この夏、沖縄で売れに売れた本。
 「沖縄では豚は鳴き声以外すべて食べる」と言われるが、はたして本当なのか? そんな素朴な疑念からスタートした沖縄肉食グルメ取材です。
 取材・執筆&鼎談は、大阪出身でウチナンチュ2世の作家・仲村清司、那覇で半移住生活を送るノンフィクションライター・藤井誠二、生まれも育ちも那覇の若い建築家・普久原朝充の3人。この顔ぶれは、「沖縄 オトナの社会見学 R18」(亜紀書房、2016)のときと同じ顔触れですね。3人は仲良しなのだろうな。

 大衆食堂や惣菜店、ホルモンの名店、話題の絶品焼肉店などを食べ歩くうちに、3人の沖縄の肉食を巡る考察は、迷宮へと奥深く分け入っていきます。
 そもそも、沖縄の伝統料理における肉食文化はどのように発展・継承されてきたのか? 現在の沖縄の飲食店における肉ブーム最先端はどうなっているのか? 最高においしい肉グルメはどこにあるのか?――。
 そのような、半ば冗談、半ば本気の疑問を、肉を食べ尽くしながら徹底研究する沖縄肉グルメエッセイ&鼎談ガイドとなっています。

 沖縄にはテビチ(豚足)やソーキ(あばら肉)、中身汁(内臓の汁物)などの多くの豚料理がありますが、実は料理の基本は「煮る」になっていて、「焼く」文化はあまりなかったことを本は解き明かします。
 その背景には「医食同源」にあたる「シンジムン」(煎じた物)や「クスイムン」(薬になる物)という考え方があると説明。「食材が豊富にある島ではなかったので、その食材が持つ栄養素をあますことなく取ろうと考えたら「煮る」のが一番手っ取り早かった。おいしいやまずいでなく、知恵で食べていた」と分析しています。
 ぜんそくに効くとされた「アヒル汁」やコラーゲンたっぷりの「テビチ」も「クスイムン」と考えられ、豚肉や野菜を豚の血で炒めて煮た「チーイリチャー」も伝統的な滋養強壮料理ですが、現在は豚の血の出荷が衛生問題で停止されて食べることができず、3人はこの沖縄特有の味の復活を願っています。
 「ヒージャー」と呼ばれ、沖縄の中でも好みが分かれるヤギ肉をフレンチやイタリアンとして食べる新しい試みも紹介。
 一方で、「沖縄では豚は鳴き声以外は全て食べる」という定説の真偽や、戦後の米国統治下で街中にステーキ店が登場した経緯などを踏まえ、「沖縄では飲んだ後の締めはステーキ」との俗説にも迫っていきます。

 まあ、380ページにわたってぐりぐりと沖縄の肉についてこられると、中高年なら肉を一片も食べなくても胸やけがしてきそう。(笑) いわばそれだけ充実した「肉研究」になっているということなのでしょう。
 それにしても、「沖縄では豚は鳴き声以外すべて食べる」はものの譬えであって、本当かどうかは大きな問題ではなかろうと思います。そういうことをテッテー追求するというのも一興ではありますが。

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 自分にも近いうちに定年がやってくるワケで、そのときのひとつの生き方として「沖縄移住」があるのではないかと考えています。移住と言っても、今住んでいる住居を畳んでワンウェイで沖縄に行くことは考えていず、退職後、高齢となるまでの一定期間を彼の地で過ごせたら幸せだろうなというほどの感覚です。
 そんなことを考えているときに見つけたのがこの本。著者が経験したのは3カ月のショートライフではあるけれども、短ければ短いなりに参考になることがあるのではないかと、さっそく入手したところです。

 著者は、1976年千葉県生まれ。出版社勤務を経て、2002年に初海外旅行にして夫婦で世界一周を敢行し、05年には旅行作家としてデビューし、国内外を旅しながら執筆活動を行っている方。
 氏の著書は「ハノイ発夜行バス、南下してホーチミン ベトナム1800キロ縦断旅」(幻冬舎文庫、2016)も入手しており、旅モノ好きとしてはこれからちょくちょく作品を読ませてもらうことになりそうです。

