1994年から2004年まで沖縄で暮らした作家・池澤夏樹が記した、沖縄をめぐるエッセイ、書評、インタビュー、講演、掌編小説を、新城和博らボーダーインクの編集者が厳選をして1冊にまとめたもの。
 「沖縄式風力発言」(1997年)以来19年ぶりとなる池澤夏樹の沖縄県産本。沖縄で暮らした10年と、そこで得た様々な思いが書き記されています。
 単行本初収録されるものも多いようです。「コラムマガジンWander」でのインタビューや、「島立まぶい図書館から眺め」に収録していた書評など、ボーダーインクならでのものも多数。
 解説が宮里千里だというのもファンを喜ばせます。

 この本の刊行にあたり新城和博は、「版元ドットコム」というウェブページで次のように書いています。
 「・・・池澤さんと那覇で飲む機会があったので、沖縄に住んでいたころの文章をいろいろ集めて、あらためて本にできないかと話した。文章のセレクトは僕がおおよそ行い、単行本未収録の文章もできるだけ載せる。池澤さんも、沖縄の10年、そしてこの先を考えるにあたって、あらためてまとめることに興味をしめした。
 結局、沖縄に来る前から去った後まで、およそ25年にわたる期間の中から、エッセイ、書評、インタビュー、講演、掌編小説など、さまざまな沖縄に関する文章を収録した「沖縄への短い帰還」は、話を持ちかけてから2年ほどたち、ようやく刊行することになった。
 ・・・沖縄に来た人も、去って行った人も、沖縄に住んでいる人も、それぞれ時間が過ぎ去った。この本を製作しながら、沖縄で生まれ育ち、ずっとこの島にいる僕も、あの“沖縄”としか名づけようのない季節にいたのだと、なんだかずいぶん感慨深い一冊になった。」

 こうしてみると、本というものもまた、人と人とのつながりの中で生まれ、育っていくものなのだなと思う。そして、そういうストーリーこそが、書き綴られた中身をぐっと味わい深いものにするのでしょう。
 内容の一部を紹介すると、次のとおり。

 エッセイなどは、「今なら間に合うヤンバル探検隊」「沖縄人のための越境のすすめ」「おろかな魔物は直進する」「泡盛にあって他にないもの」「四軍調整官による講演の計画に抗議する」など。
 沖縄に関する本の書評・解説で取り上げているのは、「南島文学発生論」(谷川健一)、「八重山生活誌」(宮城文)、「山原バンバン」(大城ゆか)、「高等学校 琉球・沖縄史」(沖縄県歴史教育研究会)、「アコークロー」(宮里千里)、「琉球王国」(高良倉吉)、「料理沖縄物語」(古波蔵保好)、「水滴」(目取真俊)、「恋を売る家」(大城立裕)、「てるりん自伝」(照屋林助)、「ゆらてぃく ゆりてぃく」(崎山多美)、「沖縄おじぃおばぁの極楽音楽人生」(中江裕司)、「街道をゆく 沖縄・先島への道」(司馬遼太郎)、「新南島風土記」(新川明)、「沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史」(佐野眞一)など。
 講演は「太平洋に属する自分」。

 ボーダーインクにしては少し値の張る本ですが、いい読み応えがありました。

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 著者は、震洋特攻隊の隊長として奄美群島加計呂麻島に赴任した経験を持つ作家。1945年8月13日に特攻戦が発動され出撃命令を受けたものの、発進の号令を受けぬまま待機するうちに終戦を迎えました。
 その当時のことを書いたのがこの作品集。代表的な短編作品と言っていい「島の果て」(1948)、「徳之島航海記」(1948)、「夜の匂い」(1952)、「アスファルトと蜘蛛の子ら」(1949)、「廃址」(1960)、「出孤島記」(1949)、「出発は遂に訪れず」(1962)、「その夏の今は」(1967)の8編が収録されています。(括弧内は初出年)

 1978年の集英社文庫の復刊版として、2017年に発行されたもの。
 南海のカゲロウ島に配属された朔中尉。特攻隊長として、常に死を目の前にして過ごす彼は、島の少女トエに出会う。おとぎ話のような二人の恋。戦局が緊迫する中、遂に出撃命令が下る――。(「島の果て」)
 趣の異なる8編を、寄せては返す波のように体感できる短編集。生々しく描かれる感情表現と、やわらかな筆致で綴られる情景描写とが両立することで、島尾戦争文学の存在は決定的なものとなります。

 全体として表現手法が古典的で、センテンスが長く、句読点が少ない文体。少し読みにくいですが、戦争文学の記念碑的な作品でもあるので、一文一文をよく噛みしめながら読みました。そうでもしないと自分のバカ頭にはなかなか入ってこないものですから。
 復刊にあたり、新たに著者近影などの口絵と巻末の年譜が追加されています。



 満84歳になった著者が、それまでに書き溜めてきたものをまとめたエッセイ集を出しました。家族たちがこっそり話し合って、新聞や雑誌、機関誌、広報誌などに書いてきた文章をまとめて出来上がったものであるとのことです。いい話じゃないですか。
 統一性や方向性はないけれども、そのほうが面白かろう、それがエッセイ集だろうと思い直して出版に至ったというのもいい話です。
 古いものでは1958年のものから所収され、直近のものは2011年。半世紀以上にまたがるエッセイ集になっているというのがすごいです。

