスポラ」文学の研究者の講演を基本としたものになっています。
 第一部「沖縄ディアスポラの文学」では、マウイ島生まれの2世作家ジョン・シロタの作品が生まれた背景や、「踊り」の著者で沖縄系カナダ人作家ダーシー・タマヨセへのインタビューが収載されています。
 第二部は「移動する沖縄文学」。米国に舞台を移した戯曲「カクテル・パーティー」についての大城立裕とフランク・スチュワートとの特別対談、「抑留三部作に見る「移動」」としての宮里静湖の作品に対する論考など。
 第三部は「〈旅〉と文学」。〈移動〉を沖縄だけの問題とせずより大きな視点から映し出すために、管啓次郎、野田研一、笹田直人の講演が収載されています。

 「まえがき」で、山里勝己は次のように記しています。
 「20世紀初頭の沖縄人(あるいは琉球人の痕跡を強く保ったままの人物たち)の海を越えて環太平洋に拡散していく移動は、征服、亡国、併合そしてそれにともなう旧体制の融解がその背景にあった。
 沖縄をめぐる1945年の日米の激烈な地上戦は、土地を強奪され、住み慣れた場所を喪失してふたたび海を越えて環太平洋に拡散する人々の移動(または流浪)をもたらした。
 このような移動は故郷(定住する土地)や伝統や固有文化の喪失をともない、文学には〈移動の不安〉に苛まれながら土地を追われ、漂流し、定住地を求めて新たな世界へと浸透していく大衆が描かれるようになった。
 そして「移民」という経験やその「成功」という物語も、文学ではクリティカルなまなざしをともなって書かれるようになった。
 異郷への越境の不安や混乱に満ちた移動は、やがて移動先での定住と「誠実な労働」による成功という神話を生みだし、同時に、〈移動される不安〉と〈移動してきた者たち〉の力に翻弄され、自らの土地で他者化される人々をも生み出した。これはハワイの歴史をふり返ると自明のことであろう。
 そしてじつは「移民県」と呼ばれてきた沖縄が、歴史的には近世――例えば1853年のペリーの来航――から継続して〈移動される不安〉と悪夢に苛まれてきた場所であることも確認しておく必要があるだろう。
 このような〈移動される人々〉や〈移動される土地〉に向けられた人の移動のエネルギーはどのような社会変動や文化混淆を生みだし、新たな〈オキナワ〉アイデンティティの生成に繋がり、どのような文学表現を生み出したのか。……」

 ところで、この古書には背表紙に図書シールが貼ってあり、1ページ目に「プール学院大学」のゴム印が押印されていました。つまりは大学図書館の放出書なのでしょう。おそらく誰も読んでいないであろう、ほぼ新品の極上品です。
 プール学院大学は、大阪府堺市南区槇塚台に本部を置く日本の私立大学。1996年に設置。建学の精神は「キリスト教による円満な人間形成」で、国際文化学部と教育学部を有しています。
 2018年4月には、設置者が学校法人桃山学院に変更され、名称が桃山学院教育大学に改称される予定であるとのこと。ははあ、学校の再編に絡んで、図書館の書物も整理、放出されたのでしょうか。



 渋谷署強行犯係の刑事・辰巳は、渋谷で整体院を営む竜門のもとを訪れた。
 琉球空手の使い手である竜門に、宮下公園で複数の若者たちが襲撃された事件について話を聞くためである。
 被害者たちは一瞬で関節を外されており、空手の使い手の仕業ではないかと睨んでいたのだ。
 初めは興味のなかった竜門だったが、師匠の大城が沖縄から突然上京してきた。彼もまた、この事件に興味を持っているらしい……。
 ――といった、辰巳と竜門の異色タッグの人気シリーズです。

 人気シリーズとは言っても、関口苑生による解説を読むと、このコンビは今野敏の作品中では21年ぶりのコンビ復活なのだそう。
 竜門、辰巳の二人は以前よりも10歳ほど年齢が上がった設定になっているものの、なぜか整体院のアシスタントとして登場する蘆沢真理だけは当時のままと思える年恰好で登場しているというのが微笑ましいではありませんか。

 自分の場合、この作品が沖縄の空手を題材にして書かれていることに着眼して読みました。
 竜門の空手の師匠で、事件を機に沖縄から上京してきた大城盛達が、沖縄オジィののんびりした雰囲気とゆるゆるのウチナーグチで、なかなかいい味を出しています。
 そして、著者は空手道場を主宰する人物でもあるため、文章のいたるところに琉球空手の歴史や系譜、技や特徴、鍛錬方法などに関する記載があり、そちら方面に興味のある方には特に楽しめるものになっています。
 著者は、沖縄で生まれた空手と、本土に入ってきてから発達したルールのある競技(試合)を前提としたスポーツとしての空手はまったくの別物だと考えており、琉球空手に熱い想いが読んで取れます。

 というわけで、舞台は東京渋谷ですが、最後は主人公が那覇市松川の大城師匠宅を訪ねる場面もあり、それなりに「沖縄」が楽しめるものになっています。



 1945年、米軍占領下、島民20万人は祖国復帰に立ち上がった!
 わずか8年間で祖国復帰。「エジプト独立の教科書」とまで言われ、世界から注目された、知られざる無血の闘争とは? ――とのキャッチがついている、戦後70年を記念した企画出版です。

 奄美群島は敗戦後、日本から分離され、沖縄と共に米軍に占領されました。その占領下の8年間にわたり、20万人の島民と奄美出身の本土在住者18万人が、空前の祖国復帰闘争を繰り広げます。そして1953年、感動の祖国復帰。若者たちが運動の主体となり、島民一丸となって抵抗し、一滴の血も流さずに無血革命を達成した“奄美の奇跡”を描いたノンフィクションです。