 地方移住に憧れる人は少なくない。人生をかけた移住ではなく、まずは旅の延長線上としての「プチ移住」がいい。数々の海外旅行をしてきた旅行作家が、妻の育児休暇中、一家で沖縄に“住んでみた”。ゆるくて温かいウチナーンチュとのふれあい、沖縄特有のB級グルメと時節の風習、適度に便利で快適な生活……。最短1カ月からでもOK。「ちょこっと暮らし」でこんなに楽しい!(裏表紙から)

 プチ移住の準備と計画、沖縄生活の快適なところ、気軽に味わえる沖縄グルメ、暮らしたからこそわかったこと、移住先で満喫する各種行事などについて書かれており、勢い余って移住の最後に住んでみた宮古島のインプレッションも。
 マイカーかレンタカーか? 本島と離島では何が違う? 家具付きマンスリー物件の賃料は? ご近所づきあいはうまいくいく? などについての実践者としての体験談がヒントになります。

 参考になったのは、3カ月ぐらいならば断然ウィークリーマンションがお気軽だし、自家用車も荷物とともにフェリーで運んでしまえばよさそうだということ。このぐらいなら移住っ!と肩肘張らなくても楽々と体験できそうです。



 「ちゅらさん」「ナビィの恋」「モンパチ」から読み解く“沖縄”の文化の政治学。――との副題が付く、2004年発行の本。
 NHKの朝ドラ「ちゅらさん」の放送が2000年、映画「ナビィの恋」は1999年末の公開、「モンゴル800」の大ブレークも2000年。これらミレニアム当時の沖縄を表象するポピュラーカルチャーを取り上げ、「メディアで消費される沖縄」をテーマに、文化研究や文化シーンに興味のある人たちが集い、2003年6月以降〈カルチュラル・タイフーン〉というイベントが催されました。
 その場では、学部生・院生・教員らがともに立ちすくんだのは、「誰が沖縄を語るのか」という発話のポジションへの問いでした。
 教育/研究、研究/表現の壁を越え、制度化された〈知〉を解き放つ全く新しい試みとして、興味深いイベントだったようです。

 背表紙に記載されたコメントを引用。
 「カルチュラル・タイフーン〈沖縄セッション〉が私たちの心を揺さぶったのは、発表したICUの学生、応答した琉球大学の学生、そして討論に参加した様々な学生たち一人ひとりが、限られた時間のなかで真剣に考えをめぐらし、予め与えられてはいない言葉を紡いで必死に声を発したことである。自らの当事者性に戸惑いながらも我がこととして問題に向き合い、そして新しい声を絞り出そうとした。他者の問題と発話の位置には意識的になるべきだという自戒をどこか了解済みのこととして、自らの位置と語りを正当化する術を身に付けてしまっている研究者/教育者にとって、それは多くを教えられた瞬間であった。研究者は発話の位置に注意すべきだという安易な自戒では終わらせない力が、セッションにはみなぎっていたからだ。」

 読んでみれば、学生たちの真摯な取組み姿勢や、自らの気づきに支えられた鋭い考察、そして「自分とは何者なのかという」自己への戸惑いがそれらと交錯し、なかなかスリリングなセッションになっていました。

第1章 プロローグ なぜ“沖縄”なのか
 沖縄に立ちすくむ―本書プロジェクトの経緯と問題関心
 沖縄へ、沖縄から/沖縄へ―ポストコロニアルとメディア研究
第2章 三つの報告をめぐって―メディアと消費される“沖縄”
 「ちゅらさん」における沖縄の表象・生産・受容
 映画「ナビィの恋」における沖縄の「他者性」
 MONGOL800「MESSAGE」と“沖縄”  ほか
第3章 セッションをめぐって 誰が“沖縄”を語るのか
 方法としての沖縄―沖縄セッションについて
 消費される沖縄―セッション抄録
 日常・マイノリティ・承認―琉球大学生の応答  ほか
第4章 エピローグ “沖縄”文化研究を開くために
 枠をはみだしている他者―テクスト/方法論/学問の政治
 沖縄を語ることの政治学にむけて―沖縄をめぐる言説  ほか

