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 さあ、最後はパーシャクラブだ!
 恒例、新良幸人のコスプレは、今年は誰に変身するのか、衆目が集まります。安室奈美恵? 大阪なおみ?
 登場した幸人は、サングラスに白い上下のアップスーツ、背中にカタカナでジャパン。ああ、あれだ、日本ボクシング連盟の山根明終身会長! なにやらしゃべり出した幸人ですが、そのしゃべり方が山根会長そのもののようで、これには大笑い。
 そのまま男臭~く「海の彼方」をうたいます。



 これまでならおふざけはステージの最後まで続くことが多かったのですが、ゴリの言うコンプライアンスとやらのためなのか今回はここまでで、アップスーツを脱いだ幸人はおなじみの赤シャツに黒のパンツ姿に変身。曲は「東バンタ」へ。
 今回の幸人はあまり酒が入っていないようで、ぐっと真面目な感じ。淡々とした歌い方のため、あまり盛り上がっていないようにも見えます。
 ベースは今回も女性。本来メンバーの神村英世は体調不良のため昨年の琉フェスを欠場したのだけど、その後も思わしくないのだろうか。

 次は「五穀豊穣」。いつものラインナップではあるけれども、今回ちょっと違うのは、ここで夏川りみが再度登場して一緒に歌ったこと。すると客席の後ろのほうから前方へと観客がなだれ込んでいき、総立ち状態に。サンデーの「イーヤサーサ!!」の掛け声も軽快。ここが今回の琉フェスのピークだったかな。

 次はバラードの「満天の星」。しっとりとした響きがあっていい感じ。
 いつもなら最後はパーシャクラブの独壇場となり6曲ぐらいはぶちかますので、まさかこれでは終わることはなく、次は何だろうと待っていると、幸人は観客に「愛してるよ~♪」と叫んであっさり終わってしまいました。
 おい、これでは物足りないだろ。飲み方が足りないからこうなっちゃうんだろ、ゼッタイ。
 うーん、今回は全体として低調だぞ、琉フェス。

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daiku tetsu

 5番手は、満を持して大工哲弘+苗子+伊藤幸太。
 大工はピンクの開襟シャツに三線、その奥様苗子サンもピンクのウシンチーで琴を前にしています。三線と横笛と琴。さあ八重山民謡が始まるぞといった雰囲気がいいです。

 1曲目は「月ぬ美しゃ」。日比谷野音の空に月は出ていないけれども、♪ ホーイーチョーガ・・・といい感じ。
 2曲目は、よなはが太鼓でサポートして、これはなんという曲なのだろう、八重山の雑踊りに使われるたとえ唄のようなさっぱりとしたもの。

 ここで大工がMC。「レジェンドが琉フェスに帰ってきました!」って、フツー自分で言うかな。
 安室奈美恵が引退した後は自分が大工哲ヒーローだ!とか、私も沖縄民謡「安室」流の師範です!とか、半分ダジャレのような発言もいつものとおり。
 大工が自分で言っていたけど、40数年前の1974年に日比谷野音で初めて開かれた琉球フェスティバルにも、大工は出場しています。当時のメンバーは大部分が彼岸へと旅立ち、残っているのはこの大工と大城美佐子ぐらいになってしまいました。

daiku naeko

 3曲目は、この時間に名護で行われているとぅばらーま大会に届けと発言して、「とぅばらーま」。
 4曲目は、板橋の沖縄県人会長さんの太鼓で「六調」。
 5曲目は、大工がにぎやかしを演出したいときにうたう「くいちゃ踊り」。苗子が琴から離れてステージ狭しと飛び跳ねるようにして踊ります。四半世紀前と変わらずポニーテールにした黒髪が揺れて愛らしい。
 「これからはサービス残業」ともう1曲、「さよなら港」を。苗子の踊りはますます冴えて、最後は出船を演出し、観客に向けて紙テープを投げまくりました。このノリは2003年ごろに一世を風靡した石垣島白保の「白百合クラブ」のものと類似。八重山にはそういう風土があるのでしょう。

 大いに盛り上がったところで、ガレッジらとともに夏川りみが登場。これはサプライズです。
 楽屋に来たところをゴリらがステージに引っ張り出したようで、夏川はノーメイクで「眉毛を書いていない」とのこと。客席の最後列付近から見ているので、その表情がはっきり見えないのがちょっぴり残念です。
 「来年は夏川りみ20周年でーす!」とアピールするものの、ワンフレーズだけでいいから歌ってほしいというゴリのリクエストに、プロダクション契約が邪魔をしているのか抵抗を示す夏川。しかし、「(その場面を)ムービーとかに上げるのはやめてね」と強く言いながら「涙そうそう」をうたってくれました。

yonaha toru

 ゴリは酔っ払ったか、次の出演者を「大工哲弘~!」と紹介しましたがそうではなく、琉球オールスターズでは地味な役回りを担っていたよなは徹が、ここからはバンドを従えて再登場です。

 従来のステージで見たようなヘヴィな形の導入ではなく、レゲエブルース調の前奏。何をいくのか興味津々で見ていると、1曲目は「チョンチョンキジムナー」でのスタートでした。ははあ、こういう始まり方は珍しいかも。
 相変わらずよなはの三線のキレは秀逸で、これまでの唄者の弾くものとは質が違います。徐々にスピードを速めていき、観客を煽ります。