 本書は、そんな戦後秘史を、1年かけて行った関係者への丁寧な取材と、膨大な資料を紐解くことによって、市民主体で行動し、結果を出すという「あるべき民主主義の姿」を、重厚な筆致で描いています。
 繰り返される断食闘争と、なんと99.9%にのぼった署名、命を懸けた本土への密航・・・。今から60年余り前、奄美の若者たちは、本土復帰を求めて、非暴力の運動を続け、ついに実現させます。
 この奄美の奇跡は、言葉の運動でした。若者たちは詩人でもあり「奄美のガンジー」といわれた泉芳郎(いずみほうろう)をはじめ、中村安太郎、昇曙夢、村山家国らのもとに結集し、あふれるほどの胸に迫る詩を以って人々を突き動かしていった様子が描かれています。
 たくさんの人たちの知られざる逸話が満載。今の辺野古の新基地建設問題を考える上でも大いに参考になるのではないでしょうか。

 著者は、永田浩三。1954年大阪生れで、東北大学卒業後NHKに入局。ドキュメンタリー、教養番組作りに携わり、その間「芸術作品賞」「ギャラクシー賞」「菊池寛賞」などを受賞。「クローズアップ現代」「NHKスペシャル」などのプロデューサーとしてNHKの看板番組を支え続け、退局後、映像・言論・社会活動を精力的に続けており、現在、武蔵大学社会学部教授であるとのこと。
 興味深いのは、本文の最後にあるとおり、著者の実家が、1941年から57年まで奄美と本土を結ぶ航路を疎開船などとして活躍してきた「金十丸(かなとまる)」を製造した「藤永田造船所」であったこと。取材に力が入るわけです。

 構成は、「はじめに」に続いて「鹿児島~沖縄までの全体地図」と「奄美大島全体図」が配され、本論として「敗戦から軍政へ」、「奄美のルネッサンス」、「復帰運動始まる」、「弾圧のなかで」、「立ち上がる奄美のひとびと」、「運動は全国に広がっていく」、「奄美と沖縄の連帯」、「悲願達成「奄美の奇跡」」の全8章と「エピローグ」。その後に「あとがき」、「奄美大島年表」、「参考文献」がついています。

 27年に及んだ沖縄の占領期があまりに劇的であるだけに、奄美群島の占領史や祖国復帰運動の影が薄いようですが、その時代の奄美を知る上で極めて有用な1冊だと言えるでしょう。
 当時先頭に立って活躍した人物たちはすでに大部分がこの世を去りましたが、彼らの下に集い、共に闘った若かった闘士たちは、今では80~90歳代となっています。当時を知る者たちを取材し記録するまとまった機会は、もうこれが最後なのかもしれません。



 Amazonから買ったほぼ新品の文庫の古書。今年3月発売の630円本を、送料込み478円での入手です。初めて読む作家の作品ですが、この価格なら、失敗しても悔しくないかなと考えて、買ってみました。

 主人公は、東京の大学病院で働いていた比嘉篤。父親の診療所を継ぐために、不本意ながら8年ぶりに、東京から沖縄県南城市に帰りました。
 患者は元気なおばぁたちだけ。そんな毎日に辟易する篤でしたが、ある日、診療所に朱色の髪の裸足の子供がやってきます。子供は篤のことを知っているようですが、篤に記憶はありません。
 診療所に入り浸っている謎の青年・宮城獅道は、その子は庭の枯れかけたカジュマルの木に棲む精霊キジムナーだと言うのですが――。
 という、南の島の「神様」たちとの交流を描いた、心温まる物語になっています。

 沖縄の精霊キジムナーをはじめ、火の神(ヒヌカン)・井の神(カーヌカミ)などの屋敷神(ヤシチガミ)、沖縄家屋の屋根を飾るシーサー、災害から民を守るキミテズリなどが登場する、これはファンタジー小説と言っていいのかな。
 神の存在など信じなかった主人公が、さまざまな神たちに遭遇しながら、徐々に沖縄特有ののんびり、ほっこりとした日々の生活になじんでいく過程が、読んでいてほほえましく、楽しいです。

 神たちは、それを信じる人間がいることによってはじめて存在することができるという思想が底流にあるようです。逆に言えば、信じる者がいなくなれば、そこにはキジムナーもヒヌカンも存在することができず、消えていくしかないということ。
 そうだよねえ。
 ふと、沖縄の古謡・民謡の行く末を思いやってみます。歌う人、聴く人がいなくなれば、自然とその歌はこの世から静かに消えていくしかないのでしょう。神様たちだって同じですよね。

 「エブリスタ」という、小説・コミック読み放題の投稿サイトがあるのだそうで、本書はそこから書籍化された作品のようです。ということは、478円でも高いということ?!
 でもね、自分の場合、本はまだ紙媒体で、手で持ってめくりながら読みたいタイプの人間なのですね。そーゆーいにしえビトにとっては、そうするための数百円ならまったく惜しくない! そう強がってみましょうか。(数千円なら惜しいケド)

 著者に関しては、詳しいことはわからないのですが、アパレルショップに勤めながら、エブリスタに作品「俺様店員」を投稿。その後に書いた「シミ。」が爆発的人気となり、現在に至る、という方のようです。
 これまでに当作のほか「シミ。~純愛、浮気、未練、傷跡~」(2011)、「リキッド。」(2012)、「不良坊主と見習い女子高生の霊感メソッド 祀町 オカルト事件簿」(2015)、「神戸栄町アンティーク堂の修理屋さん」(2017)、「神様たちのお伊勢参り」(2017)、「丸の内で就職したら、幽霊物件担当でした。」(2017)などがあり、近頃猛烈な勢いで新作を出しているようです。



