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 7月からお盆までに買った本は、購入順に次の8冊です。

1 定年後 50歳からの生き方、終わり方  楠木新 中公新書 201704 842
2 沖縄プチ移住のススメ 暮らしてみた3カ月  吉田友和 光文社文庫 201707 756
3 日本の島で驚いた  カベルナリア吉田 交通新聞社 201007 古258
4 1泊2日の小島旅  カベルナリア吉田 CCCメディアハウス 200904 古437
5 ハノイ発夜行バス、南下してホーチミン ベトナム1800キロ縦断旅  吉田友和 幻冬舎文庫 201606 古258
6 花岡ちゃんの夏休み  清原なつの ハヤカワコミック文庫 200603 古515
7 ディープすぎるユーラシア縦断鉄道旅行  下川裕治 KADOKAWA 201606 古554
8 笑う!うちなーぐちFAX小全〈3〉  ラジオ沖縄「前田すえこのいいことありそうウィークエンド沖縄探検隊」編 ボーダーインク 200007 古827

 1、2は楽天ブックスから、3~8はAmazonから。
 このうち沖縄関係は、2、3、8のみ。
 1は、ぼちぼちこういうことを考え始めているので。すでに読み終えましたが、現役世代と同じ価値観で定年後も生きたいと考える人向けかな。自分が求めている定年後とは違うなと思ったところです。
 2は、定年後の生き方の一つとしてこういう方法もあるのではないかと考えて。ハナから移住するのではなく、「プチ」ぐらいが妥当でしょう。
 3と4はカベルナリア氏の島旅モノですが、4には沖縄・琉球弧は登場しません。
 5は、大好きなベトナムの、一度やってみたい縦断旅。7は、ディープな外国鉄道旅の最たるものが読めるのではないかと期待して。
 6は、学生時代、少女マンガ誌「りぼん」で発表された、我がセイシュンの思い出となっている秀逸な作品を含むコミックス。読み返してみて、主人公の表情や登場するセリフなどが今でも鮮明で、これらは我が人生の血肉になっているのだなあと。(笑)
 8は、〈1〉と〈2〉を読んだので、完結となる〈3〉(みーち)も手に入れておこうかということで。

 このほか、DVDも1本。
 2004年に発表された当時にも楽しく観た「ホテルハイビスカス」を改めて観てみようと思って。

 この8月は20日までに沖縄本だけでもすでに7冊読んでおり、ようやく読書ペースに見合った購入量になっています。
 でも未読のストックはまだまだあるので、少しずつ読んでいきたいと思っています。

 そうそう、定年後は読書三昧というのも悪くないかもなあ。

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 しばらく更新が滞っていましたが、心を入れ替えて書いていきます。(笑)
 だいぶ前のことになりますが、2016年の沖縄本50冊目として、年の最後に読んだ1冊です。

 「カクテル・パーティー」(1967)で沖縄発の芥川賞作家となった大城立裕が、1993年に発表したエッセー集です。それを古書市場から手に入れて読んだもの。沖縄の最大の論客と言っていい大城センセイですから、読まなければなりません。

 「復帰後20余年、いま独自の文化と歴史を見直し、新しい時代を切り開く沖縄からのメッセージ」(コシマキ)というキャッチが付いており、著者曰く、
 「いつのまにか、沖縄が同情の対象どころか、日本の中のゲンキ印として、羨望の対象にもなりかねない風潮が生じてきました。沖縄のなかでも、近代史で予想できなかったほどの自信が芽生えています。
 この季節に、沖縄から日本の文化に寄与することを、考えております。そして、沖縄で普遍的な問題を考えるようになりました。すくなくとも、問題意識だけはしっかり持ちたい、という願いから書いた文章……。
 そういう文章を前面に出して、この本を編んでみました。」(「あとがき」から)――とのこと。

 確かにかつてはマイノリティと見られていたウチナーンチュの置かれている日本における位置取りというか相対的な地位(?)は、客観的に見て本土復帰が達成された(1972年)頃とは大きく様変わりし、実に堂々としたものになっていると思います。
 推察するにそれは、ウチナーンチュの持つ「文化力」が牽引したものではないでしょうか。
 ウチナーポップがワールドミュージック界の旗頭となり、その後それを凌駕する形でアクターズスクール出身の歌手やMONGOL800などの気鋭が日本のミュージックシーンの中央に躍り出たことはその代表例と言えるのではないでしょうか。

 身辺雑記、新聞コラム、文化論などを1冊にまとめたもので、早いものでは1968年のものから最後は92年までと、著作年代的にも幅広いものとなっています。
 「「だからよ」文化の明暗」、「ヤポネシア論の宿題」、「沖縄復帰10年の文化状況」、「アルゼンチン・タンゴ」、「南米移民のいま」、「祖父母のこと」、「学童疎開のこと」、「沖縄方言の落とし穴」、「地名のあて字」、「姓と屋号」など、取り扱われる事象もまた幅広く、興味深いものが並んでいます。
 さすがにやや古さを感じるのは否めないところですが、失われつつある沖縄の地域性に思いを馳せながら、感慨深く読むことができました。

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 2017年6月に買った本は、購入順に次の8冊です。

1 山の宿のひとり酒  太田和彦 集英社文庫 201704 712
2 クジャ幻視行  崎山多美 花書院 201704 1620
3 生贄の島―沖縄女生徒の記録  曽野綾子 文春文庫 199508 古258
4 疾れ、新蔵  志水辰夫 徳間書店 201606 古367
5 おじいとおばあの沖縄ロックンロール  武藤新二 ポプラ社 201610 古855
6 肉の王国 沖縄で愉しむ肉グルメ  仲村清司、藤井誠二 双葉社 201706 1728
7 沖縄三線秘境の旅  日比野宏 ヤマハミュージックメディア 201706 1620
8 しまくとぅばルネサンス  西岡敏 編集工房東洋企画 201705 1620

 3~5が古書で、ほかは新刊。
 購入の基準としては、絶対に欲しいものや少し経つと買えなくなりそうなものは新刊で、あとで値ごなれすると思われるものや安く読めるなら買ってもよいと思われるものは古書で、という感覚です。