 その後はいつものペースに戻り、2曲目は「花の風車(カジマヤー)」。途中に「シュンサーミー」を挟んで。
 3曲目は「屋慶名クヮーデーサ」。三線早弾きのモーアシビ曲で、今これを早くしかも正確に弾ける人はそう多くないのではないか。
 そしてそのまま「唐船ドーイ」へと曲は移り、観客はここにきて大盛り上がりとなります。暗くなってきた時間帯で、ステージ側から観客席に向けた逆光線照明が聴く者のリビドーを刺激します。やはり「唐船ドーイ」は盛り上がるなあ。

 さんざ盛り上げた後は暗転してやさしいピアノの旋律。最後はスローバラード調の「満月の夕」。よなはのステージは最後が総立ちというのが多いだけに、今回は新たな構成。これ、よかったんじゃないかな。

 恒例の三線投げ入れは、今回はなし。それでもよなはは投げ入れ用の三線をケースに入れて準備してきていたようで、今回は司会アシスタントの久保田直子アナ(テレ朝)にプレゼントするということで収まりました。

oshiro misako  tokuhara seibun

 3番手は琉球オールスターズ。この琉フェスのために手を組んだ唄者たちで、ひとつのユニットというにはビッグネームばかり。なので、その個性をひとつに統合、昇華することは難しいでしょう。
 だってそのメンバーは大城美佐子に徳原清文、元ちゃんこと前川守賢ですから。それらのシージャ方を恐る恐る太鼓でまとめるのがよなは徹。加えて琉舞が真境名由佳子というのですから。

 ステージ中央に徳原と前川が並んで椅子に腰かけ、それをよなはが太鼓でサポートして、1曲目は「加那ヨー」。
 曲調はゆったりめで沖縄民謡特有のグルービーさが滲み出ています。舞踊曲なので、こうなると上手から赤いティサージを肩にかけた真境名が登場して華やかに踊ります。
 徳原の歌い方が渋い。民謡をうたいこなすだけではなく、日頃から舞踊や組踊の舞台でも地方として唄三線をやっているので、むしろ踊りが入ると生き生きとうたえているような印象です。あと10年もしないうちにこの人は唄三線の人間国宝になるかもしれないと思いますが、どうでしょう。

maekawa shuken  majikina yukako

 2曲目は、前川がリードをとって「ヒヤミカチ節」。
 ♪ 我んや虎でむぬ 羽付きてぃたぼれ 波路パシヒック 渡てぃねゃびら・・・
と威勢よく。琉フェスでこの歌を聴くと誠グヮー(登川誠仁)が思い出されます。
 3曲目は、徳原が「浦波節」を。おおっ、いよいよ十八番を繰り出してきたぞという感じ。この唄独特の音階をもつ長めのウタムチがマニアを泣かせます。

 そしてここから大城美佐子が登場。彼女が好んで着る紫色のウシンチー姿です。女性らしくきちんと足をそろえて椅子に座り演奏態勢に入りますが、大城を紹介したよなはも彼女が何をうたい出すか知らない様子で、太鼓を叩いていいものかどうか迷っています。
 でもって選んだのが「白雲節」。うひゃあ、最高の選曲ではないですか! しっかりと7~8番ぐらいまでうたってくれました。
 夕闇に響き渡る白雲節。東京の空に沖縄の島々が見えるようです。大城の隣りに嘉手苅林昌が立っているのではないかと思わせるようなすごさがありました。イーチュグイ(絹糸声)といわれる声は健在。しかし大城美佐子も82歳。声量は多少落ちているのは致し方ないところでしょう。

 ゴリによれば大城は今でも毎日飲むそうで、ステージに立つのは緊張しないとのこと。そして「美佐子」と名の付く沖縄女性はクセの強い人が多いと笑いをとります。古謝美佐子のことを言っているのは琉フェス参加者なら周知のこと?

sato anna

 2組目は、里アンナ。
 小さいころから奄美シマウタ界では有名人でしたが、今時NHKの大河ドラマ「西郷どん」の主題歌を歌ったことで注目され、今年大ブレークしました。
 2016年から佐々木俊之というドラマーと組んで、シマウタにキレのよいアレンジを加えて活動をしているとのこと。奄美シマウタのリズムは一般的にはチヂン(太鼓)が刻むものですが、そうではなくドラムでというのは異色です。

 運動神経はあまりよくないという話から発展して、ゴリからスキップを披露するよう仕組まれて、琉フェス初出場なのにいきなり笑い方面へと持っていかれる里アンナ。
 しかし自分の持ち時間が始まるや、無伴奏でシマウタらしい節回しを高々とした声で朗々と。その声量には度肝を抜かれます。

 1曲目は「山原(やんばる)」という曲。♪ アレよいよい、コレよいよい・・・。
 2曲目に、今や伝説となっている盲目のウタシャ里国隆がやっていたようにハンディな鉄琴を持ち出し、それを弾きながらうたうのは「糸繰り節」。すごい声だなあ。歌の技術もすごいけれども、この人は声そのもので勝負できる人だな。
 3曲目は、アカペラでやってみたいと発言して、今がいちばんの歌い時であろう「西郷どん」のテーマを。
 4曲目は、やっと三線を持って、♪ エー、ヨハレェー・・・と「豊年節」。ドラムのリズムに合わせたロック調の「豊年節」は新鮮です。

 さらに「行きゅんにゃ加那節」、「ワイド節」。
 初めて聴いた里アンナでしたが、実力は十分で、自分の中では中村瑞希と肩を並べるか、クセがないだけ里のほうが上かもといった位置づけとなりました。
 幼少期には元ちとせと覇を競った間柄ということで、世間的にも再評価され始めているようです。
 これは2017年発売のCD「ANNA SATO X TOSHIYUKI SASAKI」を聴かなければなりません。