 「太平洋戦争末期、沖縄航空戦で戦死した平野利男の短い人生の記録。水戸陸軍航空通信学校時代の日誌を全文、原文のまま掲載。さらに、生い立ちや卒業から沖縄上空での戦死までを記述し、日誌を読むための知識も解説する。」
 「18歳5カ月で沖縄の空に散った少年通信兵が残した“生の声”がよみがえる。
 一人の少年兵が陸軍航空通信学校時代に書き残した日誌全文を原文のまま掲載。
 少年兵の甥にあたる著者が、専門家の協力を得てその貴重な歴史資料を読み解いた。
 儚くも雄々しく散った少年兵が死地に赴くまでの心情がつぶさに描かれた、魂を揺さぶる一冊。」

 ――という本。「沖縄戦で散った…」という副題を見て、これは読まなければなるまいと思い購入しましたが、沖縄上空で戦死したという事実があるのみで、沖縄のことはまったく書かれていなかったのは残念。したがって、「沖縄本」とはいえないかもしれません。
 まず、第1章で日記を書いた人物の生い立ちから水戸陸軍航空通信学校までを概括し、第2章でこの日記を読むための基礎知識を説明しています。そして、第3章から5章まで、180ページにわたって、1943年4月の学校入学時から卒業1カ月前の44年6月まで、ある少年通信兵の綴った日記が延々と記されています。
 加工なく記されているためある意味退屈ですが、当時はこのような無名の若き志士の多くが「戦時教育」を受けて落とさなくてもいい命を落としていったと思うと、胸が詰まりそうになります。

 編著者である平野治和は、1952年福井県生まれの病院長。日記を書いた通信兵は、編著者の叔父に当たるようです。福井新聞の記事がウェブ上にあったので、以下に引用しておきます。

18歳で戦死、国と家族への思い 陸軍少年飛行兵の日誌が本に
2016年8月15日
 1945年4月、沖縄上空で戦死した福井県旧下穴馬村(現大野市)出身の陸軍少年飛行兵(少飛)が、航空通信学校時代に残した日誌を収めた「花もひらかぬ一八のまま」(合同フォレスト)が刊行された。10代で戦争に身を投じた少年の、お国のためにという覚悟と家族を思う葛藤が率直につづられ、当時の状況を如実に映し出している。
 平野利男さん(享年18)は15歳で少飛に志願し、航空学校や航空通信学校で学んだ後、通信兵として九州の基地などに所属した。45年4月に鹿児島県の鹿屋海軍航空基地から重爆撃機「飛龍」で出撃、沖縄付近で米軍艦船群を攻撃中に戦死した。
 収録した日誌は、43年4月から在学した水戸陸軍航空通信学校時代の約1年3カ月にわたり、大学ノート3冊に書かれていた。利男さんのおいで福井市の医師平野治和さん(64)が昨年5月、大野市の実家で見つけた。
 「1次資料としての価値を損なわないため」(治和さん)に、日誌の仮名遣いを現代に直しただけでほぼ原文のまま掲載した。利男さんの生い立ちとともに、少飛の生活や当時の無線・暗号技術といった日誌を読む上で参考になる情報を専門家の協力を得て丹念に調べ、1年余りかけて1冊にまとめた。
 日誌の前半は日々の学んだ内容や訓練の様子、利男さんの決意が淡々と書かれている。戦況が悪化するにつれ、「陛下の為に死せる人になるを得んや」「死する為に生まれて来たるより外になし」といった死の覚悟と国への献身の思いを吐露している。一方で「家の事も考ふれば、雑念も又浮びて、実に心苦く感ずるなり」など、家族や故郷を思う心情が端々ににじむ。
 「我等陛下の股肱(手足)なり」「班長と共に死んで呉れ」など、教官の檄が所々に書かれており、少年を戦地に駆り立てた当時の空気感が伝わってくる。
 タイトルは、利男さんの母が戦後、息子を思って詠んだ短歌から採った。治和さんは「敗戦を境に、個人を大切にする価値観が広がった。1人の少年の人生を通して、平和や今の憲法の意味を多くの人に考えてほしい」と話している。



 「沖縄戦に斃れた婚約者の足跡を追って訪れた沖縄の島々。その旅を通じて知った沖縄の苦難に満ちた歴史と現実、人々のまごころ。時の風化のなかで忘れがちな沖縄の心を切々と語り継ぐ、感動の記録」――という本。

 古書店から1円+送料で手に入れたのは、1992年発行の新書。この原著は1972年の「沖縄からの出発――わがこころをみつめて」ですから、書かれてから45年後に読んだことになります。
 収録は「「ヤマト世」二十年」、「二十七度線」、「土着のこころ」、「沖縄に照らされて」、「消えゆく戦の傷跡」、「沖縄人(うちなんちゅ)と共に」6篇です。

 著者は、1923年生まれの随筆家。大阪市出身で、婚約者が沖縄戦で戦死。戦後すぐに結婚するも7年後に離婚。2008年に85歳で逝去しています。

 文章としてはやや難解なほうかもしれません。しょうがないことですが、読んでいて文章表現や内容に古さを感じざるを得ないところがあります。
 「敗戦後、半年たって彼(婚約者)の母にもたらされた公報には、「陸軍少尉木村邦夫様には20年5月31日沖縄本島島尻郡津嘉山に於て戦死。」と記されていた。」
 著者は、25歳で散った婚約者がどういう土地で、どのようにして死んでいったのかを知るために、死後23年を過ぎた1968年になってから、初めて沖縄に渡ります。「二十七度線」ではそのときのことが克明に語られています。
 そしてその際に見聞きした沖縄に惹かれ、著者は何度か沖縄を訪れるようになります。