 1は居酒屋研究家太田和彦の新刊。
 2は、好きな作家のひとりである崎山多美の新刊。彼女の作品は売り切れが速いので。
 3は、1円プラス送料。沖縄戦に一石を投じている作家の、1970年に単行化されたものの文庫。歴史的な価値があるといっていいでしょう。
 4は、ハードボイルドから時代小説に転換していった志水辰夫の単行本。もう少し待てば文庫にもなるのだろうけれど、送料込みでこの価格なら買っちゃう。
 5は、沖縄関連だし、安いので読んでみようと。
 6は、肉グルメには格別興味はないのだが、読み続けている仲村清司の本なので。
 7は、三線モノだというのが買いの決め手。このところ沖縄音楽に関する本に飢えているので。
 8は、今買わないとなくなりそうな沖縄の地域語解説本。沖縄国際大学公開講座のドキュメントもののようです。

 「読み」よりも「買い」が多いこの頃。そのため本棚中の未読本格納スペースがぼちぼち完全に埋まりそう。こうなると、本を読むペースをもっと上げなければなりませぬなあ。

 2017年5月に買った本は、購入順に次の9冊です。

1 日本ラーメン秘史  大崎裕史 日本経済新聞社 201110 古658
2 単細胞にも意地がある  椎名誠 毎日新聞社 201704 756
3 沖縄 のこしたい店 忘れられない味  中村雅之 誠文堂新光社 201705 1728
4 ある神話の背景―沖縄・渡嘉敷島の集団自決  曽野綾子 PHP文庫 199206 古556
5 神様の棲む診療所  竹村優希 双葉文庫 201703 古478
6 恋文30年―沖縄・仲間翻訳事務所の歳月  佐木隆三 学習研究社 198611 古557
7 日本軍那覇捕虜収容所PW物語  井渕健一郎 文芸社 201612 古349
8 沖縄チャンプルー事典  嘉手川学 山と渓谷社 200110 古258
9 沖縄からの出発―わが心をみつめて  岡部伊都子 講談社現代新書 199210 古258

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 すっかり古書を買い漁るヒトになってしまい、このうち新刊は2と3の2冊のみ。
 1、2以外の7冊は沖縄関係本です。

 沖縄本に関して言えば、沖縄ブーム(これも死語か)が遠い過去へと去ってからは沖縄のカルチャーものの出版がかなり減りました。政治や基地問題などに関するものばかりが目立つようになり、多少なりとも専門的なものは購買需要が少ないためか高価なものばかりです。
 そういうわけなので、今月買ったものは懐古趣味的傾向が強いものとなっています。

 8などはその典型で、発売当時にしっかりチェックしていたものの、その頃はこのような類の出版物が巷に溢れていて、いったんはスルーしていたもの。15年以上前のものなので記載内容は古色蒼然たるものがありますが、自分にとってはとても懐かしく、沖縄の黄金時代が思い出されるものとなっています。

 また4は、沖縄戦の集団自決を読み解くうえで欠くことのできない書であり、このたびようやく手にしたところ。

 9は、2008年に逝去した随筆家、岡部伊都子の作品。彼女の婚約者は沖縄戦で戦死しており、1990年当時には多くの沖縄関係の著作を残しています。

 そのほか、1は、気まぐれに買ったラーメン関連本。
 2はシーナのバーゲン本。
 3は、沖縄のなかでもわが専門分野?に関するもので、新刊ではあるもののこれもかなり懐古趣味。
 5は、古書で安いからという理由で買った神様ストーリー。
 6は、今NHKテレビでやっている番組「ツバキ文具店~鎌倉代書屋物語」にインスパイアされて。
 7は、自費出版系の文芸社モノで不安ではあったものの、「PW物語」の題名につられて。

 まあこうやって多くの本を安価に手にすることができるのはとても幸せなことだと思う。
 しかし、この半年ぐらいの間に読み終えた本のインプレッションがまったく書けていないのは、自分にとっては問題。
 新たに買うのはいいとしても、読後の始末というか、読んだ本に対するけじめをきちんとつけるという意味で、インプレ書きは進めなければならない課題となっています。

 それにしても未読本は溜まりに溜まったり、70冊ほどに膨れ上がっています。
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 2017年2~3月に買った本は、次の10冊です。

1 週末ちょっとディープなタイ旅  下川裕治 朝日文庫 201702 756
2 深呼吸の必要  長谷川康夫 幻冬舎文庫 200405 古258
3 虎の尾  今野敏 徳間文庫 201703 745
4 ソーメンと世界遺産 ナマコのからえばり  椎名誠 集英社文庫 201702 561
5 みんな酒場で大きくなった  太田和彦 河出文庫 201701 712
6 沖縄伝説の歩きかた  徳元大也 琉球新報社 201703 1782
7 沖縄への短い帰還  池澤夏樹 ボーダーインク 201606 古1433
8 小太郎の語やびら うちなあ芝居  大宜見小太郎 ゴマブックス 201606 1652
9 琉球王朝記―尚王家の栄光と悲劇  童門冬二 三笠書房  199210 古258
10 ウチナーグチ考―沖縄のことばと文化  儀間進 出版舎Mugen 201603 古2257

 2、7、9、10の4冊は中古本。
 2、3、6、7、8、9、10の7冊は沖縄関係本。

 1は、ホテルメトロポリタン山形での会議に出席する前の少しの時間に、エスパル山形くまざわ書店で手にしたもの。
 2は、DVD「深呼吸の必要」を買った(これも中古)のに併せて、そのノベライズ本を購入したもの。
 3は、空手家の著者による事件小説。
 4、5は、シーナと太田のエッセー。
 6は、沖縄に膾炙する伝説の地を写真と解説でまとめたもの。
 7、10は、値段設定の高めなものを安くなったら買おうと以前から狙っていたものですが、このうち10は新刊定価よりも高い金額で購入することになってしまいました。
 8は、沖縄芝居の名優大宜見小太郎の覚書や脚本で構成されるオンデマンド本。
 9は、1992年発刊の古い本で、1円+送料で出ていたので買っておこうと。

 自宅に置いていたもの、アパートから持ち帰ったものが合わさり、大きめの書棚の4分の1近くが未読本で占められているありさまになっているので、順番にいくとしたらこれらについては読むのはしばらく先のことになりそうです。
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 2017年1月に買った本は、次の13冊です。

