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 2006年5月に立ち上げたブログから沖縄・琉球弧関係部分をスピンアウトさせ、足掛け14年にわたって管理してきた「沖縄・琉球弧ヲ想フ」ですが、このたび第2の人生をスタートするに当たり、更新を終了することといたしました。
 長い間、駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました。

 今後は、新ブログ「織りなす日々 ジルー的 2nd LIFE」において、続きを綴ってまいります。
 引き続きご愛読いただければ幸いです。


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 人生は風土や社会、時代背景を切り離して考えることはできない。宮古島、沖縄、日本、台湾……唐の世、大和世、アメリカ世を生きた家族。戦前の台湾で女学校を卒業した母とその四姉妹の足跡を探すノンフィクション。(コシマキから) 
 琉球新報と沖縄タイムスがほぼ同時に書評を掲載していますが、以下に2018年7月22日の琉球新報のものを引用させていただきます。

・『花水木 ―四姉妹の影を追って―』 沖縄人と台湾の関わりに光
 本書は「四姉妹の影を追って」を副題にしているが、その内実は、よくある一家族の構成とその生い立ちを偲ぶ記念誌とは違い、明治、大正、昭和から戦後沖縄の激動の時代を、宮古島に生を受けた四姉妹を核にして、それにまつわる家族、親族、学業、職場、人物をおりなし展開し、宮古島、沖縄島、台湾、中国(偽満州)、東京、神戸などと資料を丹念に収集検索して、その足跡を現場に探訪したりして、史実に迫った力作である。
 それは琉球沖縄史の「女性史」「宮古史」「沖縄史」「海外植民地史」をも十分に補足するものとなっている。特に従来の沖縄史研究者が見落としてきた台湾、中国など東アジアと関わる沖縄人の海外体験の広がりと、その関わりをよく知るものでもあり、出版の意義は大きなものがある。
 四姉妹は、当時の女子の優秀校であった県立高等女学校に学び、その嫁ぎ先も同じく沖縄の「最高学府」であった沖縄県立第一中学校を卒業して、本土の大学や専門学校に進学しその後、台湾、中国大連などで教員や官吏になっている。その中の四女の嫁ぎ先になった渡久山寛三も台湾、中国(大連)などで就職してその道を歩んだ一人である。
 渡久山は戦後の引き揚げ後、アメリカ軍政下の沖縄商工会議所初代専務理事、琉球臨時政府の初代主計課長から検査官に任命されて、沖縄復興のかじ取り役を果たしている。著者の南ふうは、文学賞の受賞作がある作家であり、渡久山の次女として生まれている。
 本書で多くのページを割いているのは、著者の台湾調査である。四姉妹と親族らが生きた足跡を丹念に確認しながら、台湾人の生活、歴史、文化にも深く入り込み、理解を深めていく。その姿勢には学ぶことが多い。
 台湾と沖縄の関わりでは台湾疎開と引き揚げ、台湾空襲などは、沖縄戦と結合する「台湾戦」ともいうべきものであり沖縄人の戦死者も多い。戦後の台湾での虐殺事件に巻き込まれた2・28事件の犠牲者もいる。観光振興もある。隣接する台湾と沖縄、台湾に近い与那国、八重山、宮古と相互の関係性をよく知り、平和の友好交流を積み重ねることである。本書はその点でも今もっとも求められている。(又吉盛清・沖縄大学客員教授)

 なお、この書評を寄せた又吉盛清も、本書に登場します。

 著者は、1954年生まれ。九州芸術工科大学卒。「女人囃子がきこえる」で第1回祭り街道文学大賞、「クモッチの巣」で第19回ふくふく童話大賞を受賞。沖縄エッセイスト・クラブ会員。本名・浜田京子。