 ところで、自分が初めて八重山の竹富島を訪れたのは1998年のこと。その際に、新田観光の水牛車に揺られながら、あれが日本の女流作家のナントカという人が島に建てた家だ、という説明を受け、その建物を見た記憶があります。平屋で赤瓦屋根の小さな家でした。そのときは、なんとまあ、またずいぶん遠くに別荘を建てたものだ、酔狂な金持ちのすることは理解できんな・・・ぐらいにしか受け止めていませんでした。
 しかし、今思えばそれが、岡部伊都子が島の子どもたちにたくさんの本に触れてもらいたいとの思いでつくった「こぼし文庫」だったのかもしれません。
 調べてみると、「こぼし文庫」は今もなお新田観光の近くに存在しているようです。

 蛇足ですがこの本を、2017年10月1日に開かれる「琉球フェスティバル2017東京」を見るべく上京したホテルの部屋にて読了しました。



 人文書館から発売された、大城貞俊の上下2巻の作品集のうちの上巻。収載されるのは各4作品で、上巻はいずれも未発表のものです。
 「島が揺れている。海って、病院なんだね、きっと…。慶びと良きことの間に横たわる島々のこと。沖縄文学を先導する詩人であり、作家・大城貞俊の珠玉の中・短篇作品集」――というのが作品紹介文です。

 表題作の「慶良間や見いゆしが」は、祖父の唐突な自殺という衝撃的な出来事から語り出されます。
 「祖父はなぜ、トーカチ(米寿)を前に自殺したのか?」。国語教師として中学校に勤める孫息子の清志は、その謎を追いながら、祖父清治郎の心を支配していた戦時中の真実の悲しい闇に迫っていきます。
 「彼岸からの声」は、「あの世」と「この世」、そして「古い記憶」と「新しい記憶」という2組の対立項を鍵として、奥間キヨの彼岸からの語りと、此岸で見る夢に彼女の声を聴く主人公敬治の日々とを交錯させる物語。
 「パラオの青い空」は、人生の最末期を迎えつつある老女が、老衰と痴呆による思考の衰えを自覚しながらも、20年前に自分と子供たちを遺して自殺した夫の心の真実を探り当てようと、過去の記憶と格闘する物語。
 「ペットの葬儀屋」は、軍用地主で羽振りのよい叔父洋蔵が出資するペットの葬儀屋に勤める主人公の隆太は、洋蔵の愛人である社長の和代と、和代の片腕で離婚歴のある7歳年上の恋人とともに働いているが、そこに新採用されたカスミが加わることによって、奇妙に安定していた職場の人間関係ば崩れ始め・・・といった内容。

 巻末の萩野敦子(琉球大学教授)による解説がよく、それによれば、この4作では、沖縄戦の記憶を抱えながら、いまだに米国、そして残念ながら日本という「他者」との関係に苦しむ現在の「沖縄」が、比喩的に表現されているのだと説明しています。
 このような解釈には感服するとともに、自分にも同様の読後感があったことを付け加えておきます。

 この上巻については、古書店から格安に入手することができましたが、下巻の「樹響 でいご村から」のほうはむしろ古書市場のほうが高く、まだ入手していません。
 こうなれば、2,862円の定価で買うしかないのかな。早く買わないとそれも売切れてしまうだろうしなぁ。



 「奄美大島・喜界島・徳之島・沖永良部島・与論島と黒糖焼酎をつくる全25蔵の話」との副題がついています。
 「この本は、日本の島には少々詳しいが、ただの呑んべえであるくじら(鯨本あつこ)の主観と、黒糖焼酎に詳しく、奄美大島に暮らしていたこともあるくっかる(石黒みどり)の解説と、島々で出会った人たちとの会話や、五感にふれた事柄を混ぜ合わせながら、奄美群島の魅力を伝えようと思い書きはじめた。できれば、黒糖焼酎をクラスに注いで、その味と香りを確かめながら、読み進めていただきたい」(「はじめに」から)――とのことです。
 なかなかいい趣向ではないですか。

 となると、著者の人となりが知りたい。
 鯨本あつこは、大分県出身。編集者、イラストレーターなどを生業としながら、2010年に日本全国の有人離島にスポットを当てる「離島経済新聞社」を設立。奄美群島の島人がつくるフリーペーパー「奄美群島時々新聞」などの事業プロデュースに関わる。沖縄美ら海大使で、趣味は人とお酒と考えごと――という人。
 石黒みどりは、奄美大島で7年島暮らしをし、奄美パーク、鹿児島県酒造組合奄美支部、奄美群島観光物産協会などに勤務して、のち帰京。酒造組合のウェブサイトに「奄美黒糖焼酎蔵巡り」を公開した人です。
 「離島経済新聞」は「リトケイ」という通称まであるそうですが、読者って、どういう人がどのくらいいるのでしょうね。
 また、「奄美群島時々新聞」というのもユニークそうです。

 くじらの語り口は女性らしい軽やかなタッチで読みやすく、奄美に関するあれこれを旺盛な好奇心を持って体験し、書いています。彼女の描くイラストもまた軽妙です。
 読んでいて思ったのが、全体のなかでの、25の蔵元に関する部分の位置取りがやや不明瞭なこと。それぞれ丁寧な解説なのですが、話を聞いた蔵元の人々の顔や各焼酎についてのビジュアルが不足気味で、それぞれをうまくイメージすることができなかったうらみがありました。

 いずれにしても、九州とも沖縄とも違う奄美群島の魅力が満載。島好き・酒好きの方は楽しく読めること請け合いです。



 著者の父は、沖縄戦末期、地下壕から海軍次官に対して「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」という異例の電文を発して自決した大田実海軍中将(沖縄方面根拠地隊司令官)。当時沖縄県知事だった島田叡とともに、沖縄県民から信頼されている数少ない戦時中のヤマトンチュです。
 その当時11歳だった長男が、父に思いを馳せながら後に高校教師となり、平和教育に打ち込み、やがて沖縄の地で「父」と再会する――といった内容のものです。