1 奪われた物語 大兼久の戦争犠牲者たち  大城貞俊 沖縄タイムス社 201606 1620
2 武士猿(ブサーザールー)  今野敏 集英社文庫 201205 777
3 インターフォン  松田良孝 タイムス文芸叢書 201501 756
4 コトバの生まれる場所  崎山多美 砂子屋書房 200402 2160
5 南海の歌と民俗―沖縄民謡へのいざない  仲宗根幸市 ひるぎ社 199002 古888
6 ナマコもいつか月を見る  椎名誠 PHP文芸文庫 201701 734
7 十字路が見える  北方謙三 新潮文庫 201612 594
8 沖縄問題 リアリズムの視点から 高良倉吉 中公新書 201701 885
9 逆軍の旗  藤沢周平 文春文庫 201402 古411
10 喜多川歌麿女絵草紙  藤沢周平 文春文庫 201207 古335
11 闇の穴  藤沢周平 新潮文庫 198509 古258
12 闇の歯車  藤沢周平 中公文庫 199811 古258
13 長門守の陰謀  藤沢周平 文春文庫 200907 古357

 このうち沖縄関係本は1~5、8の6冊。1~5は那覇沖映通りのジュンク堂書店で買ったもので、本土で手に入れようとすると容易ならざるものも含まれています。4なんて、本土では定価よりもずっと高い値の古書しか入手できないものな。

 5も、今では入手困難なのだろうと諦めていた仲宗根幸市もの。懐かしい新書版赤装丁、ひるぎ社のおきなわ文庫の中の1冊です。
 6、7は、文庫が出たら買うようにしているシーナと北方謙三。北方はハードボイルド系のみで時代小説は省いていますが。
 9~13の5冊は藤沢周平。藤沢作品については発行年の古いものから順に読み進めていて、その1~9番目を読み終えたところ。今回の5冊は10~14番目のもので、1976~78年の作品。アマゾンの古書サイトから安く買って、少しずつ楽しく読んでいます。

 自分の場合1か月に読む本の量はせいぜい6~8冊程度。ということは、ひと月に13冊も買っていればだんだんストックが増えてしまい、このままではヤヴァイ。
 とりわけ沖縄関連については、買ってから1年ぐらい読まずに塩漬け状態になっているものもあり、全体の把握ができず、在庫管理が不能になっているようなありさまです。
 まあ、たくさんある「積ん読」品の中から気分次第、より取り見取りで読む本をチョイスできるのは、それはそれでシアワセなことなのだけど。


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 2016年12月に買った本は、次の11冊です。

1 My Bloom 第5弾  プランニングゆうむ 2016.11 1000
2 あの人と、「酒都」放浪―日本一ぜいたくな酒場めぐり  小坂剛 中公新書 2013.9 古262
3 サラリーマン居酒屋放浪記  藤枝暁生 朝日新書 2016.2 古307
4 酒場詩人の流儀  吉田類 中公新書 2014.10 古347
5 娼婦たちから見た日本 黄金町、渡鹿野島、沖縄、秋葉原、タイ、チリ  八木澤高明 角川文庫 2016.5 古512
6 花もひらかぬ一八のまま 沖縄戦で散った少年飛行兵の日誌  平野治和 合同フォレスト 2016.7 古775
7 うんじゅが、ナサキ  崎山多美 花書院 2016.11 1296
8 可愛いあの娘は島育ち  太田和彦 集英社文庫 2016.11 648
9 沖縄を語る(1)  沖縄タイムス社 沖縄タイムス社 2016.9 1728
10 太田和彦の居酒屋歳時記 上  太田和彦 小学館文庫 2016.11 680
11 太田和彦の居酒屋歳時記 下  太田和彦 小学館文庫 2016.11 680

 うーむ、年末年始を迎えてか、居酒屋関係が多すぎる。
 2、3、4は、送料を除けば5~90円でAmazonの古書店から、また、8、10、11の太田和彦モノはいずれも新刊で、それぞれゲットしたもので、11冊中実に6冊が居酒屋関連だと。
 こんなことでいいのか、おれ。

 沖縄関連は、5、6、7、9。
 5は、沖縄というよりも、娼婦の視点から日本を見るというユニークさに惹かれての古書。
 7は、芥川賞候補になったこともある西表島出身の女性作家の新作で、彼女の作品はマニアが多いのか発行部数が少ないのかいつもすぐに売り切れるし、古書になるとド高い。なので、見つけ次第即買いしたもの。ヨカッタヨカッタ。
 9は、これまた本土ではすぐに買えなくなる沖縄タイムス社発行の新刊。タイムスの本はすでに何冊か、欲しいのに買えないものが出ています。

 1は、地元の書店で図書カードを使って買ったランチパスポート的なもので、さっそく活用中。

 さて、買うだけではなく、きちんと読まなきゃね。未読のストック本は60冊ほどになっているからねぇ。
 ・・・むっ。
 自分が1年間に読む本の量はせいぜい70~80冊がいいところだろうか。ということは、60冊というのは約1年分?! そうか、そんなにあるのか、ストックは。
 じゃあ、ぐいぐいと読まなきゃなぁ。



 2016年に読んだ沖縄関連本の49冊目。

 『那覇市街。観光客で賑わう繁華街の裏路地に、あやしいおっさんの影が三つ。これを「路地裏の三バカ男」と呼ぶ。三バカたちは観光地化した沖縄の風景に飽き足らず、よりディープな沖縄の姿を求めて今日も街を彷徨い歩いていた。観光客でごった返す大通りを尻目に、三人が見つめるのは、路地裏に広がる戦後の風景だった。
 いつも見慣れた景色も、知っているはずの街角も、少し視点をずらしてみれば、あっというまに姿を変える。沖縄の古層と戦後の歩みが幾重にも折り重なった、ディープ沖縄ツーリズムにようこそ。』

 『沖縄の本当の歩き方、教えます。
 文化遺産からB級穴場スポットまで。基地問題から歓楽街まで。沖縄そばの隠れた名店から美味しい地元食材の市場まで……。沖縄本島を味わい尽くすにはこの一冊!
 決定版ディープ沖縄エッセイ&ガイドブック!
 巻末に社会見学マップと紹介スポットのリストを収録!』

 ――などと紹介されている本です。
 かつての沖縄は、本土から見るとエキゾチックな面があると思ってよく観察すると、どうもそれは日本の原風景のような感じがし始めて、不思議な土地柄だったものです。しかしこのごろは日本としての社会的画一化が進み、沖縄らしいところがどんどん失われています。
 そんな世情を憂い、沖縄らしいところを根掘り葉掘り探し始めたのが、実は彼らなのではないか。そして、そうでもしなければ沖縄の神髄は見えなくなってしまったということなのではないか。