 登場人物が多く、各人が何世代もの時間を超えて登場するため、全体像がつかみにくいのが難点です。



 文芸社だから、自費出版と思われる1冊。著者は、1923年生まれなので終戦時は22歳。上梓時には83歳と高齢のはずです。
 著者名は本名とは思えませんが、文中の主人公の名は井上健一郎。これも本名じゃないのかな。いずれにしても著者の寄って立つ背景がわからず、そのあたりが自費出版の辛いところのように思えます。

 北海道出身、満州奉天で会社勤務、召集されてハルビンへ、輸送船で下関、長崎、鹿児島を経由して配属地の宮古島へ。そこで終戦を迎え、武装解除後4カ月を経て中城湾から沖縄本島に上陸し、那覇の捕虜収容所でほぼ1年間、PW(Prison of War)生活を送ることになります。
 宮古島なので、著者は実際の戦闘には参加していません。

 戦時下、そして終戦後の混乱の中、小さな希望の光となって心に生起する想い――故郷に帰りたい。
 聖戦という名の侵略戦争に駆り出された日々、非人間的行為への疑念と後悔、そして予想を覆す捕虜としての収容所生活。
 本書に記したことはすべて「事実」である。
 「余りにも惨めな結末に、不安色に変色した兵隊達の胸の奥には、憤懣やるかたないものが渦を巻いているのである」(本文より)

 という具合に、戦争のおどろおどろしさはなく、著者の記憶にはのんびりとした捕虜生活ばかりが印象に残っている様子です。
 収容所での生活について書かれていればと期待していたのですが、それほど具体的な記述はありませんでした。つまり表題はそれほど中身とは合っていないということになります。

 12ポイントはあるかと思われる大きな字で広い間隔の130ページ。すぐに読み終わりました。



 沖縄本島から東へ360キロ。希少な自然、歴史、文化を持つ北大東島。
 「うふあがりじま」とは「太陽の上がる島」のことで、長らく海の彼方の存在が信じられてきました。しかしこの島に人が住み始めたのは20世紀に入ってからのこと。
 島にはダイトウオオコウモリ、ダイトウコノハズクなどの天然記念物や固有種が存在し、船が接岸できない特異な地形や内陸部の「幕(ハグ)」と呼ばれる岩稜、八丈島から伝わる文化、中学を卒業すると島を離れる「15の春」、県内で初めて文化的景観に国指定されたリン鉱山の全体像の残る遺跡などなど。
 特異な歴史、自然、文化についてコンパクトにまとめられた1冊。これを読むと北大東島へ行ってみたくなる!
 ――という謳い文句の1冊。

 小さな小さな北大東島をテーマにした本が全国販売されるなんて、すごい!
 愛知県の大学で都市デザインを専門としている教授が、北大東島の村長と知り合う機会を得て、北大東村の政策参与となり、2014年には村史の歴史編を執筆することになり、17年に刊行。
 その内容の最も濃密なところを多くの人に知ってもらおうとまとめられたのがこの本。

 この本は、外からの目で書かれた北大東村の郷土誌である。北大東村は、郷土の島に対する誇りをしっかりと主張しながら、外からの目を決して排除せず、親しげに受け入れる。そのこと自体が島らしさであるかのように。
 また、北大東村の自然・歴史・民俗を理解するための入門書であり、北大東島への旅をより充実したものとするための観光ガイドブックでもある。
 各章の最初には、島をおとずれた旅行者の視点で書かれた「旅の日記」が置かれており、初めて北大東島に出会う読者の入口となっている。
 自分に合った視点で、読んでもらえれば幸いである。(「はじめに」より)

 内容は次のとおり。
 はじめに 外から見た郷土誌 
 序章 北大東島の希少性
 第1章 チャンプルーな開拓文化(民俗)
 第2章 空飛ぶ上陸風景(地学)
 第3章 日本の食料を支えた鉱石(歴史)
 第4章 フルーツコウモリとハートのシダ(生物)
 第5章 離島苦に克つ知恵と技術(生活)
 第6章 所得1位と15の春(経済)
 第7章 離島の愉しみ(娯楽)
 第8章 ぽてとの縁(人材)
 第9章 米軍の射爆場(ラサ)
 終章 北大東島の普遍性
 あとがき 3つの夢のあとに
 付録 基本データ/歴史略年表/主な北大東島の施設・店舗の案内/北大東島への旅行案内