 儀間進の本はこれまで「語てぃ遊ばなシマクトゥバ」(沖縄タイムス社、2000)、「楽しいウチナーグチ」(沖縄文化社、2009)を読んできていて、自分にとっては3冊目でしょうか。

 儀間進という人は、1931年首里生まれ。琉球大学文理学部国文学科卒で、「琉大文学」にも参加していました。高校教師となり、そのかたわら1970年には個人誌「琉球弧」を創刊。
 82年に沖縄タイムス芸術選賞奨励賞。87年、「うちなーぐちフィーリング」(沖縄タイムス社)で沖縄タイムス出版文化賞受賞。沖縄エッセイストクラブ会員。

 目次から項目をいくつか拾い上げると、「標準語との出会い」「祖父の教え・父の教え」「熊本方言との出会い」「方言論争から40年」「沖縄方言が生き残るとすれば」「ウチナーグチ、自信を持って語りたい」「ユンタクは断髪屋で」「コザ文化論」「ベトナム戦とふんどし」「故郷を失うことでものが見えた」など。

 ウチナーグチとヤマトグチのはざまで引き裂かれ、悩み、苦しみ、ときには落ち込み、しかし自信と誇りを持って、自分のことばとそのことばが生み出す沖縄文化のやさしさを語り続けた著者。
 ユーモアとペーソスにあふれたエッセイたちは、著者の自分史であり、同時代の沖縄の文化・社会史でもあるのでしょう。



 沖縄関連であれば、ジュニア向けだって読みます。(笑)
 「中二の夏休み。英治、安永をはじめぼくら9人は沖縄に遠征した。沖縄の美しい自然が、アコギなリゾート開発業者によってメチャメチャにされてしまうことを銀鈴荘のまさばあさんから聞いたのがきっかけだ。21世紀には紺碧の海がなくなってしまうなんて許せない!と怒りに燃えたぼくらは、手ごわい土建業者を相手にイタズラ大作戦をくりひろげるが……。サンゴと白浜とマングローブ林に囲まれた小さな秘島を舞台に、元気いっぱい戦った真夏の思い出――。」――背表紙から。

 宗田理の本を初めて読みました。1928年生まれというから、間もなく90歳。
 この作品は1991年初出のようです。当時はバブル景気の真っ只中で、リゾート開発が盛んに行われていた頃でした。映画「ぼくらの七日間戦争」(1991年)の原作小説だそうです。

 舞台は八重山の離島・神室島。八重山の人たちはこの島をパナリと呼んでいるとの記載があるので、これは新城島がモデルなのでしょう。過疎化して学童が4人になってしまったとあり、当時の様子が偲ばれます。今はもう、住んでいる人の数がその程度になっています。
 ここに大規模なホテルとゴルフ場ができるという設定ですが、今となってはそれも夢。いくらすごいリッチマンでもここにゴルフをしにくることはないだろうと思います。

 いくら利口な中学生といえども、大人を相手にこううまくばかりはいかないだろうと思わせる場面が多くあり、子どもならいざ知らず、大人が読んでわくわくするものではないようです。

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 3月以降、今日までに買った本は、購入順に次の9冊です。

1 沖縄・離島情報2017-2018 林檎プロモーション 201704 849
2 竜宮歳事記 どんとの愛した沖縄  小嶋さちほ 角川文庫 200601 古477
3 立腹のススメ  宮良長和 沖縄タイムス社 200610 古513
4 オキナワ紀聞  砂守勝巳 双葉社 199806 古351
5 ニッポンの奇祭  小林紀晴 講談社現代新書 201708 古537
6 帰る家もなく  与那原恵 ボーダーインク 201804 1944
7 あの瞬間、ぼくは振り子の季節に入った  荷川取雅樹 ボーダーインク 201803 1836
8 茶と琉球人  武井弘一 岩波新書 201801 842
9 偏向の沖縄で「第三の新聞」を発行する  仲新城誠 産経新聞出版 201707 古401

 いずれも沖縄関係本。1、6~8の4冊は新刊、2~5、9の5冊は古書市場から。
 このところけっこう沖縄本を読んでいて、本棚の未読ストックは少しずつ減少してきています。
 多いときで平積みの山が7つありましたが、今は5つとちょっとで、崩れてきそうな圧迫感が多少は薄らいできました。そうは言っても冊数にすると60冊ほどあり、まだまだなのですが。(笑)

 それは、近時沖縄本をあまり追加して買っていないことにも原因があるわけで、つまりは沖縄に関する面白そうな本がそう多く発売されていないとも言えるのかもしれません。
 この頃の沖縄本の新刊は、その数自体が一時のように多くはなく、内容についても基地問題や沖縄戦、観光などに関するステロタイプなものが中心で、沖縄の地域カルチャーに関するものは激減していると言ってもいいと感じています。
 さらには、新刊発売時に買い残したものをここ数年古書で買い漁ってきましたが、それらもあらかた手に入れて一段落した感じがあります。

 そんな状態でもあったので、本ではなく、久々に買った音楽CDについても書いておきます。
 奄美シマウタの朝崎郁恵の2枚です。これらも中古で格安に。

 CD おぼくり  朝崎郁恵 200505 古2330
 CD うたばうたゆん  朝崎郁恵 200208 古1111



 「伝説を具体的な事物と関連づけること、伝説が「事実」だった時代の想いを共有すること、伝説の信憑性を少しでも回復させること、それが「伝説を歩く」ということである。」――という力強い前口上で、全36編の伝説話が写真と共に紹介されていきます。