 表紙は、沖縄戦開始の2ヶ月前、沖縄赴任が決まった数日後に、10人の子と懐妊中の夫人とともに正装して撮った、家族最後の記念写真です。

 著者は、軍国少年として育ち、父の影響から防衛大学校進学を目指します。しかし1952年に父の遺骨と対面した際、ピストルの穴の空いた頭蓋骨を見て軍人になることに空しさを感じ、教師を志すようになります。
 広島大学教育学部高校教育社会学科へ進学し、卒業後は社会科教師として広島県内各地の高校に赴任。反戦活動にも熱心に取り組み、原水爆禁止呉協議会事務局長、高教組呉地区支部平和教育推進部長、呉地区高校生「平和の集い」顧問、歴史教育者協議会会員などとして平和教育に携わることとなります。
 父が戦死した地・沖縄をたびたび訪問しており、1989年に本書を出版。沖縄戦研究家の安仁屋政昭とは大学の同窓生で、友人です。

 父とは異なる道を歩むことになり、本書では大田実の息子としてではなく、むしろ自分が高校で生徒とともに歩んだ様子などを中心に記述しています。したがって、大田実の実像に迫ることを期待すると少し拍子抜けするかもしれません。偉人を父に持つ、それとは別の人間の物語として読むほうがいいかもしれません。

 大田実をめぐる親子関係についてはもう1冊、「沖縄の絆・父中将から息子へのバトン」(三根明日香 著、かや書房、2013)があります。大田実の三男に落合畯(たおさ)という海上自衛隊員があり、畯は1993年にペルシャ湾の掃海派遣部隊の指揮官として派遣されています。
 こちらの書は、二人の男の半生を、父と子という縦軸と、沖縄とペルシャ湾という横軸で織りなしながら描く物語となっており、読み応えがありましたので、付記しておきます。



 この夏、沖縄で売れに売れた本。
 「沖縄では豚は鳴き声以外すべて食べる」と言われるが、はたして本当なのか? そんな素朴な疑念からスタートした沖縄肉食グルメ取材です。
 取材・執筆&鼎談は、大阪出身でウチナンチュ2世の作家・仲村清司、那覇で半移住生活を送るノンフィクションライター・藤井誠二、生まれも育ちも那覇の若い建築家・普久原朝充の3人。この顔ぶれは、「沖縄 オトナの社会見学 R18」(亜紀書房、2016)のときと同じ顔触れですね。3人は仲良しなのだろうな。

 大衆食堂や惣菜店、ホルモンの名店、話題の絶品焼肉店などを食べ歩くうちに、3人の沖縄の肉食を巡る考察は、迷宮へと奥深く分け入っていきます。
 そもそも、沖縄の伝統料理における肉食文化はどのように発展・継承されてきたのか? 現在の沖縄の飲食店における肉ブーム最先端はどうなっているのか? 最高においしい肉グルメはどこにあるのか?――。
 そのような、半ば冗談、半ば本気の疑問を、肉を食べ尽くしながら徹底研究する沖縄肉グルメエッセイ&鼎談ガイドとなっています。

 沖縄にはテビチ(豚足)やソーキ(あばら肉)、中身汁(内臓の汁物)などの多くの豚料理がありますが、実は料理の基本は「煮る」になっていて、「焼く」文化はあまりなかったことを本は解き明かします。
 その背景には「医食同源」にあたる「シンジムン」(煎じた物)や「クスイムン」(薬になる物)という考え方があると説明。「食材が豊富にある島ではなかったので、その食材が持つ栄養素をあますことなく取ろうと考えたら「煮る」のが一番手っ取り早かった。おいしいやまずいでなく、知恵で食べていた」と分析しています。
 ぜんそくに効くとされた「アヒル汁」やコラーゲンたっぷりの「テビチ」も「クスイムン」と考えられ、豚肉や野菜を豚の血で炒めて煮た「チーイリチャー」も伝統的な滋養強壮料理ですが、現在は豚の血の出荷が衛生問題で停止されて食べることができず、3人はこの沖縄特有の味の復活を願っています。
 「ヒージャー」と呼ばれ、沖縄の中でも好みが分かれるヤギ肉をフレンチやイタリアンとして食べる新しい試みも紹介。
 一方で、「沖縄では豚は鳴き声以外は全て食べる」という定説の真偽や、戦後の米国統治下で街中にステーキ店が登場した経緯などを踏まえ、「沖縄では飲んだ後の締めはステーキ」との俗説にも迫っていきます。

 まあ、380ページにわたってぐりぐりと沖縄の肉についてこられると、中高年なら肉を一片も食べなくても胸やけがしてきそう。(笑) いわばそれだけ充実した「肉研究」になっているということなのでしょう。
 それにしても、「沖縄では豚は鳴き声以外すべて食べる」はものの譬えであって、本当かどうかは大きな問題ではなかろうと思います。そういうことをテッテー追求するというのも一興ではありますが。



 自分にも近いうちに定年がやってくるワケで、そのときのひとつの生き方として「沖縄移住」があるのではないかと考えています。移住と言っても、今住んでいる住居を畳んでワンウェイで沖縄に行くことは考えていず、退職後、高齢となるまでの一定期間を彼の地で過ごせたら幸せだろうなというほどの感覚です。
 そんなことを考えているときに見つけたのがこの本。著者が経験したのは3カ月のショートライフではあるけれども、短ければ短いなりに参考になることがあるのではないかと、さっそく入手したところです。

 著者は、1976年千葉県生まれ。出版社勤務を経て、2002年に初海外旅行にして夫婦で世界一周を敢行し、05年には旅行作家としてデビューし、国内外を旅しながら執筆活動を行っている方。
 氏の著書は「ハノイ発夜行バス、南下してホーチミン ベトナム1800キロ縦断旅」(幻冬舎文庫、2016)も入手しており、旅モノ好きとしてはこれからちょくちょく作品を読ませてもらうことになりそうです。