 それにしても、好きこそナントカと言うけれども、よくそこまで入り込んで調べたもの。
 那覇の路地裏、ディープスポットを彷徨って幻想の古都を追いかけ、ほかにも普天間、コザ、金武・辺野古、首里をめぐります。
 彼らの興味は、旧特飲街、沖縄そばやチーイリチーなどの飲食店や古びたスナック、スージクヮーと呼ばれる細い路地、かつてあちこちにあった映画館、古の街並み、ディープな沖縄を紹介した書物など各般に及びます。それらは、自分が探求したいと思っている沖縄像と重なる部分が多く、すごく参考になります。

 2017年1月に久々に沖縄本島を旅することになりますが、この本からインスパイアされて訪問することにした場所もいくつかあり、それらをめぐることで一層興味深い旅となりそうです。


 榕樹書林がじゅまるブックスの1冊。がじゅまるブックスはこれまでに10冊発行されており、このうち自分が読んだものは、「歴史のはざまを読む―薩摩と琉球」、「琉球王権の源流」、「琉球の花街 辻とジュリの物語」、「沖縄のジュゴン―民族考古学からの視座」で、これが5冊目になります。

 宜野湾市は戦後、中央に普天間基地が整備され、その基地を取り囲むようにドーナツ状に形成された都市。かつて基地内にあった集落は外に押し出され、基地によって国道58号線沿いと330号線沿いに街が分断されてしまいました。
 そのような中で、戦後の地域の再生の一環として青年達によるエイサーが自主的に組織され、地域づくりの大きな力になってきたといいます。
 本書には、宜野湾市内の各エイサーが、どのような経緯でつくられ演じられるようになったのかが各区ごとに詳細に記録され、昔の様子から現代に至るまでの多数の写真とともに、エイサーにかけた青年達の想いが綴られています。

 2007年時、宜野湾市では18の行政区でエイサーが行われていましたが、2015年現在では20の行政区のうち15区でエイサーが行われているとのこと。それらのほか、すでに消滅、合体などによって今はないものも含め29のエイサーが、この本では紹介されています。
 それらは、野嵩、野嵩一区、野嵩三区、普天間一区、普天間二区、普天間三区、新城区、安仁屋、喜友名区、伊佐区(伊佐)、伊佐浜、大山区、宇地泊区(宇地泊)、大謝名区、大謝名団地、嘉数区、佐真下、真栄原、真栄原区、我如古区(我如古)、長田区、宜野湾区(宜野湾)、愛知、神山、愛知区、赤道、中原、上原、中原区。

 過去を振り返ると、沖縄市のエイサーを詳細にまとめた「エイサー360度」(沖縄市企画部平和文化振興課編、那覇出版社、1998)という、エイサーを語る上では欠かせない秀逸な書籍がありましたが、本書はこの体裁に近いものがあります。いわば、本場沖縄市の「エイサー360度」の宜野湾市版と言っていいと思います。
 こういうものをたとえばうるま市や北谷町などもつくって、エイサーの全貌が明らかになれば楽しいのではないでしょうか。

 読んでいて感じたのは、2000年の初頭頃に燃え盛ったエイサー熱は、今も健在とは言いながらも、地域靭帯の希薄化や、沖縄とはいえ少子化も進んだことにより、勢いとしては少し下がり気味なのではないかと感じたこと。そのあたり多少心配なのですが、実際はどうなのでしょうか。
 少なくとも本土側から見て言えることは、エイサーほどカッコいい民俗芸能はそうあるものではありません。大太鼓の低音や締め太鼓の躍動感、ネーネーたちのたおやかな手踊り、旗ムチャーの力強さ、チョンダラーのひょうきんさなど、どれをとっても若者感がびしびしと伝わってきます。それに、練習もハンパではないのでしょう、内地のそんじょそこらの伝統芸能のレベルとは熟練度がてんで比較になりませんからね。

 というわけで、読んでいて面白いし、未来へとつなぐ記録書としても価値のあるものになっていると思います。

 ところで、沖縄の旧盆には久しくお邪魔をしていませんが、エイサーの道ジュネーやオーラセー、ガーエーを見たくなったなぁ。与勝半島方面のエイサーの遊び庭での演舞や、まとめ見ができる沖縄全島エイサーまつりもいいんだよなあ。
 よーしぃよーしぃ、今は我慢だが、リタイアしたら沖縄に長逗留するなどして、必ず見に行くことにしよう。


 自民党一筋で来た男・翁長雄志(現沖縄県知事)はなぜ、ここに来て自民党政権と激しく対立するようになったのか。彼を突き動かすものは何か。
 思えば翁長ほど顔つきが変わった男もいないのではないだろうか。
 私たち本土の人間は、カチャーシーを沖縄の人々と同じように踊ることはできない。しかし両手を左右に揺らして舞う人々の姿から、目を離さないでいることはできるはずだ。 (まえがきより)

 翁長知事の父・祖父と沖縄戦の関わりを中心に、本土・沖縄・米軍それぞれの肉声に深く迫りながら、問題を浮き彫りにし、未来を探る。――という、翁長一族と沖縄の物語です。
 祖父は息子の眼前で戦死。苛烈な沖縄戦を生き抜いた父は、遺骨収集に奔走し、米軍政府と対峙しました。翁長知事を突き動かす苛立ちの根はどこにあるのか。一方で、米兵たちはいまの沖縄をどう見ているのか。
 このあたりが論点となります。

 著者は、1960年生まれ。84年にTBSに入社し、2014年「フェンス~分断される島・沖縄」で第40回放送文化基金賞テレビドキュメンタリー番組優秀賞している方です。15年から「週刊報道LIFE」のメインキャスターを務めているとのこと。

 沖縄タイムスの書評(一部)を以下に引用。

 沖縄で起きている問題の本質を「本土」に伝えるのは容易ではない。在京メディアの一線で長年、悪戦苦闘してきた著者であればなおさら、そのハードルの高さを身に浸してきたはずだ。
 「本土」の空気も、大手メディアの組織の論理も熟知している著者は、「定型化している沖縄報道を何とかできないものか」という、「自分も含めた本土メディアへの強烈な不満」を抱いていた。
 翁長雄志知事が本書の主人公だ。
 「辺野古」を巡って政府と対峙する翁長知事は、著者にも容赦ない言葉を浴びせる。「あなたたち本土の人間は」。インタビューの折に触れて翁長からこう言われ、その都度、著者はたじろぐ。
 「翁長と話していると、自分が本土の人間であることを否応なく思い知らされる」。著者は内面を率直に吐露しながら、翁長の言葉の裏や内奥に何があるのか自問自答を繰り返す。そして、こんな心域に達する。
 「私を含め、本土の人間に、沖縄県民の心の襞がわかるとは思われない。しかしわかろうとすることなしに、どうして基地問題を解決することができるだろうか」