 トップバッターは宮沢和史。ゴリによれば、宮沢はヘルニアのため2年以上ステージに立つことができず、これが復帰ステージとなるとのこと。
 6人編成のバックバンドを従えて、1曲目は「シンカヌチャー」という曲。
 ♪ 二才達 二才達 あの海を越えていけ・・・
 口説調、つまり七五調の小気味のいいもの。これはかつて日出克がやっていた演奏スタイルとよく似ていると思う。

 2曲目は、「ハリクヤマク」をロック調に編曲したもの。この曲はこう編曲するとこうなるのか。カッコイイじゃん。メンバー中の唯一の女性がボーカルをとります。
 3曲目は、成底ゆう子などもうたっている「ダイナミック琉球」。今年の夏の高校野球の応援でもよく耳にした曲です。
 これもその女性がリードボーカルで、これまた口説調。声がいいなあ、宮沢のステージをすっかり持って行った印象。この女性、誰なんだ?!

 4曲目も同様の曲調。宮沢の粘っこい歌い方はあまり好きになれないのだけど、この日の彼にはそういうところは感じられず、伸び伸びとうたっている印象でした。
 彼は沖縄県立芸術大学で非常勤講師をしているそうです。沖縄音楽を深く学ぶと日出克同様にヤマトめいたこういうところに目が行くものなのかもしれません。

 で、最後はあの名曲「島唄」。一時代を風靡したものなので、宮沢が観客にマイクを向けるとかなりはっきりした音で歌詞が聴き取れるような大合唱に。スバラシイ!
 そのあとゴリが言っていたけど、「島唄」が流行ったのは何年前? 誰もがこの曲に思い出らしきものを持っているよね、との話。調べてみると、シングル発売が1993年なので、世に出てからもう25年にもなるのですね。

 また、謎の女性唄者はゴリから大城クラウディアだと紹介され、ナルホドと唸ったところ。成長したなあ。彼女はたしか我如古より子のもとで民謡修行をしていて、かつて琉フェスにもソロで出たことがあったはずです。

 琉球フェスティバル東京2018に参加してきました。
 その備忘録を8回に分けて掲載します。



 今年の琉球フェスティバル東京開催は、9月23日(日)。翌日も秋分の日の振替休日で3連休なので、1泊2日で観に行ってきました。前日まではぐずつき気味の天気だったのに、この日は晴れ。寒くもないし、野外開催としては最高のコンディションでした。

 今年の出演者は、八重山民謡の第一人者大工哲弘とその妻苗子、2010年以来のフルバンドでの出演となる宮沢和史、今や琉フェスの顔とも言えるパーシャクラブ、島唄界の若き天才唄者よなは徹、現在放送中の大河ドラマ「西郷どん」のメインテーマ歌唱でも話題の奄美の唄者里アンナ、そして、現在の沖縄民謡界を代表する大城美佐子・徳原清文・前川守賢(ゲンちゃん)に真境名由佳子の琉舞が加わる・琉球オールスターズ。司会はもちろん、ガレッジセール!

 まずは毎年恒例、開演前には東京沖縄県人会がエイサー演舞で雰囲気を盛り立てます。スローテンポな演奏スピードで始まったラインナップは、仲順流り~クーダーカー~安里屋ユンタ~スーリー東~いちゅび小~ヒヤミカチ節~唐船ドーイ。
 毎年見ているけれども演舞はゆるーい感じで、沖縄本土の青年会のようなキレを求めてはいけません。緩く、緩く。曲の間のつながりも流れるようにとはいきません。

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 ガレッジセールの二人が元気にステージに登場して、いよいよ開演。東京開催は23回目となり、ガレッジたちの司会も11回目となるのだそうです。
 また今回は、芸能界からのパワハラ排除、コンプライアンスの確保の観点から、出演者への酒の強要はなしデアルとのこと。琉フェス名物だった観客からの酒の差し入れと、それを一気に呷るゴリと川田が見られなくなるのも、ひとつの時代の流れということなのでしょうか。

 ここまでに、入場してすぐにゲットしたオリオンビールと缶チューハイ各1本を空けてしまいます。8時過ぎに家を出て、乗り物以外はずっと歩いていたから、汗をかき喉が渇いていたのですね。

 一時八重山民謡の中心的存在だった「ウムザ」こと山里勇吉が逝去した、との報に触れた。
 2月9日から那覇に行っていて、沖縄タイムスを読んで知ったのだった。

 マイクを使っているのだろうと思って聴いていたら、それが地声だったというぐらいの圧倒的な声量には驚愕したものだ。
 NHKの番組で観た石垣島白保の豊年祭で、行列の先頭に立って唄い歩く山里はふつうのオジサンなのになぜかCOOLだった。
 桜沢有理のプロデュースで、晩年の嘉手苅林昌と二人で本島と八重山の同名異曲を収録したCD「うたあわせ」(1999年)は実に白眉だった。
 映画「ナビィの恋」(1999年)でアブジャーマー男となった山里は、“トゥバラーマ”、“月ぬ美しゃ”、“ロンドンデリーの歌”とともに空手の型まで披露した。
 NHKテレビ「ちゅらさん2」(2003年)では古波蔵恵里の祖母ハナ(平良とみ)の婚約者・大浜豊を好演した。

 その山里も、享年92歳だったという。
 また一人、沖縄民謡界の巨星が堕ちた。残念でならない。
 この世にはもう、嘉手苅林昌も、照屋林助も、登川誠仁も、いない。時代は、このようにして少しずつ変わっていく。



