FC2ブログ


 ラジオ沖縄「前田すえこのいいことありそうウィークエンド」に寄せられた、ウチナーグチに関するテーマにまつわるFAXを集めたもの。その「3(みーち、と読む)」冊目です。

 このシリーズ本はこの「3」で完結しているようで、仕掛け人でありこの番組に出演もしていたボーダーインク編集者の新城和博は、「僕が沖縄の出版に携わってやりたかったことのひとつは、ラジオの本を出すことだった。その昔、TBSラジオの深夜番組「パック・イン・ミュージック」でリスナーからの手紙をまとめた本「もうひとつの別の広場」というシリーズがあって、コツコツ買いそろえていた学生時代を過ごした僕にとって、そのスタイルのラジオ本はあこがれであった。」と語っています。
 自分も「1(てぃーち)」については1999年に新刊で、「2(たーち)」については2017年に古書で購入して、それぞれ読んでいます。

 「リスナーの人生の断片をスーミーしつつ、あらためてうちなーぐちニュアンスのおもしろさ、沖縄の奥深さを感じてみましょう。はっきりいってデージ面白いです。」――とのふれこみ。
 1997年4月から2000年3月までの間に寄せられたFAXについてまとめられていて、目次からあまり聞くことのないいくつかを例示すると次のとおり。
 うたとーん(疲れた)、いーたん(もらった)、にんららん(眠れない)、なーら(まだまだ)、ぬするーびさ(忍び足)、ちじ(比較して悪い)、くさぶっくゎー(生意気な人)、あたらさー(大事にする)、まんどーん(いっぱいある)、てぃがねー(ちょっとしたお手伝い)、ぐー(仲間を組む)、ねーびー(真似をする)、かめーたん(手に入れた)、いらんけーしむたるむん(言わなければよかった)、でーだかー(値のはるもの)、してぃほーりー(放りぱなし)、やーにんかからんぬー(家にいない人)、ばっぺー(ミステイク)、えーかんちゃー(親戚)・・・。
 ウチナーグチはおもしろいです。

 なお参考までに付すと、これも新城が発行に携わった、多喜ひろみ・FM沖縄編の投稿本「ハッピーアイランドの本」(ボーダーインク刊)というのもあり、1991年に編集が始まり、2008年8月にはその8冊目が発売されています。そこまで続くなんてすごい。
 その「8」も買い込んでストックしており、近いうちに読む予定です。

スポンサーサイト


 税込みで7千円もする本はそう易々とは買えません。しかし、古書市場で送料込み2千円ちょっとで出ていたので、これは買うべきだろうと躊躇せずゲット。
 とは言え、全24巻のうち沖縄をメインに扱ったものは4冊あり、これらをまとめて買って合計11,709円はちょっと痛い。
 まあ、ぶ厚い本で読むのにたっぷり時間がかかるはずですから、きちんと読めば惜しくはないと自分に言い聞かせることにしましょう。

 著者谷川健一について、「著者紹介」から改めて概括すると、次のとおり。
 1921年、熊本県水俣市生まれ。東京大学文学部卒業。「風土記日本」「日本残酷物語」、雑誌「太陽」の初代編集長を経て、文筆活動に入る。「南島文学発生論」で芸術選奨文部大臣賞・第2回南方熊楠賞受賞。「海霊・水の女」で短歌研究賞受賞。1981年以来、日本地名研究所所長。文化功労者。2013年逝去。

 「沖縄1」のこの第5巻は、谷川の沖縄研究の魁となった、1991年発表の「南島文学発生論」を所収。
 青く輝く海に囲まれた琉球の島々。ここでの鉄器の使用は、本土より遅れること優に1000年をこえる。鉄器も文字暦もなく、仏教の影響を蒙ることもなく、琉球弧の世界では言葉の呪力に対する古来の信仰が近年まで残っていた。祭りの場で女は、神の言葉を伝えるのではなく自らが神になる。呪言と古謡が息づく深い闇の世界に光をあてた画期的な文学発生論。(冨山房インターナショナルのホームページから)

 全25章からなり、それらは、「言問ふ」世界、呪言(クチ)の威力、「畏(かしこ)きもの」への対応、神託の本源、ノロの呪力、現つ神と託女、日光感精神話とユタの呪詞、宇宙詩としての呪詞、叙事詩の説話性、冥府からの召還、挽歌の定型、挽歌から相聞歌へ、村の創世神話、神話と伝説の間、祖神のニーリ、宮古島の「英雄時代」、「まれびと論」の破綻、諺の本縁譚、神意をヨム言葉、海神祭の由来、太陽(テダ)が穴、青の島とあろう島、盞歌(うきうた)と盞結(うきゆい)、アマミキョの南下、鍛冶神の死。