 本書は、翁長知事を生んだ翁長家三代の軌跡を追いつつ、沖縄の戦後を浮き彫りにしていく。筆圧の強さを感じるのは沖縄戦に関する記述だ。現在に連なる基地問題と沖縄の人々の精神性を考える上で、「沖縄戦」は避けて通れない。そう確信した著者はこう記す。
 「翁長家三代の歩みは、まさに沖縄の戦後そのものと言ってもいいだろう。そしてその戦後はまだ終わってはいない」

 強く印象に残った一文がある。
 「本土の人間はいつまで沈黙を続けるのか」
 本土の人間でありながら本土の人間の「醜さ」「狡(ずる)さ」に辟易する。評者が沖縄にいた17年間、そして東京で暮らす今も感じ続けている、己と周囲へのいら立ちを、本書の著者とならば共有できそうな気がしている。
(渡辺豪・元沖縄タイムス記者)

 これを読んで、翁長知事の過激とも映る様々な行動に秘められた核心部分がようやくつかめたような気がしました。


 ちくま文庫の233ページもの。
 初出は1981年といいますから、今から35年前に筑摩書房から発刊され、その5年後の1986年に文庫化されたものを、このたび古書市場から入手したものとなります。

 戦後36年、基地と観光の島と化してしまった沖縄で、女であるがゆえに負わなければならなかった過去に口を固く閉ざし、沖縄戦の深い傷痕をかかえて生きてきた女たちが、ひとりひとりの命こそが宝である世の中を願って、いまその胸のうちを語る。――といった内容のもの。
 これは読まなければならないでしょう。

 著者の真尾悦子(ましおえつこ)は、1919年東京生まれ。主な著書に「たった二人の工場から」「土と女」「地底の青春」「海恋い」「沖縄祝い唄」など。夫の倍弘は詩人。90を過ぎ、眼が見えなくなって介護老人ホームに入っていたようですが、2013年に亡くなられたようです。

 『3年余のあいだ、私は沖縄戦に遭った女の人をしつこく訪ねて、つらい体験を思い出させてしまった。いっそ、狂ってしまいたかった、と述懐した人もあった。いまでも、当時の恐怖から抜けられないでいる人たちなのである。
 何という罪ぶかい所業か、と己れを責める一方で、私はどうしても聞きたいという心の昂りを抑えられなかった。人間が殺し合う、愚かな戦争を、二度としてはならぬ、と痛いほど歯を噛み合わせてあるいた。
 沖縄の人は口が重い。しかし、何べんも会っているうちに、まるで門中の一人ででもあるかのように、家庭料理を振るまい、打ちとけてくれるのであった。』(「あとがき」より引用。)

 戦争体験をした一人の女性は語ります。
 「いまごろになって、ヤマトの人に戦争の話をしてみても仕方ない、と思って、ずいぶん考えたんですけどねえ。・・・これはもう、実際に遭った者でないと無理なんです。わたしが、戦争の夢を見てよくうなされるもんですからね、主人が、キミ、いつになったら忘れられるのかって可哀そうがりますけどね。生きているかぎり、あの恐ろしさはどこへも消えません。死ぬまで、わたしにとっての戦争は終らないんだ、とそう思っています。」(本文より)

 ヤマトンチュに戦争の話をしても仕方ないと思うのは、距離が離れていて理解できないということではなく、ほかならぬ「加害者」に対して話すことになるからであり、そういう思いは沖縄戦を体験した大多数のウチナーンチュが抱いていたのではないでしょうか。
 戦争の犠牲者になるのは、いつも弱い立場にある人たちなのです。


 なかなか面白いし、ためになる本。
 いろいろ書こうと思ったけれど、琉球新報に掲載された沖縄大学長・仲地博の書評がよかったので、まずはそれを以下に移記。

 「わじゃそーいびーん(工事中)」という看板を見てにやりとしたあなた、ハイサイ運動に共感するあなた、沖縄の難読地名を不思議に思っているあなた、そういうあなたにとって、この本はとてつもなく面白い。一つのテーマが2ページから3ページ、新聞のコラム程度の分量で、60のテーマが並ぶ。
 著者は、中国語の歴史(念のため述べるが、中国の歴史ではなく、中国の言語の歴史である)の研究者である。琉球王国時代に学ばれていた官話(当時の中国語の標準語)や琉球語を記した中国資料に興味を持っていたが、やがて琉球語そのものに関心を持つようになったという。
 著者は、語学オタクを自認する。学んだことのある言語は実に十数カ国語という。語史研究の基盤に加え、著者の多言語能力が、琉球語研究の新段階を作ったことは想像に難くない。というのは、琉球語について書かれた文献は、もっとも古いのが、朝鮮語の「海東諸国記」で、1500年ごろの琉球語の発音が分かるという。さらに21世紀になって発見されたフランス語資料には1930年の本島各地の言語が記録されているそうだ(ちなみに首里、那覇以外の言語ではこれが最古という)。ベッテルハイムは、英琉辞書を残している。
 これらの言語に通じている著者の能力が、琉球語の歴史の一端を切り開いている。例を示そう。保栄茂(びん)は、16世紀にはポエモと読んでいたのが、17世紀ボエモ、18世紀ビィーム、18世紀末ビーンと変化し、現在のビンとなったという。単にごろ合わせではなく、文献から発音がわかるというから言語学はすごい。
 著者は自ら余所者というが、琉球古典音楽を趣味としており、沖縄の文化に対する愛着は深い。著者は言う、多様な琉球語をどう残すかは、文字化が重要だと。そして、現代は、それがかつてないほど豊富な時代だそうで、少し心強くなる。なるほど各地で方言辞典が編さんされている。「わじゃそーいーびーん」もその一つなのか。