 以下に2月10日付の琉球新報電子版を引用しておきます。

・山里勇吉さん死去 八重山民謡の大御所、92歳
 八重山民謡の歌手山里勇吉さんが(2018年2月)9日午前4時28分、肺がんのため宜野湾市内の病院で死去した。92歳。
 山里さんは1925年石垣市白保生まれ。16歳のころから三線を始め、57年に開かれた八重山全島とぅばらーま大会で優勝を機に、本格的に八重山民謡を学ぶ。声量、声の高さ、美しい節回しで、多くの人を魅了した。
 大工哲弘さんなど多くの後継者育成にも励んだ。八重山音楽安室流保存会師範、琉球民謡最高師範。99年県無形文化財「八重山古典民謡」保持者。長年県社会福祉協議会資金づくり芸能チャリティー公演の実行委員代表として企画、運営に関わり、2005年度の県功労者として表彰された。
 告別式は11日午後3時から4時、浦添市伊奈武瀬1の7の1、いなんせ会館。喪主は八重山音楽安室流室山会理事長の名幸諄子さん。

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 さて、トリは、パーシャクラブ。
 恒例の、幸人がどんな仮装をして現れるかが注目されるステージでしたが、今回は・・・ブルゾンちえみでした! これまで「変身」してきたアナと雪の女王やりゅうちぇるには恐ろしいものを見たときに覚える鳥肌感覚があったものですが、今回は案外似合っています。(笑)
 語りには、女性国会議員のパワハラ発言の「このハゲー!」、「ちがーだろー!」などが入って、場内爆笑の渦。いやはや、最高。幸人は声よし、歌よしだけではなく、芸人としても十分にやっていける才能を持っていると思う。
 今回は、酔い具合が軽い感じ? そういえば、ガレッジの二人も飲んではいるけれども、例年よりはかなり抑えて飲んでいる印象でした。スケジュールもびっしりのようで、ゴリは最終のフライトで沖縄に戻ったとかで、この段階で不在となっていました。
 でもって、演奏のほうはあまり新鮮味がなくいつものとおりの感が強いです。「海の彼方」をいつもよりもややスローの安定した演奏で終え、新曲だという2曲目は過去の楽曲とあまり変わり栄えしていず、パーシャの限界は近いか?!と思わせるところも。
 最後は「五穀豊穣」と「東バンタ」で、いつもながらの大盛り上がりとなります。まあ、セットリストがワンパターンなので、幸人の変装も必要なのかといううがった見方も。
 気がついたけれども、ベースが女性。あれ、神村英世は? どうやら体調不良につき休養中のようでした。

 そしてフィナーレ。参加者全員がステージに再登場し、みんなでうたいます。
 まずは「安里屋ユンタ」を仲宗根、桑江、我如古、徳原、よなは、新良、下地らが。続いて「豊年音頭」をよなは、我如古、仲宗根、またよなはが。
 この2曲だけで、19時45分、わりとあっさりと2017年の琉フェスが終わったのでした。

 今回は、琉球オールスターズ以外はアーティスト同士のからみが少なかった印象があります。「組み合わせの妙」は何だったのか。琉球オールスターズがそれだったの? 年に1回のお祭りなのだから、もっと様々なコラボレートがあってもいいのではないでしょうか。過去にはそういう企画がいろいろあっただけに、今後ここでしか見られないような企画に期待します。
 それから、今回も奄美のウタシャが不在だったのは残念。
 ともあれ、今回は天気もよくて、よかったです。また来年!

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 5番手は、よなは徹バンド。よなはが4人をバックに従えてヘヴィに。
 酒持ってこいの「サイサイ節」、はベースが効果的で、続く「新エイサー節」ではよなはの三線がキレキレ。三線の切れ味という点では、今の沖縄音楽シーンでは彼がいちばんなのではないか。
 ここで、よなはのシージャ(先輩)でもある護得久流民謡研究所会長の護得久栄昇が登場。独特の風貌と話術は秀逸です。
 「写真やビデオはどんどん撮ってかまいませんからね、私に著作権なんてありませんから、どんどん撮ってインターネットで配信してくださいね」には大笑い。
 「誰(たー)がシージャか」といううたを。「誰が先輩か!」という歌詞に「ヤッケーシージャ!」(厄介な先輩だよ)と観客が返すのが楽しい。

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 護得久は1曲だけで下がり、その後はよなはのノリノリステージ。
 ロック調の「花ぬカジマヤー」はよなはオリジナル、続いて「屋慶名クーヮデーサ~唐船ドーイ」で最高潮に。
 最後はいつものとおり三線を観客席へ放り投げます。ゴリの実況中継?によれば、観客席では6人ほどが争奪戦を繰り広げており、スタッフ数名が間に入って誰が獲るかをジャンケンで決めることに。決まるまで2~3分はかかっていたようです。

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 6番手は我如古より子。
 緑色の鮮やかな着物で登場。「緊張しています~」なんて言っていたけど、本当はどうなのか。(笑) だって彼女、永年コザの「民謡ステージ姫」で歌ってきているわけですから、けっこう堂々としたものです。
 そして、今は那覇国際通りのハイサイおきなわビル(喜納昌吉&チャンプルーズやネーネーズの店と同じビル)で営業している(2016年8月から)とちゃっかり宣伝も。物腰柔らかでチャーミングだから、こういうこともより子オネーサマには許されるわけで。
 うたうは十八番ばかりがずらり。デビュー曲の「娘ジントヨー」、これもジントヨー系の「池間美童」、別れ旅うた系の「女工節」、最後は合いの手を求めて「ケーヒットゥリ節~山原汀間当」。
 ウチナーンチュならみんな心に沁みついている歌ばかり。最後の曲では、ちょうど雲間から月が顔を出しており、それを見上げながら ♪さやか照る月にジントヨ、誘わりてぃヨー・・・ に観客一同 ♪ケーヒットゥリヒットゥリ・・・と歌いだしました。チラシの「山原汀間当」もノリノリ。うーん、いいなあ、琉フェス。