 それらは、あまりにも自分の興味の赴くところと合致しているので、全部挙げておくことにしましょう。
 「鬼餅の由来…内金城御嶽」、「識名坂の遺念火…識名坂」、「怪物ガーナー森…ガーナー森」、「普天満宮の由来…普天間権現発祥之地」、「黒金座主…大村御殿跡」、「真玉橋の人柱…真玉橋」、「琉球の開闢神話…ヤハラヅカサ」、「稲作発祥の伝説…受水走水」、「黄金の瓜子…イシキ浜」、「木田大時の占い…木田大時の屋敷跡」、「白銀堂の由来…白銀堂」、「奥武の観音像…奥武観音堂」、「飛び安里…飛び安里初飛翔顕彰記念碑」、「手登根大比屋…フッチャー石」、「袖離れ坂…野嵩石畳道」、「妖怪を封じた経塚の碑…経塚の碑」、「森の川と天女…森川公園」、「浜比嘉島のアマミキヨ…シルミチュー霊場」、「泡瀬ビジュル…泡瀬神社」、「屋良漏池の大蛇…屋良ムルチ」、「赤犬子の伝説…赤犬子宮」、「運玉義留…運玉森」、「多幸山のフェーレー…フェーレー岩」、「金武観音寺の由来…金武観音寺」、「夫振岩の由来…夫振岩」、「源為朝伝説…源為朝上陸記念碑」、「受剣石…テンチヂアマチジの御嶽」、「大宜味のブナガヤ…喜如嘉の七滝」、「天岩戸のクマヤ洞窟…クマヤ洞窟」、「無蔵水の由来…無蔵水の岩」、「宮古島の創世神話…漲水御嶽」、「ヨナタマと継子伝説…通り池」、「マムヤの悲恋伝説…マムヤの墓」、「野底マーペー…野底岳」、「赤口とティラ石…赤口」、「ティンダバナの伝説…ティンダバナ」。

 いやはや、すごい。沖縄を歩き始めてから四半世紀以上が経つのでこれらの大部分については聞いたことがあり、またかなりの場所を現地に赴いて見てきています。
 この中で未踏なのは、ガーナー森、木田大時の屋敷跡、飛び安里初飛翔顕彰記念碑、フッチャー石、野嵩石畳道、運玉森、テンチヂアマチジの御嶽、喜如嘉の七滝、マムヤの墓、赤口の10箇所。
 沖縄の「まちまーい」のガイドブックとしてスグレモノ。沖縄に行く機会を捉えて、この本を参考に、未踏地についても見に行きたいと思います。



 「怪」が日常と隣り合わせに潜む沖縄。この地を包み込む、知られざる恐怖と怪異が今、語られる……。邪悪なものはヤナカジと共にやって来る――。
 TOブックスの「怖い話」の3冊目。ワンパターンなんだよなぁと思いつつ、読んだ小原猛の本はこれで6冊目になります。

 38本の怖い話。各ページは黒い縁取りがしてあり、ページの余白部分が書かれている以上の何かを訴えたそうな雰囲気がいいです。
 カニハンダーとは、神様に取り付かれている、タガが外れているという意味。ほかにもシタナカジ(汚い風)、ヤナカジ(嫌な風)、マブヤーウー(魂の緒)、マブヤーメー(魂の飯)、ターリ(憑依していること)、ジチチケー(術使い)、イチジャマ(生霊)、サーダカー(精が高い)などの沖縄特有のスピリチュアル用語も登場します。

 文章はことさらに怖いところを強調するようなものでなく、むしろ沖縄の死後の世界は現世のすぐ近くにあるのだなと思わせるようなもの。真夏の怪談のように子どもたちを怖がらせる迫力はなく、異界への扉はいつでも目の前に開かれているような錯覚を覚えます。

 著者は「前口上」で次のように記しています。
 私にはすべての話が現実に起きたことだと断言することはできない。ただ、これだけは言えるのである。それが現実に起こったかどうかはともかく、それが起こったと信じている人々は確かにいて、彼らはその体験から大なり小なり、影響を受けているのであると。
 ただ沖縄には怖い半面、優しい神々もいる。神々とは祟りを引き起こすだけの存在ではなく、人々を助ける存在なのである。人と神が協力して調和して初めて、沖縄という存在は実際の価値を見出すのだ。そんな風にも思う。
 とにもかくにも、怖いだけではない、沖縄の不思議な話を聞いてもらいたい。そして沖縄に来たことがない方は、いつか沖縄まで足を運んで、自分の目で確かめていただきたいものである。



 いじめを受けて不登校だった航は、小学6年生の春から「神が宿る」という沖縄の離島・神高島にある施設で新たな生活を始めた。そこで、ミウという赤い髪の少女に出会い、次々に不思議な体験をする。――というストーリー。
 2011年の産経児童出版文化賞フジテレビ賞受賞作です。

 神高島のモデルは明らかに久高島。徳仁港やその近くの売店、久高島宿泊交流館、五穀が流れ着いたとされる伊敷浜などの描写が出てくるほか、北のカベール岬も「クベール岬」として登場します。
 モチーフは、里子を受け入れた海浜留学を題材とした鳩間島の「子乞い」(森口豁著、1985年初出)にも似ています。そして、久高島のノロ、キジムナー、海ぶどう、イラブーなども取り上げられているので、沖縄マニア、特に久高島経験者は楽しく読めるはずです。