 また、当書の「はじめに」には次のように記されています。

 本書は沖縄で使われている言葉の現在と過去、そして未来について考えたものである。「課外授業」と称しているように、「しまくとぅば」、つまり琉球語がどのような言葉なのかを、従来とは少し違った視点で、主に外側から眺めてみた。
 まずは著者の自己紹介をしよう。ボクは沖縄に住んでやがて19年になる。生まれは石川県の金沢だが、実家で過ごしたよりも長く沖縄に住んだことになる。もともとの専門は中国語の歴史であり、今も続けている。最初は琉球王国時代に学ばれていた中国語である官話や、琉球語を記した中国資料に興味をもっていたが、琉球語そのものに興味を持つようになった。
 その大きなきっかけとなったのは、琉球古典音楽の三線や笛を始めたことである。安冨祖流のかつてのありさまを彷彿とさせるお稽古の方法や、工工四の歌詞と実際の歌のへだたりは、ボクの探求心を大いに刺激した。そして三線や笛を通して、沖縄の様々な年代の方とお話しする機会を得て、沖縄の言語状況についてたくさんのことを教えて頂いた。島言葉(しまくとぅば)で話をされていた時は、聞き取れない言葉もとびだし、そのたびに質問をしたが、いつも気さくに答えて下さった。こうした地元の方々とのやりとりが本書の内容につながっている。――

 内容としては、難読と言われる地名から入り、保栄茂を「ビン」、北谷を「チャタン」、波平を「ハンジャ」、具志頭を「グシチャン」と読むのはなぜなのかを解説。さらには、漢字と琉球語の関係性や、外国から観た琉球語についてコメント。
 続いて、方言札の功罪、琉球を題材とした歴史ドラマで用いられた言葉などについて述べ、琉神マブヤーなどのヒーローにもっと琉球語をしゃべらせたらどうかなどのアイデアも披露しています。

 言葉の解説書というものは、あまりストーリー性を感じないので、自分にとってはハナから最後まで一貫して読み続けるのがなかなか困難で、途切れ途切れに読むことになってしまいがちなのですが、この本はとても読みやすく、滞りなく読むことができました。


 著者の大田昌秀は1925年久米島生まれ。沖縄師範学校在学中に鉄血勤皇隊の一員として沖縄戦に動員され、九死に一生を得ますが、多くの学友を失います。戦後、早稲田大学を卒業し、琉球大学法文学部教授、同学部長を歴任。

 沖縄戦の教訓が、沖縄の伝統的な平和思想とともに日本国民の共有財産になってほしいと切実に望む著者が、30年以上前の1982年に書き下ろしたものを、知事在任中の96年に文庫化されたものがこの本。その古書を2015年にわずか1円(+送料257円)でゲットしたものです。

 著者が沖縄県知事になったのは1990年(~98年)。95年、米兵の少女暴行事件が発生したことなどを背景として軍用地の代理署名を拒否し、大きな注目を浴びました。
 その頃はちょうど自分がいちばん沖縄に熱かった時期で、社会的、政治的に沖縄はどう変わっていくのだろうかと、不安を上回る期待を持って見つめていたのでした。

 序章から第6章まで。それらは「現在の軍拡状況」、「沖縄の平和思想」、「戦場への道のり」、「沖縄戦と住民の記録」、「沖縄戦の教訓」、「復帰後の基地と平和への希求」。
 このうち第3章にある「住民の証言」の5つの挿話の凄まじさは、圧巻、驚愕、ただ呆然。ウチナーンチュたちが体験したこのような修羅場は、戦場にならなかった本土の人間にはなかなか理解できないのかもしれません。

 そうであるならば政府は、沖縄戦の教訓を日本国民の共有財産にするために適切な対応策を講じなければなりません。しかし著者は「あとがき」で、次のように嘆いています。
 『――小・中・高校の教科書で「沖縄」がどのように扱われているかを調べてみると、愕然とせざるを得ません。・・・戦後になっても1960年頃までの教科書には「沖縄」は欠落したままなのがほとんどです。では現行の教科書では、「沖縄」がどのように記述されているかといえば、大いに問題があります。』
 ――というありさまで、沖縄戦の教訓と沖縄の平和思想とを全国民の共有財産にしたいとの著者の願いはとうていかなえられそうにはありません。

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 10~11月に買った本は、次の9冊です。

1 アンヤタサ!―戦後・沖縄の映画1945‐1955  山里将人 ニライ社 2001.9 古1596
2 どーしてこんなにうまいんだあ!  椎名誠 集英社文庫 2016.10 712
3 カツ丼わしづかみ食いの法則―ナマコのからえばり9  椎名誠 毎日新聞出版 2016.10 756
4 消えゆく沖縄  仲村清司 光文社新書 2016.11 842
5 唄う島へ行こうfeat.観光情報サイト「あまみっけ。」 自然と人が奏でる島 奄美大島  日販アイ・ピー・エス 2016.10 599
6 ニッポン島遺産  斎藤潤 実業之日本社 2016.7 1728
7 首里城への坂道 鎌倉芳太郎と近代沖縄の群像  与那原恵 中公文庫 2016.11 1512
8 太陽の棘  原田マハ 文春文庫 2016.11 658
9 希望の島・沖縄 アリは象に挑むⅡ  由井晶子 七つ森書館 2016.7 古430

 1と9はAmazonの中古市場から、それ以外の7冊は楽天ブックスの新刊サイトからの購入です。
 9月にはひと月で14冊も買ったので、今回は少なめです。結果として厳選された感があり、いずれも興味深そうなものばかり。

 1は、先に「沖縄まぼろし映画館」(平良竜次+當間早志著)を読んで、沖縄の映画史をまとめた先行本としてどうしても読んでみたくなったもの。
 2と3はシーナ本。シーナの本は基本文庫本のみを買うことにしているのだけど、3はバーゲン本ということで、本来1,400円+税の立派な体裁なのに756円で売っていたもの。もちろん未使用本です。
 もっとも楽しみなのは4。沖縄のいいところがどんどん失われていっていると危惧しているのは自分も同じ。移住生活20年の仲村清司がどう感じているのかをじっくりと読み解きたいと思っているところ。
 5は、奄美を題材としたビジュアル版。内容の濃いグラフィック誌がこの価格とはすばらしい。
 6は、島旅ものを書かせたら随一だと思っている斎藤潤の新刊で、表紙の怪物は悪石島のボゼだ。
 7は、与那原恵の力作で、新刊書として発売されたものが高価なので買うのを自重していたもの。それが文庫化されてこのたび発刊。文庫でも1,512円もするんだなあ。
 8は、映画「カフーを待ちわびて」の原作者が描く終戦後の沖縄。実話をもとにした感動作だというのだ。
 9は、沖縄タイムスで全国初の日刊紙の女性編集局長も歴任した由井晶子によるエッセー? 今年7月に発刊したばかりの1,944円+税の本が、「非常によい」のコンディションで送料込み430円で買えるなら買っちゃおうかと。

 本棚にはこれらのほかにも未読本がたくさん出番を待っています。それらの中からどれを手にするかはより取り見取りで、自分の気分次第。
 自画自賛するのもなんだけど、趣味の読書生活とはこうありたいものですよねぇ、うふっ。