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 次は、琉球オールスターズ。徳原清文・よなは徹・仲宗根創・大湾三瑠・浜川恵子の5人です。
 ゴリが徳原に、演奏後に先生はよなはのように観客に三線を投げないのかと問うたところ、「これは150万するんだ」と大慌てで固辞。こういうところを見るにつけ、かつてコミックグループ「ザ・フェーレー」にも参加した御仁ではあるけれども、根はチョー真面目な人なのではないかと思われます。
 よなはが、それぞれに流派があるためにこのような組み合わせは沖縄では難しく、東京だからできる――ということを話して、清文(せいぶん)シンシー(先生)を引き立てながら演奏開始となりました。
 「油断しるな」は、今は亡き登川誠仁を思い出させ、その愛弟子の仲宗根の揺らぎのある歌声なんて誠グヮーそのもののよう。浜川の琉球筝が入ることによって、曲全体がきらびやかになります。
 その後「富原(とぅんばる)ナークニー」、「浜千鳥節」、「いちゅび小~ハリクヤマク」。
 最後には琉球舞踊安座間本流師範の大湾三瑠によるガマク(腰)ふりふりの雑踊りが加わって、大いに盛り上がりました。三線の早弾きが自然とカチャーシーを誘引しました。

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 4番手は、9年ぶり5回目出場の桑江知子。
 前回登場のときにも思ったのだけど、この人、琉フェスに呼ぶのにふさわしい人物なの?
 沖縄生まれだけど九州育ちで、中央のプロモートデビューでふつうのJポップ系でしょ。
 「琉フェスは三線弾かない人は出られないんですよ」とは、ある沖縄ミュージシャンの言。ボクもそうするほうがいいと思う。
 しかし1曲目は、まがりなりにも三線を持ち、♪シュラヨイシュラヨイ待ちかにてぃ・・・という、沖縄風の「月詠み間(ちちゆみま)」を。佐原一哉の作詞なのだそう。まあ、これで出場するための禊ぎをクリアしたということかも。
 次は1979年に大ヒットしたデビュー曲「私のハートはストップモーション」。つまりデビュー38年目。こういう曲でも盛り上がるものになったのですね、琉フェスって。
 その後はTHE BOOMの「風になりたい」と、我如古より子の持ち歌「うんじゅぬ島」を。
 「うんじゅぬ島」は母がわが子を想い歌ううた。我如古による大人の色っぽさと深い愛情が感じられる溜息まじりのうたい方ほうがいいと思うけど、琉フェス帰りの夜に自分が口ずさんでいたのはこの曲。印象深かったということなのでしょう。

 毎年秋、恒例となっている「琉球フェスティバル東京」を観てきました。
 東京開催は今年で22回目。開催概要は、次のとおり。
  10月1日(日)東京・日比谷野外大音楽堂  開演16:00 ※雨天決行
  出演:古謝美佐子/我如古より子/パーシャクラブ/よなは徹バンド/桑江知子
     THE SAKISHIMA meeting(新良幸人×下地イサム)
     琉球オールスターズ(徳原清文・よなは徹・仲宗根創・大湾三瑠・浜川恵子)
  司会:ガレッジセール



 前日から東京に泊まり、夜、そして当日の朝にも居酒屋をはしごして、日中埼玉県の川越まで足をのばして「小江戸」の風情を眺め、15時半前に会場へ。7,500円の当日券を買って入場です。
 客の入りは、ほぼ満員ですが、後ろのほうには空席があり、毎回後方で全体を俯瞰する格好で見ていますが、今年は周りがスタンディングになっても座ったままで前が見える程度です。

 主催者のM&Iカンパニーによれば、今回のキーワードは「組み合わせの妙」と「女流」の2つだというのですが、はたしてどんな感じなのでしょうか。
 15時40分、いつものように東京沖縄県人会のエイサーでスタートし、15時55分にガレッジセールの二人とテレ朝の久保田直子アナが登場。5分余りしゃべって、定刻16時、いよいよ開幕です。

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 トップバッターは、ザ・砂かけババア(ゴリ談)こと、古謝美佐子。
 ハデハデの胴衣(どぅじん)、裙子(かかん)風の姿で登場。脇を固めるのは夫でもある佐原一哉、そして「琉神」のエイサー太鼓です。
 披露した曲は「アメイジング・グレイス」、「国頭サバクイ」、「童神」、「ナークニー~カイサレー」の4曲。
 美佐子独特のハリのある声が相変わらず冴えわたります。「国頭サバクイ」などは迫力さえ感じるぐらい。しかし63歳ともなると、やや息継ぎの一瞬あたりに微妙な衰えを感じないわけにはいきません。
 また、佐原の奏でるシンセサイザーの音が割れ気味で、金属音のような音が耳に響いたのがやや残念でした。
 美佐子はガレッジらと砂かけ合戦をしながら楽屋へ。おもしろいおばさんです。