 地方移住に憧れる人は少なくない。人生をかけた移住ではなく、まずは旅の延長線上としての「プチ移住」がいい。数々の海外旅行をしてきた旅行作家が、妻の育児休暇中、一家で沖縄に“住んでみた”。ゆるくて温かいウチナーンチュとのふれあい、沖縄特有のB級グルメと時節の風習、適度に便利で快適な生活……。最短1カ月からでもOK。「ちょこっと暮らし」でこんなに楽しい!(裏表紙から)

 プチ移住の準備と計画、沖縄生活の快適なところ、気軽に味わえる沖縄グルメ、暮らしたからこそわかったこと、移住先で満喫する各種行事などについて書かれており、勢い余って移住の最後に住んでみた宮古島のインプレッションも。
 マイカーかレンタカーか? 本島と離島では何が違う? 家具付きマンスリー物件の賃料は? ご近所づきあいはうまいくいく? などについての実践者としての体験談がヒントになります。

 参考になったのは、3カ月ぐらいならば断然ウィークリーマンションがお気軽だし、自家用車も荷物とともにフェリーで運んでしまえばよさそうだということ。このぐらいなら移住っ!と肩肘張らなくても楽々と体験できそうです。



 「ちゅらさん」「ナビィの恋」「モンパチ」から読み解く“沖縄”の文化の政治学。――との副題が付く、2004年発行の本。
 NHKの朝ドラ「ちゅらさん」の放送が2000年、映画「ナビィの恋」は1999年末の公開、「モンゴル800」の大ブレークも2000年。これらミレニアム当時の沖縄を表象するポピュラーカルチャーを取り上げ、「メディアで消費される沖縄」をテーマに、文化研究や文化シーンに興味のある人たちが集い、2003年6月以降〈カルチュラル・タイフーン〉というイベントが催されました。
 その場では、学部生・院生・教員らがともに立ちすくんだのは、「誰が沖縄を語るのか」という発話のポジションへの問いでした。
 教育/研究、研究/表現の壁を越え、制度化された〈知〉を解き放つ全く新しい試みとして、興味深いイベントだったようです。

 背表紙に記載されたコメントを引用。
 「カルチュラル・タイフーン〈沖縄セッション〉が私たちの心を揺さぶったのは、発表したICUの学生、応答した琉球大学の学生、そして討論に参加した様々な学生たち一人ひとりが、限られた時間のなかで真剣に考えをめぐらし、予め与えられてはいない言葉を紡いで必死に声を発したことである。自らの当事者性に戸惑いながらも我がこととして問題に向き合い、そして新しい声を絞り出そうとした。他者の問題と発話の位置には意識的になるべきだという自戒をどこか了解済みのこととして、自らの位置と語りを正当化する術を身に付けてしまっている研究者/教育者にとって、それは多くを教えられた瞬間であった。研究者は発話の位置に注意すべきだという安易な自戒では終わらせない力が、セッションにはみなぎっていたからだ。」

 読んでみれば、学生たちの真摯な取組み姿勢や、自らの気づきに支えられた鋭い考察、そして「自分とは何者なのかという」自己への戸惑いがそれらと交錯し、なかなかスリリングなセッションになっていました。

第1章 プロローグ なぜ“沖縄”なのか
 沖縄に立ちすくむ―本書プロジェクトの経緯と問題関心
 沖縄へ、沖縄から/沖縄へ―ポストコロニアルとメディア研究
第2章 三つの報告をめぐって―メディアと消費される“沖縄”
 「ちゅらさん」における沖縄の表象・生産・受容
 映画「ナビィの恋」における沖縄の「他者性」
 MONGOL800「MESSAGE」と“沖縄”  ほか
第3章 セッションをめぐって 誰が“沖縄”を語るのか
 方法としての沖縄―沖縄セッションについて
 消費される沖縄―セッション抄録
 日常・マイノリティ・承認―琉球大学生の応答  ほか
第4章 エピローグ “沖縄”文化研究を開くために
 枠をはみだしている他者―テクスト/方法論/学問の政治
 沖縄を語ることの政治学にむけて―沖縄をめぐる言説  ほか

 編者は3人。
 岩渕功一は国際基督教大学教養学部国際関係学科教員、多田治は琉球大学法文学部教員、田仲康博は沖縄国際大学・琉球大学教員(いずれも当時)です。



 結婚をきっかけに沖縄に居を構えて5年となる女優・羽田美智子が自ら足を運んで見つけた、「すてき」が詰まった沖縄本。
 2年にわたる取材をまとめたもので、気になるギャラリーやカフェに足を運び、そこで気に入った器や布があればその作家を訪ね、作家おすすめのスポットを聞いては足をのばし……というように、出合いの連鎖によって綴られています。
 その一方で、海にもぐり、森を歩き、大自然の中で自分を見つめ直しています。

 羽田美智子って、独特の表情を持つ不思議な女優だなあと思っていた程度でほぼノーマークでしたが、沖縄のダイバー兼水中写真家さんと結婚して恩納村にも居を構えているのですね。
 大輪の花のような笑顔(!)が彼女の持ち味でしょうか。少し垂れた感じの大きな目の目力がすばらしく、すらりとした体型などは47歳(発売当時)とは思えない若々しさが感じられます。
 NHKの朝ドラ「ひよっこ」でも、助川時子の母親役を好演していますが、茨城県常総市(旧:水海道市)の出身で、1988年日本旅行のキャンペーンガールに選ばれてデビューしたそうです。

 つまりは写真の撮り方も上手だ、ということでしょう。
 著者は羽田美智子ということになっていますが、彼女自身が書いたと思われる(もしくはそのようにアレンジされた)部分は多くなく、かなりの部分を占める店の紹介や写真の解説部分などは別人が書いている模様です。