 石垣市登野城にある南山舎が発行する「やいま文庫」シリーズの15冊目。やいま文庫はこれまで何冊読んできたのだろうか。読んでいるのは5~6冊ってところなのかなぁ。

 南山舎から刊行されている「月刊やいま」に、1999年から2013年にかけて連載された「むかし八重山」の記事を再編集したもの。
 そしてさらにその元はといえば、1997年に与那国町史別巻として刊行された記録写真集「与那国 沈黙の怒涛 どぅなんの100年」だったようです。それは、町保管の3万枚の写真を3千枚に絞り込み、そのうちの814枚が収録されたとのこと。
 本書には、記録写真集の中からさらに選び抜かれた写真が多数収録され、著者がそれに短いコメントをつける形でまとめられています。

 そのようなことを誰がやっていたのかというと、この本の著者である米城惠氏たちでした。
 米城惠(よねしろめぐむ)は、1941年現・与那国町祖納生まれ。琉球新報記者、リクルートのコピーライターを経て、現在、与那国町史編纂委員、与那国町文化財保護審議委員長、与那国の地名を歩く会会長。沖縄タイムス出版文化賞特別賞、風土研究賞(日本地名研究所主宰、会長・谷川健一)、八重山毎日文化賞などを受賞している人です。

 古代から現代に至るまでのドゥナン=与那国の歴史を、70枚以上の写真とそれらに添えられたエッセーを通して概観することができます。
 著者は、新聞記者当時、記者として先輩だった古波蔵保好から「“写真モノ”を書くときには映っているものは書かない。映っていないものを書くんですよ」とコツを教わったそうです。

 具体的な項目をいくつか列挙すると、「祖先の魂は元屋敷に宿る 「かんぶなが」の華やぎ」、「番所でのきびしい責め苦 生涯消えなかった人頭税の傷痕」、「百年前の子守の少女たち 首飾りに込めたオシャレ心」、「カツオ漁業 なぎわい支えた陰の主役たち」、「《若船でぃらば》で祝福、進水 村営船・帆安丸、台湾航路の主役に」、「国境線消え、にぎわう与那国の海 大阪商船も湖南丸を投入」、「卒業旅行先は台湾だった すべて物珍しい「リトル東京」」、「昭和20年、ある日の与那国国民学校 「やまと先生」柿沼秀男が撮った」、「与那国警察署が独立 密貿易背景に治安対策を急ぐ」、「久部良青年会が「演劇の夕」 闇景気のあとのムラに生気を――と」、「《とぅばらーま》の凄さまざまざ 無欲でつかんだ民謡日本一」などなど。

 与那国の歴史をビジュアルな形で通観できる本が限られる中、「やいま文庫」として、多くの人が気軽に読める形でこの本が発刊されたことは喜ばしい限りです。


 相変わらず奔放な「又吉ワールド」が繰り広げられています。
 舞台は沖縄の島「仲里島」の夏。主人公の小学5年生の寛は夏休みを迎えており、浜で会った隣りの組の鈴子と、宿題の標本にするチョウセンサザエを獲るために珊瑚礁へと分け入っていくところから始まります。

 その後の展開は又吉にしか書けない奔放さ。寛は中学3年生の誠太郎の率いる理不尽な上下関係に疑問を感じつつも、無理強いされる仲間同士の決闘や、罰としての逆モヒカン刈りの「インディアン刈り」、向かいにある半島の子どもたちとの抗争、半島で高く売れるというマングースの捕獲などを体験していきます。
 その一方で、島の大人たちは、島の長老が私的な禁酒令を出し、その実現のために女性や青年たちが「監視隊」を結成して取り締まりにあたります。という具合に、なんだかもう、わけわからずの展開になっていきます。

 それらとは別に、恋の予感ともとれる鈴子に対する少年のざわざわとした感情や、年老いていくエミばあちゃんへの想い、エミばあちゃんのもとにやってくる宗教関係の人などがからんで、混沌さを増していきます。

 そして、又吉作品にいつものように登場する動物。今作は「巨牛」で、島の闘牛大会で圧倒的に強かった闘牛が人知れず海を渡って仲里島にやってきたという設定です。島民が総出で探すものの誰からも発見されず、その後寛たち少年5人だけがそれを発見し、洞窟の穴の中で衰弱して死んだ巨牛を彼らだけの秘密にし、穴を「巨牛の顔」と名付けて彼らの聖域にします。

 このようなさまざまな夏休みの体験を通して、少年たちは半島側の少年たちとの抗争に興味を失い、年上の悪ガキの支配から脱して、大人になる道を少しずつ歩んでいくという筋立てになっています。
 それにしても、純文学にしてはあまりにも自由闊達過ぎるストーリー。次の展開が全く読めない奇抜さがあり、それを馬鹿馬鹿しいと思ってしまえば、又吉作品は読めないでしょう。逆に、次はどんな脈絡不明の展開がやってくるのかと期待して読めるようになれば、彼の世界に浸ることができるのでしょう。
 一気に読んだ自分は、ここにきてようやく後者の仲間入りができたのではないかと思っています。


 全国津々浦々、47都道府県すべての居酒屋をまわった太田和彦だからこそ書ける、渾身の日本文化論。
 居酒屋には風土、歴史、産物のすべてが反映し、酒の飲み方には大いに土地の気質が表れる。たとえば、無口にながく飲む東北人、粋を気取る東京人、女も盛大に酒を飲む高知人、すぐ友達になるが翌日は忘れている博多人。
 居酒屋では誰もが心が裸になる。本音も出れば、土地の噂も。ここは、うまし国ニッポン。さて次は、どこへ行こう。のれんをくぐれば、お国柄が見える。
 ――という、居酒屋の第一人者30年の集大成なのだそう。

 「太田和彦 いい人いい酒いい肴」という番組をずっと見てきているので、この本に登場するいくつかの居酒屋も映像的に頭に浮かんできて、読んでいてとても楽しい。
 北海道から順に南へと下りていき、最後は沖縄で終わります。
 ちなみに、わが山形県は、内陸はいい居酒屋が少ないと一刀両断にしておいて、一方の庄内地方は『海山の幸にたいへん恵まれ、春の筍の孟宗汁、夏の民田茄子、岩がき、口細カレイ、だだちゃ豆、秋の温海かぶ、冬のはたはた、まこがれい、どんがら汁など、その時期に食べねばならぬ旬が「二週間おきにある」豊かな食の地だ』と絶賛しています。
 紹介された居酒屋は、鶴岡の「いな舟」、酒田の「久村の酒場」「まる膳」。

