2017年5月に買った本は、購入順に次の9冊です。

1 日本ラーメン秘史  大崎裕史 日本経済新聞社 201110 古658
2 単細胞にも意地がある  椎名誠 毎日新聞社 201704 756
3 沖縄 のこしたい店 忘れられない味  中村雅之 誠文堂新光社 201705 1728
4 ある神話の背景―沖縄・渡嘉敷島の集団自決  曽野綾子 PHP文庫 199206 古556
5 神様の棲む診療所  竹村優希 双葉文庫 201703 古478
6 恋文30年―沖縄・仲間翻訳事務所の歳月  佐木隆三 学習研究社 198611 古557
7 日本軍那覇捕虜収容所PW物語  井渕健一郎 文芸社 201612 古349
8 沖縄チャンプルー事典  嘉手川学 山と渓谷社 200110 古258
9 沖縄からの出発―わが心をみつめて  岡部伊都子 講談社現代新書 199210 古258

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 すっかり古書を買い漁るヒトになってしまい、このうち新刊は2と3の2冊のみ。
 1、2以外の7冊は沖縄関係本です。

 沖縄本に関して言えば、沖縄ブーム(これも死語か)が遠い過去へと去ってからは沖縄のカルチャーものの出版がかなり減りました。政治や基地問題などに関するものばかりが目立つようになり、多少なりとも専門的なものは購買需要が少ないためか高価なものばかりです。
 そういうわけなので、今月買ったものは懐古趣味的傾向が強いものとなっています。

 8などはその典型で、発売当時にしっかりチェックしていたものの、その頃はこのような類の出版物が巷に溢れていて、いったんはスルーしていたもの。15年以上前のものなので記載内容は古色蒼然たるものがありますが、自分にとってはとても懐かしく、沖縄の黄金時代が思い出されるものとなっています。

 また4は、沖縄戦の集団自決を読み解くうえで欠くことのできない書であり、このたびようやく手にしたところ。

 9は、2008年に逝去した随筆家、岡部伊都子の作品。彼女の婚約者は沖縄戦で戦死しており、1990年当時には多くの沖縄関係の著作を残しています。

 そのほか、1は、気まぐれに買ったラーメン関連本。
 2はシーナのバーゲン本。
 3は、沖縄のなかでもわが専門分野?に関するもので、新刊ではあるもののこれもかなり懐古趣味。
 5は、古書で安いからという理由で買った神様ストーリー。
 6は、今NHKテレビでやっている番組「ツバキ文具店~鎌倉代書屋物語」にインスパイアされて。
 7は、自費出版系の文芸社モノで不安ではあったものの、「PW物語」の題名につられて。

 まあこうやって多くの本を安価に手にすることができるのはとても幸せなことだと思う。
 しかし、この半年ぐらいの間に読み終えた本のインプレッションがまったく書けていないのは、自分にとっては問題。
 新たに買うのはいいとしても、読後の始末というか、読んだ本に対するけじめをきちんとつけるという意味で、インプレ書きは進めなければならない課題となっています。

 それにしても未読本は溜まりに溜まったり、70冊ほどに膨れ上がっています。
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 2003年の映画「八月のかりゆし」をDVDで鑑賞しました。