 全体としてとても美的に仕上がっていて、女性からはかなり好まれそう。
 「沖縄のうつわ」、「壺屋を歩く」、「会ってみたい人がいる」、「手しごとの布」、「南城市の暮らし」、「北へ向かう」、「海が教えてくれること」、「とびきりおいしい理由」の全8章。



 今となっては沖縄民謡について、もうここまで書ける人はいないだろうと思われる、仲宗根幸市によるしまうた本です。
 仲宗根幸市の本はこれまでに、いずれもボーダーインクから出されている「「しまうた」流れ」(1995)、「「しまうた」を追いかけて」(1998)、「カチャーシーどーい」(2002)、「恋するしまうた恨みのしまうた」(2009)を読んできています。
 そして今回は、それらよりも前の1985年に初版発行された、ひるぎ社おきなわ文庫のものを古書から探り当てて読んだところです。

 南島文化の中で、歌の占める位置は大きい。今や民謡界は百花繚乱の様相を呈している。だが、その割には意外とこの分野のわかりやすい文献は少ない。
 著者は沖縄本島、宮古、八重山にとどまらず、早くから斬新な視点で奄美の列島弧をも結ぶべく、琉球文化圏全体の追及を強調、その先駆的役割を果たす。本書ではその地道なフィールドワークの経験から奥深い歌の生態、南島歌謡の歴史と広がりを活き活きと活写。各章とも示唆に富む論述やエピソードに満ち、沖縄民謡の貴重な案内書として、その役目を大いに果たすことであろう。

 カバーの袖には上記のような記載がありますが、仲宗根の真骨頂は奄美に残る琉球の残影をしっかりと読み解き、それらと沖縄本島などとの関係性を意味深長に提示しているところにあるのではないかと思います。
 南島の民謡を全体的に扱うとなれば、歌のタテとヨコの広がりがあまりにも大きいために、新書版200ページほどの中ではどうしても駆け足にならざるを得ず、やや消化不良の印象も。
 それにしても、沖縄の各地から歌を生活体験として持っている古老がほとんどいなくなってしまったことを憂慮せざるを得ません。

100nen mae

 おもしろい趣向の本。
 戦前の「琉球新報」投書欄には、恋愛や友情、不満や悲哀、クレームや身の上相談など、多様で自由奔放な読者からの投書が掲載されていました。
 この書ではそれらをジャンル別に紹介し、百年前の沖縄における人々の声と世相を浮かび上がらせています。
 編著者は、当時の新聞を熟読整理して提示するわけなので、自ら思索し筆を執って書くということはあまり必要なく、こういう仕事も悪くないのではないかと思ったところです。(笑)

 1912(大正元)年から1915(大正4)年までを範囲としていて、目次から内容を拾うと、恋愛・結婚、修羅場、友情、最近の若者は…、クレーム、お出かけ・旅行・異郷の地にて、質問・お願い、つぶやき、笑い話・珍事件、不満・苦悩・悲哀、わたしの主張、その他新聞記事がラインナップ。
 公器といわれる新聞が、当時はここまで載せていたのか!と驚くほどの記事たち。こんな些細な、超ローカルな、こんなレベルの…。(笑) また、個人情報保護などという感覚は当時はなかっただろうからなあ。

 百年前の沖縄は、明治維新からひたすら欧米列強に対するために国ぐるみで突き進んできた明治時代が終わり、大正は親たちが築き上げてきたものを相続し消費する時代とも言え、あえて言えば、昭和の高度経済成長の繁栄を享受し、消費している平成の時代と類似しているのかもしれません。
 当時は大正デモクラシーが沖縄にも流入し、港湾都市だった那覇が大いに栄え、電気、鉄道、道路、娯楽施設などの社会インフラが整備され始めた頃だったでしょうか。
 そのような時世を背景にした当時のリアルな人間模様を垣間見ることができ、なかなか興味深いものでした。

 東京新聞に掲載された書評がありましたので、紹介しておきましょう。

・書評:新聞投稿に見る百年前の沖縄 上里隆史著 腹蔵のない庶民の声
(東京新聞2016年4月10日)
 沖縄最初の新聞である琉球新報の投書欄「読者倶楽部」に掲載された投稿を、「恋愛・結婚」「つぶやき」「不満・苦悩・悲哀」など12の項目に分類して、百年前(大正元~4年)の沖縄庶民の声を聞き取ろうとしたのが本書である。
 ちなみにこの琉球新報は最後の琉球王尚泰の四男尚順を中心に、第1回の県費留学生として学習院や慶応義塾で学んだ高嶺朝教、太田朝敷ら旧琉球士族によって明治26年に創刊され、1県1紙制度により昭和15年に消滅した。現在発行されている琉球新報は、戦後に創刊された別の新聞である。
 さて投稿の内容だが、「辻の遊廓」街の話は喧嘩騒動、中学生の徘徊問題なども含めて多彩。ふられた腹いせか「女郎税増税案」の意見も複数ある。巫女(ユタ)撲滅の提案もある。「国民的同化」を社是としていたからではないだろうが、投稿は沖縄語(ウチナーグチ)ではなく標準語で書かれている。
 投稿男性は冷笑しているが、「男尊女卑の世をば、女尊男卑」にしたいと話す、頼もしい少女の姿もある。また、軽便鉄道の開通により「糸満婦人」の健脚や優美端正な体格が失われるとの懸念は、現在の車社会に生きる沖縄人の問題にもつながる。
 当時の写真や広告・図版も豊富で、時代状況の簡潔な説明もあり、百年前の沖縄の日常が見えてきて興味深い。(与那覇恵子=東洋英和女学院大教授・近現代日本文学)