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 2番手は、新良幸人と下地イサムによるTHE SAKISHIMA meeting。
 まずは、ミャークフツが入るテンポの速い曲。なんていう曲? 下地のギター掻き鳴らしと新良のスタッカートの入った三線がいい。歌詞に「ニヌファーマイ」とか入っていたようだけど、不明。
 続いて、幸人が「二人で書いたマグロの歌を聴いてくれ!」とアピールして歌い始めたものも、沖縄民謡という感じではないような曲だけど、不明。最近聴き込んでいないからなあ。
 3曲目は「Jingo~夏至南風(カーチバイ)」。77の口説調の歌詞と、♪ササッ、ササッ、舞い遊ば ササッ、ササッ、世ばなうれ・・・の愛の手のキレがいい。
 最後は名曲「ダニーボーイ」を二人で。幸人の声が特にすばらしい。ハモりの部分も絶妙で、ざわりと来るぐらいでした。

ryufes-tky 2016

 そしていよいよフィナーレへ。
 出演者全員がステージに勢ぞろいして、すっかり酔っ払って呂律が怪しいゴリの「何をうたうんですか」の問いに大工が「安里屋ユンタ」と答えて、まずはそれを。観客もそろってサーユイユイと。正調、星克作詞の本土普及歌詞、ネーネーズグループの歌詞と3種類でうたわれる。
 さらに何曲かいくのかと思っていたら、次はもう「唐船ドーイ」。よなは徹や幸人などがうたい、園田エイサーの旗頭が揺れてそれなりの雰囲気が出たものの、これがうたわれるということはもう次はないわけで、ここで打ち止めに。
 終了時刻は19時45分頃だった。

 全体としての感想。
 琉フェスの伝統として、琉フェスでしか見られないアーティストたちのコラボがあったものだが、今回はそれが極めて少なかったことは残念。かつての名場面としては、喜納昌吉とその父昌永のコラボ、何十年ぶりかでのオキナワ・チャンズ(古謝美佐子・我如古より子・玉城一美)の復活などがあったものだが、そういうシーンはすっかり影を潜めてしまった。また、様々なプレイヤーのステージングに参加していたよなは徹は今回は自分の出番以外登場しなかったことも少々残念。

 また、「琉球」フェスティバルを名乗るなら奄美のウタシャははずせないと思うのだが、今回は皆無だったのは寂しい。琉球弧全体をカバーできていないこのような形が続くとするならば、イベントの名称を「沖縄フェスティバル」に改称しなければならないのではないか。

 ついでに言えば、竹中労が1974年に始めた頃の琉フェスが民謡中心だったことを思えば、もっと民謡を復権させてもいいのではないかと思う。
 民謡主流の血脈は、実はこれまでは大阪開催が引き継いできていたのだが、それが昨年以降途絶えてしまった。このことは、竹中労以来の琉フェスの潮流を知る者にとっては、琉フェスの正統性の喪失と写るのだ。

 さらには、ずっと琉フェスを育て、支え続けてきた男、知名定男は何をしているのか。琉フェスを20年やってすっかり満足してしまったようだが、知名は再度立ち上がるべきだ。まだ70ちょっとになったばかりじゃないか。
 さもなくば、シージャ(先輩)方から知名が引き継いできた沖縄民謡の「血統」を、自らしっかりと誰かに引き継がなければならないはずだ。知名はそれをしてきただろうか。

 ほかにもいろいろと思いはあるが、愚痴っぽくなるのでやめよう。
 だが、主催してもらえる人々にお願いを申し上げたい。ここに、そして日本の至るところにも、かつて竹中が感動しながら紹介し続けてきた沖縄らしい音楽の神髄を聴きたくて待ちわびている人々がたくさんいることに思いを致してほしい。
 とりわけ、大阪開催は復活ならないものだろうか。あれはよかったのだけどなあ。
parsha 201610

 最後に登場したのは、パーシャクラブ。
 このところの琉フェスは、すっかりパーシャクラブが幅を利かせている。彼らはそれだけの力量を十分に備えているので格別の不満というものはないのだが、どちらかと言えば民謡系から沖縄音楽に触れ始めた自分としては、琉フェスで彼らが主役だというのはどうもストンと落ちないでいるところだ。
 かつては嘉手苅林昌、登川誠仁、知名定男、大城美佐子、大工哲弘など、民謡の重鎮たちがトリをとったものだ。

 今回も幸人は誰かに変装して登場。「ゆきちぇるで~す!」というのだけど、それって誰?! オジサンは知らない。
 あとで調べてみると、「りゅうちぇる」という沖縄県読谷村出身のタレントがいるのだそうだ。幸人はその彼を真似ていたようなのだが、困ったことに真似をされてもそれが似ているのかどうか、こちらはまったくわからないのだった。(笑)

 でもって、演奏内容はいつもとあまり変わらず、「海の彼方」、「五穀豊穣」、「東バンタ」、「満天の星」のラインナップ。上地正昭のギターが冴えわたり、サンデーの掛け声が間奏に響く。

 トピックとしては、「五穀豊穣」で動きのぎこちない女性ダンサーが数名ひょこひょこと出てきたと思ったら、それはうないぐみのメンバーだったこと、「東バンタ」にチアキが三板で参加したこと。
 パーシャのノリは、正直言っていつもよりもテンションが低めだっただろうか。曲のテンポ自体が微妙に遅かったし、幸人の歌い方が慎重というか、たどたどしかったというか。つまりは、だいぶ酔っていたということか?!
unaigumi 201610