 編者は3人。
 岩渕功一は国際基督教大学教養学部国際関係学科教員、多田治は琉球大学法文学部教員、田仲康博は沖縄国際大学・琉球大学教員(いずれも当時)です。



 結婚をきっかけに沖縄に居を構えて5年となる女優・羽田美智子が自ら足を運んで見つけた、「すてき」が詰まった沖縄本。
 2年にわたる取材をまとめたもので、気になるギャラリーやカフェに足を運び、そこで気に入った器や布があればその作家を訪ね、作家おすすめのスポットを聞いては足をのばし……というように、出合いの連鎖によって綴られています。
 その一方で、海にもぐり、森を歩き、大自然の中で自分を見つめ直しています。

 羽田美智子って、独特の表情を持つ不思議な女優だなあと思っていた程度でほぼノーマークでしたが、沖縄のダイバー兼水中写真家さんと結婚して恩納村にも居を構えているのですね。
 大輪の花のような笑顔(!)が彼女の持ち味でしょうか。少し垂れた感じの大きな目の目力がすばらしく、すらりとした体型などは47歳(発売当時)とは思えない若々しさが感じられます。
 NHKの朝ドラ「ひよっこ」でも、助川時子の母親役を好演していますが、茨城県常総市(旧:水海道市)の出身で、1988年日本旅行のキャンペーンガールに選ばれてデビューしたそうです。

 つまりは写真の撮り方も上手だ、ということでしょう。
 著者は羽田美智子ということになっていますが、彼女自身が書いたと思われる(もしくはそのようにアレンジされた)部分は多くなく、かなりの部分を占める店の紹介や写真の解説部分などは別人が書いている模様です。

 全体としてとても美的に仕上がっていて、女性からはかなり好まれそう。
 「沖縄のうつわ」、「壺屋を歩く」、「会ってみたい人がいる」、「手しごとの布」、「南城市の暮らし」、「北へ向かう」、「海が教えてくれること」、「とびきりおいしい理由」の全8章。



 今となっては沖縄民謡について、もうここまで書ける人はいないだろうと思われる、仲宗根幸市によるしまうた本です。
 仲宗根幸市の本はこれまでに、いずれもボーダーインクから出されている「「しまうた」流れ」(1995)、「「しまうた」を追いかけて」(1998)、「カチャーシーどーい」(2002)、「恋するしまうた恨みのしまうた」(2009)を読んできています。
 そして今回は、それらよりも前の1985年に初版発行された、ひるぎ社おきなわ文庫のものを古書から探り当てて読んだところです。

 南島文化の中で、歌の占める位置は大きい。今や民謡界は百花繚乱の様相を呈している。だが、その割には意外とこの分野のわかりやすい文献は少ない。
 著者は沖縄本島、宮古、八重山にとどまらず、早くから斬新な視点で奄美の列島弧をも結ぶべく、琉球文化圏全体の追及を強調、その先駆的役割を果たす。本書ではその地道なフィールドワークの経験から奥深い歌の生態、南島歌謡の歴史と広がりを活き活きと活写。各章とも示唆に富む論述やエピソードに満ち、沖縄民謡の貴重な案内書として、その役目を大いに果たすことであろう。

 カバーの袖には上記のような記載がありますが、仲宗根の真骨頂は奄美に残る琉球の残影をしっかりと読み解き、それらと沖縄本島などとの関係性を意味深長に提示しているところにあるのではないかと思います。
 南島の民謡を全体的に扱うとなれば、歌のタテとヨコの広がりがあまりにも大きいために、新書版200ページほどの中ではどうしても駆け足にならざるを得ず、やや消化不良の印象も。
 それにしても、沖縄の各地から歌を生活体験として持っている古老がほとんどいなくなってしまったことを憂慮せざるを得ません。