 主人公のテル(松田龍平)は、普通の男子高校生。他の人と違うのは、ユタを母親に持ち、民俗学者で遊び人の父親が幼い頃に行方不明になったこと。
 ある日、母が他界。親戚の謝花家を頼って足を踏み入れた沖縄で、テルは従妹のマレニ(末永遥)に出会う。マレニは14歳。チルおばあの指導のもと、ユタになるために修行中だが、この世のものでないものが見えてしまうため、本当はユタになりたくない。
 家の側にはガジュマルの樹があり、そこにキジムナーがいる。ある日マレニはテルとともに、御獄でひどく悲しそうな少女の霊と遭遇する。マレニはなぜかその少女のことが頭から離れない。少女はマレビトに違いない。
 そう思い始めた矢先、マレニから贈られたカンカラ三線で不思議な曲を弾き始めるテル。「それって「マレビトの唄」?」。そう問い掛けるマレニに、「子どもの頃に聞いたことがあるんだ」と答えるテル。
 次の瞬間、どこからともなくキジムナーが現れ、マレニに向かって手招きをする。ふらふらと後をついて行くマレニ。それを見たおばあのチルは止めるどころか、そのことを知っていたかのように、「あんたも一緒に行きなさい」と着替えの入ったバッグをテルに渡す。
 訳がわからないまま、マレニを追いかけるテル。二人は途中で立ち寄ったライブハウスで、ビデオカメラで執拗に撮影を続ける不思議な女アキに出会い、3人の旅が始まる。聞くとアキも、マレビトに興味を持っているという。
 不思議なことが次から次へと巻き起こり、そして立ち寄った海岸で、何者かがテルに舞い降りる。乗り移られたテルは、もがき苦しみ、泣きながら誰かに向かって叫びつづける。
 テルに乗り移ったのは終戦直後のある日本兵の霊だった。当時、マレビトの里で助けてくれた娘を猜疑心から殺してしまい、成仏できずにいたのだった。そして3人の前に、娘の霊がゆっくりと現れる……。

 ファーストシーンで、主人公テルの母親役として仲田正江が登場。彼女が出るのはそのシーンだけなので、見逃さないようにしなければなりません。
 撮影個所は、本部町が中心で、国頭村「奥」行きのバスやコザのライブハウスなども登場します。

 チルおばあ役は、沖縄芝居役者で、県指定無形文化財(琉球歌劇)保持者の兼城道子(かねしろ・みちこ)。これは2003年の映画なので元気で演じていますが、その後2009年に79歳で他界しています。
 戦後の沖縄芸能界で女性だけで構成された沖縄芝居の劇団「乙姫劇団」で活躍し、2002年の閉団まで副団長。04年10月に乙姫劇団の中心メンバーらと「劇団うない」を旗揚げし、その代表として自ら舞台に立ちながら、後進の指導にも力を注いだ方です。

 マレニの母親役は、きゃんひとみという、沖縄出身で千葉県のベイエフエムで活動しているラジオパーソナリティー・フリーアナウンサーで、彼女の話すウチナーヤマトグチが素敵です。
 コザのライブハウスのシーンでパーシャクラブも登場。新良幸人は例によって赤シャツ、黒パン姿で「Katsuren Catsle」や「海の彼方」を披露。
 元首相の村山富市まで元兵士役として登場。嘉手苅林昌が存命ならこの老爺役は、「ナピィの恋」で東金城本家の当主役を演じた彼が適任だったかもしれません。

 映像はけっして上出来とは言えないし、役者のセリフは台本をただ読んでいるようなところがあったりしたものの、筋書きには沖縄なりの深いものがあったと感じたところ。
 いずれにしても、スピリチュアルなものに下駄を預けるようなところがあり、それが偶然過ぎる出会いの緩衝材となっているなどいい面もあるものの、やはりこれでごまかしが効いている部分が随所にあるなあと思ったところです。
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 2017年2~3月に買った本は、次の10冊です。

1 週末ちょっとディープなタイ旅  下川裕治 朝日文庫 201702 756
2 深呼吸の必要  長谷川康夫 幻冬舎文庫 200405 古258
3 虎の尾  今野敏 徳間文庫 201703 745
4 ソーメンと世界遺産 ナマコのからえばり  椎名誠 集英社文庫 201702 561
5 みんな酒場で大きくなった  太田和彦 河出文庫 201701 712
6 沖縄伝説の歩きかた  徳元大也 琉球新報社 201703 1782
7 沖縄への短い帰還  池澤夏樹 ボーダーインク 201606 古1433
8 小太郎の語やびら うちなあ芝居  大宜見小太郎 ゴマブックス 201606 1652
9 琉球王朝記―尚王家の栄光と悲劇  童門冬二 三笠書房  199210 古258
10 ウチナーグチ考―沖縄のことばと文化  儀間進 出版舎Mugen 201603 古2257