 著者の末吉暁子は、1942年生まれの児童文学作家。児童文学の延長にあるので、文章は平易でわかりやすく、文字も大きいので、どんどんページが進みます。
 当作は68歳(2010年)での発表ですが、子供同士の会話や使われる用語に古臭さはなくむしろ現代風で若者言葉なのがユニーク。
 2016年に73歳で病没しています。



 沖縄屈指の作家である著者が生まれ育ったのは、大宜味村大兼久。戦前は漁業の町で、南洋諸島のパラオやペリリューで戦死した人々が多くいる土地柄なのだそうです。
 団塊の世代に生まれた著者は、戦後70年を過ぎて、やっと戦争と向き合える時間を手にすることができたといいます。定年退職を迎え、父や兄が死亡した年齢を過ぎると、父が召集されたパラオのことが気になり、生まれ育った大兼久の戦死者のことが気になり始めたと、プロローグに書いています。

 「戦死者たちにとって、織り成されるはずであった人生の物語はどのようなものであったのだろうか。個々人にとってかけがえのない一つきりのその物語が奪われたのだ。(略) 戦後70年間、郷里のこの土地は、無念の思いで斃れていった人々の血と物語を吸い込んで、空を見上げ、雨に打たれ、風に曝されてきたのだ。運命と呼ぶにはあまりにも悲しいこの想定内の愕然とした事実が、私にこの本を書かせる動機になったと言っていい。」
 大兼久の戦死者一人ひとりに関することについて、著者は上記のような思いで丹念に聞き書きをしています。

 「沖縄タイムス」のページから、2016年8月に書かれた南風原文化センター学芸員の平良次子氏の書評を以下に引用しておきます。

 最近、戦災調査についていろいろ考えることがあった。体験者が話さずにはいられない、あるいは話したくない心境は、聞いている私の人生に大きな影響を及ぼすような気がしてきた。非体験者の私たちがその体験を知るか知らないかで、記憶や記録に残るか否かということだからである。本書を手にして、なんだか胸騒ぎがした。

 この本は沖縄に生きる私たちにとっての沖縄戦という歴史が、「あってほしい未来」に託す大切な人とのつながりや人と地域の歴史物語から教わることの重要さを刻んでいる。
 これまで私がとらえていた沖縄戦の記録や記憶の継承などというカテゴリーを超えていた。戦死者や戦死者とともに生きてきた人たちの記録であるとともに、その「戦争体験者」と現在を生きてきた戦後生まれの人たちを重ね合わせた「物語」であるのだ。
 また著者が地元の戦争体験記録を「私をも変革してくれた」と記されたように、あらためて親しい人たちの戦争の記憶に向き合った日記のようでもあった。

 私がこれまで読んだ戦争体験証言や記録と明らかに違うのは、語り手の言葉がカギかっこで書かれていること。それに聞き書きをする自分自身の感情、同行した人たちの様子をも含めて文章化されている点だ。それは戦争体験者の話をどのように受け入れているか、という記録でもある。
 戦争犠牲者(あえて本書はそう書かれている)の話を非体験者がどんな気持ちで受け入れたのかは、これまで読んできた戦争体験記録からはなかなか見えない事であった。主人公が体験者そのものだからだ。なるほど、聞き手、書き手の様子も同時に記録表現する、そういうやり方もあるのかと新鮮であった。体験者の声を常に聞き取る自分の生き方に反映させることを意識している、と思った。
 また沖縄国際大の田場裕規先生の解説は今後の沖縄戦の記録や伝える作業で意識したい重要なことを示唆してくれた。



 1995年発刊の、ラジオ番組派生本。
 琉球放送ラジオで、平昼の時間から放送された人気番組「ふれ愛パレット」に寄せられたFAXや手紙をなどで構成されている本。ホントにいろんなものがごちゃまぜになって掲載されており、それぞれに脈絡がないので、めまぐるしいぐらいの内容になっています。

 20数年前の本をなぜ買ったかというと、いまや代議士としてよくテレビに出てくる玉城デニーのタレント時代を知りたかったから。
 与那城村(現うるま市)生まれで、父は沖縄の米軍基地の駐留兵士。ケースワーカー、ミュージシャン、営業マン、内装職人、PA会社社員、バンドマネージャーなどを経験して、1990年頃から放送業界へ。その後「ふれ愛パレット」のパーソナリティでブレークし、2002年9月、沖縄市議会議員選挙に無所属で出馬してトップ当選。05年9月の衆院選に沖縄3区から民主党公認で出馬して落選。09年8月の衆院選に再出馬して初当選。

 あるウェブページの対談で、ラジオDJをしていた頃から政治を考えていたのか?との問いに、「考えるわけないよ!毎日ロックンロール(笑) タレントとしてデビューしたのは30代くらいです。30代後半になって、将来自分が何をやりたいかと考えたときに、いろんな人たちに会って勉強をしたかった。そこでいろんなことを学んだ。本当はNPOを立ち上げて下支えをしたかったが、一度はタレントとして表に立ったのだから、最終的に表に立って政治家をやろうと思った。「二足のわらじだ」とボロクソ言われたり、「議員になって苦労しなくてもいいさ~」とも言われた。議員になってほしくないという人もいっぱいいたが、なにか世のため人のためにできるならと思って議員になった。」と答えています。
 沖縄県内に駐留するアメリカ軍基地の県外移設・撤去を求める一方で、アメリカ軍に代わる自衛隊による沖縄の防衛の必要性を主張している政治家です。