 最後の沖縄県は、「30歳頃に初めて沖縄の土を踏んだときの感動は今もなお、より一層私を魅了してやまない」としたうえで、『牧志公設市場の原色鮮やかな魚たち。二階の大食堂で食べるゴーヤー、島ラッキョー、ナーベラ、ウンチェーバー、テビチ、ラフテー、スクガラス、ジーマミー豆腐、チャンプルー、ソーキ、沖縄そば、イラブー、コーレーグス、サーターアンダーギー・・・。医食同源の流れを汲む食べ物は都会の居酒屋でちょこまかつまむ肴にはない、食べることでどんどん健康になってゆく実感がある』と述べています。(「ナーベラ」など、各食材のカタカナ単語の伸ばし方が少し気になりますが。)
 そして、泡盛古酒の豊かな世界とウチナーンチュの限りない優しさを絶賛しています。

 具体の居酒屋の紹介は、那覇の「うりずん」と「ゆうなんぎい」と「小桜」、宮古島の「ぽうちゃ たつや」の4件。いずれもメジャーな人気店ですね。

 こういう本を読んでいると、無性に居酒屋に行って酒を飲みたくなるので、困ります。


 30代半ばを過ぎてイベント企画会社をしている藤村紀子と、その隣室に住む50歳の主婦吉永香織、26歳の広未(ひろみ)凌子は、年代も性格も違うけれど気の合う仲間。凌子の仕事で沖縄への取材旅行に便乗した紀子でしたが、同じ頃、東京で連続して二人の女性が殺されます。
 日比谷で香織が遭遇した現場の被害者は、紀子の仕事を手伝っていた沖縄出身の仲田琉美子で、死体には星の砂が付いていた――。

 そんな展開ですが、登場人物のネーミングが安易過ぎ。藤村紀子は藤原紀香、吉永香織は吉永小百合、広未凌子は広末涼子からの連想だよねきっと。
 石垣島出身の仲田琉美子はさしずめ沖縄の民謡歌手で芝居シーの仲田まさえあたりがモチーフでしょうか。沖縄らしい名字を使ったということでしょうが、仲田姓は沖縄の北部には多いけど、石垣島にはそうそうある名字ではない、というのが実態ですね。
 ほかにも、石垣島で乗った観光バスガイドの新垣恵理はNHK朝ドラ「ちゅらさん」の主人公・古波蔵恵里(国仲涼子)だし、深名恭子は深田恭子、国島太一は国分太一などなど。
 東京蒲田にある沖縄料理店「ゆがふ」なんて、朝ドラそのまんまの店名じゃん。

 竹富島の種子取祭を中心に物語が展開していくので、とりわけ八重山民俗芸能ファンにとってはたまりません。しかし、文中にはエイサーソングの「唐船ドーイ」が「唐人ドーイ」と紹介されていたり、竹富島の世持御嶽に「よもちみたけ」とルビがふってある(御嶽は、沖縄本島では「うたき」、八重山では「おん」)など、ちぐはぐなところも随所に。なんだかなあという気がしないでもありませんが、そんな変なところを見つけて一人ツッコミを入れる、という楽しみ方もこの本にはあるかもしれません。


 沖縄を占領した米軍は、サンフランシスコ講和条約が締結され「戦時」から「平時」体制へと移行したため、民地を軍用地として使用するためには何らかの法的処置が必要になりました。また、これまで占有していなかった土地についても大規模な土地収用を開始して軍用地を拡張していったため、地主を中心に反対運動が激化していきました。
 沖縄民政府側はこれらに強く抗議。しかしアメリカ側は「プライス勧告」を発し、タダ同然かつ十数年分を一括払いで支払う提案を押し付けようとしたため、保革の枠を越えた全住民を巻き込んだ「島ぐるみ闘争」と呼ばれる反対運動が起き、沖縄各地で「四原則貫徹」を求める集会やデモが行われました。
 この「島ぐるみ闘争」がどのような形で準備されていったかを明らかにしようというのがこの本のテーマです。

 3部構成となっており、第1部は編者が当時の歴史的諸相を概観し、第2部では国場幸太郎に着眼し、国場の自分史的な構成をとりながら時代を描写、第3部では沖縄史の論客たちが同時代の群像の交流の記憶などを記録しています。

 とりわけ第2部は印象的。当時共産党員だった国場幸太郎が生前書き残した遺稿を編者たちが読みやすく手を加えたもので、米CIC本部で受けた不当な手ひどい拷問の様子を記した部分は圧巻です。
 また、第3部では、50年代と現代の落差を結ぶ心情の中に国場を位置付けて記述がなされますが、その試みは当時の精神と論理を現代から未来へと橋渡しする効果がありそうです。

 はじめのうちは展開が今一つ難解でなかなか読み進められずにいましたが、後半になるにしたがって円滑にかつ興味深く読むことができるようになりました。


 沖縄本島随一の観光スポットになっている「沖縄美ら海水族館」。自分の場合ここには、国営沖縄海洋博覧会記念公園といわれた時代、初めての沖縄訪問(1993年)の際に訪れ、その後家族を連れて再び見に行ったことがあります。しかし、「美ら海」になってからは、前の道路を通ったことはあっても、入ったことはないのかもしれません。当時からやっていたイルカのオキちゃんショーは今でもやっているようです。

 この本の著者は、1981年から2011年まで、一貫してこの水族館の館長していた人。だからこそ「美ら海水族館」への想いと愛着は強い内容になっています。
 「世界一」や「世界初」にこだわり、水族館の魅力の大きさをアピールしながら、美ら海水族館が日本の動物園・水族館の中で入場者数トップを走り続けてきたことから、第1章が始まります。
 そして、それを実現するために、「もっと面白いことをやりたい」、「今まで誰もやっていないことにトライしたい」といった、現場の人間の気持ちを大事に育んでいくことが重要だということを、著者の経験を含めて綴っています。

 第2章以下は、「水族館と動物園は何が違うのか」、「水族館の舞台裏―水族館を支える人間たち」、次いで著者の水族館遍歴を記した「“飼育屋”修業時代」、「試行錯誤の日々」、動物を飼育することについての思い入れを綴った「水族館も動物園も“悪行”」。

 その道一筋に人生を歩んできた人の功績や想い、人となりなどに触れることはとても興味深いし、なかなか楽しいものです。