 2、7、9、10の4冊は中古本。
 2、3、6、7、8、9、10の7冊は沖縄関係本。

 1は、ホテルメトロポリタン山形での会議に出席する前の少しの時間に、エスパル山形くまざわ書店で手にしたもの。
 2は、DVD「深呼吸の必要」を買った(これも中古)のに併せて、そのノベライズ本を購入したもの。
 3は、空手家の著者による事件小説。
 4、5は、シーナと太田のエッセー。
 6は、沖縄に膾炙する伝説の地を写真と解説でまとめたもの。
 7、10は、値段設定の高めなものを安くなったら買おうと以前から狙っていたものですが、このうち10は新刊定価よりも高い金額で購入することになってしまいました。
 8は、沖縄芝居の名優大宜見小太郎の覚書や脚本で構成されるオンデマンド本。
 9は、1992年発刊の古い本で、1円+送料で出ていたので買っておこうと。

 自宅に置いていたもの、アパートから持ち帰ったものが合わさり、大きめの書棚の4分の1近くが未読本で占められているありさまになっているので、順番にいくとしたらこれらについては読むのはしばらく先のことになりそうです。
 去る2月末に、沖縄関係映画の中古DVDを、Amazonでまとめ買いしました。
 それらは発売順に次の6本です。

1 白百合クラブ 東京へ行く  200401 古650
2 八月のかりゆし  200402 古351
3 深呼吸の必要  200501 古795
4 サウスバウンド  200803 古850
5 南の島のフリムン  201002 古1100
6 ぱいかじ南海作戦  201301 古1250

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 ジャケットが全体として青い。それが沖縄のイメージなのだろうな。
 これだけ買って5千円ほど。借りるのもいいけれど、あれは返却期限があるので気ばかり焦っていけない。買ってしまえばいつでも見られるし、また何度だって見られる。
 事実、買ってからすでに1か月以上経っているというのに、このうち視聴したのは「白百合クラブ 東京へ行く」のみ。
 年度末、人事異動で居住地が変わるなどして何かと慌ただしかったからなのだけど、いつでも見られると思うとすぐには見ないものだとも言える。

 書棚には、買ってから聴いていないCDや読んでいない本もたくさんある。
 本は着実に読み進めていくしかないが、CDについては聴く環境が整っていない。自宅の自室にあったミニコンポは母に譲ってしまったし、アパートで使っていたミニコンポはまだ梱包を解いていない。
 音楽はパソコンのたいしたことのないオーディオ機能やヘッドフォンの空気を伝わってこないシャカ音で聴くものではないと考えているので、「音」のほうはまずコンポを梱包から(シャレではない)出すことから始めなければならないな。
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 銀天街を抜けた先は、アーケードこそなくなるものの、街路樹が植えられた商店街風の道が蛇行しながらなだらかな上りになって続いています。どうやらここが、かつて「照屋黒人街」といわれたところのよう。

 ベトナム戦争時、米軍の白人たちは胡屋のBCストリートやそこから近い(「コリンザ」から北へ数分)八重島などを根城にしていたのに対し、黒人たちはこの照屋地区で毎夜出征の憂さを晴らしていたのだそうです。
 持参した地図を付しておきますが、太線部分が銀天街で、その先、線で囲った部分あたりが旧黒人街です。そのような地名があるわけでもないので、なかなか場所が特定できなかったものですから、ご参考にどうぞ。



 「沖縄 オトナの社会見学 R18」(前出)によれば、照屋黒人街は、
 「付近の路地を分け入っていくと、以前バーだった建物や、米兵向けに性風俗業をやっていた建物が残っています。当時の照屋について書かれた本を読むと、照屋にまぎれこんできた白人が黒人兵士にリンチされているシーンが必ず出てきます。馳星周氏の小説「弥勒世」(註:角川文庫。これも読んだな)も、照屋の乱闘シーンからはじまります。
 もともとは白人もいたのですが、当時の人種差別が原因で対立が激化して、白人が城前や八重島のほうへ移動していくかっこうになります。これが自然発生的にそうなったのか、問題発生を避けたい軍の「政策」によってのものなのかについてはUSCAR(琉球列島米国政府)の文書資料を調べている研究者の間でも議論があるようです。」――とのこと。

 なお、「城前」とは、R330を挟んで反対側、車を停めた銀行のあるあたりをいうようです。

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 街並みは、一言で言って「古色蒼然」。くたびれたコンクリートが、皺を幾重にもたたえた古老の皮膚のように思えます。それらの一部はご覧のとおり。
 中には「OREGON」などと書かれていた跡も。かつてはこの建物の中でドル札が舞い、黒人の大声とハーニーたちの嬌声が夜な夜な聞こえていたのでしょうか。