 なお、沖縄都市モノレール「ゆいレール」で流れる車内アナウンスは、日本語・英語共に富原志乃によるものなのだそうです。



 「NPO現代の理論・社会フォーラム」の古川純という人物の編集によるもの。このNPOは、「一般市民を対象に、現代の理論状況の打開に向けて、機関誌の編集・発刊やウェッブ上でのマガジン発行などを行い、新たな理論構築と社会への提言、その普及に関する事業を行い、人々が文化的な生活をすることが出来る社会の実現に寄与することを目的と」しているのだそう。大仰な感じがしないでもありません。
 八重山出版界の雄「南山舎」のやいま文庫のNo.16です。やいま文庫シリーズはこれまでに何冊読んでいるのだろう。
 「「八重山の今」を考えるヒントがこの一冊には凝縮されている。尖閣問題、教科書問題、与那国と自衛隊、新空港の未来など、岐路に立つ八重山の現が、島の歴史や暮らし、祭祀芸能、台湾との関係などを背景に浮かびあがる。「沖縄」とひとくくりにできない「八重山」の特性が見えてくる。」――というもの。

 具体的には、島の歴史、台湾と八重山、島に生きる、祭祀行事と芸能、八重山の現在に分けられ、現在における「八重山の社会と文化」を考える内容になっています。
 「「オヤケアカハチ」の乱とはなにか」、「八重山の人頭税時代」、「明和大津波の痕跡を探る」、「竹富島の「うつぐみ」と祭り」、「波照間島の苦悩と誇り」、「尖閣列島をめぐること」、「八重山教科書問題の問題点」、「「夕凪の島」の著者大田静男の予言」、「新空港と八重山の未来」など、全25編。
 執筆者は、古川純のほか、島袋綾野、松田良孝、飯田泰彦、森永用朗、山根頼子、はいの晄、砂川哲雄、大田静男。
 現代の八重山を考える上でのひとつの基本の書と言っていいでしょう。



 沖縄県の最高学府である琉球大学の独創的な知の蓄積を本に――。
 太平洋域、東南アジア、中国、そして日本も含めた経路に位置し、大きな流れを形成してきた沖縄の学と思想や、沖縄からの視点である「南からのやわらかいしなやかな智」を、現代社会に示したいとの観点から、平易にわかりやすく示したものとなっています。

 第1部は、南から読む歴史・文化・思想。「沖縄の「法」の見方」、「世界につながる沖縄の自治と未来」、「沖縄近代史を考える」、「移動する沖縄の人々」、「アジアにおける国際物流と那覇空港」、「沖縄の多言語社会を考える」、「漕ぎだそう、うちなあじあの海原へ」、「東アジア漢字文化圏と琉球」、「越境する沖縄の大衆音楽」、「宮古上布物語」。
 第2部は、南から見る地球・自然・人間をテーマとして、「ウルトラマンがいっぱい」、「亜熱帯沖縄の冬の寒さと動物たち」、「GPSで見た琉球弧のプレート運動」、「沖縄の空気」、「科学の力は若者に夢と希望を与える」、「地域の素材を加工する」、「南の島のインターネット」、「ニワトリいろいろ」、「沖縄の肉用牛」、「沖縄のヤギ」、「豆腐ようの歴史とサイエンス」、「遺伝子側からヒトと病気をみる」、「宿主と寄生虫の相互関係にみる共存の妙」、「南の腫瘍放射線医学」、「やわらかい国際島嶼保健」。

 自分の興味の赴くところに任せて本を選んでいるので、日頃ほとんど触れることのない自然科学系の読み物がむしろ新鮮。執筆者たちはものすごく気を遣って書いているようで、中学生でもわかるぐらいの言葉遣いですから、自分もそれなりに理解できます。
 このうち「豆腐ようの歴史とサイエンス」には触発されてしまい、訪沖時に豆腐ようを買ってきて、酒の友にしているところです。

 「やわらかい南の学と思想」シリーズはその後も続刊が発売され、現段階で「4」までいっているようです。



 コシマキには次のような記載があります。
 「若き野戦指揮官と800名の部下の激闘。本土決戦のために捨て駒とされた戦場・沖縄での無謀とされた総攻撃。そのなかで任務を達成し、終戦の日まで闘い続けた唯一の部隊「歩兵第三十二聯隊第一大隊」の軌跡。沖縄戦の真実を描いた本格的ノンフィクション。」
 「太平洋戦争を通じ、米軍陣地を突破して目標に到達できた唯一の戦例、“棚原の戦い”。指揮を執るのは、幼いころから軍人を志した伊東孝一という青年であった。彼は士官学校在学中から軍の教育に疑問を持ち、苦悩しながらも、自ら考え、学び、戦場に立った。圧倒的戦力を持つ米軍を前にしてなお、旧来の戦術に固執する自軍の中で、彼はどのような判断を下し、いかにして部隊を率いて任務を全うしたのか―。気鋭の著者が、ロング・インタビューと手記をもとに描く本格的ノンフィクション。」

 「歩兵第三十二聯隊」は、霞城連隊と呼ばれた山形の連隊。おらがくにの連隊ということもあって、沖縄戦史に触れるたびに注視していて、糸満の「やまがたの塔」近くにある「歩兵第三十二聯隊終焉の地」の碑も見に行ったことがありました。
 そしてその大隊長・伊東孝一は、沖縄第32軍高級参謀八原大佐から 「日本軍で最も優秀な大隊長」 と称され、日本のみならず米国・英国などでもその戦闘は高い評価を得ている人物です。
 いったい彼はどういう人物なのだろうかと、興味を持って読みました。