 このうち「海神祭の由来」では、沖縄のシヌグやウンジャミの祭りが、スクという小魚の豊漁祈願と感謝の祭りであることを明らかにしています。
 そのほか、含蓄たっぷりの考察が随所にあり、谷川ワールドの広がりに圧倒されます。



 待望の新シリーズ! バツイチ子持ちの女性弁護士が、沖縄離島の殺人事件を追う!
 沖縄・宮古島の有名なダイビングポイントに、片腕のない男の死体が浮かんだ! 容疑者として逮捕されたのは、被害者の元愛人。犯行現場とされる景勝地で、彼女が切断された片腕を抱きしめ泣く姿を目撃されていたのだ。弁護を引き受けた“ひまわり弁護士”朝川いずみは、事件の背後にある意外な人物の陰謀に気づく―。待望の新シリーズ、ついに始動。
 ――という、2006年発行の文庫書下ろし。

 犯行現場は東平安名崎で、死体が上がったのは通り池。宮古そばや与那国島のダイビングスポットの海底遺跡なども登場します。
 和久峻三作品って、けっこう説明口調なところがあり、それがストーリーの本流から逸れる部分へと拡大したりして、そのあたりがどうも鼻につくのですが、みなさんいかがですか。
 沖縄の三線をシミセンと読み、敏腕女性弁護士にシーサーのニックネームを与えるあたりに違和感もありました。ウチナーンチュは女性をシーサーには例えないでしょ。

 1泊2日の人間ドック中にあっさり読了。480ページ超の文庫本ですが、余裕時間たっぷりなので、これ1冊では到底足りません。



 一人の「音楽監督」が映画の企画を持ち込んだら、脚本まで書くことになってしまった!
 これは、沖縄の離島を舞台にした映画「島々清しゃ」の始めから終わりまでを描いた制作の記録で、映画への、沖縄への愛に溢れたエッセーとなっています。

 著者の磯田は、1962年大阪生まれで、音楽プロデューサー。90年代から沖縄音楽のアルバム制作に携わり、映画「ナビィの恋」や「ホテル・ハイビスカス」の音楽監督を担当した人です。
 嘉手苅林昌と普久原恒勇のCD「The LAST SESSION」(1996)のプロデュースも手掛けています。

 ボーダーインクの新城和博とも懇意のようで、新城とともに普久原恒男のインタビュー本「芭蕉布 普久原恒男が語る沖縄・島の音と光」(ボーダーインク、2009)をつくってもいたようです。この本、読んだな。
 さらには、唄者金城盛長とも仕事をしています。

 文中、映画「ナビィの恋」があらゆる面で彼の人生の転換点となり、撮影終了後に登川誠仁から工工四を贈ってもらったり、夜を明かして飲み歩いたりしたことを打ち明けています。

 新城和博が2017年2月18日付けの沖縄タイムスに寄せた書評がありましたので、ここにも残しておきます。

・「沖縄、シマで音楽映画 『島々清しゃ』ができるまで」 音楽監督が撮った「遺作」
 今年は沖縄映画の当たり年かもしれない。年明けからぞくぞくと封切られている。もちろん何の先入観なしに観た方がいいに決まっているのだが、本書は読むと確実に映画「島々清しゃ」が観たくなるであろう。原作本ではない。〈音楽監督兼脚本家が書いた〉、映画への夢から始まり、沖縄への愛で終わる、私的なエッセーであり、制作の記録である(巻末には出演者・安藤サクラとの対談もある)。
 著者の専門は音楽制作。沖縄との付き合いは長く、沖縄音楽への造詣も深い。映画の音楽監督としてもいくつかの作品に関わっている。例えば「ナビィの恋」。
 その彼が大病を患い「そうだ、遺作をつくろう」と、思い描いたシーンは、沖縄の島で鳴り響く金管楽器群。夢のシーンを撮りたいがために、著者は企画の立ち上げのみならず、初めて脚本まで書いてしまう。
 映画は監督、役者はもちろん、多くのスタッフが関わる表現である。そこには秘められた物語があり、撮影され、封切られるまでの過程そのものがドラマである。ロケ地となる慶留間島との出会い(実は僕の父の出身地の島なのだけど)、現場で実際演奏した音楽を録ることへのこだわりなど、実に細部にわたって記されている。
 音楽監督の仕事の幅の広さは、僕の想像を超えていた。作曲はもとより、選曲に編曲、楽器の手配に、演技する子どもたちへの演奏指導(初めてさわる楽器を本番でちゃんと響かせるための努力たるや!)。さらに天気に左右される島の空気感、波の音、鳥のさえずり、そしてさりげなくシーンの背後に流れる島唄の微かな響き。それら全てが映画の音楽なのだ。
 足かけ6年にわたる映画の日々で、著者は少しでも映画「島々清しゃ」に関わった人の名前を実に細やかに記している。そうか、映画制作というのは、こんなふうに人との出会いの積み重ねかもしれない。本書を読んだ後にふたたび映画を観たのだが、感動がぐっと深まった。