 6番手は、うないぐみ。
 佐原一哉がプロデュースする、古謝美佐子、比屋根幸乃、宮里奈美子の初代ネーネーズの3人に島袋恵美子を加えたオバサンユニットなのだけど、ネーネーズが大活躍していた沖縄音楽全盛時代を知る者にとっては懐かしさのあまり、彼女たちがステージに立つだけである種の感動を覚えるものなのだ。
 まあ、あれから10数年、年齢も体型も変わったけど(笑)、歌声を聴けば当時の輝きはボクたちにはしっかりと蘇ってくるものがある。

 1曲目は、曲名がわからないのだけど、2年前の琉フェス東京でも彼女たちが2曲目にうたっていたもの。勉強が足りませんナ。単なるユニゾンなのだが、沖縄の島唄の心地よさが伝わってくるいい曲。
 2曲目は、「みなとーま」。八重山民謡のこの曲も、佐原のシンセサイザーによってこういう仕上がりになるのか。♪ マタカイショリヨー スーリ・・・
 続くは、初代ネーネーズのメドレーということで場内大喝采。ラインナップは「DAY~O!(バナナボート)」、「テーゲー」、「黄金の花」。そうそう、このゆるゆるとした感じから一転シリアスというのがネーネーズの持ち味だったよなあ。

 そして締めは、名曲「童神」。♪イラヨーホイ・・・のサビ部分ははじめのうちは幸乃が、後半は美佐子が。
 美佐子の発声法は独特で、こういう歌い方はほかの人は真似ができないだろうな。また、幸乃の高音は相変わらず冴えている。今の4代目?のネーネーズは若くてソツがないが、ステージ上の彼女たちのような個性があるかというとまだ疑問である。
daiku 201610

 5番手は、大工哲弘 with 大工苗子。
 演奏前のMCでゴリは、かつて大工がステージ上で苗子夫人に「もっと前へ出て踊れ」と命じていたのを見て、大工を亭主関白だと言ってからかい、笑いをとる。そのすぐ後ろに出てきていた苗子夫人が極めて冷静なのが面白い。

 最初のうたは「月ぬ美しゃ」。苗子は琴、ほかに笛と太鼓が入って、雰囲気はぐっと八重山モードだ。あたりはすっかり暗くなり、ここにぽっかり月でも見えたなら完璧なのにな。
 2曲目は「安里屋節」。さらに「いやり節」、「とぅばらーま」と続いて、ここまでは民謡シフト。

 大工は鳩間島音楽祭に参加したという話をして、次は「鳩間の港」を。
 ♪ 船は出ていく 鳩間の港・・・ さよならさよなら 手を振れば 船は行く行く 鳩間の港・・・
 この曲を聴いて思い出すのは、2007年の琉フェス大阪。加治工勇がうたったこの曲に合わせておそろいの黄色いTシャツを着たスタッフ数十人が、手に手にティサージを持って踊りながらステージに登場し、第13回琉フェス大阪の名場面として語り草になったのだった。

 そして、それまで静かに演奏を見ていた数列前の女性が、突然手にタオルを持ち、そのときの踊りを見事な手さばきで再現したのだった。
 これには鳥肌が出るほどに感動。美しいなあ(後ろ姿しかわからないけど)。もしかしたら彼女は10年ほどの過去となってしまったあの時、ステージの側にいた人なのかもしれない。

 大工は興が乗ったと見えて、もう1曲「さよなら港」をうたう。これも鳩間島関連。苗子がステージ前に躍り出て、雑踊りか、石垣島のガーリーか、はたまた優香のばか姫かというようなはっちゃけた踊りを披露。最後は懐から数本の紙テープを取り出して、船を送るかのように会場に向かって投げ込んで見せたのだった。
 これにより、大工のステージはなんだか苗子夫人が総取りしていったような印象で、ゴリの話していたこととは真逆の結果になったようだ。
sonda 201610

 陽が傾いて、そろそろステージを照らすライトがいかんなく力を発揮する時間帯になってきた。
 そんな中、4番手として登場したのは園田青年会。言わずと知れた、沖縄エイサー界に君臨する実力ナンバーワンの青年会です。

 まずは地謡がじっくりと「しゅうら節」をうたって聴かせ、こちら側がその奥深く渋い声にう~むと唸っているうちに、大太鼓、締太鼓の音がどどんと鳴り始める。よーし、エイサーだ!!
 いつものように南嶽節から始まって、途中だいぶ省略があったように聴こえたが、仲順流り~久高まんじゅう主~シュンサーミー~トゥータンカーニー~海ヤカラー~テンヨー節~いちゅび小~固み節~花ぬカジマヤー~唐船ドーイと流れるように。

 気になっていた編成は、大太鼓3、締太鼓6、旗持チャー1の全10人。エイサーとしてはいかにも小編成で、手踊りの女性軍・男性軍、チョンダラーなどが不在だし、ステージ上だけでの演舞にとどまっている。そんなわけで、これが園田エイサーだと思われては困るぞという物足りなさを感じてしまった。ホントはもっとすげえんだかんなっ、園田青年会は。
 きっと10人というオファーの中で精一杯の対応をしたということなのだろうと思うけどね。

 でも、彼らの足の上げ方などの所作の徹底ぶりや、乱れのない隊列維持、くるくると回すように叩く太鼓の撥さばきなどは、ただただ惚れ惚れするばかり。このレベルって単なる青年会の出し物の域をチョー大きく超えていると思う。
 旧盆の時期のコザで、道じゅねーやガーエーを見たくなってしまったなあ。
chiaki 201610