 「恥ずべきことは、私が生き延びたことです」
 と、伊東は言った。卒寿をこえてもなお、多くの戦友や部下の死を背負ったまま、彼は生きているのだった。
 “大東亜戦争”は、やむにやまれぬ戦争だったと言う者もいる。
 しかし、この戦争は不毛だった。
 大隊長として米軍と直接に矛を交えた伊東は、そう確信している。
 しかし一方、この戦いこそ戦術家を志し、戦いに全身全霊を捧げた伊東の、青春時代の貴重な足跡なのだった。(「はじめに」から)

 著者は、1974年生まれの気鋭のジャーナリスト。太平洋各地の戦場だった地域を多数訪問して、日本の近現代史をテーマに執筆活動をしているとのこと。あまり好きではないゴーマン・グループのよう。
 著作には当書のほか「女ひとり玉砕の島を行く」(文藝春秋、2007)があり、これもストックしているところです。



 奄美大島観光物産協会が中心になり、奄美大島の各自治体と連携してまとめられた観光情報誌。
 「あまみっけ。」という奄美大島の観光情報サイトがあり、それがベースになっている模様。東洋のガラパゴスとも言われる奄美大島の美しさ、自然の偉大さ、豊かさ、そして唄い継がれている島唄を紹介するガイドブックになっています。

 「島唄と奄美大島」の記事が冒頭に置かれ、続いて、知れば知るほど好きになる奄美大島の魅力を8つのセクションに分けて紹介しています。それらは、美しい海、時を忘れるサンセット、手つかずの大自然、ここでしか会えない動植物、鶏飯をはじめとする郷土料理と食文化、大島紬などの特産品、様々なアクティビティ。第3章は、エリア別の観光スポットを紹介しています。
 最後のほうには、中孝介と元ちとせのインタビューと、それぞれのお勧めの場所や食べ物が載っています。

 魅惑的な写真と記事が満載なのに、公的機関が宣伝のために作っているので、555円+税と格安で手に入るのもうれしいです。
 読んでいてまた鶏飯が食べたくなりました。ヤンゴで飲むのもいいなあ。



 島旅ライターの第一人者による、「後世に残したい自然・文化を抱く40島」。
 以下、ウェブ書店の「内容紹介」を引用。

 海を越えてたどり着く「島」という環境は、まさに古き良き時代のものの宝庫。
 日本各地の有人島をほぼすべて踏破している著者が、日本の島々に息づく文化や自然の素晴らしさを見つめ、面白いもの、注目しておきたいもの、そして後世に残していきたいものを“島遺産”として選定しました。
 秘境中の秘境ともいわれるトカラ列島・悪石島の仮面神ボゼや、美しいフクギ並木のたたずまいを残す渡名喜島、そして世界遺産・屋久島の太古の森など、島という隔絶された世界であるからこそ守られてきたもの、そして時代の流れとともに変わりつつあるもの……、長年にわたって島を訪ねてきた著者ならではの視点で、その実情を見つめています。
 また、太平洋戦争で激戦地となった硫黄島をはじめ、軍艦島のかつての廃墟群、瀬戸内海にある四阪島など、一般には上陸できない島を訪ねた時の貴重な体験記も収録。
 原始的な祭りから、その島にしか咲かない花、島の恵みが与えてくれる“お宝”の数々など、「こんな日本がまだあったのか!」と、島国・ニッポンの奥深さを再認識できる1冊です。

 掲載されている島々のうち琉球弧関連は、登場順に以下の12島でした。
 黒島のプーリィ(豊年祭)、奄美大島の平瀬マンカイ/油井の豊年踊り、悪石島のボゼ、パナリ(下地島)の暮らしの痕、渡名喜島のフクギ集落、徳之島の石垣集落、北大東島の燐鉱石、西表島の森に響く音、諏訪之瀬島のサンゴ礁、屋久島の太古の森、竹島のデメタケ。

 写真もきれい。たちえば黒島のプーリィの写真は海岸の陽射しが八重山そのもので、すごく感じが出ています。
 こうして見ると、日本の民俗も捨てたものではなく、まだまだ見るべきものが多いと思ったところです。



 著者は、1944年東風平生まれで若くして上京、神奈川県で高校の教師を務め、2003年に退職。
 「沖縄戦で父を失い、更に兄もなくして、17才でふるさとを後に、住み込み店員として上京した筆者にとって、本土での43年間は、ただひたすらに「思郷」の一念ではなかったでしょうか。」と、作家・早乙女勝元は述べています。
 詩作、文芸、写真、平和活動、登山などに造詣が深い方で、2010年に逝去した模様です。

 2005年発刊の本。著者直筆のサイン入りの古書を11年後に1円+送料で入手しました。表紙の琉装の踊り手が印象的で、沖縄の書店では何度も手に取ったことがあり、この価格なら買わない手はないだろうと考えてのものです。
 沖縄へ里帰りするたびに著者には新たな発見や出会いがあり、それらを自らの詩と写真で読者と共感したいとの想いで、おそらくは自費出版でつくったものと思われます。