 男の名は、徳田虎雄。1938年生まれ。元自由連合代表。衆院議員を4期務めた医療法人・徳洲会の理事長です。
 「年中無休、24時間オープン」を旗印に、一代にして全国66病院を含む280余の医療施設を擁する病院帝国を築き上げました。しかし2002年春、徳田はALS(筋委縮性側索硬化症)を発病し、文字通りの死闘を続けます。ALSとは身体を動かす神経系が壊れ、全身の筋力が失われていく難病です。
 徳田はそれでも眼球の動きで文字盤を追いながら、「これからがじんせいのしょうぶ」と語ります。
 しかしそんな徳田にも「運命の時」が近づきます。13年に徳洲会グループは、次男・毅氏の衆院選を巡る公選法違反容疑事件で東京地検特捜部の強制捜査を受けることとなります。さらに、徳田氏自身の病も進行し、眼の動きすらままならなくなる「完全なる閉じ込め状態」も、近く訪れるかもしれません。

 窮地の徳田氏の「心奥」と徳洲会騒動の「核心」を、気鋭のジャーナリスト・青木理が描きます。
 青木理は、1966年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、共同通信に入社。東京社会部、ソウル特派員などを経て、06年からフリーになって活動しています。

 目次を見るだけでも興味深いものがあります。ALSとの「死闘」、「基地移設」に揺れた島、「差別」と「極貧」の少年時代、「保徳戦争」の全貌、病院王に群がる政治家たち、日本医師会との「相克」、「徳田イズム」を体現する二人の医師、エピローグ。

 「やはり、これからが勝負ですか。」との問いに、彼はこう答えます。
 「ひとの ために つくさずに なにが じんせいか せかいじゆうに びよういんを つくる それに じんせいは いつまでも すりるが なくちや」

 蛇足ですが、2010年4月に徳之島を訪れました。当時はちょうど鳩山民主党政権が普天間の移設先について「最低でも県外」と発言し、徳之島が有力な候補地として名前が挙がった頃で、島のあちこちには基地移設反対と歓迎の貼り紙が掲げられていたものでした。
 そして、亀徳のなごみの岬公園を訪れると、一番のビューポイントに巨大な墓があり、誰のものかと見てみると、それは徳田の母マツのものなのでした。マツは2006年没だったそうです。
 また、徳田の妻秀子については、「塩一升の女 徳田秀子物語」(出水沢藍子著、あさんてさーな、2011)が詳しいです。



 長野御柱祭の地で生まれ育ったカメラマンの著者が、土着的な要素を感じる「奇祭」に惹かれ、全国を旅します。
 「祭りが好きなのかと問われれば、もちろん嫌いではないが、たぶん私は祭りそのものというより、祭りの時にだけ顔を見せる遠い過去の人の姿や、所作、声、想いといったものを目撃したいのだと思う。それを垣間見る瞬間に実際に遭遇するとゾクゾクする。」――という異色の写真紀行です。

 著者は、旅を振り返って、長く稲作が行われてこなかった地域にはいまでも独特な風習が残っているといいます。
 また、「奇祭」とは、神道が国家的なものとして制度化される以前のもの、つまり古層の姿をより感じさせる独特で素朴なものであると定義できるのではないかとも。
 そしてそれは、山を分け入った先にある集落や、半島、離島といった細部など、結果として中央政権の支配が届かなかった場所に遺っているとしています。

 16の祭りが収録されており、このうち琉球弧関係では、宮古島島尻のパーントゥと奄美大島秋名のショチョガマ・平瀬マンカイが掲載。いずれも機会をみつけてぜひ見てみたいと思っているものなので、興味深く読んだところ。

 参考に他の14の祭りを記しておきます。
 御柱祭/長野県諏訪地方、ケベス祭/大分県国東市、銀鏡神楽/宮崎県西都市、椿山虫送り/高知県仁淀川町、大野の送神祭/埼玉県ときがわ町、テンゴウ祭り/埼玉県秩父市、脚折雨乞/埼玉県鶴ヶ島市、蘇民祭/岩手県奥州市、相馬野馬追/福島県相馬市・南相馬市、木幡の幡祭り/福島県二本松市、和合の念仏踊り/長野県阿南町、道祖神祭り/長野県野沢温泉村、新野の雪祭り/長野県阿南町、御射山祭/長野県富士見町。(登場順)