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 次に向かったのは、沖縄市のコザ十字路近くにある「銀天街」。
 かつて栄えたアーケードの付いた商店街で、沖縄訪問時には頻繁に利用するサンサン通り(国道330号)を走っていていつもアーケードの入口が目にとまるのですが、まだ歩いたことはなかったので、今回寄ってみたところ。

 R330を挟んで向かいにある沖縄海邦銀行の開放駐車場に停めさせてもらい、コザ十字路の信号を渡ります。
 コザ十字路はすっかり開発が進んで、かつての猥雑感はほぼ失われています。初めてここを訪れてから17~8年ぐらいしか経っていないのに、こんなに変わってしまうものなのかな。
 神谷幸市が主宰し、玉城一美もホームグラウンドとしている「民謡スナック花ぬ島」がまだ存在し、営業を続けていることが一筋の光明といえるでしょうか。

 で、銀天街。
 先に読んだ「沖縄 オトナの社会見学 R18」(仲村清司・藤井誠二・普久原朝充、亜紀書房、2016)によれば、
 「コザは、米軍基地によって人工的につくられた街で、この十字路に市が建ち並び、それが銀天街に統合されていったという経緯があり、それはそれは賑わっていた。1960年代には映画館も何軒もあり、華やかな街だったそうです。
 ・・・銀天街は、1951年4月、軍道24号線(現:国道330号線)と軍道13号線(現:国道329号線)の交差点にバラック小屋を建てて商売をはじめたことから市場に発展したそうです。その後、コザ十字路市場組合と隣にできた本町通り会が1976年に合併して銀天街と名付けていますね。しかし、例によっていまは寂れきっています。県道の拡幅工事もあり、銀天街自体も縮小されてしまった。」――とのこと。

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 コザ十字路から銀天街の入口までの数十メートルほどは、通りに面した古い建物が今風のアートなイラストでデコレートされており、巨大壁画のよう。これも活性化のための取り組みでしょう。
 テーマは琉球絵巻だそうで、琉球王朝時代から沖縄戦、アメリカ統治時代から復帰後の暮らしまで、時代を象徴するモチーフが明るいタッチで描かれています。

 その下の歩道が広くなったところに、イラストとともに次のような記載を含む説明板があったので、以下に引用しておきましょう。

1960年~70年代 コザの庶民文化の発展~そして未来へ~
地元に愛されるコザの台所
 黒人街だった照屋の地域は、同時にこの地域に住む庶民の台所としても、大きく発展していきます。銀天街商店街の前身である、十字路市場(1977年創立)と本町通り(1980年創立)が合併し、1978年にアーケードが整備されると、銀天街は最盛期を迎え、当時125軒の商店が軒を連ねていました。
 黒人街を近隣に据える銀天街は、外国人向けの飲食店や衣料品店が多く立ち並び、ペイデイ(給料日)ともなると、外国人の買い物客で夜中まで賑わっていたそうです。
 また、地元の台所としても発展していったこの街は、食材や日用品を買いに地元住民も多く往来し、特に旧暦のシチビ(節目・旧暦行事の日)にもなると、松風~まちかじ~、カタハランブーなどのご馳走を買い求めて全島から人が集まり、今でもその名残りがあります。

 昭和55年前後が最盛期だったのですね。
 今も「コザ十字路通り会」が機能しているようで、秋には「コザ十字路まつり」が開かれているということです。

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 で、そのアーケードの下を歩いてみると、ご覧のとおり。自分はこれを見て、ネーネーズのCD「明けもどろ~うない」(1997)のジャケットを思い出してしまう。(そちらのアーケードはここのものではありませんが)
  アーケードはあれども、商店がないのだな。空き店舗はNPOの事務所になっていたりしています。これってある意味、見事というしかありません。
 むしろ人が寄ってきそうなのは、この通りからさらに路地を入っていった迷路のようなところ。そこにある飲食店に何人かの人がいて、飲んだり話したりしている様子が伺えました。

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 銀天街の南側のアーケードが切れるところはこんな感じでした。

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