 詩の行間から想いを読み取るという作業は苦手なので、テキスト部分はあまり読まず、ぱらぱらとめくりながら主に写真部分を眺めてさらりと読み終えました。
 心を込めて読む気にならなかったというのが正直なところですが、その理由は古書の体裁があまりにもよくなかったからです。
 カラー写真を掲載する上質紙仕様の各ページが水分を吸って歪み、くっついてしまっているのです。それを丁寧に剥がすと、紙の表面には一面カビが……。こんなにひどい古書が送られてきたのは後にも先にも初めてのことです。
 各ページをティッシュで拭いて読みました。それでもカビ臭さは残り、ごわごわ。伝票の添え書きには「あとがきや奥付けに若干シミがあり、書籍に少しゆがみひずみがありますが、それでもよければ」……と。おふざけを言ってはいけません。出店者名を公表したいところですが、それは我慢しましょう。
 沖縄本は基本蔵書としていますが、これに限っては廃棄となるでしょう。

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 2月の8日から12日にかけて、沖縄本のまとめ買いをしました。
 それらは次の12冊です。

1 多良間島幻視行  波多野直樹 連合出版 201802 1944
2 神様の棲む診療所(2)  竹村優希 双葉文庫 201712 619
3 一九四五年 チムグリサ沖縄  大城貞俊 秋田魁新報社 201712 864
4 Happy islandの本8  FM沖縄、多喜ひろみ ボーダーインク 200808 古301
5 ほんとうの琉球の歴史 神人が聞いた真実の声  渡久地十美子 角川フォレスタ 201110 古1173
6 尚円王妃宇喜也嘉の謎―ほんとうの琉球の歴史2  渡久地十美子 ボーダーインク 201303 古970
7 ツタよ、ツタ  大島真寿美 実業之日本社 201610 古351
8 アンマーとぼくら  有川浩 講談社 201607 古322
9 緑の風景 わたしの挿話たち100  大城立裕 沖縄タイムス社 200706 1680
10 走れ思徳 続「琉球王女百十踏揚」  与並岳生 琉球新報社 201712 1836
11 本日の栄町市場と、旅する小書店  宮里綾羽 ボーダーインク 201711 1728
12 キジムナーkids  上原正三 現代書館 201706 1836

 1、2、11、12の4冊は楽天ブックスから。
 3~8の6冊はAmazonからで、そのうち3だけは新品。
 9と10の2冊は那覇のジュンク堂書店で購入したもの。

 5以降の8冊については、2月9~12日に沖縄に行ったときに那覇のジュンク堂書店で沖縄本をチェックして、欲しいと思ったもの。それらをいったんネットで調べ、ネット上で売っていない2冊は現地で買い、それ以外は古書と新品にてネット通販で買ったものとなります。

 わずか5日の間にずいぶんがっつり買ったなぁという印象。
 当分は読むものがなくなる心配がなくて精神衛生上とてもいいのですが、書棚の一角が未読本の山となっており、とうとうその一角に収まりきれなくなってしまいました。
 未読本は何冊溜まっているのか数えてみると、ざっと75冊ほど。つまり、自分にとっては約1年分のストックがあるということになります。

 それではまず、書棚を整理して収納スペースをつくることにしましょう。
 そして、読まなければ。



 琉球新報に2005年4月から1年半にわたって連載されたもののよう。
 単行化された著者作品のなかでは13本目のものです。

 沖縄本島で脚本家を目指すものの何度も賞に落選した諒太郎は、心機一転を図ろうと故郷の離島・湧田島で民宿をはじめようとします。宿泊客から奇人を探して脚本のモデルにしようとの企みです。
 又吉作品に登場する他の主人公男性と同様に、いつも優柔不断で、自分の言いたいことを心でぐっと止めるような性格の持ち主です。

 その諒太郎の周りを、幼馴染である修徳や、猛雄、秀敏、安七、徹などの村役場関係者が脇を固めています。しかし彼らはいずれも考えに芯がなく、前言を簡単に翻すような軽い男たちです。
 そこに、本島から島にやってきた周子、周子と入れ替わるようにやってきたその娘のクミ、これも本島から来て役場で短期就労する文学少女の千穂子などの女性が絡んで、つかみどころのないナンクルナイサ的な又吉ワールドへ。(笑)

 そしてさらに、戦争体験者の長老、千穂子の文学パートナーの夢遊病者、霊能者のナベおばあ、魚の眼を好んで食べるキジムナー男、毒のような薬をつくる秘薬老女、島のあちこちに落とし穴を掘る自然保護運動家の与儀、全身皮膚病のミイラ少女、CM制作会社の伊波などが次から次へと登場し、小さな離島を舞台に様々なことが起こります。

 それらはいずれも一般的に見れば奇異なことばかりで、普通の離島でよく起こるようなこととは到底思えません。
 もしかしたらそれらは、作家の脳内をシュールな形で表現しているのかもしれないとは思ってはみるものの、パーツパーツはそれぞれがつくり話の喜劇でしかなく、読者にとって脈絡のない喜劇はダジャレの連発を聞かされているのと同様にあまり楽しいものではありません。

 著者本人はこの作品について、「登場人物に自分が歩んできた軌跡を分け与え、60年の人生すべてを島という器に込めた作品です。今の都会の人は感情を抑え、自分を偽っている。でも、物語の人物はみんな赤裸々で言いたい放題、やりたい放題。自分をさらけ出せば相手だって自分を出す。それが調和した共同体を作るのではないでしょうか」と語っています。