 3番手はしゃかり。琉フェスには10年ぶりの出場になるのだそう。
 しゃかりは御存じのとおりボーカルのチアキとパーカッションのカンナリのコンビ。民謡マニアの自分としては正直言って彼らを沖縄のポップスユニットだという認識をしており、これまでほぼノーマークのグループだ。
 二人のコンビとはいっても、フィーチャーされるのはもっぱら女性のチアキ。44歳? かわいいじゃん。ちょっと太めに感じられるあたりが大人の女らしくてステキだ。やさしい声がとても魅力的で、歌う姿もアピール力があって好感度高し。
 そんな彼女は酒を飲むとすごいらしく、酔った彼女のあられもない姿を目の当たりにした夫のカンナリが「そんな妻が残念だ」と発言した逸話をゴリが面白おかしく披露した。

 1曲目は三線が入らず、琉装の踊り手が二人登場する中でワタシの知らない歌をうたう。「笑って」という曲?
 琉フェスというこのステージで三線が入らず、琉球音階でもない歌。そんな曲を聴いていると、コレハ琉フェスではなくただの歌謡ショーじゃないかという疑問も感じたり。

 2曲目は、今度は雑踊りの男女に扮した踊り手が登場し、♪ 琉フェスむさむさ ディアングヮソイソイ・・・の合いの手を観衆に要求して、独自にアレンジした「谷茶前」を。原曲とはずいぶん雰囲気が異なる形にアレンジされている。これに合わせて踊る舞踊家も大変なのではないか。ドラムはカンナリで、上地正昭もベースギターで参加している。

 3曲目では今度は女性バイオリニストのARIAという人を呼び入れてうたい、最後にもう1曲、「命のお祝い」を。
 ♪ めくるめく光の島 今ここにある奇跡の全ては 命のお祝いしましょ・・・ 云々という歌詞のものをうたって締め。この曲、まさひろ酒造のCMソングになっているらしい。

 チアキのなかなかいい歌声を聴かせてもらったけれど、琉フェスにはどうなのかな。沖縄音楽シーンに携わるある人が言っていたのだが、三線を使うアーティストじゃなければ琉フェスには出られないのだそうだ。それってある意味正しい判断かもしれない、と思う。
shimoji 201610

 さて、2番手は下地イサム。
 今回はバイプレーヤーを置かず、一人、アコギ1本での参加だ。上下を黒のタイトな服装でピシッと決めている。

 まずは名曲「我達が生まり島(バンタガンマリズマ)」。何度聴いてもいいよな、これ。国民年金のことが歌詞に出てくるあたりで観客たちがふっと和む様子が感じられるのも、なかなかいい。
 続いては、♪ 明日浜辺を彷徨えば・・・の「浜辺の歌」をミャークフツ・バージョンで。そう来たかという感じだが、アコギの力ってすごいんだね。聴かせてくれるよ、これも。
 3曲目は、こういうことをうたった曲だと解説をして、「狭道小からぴらす舟(イバンツガマカラピラスフニ)」。

 最後は新良幸人を呼び入れて、SAKISHIMA meetingのノリで「ダニー・ボーイ」を。
 彼らのハーモニーはすごく音階が合っていて、ちょっぴり感動。つまりは彼らの音感が同じだということなのだろう。この曲は、我如古より子もうたったことがあり、ウチナーンチュの心の琴線に触れる曲なのかもしれない。

 今回は、下地のうたう全ての曲名がわかったが、ふだんは全曲ワカルなんてことはなかなかないものなのだ。彼は曲名を紹介するようなことはしないし、早口のミャークフツは耳をそばだててもそう易々と理解することはできないからね。
yonaha 201610

 一番手は、14回目出場のよなは徹。今回もバックバンド付きのヘヴィロック風のステージングだ。
 前奏の後、1曲目のスリリングな曲は、CD「子の方(にぬふぁ)~Polaris~」収録の「御祝さびら」か。
 続く「新エイサー節」は創作のエイサーソングだが、同様のモチーフで創作したものがすでにパーシャクラブの作品に何曲かあるため、意図としては新鮮味に欠ける。だがそうは言っても、エイサーのグルービーな雰囲気がギンギン伝わってくることには変わりはない。

 3曲目は、よなはオリジナルのほうの「花ぬ風車」。そして続くのは三線早弾きの「クラハ山田」風のもので、これは「まく弾ち・さんしん」というものか。これがそのまま「唐船ドーイ」へと歌い継がれ、場内ここでようやく踊り出す人が数人。
 早くも「アンコール!」の声がかかり、最後はしっとりと「満月の夕」をうたいあげ、恒例により三線セットをケースごと観客へと投げ入れて、締めとなった。

 うたわれた曲の多くは2015年2月に発売されたアルバム「子の方」からのもの。このCD、買わなきゃな。
 また、よなはは今年、伝統的舞踊曲などを大成した「Roots~琉楽継承」を2枚リリースしており、これも要チェックだろう。

 ここでふと気付くが、過去を思い起こせば琉フェスの風景はずいぶん様変わりした。かつてはディアマンテスのフラッグをなびかせる大勢の若い観客がいて、大工哲弘を「オマエは共産党員!」と罵るシリアス路線の者も混じり、りんけんバンドやネーネーズのコテコテ沖縄路線に酔いしれる沖縄フリークのナイチャーがいて、ベテランたちの民謡にしみじみと聴き入る内地生活の長いウチナーンチュがいたものだ。
 しかし今は、ゴリが言ったように集団宴会を楽しむために来ている者が多いように感じられ、全体の年齢層もかなり高くなったように感じる。
 無論、その良し悪しは軽々に論じられるものではないが、20年近くにわたって琉フェスを見続けてきた自分にとっては昔が懐かしく、感慨深いものがある。