 ちなみに評者の与那覇恵子は、NHKのドラマ「ちゅらさん」で沖縄風俗考証を務めた方でもあります。



 「戦争は、今も昔も、あっちでもこっちでも、ドンナイ、バンナイ、やられているじゃないかヨっ。アンタには見えないのか、聴こえないのか。ウリ、ウリっ、あの空でゆうゆうと飛びかっている幾つもの黒い影は、カンムリワシなんかじゃないっ。テキを偵察する戦闘機じゃないか。アレが見えないというなら、やっぱりアンタの目は「フシアナ」だっ。オレには、まざまざと見える、からからと聴こえる。あの黒い影の背後でぺらぺら札束を数えているやつらのほくそ笑みや高笑いだってさ……。」(コシマキから)

 沖縄タイムスと琉球新報の適切な書評がありましたので、以下にそれを引用してインプレに代えます。

・崎山多美著「うんじゅが、ナサキ」 夢幻の裏に苦しむ沖縄  沖縄タイムス(2016年12月10日)
 書き下ろし小説を含む2作を収めた「月や、あらん」の刊行から4年。本書には、その間文芸誌「すばる」に発表された6編の短編小説が収められている。6編の登場人物が一貫しているという点では、連続小説に近い。
 物語は、どこからともなく聞こえてくる声に外出を阻まれた「わたし」の家の玄関に、「坊主頭」の見知らぬ男が小包を届けに来るところから始まる。心当たりがなく戸惑う「わたし」に構わず、男は荷物を押し付けて姿を消す。箱を開けると、中にはそれぞれ「記録z」、「記録y」、「記録x」と表紙に書かれたファイルが数冊入っていた。ファイルの中に書かれた最初の文がなぜか「命令文」に聞こえた「わたし」は、その響きに動かされ、ファイルを携えて物語の道を辿り始める。
 本書の「わたし」のように、崎山多美の小説の語り手は、しばしば受け身的である。夢と現実の間でどこからともなく聞こえてくる声や音、あるいは前触れもなく現れる人やモノに意識を揺り起こされ、外の世界に誘い出されるのだ。意識の割れ目にズルズルと引きずり込まれる語り手のように、読者も崎山の物語に引きずり込まれてゆく。
 しかし、そんなおどろおどろしさと表裏一体で崎山の文体の真骨頂をなすのが、戦略としての「滑稽(ユーモア)」である。例えば、「地上で吸った汚染物」を浄化する「命の気体」で満ちた地下の世界「Qムラ」。そこに立てこもり、「秘密のクンレン」を遂行していたという「シンカヌチャー」。思わず「戦隊ヒーローか」とツッコミたくなる。また、「N語」に駆逐された「旧Qムラ語」など、沖縄的な身体感覚、歴史感覚、言語感覚をもつ読者であればクスリとせずにはいられないアイテムが満載である。
 とはいえ、こうしたユーモアの裏にあるのはやはり痛烈な毒であり、夢幻の表現の裏には、苦悶と悲嘆に満ちた沖縄の現実が共在している。本書は、積み重なる遺骨の間から、忘却の彼方から、あるいはまだ見ぬ未来から訪れる「声」を「聴くために」語ってきた崎山の語りが、「戦う語り」に変身する瞬間を示す1冊とも言えるだろう。(喜納育江・琉球大教授)

・「うんじゅが、ナサキ」 〈書く〉を揺さぶる声なき声  琉球新報(2016年12月18日)
 「両の掌を一杯に広げ岩壁に押し当ててみた。意外とあたたかい。岩肌が手の内に吸い付く。(略)硬質でなめらかな感触。所々できらめいているのは岩盤に混入した鉱物のようだ」
 崎山多美の小説について書こうとすると心のどこかに不安や抵抗を感じるのはなぜだろう。小説「うんじゅが、ナサキ」では、書く行為に内包される他者への暴力(穿鑿、代弁、ステレオタイプ化など)に抗い、書く行為そのものを揺るがし問い続ける、そんな位相の探求がなされていると感じるからなおさらか。
 その象徴が「わたし」のもとに届けられた空白だらけの記録ファイル。その文字に促されるまま、ガジマル樹の下、海岸絶壁手前の広場、地下壕などを巡り、不思議なモノたちと出逢うことになる。
 彼らとの口論と身体的な同期を繰り返し、その体験のなかで、何度も書く行為を手放しては、ファイルの空白に、書く「わたし」に、螺旋状に戻ってくる。
 ファイルを開く、と想像してみる。「わたし」の書いた文字とそうでない文字が、違いをそのままに隣り合う。異なる字体や筆圧による紙の凹凸をそっとなでる。と、なおも残る空白。それは崎山作品に通底する話の欠落や断片性を思わせる。それは体験や記憶の物語/言語化への抵抗だろうか(それとも…いや、穿鑿はよそう)。
 ただ耳を澄ます。書く書かれる、読む読まれるという関係性が生々流転するトキそのものに吹き上がる「声なき声」。
 崎山は、朗読劇「ホタラ綺譚(パナス)余滴」(名古屋9月)のトークで、作品に混入されるシマコトバについて、「日本語に対する抵抗」だと語っていた。-他者/作者の幾多の抵抗は、読者にとっては他者(抑圧された土地の記憶や死者など)への通路ともなるだろう。それらは、岩盤に混入した鉱物のきらめきではないだろうか。地下壕の、この岩壁の質感が、ファイルや作品そのものと重なる。
 そして届いたこの本の彼方此方に開かれているはずの不可視の「空白」に幻視されるのは、いつかの崎山作品か。それとも、読者による、書く行為の新しい位相、だろうか。(篠田竜太・朗読劇「ホタラ綺譚(パナス)余滴」共同企画者)

 この場合、沖縄タイムスの書評のほうがデキがいいですね。
 150ページほどの薄い本です。
 手元には、未読の崎山作品「クジャ幻視行」と「コトバの生まれる場所」があり、これを読んで以降も新しい崎山ワールドをもっと味わえることがうれしいです。