 北大東島を旅する前に、一読すれば、楽しみもぐっと深まること請け合いです。



 「あ、そうだ、ぼくは来年97歳のカジマヤー。超老人の思いを書こう、若者たちには“あれ?老人ってそんなものか”と思わそう。老人たちは“そうだった、そうだった”と思うだろう・・・」
 ぼくが96歳まで生きた時代、そして父や母たちの古い時代を含めて、聞いたまま、思ったまま、感じたままを書き並べただけであるから、たわごとでよいと思っている。
 老いてカジマヤー、泣いて笑って独り言、命の終止符を打つその日まで、晩年の向かい風のなかを、自分の歩幅で歩き続けよう。そして書き続けよう。男のロマン「カジマヤー人生」を。
 (「「まえがき」……のつもりで」から)

 戦後沖縄を見続けてきた96歳のジャーナリストが、老いや人生、民俗などについて軽妙に綴ります。
 著者は、佐敷生まれで、沖縄タイムスの主筆や代表取締役専務を経て、沖縄県文化協会の顧問。また、全沖縄空手古武道連合会最高顧問という文武両道を地で行く方。久高島や久米島などについての著書がいくつかあるようです。
 さすがジャーナリスト上がりで、96歳にもなってから一般人が読める程度の文章をよくぞまあ書けるものだと感心します。自分には無理だろうな。その前にその御年まで生きられないと思うけれども。

 カバー写真は、南城市佐敷手登根区の「アカバンタ」に建立された民謡「あかばんた」の歌碑。実はここ、2018年2月に現地に行って見てきたばかりの場所です。
 この歌詞は著者が作詞したもので、上原正吉がうたってラジオ沖縄の第1回「新唄大賞」(1990年)に選ばれたことも書かれています。そうだったのか。知らなかったなぁ。



 「沖縄」がブームとなって絶好調だった21世紀初頭に編まれた、沖縄に関する何でもアリの「事典」。
 「日本で沖縄ほど多彩な自然、文化をもっている地方は少ない。本書はその沖縄の魅力をウチナンチュー(沖縄現地の人)が取材、執筆、編集したチャンプルー事典。ガイドあり、写真あり読み物あり、どこから読んでも見ても、きっと元気をもらえて楽しくなるハズ。」

 書店の棚でよく目立つ表紙のため、発売当時(2001年)には何度か手にして買おうかどうか考えました。しかしその当時はすでに沖縄の深みにどっぷりとはまってしまっていたので、沖縄のスタンダードを集大成した優等生的な出来上がりのこの本は買わずに過ぎてしまったのでした。
 あれから10数年が経ち、ネット古書店に送料込み258円で出ていたので、買って読んでみました。

 巻頭に沖縄をイメージさせる南国的な写真が載っており、これは垂水健吾によるもの。
 嘉手川学は編者であり、執筆者は嘉手川本人のほか仲村清司、長嶺哲哉、小浜司、平良竜次、當間早志、真喜屋力、上里隆史、高宮城実人、津波信一、おりべ・えりあなど44人が名を連ねていて極めて重厚。山と渓谷社が社命を賭けて(?)本腰で臨んでいる様子が窺えます。
 そのためか版を重ねて、手元のものは第4刷版となっており、時間の経過とともに多少の追記も行われているようです。

 文字は小さくびっしり。一方できれいな写真は大きいものを多用してグラフィカルなページもあり、この好対照も読んでいて楽しい。
 カテゴリーを文化、食、自然、暮らし、素顔、民俗の6つに分けて詳述。これ1冊で沖縄の大要がつかめます。
 でもまあ、発行から18年が経過しているので、流行の先端部分などについて古く感じるところがあるのはやむを得ません。過去を振り返る温かい気持ちで読みましょう。