100nen mae

 おもしろい趣向の本。
 戦前の「琉球新報」投書欄には、恋愛や友情、不満や悲哀、クレームや身の上相談など、多様で自由奔放な読者からの投書が掲載されていました。
 この書ではそれらをジャンル別に紹介し、百年前の沖縄における人々の声と世相を浮かび上がらせています。
 編著者は、当時の新聞を熟読整理して提示するわけなので、自ら思索し筆を執って書くということはあまり必要なく、こういう仕事も悪くないのではないかと思ったところです。(笑)

 1912(大正元)年から1915(大正4)年までを範囲としていて、目次から内容を拾うと、恋愛・結婚、修羅場、友情、最近の若者は…、クレーム、お出かけ・旅行・異郷の地にて、質問・お願い、つぶやき、笑い話・珍事件、不満・苦悩・悲哀、わたしの主張、その他新聞記事がラインナップ。
 公器といわれる新聞が、当時はここまで載せていたのか!と驚くほどの記事たち。こんな些細な、超ローカルな、こんなレベルの…。(笑) また、個人情報保護などという感覚は当時はなかっただろうからなあ。

 百年前の沖縄は、明治維新からひたすら欧米列強に対するために国ぐるみで突き進んできた明治時代が終わり、大正は親たちが築き上げてきたものを相続し消費する時代とも言え、あえて言えば、昭和の高度経済成長の繁栄を享受し、消費している平成の時代と類似しているのかもしれません。
 当時は大正デモクラシーが沖縄にも流入し、港湾都市だった那覇が大いに栄え、電気、鉄道、道路、娯楽施設などの社会インフラが整備され始めた頃だったでしょうか。
 そのような時世を背景にした当時のリアルな人間模様を垣間見ることができ、なかなか興味深いものでした。

 東京新聞に掲載された書評がありましたので、紹介しておきましょう。

・書評:新聞投稿に見る百年前の沖縄 上里隆史著 腹蔵のない庶民の声
(東京新聞2016年4月10日)
 沖縄最初の新聞である琉球新報の投書欄「読者倶楽部」に掲載された投稿を、「恋愛・結婚」「つぶやき」「不満・苦悩・悲哀」など12の項目に分類して、百年前(大正元~4年)の沖縄庶民の声を聞き取ろうとしたのが本書である。
 ちなみにこの琉球新報は最後の琉球王尚泰の四男尚順を中心に、第1回の県費留学生として学習院や慶応義塾で学んだ高嶺朝教、太田朝敷ら旧琉球士族によって明治26年に創刊され、1県1紙制度により昭和15年に消滅した。現在発行されている琉球新報は、戦後に創刊された別の新聞である。
 さて投稿の内容だが、「辻の遊廓」街の話は喧嘩騒動、中学生の徘徊問題なども含めて多彩。ふられた腹いせか「女郎税増税案」の意見も複数ある。巫女(ユタ)撲滅の提案もある。「国民的同化」を社是としていたからではないだろうが、投稿は沖縄語(ウチナーグチ)ではなく標準語で書かれている。
 投稿男性は冷笑しているが、「男尊女卑の世をば、女尊男卑」にしたいと話す、頼もしい少女の姿もある。また、軽便鉄道の開通により「糸満婦人」の健脚や優美端正な体格が失われるとの懸念は、現在の車社会に生きる沖縄人の問題にもつながる。
 当時の写真や広告・図版も豊富で、時代状況の簡潔な説明もあり、百年前の沖縄の日常が見えてきて興味深い。(与那覇恵子=東洋英和女学院大教授・近現代日本文学)

 ちなみに評者の与那覇恵子は、NHKのドラマ「ちゅらさん」で沖縄風俗考証を務めた方でもあります。