 そうかもしれません。
 しかし、このような島は、現実としてはどこにもないことは確かでしょう。
 心境を包み隠さずに言えば、「結局この小説で何が言いたかったの?」。
 池上永一の描くようなエンターテインメント小説にはなりきれていないし、いちおう純文学なのだろうとの想定で読んでいる身にとっては中途半端であり、あまりぱっとしない読後感が残りました。

 氏の6年ぶりとなる15冊目「時空超えた沖縄」(燦葉出版社、2015)がすでに手元にあるので、近々それも読みたいと思います。

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 2017年の10月末から年末までに買った本は、次の12冊です。

1 埠頭三角暗闇市場  椎名誠 講談社文庫 201711 820
2 OKINAWA 宮古島の悪魔祓い  和久峻三 光文社文庫 200608 古258
3 私の前に、最後の女  草凪 優 徳間文庫 201405 古258
4 古食堂味巡り  嘉手川学 編集工房東洋企画 201210 古341
5 沖縄県営鉄道殺人事件  辻 真先 講談社ノベルス 199007 古258
6 シャングリ・ラ  池上永一 角川書店 200509 古281
7 太田和彦の居酒屋味酒覧〈決定版〉精選204  太田和彦 新潮社 201612 1080
8 橋ものがたり  藤沢周平 実業之日本社 200702  古358
9 新装版 霧の果て―神谷玄次郎捕物控  藤沢周平 文春文庫 201009 古346
10 新装版 闇の傀儡師(上)  藤沢周平 文春文庫 201101 古258
11 新装版 闇の傀儡師(下)  藤沢周平 文春文庫 201101 古356
12 夜の橋  藤沢周平 文春文庫 201107 古261

 新品で買ったのは1と7のみで、あとは古書。古書は安く買えてとてもいいのです。

 沖縄関係は2~6の5冊。このうち3は沖縄を舞台とした官能小説で、その類の本を買うのは初めてのことです。なかなか好みの沖縄関係本の出版がなく、とうとう官能小説にまで手を出してしまいました。

 8~12の5冊は藤沢周平。概ね発行年代順に読んできていて、今回購入分は初出が1980~81年のものになります。

 ほかはシーナと太田和彦です。



 2017年中に読んだ沖縄関係本の50冊目。
 「風車祭(カジマヤー)」「テンペスト」「トロイメライ」「統ばる島」などに続く前作(「黙示録」2013年)から4年ぶりとなる、632ページの大著。沖縄からボリビアに移民する者たちの物語であり、デビュー23年にして初めて沖縄戦を取りあげた作品。
 過去1年間に最も面白いと評価されたエンターテインメント小説に贈られる山田風太郎賞(主催・角川文化振興財団など)の2017年の受賞作です。
 著者は2015年、ボリビアの沖縄県人移住地「コロニアオキナワ」へ渡って取材し、物語を構想。選考委員の京極夏彦は、「圧倒的なスケール感と情報量をさばく巧みさ、小説としての深みがずばぬけていた」と評価したとのことです。

 筆致はいかにも池上永一。主人公はパワフルで超人性を遺憾なく発揮しているし、場面展開が速くて目が回るようだし、沖縄特有の「マブイ」も大活躍。たしかにエンターテインメントとしては優れていると感じるものの、ストーリーが多元的で、それについていくのに多少の苦労が必要です。それでも、厚さのわりにはどんどん読み進めることができました。

 ウェブ上にあった末國善己(文芸評論家)の書評が適切だったので、以下に引用しておきます。

・沖縄からボリビアへ、魂の奔走
 故郷の沖縄を描き続けている著者の4年ぶりの新作は、第2次大戦後に沖縄県人が南米のボリビアに移民した知られざる歴史を題材にした壮大な物語である。
 沖縄戦を生き抜いた少女・知花煉は、過酷な経験によってマブイを落としてしまう。戦後の闇市で成功した煉だが、表に立てた男が共産主義者だったことからアメリカ陸軍の諜報部に追われる身となる。ボリビアへ逃走した煉を待ち受けていたのは、農地とは名ばかりの原生林だった。
 重労働に加え、大河の氾濫や疫病が移民を苦しめるが、煉は、女子プロレスラーのカルメン、日系3世のイノウエ兄弟の協力もありしたたかに世を渡っていく。転んでもただでは起きないパワフルな煉には、読者も勇気がもらえるだろう。
 だが米軍諜報部は追及を諦めておらず、煉は生活を守るため、親米派と反米派が争い、ナチスの残党が暗躍する南米で政治がらみの危険な仕事を請け負う。その頃、煉から分離したマブイは革命家のゲバラと恋仲になっていて、煉の本体もキューバ危機へと向かう激動の渦に巻き込まれる。
 南米文学のマジックリアリズムの手法を取り入れてきた著者が、冷戦下の南米を舞台に選んだだけに、歴史小説、幻想譚、国際謀略小説などの要素が詰め込まれ、面白さも増している。
 ソ連に備えるため米軍基地が増強された沖縄を離れた煉だが、一種の棄民として沖縄県人が送られた南米は、冷戦の最前線だった。この展開は、日本の戦後復興が、二重三重に沖縄の犠牲の上に成り立っていた事実に気付かせてくれる。
 沖縄戦でマブイを落とした煉は、戦争を嫌い、ゲバラの武力革命にも懐疑的だった。そのため煉は、マブイを戻して自分の中の戦争を終わらせ、平和をもたらすために奔走する。この終盤が感動的なだけに、ハッピーエンドを拒み、沖縄の怨念が決して過去の問題ではないと突き付けるラストには、衝撃を受けるはずだ。